変われるとしたら。   作:ゴリラとの逢瀬

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手に取ってくださり、ありがとうございます。


七話 課題

ため息混じりに『何度も誤魔化さないで』と言ったまふゆと別れ、その後はつつがなく学校への道を終えた。

 何故か想定の時間より早く教室に着いたようで、自分の席に座り必要なものを揃えてから次の範囲の復習を行う。

 クラスメイト達の会話を背景にそれをこなしながら、朝に見た夢を思い返した。

 

暗い場所。

自分のものでは無いように動く体。

そして人と思われるモヤ二人。

そして鍵盤の音。

 

音が響いた後、何かを思い出したような気がするけど…どれだけ記憶を掘り返してみても、何も思い出せなかった。夢なんてそんなものだと納得する思考でも気分でも無かったし…いつかまた思い出せば良い、そう考えようとしてもそこには僕の大切な何かがある気がして歯痒かった。

 

「はよー」

「――おはよう!はは、また例のアニメ?」

 

そんな思考を遮るように眠そうなクラスメイトの声が聞こえてくる、彼が来たと言う事はそろそろ予鈴が鳴る頃になるのだろう。

 挨拶を返して机の道具を片付けながら、彼の居るだろう方向に横目を向けた。相変わらず夜遅くまで起きているのか、欠伸を噛み殺しているようだ。…ああでも、自分の事を棚に上げて他人の事を言えないか。

 

「イエス!今回も面白かったぜ!主人公の全てを知った時の顔といったら…」

「そうなんだ?まぁ程々にね、時間も時間だから」

「んだよ、リアルタイムで観たいんだよ〜分かれよな〜…うわやっべ、先生来ちまう」

 

手を支えに僕の机に乗り出し分かれ分かれと主張する声の主は、予鈴の音を合図に跳ねるように自分の席に戻って行った。

 何と言えば良いのだろうか?こうやって追われる事なくその瞬間の何かに没頭できる事は彼の美徳と思う。自分だって追われてばかりでは無いはずなんだけど。

 …どうやら先生が教室に入ってきたようだ、切り替えないと。

 

そして授業が始まってしばらく。

先生の板書を書く音と落ち着いた声、他にも要因はあるのは明白である人物が教科書を立てて隠れるように船を漕いでいる。ほら、見たことか…あの子本当に何をやっているんだ。

 どうせまた頼まれることだし。あらかじめ別のノートに写しておくべきなのだろうか、予備はあるけど……馬鹿らしいか。

 

勉強、勉学。所感は好きでも嫌いでもなくて。

 …場所によってはこの黒板を叩くチョークの音も、先生の解説すら掻き消える喧騒に呑まれるらしいが…僕は幸いそういった場所に縁はなく、これまで健全な勉学に努めている。それが幸せかどうかは、よく分からないけど。

 

「ではこの問題を…雨暮さんに解いてもらおうかな」

「…はい!」

 

静かなのは作業中の自身の部屋に似ていて、他人の目に晒される理由も明確で…それに考えずにいい子にしてれば良いだけだから、授業中の時間は嫌いではなかった。誰に弁明しているか分からない思考を隅に置いて、改めて先生に向き直ったその時。

 

「…?」

 

――なんで?

 怖い、先生の正面に立って、目を合わせているだけなのに。それだけなのに、何故だか足が震える。

 

「どうかしましたか?」

「…なんでも、無いです」

 

分からない。だってクラスメイトと話す時だってこうならなかったし、まふゆと話した時だってこんな…訳も分からず怖いだなんて思わなかった。

 なんで?困惑と出所の分からない恐怖が襲って、先生の視線から思わず顔を逸らした時。

 

「……あれ」

 

顔を逸らしたら、恐怖は消えた。自分の体なのに意味が分からない、今までこんな事になった覚えもないのに。

 

「体調が悪いんですか?歩さんはすこし無理をするきらいがありますし、先生は心配です」

 

先生はいつの間にか側に移動して、肩を叩いて僕の身を案じるように見ていた。ああしまった、心配をかけた。

 

「ご、ごめんなさい、その…少し寝不足で」

「そうですか?あまり無理をするものではありませんよ?」

 

何にせよ答案を書かないと、そう思い再び黒板に向き直った。

 

「…はい、正解です。よく勉強していますね」

「ありがとう、ございます…」

 

どうやら正解のようで先生は席に戻るように手を僕の席に向けた。

 バレたかどうか分からないけど、乗り切れて良かった。

 

「では次の問題を――アナタは何をされているんですか?」

「ガガゴッゴ?!…寝てません!」

 

どうやら誰もが予測していた事態が起きたようだ。見捨てる方が吉だろう……こちらを見ないで欲しい、今は正面にある目が怖いから。

 

その後は特に異常もなく授業の終わりを告げる鐘の音が鳴った、その合図でまた予鈴が鳴る前の行動をなぞり勉強を再開する。

 

なんだったんだろうか、あの時の恐怖の感情と体の震えは。教壇にもういない筈の先生の姿を思い返す、穏やかに微笑む顔とこちらを見る眼差し…思い出すだけでも少し怖くなった、疑問は膨らむばかりだった。

 

「…」

「うひー、ちょっと寝たぐらい良いじゃないかよ…おん?どしたん」

 

手を止め、また首を捻り思考を巡らす。条件は先生が正面に立って目線を合わせた状態だろう、先生だけかどうかは…今、試そう。

 

「ねぇ、ちょっと立っててくれない?」

「は?お、おう…」

「ありがとう……」

 

了承を返し机の前に立った彼に礼を言い、前に立ち目を合わす。すると先程同じように自分の体が強張るのを感じた、それを踏まえて目線をズラすとまた強張りは消えた。

 

「なぁ…歩?お前さ…」

「――ううん!ありがとう」

 

誤魔化すようにクラスメイトに礼を返し、席に座る。座るついでにまた目線を合わすとまた体が固まった――改めて意味がわからない、何だこれは。

 まふゆと目を合わせた時、体が強張るなんて事はなかった。違いは何?リンちゃんと目線を合わせた時も同じだ、体が縛られたように動かなくなったなんて事はなかった。

 

…自分を知るための課題になるだろうけどそれは僕自身の事で、優先する事項じゃ――そこまで考えて、ふと疑問に思った。

 

僕が何よりも譲れないものとはどっちなのだろう?

 

まふゆを救うこと?だけど今のまふゆを見て間に合わなくなると言う焦りは感じない。自分勝手な思い込みだとしても奏達との交流は彼女にとって良い方向に進めてる筈で…それに僕自身が必ずしも救うことに関わる意味は無いから。

 

それじゃあ僕自身の過去を見つけること?まふゆを救うことより優先する事項じゃない。だけど救うことに関わる意味がないと感じたなら、僕は過去は優先して見つけるべきだろうに、何故か気が進まない。なんで?…それなら全く別の何かを願っているのだろうか?いつか鏡の前でそうしたように、自分の願望とやらを探ろうとする。

 

「…わか、らない」

 

誰に聴こえる訳もない呟きは教室の喧騒に呑まれて消えた。

 

 

学校も終わって帰りの支度。

 帰って考えを巡らせたところで休憩時間に詰まった解答を出すことは難しい。そう考えてなんとなく校庭を眺めているけれど…ベンチが仄かに温くなるほど座り込んでも、考えた事もない自分のもう一つの願望なんて思い至るはずもなかった。

 

「わからない」

 

口にしたところで答えは降りてこない。

既にあるものに正当な理由を付けて優先順位を決めることは出来るけど、譲れないものとなると話は別だろう。

 いつか鏡を見た日のように、振り出しに戻った気分。

 

「…」

 

夕日も沈み仄暗くなって来た、そろそろ夜間の生徒が来る頃だろうし帰らないと。結局答えなんて出ないままだったけど。

 

帰ろうと立ち上がり考えで重くなった面をあげると、どこか見覚えのある女子生徒が遠目に見える、だけど僕のクラスメイトにあんな子がいた覚えなんて無いが…他クラスや別学年…それに夜間の子は全く知らないし、誰だろうか。

 

「ああ、あの時セカイにいた…子?」

 

少し考えて、記憶を除いて、そう言えばと思い至る。奏達と共に白いセカイまでまふゆを追いかけて来た茶髪の子だ。

 

名前は確か――えななんなんて呼ばれてたっけ。忘れ物や落とし物があったように慌てる様子も無く、夕暮れの校舎に向かっていると言う事は…夜間の子だったのかな?気づかなかったな。

 

「―――あっ」

 

スマホを眺めていたその目がベンチに座る僕を見つけ、視界に立つ彼女は間の抜けた声を発してその場で固まった。…慣れない。クラスメイト、先生に続き、この子の視線がやっぱり怖い。

 

「…おはようございます。えっと…なにか?」

「……ちょ、ちょっと待って…ください」

 

彼女に声をかけると、今度は焦ったように後ろを振り向いて髪をいじったり…手櫛でといたり、スマホを見て何かをしている?…カシャッと音が鳴った、なんでカメラ機能?

 

「あぁもう!緊張で手が震えてブレる…落ち着きなさいよしののめ(東雲)えな(絵名)…」

 

しののめ、えな。彼女の名前かな?

 …どうやら緊張で手が震えて誤操作をしたらしい、緊張する要素ってなんだろう。僕?違うだ…夜毎の名前を聴いた時妙に狼狽えてたっけ、それかな。

 

「ふぅ――よし」

「……」

「は、ハジメマシテ。東雲絵名デス」

 

ガチガチに固まる声色に、クラスメイトとはまた別タイプの愉快な人間なんだろうと感じる、だけど同時に僕を見る目線に何かが混じっていると感じた…まふゆから向けられた軽蔑でも、瑞希から感じられた探る思惑でも、ましてや奏が隠しきれなかった人懐かしい言葉でも無かった。

 

「……なんで、尊敬?」

「えぅ?…顔、出て…ましたか?あ、あはは〜…」

 

漏らした言葉は当然正面の人間に届いたようで、気恥ずかしいのか赤面した顔を手で煽いで目線を外した。

 尊敬、リスペクト。えななんと瑞希達に呼ばれていた少女の目線にはそう言った感情が見て取れた、だからこそ理解できない、あの時と対応がまるっきり違うのもあるけど…。

 

「……すいません。ただ機嫌を損ねてしまったまま、それっきりだったので…あの時はごめんなさい、雪さんの件で周りを見れてませんでした」

「え?あ、あぁ〜…それはまぁ…私もキツい事ばかり言っちゃったし、お互い様って事で、ダメ。ですか?」

 

見る目線が違うんだ。さっき考えに過ぎった尊敬の目線。

 あの時はそんな目線、毛先ほども感じなかったのに?僕がサイトに投稿している名義を聴いてから素っ頓狂な声をあげて固まったのを見て以降、彼女とは話していないしそれだろうか?それしか、ないか。

 

「――助かります。ごめんなさい自己紹介をもらったのに、遅れまして雨暮歩夢です、よろしくお願いします。

 ……ところで、僕が曲の投稿をしてる事、知っているんですか?」

「…やっぱりあの夜毎さんですか?!」

 

こちらの質問に対し、途端に目を輝かせてこちらに歩み寄ってきた彼女。変わらず理由の無い恐怖で体が跳ねてしまう…今日はおかしい、これからもそうなるのだろうか?いつか、まふゆに対しても。

 

「あ…ごめんなさい、いきなり。えっと…隣、座って良いですか?」

「はい、勿論……ごめんなさい、あまりこう言ったものに慣れてなくて」

 

全然大丈夫です。東雲さんはそう言うとベンチに近付き隣の空いた場所に小さく座った。

できるだけ、目線は合わせないようにしないと…いや、慣れてないと勘違いされてるうちは良いか。

 

「その、いつも…聴いてます」

「…嬉しいです。まふゆの友達に僕の曲を聴いてもらえてるなんて」

 

本当だ、あの子の友達、仲間。何れにせよ今のまふゆにとって東雲さん含めた三人は大切な人物になっている、多分関係も良好なのだろう、だけど僕は四人のやり取りを知らない。

 奏がいるのなら曲を作っているのだろうし、まふゆは多分歌詞?…絞れないな、何でもできる子だし。

 

歌詞はまふゆ、音の構成は奏、残りは演出、イラストとか?…歌って踊るとか、そもそもまふゆがやるとは思えない…奏も、と言うより出来ないだろうし、僕と同じ曲の投稿?

 

 

「四人は、何の集まりだったんですか?曲の…投稿とか?」

「あ…はい、はい!そうです!私はイラスト担当で…」

 

どうやら当たっていたらしい、東雲さんはイラスト担当で消去法で演出は瑞希?

 奏が音の構築、まふゆが歌詞、東雲さんがイラスト、それをまとめて瑞希が演出。後…考えるのはいいか、そもそも聴けば判ることだし。

 

「そうなんですね…興味あるかも。描いた絵」

「ホントですか!?」

 

 

貴女の絵が気になります。そう言うとガタッと乗り出す様に分かりやすく元気付く絵名さんはどことなくやっとだと言ってる様に見えた。

 曲の方、教えてくれるのかな。

 

「はい。君達の曲を聴いてみたいと思って」

「…なんだ」

 

聴こえないように拗ねた声を漏らすのは、きっと僕にだけじゃなくて…今までに何度もそう言われてきたから、なんて諦めを感じる。それだけで彼女は機嫌を損ねるんだ、よく分からないな、その感覚は。

 

「えっと…?」

「あっ…すいません。今見せるのでちょっと待ってくださ…ゲッ」

 

東雲さんは少しだけ待ってくれと言うと、時計を眺めると、そろそろ夜間の授業が始まる時間になっていた。

 

「ごめんなさい、東雲さん。時間も時間なのに引き留めてしまって…」

 

すぐ立ち上がって彼女に頭を下げた、やってしまった。

 

「そんな!ああええっと、そうだ名前!私たちのサークル名はニーゴって言うんです、それじゃ!」

「はい、ありがとうございます……にー、ご?」

 

そう言って駆け足で校舎に向かう背に手を振り彼女が言った名前を反芻する、にーご、ニーゴ?略称だろうか、調べて出るかな。

 

「…出た。『25時、ナイトコードで。』これかな」

 

一曲だけ聴いて、帰ろ。

 

『――悪趣味な曲、ぬるま湯?』

「……そんな言い方しないで、ミク」

『あらら?ごめんなさい。私、歌は嫌いなの』

 

憎まれ口と共に画面の端からミクが顔を出した。何が可笑しいのか愉快そうな声で謝罪をし僕と同じ様に曲を聴いた、咎めたって彼女の曲嫌いは直る理由は無いけど、何でそうまでして嫌いな曲を聴くんだろう。

 

「…」

『まふゆみたいって?』

「うん、あの時渡された歌詞と比べても明らかに違う」

 

耳に手を添えて目を閉じわざとらしく聴き入ってる風を装う黒のミクにそう応答する。彼女の歌詞は、分からないことただただ述べる。それ故に不明確で、不満や不安が積もり絶望に移ろうことを嘆く、そんな歌詞だった。少なくともOWNとして活動していた彼女は。

 それが変わっている。分からないなら分からないなりに吐き出すところは変わらない、だけど不満や不安を何かに変えようと足掻くものに変化している。あの子が、前に進めていると確信出来るモノ。

 

『……――は、まぁいいわ。聴いて考えてあげる気も無いし、じゃあね。あと』

「自分の想いくらい自分で見つけろ、でしょ?…わかってる、わかってるから」

『何も一人で見つける必要は無いって事も、ついでに言っておくわ。どうせ忘れてるだろうから』

 

そう言い残して、流れる曲を最後まで聴きもせずにミクは画面の外へ消えていった。本当に、ミクは曲が嫌いなのだろうか?それにしては……いや、いいや。僕にはミクの考えてる事、よく分からないし。

 

曲を最後まで聴いた、正式名称『25時、ナイトコードで。』略称『ニーゴ』の曲。暗く、冷たく、そんな二つの印象を抱いた曲であるはずなのに、人のぬくもりも感じるそんな曲。

 まふゆが書いた歌詞。最初にもらったもの、それに言葉のぬくもりなんてなく、苦悩一色だった。何かを得たと言う漠然なものを盛り込んで、それでも理解できないモノばかりの現状を憂いた歌詞。

 僕は中身に拘らずまふゆの頼みを受け入れたいと願って、彼女の歌詞から曲を作ることを了承した。それが続くかどうかはまふゆ次第と決めているし、僕から頼むモノではないと考えてすらいた、負担かどうかわからないから。

――分からないなら、このままで良いと?不意に出た怠惰な考えを、自分を律するために返答を返す。

 

「そのままでも、彼女は救われる…筈」

 

煙に巻くように言い訳が漏れ出た。気付けば辺りはすっかり暗くなっており、自分も家路に着くことにした。

 

「……このまま、だけどどうしたら良いんだろう」

 

不意に、いつか喫茶店で瑞希に仲間を紹介したいと、誘われた事を思い出す。それはどう言う意図?間違いなく…それはでもだって…都合は良いが、瑞希にも何よりまふゆにだって――

 

「だけど…何もしないで、身を任せるよりは…」

 

分からない、正解なんてわからないから動かないし動けない。だからKAITO達にだって断るつもりだって言った、瑞希の勧誘に対して露骨過ぎるくらい嫌なフリをした。だけど、何もしない事は、前の自分と何も変わらないのもまた事実だった。

 

「…」

 

答えは、手の中にあった。

 




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

書く内、こちらのお出ししたミクをどんな立ち位置にすべきか、そもそもこのまま引き合わせた場合歩のセカイの扱い、そもそも原作キャラの扱い、非常に迷っています。

お気に入り120人の突破、ありがとうございます。
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