シャーレの先生 小町小吉 作:名無しのスレ主
それは、次の日のことであった。
「……プールでよかったんだよな」
朝早く。小吉は呼び出しを受けた。
メッセンジャーに遣わされていたのは、ティーパーティの少女。
会話こそしていないが、ナギサとの面会の際に何度か小吉も顔を合わせたことがあった相手である。
「……」
……小吉は、この状況を警戒していた。
今回の件について。
呼び出し主はナギサではない。
そもそも、ナギサであるならば、モモトークを使って時間を設定しているだろう。
それに、緊急ならこういった呼び出しの仕方はしない。したとしても、彼女であるならば、人がいないとはいえわざわざ補習授業部のいる使われていない校舎のプールなど指定せず、ティーパーティーのテラスを。そうでないとしても、ティーパーティーの息のかかった場所に呼び出したはずだ。
なにせ、今彼女が警戒しているのは行方不明のセイアを襲撃した犯人。
自身への攻撃の可能性も考慮しているはずの彼女は全ての行動において慎重になっているといっていい。
それ故に、情報のやり取りに対しても警戒を徹底するはずだ。
だが、今回は開けた視界で、遮りもほとんどないプールへの呼び出しだ。
ナギサのこれまでの行動と一貫性が取れない。
故に、今回の呼び出しがナギサからのものでないことは伺える。
そして、ティーパーティーの少女をメッセンジャーにして小吉を呼び出せるのは、消去法で行けば、もう一人だけ。
「よう、君が、俺を呼んだんだな?……ティーパーティの三人目の党首」
「ふふ、なーんだ、オミトオシなんだ。凄いね!先生」
そういって、小吉をプールで待っていたのは、桃色の長髪をたなびかせる、笑顔の可愛らしい少女であった。
「初めまして、でいいよね?私は聖園ミカ。先生が言う通り、ティーパーティーのパテル分派の代表だよ」
「俺は、……知ってると思うが、小町小吉。シャーレの先生で、今は補習授業部の顧問……」
「そして、外の世界を救った英雄……だよね」
笑顔で、そういうミカに対して、小吉は先ほどまでの警戒をさらに強める。
小吉には、ミカの行動の意図が分からなかった。
彼女は、補習授業部の件についての相談の場にいなかった。
それが、疑心暗鬼により信じられなくなったナギサが外したからか、あるいは、ミカ自身の判断によるものなのかは判別がつかないが、少なくとも彼女の同席を、ナギサは認めていなかった。
小吉が今彼女と初対面であることが何よりの証拠である。
そして、そこまで彼から遠ざけられた少女が、自分のことを知っていると提示してくる。
その理由……。
「あはは、そんなに警戒しないでよ、先生。それとも、……ナギちゃんが私の悪口でも言ってた?」
「いや、そんなことはないんだけどな。俺もこの前いきなりこの辺りで襲われたんだ、知ってるんじゃないか?」
「あー、なんだかそんな話聞いたような。じゃあ、悪かったかな、ごめんね?」
この短い間に、ころころと表情を変え話すミカ。
その、豊かな表情の変化は、外の世界のニュートンを知る小吉には、『彼』を思い出させ、内心での警戒をますます上げることになる。
「まぁ、そんな先生には、用件を早く伝えたほうがいいかな?……先生は、生徒みんなの味方、なんだよね?」
「そうだな。あぁ、でも、勿論、事情次第なことはあるぞ?それでも、出来る限り、力になりたいと思ってる」
キヴォトスの生徒全員の味方。問題児であれ、何であれ、見捨てない。
そして、当然その範囲には、警戒しているとはいえ、眼の前のミカも当てはまる。
敵対する理由がない以上、今、彼女の味方をしない道理はない。
「そうなんだ、……でも、皆の味方、っていうのは、誰の味方でもないってことだよね?」
だが、それ以前。
ミカは、今の小吉の本質を突いてくる。
そう。そういった意味で、小吉が二度にわたって行った火星はある種。楽な場所であったかもしれない。
周囲は敵だらけ。信頼できる相手はごくわずか。誰が裏切り者か分からず、誰が敵であるかもわからない。
それでも、自分が守るべき相手は、はっきりとしていた。
共に火星に旅立った。九十九人のクルー。
今は、少し違う。
彼が接するべき相手は、百どころではない。
火星でのあの日。
『彼女』の言葉を思い返しながら弱音を吐いた、艦長などとは違う、もっと広い範囲の生徒という相手。
そんな多くの相手を前に、皆の味方。などと言ってしまえば、それはもはや、不義理にすらなってしまう。
誰かの願いを聞くとき、彼の立場は、その誰かの敵とは相いれなくなってしまうのだから。
正に、今の状況がそうである。
小吉は、アルに頼らなければ、ナギサの味方をしながら、ヒフミ達補習授業部の味方をしているという矛盾している状態すら成立させられない。
どうしようもない、ジレンマがそこにはあった。
「ん……。先生もわかってるんだ。そっか。そうだよね。……ちょっと安心したかも。……私からは、信頼する先生としてじゃなくって。……取引としてみることにするね?」
そして、それを表情から読み取ったのか、ミカはそういって話を切り出す。
「まぁ、……君がそれでいいっていうなら、俺からは特に問題はないが……」
彼女が、無償での取引は、信用できない。というのであれば、無理に通常通り接するのは、彼女にとっても負担である。
「……先生には、ナギちゃんが探してるトリニティの裏切り者、……補習補習部にいる、その子のことを、教えてあげる」
ミカのその言葉に、小吉は、明確に反応してしまう。
しまった、というように、顔を上げる。
「うん、やっぱり、いきなり出てきたら隠せないよね。よかった、英雄って聞いてたから、もっと固いとおもってたけれど、意外と先生も普通の人間なんだ」
そんな小吉の反応に笑いながら、ミカは言葉を続ける。
「ナギちゃんが退学にしたがってる相手。……実際はもう少し複雑な問題でもあるんだけど……。ナギちゃんに振り回されてる先生を見てるのも申し訳なくて……」
「……」
退学。ミカがそういったことに、思わず口をだそうとしたが、今度は言葉を飲み込む。
訂正は、あとでも問題ない。
今は、彼女の話を聞くべきだろう。
「元は私が案を出したんだけどね?ナギちゃん、ずっと反対してたの。折角の借りをこんな風に使うのはどうとか。……でも、私にも、いろいろあってね。トリニティとも、ゲヘナとも違う、第三の立場が欲しかったの」
「第三?いや……。それよりも」
「あぁ、うん。裏切り者の話。だよね」
小吉の言葉に、少しだけ目を伏せ。
そして、一呼吸息を入れた後、ミカは言葉を紡ぐ。
「……白洲アズサちゃん。ナギちゃんが情報収集に出してた子がいたから、もう、先生も知ってると思うけれど、あの子は最初からトリニティにいたわけじゃない……。勿論、調査したならわかってると思うけれど、書類に書かれてた学校の出でもない。アズサちゃんは、ずっと前に、トリニティから分かたれたアリウス分校出身の生徒なの。……あそこの子たちのことを、生徒って言っていいかわからないけれど」
「……君はなんでそのことを知っていて、……なんで俺に教えるんだ?」
彼女の言動から、ある程度の答えが導き出される。
白洲アズサ。
今最も疑わしい彼女を、トリニティに送り込んだのは、彼女。
そういうことなのだろう。
「うん、……それはね。あの子を守ってほしいから」
そういって、ミカは話し始める。
トリニティの成り立ち。
アリウスの存在。
そして、エデン条約機構は、強大な力になるということを。
……。そして、セイアが殺されたのだということを。
「犯人は、まだ……」
「うん、見つかっていないよ。というか、セイアちゃんが元々秘密主義だったこともあって、何にもわかってないの」
ミカの言葉を聞いて、小吉はようやく感じていた違和感の正体に気が付いた。
ミカとナギサの二人の間では、今回の補習授業部についての計画の一部の情報が共有されていた。
あるいは、補習授業部の計画について、共同で行っていた。元々はミカが提案したのであれば、寧ろ主導していたのはミカの方だったのかもしれない。
だが、それは、かなり前の段階で、その共有がなされなくなったこと。
そう考える理由は、一つ。
ミカは、セイアの死亡を、秘匿情報であると語った。
しかし、小吉はナギサから伝え聞く形でその話を知っている。
勿論。ナギサ自身は、セイアについて直接的な死亡判定を下したとは言っていなかったが……。
ハナコの暗殺という言葉に対してナギサは否定をしなかった。
そして、ミカが退学という言葉を出したことで、それは明白になった。
ミカが共有されている時期は、ナギサが補習授業部を小吉の協力を得て作ると決める前まで。
だからこそ、彼女は、補習授業部の処分を、退学だと勘違いしているのだ。
「……それで、話は戻るんだけど。アズサちゃんはね。私がトリニティに転校させたの。ナギちゃんに内緒で、生徒名簿とかそういうのを捏造してトリニティに入学させたの」
そんな風に小吉が情報を整理している間に、ミカは話の結論を出す。
すなわち、アズサを自分が入学させた、という答えを。
「……どうしてだ?」
その問いに対して、ミカは答える。
「アリウス分校は、今も私たちのことを憎んでるの。私たちがこうして豊かな環境を謳歌している中で、彼女たちは、学ぶということが何なのかもわからないままでいる……。私たちから差し伸べたても、連邦生徒会からの助けも拒絶し続けてるの。過去の憎しみから」
ミカの言葉を、小吉は理解はできる。
小吉自身、そういったものを見た経験はある。
それ故に、上から差し伸べられる手を振り払うのも、仕方のないことだろう。
彼等からしてみれば、お前たちのせいで自分はこうなったのに。と。
「……私はね?アリウスと和解したかったの。でも、アリウスの子たちが抱える憎しみは、簡単にぬぐえないほど大きくて、これまでの間に詰み上がった誤解と疑念もあまりに多い。私の手には、負えないくらいに。けど、ナギちゃんもセイアちゃんも、私の意見には反対だった。政治的な理由でね。でも、それもわからないわけじゃない」
恐らく、そこには、多くの理由があるのだろう。
アリウスと仲良くしたい。だが、それをミカがするには、様々ないざこざがある。
少なくとも、彼女の立場には。
「だから、アズサをトリニティにいれた」
だからこそ、別の代表を擁立する必要があった。
アリウスが、トリニティと仲良くするための旗頭が。
「うん、私はあの子に、和解の象徴になってほしかったの。彼女について詳しいわけでもないんだけど、アリウスでもかなり優秀な生徒だったみたいだから」
実際、アズサが優秀というのはそうなのだろう。
学ぶことに関して、それがどういうことか分からないというレベルの教育を受けていたにも関わらず、彼女は今、ニュートン組やハナコによるたたき上げを受けているとはいえ、かなりの点数を叩きだせるようになっている。
勿論、教師陣が優れていることは疑いようもないが、それは、アズサの努力があってこそ。
その現場を見ている小吉からすれば、優秀であるというミカの言葉を疑う余地はない。
だが、そうであるならば。
「……ナギサを挟んでやる形は、難しかったのか?」
そう、別に、ミカ一人でやる必要もない。
ましてや、隠して行う意味もないはずだ。
「うーん……。ナギちゃんはそういうの聞いてくれないだろうから」
だが、小吉の言葉に、ミカは苦い顔をするばかり。
実際、アズサが転校してきたのは、そう昔ではないはずだ。ならば、当時のナギサのストレスは決して軽いものではなかっただろう。そんな状況で、元々は敵対派閥であった学園の学生を受け入れたいかといわれれば、聞き入れるのは難しいだろう。
仮に、受け入れたとしても、警戒として監視をつけるなどの案を飲まされる可能性も高い。
それでは、意味がないというのも、分からなくはなかった。
そして、ミカはそのまま話を続ける。
「……。もし、エデン条約が締結されたら、その時は、アリウスとの和解は不可能なものになっちゃう」
「だから、エデン条約前に、実績を先に作ることでアリウスとの融和が、不可能でないと示したかった……」
理解はできる。
確かに、元々、アリウスとトリニティが分かれた理由の一つには、ゲヘナとのかかわり方があったのだから、それが結びついてしまえば、取り返しのつかないことになるのも当然の話だといえるだろう。
「うん……。でも、一つ誤算があった」
「……ナギサが裏切り者を探し始めた」
「そう。ナギちゃんがどうしてその結論に至ったかはわからないけど、……その疑われてる中に、アズサちゃんも入っちゃった。……そして、アズサちゃんは、実際に、ナギちゃんが疑ってるトリニティの裏切り者の定義に当てはまっちゃう。実際、アズサちゃんは、アリウスの生徒だから。……でも、あの子をこんな形で退学なんて、させちゃいけない。……だから、先生には、アズサちゃんを守ってほしいの」
「……話は、分かった。大丈夫だ、アズサだけじゃなくって、他の補習授業部の奴らもちゃんと俺が守るよ」
彼女が、アズサを思っていると。
そして、せっかくの希望の芽を摘みたくはない。その気持ちは十分に伝わった。
だからこそ、小吉は伝えなければならなかった。
「……。ナギサの計画は変わってるぞ」
「……え?」
「ミカと話してた段階でと退学がペナルティだったみたいだけど、俺に提示した時には最初から交換留学に代わってるんだよ。エデン条約締結までの短い間だけどな」
ここでこのことについて切り出すのには、意味があった。
退学と交換留学では、意味合いが大きく変わる。
彼女の語りが本当であるのならば、交換留学であればまだ、可能性は残るのだ。
勿論、エデン条約の締結後であるという不利は被ることになるが、それでも、アリウスとトリニティを結ぶ可能性のある希望の架け橋。それにアズサがなる可能性が。
だが、そうでないのであれば……。
セイアの襲撃犯として、ミカが彼女を利用しようとしているのであれば、不味いだろう。
エデン条約が締結されれば、そのあとでナギサをどうこうしたところで、一度結んだ同盟は、そう簡単には反古にはできない。
故に、彼女の語りが本当であるならば、この情報で浮かぶ表情は……。
「そっか……」
安堵。その表情を彼女は浮かべていた。
ためらいもなく、緊張もなく。
「もう、先生意地悪なんだから!間違ってるならすぐ教えてくれてもいいでしょ?」
だが、それもすぐに崩して、頬を膨らませて小吉に抗議する。
「悪いな。でも、これは取引、なんだろ?」
「……ほんっと、意地悪だね?先生」
「でも、その価値はあったよ。大丈夫。アズサが、ちゃんとトリニティにいられるように、俺も頑張るよ」
「……うん。期待してるよ。せんせ」
そういって、彼女は、離れていく。
「しかし、どうするかな」
アズサにあった裏は知れた。
ミカから得られた情報は、大きく状況を進めたといっていい。
だが、結局のところ、ミカの思惑はどうあれ、アズサに対しての疑いを晴らすには決定的な証拠が足りないのであった。