シャーレの先生 小町小吉   作:名無しのスレ主

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六十三話

「?……どうした?みんな」

 

ナギサとの面会の後。

 

小吉は再び別棟へと戻ってきた。……が。

面々がいるはずの教室から騒がしい声がその耳に届いた。

 

予定表では、今は、実力を図るための模試をしていると話だった。時間的にも、そろそろ模試の結果発表とかそれから。という状況だったはず。

模擬の試験の結果が良かった、悪かった、とかそういった雰囲気ではない。

声が大きく響いたのは、アズサだけ。もしも、そうであったのならば、全員が歓喜していてもおかしくはないだろう。

 

だからこそ、小吉は、何かトラブルが、と思い、少し足早に廊下を歩き、扉を開けた。

 

「先生!おかえりなさい!これを見てくれ!」

 

真っ先に反応したのは、アズサ。

その声に交じっているのは、興奮と歓喜であった。

 

「あぁ、えぇと、ペロロ、だったよな?確か、ヒフミが好きだった奴」

 

その腕には、ヒフミの推していたマスコット。

ペロロの姿があった。

 

小吉の問いかけに、今まで見たことのないほどに目をきらめかせながら、彼女は勢いよく頷いている。

 

「ヒフミが頑張ったらくれるんだ!」

 

興奮して、状況の説明が雑になっているアズサの反応にうなずきながら、状況を飲み込み切れない小吉はどういうことだ?と、アルとハナコに視線を送る。

 

「その、ヒフミちゃんの案で、試験を頑張った子にモモフレンズのぬいぐるみを渡すってなったんですけれど」

 

「この子、こういうの見たことなかったみたい」

 

キャッキャとはしゃぎながらモチベーションが上がったというアズサ。

その姿を見れば、先ほどまで彼女を疑っていたことが、不思議に思えてくる。

 

そして、自分が推しているモモフレンズに興味を持ってくれる子がいてうれしいのか、ヒフミもまた、嬉しそうに頬を綻ばせている。

 

とはいえ、遠巻きにそれを見ているマリーとコハルは、それほどではない、といった様子である。

 

モモフレンズ、……いや、あるいは、ぬいぐるみそのものだろうか。

見たことがない、など、あり得るのだろうか。

そう思った小吉だが、一旦、その疑問を飲み込むことにする。

 

「よし、じゃあ、そのモチベーションのまま、テスト勉強頑張ろうか」

 

「うん!ハナコ!早く先を教えてほしい!」

 

そのまま、夜遅くまで勉強会は続いていく。

 

この時点で、勉強に関するフォーメーションはある程度固まっていた。

補習授業部は四人であり、それに対応して、当初は、先生はアル、ハナコ、小吉の三人。

だが、勉強を教えるという意味での先生という面でいえば、小吉は役者不足である。

 

別に勉強ができないわけではないが、流石に現役女子高生の中でも、上位の頭脳を持つハナコとニュートンのアルと比較すれば、一段劣ってしまうのは事実だ。

その分、勉強に遅れが出てしまう恐れもあった。

 

「コハルさん、わかりましたか?」

 

「ぁ、うん!こうね!」

 

だが、それはあくまで、当初の話である。

 

マリーは、元々成績の上では問題なく、寧ろ、ハナコに並ぶ程度に学業の成績を上げている。

 

そして、本人の性質も極めて善良であり、ニュートンの疑惑が疑惑ではなくなったことは問題ではあるが、本人も、トリニティを去ることは望んでいない。それ故に、試験に関してかなり協力的である。

 

故に、効率化を図るためにもマリーには、勉強を教える側にも回ってもらうことになった。

 

「よし。三十分休んだら、模擬試験を挟んで今日はおしまいだな」

 

結果できたのがほぼマンツーマンの状況。

小吉がタイムキーパーと進捗のチェックを挟むことで、勉強の効率は格段に上がっていた。

 

今日の勉強時間。チェック用の試験を何度か挟んだが、回数を増すごとに精度を上げている。

 

「こんなに上がっていいんでしょうか……」

 

「言っとくけれど、気を抜いたりしたらダメよ?記憶なんて繰り返しやらないと定着しにくいんだから」

 

ヒフミも、たった一日の勉強にもかかわらず、アルによる教導のおかげもあり、小テストの点数は既に満点を出すことも珍しくなくなっていた。

 

そして、アズサとコハルも、合格点をとることも少なくない。

この調子なら問題なく試験日を迎えられるだろう、と、小吉は頷いていた。

 

「コハルさん、次の問題は……」

 

「うーん……、さっきやったはず……」

 

そんな中で、コハルとマリーペアは、今日最後の試験を前に最後の復習をしていた。

だが、コハルは思い出せずに詰まっているところが出てしまった。

 

「大丈夫です。焦らずに、一度確認してみましょう。確かコハルさんの参考書だと、……ページに」

 

「わ、分かったわ!確かこのあたりに……あった!」

 

そういうと、コハルは自分のカバンを探り出す。

慌てて出したのだろう。それは教科書ではなく、対面のマリーの顔を赤らめさせるには十分な【武器】であった。

 

「……コハルさん、そ、それは、いったい///」

 

「え?……、ち、ちが!?これはちがうの!!!」

 

中から出たもの、それは、コハルが出そうとしていた参考書ではなく、でかでかとR-18の三文字が刻まれた、男女の絡みあうピンク本であった。

 

それを、よりにもよってマリーに見られたコハルは大パニック、顔を赤らめ、視線をそらし、何とか誤魔化そうと思考を回す。

しかし混乱した頭では、碌な回答が出ないのも仕方がない。

 

「え、えっと、コハルちゃん、正義実現委員会としての活動中で押収したものを誤って……とか、そんな感じなんですよね?」

 

そんな状況で泣き出しそうなコハルを見ていられなくなったのか、ヒフミが優しく助け舟を出す。

 

「そ、そうなの!押収した代物を預かる仕事をしてたから、それで、混ざっちゃったの!」

 

必死に頷くコハル。

そして、……彼女は不安げに小吉を見る。

 

「でも、先生、どうしたらいいの?」

 

小吉は悩むことなく、答えを告げる。

 

「返しに行っちまおう。ハナコ、アル。試験はいいから、後任せるぞ」

 

そういって、コハルを連れて、少し暗くなったトリニティを歩くのだった。

 

 

「……しかしなぁ。あぁいうのに興味持つのは仕方ねぇけれど、あぁいうのはほどほどにしないとダメだぞ、コハル」

 

「ち、ちが!!ほ、本当に押収品が混ざっただけなんだから!」

 

今の小吉にとって、コハルとの時間は正直、少しだけ気が楽な時間であった。

 

勿論、補習授業部のメンバーに対して何かあるというわけではない。

だが、今トリニティに起こり得ることを考えれば、警戒を怠るというわけにもいかない。

 

ある程度の疑いは解け、ナギサにはあぁはいったものの、マリーへの容疑は、完全にとけたわけではない。

彼女が本気でニュートンとして動いていて、自分やサクラコたちもだますつもりなら、前提は容易くひっくり返る。

 

もう一人のアズサに至っては、現状では、真っ黒。ヒフミに関してはペロロが絡めばどうなってしまうかわからない。

いや、それ以前に、ヒフミに関して言えばナギサの疑いはすべて事実なのだ。

噂通り彼女はブラックマーケットに行っているし、ペロロが絡んでいた場合場合、あるいは……。という危うさが彼女にはある。

 

そんな状態で、コハルに関して言えば、疑っていないというナギサお墨付きである。

勿論、小吉も彼女に対して疑いを向けてはいない。何せ彼女には、背景も何もない。ある種巻き込まれただけの不憫な生徒と言っていい。

 

だから、というわけではないが、小吉はある種気を抜いて接することができた。

 

「……そうだ、先生に秘密を教えてあげる!」

 

「……秘密?」

 

「ふふ……!実は私は!補習授業部に送られたスパイなの!」

 

「……お、おう?」

 

一瞬、彼女のそのあまりにも突拍子のない言葉に、小吉は固まった。

だが、小吉のその様子を気にすることなく、コハルは色々なことを語り始める。

 

曰く、実力を隠している。先輩たちに補習授業部がちゃんとしているか見ているようにと言われた。

など……。

 

だが、それが真実であるとは、流石に小吉も思わなかった。

 

彼女の言うスパイに対してされるには、彼女への命令があまりにもおおざっぱであること。

 

仮に調査を目的とするのであったとしても、補習授業部が上手く回っているかどうかを確認するなら、わざわざ潜入という形にする意味が薄い。勿論、彼女らの真相を知っているならこっそり監視ということも考えられるが、ナギサが小吉と接触する際、常に人払いをしていることうや、そんな彼女が正義実現委員会であるコハルを補習授業部に指名したことを含めていると、マリーをニュートン疑いで補習授業部にいれたことさえ共有されているか怪しいものである。

 

そして何より……。

 

「それ、俺にいっちゃだめなんじゃねぇか?」

 

「そ、それは!先生は、生徒の秘密をやたら言いふらしたりしないでしょ!」

 

「……どうだろうなぁ」

 

「ちょっと!?もう!!そこはうん、っていって!!」

 

実はもう、生徒についての秘密をナギサと共有したりしています。などとはいえず。

小吉は彼女の言葉を冗談っぽく流すしかなかった。

 

……。とはいえ。

 

「正義実現委員会……か」

 

今朝も出入りしたばかりだが……、確かに、小吉側から、彼女らがどういう方針では確認していない。

少なくとも、ナギサの疑いの対象ではあるわけだし、コハルを送り出すことで、彼女らの動きを封じているという面もなくはないだろう。

彼女たちからしても、あまり面白い状況ではないはずだ。

 

「まぁ、長居することはないし、さっさと片付けちまおう」

 

「わ、わかったわ!」

 

幸い、普段管理を任されているからか押収室の扉の鍵は、コハルも持っていた。

そのまま二人は扉の奥に。

 

コハルも、流石に自分の仕事だからか、迷いなく歩を進め、持っていた本をささっと、物品の中にいれる。

 

「こ、これで――――――」

 

「コハル?それに、先生まで?」

 

一安心。と言おうとした瞬間であった。

 

押収室に、先ほども話題に出たばかりのハスミが現われた。

 

彼女からしてみれば、疑問に思ったことだろう。

合宿で別棟にいるはずの彼女が、この場所にいるのだから。無理はない。

 

疑惑の目線が、コハルへと向かい、彼女は言葉を詰まらせる。

 

「悪いな、ハスミ。授業に使うはずだった教科書を、コハルがここに置いてきちゃったみたいでな。色々あって慌ただしくって今日本格的に確認しようってときになってここに忘れたのを思い出したんだ。それで、悪いとは思ったが授業も進められないし、取りに来たんだ」

 

「そういうことでしたか」

 

小吉の咄嗟のフォローに、どうやら納得してくれたらしい。

コハルも、そうなんです、と、話を合わせ、ハスミもそれに頷いた。

 

「……ですが、丁度良かったです。コハルに伝えておきたいこともありましたし。先生、申し訳ありませんが、席を外していただけませんでしょうか?正義実現委員会として話しておきたいこと、といいますか……」

 

「あぁ、じゃあ、俺は隣室で待ってるよ」

 

積もる話もあるだろうし、大人の目の届く範囲で話しにくいこともあるだろうと、小吉は、そのまま、隣に移動する。

 

「……ふぅ」

 

そして、静かに近くの椅子に腰かけ息をついた。

 

この数日間、眠らず。というわけではなかったが、今朝の取り調べと言い、昨夜のシスターフッドによる襲撃と言い、休まる暇がなかった彼は、ようやく、少し息をつくことができた。

 

少し、目を閉じようとするが、僅かに、二人が話す声が耳に届く。

内容はぼんやりとしか聞き取れない。だが、わざわざ、自分の前では話さないようにしている内容だ。

 

「もうちょっと離れるか……」

 

そういって、小吉は席を立つと、もう一度離れたところに、座り直し、声が届かないのを確認して、少しだけ目を瞑るのだった。

 

「先生、お待たせ」

 

「うん、……あぁ。ちょっと、寝てたな。悪い……。何にもなかったか?」

 

「なんでもない、ただ、補習授業部について聞かれただけ」

 

実際、そうなのだろう。

コハルの言葉にはよどみもなく、表情にも変化はない。

 

「先生。お休みを邪魔して申し訳ありません、……それでは、コハルのことをよろしくお願いします」

 

ハスミも、また、小吉に対してきっと後ろ暗いことはないのだろう。

その言葉には、妹を思いやる姉、あるいは、いっそ、子供を思う母のような、そんな感情がこもっていた。

 

「あぁ、任せてくれ。ちゃんと、コハルが正義実現委員会に戻れるように、勉強させるさ」

 

「先生!それだと、私がサボってるみたいでしょ!」

 

「コハル、先生に失礼ですよ……本当に、お願いしますね」

 

そんな風に、騒がしくしながらも、小吉とコハルは、補習授業部に戻るのであった。

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