一話 母さん
既視。
「…」
「…」
鬱陶しそうに髪を耳に掛ける彼女…まふゆに歌詞をもらい、曲を作ってからしばらく。いつだかまふゆに拒絶された日のように僕たちは卓を挟んで勉強会に勤しんでいる。
僕自身まふゆに許されただけの立場だからか肩身がなんとなく狭い。彼女に何かしようと躍起になったは良いものの、やれた事といえば先に作ったあの曲と、調べて取り寄せたのは良いものの効果があるか変わらないハーブティーを差し入れた程度で全くと言って良いほど進展はない、見ての通り会話も無い。
ペンで紙をなぞる音だけが、この部屋の唯一の音だった。
「…」
「…歩」
見透かしたように突然僕を呼ぶまふゆの声を聴き、体が跳ねる。そんなに、わかりやすかったのかな…。
「何度も目を泳がせないで。集中出来ない」
「…見てたの?ごめん」
「……いい」
まふゆは感情が出所がよく分からないとは言うけど、分からないだけで感じてはいるよね?こめかみをひくつかせて机に向き直るまふゆを眺めそう思う。
「…」
「……あの曲、どうだった?」
何れにせよこの空いた期間、それらしい会話をしていない、していないのなら、やはり疑問は解消しておきたい。まふゆがあの曲を聴き何を考えて、感じたのか。
「…よく、分からなかった。でも」
ゆったりこちらに目を合わせて、分からないと言葉を続けた。いつの間にか置いたペンに視線を向け、分からないなりに感じたことを話そうと、彼女は言葉を続ける。
「……でも貴方はこれからも、私が歌詞を作れば、曲を作ってくれるんでしょう?」
「作るよ。…自分でも歌詞、書いてみる」
「…そう」
それに満足したのか、まふゆは再び勉強に取り組み始めた。その姿にこれから、これから変わればいいんだと自分に言い聞かせる、それにあの三人もいるから焦る必要なんて無い。そう自分に言い聞かせこちらもペンを手に取なおし、勉強を続けた。今日は何となく、はかどりそう。
…
「じゃあ、また明日」
「うん」
暫くして、勉強会は切り上げとなり。僕はまふゆを見送っていた…。
「…あら、歩の友達かしら?」
「…?」
聞き知った声がまふゆを不意に呼び止める、その方向を見やれば、くたびれた様子の母さんがそこに立っていた。
「母さん、お帰り!今日はもうお仕事終わり?」
「ううん、すぐ戻らなくちゃなんだけど…」
そう言うと母さんはいきなり僕の肩を掴んで顔をじっと見つめ始める、白い瞳がこちらを見透かしているようで何となく怖くなる…ただ見ているだけだろうが、隠した自分はただただその瞳に後ろめたさを感じる。
「…うん、目的終わり。元気そうでよかったわ、それで隣の子は?」
僕の顔を見て満足したのか大きく頷く母さんは、まふゆを覚えてないからか、彼女に対して誰かと聴いた。
「…………お久しぶりです、おばさん。朝比奈まふゆです…小学生の頃以来ですね?ほら、歩とよく遊んでた」
「…ああ!久しぶりね、まふゆちゃん。こんなに大きくなったんだ〜!」
貼り付けた表情のままそう語るまふゆの言葉で思い出したのか、笑顔でまふゆに駆け寄り軽く世間話を母さんは投げかけた。
だけど、少しまふゆが考え込んでたような気がしたが…気のせいだろうか?何れにせよ、このタイミングでは聞き出せないしいいか。
「はい。いつも歩には色々と、助けてもらってて…」
「そうなのね…ふふ、歩は優しいから……ああごめんね、そろそろ家で支度しないと」
「ごめんね母さん、時間も無いのに態々家に戻ってきてもらって…」
「ワタシが歩の顔を見たかったから戻ってきたのよ、そんなに気にしないで!じゃあ母さん家に戻るから、まふゆちゃんとも仲良くね?」
「隣なんだからすぐ戻るよ…」
会話を終えて、母さんがバタンと扉を閉める姿を見届けて、まふゆを見やると、家に戻らず、目を伏せてその場に立ち止まっていた。
どうしたんだろう?何かあったのかな。
「……まふゆ、どうかした?」
「ううん…またね、歩」
「?うん、また明日」
……また何か隠された。あの時、朝に家に来た日も、似たような行動をされた気がする、あの時の状況から考えて、今のまふゆは僕の事が信頼できないから、隠しているのかな。
家に戻るまふゆを見送りながら少し負の方向に考えが傾いたことを自覚して、肩を落とす。こんなんだから信頼されないと言うのに、何やってるんだろう。
「…歩」
そんな自分の考えを見透かしたように、まふゆは僕に声をかけた。
「!な、何…?」
「貴方が言ったこと、嘘は無い?」
いつだか、あの白いセカイでも聞かれた言葉をまた投げかけられる。返す答えに迷いはない。
「うん、絶対に」
「あの時に、私が羨ましいって言ったのも、嘘じゃないの?」
「事実、羨ましいんだもの。何をしたら母さんが喜んでくれるのか、分かってるんだから」
「…そうだね、貴方、不器用だし」
…僕の言葉に肯定の意を示して、また不器用だしとまふゆはため息を吐く。耳が痛いな、変えたくて仕方ないものを突かれるのは。
「…ごめん」
「気にしない。そう言ったから」
そう言い終え家に戻るまふゆは、本当に何も気にしていないようだった。…彼女の優しさに甘えたものではあったけど、今回の会話である程度はまふゆに歩み寄れたのかな。
もう見えない背に視線を向けて何となく、不安に駆られた。
『……あの子』
「どうしたの?ミク」
『まふゆの為に出来ること、したいって言ってたよね?』
「それがどうかしたの?」
そうやって舗装された道を眺めていると、ミクがそうやって問いかけてきた。出来ることは当然したい、今は頼りなくてもいつかしっかりと支えたいから。
『ああそ。難儀ねホント』
「…そうだね」
手に取ったスマホの上に映る彼女は僕を見ながら難儀と言った。その通りだろう、結局自分が助けると誓ったあの子に正解の一つも出してやれてないのだから。
…家に帰ろう。
『もう家に戻るワケ?』
「外でやる事なんて無いし」
『貴方って言われた事以外特にやらないわよねホント、音楽くらい?』
「…歌詞、書くつもり。手伝ってくれる?」
『……好みじゃないっていたわよね?』
「我儘を言えば良いって言ったのはミクでしょ」
『言ったけど…やば』
そう言い合っていると、音がしたのかミクは家の方角を見て焦るようにスマホの画面に潜り込んだ。
同時に家の扉が開いて着替えた母さんが顔を出した。
「あら、見ないからどこかに出掛けてたと思ったけど…ずっと立ってたの。もしかして鍵を忘れたとか?」
「ううん、ただ少しまふゆと話し込んでただけだよ、母さん。心配かけてごめんね?」
「なら大丈夫だけど…でも歩ったら、まふゆちゃんと本当に仲が良いのね?」
そう言って嬉しそうに楽しそうに僕に話しかける母さんが僕の頬を持ってそう話しかけてくる。
仲が良い?母さんには、そう見えるんだ…。
「そうかな?そう見えてたら…嬉しいかも?」
「そうよ、昔から仲良かったじゃない!」
…むかし、から。
「そう…かもね?」
「ええ…あら本当にまずいわね、それじゃあね歩。愛してる」
「うん、行ってらっしゃい」
愛していると言った母さんに愛してると言えない、全て忘れたあの日からずっとそう。
嫌な自分を形作る一つだ。
『…露骨ね、貴方も』
珍しく母さんが走り去った方向に向けて顔を歪めミクはそう言った。露骨って何が?演じた自分がか。
「嫌な自分を誤魔化せる、時間だから」
『最後に嫌な自分とやらを直視する時間が来るのに、誤魔化せる時間?…ホント、おバカ』
「…それでも、愛してくれているし」
『はいはい。いつかアレに本音を言えるようになれればいいわね?』
そう罵りながら僕の顔を覗くミクの顔は、どうしようもない奴を見るような表情を浮かべていた。
…正解なのか不正解なのか、どっちか分からないものをずっと探して、そして見つけた後、感謝しているはずの母さんに、本当の自分を見せれるのだろうか?…見せれたら、良いな。
「…絵、描こう」
まだ、曲の絵出来てないし。
最後までお読みくださり、ありがとうございます。
お気に入り80人突破、ありがとうございます。
そんなこんなでダラダラと書き続けてみれば、私の作品に何かを感じ、80人の方がお気に入りに登録をしていただきました。感謝してもしてもしきれません…可能であれば最後までお供していただければ。