シャーレの先生 小町小吉 作:名無しのスレ主
「よし、コハルもアズサも、ずいぶん点数も安定してきたな」
「ほんと!?先生!」
「あぁ、よく頑張ったな、コハル」
ミカとの別れから、数時間たった昼時。
小吉は、アルたちも交えて本日二度目の模試の採点を行っていた。
四人は既に、テストの合格するかどうかを気にするラインにはいない。
そもそもの点数に問題がなかったマリーは別格としても、一桁や、何とか二桁といった状態であったコハルとアズサも、合格点を問題なく超えるラインの点数を出し続けている。あとは本番までに、どれだけ点数を安定させられるかというところにまで成長していた。
初めの頃の二人のことを考えれば、よくぞここまで。と、ほめてしかるべきだろう。
アズサはヒフミからのぬいぐるみというゴールが用意されているが、それとは別に、全員で何か楽しめるケーキでも用意しておくか。とそんなことを考えていた時であった。
……猛烈な爆音が入り口の方から響いてきた。
それも、一度や二度ではない。何度も何度も、繰り返し、それは止むことなく鳴り響いた。
「な、なんだ!?」
「失礼します」
そんな驚愕の声を小吉が上げると同時に、爆音は鳴りやみ、それから数秒後、教室の扉が開く。
そこには前日、小吉への襲撃を行った犯人……。歌住サクラコの姿があった。
「……何か用事か?サクラコ」
一瞬、その時のことを思い出したが、だが、状況を思い返し、冷静に彼女へと対応する。
彼女は今、敵対しにきた様子ではない。少なくともあの日感じた、肌がビリビリするほどの敵意を向けては来ていない。
それに、アルもいる。だが、彼女は一人であった。もう一人のシスター。ヒナタを連れてきていなかった。
前回。二人がかりで襲い掛かり、そして、アルの合流で退いた。
そのことを考えれば、今、彼女が襲い掛かってくる可能性は、極めて低い。そう判断したのだ。
そして、小吉の問いかけに、頷いたサクラコは、しかし、その視線を小吉ではなく、別の相手に向いていた。
「今日、用事があるのは……アズサさん。貴女です」
「?私か?」
「えぇ、以前、トリニティの生徒を助けてくださいましたね?」
そういって話し始めたサクラコ曰く、正義実現委員会に彼女が掴まったことの発端は、トリニティ内のいじめに対して義憤にかられたアズサがそのいじめっ子たちに対して攻撃をしたことにあるということであった。
そして、その話を聞いた彼女は、それを当然のことをしたまでといって、その上で、いじめにあうような弱い彼女も悪いと言い切った。
彼女の言葉には、いろいろな問題もあるだろう。先生としてみれば、だが、それが間違いだ、とはいいきれない。
そして、それ以上に、彼女の立ち振る舞いは、トリニティの襲撃犯の仲間であるという疑いを弱めるには十分な理由である。アズサは、間違いなくイイ奴だ。
それは、小吉も理解しているのだ。
立場など関係なく、悪事に及ぶものも、いる。
あの日、火星に行った者たちの中に、どれだけ自身の望み通りに行動したものがいただろうか。
自分の本意でないとしても、誰かを傷つけなければいけない人間はいる。
例え魂で行動することを叫んでいても、動けないものはいるのだ。
これではいけない。と、小吉は一つ、こっそりとため息をついた。
生徒を自分が信じなくて、どうするのか。と。
「……先生」
「ん?なんだ?サクラコ」
そんなことを考えているうちに、アズサへの要件が終わったのか、サクラコは、今度こそ、小吉へと向き直っていた。
「……マリーの件について。少し、お時間をいただけますか?」
「わかった。マリーも同席するが、いいか?」
既に、約束をしていたことだ。
マリーについての話をするならば、彼女を同席させる。
少女は既に、覚悟を決めている。そして、それは、サクラコも同様だった。
彼女は小さく、しかし、僅かに不安をにじませながら頷く。
「ハナコ!アル!教室は任せた」
その覚悟を受け取った小吉は、そういって、あとのことを、信頼できる二人に託すように声をかける。
「はいはい。というか、先生授業しなさすぎじゃない?」
「そうです!私とアルちゃんの教室になっています!」
補習授業部立ち上げから何度目かのパスに対して文句をいいながらも、二人は不満そのものはないようで、補習授業部の勉強会はそのまま進んでいく。
元より勉強の面に関して言えば、小吉よりも彼女たちの方が優秀なのだ。
実のところ、進行に限って言えば小吉がいなくとも授業の中身に大きな差異はない。
「……ところで、サクラコ。一つ聞きそびれてたんだが」
「なんでしょうか」
教室から出ていこうところで、ずっと、小吉は気になっていたことを口にすることにした。
今から、真面目な話をするのだ。これは、後回しにすることはできない。
「どうして、そんなに煤まみれなんだ?」
「……実は、教室までの間にたくさんの爆弾が……」
爆弾。一同の視線が、一瞬である一人へと集まる。
その視線の先にいるアズサは動揺することなく口を開いた。
「あぁ、それなら私がやった。侵入者の撃退用に、初日から……」
「……アズサ、帰ったら少しお説教な」
「!?」
それから、驚愕したアズサを置いて、サクラコは、衣服についた煤を払いながら、補習部が使っている教室から三つほど離れた空き教室へと移動した。
これだけ離れていれば会話であれば、教室からでは、耳を傍立ててでもいなければ聞こえず、しかし前回のような騒ぎになればアルなら気が付ける。
念のための措置ではあるが、前回のことを自分でも理解しているのだろう。サクラコもこれに同意していた。
「さて、それじゃ、話を聞こうか」
そういって、使われてない教室の中に残されていた椅子に座って、改めてサクラコに向き直る。
「まずは、謝罪を。……先日の行動。申し訳ありませんでした」
そう前置きをして、頭を深く下げるサクラコ。
「いや、気にしなくていい。マリーについての事情もあったんだろ?なら、俺のことを知ってたなら、警戒するのは当然だ」
その謝罪に対して、小吉はそう返した。
実際、彼にとっては本心であった。
なにせ、彼はニュートンの人間を……。彼女の同胞を、排除したのだ。
それを考えれば、彼女が小吉に対して強硬手段をとろうとすることは何も、不思議なことではない。
その言葉に、礼を返したサクラコは今度はマリーへと向き直る。
「……マリー。もう、先生から話を聞いているかもしれませんが……。貴女は、ニュートンの血を継いでいます」
「はい……。先生からは伝えられていませんが。ここまでの流れで、それは。理解しました。……ですが、サクラコ様。ニュートンとは、いったい何なのですか?」
「ニュートンは……。人間を、真の人間という種へとするため、人間を交配させ続けた存在です。人間には、本来多くの出来ることがあります。ですが、通常、その能力は、一人に宿っていることはありません。それを、一つにまとめ上げたもの。それが、貴女たちニュートン。貴女にも自覚はあるはずです。自分が周囲とは違うことを」
「……」
静かに、頷くマリー。
彼女が周囲との違いを感じていたのは当然の話だろう。人は、人ごとに見る世界が違うのは当然なことである。
視力をはじめとする五感の鋭さ。
運動神経による行動の難度。
彼女にとって、周辺の殆どの事柄を、そういうものと受け止めながらも理解できなかっただろう。
自分に出来る大抵のことが、周囲にはできなかったのだから。
だからこそ、マリーが彼らのような。
……地球にいたニュートンたちのような人でなしにならなかったことは、サクラコからしてみれば、奇跡のように思えたのだろう。
事実、小吉も、アルのような前例がいなければ驚き、演技を警戒していただろう。
少なくとも、マリーはニュートンにしては、あまりに人間味にあふれていたから。
「……二人は、どういう経緯で出会ったんだ?」
マリーが彼女の家に招かれた。という話は聞いていたが、そのいきさつについて、詳しくは聞かされていない。
「……私の家は、ニュートンの傍系にあたります。外の世界でニュートンに関わった先生ならご存じだと思いますが、ニュートンには遺伝のために、番う相手の基準があります。それで、私の祖先はその基準に当てはまったのです……。それ以降は、ニュートンの計画に組み込まれて、その流れで、孤児となったマリーを引き取ることになったのです」
「……なるほど。確かに、俺も聞いたことはある……」
そして、納得できた。
マリーの存在は、恐らくニュートンを知っている勢力からすれば垂涎ものであっただろう。
未だ幼い、人間として最高のスペックをもった少女。
恐らく今のように育ったマリーを見る限り、彼女は幼少期からいい子であったこともうかがえる。
ニュートンとしての合理的な思考が、そして、人類の王へと至らんとする目的意識が宿ってからでは遅いが、それよりも早く教育を済ませてしまえば、彼女は自分の家の躍進に繋がるカギとなる……。
だが、それは、血の拡散を恐れた。あるいは、そういった役割があったのだろうサクラコの家が引き取ったことで阻止された。ということだ。
「……じゃあ、サクラコやヒナタの身体能力は、歌住の家として鍛えられたものか?」
「……いいえ。目的は明かせませんが、歌住の家とは関係なく、私が自己判断で鍛えました。これに関しては、ヒナタも同じ目的のためです」
そこに小吉が踏み込んだ瞬間、ピリリとした張り詰めた空気が流れる。
その先は、どうしても答えたくない。と。そういう意思表示だろう。
明確な拒絶の意志を彼女から感じた。
それはすなわち、彼女が鍛えた理由は、ただ、マリーを守りたい。というだけの事ではないのだろう。
小吉の脳裏に、一瞬。ほんの一瞬だけ、どうしてだ?という言葉がよぎった。
「分かった。深くは聞かない」
だが、その上で小吉はその言葉を飲み込んだ。
小吉の目的は、彼女の糾弾ではない。
少なくとも、彼女の在り方を見るに、悪いことを企んでいるのではないのだろう。
その上で、マリーを守りたい。その意志も本物だ。
キヴォトスにおいて、『悪意』と『殺意』は大きな罪に問われると聞く。
この世界では、命は基本、頑丈だ。それは、生徒たちを見ればわかる。
以前小吉もガンショップを見せてもらったが、銃の基本的なカタログスペックは、外の世界のものと変わらない。
普段から生徒たちが互いに打ち合いをしているので感覚がマヒしそうになるが、その威力は外の世界の人間なら、当たれば命を奪われかねないものなのだ。
それに加えて、アルやホシノ、ヒナなどの一部の有力な生徒が使用した銃は、火力が上がっているのも確認できる。
だが、そんな彼女たちの攻撃であったとしても、命を奪うのならば相応の手間をかける必要がある。
通常であれば、それこそ何百発も打ち込まなければ死なないらしい。
それ故に、キヴォトスにおいての殺人は、よほどのことがなければ偶発的には起きえない。
過剰なほどの攻撃を加えなければ、そもそも死なないのだから。
……。だからこそ、小吉の命を奪おうとした彼女の覚悟は重たいのだろう。
そして、その時躊躇なく振るった力を身に着けた……。その理由も。
彼女の戦い方は、間違いなく命を奪うつもりのそれであったから。
「マリー……貴方の生まれについて、隠していてごめんなさい」
「そんな!いいんです!サクラコ様!私は……、貴女に守られて生きてきたのですから。許すことなんて、ありはしません」
だからこそ、今ここにあることこそが、彼女たちにとっては真実なのだろう。
ならば彼女が力を求めた理由もきっと、そこに起因するものだ。それが、悪意であるはずもない。
そう思えば、彼女の人生は、どれほどマリーのために捧げられたのだろう。
それほどの覚悟、それほどの力を得るために、彼女はどれほどのことを幼いころから積み上げたのか。
武道の経験のある小吉ならばわかる。
サクラコの人生のほとんどが、彼女のために費やされているのだろう。
……ならば、それが単純な利害のため。
そんなものであるはずがない。
そんなものを芯にして、彼女の領域まで至れるほど、武は優しいものでは、ない。
「先生、マリーの事、改めて、よろしくお願いします」
マリーと抱き合っていたサクラコは、そういって改めて小吉に向き直り、頭を下げる。
「あぁ、任せてくれ……ちゃんと今回の件は無事に終わらせてみせる」
その覚悟を、小吉もまた、背負うことにするのだった。