変われるとしたら。   作:ゴリラとの逢瀬

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手に取ってくださり、ありがとうございます。


旧話
一話 おはようございます


―――気づけば。雨暮 歩(あめくれ あゆむ)はずっと独りでした。

 

 …いいえ、独りは言い過ぎなんでしょう。会える日は少ないけど母さんがいますし、お隣のおばさんも…良くしてくれてます。

 それは理想的な生活じゃないか!そう考える人もいる事でしょう。

 でもそれは僕がちゃんと、自分を出せていればの話で。

僕は自分を、どうしようもないくらい見せたく無い、醜い自分を未ださらけ出せないままでいるんです。

 

 …

 

 また、曲の制作で徹夜してしまったな…。眠いだとか、そんなのじゃなくて、目元に隈ができてたらバレるし。そうなると母さんに要らない心配をかける羽目になる。

 

「おはよう。母さん」

「おはよう歩、朝早くに悪いけど、お母さんそろそろお仕事に行かないと。今日は予定無いわよね?」

「予備校も無いし、特に無いかな。行ってらっしゃい、母さん」

「そう。よかったわ、留守番お願いね?」

 

 階段から降りた先、玄関で外に出かける支度をしている母親に起床の挨拶と見送りの挨拶をする。

 …どうやら徹夜したことはバレていないようだ。敢えて見逃しているのかもしれないが。

 とにかく、今日は学校も予備校も何もかもない日。そんな日は大体、将来のための勉強や、それらは程々に休息をしたりするだろう。だけどその前に

 

「……顔、洗ってこよ」

 

 身嗜みは、休日で籠っている時も大事だろう。

 

「……ん」

 

 顔を洗い歯を磨く。…そういえば、髭なんて生えた事ないから剃ってないな。そう思い視界の端に見える買いはしたものの、使いもしない電動シェーバーが何となしに寂しく映った。

 

「……?誰、こんな朝早くに」

 

 顔を拭いていると、来客を知らせるチャイムが鳴った。誰だろうこんな朝早くに、新聞にしては日がズレてるし。

 

「ごめんなさい!ちょっと支度してて遅れてしまっ……まふゆ?朝早くに、どうしたの」

「……歩が、言ったんでしょ。いつでも来て良いって」

 

 そこには勉強道具の入った鞄を手に持つ僕の幼馴染、朝比奈(あさひな) まふゆが立っていた。

 確かに僕はまふゆに対していつでも来て良いとは言ったし、実際に彼女は何度も来てはいる。だけど朝からなんて初めての事で僕は思わず固まってしまった。

 

「ううん。ただ、朝から来るのは、初めてだから」

「……そう」

「…今日、何も無いの?」

「あったら、来ていない。迷惑なら帰る」

「迷惑だなんて……そんな事あり得ないよ。今日は、どうするの?」

 

 そう言って縛り上げた菫色の髪を揺らし、踵を返すまふゆに向けてあり得ないと伝える。都合良く彼女に対してだけ、喋り方を取り繕っていない以上、僕は君に感謝を持っていても迷惑に思うだなんてあり得ない。

 ずっとああやって、彼女に都合のいい言葉を並べて縋る自分に嫌気も差すけど。

 

「……決めてない。」

「そう…。とりあえず、上がって」

「うん」

 

 そう言ってまふゆは僕の家に上がって行き、机に鞄を置いて椅子に座った。

 ……何で僕の方ばかり見るんだろ。まぁいいか、朝ご飯の準備をしよう。

 

 …

 

 今日の朝の献立はご飯、味噌汁、お浸し、焼き魚。オーソドックスな物と思う。

 ……準備してる間、ずっと視線を感じた気がする。

 

「……いただきます」

「…味、分かるの?」

 

 食事を始めると、隣に座っていたまふゆがいきなりそう質問してきた。……ああそう言えば、彼女は味がわからないんだった。

 

「……味はあるけど、分からない」

「?味はあるんでしょ」

「全部不味いよ。できる限り、量なんて増やしたく、無い」

「……そう」

「うん」

 

 そうやって会話を打ち切り、今度こそ食べ始める。……変わらない味と言うと、万人は親が作ったご飯を連想するらしい。

 じゃあ僕は全部が親に作って貰ったご飯なのかな?……冗談にしては笑えないか。

 

「…どんな味なの」

「……気づいた時からこんなのだから表現できない」

 

 どんな不味さかと聴かれても小学生の頃からこんなのだし、その前は覚えてないから味って言われてもピンとこない。甘い、辛い、苦い、酸い、旨いをそれらしく使ってるけど、稀に間違える程度にはわからない。まふゆは、間違えないのかな。

 

「じゃあ…どれだけ食べたく、無いの?」

「変わった質問だね……どれだけ食べたく無い、かあ」

 

 今日は朝から来たのもあるけど、妙に多く聴かれるな。それに、どれだけ食べたく無いって質問はテレビを見てても、今まで聞いたことないや。

 

「………プラスチックくらい?」

「……?よく分からない」

 

 首を傾げて何を言っているんだと、まふゆはこちらを見て言った。

 自分でも何言ってるかわからない、嫌なものは嫌だし。いつだか調べてみたら粘土を食べてるような味と言われてたけどその人って粘土を食べて、そう言ったのかな。

 

「言った自分でもよくわからないな、ごめんね。調べたことを信じるなら、粘土を食べてるような味らしいよ」

「…食べた事、ない。その人は食べた事あるのかな」

「あるから、そう言ったんじゃないかな?…ご馳走様」

「……そう。予習、してくる。部屋借りてもいい?」

 

 会話を切り上げるように完食の合図をすると。まふゆは見計らった様に席を立ち向かいの椅子に置いてあった鞄を手に取り。僕の部屋で予習をしていいかとまふゆは聴いてきた。出迎えた時も思ったけど、鍵を渡したはずなのに、何で何時も呼び出しの鈴を鳴らしてくるんだろう。

 

「好きにして。そのために何時でも来ていいって鍵を渡したんだし……何でわざわざ呼び出しの鈴を鳴らすの」

「……知らない、何となく。それと、また徹夜したの?」

 

 まふゆは質問を交わし、僕が徹夜していたことを勘付き、聞き返してきた。こんなでも、作業は可能な限り削ってるんだけど…。ううん、作詞も何も無い音楽に徹夜までしてるのは『また』なんて言われても、仕方ないや。

 

「……そうだね。捗らないなら、曲でも聴いて一息付くのも良いものだよ?じゃあ僕は洗い物を直してくるから」

「………うん」

 

 背中に視線を感じたが、しばらくすると視線は感じなくなりその後、階段を上がる音が聞こえてきた。

 ……彼女が何を考えているのか、僕にはちゃんと理解できない。

 落ち着くから、家に来るのだろうか。それとも何も無いからこそ、こちらの方が都合がいいから居るだけだろうか。前者ならそれはそれで喜ばしい。でも後者なら、彼女が居たい場所を見つけた時、僕は要らなくなるのだろうか?

 

「……まぁ、良いか」

 

 ともあれ、まふゆに休憩を促すのはもっと後でいいだろう。その間は暇ができるし、日課のトレーニングでもしよ…あの子、置いていっても大丈夫だろうか?やっぱり朝からまふゆがいるのは慣れないな。

 …それにしても。

 

「なんで、まふゆは朝から来たんだろ。別にお昼からの方がおばさんだって…また来客?今度はだ…ヒッ」

 

 覗き穴を覗くと、そこにはつい数秒前に口に出していたおばさんが笑顔で立っていた。こうもタイミングが良いと、何も悪いことをしていないのに背筋が凍る錯覚に陥るな。

 

「…」

 

 まふゆに限っておばさんに伝えてないなんてことありえないし…、そんなことができるなら彼女はあんな容態になってない。

 考えるだけ無駄だし、とりあえず出よう。

 

 「…おはようございます!おばさん」

「おはよう、歩くん。朝早くからごめんね?まふゆもいきなり貴方の家に行ってくるなんて言うから…」

 

 忘れてた。いつもこうやってまふゆが家に来る時は時間がずれ込みはするけど、おばさんが家に来るんだった。今回が最速だろうか?まふゆが来てから1時間も経っていないし。

 

「いえ!僕としても勉強が捗るので嬉しいです、それにこうやっておばさんと話す機会も出来るので良いことばかりですよ?」

「ふふ、そう言ってもらえると助かるわ。…でも、外に出かける服装の様だけど。どうしたのかしら?」

 

 笑顔を貼り付け、思いついたお世辞をでまかせに言っていると、おばさんがそう言って詰めてきた。

 …ルーティン崩してでも矛盾なく行動したら詰められなかったのかな?良いや今更だし。

 

「あはは…少し朝の日課をこなすところだったんですよ。少しランニングを、と」

「あら…そうなの?健康的で良いわね、ランニングに出るところ悪いけど。どうぞ?良いところで買ったものだから、美味しいと思うわ」

 

 そう日課のランニングを、と言うと存外おばさんは簡単に引き下がり、手に持った紙袋をこちらによこした。中身はカステラだ。

 

「わぁ!ありがとうございます。休憩中にまふゆと一緒に頂きます!」

「良いのよ、まふゆがいつもお世話になってるから。歩くんも、お勉強頑張ってね?」

「はい!ありがとうございます」

 

 おばさんはにこやかに笑いながらそう言ってそのまま自宅に戻って行った。

 時折肝が冷えるくらい不気味に感じるが、おばさんとのご近所付き合いと言うのは、概ね良好にしているつもりだ。

 …取り敢えず、コレ、机の上に置いてから行こう。




お読みくださり、ありがとうございます。

コメント、高評価等をもらえるならば幸いです。

それと、前作品を読みこの作品を続けて読んでくださった方に、もう一度感謝を。
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