願いの物語シリーズ【飯塚美月】 作:とーふ@毎日なんか書いてる
「美月ちゃんは本当に可愛いわね!」
「ホント!? みつき、かわいい?」
「うん。ママが保証する。美月ちゃんは世界一可愛いわ! だから笑って」
「わぁー! みつき、せかいいち!」
それはきっと始まりの記憶だ。
私が始まった日の記憶。
あの小さな子供部屋で下手くそな踊りと歌をママに披露していたあの時。
私には確かに大きな夢があった。
遠くの空で輝く星にだって手が届くと信じていた。
でも、人間は空も飛べないし、魔法だって使えない。
『ヒナはもうあの輝く星の一つ。だから一等星を目指して頑張るだけですよ』
でも、でも! 私はあいつの夢に自分の夢を重ねたんだ。
『ほら、いつまで寝てるんですか。さっさと起きてください。アンコールですよ。美月さん』
分かってる。分かってるわよ。
私はどこからか聞こえてくる声に返事をしながら、ここから出ていく為に出口へと向かう。
そう。思い出の世界から出て、現実に帰るのだ。
その為に私はかつての自分とママに背を向けて、光が溢れている扉へと向かう。
そして扉の取っ手に手を掛けて……。
「もう、行くの?」
「……うん」
「じゃあ、またね」
「うん。また。いつか、また会いに来る」
「いってらっしゃい」
「今度来るときは、お土産を持ってくるよ。面白い奴に会ったんだ」
私は振り向いて、あの時と変わらない、穏やかな微笑みで手を振るママに別れを告げる。
きっと次に会えるのは遠い未来になるけど。
まだ私にはやることが残ってるから。
白く明るい世界へと、私は向かう。
「……? ここ、は」
「美月!? 目を醒ましたのか!」
「おとう、さん?」
「あぁ、そうだよ。私だ! お父さんだよ!!」
「そっか。あのね。ママに、会ったよ」
「そうか……。そうか。お母さんが美月を、そうか……!」
「なか、ないで。おとうさん」
だってとても幸せな夢だったから。
思い出の中と同じで、ママは優しい人だったよ。
「ねぇ、お父さん、アイツは」
「アイツ?」
「夢咲、陽菜。私と一緒に運ばれたでしょ」
「あぁ、あの子か。それなら先ほど連絡があったよ。目を醒ました様だ」
「そっか。アイツにも……礼を言わないとね」
私は目を閉じて、落ち着いた気持ちのまま一筋の涙を流した。
ここに居る。
私たちは、まだ、ここに。
そしてそれから二カ月後、私は事務所でプロデューサーに話をしていた。
「本気なのか? 美月」
「えぇ。もう良いかなって思いまして」
「しかしなぁ」
「もう決めた事ですから」
「そうか。分かった。だが、最後に引退ライブはしてもらうぞ」
「分かってますよ。仕事ですからね」
そう、例えそこでどんなに批判されたとしても、もう終わりだ。ここで。
陽菜も居ない。私だけのライブ。
むしろ客が来るのかという心配もあるが、まぁ数人くらいは来るかな。
最近はまるで見てなかったけど、昔私のファンだって言ってた人たちは、私が嫌がる姿が見たかったみたいだし、引退ライブなら来るかもね。
なんて考えながら私は事務所の階段を一つずつゆっくりと下りてゆく。
そして、事務所の前で両腕を組みながら、自信満々の顔で立っている陽菜に会い、そのまま事務所に戻ろうとしたが、戻ってもここで待ち伏せされていては無駄だと悟り、嫌々ながら顔を見合わせた。
「お久しぶりですね。美月さん! 二カ月ぶりでしょうか!」
「そうね」
「いやー寒いですね。もう冬! って感じですね!」
「何か用?」
「えぇー。何か冷たくないですか? 冬だから?」
「私はずっとこんな感じでしょ」
「うーん。そう言われるとそんな気もしなくも無いですね」
「で? 何か用があるなら早く言って欲しいんだけど」
「あー。そうですね。美月さん。引退するんですね」
「えぇ。もう疲れちゃったからね」
「それは残念です」
「そう」
「考え直す気はありませんか?」
「ない」
「ファンの人は悲しみますよ」
「私にファンなんて、居ないわよ」
「そんな事……いや、ならそうですね。美月さん! 一つ賭けをしませんか!?」
「嫌よ」
「えぇー!? そこは、まず賭けの内容を聞いてからですね」
「妙な事に巻き込まれたくないの。だからアンタとの賭けなんてやらない」
「逃げるんですか!?」
「よく分かったわね。そう。逃げるのよ。もう、私は」
「夢はどうするんですか!」
「もう忘れたわ」
「忘れてない!」
「忘れたわ!!」
「なら、何で泣いてるんですか!!」
「涙なんて……」
私は陽菜に言われるまま頬に触れて、その涙に気づいた。
そして右手を強く握りしめる。
「美月さん。今度の引退ライブ。美月さんはファンなんて居ないって言ってましたけど。私は美月さんの事を大好きなファンがいっぱい押し掛けると思います」
「あり得ないわね」
「いえ。ぜぇーったい。そうなります。そしてみんな言うんです。行かないでーって」
「アンタの引退ライブならそうでしょうけどね。私じゃ喜ぶ声の方が多いわよ」
「ほら、意見が違う。なら賭けましょうよ! 私は美月さんのファンはみんな美月さんが大好きだから引き留めると思います」
「フン。本当にやかましい子供。賭けになんてならないわよ。私にファンなんて居ないんだから」
「なら良いじゃないですか」
「はいはい。分かったわよ。じゃあこれに勝ったら、もう二度と私の前に現れないで、アンタはさっさと一等星目指して行きなさい」
「分かりました。じゃあ私が勝ったら……」
自信満々に、不敵に笑う陽菜は私に指を突き付けて宣言する。
無謀な賭けを。
なんて思ってたんだけどな。
中規模のライブ会場とは言えチケット完売かぁ。
これが全部ファン……? いや、あり得ないだろ。
いや、陽菜のファンか。
それなら納得ではあるけれど。
私はとりあえず息を深く吸って吐く。
緊張を消す為に話す予定の言葉をステージ横で繰り返していた私は、余計な奴が来た事に目を細めた。
「見ましたか? 見ましたか? 凄いファンの数でしたね!?」
「別にここに来てるからってファンって訳じゃないでしょ」
「んもー。美月さんは素直じゃないですねぇ」
「現実を見てるだけよ」
「そんな言葉も、ここに居る間だけですよ」
まだゴチャゴチャと煩い陽菜を無視して、私は意識を集中する。
最後だって失敗は出来ない。
私は、スタッフさんの合図を受けて、ステージへと飛び出した。
長い間、重く苦しかったその場所へ。
「皆さん。今日はわざわざありがとうございます。とは言っても、陽菜は居ないんですけど」
「今日は私のソロライブを楽しんで貰えたらと思います」
とは言っても、私のライブなんかで楽しめる人が居るのかは疑問だけれど。
でも、ここに来てくれた以上は楽しんで貰いたいと思う。
だから、私は必死に歌う。
間違えない様に。正しく。
そして一曲目を終わった、酷く疲れている体をそのままに、MCを始めた。
「そういえば、最近……」
「美月ー!! 笑ってくれー!!」
「え?」
最前列に居た男の言葉に私は、そちらを見た。
何かの暴言か?
笑えって、私はちゃんと笑ってるじゃないか。
ずっと、ずっとちゃんと笑ってる。
「ここには、お前を好きな奴しか居ないんだ!!」
「そうだ!! 美月!!」
「俺たちはずっと、お前の笑顔が好きだったんだよ!!」
だって、ずっと。
私は。
間違えない様にって。
『うん。ママが保証する。美月ちゃんは世界一可愛いわ! だから笑って』
「辞めないでー!!」
「続けろなんて言えない。でも! まだここに居てよ!!」
そうか。
私は、ずっとアイドルが、こんな風に、私を想ってくれる人に会えるこの場所が。
ママに会えるこの場所が。
私はずっと好きだったんだ。
ライブなのに。歌って、お客さんを楽しませないといけないのに。
流れ始めた私の涙は止まらなくて、それでも、私は来てくれた人に、想いを伝えたかった。
私は自分の名を呼ぶ多くの声と、励まそうとしてくれる温かい声に応えるべく、声を絞り出した。
「私、ここに来て良かった」
「ずっと、みんな、そこに居たんだね」
「気づいて無かったんだ」
「私、みんな、大好きだったよ」
でも、もう終わりなんだ。
私は、もうアイドルは出来ないから。
やりたくても、もう出来ないから。
だから、ここに来てくれた人の為に、最後に。
私は精一杯の想いを返そう。
「ごめん。ようやく涙が止まったよ。じゃあ、行こうか!! 次の曲は……!」
私は空に指を向けて、歌う。
私のキセキを。
『じゃあ私が勝ったら、これからも。ずっと、お友達でいてください』