【雪って夜毎の事嫌いだったりする?】
嫌い。確かに歩に苛立ったことは何度もある、疎ましく思ったこともある、当然だろう。だってあの子は私に対して何もしなかったから。
だからって、貴方を拒絶したことを悔やんでいるのは
「……なんで?」
【うわっ、前の雪みたい…なんでって、大丈夫?また具合悪くなった?】
痛かった。苛立った。
痛みにはすぐ気付く癖に、何も分からないのに、救おうとする貴方を気味悪がった。だけど…不思議と嫌いにはならなかった。
なんで?歩の曲を聴いたってわからなかった。
なんで?歩とまた、同じことを焼き直したってボヤけたままだった。
気づかない貴方に、私の胸は痛んだ。
分からない貴方に、私は苛立った。
嫌って然るべきソレに、私の中のナニカは嫌わないという選択をした。
「……なんで?」
【ちょーい?雪ー?…ごめんって、藪から棒に変なこと聴いて】
【雪……どうしたの?】
「……なんでもない」
奏の言葉で意識が現実に戻れば、夜も更けた部屋を机の灯りとパソコンのブルーライトだけが照らしている。
なんでもないと思考を切り捨て、隠すように奏と瑞希に言う。絵名はまだ、一人で絵を睨み付けているのだろう。
【ちょっ!?それで何でもないは無いじゃん!】
【雪……雪の感じた事を、聴かせてほしい】
…奏は、瑞希は、何故そうなったかを私に詰める、何で黙りこくったのかを。
私でも分からない。癖になっていた気付かないフリと、それを抉り出した歩の言葉。
考えた、思い返す。時計の針がカチリと進む音が嫌に耳に残る。
[まふゆちゃん、どうしたの?]
昔は、私が俯いていても……あの子はすぐに気付いて、振り向いて、手を引いてくれた。
【……雪?】
今は歩み寄ってくれたとしても、手を引っ張る事なんて、しなくなった。
[もう、ウンザリ]
自分の言葉を思い返す。
手を引っ張ることはなかった、拒絶しないと、何かをしないとと言いながら、見守るだけだったあの子の視線は擦り合わせたヤスリの音のようで不快だった。
思い出すだけでまた苛立つ。
「夜毎は……私に、私の痛みに、気付いてた筈なのに、放っておいた」
【……夜毎…さんが?】
閉口して私の言葉に瑞希は聴き入り、歩がそんな事を?と疑問が自然をついた奏の声が一際響く。
カチリ、と時計の針が進む音が聞こえる。
「Kは…夜毎の何を、知っているの」
知らずの内に口を衝いたのはそんな一文銭にもならない疑問だった。
疑問を私に問う奏を、見えもしないのに睨む自分の顔が、嫌な程モニタに鮮明に映る。
なんで私は、苛立っているのだろう。
【わたしは……ううん。夜毎とはただ、一緒に音楽を作る機会に恵まれただけ。一度だけ、だけど】
気に入らない……奏は宝物を扱うようにそれを語る。それはあの子じゃなくても良いのに。
あの子の音楽だけで、貴女はそんな想いを貰ったの?
「それだけ?」
【…うん、えななんに夜毎の事。教えてもらって、曲を聴いて。懐かしい感覚…寂しい感覚とか、全部、あの時のままだって…】
「……そう」
【Kも夜毎に思い入れあるんだねー、えななんもこの間なんか後方古参面!みたいな感じで良いとこ延々と語っててさー…】
腑に落ちない、何故だかそれを語る奏の声が気に入らない。
それは私の知らない歩の事だった、わたしが知るよしもない思い出だった。モヤモヤする、だけどこのモヤが晴れたのなら…私にはどんな感情がもたげるのだろうか。
「Kが…Kがそうやって、夜毎の事を話す度に……何故か、苛立つの」
自分で溢したその音は、自分でもおかしいと思う程に掠れて、躊躇っているように聴こえた。自分の言葉がイヤに頭に響く。
【……ありがとう、言ってくれて】
戸惑って、塞いで、声も殺してしまった様な音が耳に響く。
これを聴いて…モヤが晴れた気になった私は、なんなの?人でなしになった様で、自分が嫌になる。
【雪。アナタKに甘えて夜毎さんの事全部丸投げしてやろうって考えてんの?】
「…なんで?」
いつのまにかミュートを解除したのか、奏の言葉に割り込んで不快そうに言葉を投げつける絵名に思わず疑問がこぼれた。なんで?奏に私が、歩のこと…
『…まふゆ?』
そんな思考に割り込んで、傍らに置いたスマホからミクが声を掛ける。
頭は別に、痛くならない。だけど人形展の時と同じ不快な感覚は、張り付いて離れてくれない。
「ううん。ミク、大丈夫」
そう言うとミクは、不安そうな顔はそのまま静かに私の事を見守るようにしたらしい。
分からないことを説明して欲しいと言われても、私には分からないまま。奏には悪いと思ってるけど、黙って考え込む事しか、私には出来ない。
胸がちくりと痛んだ、何故だか分からない。
「…夜毎の事、投げ出すだなんて一言も言ってない」
【じゃ何でKのせいだなんて言ってんの?夜毎さん事知ろうともしないで逃げてるの一緒でしょ】
切り捨てるようにそう言った絵名の言葉に、漠然と不安を抱いた。なんでだろう?
【え、いきなり怒ってどうしたのえななん?取りあえず落ち着こ?】
【は?黙って聴いててもアイツ、いつまでも自分の意思で何もやらないでしょ】
【……いきなりそうしても、雪は辛いだけだってわたしは考えてるよ。えななん】
【うっ…それは、そうだけど……】
瑞希が落ち着くように絵名を宥めて、それに絵名が反発して、それを奏が諌めて、奏に甘い絵名は引き下がる。
そんなやり取りを聴いて、私は何故か手持ち無沙汰だと感じ、手元のスマホに触れる。そこに映るミクは困惑の表情浮かべている。
『……?』
そのまま言うか、言わないか。数瞬だけ躊躇って
「……三人のやり取りを聴いて…何故か、手持ち無沙汰だって感じた」
その間、秒針の響く音が煩わしくて、結局言うことに決めた。なんで煩く感じたのか、なんで手持ち無沙汰になったのか、理由は考えても分からなかった。
【……はぁ?】
【ぼく達のやり取りが?】
【………】
その反応は三人それぞれ違って、おかしな事を聞いたかと聞き直す絵名、ただ不思議そうになんでそう感じたかと聞こうとする瑞希、そしてただその意味考え込む奏。…歩が聴いたって同意して終わりだろう。あの子は、そういう子。
私なんて見もせず、
【……雪は、羨ましいの?】
「は?…」
くだらない事を考えていたから?私でも戸惑う程、自分の声は不快に歪んでいた事を自覚する。
私が羨ましい?なんで奏はそんな事を考えたんだろう。
「……なんでKは、私が羨ましいって感じたの?」
出てくる言葉は疑問、胸に渦巻くものも疑問。
なんで羨ましいと考えたのだろう、私の胸中を知るよしもない奏に考え至れたか疑問が頭を離れない。けれどそれに連れ立つ苛立ちはなかった。
【……わたしに人を救う曲を作れるって言った時の、お父さんの声に、似てたから】
「……」
その声は、私でもわかる程に後悔に濡れていた。今度こそは手放したく無いと、そう叫んでいるようにも聴こえる奏の言葉にパソコンに映る自分の顔は酷く歪んでいた。
【はぁ?Kのお父さんが?そんなの押し付けじゃない】
【ぼくもそう思うけど、それがなかったらきっと、ぼくら会わなかったし複雑かもなー】
【それは、そうだけど…それでも、親が自分の子供を才能の羨ましがるって変でしょ】
【家によるでしょー】
そんな二人の反応なんて気にもせず、私はいつだか、呪われて可哀想だと、そんな呪いに私を巻き込むなと奏に言ったことを思い出した。
思えば奏は、誰かを通して、お父さんとの会話をやり直したかったのだろうか?…少し、違う気がする。
「……Kは、私でお父さんとのナニカを、やり直したかったの?」
【……ううん。救う曲を父さんに望まれた事がきっかけでも、わたしはわたしの曲で、誰かを救いたいって本気で思ってる】
「…夜毎も、そうだったのかな」
【……それは分からない、かな。でも夜毎はきっと自分よりも誰かを優先する、そんな人だと、わたしは思ってる】
「…誰かを」
その言葉でまた考える。
誰かを優先したからと言っても、何で曲を作るようになったんだろう。なんで私を照らし合わせたような曲を作ったのだろう。
[違う、違うよ!]
声を張り上げて否定を突き付けた歩の姿を思い出した、あの曲が、誰かを優先した結果なの?
「じゃあなんで、歩は…あんな曲を作ったの…っ」
歩の名前を思わずこぼす程、あの曲は自分の胸の中をザワつかせたものだった。
意図がわからなかった、意味もわからなかった、貴方は私と同じじゃないから。
【…雪が、あの曲についてどう思ってるか分からない、でも……雪】
「……?」
【あの曲は、ただ一人に寄り添いたいって想いを感じた。それと……少しだけ、後悔してるようにも】
付け足すような後悔に、私は心あたりがあった。
ずっと歩はあの頃のことを後悔していたのだろうか?ただ言葉を漏らすだけだった幼い私にかたく口を閉ざしたのは…何も覚えてないことへの罪悪感だと思っていた、だけど私を傷つけたことの後ろめたさだったの?
「……もう、寝る。おやすみ」
【……力になれたのなら、嬉しい】
【はいはいお休み、ホントアンタって勝手よね…】
【乙ー、何か進展あったら教えてほしーなぁ】
考えを誤魔化すように時計を見れば随分と時間も経っていた。一人で考えたい大義名分のように眠ると言い、三人からの返事を聞き届けた後ナイトコードを閉じて、一人また考えた。
「私に、寄り添いたかったのは、あの時のことを後悔してるから?」
少しだけ違う気がする、後悔と罪悪感だけならば、歩は一歩下がって誰かが来るように促す子、中途半端な事をした理由にはきっと足りない。
『……まふゆ』
夜で消えかかる部屋、ベッドの上に座り込んだ私にミクの呼ぶ声が届いた。
「…なに」
『歩は多分…迷ってたんだと、思う』
それに返すとミクは歩に対して考えている事をポツリポツリ話した。
『鏡合わせのようだって言ってたあの曲は、まふゆとの時間を思い返して、歩が作った曲』
「…そう」
『その時間はまふゆにとって苦しい時間だったことも、歩は知ってた。だから曲を作ったの、ただ言えなかっただけで隠そうとは、していなかった』
…あの子が覚えている私との時間は、私がずっと苦しんでた時間だった。それを知った上であんな曲を作ったのはその曲が後ろめたい訳じゃなくて、そうやって傷つけた自分が何をやったところで無駄だって考えたから?
なおさら、曲を作る意味が分からない。
「なら私は、間違ってたの?」
『まふゆがあの曲に苦しさを感じた事は間違いじゃない。だけど奏が感じた事も間違いじゃない』
私の感じた事は間違っていない、だけど奏が感じた事も間違っていない。
じゃああの子は何を思ってあの曲を作ったんだろう。
『じゃあね。まふゆ…また、セカイで』
言う事だけを全て言い終わったミクは、また会うための口約束を残してその場から消えた。
最後の明かりが消え、今度こそ視界が暗くなるがそれでも思考は回る。
罪悪感だけでは歩は動かない、後ろめたさでも動けない。その二つは歩自身が躊躇う理由にしかならない、今までの、生活からわかった事。私に選択を委ねて、促して、吹けば飛ばような些細なそれを積み重ねてやった気になるだけ。
じゃあ後一つ、歩が私の
[大切だから]
庇護?
[理由を知りたいから]
探究?
[誰が君みたいに、ボロボロになりたいって思うんだよ!]
……それとも、嫌悪だろうか。
考えたって絞り出せないし相変わらずわからないまま。
胸の痛みが込み上げる、頭痛はまだない。痛みに困惑して、それでも思考は止めたくなくて。
不意に絵名が放った言葉を思い出した。
「……丸投げなんて、してない」
ただ否定したくて一人の部屋で言葉が溢れた。なんで否定したいのかもわからないのに?息を吸って吐いて、考えたって分からない、見えてこない。
暗くて、何も見えない。
自分の意思で何もしない?ただ感じた事を垂れ流すことは何もしなかった事なの?
思考を回したって答えは出なくて、疑問ばかりが頭を埋める。じゃあ、どうしたら良いの?
「……誰?」
スマホから通知が聴こえる。見れば歩から曲が完成したと連絡が来ていた、なんでこんな時間に……
【まだ絵の方は出来てないけど曲自体はできたから、聴いてみてほしい】
【これからも続けるから、待ってて欲しい】
その言葉と共に曲のデモが送られて来る……そうやって知らない内に歩は進み始めた、また苛立った。なんで、貴方だけわかった気に……ああ
「これが、羨ましいって感覚?」
不意に顔を出したこの感情は、妙に頭に残った気がした。
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