最初の話題から少し後、やれ今季のアニメは心理描写が良かっただの、やれ行くのも面倒な学校に補習で行く羽目になっただの、彼女から聞くもの全ては自分では経験した事や考えた事の無いもので、今までやろうと努めていた普通の意味とは何なんだろう、そう考えさせるものばかりだった。
「それでさ〜、うっかり聞いちゃったんだよねぇ。」
「イヤだよね、自分を曲げてまで誰かと仲良くするのは」
「でしょ〜?!はぁ…」
それを僕に対して共有すること自体、彼女が言う友人達と何が違うのだろうと少し考え、やめた。
些事を伏せて只管に同意を求められる事なんて、教室からよく聞こえるそれと変わらないから、気にする事ではないだろう。
「ねぇ、瑞希さん」
「もー。呼び捨てで良いって言ってるじゃん」
おちゃらけた様で、だけど真摯に聴く姿勢を作る彼女を見て、何を言うか改めて考える。本題を出せば良いのだろうか?若しくは同じく愚痴を吐けば良いのだろうか?それとも…さっぱり分からない。
だけどこの場で話を設けられた意味を考えても、同調して愚痴を吐くのは、何か違う気がする。
「うん、そうだね。まふゆの事、知りたいんじゃ無いの?」
だからこうして単刀直入に聴いた方が早いと、そう思った。
「あー…まぁそうなんだけどね?」
今までとは打って変わって口篭る彼女。口に出す事を躊躇い、思い悩むように指を頬に押し付け、目を左右上下と忙しなく動かす姿に疑問を覚える。話が早くて助かると学校の廊下で言ってのけた彼女から、本題を出し渋る反応が出た事が意外だったからだ。
「言いにくい事…だったかな?ごめんね」
「ごめんごめん!そう言うのじゃ無いんだけど〜…あはは」
そう言っていまだに口に出す事をせずに目線を忙しなく動かす彼女に対して、段々と呆れの感情が表に上がる。
今日出会ってからこうやって話すまでのやり取りのせいだろうか、何故か表情を隠す事そのものが出来なくなっている…自分の本音なんて、恥ずかしいだけなのに。
「面向かって言うのむず痒いんだけどなー。それに、まふゆも変な事聞いてほしいなんて…うん、大丈夫!」
瑞希は、指で頬を掻きながら何かを呟いた後、観念したようにこちらに向き直る。どうやらまふゆが何か彼女に無茶振りをしたようだ。
そう、あの子が誰かに頼み事をするようになったんだ…。
「歩のことも知りたいんだ!その為の第一歩としてさ、ちゃんと名前で呼んでほしいかなって…うひー、背中がぞわぞわする」
「…ハハッ、何それ?改まって」
「ちょっ、笑うのは無しじゃーん!」
そうやって背筋をゾワつかせて背中に手をやる彼女が可笑しくって思わず吹き出した。こうやって顔を合わせて仲良くなりましょうだなんて、言われた事がなかったから。
それを観ていじけたようにそんなの無しじゃないかと拗ねるように言う
「…うん、うん。わかったよ瑞希」
「やった、よろしく、歩!」
彼女の仕草は目を惹く、笑う時も、拗ねる時も、わかりやすく自分はこうだと示すような大きな動きで見る人間に表裏を感じさせない人当たりのいい振る舞いだ。
その中に彼女は何かを隠している、それは愚痴のように溢したあの会話からわかる事、そんな触れられたくない事をわざわざ彼女は伏せて、そう話した。誠実にあろうとしたか分からないけど、そうだとしたら僕は応えなくちゃ。
だって、彼女達はまふゆの手を取ってくれたのだから。
「……」
「…ん?どうしたの、歩」
考えて、ふと思う。僕の思う誠実とはなんだろう、いつかの奏のように自分の話せる話題で、親睦を深める事?だけど僕にはそんな手は無い、却下だろう。
では、まふゆのように、見せたくなかった自分を見せる事?それが出来れば苦労はしない、こんな自分は、母親にだって、クラスメイトにだって晒したくない。
「ううん!何でもないよ」
「…そか、良かった。」
だけど、誠実に接する事となればその二つしか思いつかない、あげれるものを全てあげれるほど、極まっていない自分ができることは、嫌な自分を見せる事。瑞希に対して、奏に対して、えななんさんに対して、僕は何を捧げれるのだろうか?
「…うーんと、さ」
モヤのかかった頭を分ける、瑞希のもったいぶった声が聞こえる。
「…どうしたの?」
「歩にはバレてると思うけどさ。ぼく色々と隠してるんだよねー。見せたくないーとかそんなんじゃなくて、こう…なんとなく?」
「そう、だね」
「そんなぼくが言うのはちょっとアレなんだけどさ…もう、なーんでまふゆはコレをぼくに言わせようとしたんだろ」
「…まふゆは多分ね?瑞希が僕と同じ高校に居るからそう言ったんだと思うよ?君達がそういうの、言っていればの話だけど」
「わかってるってばー、まふゆだって他意はないんだろうし」
目線を逸らし、うーんと首を捻る瑞希は本当に自分が言っても良いのだろうかと悩んでいるようだった。まふゆは僕に対して、何を聞いて来いって言ったんだろうか?迷惑だったのかな。疎ましかったのかな。
やっぱり、邪魔だったのかな。
「…ふーん、なるほどねー」
「どうしたの?」
「うーんと、さ?そうやって俯いてばかりだから、まふゆは歩の事が嫌になったんじゃない?」
その言葉を聴いて嗚呼やっぱりと思うから、きっと僕はダメなのだろう。
「…かもね」
「あれ、怒んないの?」
「ううん、多分そうなんだろうなって…伝えたい事って、それ?」
「ゲ、バレてるー…」
「バレてるも何も、あの白い場所で似たような事を言われたから。ほら、鉄骨とか刺さってる場所で」
そう言うと、あーと間の抜けた声を出し、彼女は腕を組んで椅子にもたれて天井を仰いだ。
気づけばテーブルにあったソレは食べ終わっていたようだ。
「ねぇ、人形展で何かあったの?」
思い当たる会話は、人形展の事。会話と言ったって、独り言のようにこぼしたソレに対して、聞き返しただけのものだけど。
「え、まふゆって何か話したの?」
「独り言が耳に入ってさ。悪いとは思ってるんだけど」
「まふゆが?珍しー」
「そうかい?藪から棒に会話を切り出す子だし、不思議には思わなかったな」
「ふーん?まー確かに。うん、ちょっと倒れちゃってさ」
思い当たる節があったのか瑞希は納得して姿勢を直し始め、続きを喋った。
…倒れた?
「まふゆは大丈夫だったの?」
「うん、特に大事にはならなかったよ。だけどなんか…人形が気持ち悪かったんだって」
人形、不快。あのセカイで言われた事だ、人形に憧れるのは辞めてって。
「あの子、自分と同じだから、人形が嫌だったんでしょ」
「そうだね…自分の境遇と重ねたのかも?」
知っている。足掻こうとした矢先に潰されて、隠れて探したところで途方も無かった、僕に頼った事だってきっと藁にも縋る想いだったろうに、僕は何もしてやれなかった。
何かしてやれたはずなのにダメだと決めつけて、足踏みしてやった振り。そんなの、嫌われるに決まっているのに、あの子は何故だが僕を見限らない。
見限らなかったあの子に、してやれる事。
「……うん、だと…思う」
「?どうしたの」
心配そうに顔を覗く彼女に、やるべき事。
「まふゆは、ずっと絡まったものを解こうと足掻いてた。たぶんもう、知ってると、思うけど」
「…」
「何もしてやれなかったんだ、出来ないって…決めつけて。人形劇を観てる客みたいで…本当に、馬鹿馬鹿しい」
嫌われるだろう自分を見せつける事くらい、せめてしないと。
瑞希を見る。僕の話し方が変わってから真摯な姿勢を心掛けるようになった、馬鹿な例え話も笑わずに耳を傾けている。だんだんと背中が丸まる、俯いた視線の先に紅茶の水面に写る自分が居た。
恥を押し殺して、全部任せたとペラペラまふゆの過去を話すふてぶてしい顔。
「ワッ!」
もやに沈んだ思考を切り払うような声が耳を打った。
「…どうしたの」
「そんなだから嫌がられたんでしょ?ほらほら、顔上げなよ」
「…」
「うわ、ヒドイ顔。寝不足?」
瑞希は敢えて的外れな事を投げかけ何事も無いようにまたケラケラと笑っている、その無頓着にも無責任とも取れる言葉は、今はすごくありがたい。
未だに自分は嫌いだ、まふゆがこれを嫌がろうと変われる気がしない。
でも、自分の事が好きになれる出来事があるとしたら、自分が誰かを救えると知る事だろう。
「…うん、寝不足かもね」
…馬鹿なことを考えていた。僕だけで、誰かを救える訳もない、自分の事も満足に救えていないのに。
「…それが、歩の素だったり?」
「…」
踏み込んでくる。彼女にしては、珍しいんだと思う…ここで、そうだと肯定する事が、彼女の目的を達成できることだろう。
「かもね」
「…そー」
「瑞希」
「どしたの」
今度は机の上に肘を立て、窓の外を眺めながら彼女は僕の話を聴こうとしている。
真面目に、不真面目に、そうやって切り替わるチグハグさに、なんとなく親近感を覚える。
「嫌がられた自分を治すだなんて、絶対ムリだよ」
「…ねー」
「一人でそうして、ずっと手探りで、まふゆに頼ったところで、負担をかけるだけだから。どうしようもなかった」
「…」
窓の外の景色が眩しい、曇り空の隙間から日が溢れて見える…己の見る景色は、どこか己の心も繋がっていると本で読んだ事があるけれど、そんなのやっぱり、本の中だけだな。
それとも微かにあふれる光なんて、僕にだってあると、期待したのだろうか?
仮に、それがあるとしたら。目の前に居る彼女では断じて無い。
「…でも、誰かとなら。それを見つけられるかな?瑞希」
その誰かは、誰。
「…かも、しれないね。」
同じように一人の手で迷いながら探す彼女は、やっぱり曖昧に笑った。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
お気に入り90人突破、ありがとうございます。ついてきて、見てくれる事、なんとなく実感が湧いてくる話数、人数になってまいりましたが、鈍い自分は思ったより筆を進ませてくれません、歯痒いです。
評価してくださった方が一名。
扇月兎さん
評価投票ありがとうございます。