シャーレの先生 小町小吉   作:名無しのスレ主

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六十二話

「いやー。悪かったな、ハスミ」

 

「悪かった、ではありません。……心配したんですよ。先生」

 

騒ぎの容疑者として捕らえられた小吉たち。

 

だが、幸い。というべきだろうか。あるいは、ナギサからの働きかけか。

小吉たちが解放されたのは、次の日の朝であった。

 

「まぁ、そんなにおかしなことでもないわ。爆破なんて日常茶飯事だし」

 

「……現場の検証では、貴女の破壊跡以外ほとんど残っていなかったのですが」

 

反省の欠片もないアルの軽い口調に対し、ハスミは自身の不満を隠すことなく、ギロリ、と目線を向け睨む。

だが、それに対して、アルはたいして気にした様子も見せず、どこ吹く風と言わんばかりに受け流していた。

 

「まぁ、相手は素手だったからな。緊急だったのは確かだし、アルを助けに呼んだのは俺なんだ」

 

「……先生がそうおっしゃるのであれば。しかし、そんな近距離なのに、犯人の顔は見えなかったのですか?」

 

「あぁ、悪いな。暗かったし、相手も、顔を隠してたから」

 

「……そうであるのなら、仕方がありませんね」

 

小吉の言葉に、彼女は不承不承。という風ではあるものの頷いた。

実際、夜もそこそこ。服装規定などはあるが、その時間であれば流石に学園内でも着替えている生徒はいる。

制服での特定が難しいのはハスミも承知。といったところだ。

 

「それでは、お気をつけて。……。ただし、ゲヘナの生徒のトラブルはよほどの理由がなければ大きな問題につながりかねないことを、承知してください」

 

客人という身分を持っているからか、一応の敬語ではあるものの、やはり、彼女個人としても嫌いなのだろう。

アルに対して、刺々しい反応をしている。最も、彼女が実際にトリニティの施設を壊したのだから無理からぬことではあったが。

 

 

「それで、……先生。この後、どうしますか?」

 

正義実現委員会の部室を出た少しあと。

ハナコが小吉に問い掛ける。

 

「俺は、ちょっとナギサの所に。心配してるだろうし、話もあるからな」

 

「分かったわ。じゃあ、私とハナコで補習授業部の子たちは見ておくわね。何か伝えておくことはあるかしら」

 

「じゃあ、心配すんなって伝えといてくれ」

 

「……先生、無理は、しないでくださいね」

 

心配そうに瞳を潤ませるハナコを安心させるように、小吉は軽く彼女の背中を叩くと、笑みを見せる。

 

「大丈夫だよ。ちゃんと、昨日だって助けを呼んだろ?」

 

「……一人で生徒二人相手するのはだいぶ危なかったけどね」

 

小吉は、なぁ、と、助けを求めるように、アルに話を振るが、にべもなく小吉の助けを受け流す。

……実際に、アル視点で見れば、安全な状況とは言い難かった。

 

もしも、壁を打ち破るのにアルがわずかにでもためらいを覚えていれば、相手の攻撃は、小吉を追い詰めていたかもしれない。

 

先生は、頼りになる大人ではある。だが、無敵の大人ではない。

彼女たちは十分に理解しなければならなかった。

 

「……」

 

「あー、分かった!次の時は、ちゃんと、もっと早く助けを呼ぶから!」

 

「次なんてないようにしてください。行きましょう、アルちゃん」

 

そんな風に、ハナコは拗ねたまま、アルの手を取って、補習授業部の待つ別棟へと歩いていく。

 

「……ほんと、仲良くなったな」

 

遠ざかる背中を見ながら、小吉は小さく漏らす。

 

「さて、ナギサの所だな」

 

 

「先生!大丈夫でしたか!」

 

相も変わらず、人払いを済ませられたティーパーティーのテラスについた時、彼女の発した第一声であった。

 

「……落ち着けナギサ。報告は言ってるだろう?怪我はないよ」

 

「そうですか。……ゴホン、すみません。取り乱しました。襲撃を受けた、と聞いて。落ち着かなくて」

 

ハナコに対しては安心しろ。といったものの、彼女の前では、そう軽くいえる言葉ではなかった。

ナギサにとって、襲撃によって知人が失われるのは初めてではない。

ましてや、小吉を巻き込んだのは、彼女である。

 

それを、心配するな。というのは、難しい話であった

 

「……。とにかく、無事で安心しました。それで、何か進捗はありましたか」

 

補習授業部の本格稼働が始まって一日目。

襲撃もあったことを考えると、大したことは分かっていないだろう。

そう思いながら、彼女は落ち着くために、入れておいた紅茶をわずかに口に含み……。

 

「あぁ、マリーは恐らくニュートンだ」

 

「ごほっ?!げほっ、げほっ……」

 

「だ、大丈夫か?」

 

軽いジャブのように繰り出される報告に、むせかえった。

 

「そ、そんな重大な情報を、軽く言わないでください!」

 

「すまん。つっても、元々探してた襲撃犯じゃなさそうだったからな。本命じゃなさそうだ」

 

「……証拠などは」

 

「物的なのはない。というか、ニュートンが本気で動くなら、まず証拠は消されてるだろうな。その上で、少なくともマリーはこれまで、ニュートンとして動いたことがなさそうだった。話していた反応からしてみて、恐らく間違いないと思う」

 

ナギサは、カップを置き考える。

彼女がニュートンであるが、それを自覚して動いたことはない。

それは本当にありうるのだろうか。そう考えて、彼女は、シスターフッドのことを思い出す。

 

ティーパーティーとは独立した組織である彼女たち。

その優秀さはナギサも認めるところ。確かに彼女たちの目を盗んで行動することは難しいだろう。

 

「ちなみに、俺を襲ってきたのは、シスターフッドのサクラコって生徒だ」

 

「~~~~~~!先生!」

 

そんなロジックを小吉の言葉が正面から打ち崩した。

 

シスターフッド。その現リーダーである歌住サクラコが伊落マリーの協力者であるのならば、考えの前提が覆る。

彼女は、いや、あるいは、既にシスターフッドは、彼女に陥落している可能性も……。

 

「落ち着け、ナギサ」

 

「落ち着いていられません!トリニティの派閥の一つ、それがニュートンの手に落ちて……」

 

小吉の言葉に返す反応は当然のものであった。シスターフッドとニュートンの繋がり。

それがどれほど警戒すべきものか、彼は理解できていないのか。と。

いや、理解できていないはずがない。何せ、彼はそれによって大きな被害を負ったのだから。

 

だが、それにもかかわらず小吉は、穏やかな声のままナギサに語り掛ける。

 

「誤解だ。シスターフッドは、ニュートンとは協力関係にない。マリー個人に対しては強く執着してるんだろうが、少なくともニュートン全体に対しては警戒してるはずだ」

 

「……どうして、そんなことを言えるのですか」

 

ナギサには意味が分からなかった。

ニュートンのマリーと、サクラコは深いつながりがある。

なのに、何故、ニュートンに対して彼女が警戒する必要があるのか。

 

「まず、前提として、マリーは、ニュートンについて知らなかった」

 

「……それは、はい。そうなのでしょう。先生がおっしゃるのであれば、信じます。ですが、そうだとしても、何も変わらないはずです。シスターフッドは彼女がニュートンであるということを知っていたのでしょう?ならば……」

 

「そう、なら、俺を襲う必要がないんだ」

 

マリーは、自分がニュートンであることを知らなかった。いや、そもそも、ニュートンとは何かということも知らなかった。そして、襲ってきた彼女たちは、マリーがニュートンであると知らせることすら嫌がった。

 

だが。この状況は、彼女たちが、ニュートンと協力をしているのならば、成り立たないのだ。

 

なにせ、その場合であればマリーが自分をニュートンだと知らされたところで、大きな影響はない。

ニュートンは、魔法の言葉でもなんでもなく、言ってしまえば改良され続けた人類。その品種名に過ぎない。勿論、ニュートンという存在の悪辣な面を彼女が知った場合の悪影響という面で見れば、伝えたくないということも理解できるが、その場合は小吉を襲うという判断がリスクが大きすぎる。

 

「なる、ほど……確かに、そうですね」

 

そして、その言葉に、ナギサは納得し、そして、一つ息をつく。

 

「肩の荷が一つ降りたな」

 

「えぇ……。また一つ大きな問題が浮かび上がりましたが……」

 

ニュートンがセイアへの攻撃に関わっていない可能性は高くなったが、その代わりに浮上した、シスターフッドがニュートンであるマリーを擁立していることが、ほぼ、確定した。

 

彼女が思い返すは、つい最近。

エデン条約のための会合で出会った空崎ヒナが頭を抱えている姿。

 

今も大暴れしている陸八魔アルの動きによってゲヘナも翻弄されているらしいこと。

少し前に、可愛そうであるが、自分の身に降りかからなくてよかった、と安堵したものであったが。

 

今日からナギサにとっても、他人事ではなくなってしまった。

もっとも、まだマリーがニュートンとしての影響力を一切持っていないのは救いともいえるが。

 

「それで、アズサの件はどうなっている?」

 

さて、問題の一つであったニュートンの穴は埋まった。

それ故に、現在、穴あき状態になっている情報は、彼女だ。

 

彼女が、どういう経緯であのような状態でトリニティへやってきたのか。

ただの、ミリタリー好きであればよし。

だが、もしもそうでないのならば、補習授業部の中で最も、犯人として怪しくなってくるのは、彼女。ということになる。

 

「……黒でした」

 

「なんだって?」

 

「そもそも、書類に記された元の学園に、白洲アズサという少女は存在しませんでした。恐らく、ほかの情報も……」

 

それは、出来れば補習授業部に犯人がいなければ、と思っていた小吉にとっては、最悪と言ってもいい情報であった。

そして、……同時にそれは、ナギサにとっても同じであった。

 

「つまり、通した誰かがいるわけだな?ティーパーティ―の内部に」

 

その小吉の指摘に、ナギサは小さくうなずいた。

 

……そう。アズサの記録が偽造であった。そして、その書類は、ティーパーティーからしてみれば、数日もあれば看破できる情報ということは。入学当初に気が付けなければおかしいことだ。

 

特に、転入前の学園など、間違いなく確認が飛ぶ。

にもかかわらず、アズサはトリニティの生徒として受け入れられている。

 

となれば、考えられるのは工作。

それも、ただの工作ではない。ティーパーティーがチェックする書類を細工しているのだ。

外部からの工作であるとは、考えにくい。

 

「……頭が痛くなってきました」

 

身内に敵がいる。

元より考えがなかったわけではないが、まさか、ここまで深い部分にまでいるとは考えていなかった。

 

「これからはどうする?」

 

「内部犯がいるという可能性が浮上した以上。どこが安全かわかりません……。少なくとも、このテラスには盗聴器などはないはずですが。いえ、それ等についての情報封鎖に関してはお任せください。先生……。私から言うのも、おかしな話ですが、補習授業部の生徒たちをお願いします」

 

「おう。……任せとけ。全員、守って見せるさ。補習授業部の子たちも、ナギサもな」

 

「ふふ、ありがとうございます。気休めでも、少しだけ、楽になりました」

 

それだけ言うと、小吉は再度、補習授業部の部員の待つ校舎へと戻っていく。

少しでもハナコの機嫌が戻っていることを願いながら。

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