不定期とはいえ遅れた事、非常に申し訳無いです。
夢を見ていた。
暗い場所で何も見えず、自分の足は前へと勝手に進んでいく。自分の意思で動くことはできないようだった。
しばらく歩みが続いた後、足が止まる。
視線もさっきまでの足と同じように勝手に視界が揺れ動いて、真っ黒のはずなのに何かがあるようにブレてそれは全く定まらない。
そうしている内に視界の先は定まり、小さなモヤと大きなモヤがそこに向かい合って椅子に座っていた。
「……?」
誰ですか?そう呼ぼうとしても声が出ない。
小さなモヤは細い糸のような物を手で広げこねくり回してるように見えた、それを大きなモヤは何をする訳でもなくただ見つめている、なんとなく親子のように見え少しだけ羨ましく感じた。ゆっくりと話す為だけに母さんと机を囲んだ記憶なんて無かったから。
画面が切り替わるようにモヤと椅子が一瞬だけ無くなり、また顕れた。今度は細い糸は子どもの手にはなくただ二人は見つめあっていた、親はどこか憔悴している様子で子供はそんな親の様子に気がついていないようだった……いや、気付いていないフリをしてどこか言葉を探している様子にも見えた。
[……。]
沈黙の後、やっと絞り出した雑音は親愛と心配を含んでいる様に聞こえる、だけどそれを聴いて大きなモヤは一拍置き慌てるようにその姿を消してしまった。
そんな向かい合った人物の一連の行動をただ茫然と眺めている子の姿に、僕は何故か既視感を覚えた。やるせない感情がその不定形の体から滲み出ているように見えて…
そんな小さな背に、僕は声をかける気は起きなかった。
黙っていなければ、よかったんだ。ここには無い筈の鍵盤の音が耳に張り付いて離れなかった。
『あゆちゃん!!!』
大きな声で目を覚ます、まふゆへ連絡を送った後どうやら眠っていたようだ。視界の半分を埋める机にそんなことを一人考えて体を起こす。
パキパキと背から関節の鳴る音が聞こえた、椅子に座って眠っていたからか、全身が痛い。
「……おはよう、リンちゃん」
窓から見える明かりを見れば既に朝で、耳を傾ければ鳥の鳴く声も聴こえる。知らない間に無理を重ねてしまったのだろうか?気を付けないと。
…あの夢、なんだったんだろう?
『なんだか、うなされてるみたいだったから』
手に取ったスマホの中から心配そうにするリンちゃんの言葉で、夢の事を思い返す。
暗い場所に誰かもわからない親子らしきモヤ二人、不気味に感じうなされても仕方がない、だけど言いようのない不快感が残ったあの夢の続きを望んでいる自分も居る事も事実だった。
「僕が、変だね?」
『変じゃないです〜!』
誤魔化すように己が変だと評すと、リンちゃんはむくれ顔でそれは違うと反論した。
変なものは変だろう、不快感が尾を引くあの光景を少しでも求めてしまうような人間は。
「変だよ。…今、何時かわかる?」
『もー!…はい!』
不満そうに声をあげ、リンちゃんは渋々頭を下げて画面の上にある時刻を見せてくれた。ああもうこんな時間なんだ、早く学校へ行く準備をしないと。
「……手に持っていた、糸…」
着替え、登校の準備をする最中も僕はあの不可思議な夢のを思い返していた。夢とは昔経験した物を処理するために自分の脳が睡眠中に映像として映し出す物というが。
あれが僕の過去と言うのならばやっぱり僕は夢の続きを知りたいと思ってしまう、手に持っていた糸で、あの二人はなんで喜んでいたのか、どんな言葉を投げかけて、あの大きなモヤは逃げ出してしまっていたのか、その後あの二人はどうなってしまったのか。
それに聞こえた鍵盤の音も、聞き覚えも無いものだった。
『ね、あゆちゃん?』
「……どうしたの?」
靴を手に取りながらその続きに想いを馳せているとポケットのスマホからリンちゃんの声が聴こえてくる、どうしたというんだろうか?少し前の撮影の事だろうか。
「前の撮影会のこと?なにか、不都合でもあったの?」
『そうじゃなくて!えっと、なんでうなされてたのか知りたいな〜って…』
「夢の事…?いいよ。でもちょっと急いでるから、歩きながらでも良い?」
『え?…いいの?!おさんぽしながらお喋りして!?』
なんだと思えばこの子は僕が見た夢の内容が知りたいらしい、隠す意味もない事だし教える事は問題ないけど…今はちょっとだけ時間を押してるから歩きながらでいいか?そう彼女に伝えると声を張り上げて言った。……しまった、ああでも、登校中に話す事くらい問題ないか…嫌でも、ないし。
「そうだね、いいよ。だけどあまり声は張り上げないでくれると嬉しいな」
そもそもバレても困るものかと思うと、疑問ではあるが…そういえば、この子達やあの白いミクは他人の目にはどう映っているのだろうか?僕と同じく、こうやって仕草や表情も窺える状態だろうか?それとも誰からも見えない状態になるのだろうか?だけど瑞希には見えていたし、僕みたいにこうやって様子は見てとれるか。
ならやっぱり誰かに見せるのはまずい、のかな?
「あ」
「……」
家の鍵をかけ、学校の方向へ足を進めようと振り返ると制服姿のまふゆがこちらを見つめて立っていた。待たせたのかな?悪いこと、したな。
「ごめん、待たせたよね」
「…そう」
待たせた事を謝ると彼女は少しの間目を逸らし、すぐ視線をこちらに戻すと気のない返事を返した。何かを聴こうとしているのだろうか?でもそれは僕から聴き出して良い物なのだろうか?
『あゆちゃん?』
その言葉で驚き、自身の肩が跳ねた事を自覚する。手に持ったソレからリンちゃんが顔を出す。
「……何。スマホ?」
「ぁ…これは、その……?」
バレた。そう思ってまふゆの顔を見たが何かがおかしい、確かに隠そうとしたものはバレたし、僕の手に在るスマホに視線が向いている、それなのにそこに映るリンちゃんの存在が見えていない様子だった。
『あっごめん!』
リンちゃんはその様子を見て画面の中にすぐに引っ込んだが、視界に入ったものをどうこうする事は出来ない。
バレても困る理由の無いものの筈なのに、焦りによって呼吸が浅くなるのを感じる、誤魔化そうと言葉を繋げようとする度『また騙すのか』と脳は咎めが突き刺してくる。
「あの…まふゆ?」
「渡して」
嘘は許さない、そう手が語るように差し出された。躊躇いは許せないと思ったし、何より脳裏によぎったあの咎めは自分にとってまふゆに嘘は吐かないと誓った故のものだから。
「…うん、わかった」
言われるがままに差し出された手にスマホを渡せばパスワードを解除して…解除して?
「何でまふゆがパスワード知っているの?」
「……不用心。貴方は」
呆れたように不用心と呟くまふゆは、暫くするとこちらに向けた目線を学校の方向に向け僕のスマホを持ったまま歩みを進めた、それに僕は慌てて彼女の後を追うように足を進めて横に並んだ。
まふゆは付いて来た僕を一瞥した後、疑念を込めた目をこちらに向けた。
「ノイズが、見られて不味いこと?」
「見えないの?」
そのまま隠してしまおうとか、好都合だとか、そんな考えもあったのにそれを行動に移すより早く、自分の口は疑問を彼女に投げ掛けた。
「…何が?」
「見えないなら…良いよ。気にするものじゃないと思うから」
「…そう」
そう言って僕は会話を切り上げて、まふゆの隣に並んで歩いた。
カツカツ、コツコツ。彼女の足音が聞こえるくらい近くを歩いている、だのに二人の足音はバラバラでチグハグに聴こえる。こちらが遅れればあちらが早まりこちらが早まればあちらが遅まる。譲ろうと思って遅まって、遅まった足を見てさらに遅まりそれを見て早まる。
ぎこちない、その場に作り出された沈黙も相まって尚のこと痛い。前もこんな状況が起こった気がする。
「…なんで誤魔化したの」
「何でまふゆが見えなかったのか分からないから。分からない事を分かったように言ったって、君は納得しないって思った」
共に足を拙く並べて、学校へ向かう中、まふゆは先程見たと思われる
嘘は言ってないつもりだった、なんで瑞希には見えてまふゆには見えなかったのか。その答えは全く出ないし、今答えが出たところで根拠の無い出鱈目なものになるだろうという確信があったから。
そしてそんな出鱈目なものを彼女に対して喋る事は、今の彼女に誠実であっても憚られた。
「……あの時、あの場所で、嘘は吐かないって言ったばかりなのに?」
「……?」
分かってる、まふゆは約束を忘れてしまう事を人一倍嫌う。誠実に優しくあれと教わって、そう生きて。壊れた彼女だから僕の嘘を責めるのは当然だった。でもその責める声は少しだけおかしかったんだ、呆れているのは聴いてても窺える、失望していないのは漠然とわかった、だけど何故か彼女の声色は安堵を含んでいると感じてしまった。
「…」
「…」
学校に向かうその最中、繋げる言葉を言い淀む感覚を相手に感じた気がする…おそらく、まふゆも。
日差しが木陰に隠れたことに気付いて、意識をなんとなくそちらに向けた。きっと逃げたいから。
「…嫌な自分も、私……」
そうやってまふゆから目を逸らしたからだ、逸らしたから、また聴き逃した。
俯き影を睨むように何かを呟いたまふゆは、そのまま歩みながらこちらに目線を向けた。
「え…?」
「頭の中がグチャグチャなの。歩は前に進んで、それで満足そうにしてて、私はそれに苛立った」
木陰から見えるまふゆの顔は怪訝そうに、あやふやな思考を僕に吐露する。僕が前に?それに、満足そうって…
「僕は、僕自身に満足なんてしてないよ。君の事だって引き止める事しかできなくて、結局は奏や瑞希に頼る形になったし…」
「……」
自分が言ったそれは事実のはずだ、結局僕は引き止める事しかできなくて、してあげれた事なんて片手の指で足りる程。
それでもまだ、まふゆがそうやって認識して
「だけど、それでももし僕が満足そうな顔をまふゆに向けてるなら、多分…その」
「…はぁ」
なんとなく尻すぼみになる、陽光に照らされてこちらを見るまふゆの姿が見える。
痛みで迷ってあの子たちの優しさに触れた困惑した顔を思い返す。その姿を見てなんとなく、自分が触れて良い物では無いと感じたのに、こうやって肩を拙く並べようとする。
彼女の幸せだけを願ってたのに、自分もまた、幸せになろうとしている?
「きっと。君と奏達とが、繋がって、君が君なりに前を向けた事が嬉しくて、いつか君が笑顔になるだろうって。来る筈の未来に満足したから?」
だけど
眩しい日差しの中、いつもの鉄面皮を崩し驚いた顔でまふゆこちらを見て…
「…なんで、来るかも分からないものに満足したの?」
だけど呆気に取られたその顔も瞬きの間にブリキみたいな貌に戻ってしまっていて、だけど疑問の声色だけが置き去りになっていた。
「いつか一緒に歌った日に、あの白いセカイで君が少しだけでも笑っていたから。些細な事だけど、それに惹かれたから」
……なんだか変な事、言った気がする。
「そう。……ありがとう」
まだモヤが晴れない表情を浮かべまふゆが礼を言い、前に向き直り歩を進めた。…僕の言ったことに対して、彼女が不満に感じた訳では無いし疑問が晴れた訳でも当然無い。
じゃあ、何を言えば良いんだろう。
『…しつこい。貴方はそうやって縋る事しか出来ないの?』
『……よく、分からない。不安かどうかも。だけど何故か、締め付けられたみたいに、苦しい』
『貴方はこれからも、私が歌詞を作れば、曲を作ってくれるんでしょう?』
くれた言葉を振り返って、欲しい言葉を考える。
怒りや不安に暮れてた彼女の顔は今も変わらず不安が覆っているし焦りから来る怒りもやっぱり感じる。だけどその怒りや不安は、奏達によって抑えられているんだろう、若しくは解消されているか。
「…」
事態が悪い方向に転がったとは思ってない、だけど前に進んでいると思いたいのは自分の楽観的思考の所為なのか、ただの事実なのか。
事実か、虚偽か。自分の頭ではてんで分からない。
「…ここまでで良い。歩」
別れ道、まふゆが行ってしまう。
思っただけの言葉を吐くべきか迷い、目を泳がせてまた彼女を視界に捉える。
「…言いたいことがあるなら――」
「……まふゆは、進めてるよ」
今言えないとダメだと思った、壁のある時間がもどかしくて…だからまふゆの言葉を遮ってまで、思っただけの言葉を口にした。
「…え?」
今度は言葉を飲んだ沈黙でなく、ただ疑問が漏れるような声をまふゆが発した。
「――…進めてるよ、絶対」
「…は、また嘘?」
「ううん、嘘じゃない」
吐いた言葉なんて戻せない、ひっくり返したコップの水と同じで取り返しがつかない、そうやって彼女の疑念の声に怖じける自分を誤魔化し言葉を無理にも続ける。
「だって、君は奏の言葉で消えずに留まってくれたから……君は進めていないって思っていても……きっと、ううん。絶対に前に進めてるよ、まふゆ」
日差しが彼女を照らし疑問と懸念に染まる顔がよく見えた、言いたい事は言ったけどやっぱり何かが引っ掛かる、何を言おうとしたいんだろうか。
「―――…」
それでもまふゆは黙ったままなものだから、言葉を続けようとまた言葉を続けようとして、詰まる。
…どうしよう、何の言葉を繋げたら良いんだろうか?
「…その、えっと。とにかくそう思ってるんだ、少なくとも、僕の中では」
ああ本当みっともない、考えより先に思った事を吐いて後戻り出来なくって、しどろもどろになって何も言えなくて。
だからだと思う。
「――本当、変だね?歩は」
おかしそうに吹き出し、笑ったまふゆに目が離せなくなってしまったのは。
「……」
当然驚いた、驚愕した。だって、微笑んだ横顔とか安心したような顔とか、所謂穏やかな顔の彼女を見たことがあっても、今みたいに破顔した彼女を見ることなんて―――ああ。
「…何?」
「まふゆのせい、言おうとした事全部飛んじゃった」
「は?」
しまった、また口を滑らせた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
セリフを見返して、何かが違うとそうなりましたが…なんと言いますか、自身が書き落としたものを見ると、コレはもう別人なのでは?そう考えてしまい、手が止まってしまいます。
人の褌を使っておいておかしな話ではありますが。
評価をいただいた方が一名。
自己嫌悪さん
評価投票、ありがとうございます。