邪祓師の腹痛さん【富士見L文庫より書籍発売中】   作:深川我無

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山下邦夫の話⑦

 卜部の言葉が頭によぎり、かなめはテレビを点けたい衝動をぐっと堪えた。髪を乾かして早く寝てしまおう。朝になれば先生に会える。

 

 

 かなめはそう思うと椅子に座ってドライヤーで髪を乾かし始めた。恐怖を紛らわせるために雑誌を開いてはみたが、全く内容が頭に入ってこなかった。

 

 髪を乾かしながら、壁に立てかけた姿見をちらりと確認する。あと数分で髪は乾きそうだ。ページをめくり文字を目で追うがやはり内容は入ってこない。

 

 もう一度姿見に目をやった時、かなめは異変を察知した。

 

 

 姿見に映る壁に、なにやら大きな虫が付いている。ぎょっとして壁を見たがそこには何もいなかった。

 

 姿見に目をやって、注意深く観察する。

 

 壁を這うそれは、虫ではなく一本の指だった。

 

 もう一度現実の壁に目をやるがやはりそこには何もいなかった。

 

 姿見を見てかなめは「ひぃ」と小さな悲鳴を上げた。

 

 姿見は壁一面に這いまわる、カラフルな爪をしたたくさんの指を映し出していた。

 

 かなめは依頼人の山下邦夫の言葉を思い出す。

 

「部屋の中を千切れた指が芋虫のように這い回っているんです」

 

「あの指は、娘の指です。カラフルなマニキュアが塗ってありますから……」

 

 

 

 恐怖が心の隅々まで染み渡って心臓が早鐘のようにドッ、ドッと音を立てた。今すぐにこの部屋から逃げ出したかった。しかしかなめは逃げようとする足を無理矢理止めて、パンと自分の顔を叩くと鏡に近づいた。

 

「わたしは先生の助手なんだから。何か少しでもヒントを見つけないと」

 

 そう独りごちて姿見を覗き込むと、鏡の中からこちらを覗き込むように、突然血まみれの女が鏡面に現れた。

 

 その女は頭部が半分欠けており断面からは脳が見えていた。残った片方の目がぐるりと回り、かなめの目と目が遭った。すると女とかなめはまるで共鳴するかのように同時に大声で悲鳴を上げた。

 

 かなめは携帯を取り出して急いで卜部に電話を掛けた。二回呼び出し音がなってすぐに卜部が「どうかしたのか?」と電話に出る。

 

「先生! 助けてください! わたしの部屋に霊が!」

 

「す……ぐに……ガガ……ザザザザ……く。ピィー……に……ギギギ……ろ!」

 

「なんですか? 電波が悪くて聞こえません!」かなめは部屋を移動して電波を探しながら叫んだ。

 

「そ……ザザ……から……ガガッ……は……ジジジジ……れ……ピーーー……」

 

 卜部の声が途切れ途切れに聞こえるが雑音で意味が判然としない。

 

「先生?」

 

 電話が静かになったのでかなめは画面を確認する。携帯は通話中の表示になっていた。

 

 

「ガガッ……ザザザザザ……ピィーーーーー……」

 

 

 

「死ね!!」

 

 

突然ものすごい音量で携帯がノイズを発し、女の叫び声が耳を刺した。

 

 かなめはとっさに携帯を放り投げた。カーペットの上に落ちた携帯からは甲高い女の笑い声が響いていた。

 

 かなめはシュシュを握りしめて目を閉じ、卜部の言葉を思い出す。

 

「もし何かあったら、俺が行くまでその場を動くな」

 

 かなめは怪異の跋扈(ばっこ)する部屋の中、鏡を睨みつけて卜部を待った。

 

「お前なんて怖くないぞ」

 

 まるで自分に言い聞かせるようにかなめは何度も呟いた。

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