シャーレの先生 小町小吉 作:名無しのスレ主
六話
「おはようございます!小吉先生!」
「あぁ、おはよう、アロナ」
シャーレに着任してから数日。
リンから渡された書類のチェックもある程度終わった。
彼が、外の世界で管理職についていたのは、幸運だった。
もしも、慣れていないものが唐突にこの量の書類に目を通さなければならないとなれば、それこそ、寝る時間の確保も難しかっただろう。
「状況はどうだ?アロナ」
「はい!ここ数日間、シャーレに関するうわさもたくさん広まってるみたいですし、ほかの生徒たちから助けを求める手紙も届いています。いい兆候です!私たちの活躍が始まるということですから!」
「……ユウカの言ってた通りになったな」
小吉にとっては、精々生徒たちの手伝いをした、程度のことであったが、その影響力は決して小さなものではなかったらしい。
ミレニアムの生徒。ユウカが去り際に言っていた言葉が、本当になるとは。
「……ですが、その中に一つ、不穏な、こんな手紙がありまして。これは小吉先生に一度読んでもらったほうがいいかなと」
「どれだ?見せてくれ」
思い浮かぶのは、キヴォトスに訪れた時に、リンへと詰め寄っていたユウカたちの被害状況。
この時期に来るということは、その延長かもしれない。彼女たちは大規模な学園だからあの程度で済んだが、そうではない学校もあったのかもしれない。
「はい。こちらです」
アロナによって提示された手紙に、目を通し始める。
「……アビドス高等学校、奥空アヤネ……。地域の暴力組織、補給ラインの寸断、校舎の占領の危機、か」
先日までの、インフラの停止による影響なのか。
あるいは手紙に書いてあった複雑な事情からくる以前からの物なのか。
どちらにせよ、この手紙に記されている。
「アロナ。何か知っているか?」
「うーん、……アビドス高等学校ですか……。昔はとても大きい自治区でしたけど、気候の変化で街が厳しい状況になっていると聞きました」
「へぇ、……どれくらいでかいんだ?」
「どれくらい。……!街のど真ん中で道に迷って遭難する人がいるぐらいだそうです!」
「……そいつはでけぇな」
そう言われて、小吉の頭に浮かぶのは東京の駅であった。
なじみがあったわけではないが、数百年以上前から巷では、現代の迷宮やらそういわれていたらしい。
「でも、いくら大きくても街のど真ん中で遭難だなんてしないですよね?さすがに、ちょっとした誇張だと思いますが……。それよりも、学校が暴力組織に攻撃されているなんて」
「あぁ、ただ事じゃなさそうだ。アロナ。アビドスに向かおう。補給が途絶えているなら、急いで向かったほうがいいだろう。話を聞いたらすぐに連邦生徒会に補給要請ができるように、書類の準備をしておいてくれ」
現状では、詳しい状況は分からないが、それでも、危機的状況には違いない。
数日前のワカモに率いられた不良集団さえ、戦車を駆り出せたのだ。
暴力組織がどれほどの火力を備えているかもわからない状態で弾薬が完全に切れてしまえば、いくら強いキヴォトスの生徒であっても、抵抗ができるかすらも怪しい。
「すぐに出発ですか!流石大人の行動力!かしこまりました!すぐに出発しましょう!書類に関してもお任せください!署名だけで済むように準備をしておきます!」
「あぁ、それじゃあ、いくか」
そういって、意気揚々と、二人はアビドスへと向かい。
「なぁ、アロナ。……一体、何時になったら学校につくんだ!?」
街のど真ん中で遭難していた。
「くそ……。あたりに店もねぇし……。駅で水でも買っとけば……」
既に数日。
駅を出たまではよかったが、アロナのナビゲートが混乱して以降、一向に進めている気はしない。
肉体的な疲労は限界。
帰り道もわからない、そんな状況に、小吉は何とか日差しを避けようと電柱でできる影に移動しようとして
「っ……」
ぐらり、と体が揺れ、その場に倒れてしまう。
シャーレを出て、碌な補給も取れなかったからだろう。
脱水症状が、彼の身体を蝕んでいた。
それでも、地面を這い、何とか道路の端へと寄ろうとした彼の耳に、ブレーキをかける音が届いた。
「……大丈夫?」
目線を上げると、そこにはロードバイクにのった制服姿の少女。
その頭上には、動物の耳らしきものが生えている。
……とはいえ、そんなものは、小吉からしてみれば見慣れたもの。
「……水、持ってないか」
だからこそ、今重要なのは、自分の状態。
「あ、生きてた。道のど真ん中に倒れてるから、死んでるのかと」
「実際、……死にかけだ。この辺りの土地勘がなくてな……。情けない話、迷子の途中で、ここ数日碌に水も飯も取れてない」
「……ホームレス?」
そんな疑問が浮かぶのは仕方がない。
事実、自宅への道は、見失ってる。
「一応、ちゃんと、帰る場所はあるけれど、今の状況じゃ、帰れそうにない。ここに用事もあるしな」
「用事……?えっと……つまり、遭難者?この辺りは、もともとそういうところだから。食べ物がある店なんか、とっくになくなってるよ。もっと郊外の方に行けば市街地があるけど。ちょっと待って」
そういって、少女は荷物を探り始める。
「あった。はい、これエナジードリンク。ライディング用なんだけど、……今はそれぐらいしか持ってなくて。少しはお腹の足しになると思う」
「本当か?ありがとう、助かった!」
小吉は、そのまま、それを受け取ると一気に体へと流し込み始める。
限界まで疲労した体に注がれたそれは、彼の身体に潤いを与えていく。
「えっ!?あ……それ……」
飲み終え、口を離し彼女を見れば、僅かばかりに羞恥に頬を染める少女。
みれば、その手に持っているのはコップ。
状況を理解した小吉は、その場に座り込み頭を下げる。
「すまない!あとで、新しいものを買って……」
「……ううん、何でもない。気にしないで」
そういって、ボトルを受け取った少女は、飲み口を軽くぬぐってカバンの中へと戻す。
「そ、そうか?……改めて。ありがとう。おかげで、命を救われたよ」
その様子に、申し訳なさを覚えながら小吉は改めて礼を言う。
ゴキブリとの戦いの果て、生き残った最後がこれでは、仲間たちに何と言われるかわからなかった。
「……。みた感じ、連邦生徒会から来た大人の人みたいだけど……。学校に用があってきたの?この近くだと、学校はうちしかないけれど……。もしかして【アビドス】に行くの?」
「あぁ、……って、君は、アビドスの生徒なのか?」
聞き返した小吉の言葉に、少女は小さくこくりとうなずく。
「うん、そっか。久しぶりのお客様だ。それじゃあ、私が案内してあげる。すぐそこだから」
「本当か?助かった。俺だけだと、何時まで経ってもたどり着ける気がしなかったんだ」
「さっきまで、倒れてたけど、動ける?背負う……のは難しいけれど、肩位なら」
「大丈夫だ。さっきの飲み物のおかげで少し回復した」
そういって、立ち上がると、膝の汚れを落とし、改めて少女に向きなおる。
「案内、よろしく頼むよ」
「うん。それじゃあ、こっち」
少女の誘導に従いながら、彼はアビドスへと向かうのであった。
「ただいま」
「おかえり、シロコせんぱ……い。って誰⁉その人!」
「わぁ、シロコちゃんが大人を拉致してきちゃいました!」
「拉致!?もしかして、シロコ先輩がついに犯罪に手を!?」
少女……。シロコとともにアビドスの教室に入った小吉を迎えたのは、そんな姦しい生徒たちの大騒ぎ
「……」
そんな状況に、彼へと目線を送るシロコ。
なんとか言ってくれと、視線で訴えかけてきている。
……確かに、この状況。彼女が何かを言っても本当ですか?と、疑いそうな勢いだ。
小吉の言葉が必要だろう。
「……落ち着いてくれ。俺は、この学園に用があってきた」
「え?用……?」
「じゃあ、お客さんってこと?」
「ん……。そういえば、貴方の名前は?」
そう、見上げるシロコに問われて、ようやく自分が名乗っていなかったことを思い出した。
「俺は、小町小吉。ここに用があってきたんだ」
「……シロコ先輩が拉致してきたんじゃなくって?」
猫耳の少女は、未だに拉致を疑っているらしい。
彼がシロコに目線を向ければ、どうやら、思い込みが少し強い生徒なのだろう。あきらめたように首を振っている。
「お客様がうちに来るなんて、とっても久しぶりですね」
「でも、来客の予定なんて……」
「……いや、招待なら、君たちから受けた。シャーレ顧問の先生としてね」
その瞬間に、少女たちの目が、僅かに見開かれる。
「……え、えぇ!?まさか!?」
「シャーレって、あの……!?」
「わあ☆支援要請が受理されたのですね!よかったですね!アヤネちゃん!」
手紙を送ってくれた眼鏡の少女は、嬉しそうに温和な雰囲気の少女に笑みを返す。
「すまない。手紙には、すぐに気が付けたんだが……この辺りで迷子になっててな。シロコに見つけてもらうまで自分がどこにいるかもわからなかったんだ」
「いいえ!いいんです!……あ、早くホシノ先輩にも知らせてあげないと!……あれ?ホシノ先輩は?」
きょろきょろと、アヤネはあたりを見回すが、普段ならいるはずの先輩がいないらしい。
とはいえ、誰も知らないというわけでもなく、先ほどまでシロコに詰め寄っていた猫耳の少女が、隣の部屋で寝てるから起こしてくると、部屋を出ていく。
問題を抱えているらしいこの学園。
この後どうするか、どういう話になるかはわからないが。少なくとも今回の仕事は、彼女たちの途切れてしまった補給を回復すること。
「その委員長ちゃんが、代表者か?」
「はい。ホシノ先輩は今のアビドスの―――――――」
そんな話をしようとした最中であった。
銃声が鳴り響いたのは。
「わわっ!?武装集団が学校に接近してます!カタカタヘルメット団のようです!」
「あいつら!性懲りもなく!」
(……怯えは、ない)
その銃声に、小吉が辺りを見回すと、その場にいる三人の表情は、驚きと、怒り。
銃声そのものへの恐怖は、キヴォトスで育った彼女たちにはないのだろう。
なにせ、それは、彼が知る銃と、同じ威力を持っているにもかかわらず、少女たちには精々、怪我しか負わせないものだから。
「……まずは、落ち着……」「ホシノ先輩を連れてきたよ!先輩!寝ぼけてないで起きて!!」
まずは、状況を確認しようとシロコをなだめようと小吉が動こうとしたときであった。
先ほど、先輩を連れてくると飛び出した少女が、さらに小柄な少女を引きずって、戻ってくる。
「むにゃ……まだ起きる時間じゃないよー」
どうやら、相当胆力のある生徒らしい。
あるいは、ただ慣れているのか、襲撃があったとはいえ、まだ寝る気満々のようだ。
「ホシノ先輩!ヘルメット団が再び襲撃を!それと、こちら!シャーレの先生です」
「ヘルメット団?ありゃ~そりゃ大変だね……」
そういいながら、彼女は一瞬、彼の姿を目に収める。
「……あ、先生?よろしくね。セリカちゃん。装備どこだっけ?」
「え?えっと、はい!これ!」
挨拶の後、目が覚めたのかしゃんとしたホシノに困惑しながら、セリカと呼ばれた少女は彼女にショットガンとそれまで少女たちが持っていた銃とは違い、重厚で飾り気のない折り畳み式の盾を渡す。
「ありがとー。ん……ふぁあー……。こんなのじゃ、おちおち昼寝もできないや。シロコちゃん、行ける?」
「ん、先生のおかげで、補充できるから。今日は弾薬も、爆弾も、使い放題」
そう返しながら、彼女も少しばかり困惑しているらしい。
小吉と歩いている時も、ここに来てからも、大きく表情を変えることのなかった彼女の表情が、ホシノと呼ばれた少女が、やはり、普段とどこか違うのだと彼に伝えてくる。
「はーい、みんなで出撃です☆」
そんな空気を察してか、温和そうな少女が、三人の背中を押してそのまま部屋から駆け出していく。
「……やらかしちまったかなぁ」
そういって、小吉は独り言ちる。
ホシノと呼ばれた少女は、明らかに自分を見て警戒心を強めていた。
それは、自分の立ち振る舞いのせいか。あるいは、匂いか。
どちらにせよ、不安にさせてしまったのには違いがない。
「……?あ、そうです!先生!私がオペレーターを担当します!こちらで、サポートをお願いできますか?」
そんな、独り言に、首を傾げながら、アヤネは彼に願い出る。
「あぁ、俺でよければいくらでもな」
故に、小吉はそう返すのだった。
彼は、この世界では、ただの大人で、先生なのだから。