シャーレの先生 小町小吉 作:名無しのスレ主
出発して、半分ほどの道程を進んだ頃のことであった。
「……ねぇ、ちょっといい?」
そうホシノが、仲間たちに切り出したのは。
アヤネのドローンは先に軽い偵察を済ませて、先生と作戦案を練っておくとのことで、既にこの場にはいない。
……。
ホシノからしてみれば、好機であった。
「……先生のこと?」
「あちゃー、ばれてたかー。うん、そうだよ」
シロコにそれを当てられても、悪びれる様子もない。
「んー。私はいい人だとおもいます……、補給品の約束も取り付けてくれましたし」
「それに、何か変なことしようとしてた、ってわけじゃないでしょ?ヘルメット団のアジトも危ないってわかってたのに、自分から行くって言ってくれてたし」
ノノミと、セリカの意見はこうだ。
「ん、……私も同意見、だけど。何か、気になるの?」
「……うん、多分、先生は……。戦闘について熟達してる。それも、かなり」
ホシノの懸念点は、そこであった。
最初一目見た時。
彼女の目に映ったのは、あまりにも自然な立ち姿。
それは、数日の遭難の後とは思えないほどに、しっかりとしていたものであった。
敵意はなかった。後輩たちの言う言葉はあまりにも真実。
けれど、……彼が、教育者だとは、彼女には思えなかった。
あるいは、キヴォトス人であるというアドバンテージがなければ、彼女など、歯牙にもかけずに殺せてしまう。
その強さを、彼女は感じ取っていた。
「うーん……。ホシノ先輩には申し訳ないですけれど、……流石に疑い過ぎじゃないでしょうか」
「先生、結構年上だもん。キヴォトスではそんなにだけど外は銃撃戦が日常ってわけじゃないんでしょ?なら、そういう格闘技に精通する人がいてもおかしくないんじゃない?」
「ん……。それに、強いだけで疑わしいなら、ホシノ先輩だって疑わしいことになる。第一、……アビドスに来るまでに迷子になるような人間がそんな裏のある計画が立てられるわけがない」
「うへー、……それもそうだね」
「あ、先生と言えば、……気になってたんですけれど」
「ん、何。ノノミ」
「……話を聞いてた限りシロコちゃんのエナジードリンク以外口にしてなかったんじゃ……」
「……アヤネが多分食料出してると思う」
そんなやり取りをしながら、彼女たちはアジトへと向かう。
……とはいえ、彼女たちから見れば、学校での戦いの焼き直しのようなもの。
元々、実力差は明確であったのだ。
弾薬にさえ気を配る必要がなければ、多数の人数がいたところで、大きな障害にはなりえない。
そして、この施設をまだ使うという前提で戦う以上、彼女たちは、爆発物などの使用に慎重にならざるを得ない。
だが、ホシノたちは違う。
この場所を徹底的に破壊し、拠点に出来ないようにする。
少なくとも、しばらくの間、戦闘に出れないように叩きのめす。
それが目的である以上、彼女たちには火器の制限がない。
そうなってしまえば、ひどいものだ。
五倍以上の人数差も、彼女たちのホームであるという利点も生かせない。
カタカタヘルメット団が壊滅するのに、そう時間はかからなかった。
「おかえりなさい。皆さん、お疲れ様でした」
「ただいま~」
「アヤネちゃんもオペレータ―お疲れ」
そして、数時間後。
彼女たちの、帰還は、実に軽い空気で行われた。
これまで攻め続けられたストレスがなくなったことによる解放感。
それは、ここにいるアビドスの面々にとっては清々しいものであった。
「火急の問題も片付きましたし、これで一息付けますね~」
「そうだね、これで、……重要な問題の方に取り掛かれる」
「うん!先生のおかげだね、これで、全力で借金返済に取り掛かれるわ!この恩一生忘れないから」
「……借金?」
小吉の浮かべた疑問符に、空気が固まる。
セリカは、明らかに、隠そうとしていたことをばらしてしまったというように手で口を覆い隠して、アヤネの方を見れば、それは……と、言いにくそうな雰囲気を醸し出している。
「いいよ、隠すようなことじゃないし」
そんな、やらかしたと自責しそうな二人に対してホシノが声をかける。
「で、でも、わざわざ話すようなことでもないでしょ!?」
「大丈夫、別に犯罪ってわけじゃないし、それに……信じてるんでしょ?」
その言葉に、それは、……と、声を詰まらせるセリカ。
「ホシノ先輩の言う通りだと思う。セリカ……私は、今日助けてくれた先生を信頼していいと思う」
「そ、そりゃそうだけど……。先生だって部外者だし!それに!私たちはずっと!私たちだけで!大人の力なんか借りなくたってやってきた!……これまでだって、他の大人は……」
「ん、確かにそう……。でも、先生は、今日ここまで来てくれた。私たちのことを気にかけてくれた。初めての大人の人だよ」
「ぅ、ぅう……でも……」
吐き出したい感情。
それを、冷静に諫められて、セリカの感情には限界が来ていた。
その、限界が来た精神が暴発しそうになった、その瞬間。
「シロコ、ホシノ。いったん、落ち着け。セリカがいっぱいいっぱいになってるだろう」
声と、手をゆっくりと叩く音が、その暴発を堰き止める。
「先生……、でも」
「大丈夫、話は聞くよ。……セリカ。俺も、俺の友達もずっと昔借金をしたことがあるんだ」
「……先生も?」
「あぁ。だからって、みんなの気持ちが分かるとか、ずっと誰かに頼れなかった辛さが分かるなんて言えるわけじゃないが……。それでも、何があったかくらい、教えてくれないか?俺に出来ることは手伝うから」
ただ、じっと、セリカの目を小吉は真剣に見る。
「……わかった」
落ち着いたのか、セリカは椅子に座る。
「「おー」」
「セリカちゃん、頑張りましたね☆」
そんな様子を見て、アヤネとシロコは手を叩き、ノノミは落ち着くことのできたセリカに抱き着いて撫でまわす。
そして、くっついてきたノノミに放してと、暴れ出してしまうセリカ。
「……さて、じゃあ、ホシノ。聞かせてくれるか?」
「うん、でも、話自体はありふれたことだよ。この学校には……ただ、その金額が……九億もあるんだ」
「きゅう……!?……悪い、続けてくれ」
飛び出してきた数字に、驚きを隠せない。
「正確には、9億6235万円、です」
「……実質十億くらいか」
「四千万を切り上げていいものかは悩ましいですが。……はい。それが、アビドスが……。私たち対策委員会が返さないといけない金額です。それが出来なければ、銀行に学校は差し押さえられてしまって、廃校手続きを取られてしまいます。……ですが、実際に完済できる可能性は0%に近く、ほとんどの生徒は諦めて、この学校と街を捨てて去っていきました」
「ん、そして、私たちだけが残った」
正に火の車の自転車操業。
彼女たちにとって煩わしい程度であったであろう戦力しかないヘルメット団が、脅威となっていたのもうなずける。
彼女たちは、ただ攻撃を続けるだけで、アビドスにダメージを与えていたのだ。
時間という、取り返しのつかないリソースへと。
「つまり、……街の問題も、学校が廃校の危機なのも、全部借金のせい。ってことか。……しかし、どうやってこんなに借金を?」
そう、小吉が感じていた疑問は、正にそこなのだ。
十億近い借金。それ自体は、驚愕であるとはいえ、ありうる話だ。
事実、彼が務めていた火星での計画には莫大な金額が動いており、そのレベルの数値を目にすることは少なくなく、なじみがあるといってもよかった。
だが、それはあくまで、小吉が過去に宇宙事業に関わっていたからに過ぎない。
いくら、校区の自治を任せられ運用しているとはいえ、このレベルの借金が積み重なっているということは、明らかに異常事態である。
通常であれば、こんな返済不可能な状況になる前に、融資が打ち切られるはずだ。
「……それは、数十年前、郊外の砂漠で砂嵐が起きたのです」
「砂嵐?」
「はい。この地域では以前から頻繁に砂嵐が起きていたのですが、その時の砂嵐は想像を絶するほどの規模の物でした。学区のいたるところが砂に埋もれ、砂嵐が去ってからも砂がたまり続けてしまい、それらを克服するためには、多額の資金を投入せざるをえませんでした……。ですが、……普通の銀行は、返済の目途も立たないアビドスに融資はしてくれず……」
「悪徳金融に手を出した、か」
小吉の言葉に、シロコは小さくうなずいた。
「最初の内は、すぐに返済できる算段だったんだと思います。しかし、砂嵐はその後も毎年更に巨大な規模で発生し、学校の努力もむなしく、学区の状況は手が付けられないほど悪化の一途をたどりました。そしてついに、アビドスの半分以上が砂に呑まれて砂漠と化し、借金はみるみる膨れ上がっていったのです」
「……九億六千万も納得の理由だな……。学校の、そこに生きる市民のために対策を続けたが、追いつかなくなって、その間に、誰もいなくなっちまった、か」
「……そうよ……。アビドスのために、一生懸命頑張ったのに、……。皆、ここを見捨てて、借金だって、利子を返すのがやっとで」
絞り出すような、弱弱しい声をセリカは上げる。
「……弾薬も、補給品も。もう底をついてしまっています」
「この話をここまでちゃんと聞いてくれたのも、先生が初めて。だから、セリカも、神経質になってたの」
「……まぁ、そういう、つまらない話だよ。まぁ、先生のおかげで、ヘルメット団の問題も解決したし、補給もしてくれるんならしばらく余裕もあるし、これからは借金返済に全力投球できるようになったってわけー。あ、顧問になってくれたらありがたいけれど、借金のことは気にしなくていいよ?」
そういうホシノの言葉は、明確ではないものの柔らかな拒絶のように思えた。
「そうだね。先生はもう十分力になってくれた」
言葉の中に宿る意味合いは違っても、シロコも同意見のようで、これ以上は迷惑をかけられないと言葉にする。
「……いや、対策委員会を見捨てて戻るなんてことはしないよ」
「え、……それって」
「第一、俺がいなくなったら、また弾薬とか底ついちまうだろ?ヘルメット団もいつ復活するかわかんないんだ……。できる限り付き合うよ」
「……いいの?」
そう、シロコは遠慮がちに、彼を見上げる。
本当に、頼りにしてもいいのかと。迷惑をかけてしまっていいのかと問いかけるように。
「おう。任せとけよ」
そんな不安そうな表情に、応えるかのように、彼は笑顔でそう返す。
彼のことをよく知らない。他の大人とは、どこか違うということだけしか知らないはずなのに。
シロコはその笑顔に頼りがいを感じていた。
「それでは!よろしくお願いします、先生!」
「よろしくね!」
そして、その決定に、きゃーきゃーと、喜ぶ、アビドスの少女たち。
「……どうせ、すぐいなくなっちゃうのに」
ただ一人、小さくそうつぶやいたホシノ以外は。