願いの物語シリーズ【飯塚美月】 作:とーふ@毎日なんか書いてる
開幕のパフォーマンスを終わらせて、無茶をやった夢咲陽菜の頭に拳を一発落としながら、私は舞台裏から様々なアイドルを見る。
誰も彼も凄い人達ばっかりだ。
本来の私なら相手にもならないだろう。
しかし夢咲陽菜と一緒に居るというだけで、私は彼女たちよりも上の位置に置かれている。
それが何とも複雑な気持ちだった。
「皆さん凄いですねぇ」
「アンタ。それ、本気で言ってるの?」
「えぇ。まぁヒナには勝てませんが」
「それは本気で言ってるね」
「事実なので」
「ホント、良い性格してるわ」
もし、夢咲陽菜がもっと可愛げのある女の子だったら、私は彼女に対してこんな風に接しただろうか。
もし、彼女が誹謗中傷に晒されて、誰にも助けてもらえない可哀想な女の子だったなら、私は……。
「あ。次はスターレインの人たちですよ」
「ん」
「でも……何か様子がおかしいですね。トラブルでしょうか」
ステージに出た仲間たちは、まるで助けを求める様にキョロキョロと周囲を見ている。
リーダーが耳に手を当てている事からも、もしかしたら機材トラブルかもしれない。
いや、そうか、音が出ていないのか。
行かなきゃ……いや、私が今更どんな顔をしていけば良いと言うんだ。
大丈夫、私が行かなくても、誰かが……!
「行きましょう。美月さん」
「陽菜……?」
「行きたいんでしょう!? なら行くべきです。仲間の為に!」
「でも」
「美月さんが行かなくてもヒナは行きますよ? こんな事で失敗したくないです! ヒナの一歩目は!」
真っすぐに私を貫いて、遥か遠くにある空の彼方を見る様な瞳で私に訴えかける。
行け、と。
「……っ!」
私は陽菜を置き去りにして、走り出していた。
そしてリーダーの前に立つと、マイクを使わず声を張りながら会場に聞こえる様な声で話す。
「ごめんね!! 来るのが遅れちゃった!!」
「もう! 行くのが早いですよぅ!」
「遅れてるんだから急ぐのは当たり前でしょ!!」
「ほら、あんまりにも慌ててるから、音響さんがマイク設定出来てないですよ!」
「なら後で謝っておきなさいよ!」
「な! なんで私なんですか!!」
「陽菜が呑気に控室でお茶飲んでたから遅れたんでしょ!! あ。マイク繋がったみたいね」
「じゃあ打ち合わせ通りに、ここでスペシャルゲストって感じでサプライズ登場しましょうか」
「もうサプライズ出来ないんだけど?」
「うぇ!? な、なんで!?」
「そら。もう出てきちゃったからね」
「あうー。それは残念です」
「まぁ後ろも時間無いし。そろそろスターレインの人たちに返そうか」
「そうですね!」
「そろそろ準備は良いかな?」
「うん。大丈夫だよ。そっちも大丈夫かい?」
「勿論。歌も踊りも、完璧に覚えてる」
リーダーと目で合図をして、私たちは後ろに下がった。
あくまでこの場は、スターレインがメインだ。
それは当然会場のみんなだって分かってる。
だから私たちは後ろで当然だし。私たちよりも彼女たちが目立つのが当然なのだ。
「じゃあ、行くよー! 私たちの始まりの曲! 『Start Rain』」
あぁ、まったく。
何が変わっただ。何も変わらないじゃないか。
私が愛した世界は何も変わっていない。
昔と、何も変わっていない。
それがただ嬉しかった。
そしてスターレインの出番が終わり、私たちはそのまま締めのパフォーマンスをするべく、ステージに残った。
ここまで楽しんでくれたファンの人達へ感謝を送り、陽菜と共に今私が出来る最高を送るのだ。
そして会場を埋め尽くす観客たちは私たちの色の光を放ちながら、イベントの終わりを見送る。
思えば長く遠い日々だった様な気がする。
なんて言うと、これで引退みたいだが、本当にここまで長い旅だったのだ。
アイドルになった当初はこんな事になるなんて思わなかった。
本当に色々な事があったなぁと、私は少し昔を懐かしむ様な気持ちになりつつ観客席を見下ろす。
この遥か遠く彼方まで広がっていく光の海を見ていると、何処までも行けそうな気がするのだから不思議だ。
すぐに手を伸ばせば、星空に届いてしまう。そんな気持ちになる。
そう。すぐ横で、無邪気に、楽しそうに笑う陽菜と共に、何処までも。
そんなバカげた夢を私は頭から掻き消して、最後までミスをしない様に乗り越えた。
だって、それは叶わない夢だ。
いや、夢ですらない。考えてはいけない願いだ。
だってこの子は、きっとどこまでも行けるから。私なんていう重荷は捨てて、遥か遠く、どこまでも向こうに広がる空の彼方へ。
あの空に輝く星空にだって行けるはずなんだ。
だから私の役割は、この子が地上にいる間のおもり。
この子が変な所へ飛んで行かない様にするために。
私はきっとアイドルになったのだろう。
そんな感傷を胸に秘めながら私は、挨拶と共に舞台裏へと下がった。
背中の向こうからはアンコールを望む声が聞こえるが、それに応えるかどうかはスタッフと話し合う必要があるだろう。
私は陽菜と共に管理スタッフを探して、舞台裏で周囲を見渡した。
「美月ちゃん」
「あ。ひかり。悪いんだけど、須藤さん見なかった……ひかり?」
「美月ちゃん。ごめんね。私色々考えてたけど、やっぱりこうするしか無いかなって」
「ひかり、何を言って」
「だから、ごめんね」
「美月さん!!」
「バイバイ」
会場から地面に下りる為のちょっとした階段。
高さは私の身長くらいはあるだろうか。
それが私の背中の向こうにはあった。
そして、ひかりに体を押された私は、当然の様に体を支えておく事が出来ず、地面に向かって落ちていく。
ひかりの動きがトロくて、少し余裕があったからか、腕で庇えば頭とかは守れそうだったけど、それでも骨折とかはしそうな高さだ。
でも、それでも痛いだろうななんて考える。
何だかスローになっていく世界で、私は驚きながら私を見ている人々を視界にいれた。
ひかりは泣いていた。
私を突き落とした癖に。
そして、陽菜は、スローになっているハズの世界で、私が思っているよりも早く動いていて、私を支えようと手を出していた。
しかし支え切れる訳が無い。
それなのに、無理やり私の体を押し上げて、私は陽菜のその勢いで階段の手すりに思い切りぶつかった。
頭と脇腹を強くぶつけた私は痛みに、女の子らしからぬ声を上げながら、何とか手すりを掴んで体勢を維持する。
それで落ちていきそうになる体は支える事が出来た。
ギリギリだった。
冷や汗が止まらない。
心臓が止まるかと思った。
陽菜が居なければ、無事では済まなかった。
流石にこれは陽菜に感謝しないと、なんて思いながら横を見たが、陽菜が居ない。
そして直後、階段の下の方から大きな悲鳴が聞こえた。
その声に、私は階段の下を見て、思考が止まる。
「……ひ、な?」
地面に倒れた、陽菜が、頭から赤い血が、でも、陽菜は私を助けてくれて。だって、陽菜は世界一のアイドルになるんだって。
なんで……!
「誰か救急車!!」
「早くしろ!!」
「陽菜? ねぇ、冗談はやめてよ」
「美月さんも動かないで!」
「違うでしょ。なんでアンタが私を助けるのよ。アンタは、もっと自分勝手なクソガキで、私の大切な場所を壊した奴で、誰よりも強くて、アンタはてっぺんに輝いて無いと、駄目じゃない」
私は近寄ってきた人を振り払って、地面に倒れている陽菜に近づいた。
歩くたびに、動くたびに、頭にも胸にも痛みが走る。
それでもふらつきながら、歩き続けた。
だって陽菜がそこに寝てる。
こんな所で寝ていたら、風邪をひいてしまう。それに、衣装だって汚れるし。
「起きなさいよ。陽菜。いつまでも寝てる様な時間じゃないでしょ」
「美月さん。陽菜ちゃんは頭を打ってる。動かしちゃ駄目だ」
「待ってよ! だって、陽菜なのよ!? 夢咲陽菜! この子は、誰よりも我儘で自分勝手な癖に、人の事ばっかり気にしてて、でも、アイドルの一番星になるんだって、言ってて」
「美月さん! 落ち着いて!!」
「ちょっと! 美月さんも頭から血が出てる!」
「安静にしてください!」
「駄目よ!! 聞こえてるでしょ! 陽菜! ファンが呼んでるのよ!! 私たちを呼んでる! アンコールだって! ねぇ、聞こえるでしょ! 起きなさいよ。私たちは、進み続けないといけないハズでしょ」
私はもう立っている事も出来なくなって、倒れそうになる体を両手で地面に付いて、支える。
呼吸が荒い。
頭が痛い。
胸も痛い。
でも、ここで寝てはいられない。
だってファンが呼んでる。
私たちを呼んでる。
起きなさい陽菜。
私たちは、一番星に、あの空に……。
「……行かないと」
「美月さん!? 美月さん!! しっかりしてください!!」
「野次馬どかせ!!」
あぁ、遠くなっていく。
折角目の前にまで来ていたのに。
私は、私たちは……。
【ヤバい。大事件だ】
【なんだ。何があった】
【こっちじゃ何も分かんねぇよ!】
【陽菜ちゃんと美月が階段から落ちて意識不明らしい】
【はぁ!? 何だよそれ!】
【事故って事!?】
【いや、なんか聞いた話じゃあ突き落とされたとか何とか】
【それマジなら大事件じゃん】
【何? 人気に嫉妬とかそういうの?】
【犯人とかどうでも良いから陽菜ちゃんが無事なの祈るわ】
【マジそれ】
【……美月】
【陽菜ちゃん! 頼む神様!】
【なんか奇跡をくれ! 神様!!】
【陽菜ちゃんに奇跡を!!】