願いの物語シリーズ【飯塚美月】 作:とーふ@毎日なんか書いてる
何のかんのと上手くいっている私と夢咲陽菜の二人だが、どうやら一部ファンの間で、二人は好き合っているみたいな噂が流れているらしい。
まぁ、なんだ。
控え目に言って頭が大分おかしいと言わざるを得ない。
きっと生まれてくる時に頭の中身をお母さんのお腹の中に置き忘れてきてしまったんだろう。
可哀想に。
同情する。
同情するからそのまま何処か私から見えない所に消えて欲しい。
こういうゴミのせいで、私は今吐き気がする様な提案をされているのだから。
「という訳ですね。お二人にはこの爽やかサイダーのCMに出ていただきたいのです! CMの内容は特にこちらからこう! と指定する事は無いのですが、出来れば普段のお二人の姿をそのまま出して頂ければ良いかな! と」
「普段の私達、ですか」
「えぇ、あの……互いに深い所で信頼し合っているからこそ出来る。遠慮のないやり取り。それでいて、たまに見せるちょっとした気遣いが、たまらない。そういう雰囲気でその奥に眠る温かさを表現していただければ!」
クライアントの言っている事が九割くらい理解出来ないが、一応プロである身だ。頷いておく。
私から夢咲陽菜へ感じている思いの強さ。奥底に眠る暖かさなんて-273.15°Cくらいだ。
まぁサイダーを作るのにはちょうど良いのかもしれない。作成方法なんて知らないけど。
「ご依頼がそういうモノなら、私、頑張ります!」
「お願いします。陽菜さん!」
「はい!」
おーおー。やる気いっぱいだねぇ。
私は半ば冷めた目で夢咲陽菜を見ながらその動向を見守った。
「じゃあ、やりましょう! 美月さん!」
「いや、いきなりやりましょう。じゃなくて、まずは飲んでみないとでしょ」
「あ。それもそうですね。じゃあ、頂いても良いですか?」
「どうぞどうぞ。よく冷えたのをお渡ししますね」
「はい! ちべたっ!」
「いきなり濡れてるの触るからよ。貸してごらん」
「はひ」
私は夢咲陽菜からペットボトルを受け取り、ハンカチで表面を拭いてゆく。
そして、少し肌で表面を温めてから夢咲陽菜に問う。
「どうする? 私が空けようか?」
「子供扱いしないで下さい! それくらい余裕です!」
「そう? じゃあ、はい」
「いきますよー! ふーん! ふにゅにゅにゅにゅー! にゅー!」
「何変な掛け声出してるのよ。ほら。渡しなさい。子供には無理よ」
「う、うぅ……惜しかったです」
「そうね。ほら、陽菜のお陰で簡単に開いた。本当にもう少しだったわね」
「本当ですか!? やっぱりそうだと思ったんですよねぇー!」
「おっと」
私は開いた瞬間溢れ始めた炭酸を軽く飲み、溢れない様になった所で陽菜に手渡した。
陽菜も美味しそうに飲んでいる。
中々良質な商品の様だ。
これならわざわざCMをやる必要性を感じないけど、クライアントが求めるなら上手くやるだけだ。
しかし、あのよく分からない姿をどうやって表現すれば良いのか。
それがさっぱり分からない。
「こ、これですよ!! これ!! カメラの方! 今の撮ってましたか!?」
「いや、突然な事だったので」
「お、惜しい!! いや、しかしこれだけ自然に出来たんですから、次はもっと凄いかもしれません。期待していますよ! 陽菜さん! 美月さん!!」
何か妙にテンションが高いクライアントを見送りながら、私は見えないものを興奮しながら見たという危ない人にどう接すれば良いのか考えてしまった。
しかし、まぁ。良いか。
どうせ夢咲陽菜と一緒に居るなら、考える必要は無い。
適当に合わせていれば、夢咲陽菜が勝手に最適な何かをトレースする。
楽な仕事だ。
私でなくても良いという点を除けば、これ以上ないくらいに、いい仕事だろう。
本当に、涙が出てくるくらいに。
そんなこんなで出来たCMの効果で爽やかサイダーはバカ売れ。
世の中何が喜ばれるか分からないものだ。
しかもこのCMのお陰で、私と夢咲陽菜が秘密の恋人関係なのでは。なんて言い始める奴まで出てくる始末。
ロクなもんじゃない。
まぁでも私なんかはまだマシだ。
夢咲陽菜なんて、私との関係。立花さんとの関係。更には自分の事が好きなんだとかいう頭のおかしいファンとの関係を妄想され、日々ファン同士で喧嘩しているらしい。
とても正気とは思えない。
いや正気では無いからこんな事になっているのだろう。
可哀想な事だ。
だが同情もしていられない。
そんなこんなで私達は映画への出演だ。バラエティーへの出演だ。ライブ開催だとやる事が山積みなのだ。
あぁ、まったく忙しい。忙しい。
私は新調したパソコンの前に座りながら、それなりに人気のあるアイドルのライブを見つつ、爽やかサイダーを飲んだ。
画面の向こうに居る女の子たちはみんな楽しそうで、嬉しそうで、……だった。
『みんなー! 今日は来てくれてありがとー! 嬉しかったよー!』
『うぉおおおおお!! サヤ―!!』
『今日は楽しんでいって! まずは一曲目!』
「……あぁ」
画面の向こうでは本当に楽しそうに加藤沙也加が歌っている。その横ではいつも変わらない笑顔を浮かべた古宮ひかりが、そして彼女たちと共に、夢咲陽菜が来るまでは共にいた彼女たちが、そこにいた。
ただ一人、裏切者が居ないだけで、そこには彼女たちが夢見た世界が広がっていた。
もう取り戻せない。夢がそこにはあった。
帰りたいと願うのは傲慢だろう。
だってその場所は私が捨てた場所なのだ。
人気になりたいから。有名になりたいから。
ずっと一緒にやっていた仲間を捨てて、夢咲陽菜という才能の手を取った。
ただそれだけだ。
たったそれだけの話だ。
クソみたいな裏切者は初めから居なかったのだ。
あの輝く様な場所は、もう……。
私は机の上に置いてあった爽やかサイダーを手に取って、それを壁に投げつけた。
涙が溢れる。
悲しくなんて無いのに。
私は人気者で、チヤホヤされていて、あの才能の塊である夢咲陽菜に並び立っている。
完璧じゃ無いか。
そうだ。私は全てを手に入れたんだ。
そう、自分に何度も言い聞かせても、何故か溢れてくる涙を止める事は出来なかった。
でも、私は知っている。
この感情を止める方法を。
進むんだ。
前に、とにかく前に。
進み続けるしかない。
それしか私には出来る事が無いから。
「先生の言葉通り、前を見て、歩け。歩け。歩け」
私は呪文の様にそう呟いて、荒れ狂う感情を押さえつけながら、着信の入った携帯を見つめる。
どうやら仕事が入ったようだ。
私は電話を取りながら、鋭く前を見据える。
私が進むべき未来を。輝かしい未来を、真っすぐに、見据えた。
【爽やかサイダーを箱買いした男! 参上!】
【飲むたびにあの二人のイチャイチャを思い出すんだ】
【公共の電波を使っていちゃつく陽菜と美月。控え目に言って、興奮したわ】
【陽菜も美月もプライベートで飲んでるらしいし、これは飲むたびに思い出してると見た】
【かぁー! 甘酸っぺぇ!】
【しかし、これでようやく戦争が終わるぞ。陽菜と美月はガチ。以上解散】
【たかがCMでそう言い切られてもなぁ】
【お前爽やかサイダー売ってる会社のコメント見て無いの? あれ、何の指示もしてないらしいぞ。普段通りにやってくれって言っただけだそうだ】
【なるほどな。これは正解。出ちまったかな】
【いやいや。陽菜ちゃんはお兄ちゃんガチ勢だから】
【言うて兄妹やん】
【しかし血は繋がっていない】
【なんて羨ましいんだ】
【それは陽菜ちゃんの兄になっている立花光佑が? もしくは立花光佑の妹になっている陽菜ちゃんが?】
【どっちもでしょうねぇ。つまり二人の間に俺が生まれれば最強って訳】
【鏡見ろハゲ】
【何で髪の話したの?】
【許せねぇんだけど】