願いの物語シリーズ【飯塚美月】 作:とーふ@毎日なんか書いてる
夢咲陽菜。
彼女を一言で言い表すならば、台風だ。
気の向くまま、思うままに暴れまわる自然災害が一番相応しいだろう。
彼女に巻き込まれれば、ただではすまない。
「はい。そこまで! かなり良くなりましたね」
「……っあ、りがとう、ございました!」
肩で息をしながら頭を下げる私たちに、先生は少し難しい顔をした。
何を言いたいかは何となく分かる。
しかし、それを口に出さないだけの良心を彼女は持っている。
ただし、彼女が何も言わずとも、台風はそんな人間の小さな気持ちなど気にする事はない。
「うーん。もう少しこうした方が良いと思うんですけど! 先生はそう思いませんか?」
「そ、それは、そうかもしれないですけど」
「ですけど?」
「その……多分。陽菜さん以外は難しいですから」
「難しい? 難しいって事は頑張れば出来るって事ですよね?」
「いや、それは」
先生と話していても埒が明かないと感じたのか夢咲陽菜は私たちに振り向くと笑顔でとんでもない爆弾を落とした。
「もっと頑張れませんか?」
瞬間、空気が重く、凍り付いた。
私以外の三人は下を向いて、目を伏せている。
私はと言えば、どうやってこのクソガキの胸倉掴んでぶん殴ってやろうかと考えている所だったが、他の三人はただ、ただ申し訳なさそうにごめんなさいと謝るだけだった。
私は申し訳ない。なんて感情はこのガキには欠片も感じていないので前に一歩出てから冷たく言い返す。
「やりたいなら一人でやれば良いでしょ。アンタは目立つし、満足できる。それで良いじゃない」
「でも、それじゃ全員でやっている意味が無いじゃないですか」
「ならこっちに合わせなさい。アンタの理想はただの夢物語よ」
「そんなの!」
「やってみなければ分からない? 分かるわよ。人間には出来る事と出来ない事がある。アンタが言ってるのは後者。普通の人間には不可能よ。やろうとしても本番で無様な姿を晒すだけだわ」
「それなら今の状態でやるべきだって美月さんは言うんですか?」
「そうよ。多少は人間の事情にも理解がある様ね。でもそろそろ学んで貰いたいんだけど。私達と貴女は違う。貴女の理想は貴女だけの独りよがりなの。やるなら、勝手に一人でやって、一人で目立てば良い」
「……そんなのヒナの理想じゃない」
「なら、どうする?」
「今のまま、やります」
「そ。話しが早くて助かるわ。じゃ、私はもう疲れたから先に帰る。お疲れ」
今までなら、レッスンが終わってからも、何となくその場に残ってクールダウンなんて言いながら、わいわい話したものだが。
夢咲陽菜が入ってきた日からそんな気にはまるでならなかった。
そして、さっさと着替えてビルの中を進んでいくと、途中に例のあの人がいた。
リーダーのお気に入りにして、あの夢咲陽菜の兄。立花光佑だ。
「あ。レッスンは終わったのかな」
「えぇ。貴方の大事なお姫様もそうしないで出てくると思うので、待っててくださいね」
「……ありがとう」
私の厭味ったらしい話し方にも何も動じず、少し困った様な顔をして笑うイケメン。
鼻っ柱を叩き折ってやりたい。
まぁやったら間違いなくリーダーが病むからやらないけど。
私は鼻を鳴らしながら、立花光佑の横を通り抜け、そのまま最悪の気分のまま家に帰ろうとしていたが、その最悪の一人に声を掛けられてしまった。
「あの。飯塚さん!」
「……何でしょうか」
「陽菜は、上手くやれてるんでしょうか」
「さてそれが何を意味しているのか分かりかねますが、アイドルとして大成するかと聞かれたのであれば肯定を返しますよ。どんな形であれ、アイドルとして名前を残すでしょうね。多くの人の恨みと憎しみを土台にして、どこまでも高みへ」
そんな事が聞きたいんじゃないという顔をしながら、辛そうな顔をした立花さんに私は一つため息を吐きながら向き直った。
分かっている。
そんな捨てられた子犬みたいな顔をしなくても、分かってる。
聞きたい事は、夢咲陽菜が私達と上手くやれているのか。という事だろう。
でも、だってそんな事、分かるじゃないか。
言いたくもない。でも、きっと言わなければいけない事なのだろう。
「最悪ですよ。あれなら一人でやった方が良い」
「……そっか」
あぁ、まったく。損な役回りだ。
アイドルになったのはチヤホヤされる為で、多くの人に褒められるためで、ただずっと楽しい気持ちでいる為にやっていたのに。
こんなんじゃ、何も楽しくない。
でも、溢れ出した感情は止められなかった。
「あの子は他人の事なんか何も分からずに、ただ一人暴走してます。何も見えていない。私たちはただ、貴方達に巻き込まれて、楽しかった場所を奪われて、こんなクソみたいな場所に閉じ込められてる! それを上手くやっているというのなら上手くやっているんでしょうね! 私たちは、夢も、希望も、全部壊されて、捨てられて、踏みにじられて! ただ夢咲陽菜が輝く為に使い捨てられる!! これで満足なんでしょう? 貴方だって、その才能で、その腕で別の夢を持った人を何人も踏みにじって今がある!! 選ばれた人間! そうやって良い気になっていれば……あ、ごめんなさい。貴方は何も関係ないのに……私」
「いや、陽菜が我儘になっているのは俺が甘やかしたせいでもあるから。本当に申し訳ない。飯塚美月さん」
余計な事を言った。
何が選ばれた人間だ。
この前見たばかりじゃ無いか。
この人は、その輝いていた未来を、何も持ってない親に捨てられた子供の為に失ったんだ。
もう夢を追う事も出来ない。
私はまだいくらでも夢を追う事が出来るのに。何を偉そうに言っているんだ。
こんな事言いたかった訳じゃ無いのに。
「……っ!!」
私は頭がおかしくなりそうな感情に翻弄されながら、それでも歯を食いしばって、踏みとどまる。
そして頭を下げる立花さんの向こうに現れた夢咲陽菜を睨みつけた。
夢咲陽菜は私と立花さんを交互に見ながら悲壮感たっぷりに口を開く。
「な、何でお兄ちゃんが謝ってるの!?」
「別に大したことじゃないよ。悪い事をしたら謝るのが当然だろう?」
「……でも」
「夢咲陽菜。一つ良い事を教えてあげるわ。私の恩師の言葉。よく刻んでおきなさい」
私は中学の時に担任だった、いつも優しい顔をした先生を思い返す。
「『上ばかり見ていては足元がおろそかになるし、下ばかり見ていては目標を見失うだろう。私達は社会で他者と共に生きる人間だ。横に並び立つ者を思い、前を向いて歩いて行くんだよ』」
「……?」
「きっと今のままなら全部無くなるでしょうね。アンタの理想も、夢も、そして大好きなお兄ちゃんもね。アンタのせいで。全部消える」
驚いた様に目を見開く夢咲陽菜を見て、少しは苛立ちが薄れていくのを感じながら、私は止めていた足を再び動かして家に向かって歩くのだった。
そして、これから二週間後に行われたライブで、夢咲陽菜はあくまでチームワークを優先し、目立つような事はしなかった。
それが良かったのか悪かったのか。私には分からない。
ただ、このライブが原因で、私達のグループは炎上し、関係性は最悪なものになっていくのだった。
【いやー微妙だった】
【なんか陽菜ちゃんやりにくそうだったよな】
【そら実力差があり過ぎるからな。周りが微妙過ぎ】
【でも一応人気グループの上位だったんだろ?】
【人気って言っても所詮知名度は知れてるじゃん?】
【量産型のアイドルは売る為に必死だからな】
【陽菜が人気出そうだからセットで売ろうってんだろ。陽菜が可哀想だよな】
【でも周りの嫌々やってますよ感が酷い。嫌なら辞めれば良いだろ】
【陽菜のおこぼれ貰ってる分際で笑える。才能ないし、辞めれば? って感じ】
【やっぱ陽菜一人のが良いだろ。ユニット組む意味わからん。何の意味があるの?】
【そらお前、人気ない奴でも客集められるからだろ。頭数居れば、グッズ置けるし、いっぱいありゃアホが買うからな】
【陽菜の才能に寄りかかる無能はさっさと切り捨てろ。邪魔だから】
【誰もお前らなんか見に来てねぇってのな】
私は途中でコメントを見るのが嫌になって携帯を閉じる。
私のファンはロクなのが居ないし、どうせ私が苦しんでいるのを見て喜んでるだろうなと思って見ようとも思わなかった。
これが現実だ。
努力が才能なんてお笑い種だ。
本当の才能は、そんな小さな違いじゃない。戦おうという気も起きない程に圧倒的で、破壊的な悪魔だ。
私は溢れる涙をそのままに枕に顔を押し付けた。
私個人の呟きアプリにも通知は沢山来てるが、どうせ辞めろとか消えろばかりだろう。
もう何も見たくない。
私は一気に通知を全て消し、そのまま電源を消してふて寝した。
-通知を削除しました-
【出しゃばるな】
【才能ない奴はやめろ】
【下手くそは消えろ】
【陽菜ちゃんの足を引っ張るな】
【がんばれ美月】
【またお前の笑顔を見せてくれ】
【俺達はずっと応援してるぞ】