変われるとしたら。   作:ゴリラとの逢瀬

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手に取ってくださり、ありがとうございます。

今回明確に曲名を入れてますが、規約を読んだ限りでは大丈夫…の筈ですよね。


九話 言って何になった

僕は自宅に帰って探し物をしている…あのやり取りの後、進捗の確認や日程の調整のような雑用をすることに決まった。不満は無いけど、やはりいる意味を見出せない位置に、尚の事何故引き入れたのか疑問が残る。

 

…今はいいや、そんなことより探し物(ピアノ)だ。まふゆが話してくれたピアノは、僕の自室やリビングには置かれていない、子供用の小さなピアノなのだろうか?そう考えて押し入れを探してもそれらしいものはなく、布団や古着が入った段ボールが中にあるだけだった。

 

自室にあるシンセサイザーなら彼女はそれだと言う筈だし、何歳の頃に聴かせたのか聴けば良かったな、多少はどんな代物か絞れる筈だし。

 

「あ」

 

自分でも意図せず声を上げてしまう、リビングに大きく響いた気がして少し恥ずかしい…そんな事より、スマホがあるんだから今話を聴いたらいいじゃないか。取り出したソレを使い彼女にメッセージを送る。

 

【聴きたいことがあるんだけど良い?】

 

そんな旨のメッセージを送って少し後、既読の文字が画面に映る。どうやら問題無いらしい。

 

【僕が君にピアノを聴かせたって話したの、覚えてる?】

【二時間前の話を忘れると思ってるの】

 

それはそうだ、変な事を確認したな。

コレ、僕が怒られるのおかしい気が……おかしくないのかな?おかしくはないか。時間を取らせてるんだから早く本題を言ってしまおう。

 

【確認しただけ、ごめんね。何歳の頃か覚えてる?】

【十歳。話は終わり?】

 

十歳、子供用のピアノになるのかな?いやでも年齢関係なく普通のピアノを触る機会なんて…あれ。このやり取りまさか無駄?

 

【時間取らせてごめん、ありがとう】

【気にしてない】

 

聴き直すのは気が引け、そのまま感謝の旨を送ると、流れのままに話が終わった。

 

これじゃあ馬鹿だろ。年代より先に物を聴きなよ、焦り過ぎだ。

 

「…嫌だな。少しも好転してない」

 

進まない現状にたまらず言葉を呟く、まふゆに聴かせたというピアノに心当たりはない、全くと言って良いほどに。

 

いや探してない場所はある、でもその部屋に入っても良いものか?まだ記憶をなくして新しい頃、母さんの部屋には入らないで欲しいと念を押されたことをまだ覚えている。

 

ふと考える、僕に記憶が無い事を母さんが知っているのか、ハッキリしないけど、知らないなら態々そんな事を念押すだろうか?じゃあ別に隠す必要なんて。

 

でも、もし知ってたら。知ってたら、どうするんだろう?聴けば、分かるのかな……

 

誰かの視線を幻視する、なんとなく怖くなった。

 

恐怖を上書きするようにトークの着信音が部屋に反響した、棒立ちの自分がなんとなく冷たく感じる。恐怖を忘れるようにスマホを覗くとまふゆからメッセージが届いていた。

 

【アップライトピアノ】

 

簡素な単語だけが映された光板を眺めてその意味を反芻する。アップライトピアノ、家でも使えるように省スペース化したグランドピアノみたいなものだったっけ?

 家にそんなの…母さんの部屋しかないか、まふゆに感謝しないと。

 

【ごめん、ありがとう】

【遠回しな質問をしないで】

【わかった。ごめんね】

 

……謝って、ばかりだな。

感謝だってちゃんと伝えれない、謝る事しかできない自分…また嫌いになった。

 

そのなんとなくを知る気になれない自分も嫌い。

 

『で、行くの?』

「…趣味が悪いって、前も言ったよね」

『そうね、で質問の答えは?』

 

ミクの心の内を見透かしたような言葉に僕は跳ねるように悪態を吐き、それでも彼女は答えを迫る、秒針の刻む音が頭で反響して煩い。

 母親の部屋に入りたくない、入ってはいけないと考えている脳を刺す、それを見透かされて彼女に行くかどうか聴かれているのも理解してる。

 

「行くよ、探す場所も残りは母さんの部屋くらいだから」

『そ。まぁ言って感じたことは貴方の秘密で良いわ。それとも見て欲しいの?』

「……初めてなんだよ?言い付け破るの」

『あらかわいい。だから怖い?じゃ入るとこまで見たげる』

 

見透かしたような目線に内心で泥みたいな感情が溜まる。ミクの軽口には苛立つけど、図星を突かれてる事も、情けない事を言ってる自覚もあるのだから、口を閉じれば良い。

 

『忘れてる?ハハオヤのお部屋は右よ右』

 

リビングから出て、階段のすぐ近くの扉を見つめる。このまま言い付けを破って良いんだろうかと右往左往していると、ミクは進めと声で急かす、覚えている事をわかってるのに意地が悪い。

 

「覚えているよ…茶化さないで」

『忘れっぽい貴方の自業自得よ』

 

その言葉だけは、妙な寂しさを含んでいる気がして、つい手に持つスマホに目をやると、頬杖をついて椅子に座っている彼女が無機質な表情でこちらを見ていた。

 咄嗟に顔を見るだけじゃ分からないのに、なにをやっているんだろ。

 

「…そう。次忘れたらまたそう言って欲しい」

『保証しかねるわ』

「頼れなんて散々言ってるのに、ミクは自分だけなの?」

『リンに似てきたわね、減らず口…ほら着いた帰るわよ』

「うん、ご…ありがと、ミク」

 

謝罪の言葉を喉で遮り、ありがとうと代わりに告げると、頬を支える腕とは逆の手を振り、そのまま電源を落とすように消えた。

 母の部屋のドアを開けると埃の匂いが鼻を突く、それはそうだ、母さんは自室に入る事は稀で掃除をする時間もないんだから。あとで、掃除しないとな。

 少し見渡せば、目的のものはすぐに見つかった。

 

窓際の日の当たらないような隅っこ、そこに埃を被った木製のピアノを見つけた。

 

「…邪魔だな」

 

よく見れば、同様に埃の被った紙の束やカゴに収まった小物が、今は棚と化しているピアノの上に積まれていた。

 それをまとめて床に置き、ピアノに積もった埃を払う。

 

「…けほ」

 

舞い上がった埃に咽せる。どうせバレるんだから、掃除でもなんでもしてしまおう、家で落ち着ける時間も滅多に取れないあの人だけど、これでは休む事もままならない。

 

「ごほ…っよし」

 

思考を切り替えピアノに向き直る、鍵盤の蓋を開けるとギィと木の軋む音が聴こえ、隙間から白と黒の鍵盤が覗く。

 

「…」

 

そのまま鍵盤に手を添えようとしてヒタ、と止まる。楽譜台に位置するそこに何かの写真を見つけたからだ、見ればそこには男の子がこちらを向いている写真や、同様の子が母さんに抱き上げられている写真…何枚もあるそれらを見ているとふと、目に留まる写真が一つあった。

 

「これ、なんで?」

 

おかしな物を見たんだ、首を傾げもする。

 何故母さんは誰も写っていない家の中の写真をここに置いたのだろう?疑問は湧いても理由なんて見えない、分かったことは僕は愛されていたんだろうと言うこと。この男の子が他人なら、そうは成らないけど。

 

鍵盤の上に添えたままの指を押し込む、ポーンと高い音が鳴る、別の場所をまた指で押し込む、ポーンと低い音が鳴る。

特別何かを思い出しはしなかった。

 

「…簡単なの、やれば良いのかな」

 

両手を鍵盤に這わせ曲を弾いてみる、思い出せない。最近創った曲を弾いてみる…気に入らないフレーズが顔を覗く、指は止まって、だけどピアノの音が部屋中にずっと響いている。また写真を見る、男の子が一人写るそれ。

 

違和感を覚えた。

 

そこに写るのは身長百センチ程の子供だけ、なのに背後に写るピアノには鍵盤が窺える、正面からならまだしも側面から写ってるのに黒鍵も白鍵もはっきりと見えるっておかしいような…。

 

「…見えないけど、椅子の上に立ってるんだろ」

 

今日は早とちりが多いな、寝不足?バカな事ばかり気にしている。改まって座りどの曲を引くか考える、小さい子だし童謡とか弾いてたのかな?えと、何があったかな…

 

「…蛍の光で、いいか」

 

何度も聴いた馴染みあるその曲、鍵盤を探り初めの音に手を這わせる、変わるとも思えないそれにまただろうと躊躇う気は起きなかった。

 だってまたと言う程、絶望も失望も繰り返していないんだから。

 

「…」

 

少し切なさを感じる音。名残惜しく帰りを急く子供の姿がなんとなく脳裏に過る、影ばかり追う自分に泣きそうになる。

 

「…」

 

夜のまともに見えないそんな最中、来る日も来る日も月明かりを頼りに励む。今の僕にはとても似合わないだろう…怠惰な自分が目に浮かんでばかりだ。

 

「…」

 

今度はまふゆの姿が思い浮かぶ。

 彼女は優秀だ、優しく、誰かを慮れる…そんな子。だから壊れた、誰かの期待に応えようとして、出来てしまったから。

 

「…」

 

そうやって、ここでピアノを弾く意味を見出す為に過去を想起しても分かる筈無いのに…思い出すきっかけにも足りなかった。結論を急く訳じゃないし、これからも暇があれば鍵盤に指を掛けるんだから一先ずは分からない、そうすることにした。

 

「…見つけたかったな」

 

途方も無い…自分の事なのに。鍵盤の上で滑る指を止め、同時に進捗の無い思考を打ち止める。

 

まふゆも、そう考えていたのだろうか?脈絡なく頭に浮かんだ。

 

 

 

 

【確認しただけ、ごめんね。何歳の頃か覚えてる?】

【十歳。話は終わり?】

【時間を取らせてごめん、ありがとう】

【気にしてない】

【アップライトピアノ】

【ごめん、ありがとう】

【遠回しな質問をしないで】

【わかった。ごめんね】

 

何度も見返すそれ、ごめん、ごめん、ありがとう、ごめん、ありがとう、わかった、ごめん。

 謝罪を大半が占めるやり取りに、消化不良の感情はわからないを吐き出して、漠然と不快を示す。

 

「…は」

 

…見返して、また溜飲が下がるわけでもないのに。

うんざりだって言ってるのに…ふと、お礼の言葉を言ったと思えば、また謝る。

 

突発的に始まったやり取りに、手が止まって久しい。作詞には手がつかない、止まった手とは裏腹に頭は歩の事ばかり過り、理解できない何かに支配される。

 

ピアノが何?覚えてないそれを聞き出してどうするつもり?と。分かりきってるのに再びやり取りを見返す、苛立つ。

 

『…』

 

見兼ねて、ミクが私のスマホから顔を覗かせた。この子がそうやったって、何も解決するわけでもないと言うのに。

 

「どうしたの」

 

顰めた顔のミクを見やって、何の用があるか聴き出す。

 

『何だか、嬉しそうに見えたから』

「……え?」

 

無意味な思考が困惑で止まり、疑問で顰めている筈のその顔が、今の私を見て喜んでいる…笑顔だと、気付く。

 

「…嬉しそうに見えたの」

『うん』

 

その言葉に、顔に手を当て、無自覚に覗かせた表情を実感する。

前にも絵名に言われたその言葉、だけどあの時は奏の言う事を優先した…優先して分かった事なんて、一つも無かったけれど。

 

「…ミク」

『?』

「私は…歩とのやり取りが煩わしくて苛立つものだって、そう思っているの」

 

あの時の変わらない回答をあの時は違う誰か、ミクに言う、だって…この感情は苛立ちじゃないとしたら説明の一つだって付きはしないと思ったから。

 

『そうなんだ…』

 

返したきり黙り込み、うつむいている白い髪を眺めた、むず痒さを感じる感情、私の疑問を聴いて考える今まで気にする気概のなかったそれ、歩がずっとして来た事だとふと考え、空回りを自覚して申し訳無さそうに目を逸らすそれに苛立った事を思い返す、今のミクに苛立たないのは、空回りをしないからだろうか?

 

違う気がする、なら何。

 

『まふゆは、あの子…歩に苛立っていない』

 

同時に考え至ったそれに肯定をしたくなかった、わからない。

 必要だから一緒にいると決めた、今からも終わりも、歩が嘘をつかないと吐いたそれを踏まえて決めた、おそらく自分の意思で、そうやって妥協したから。

 

「…私は、歩といる事を、妥協だって…そう考えてる」

『…』

 

だから私はミクのその言葉を否定する。

今度は困ったような表情をこの子は覗かせた、私を見る目が少しだけ変わる。

 

『……まふゆは歩の事になったら、頑固になる』

 

眉を八の字に曲げてそう言うミク。

 認めたくない自分の思考はわからないを吐き出し続けている…意固地になっているのは、自覚している。

 

「わたし、は…」

 

それでも違うと言おう(取り繕おう)とした、聴き知った足音が聞こえなければ。

 

「まふゆ?」

「どうしたの?お母さん」

 

扉の方向を向いて声をかけるがその姿は認められない、廊下に立っているのだろう。

 

「お夕飯の準備が出来たから伝えに来たの」

「もうそんな時間なんだね、すぐ行くから」

 

白々しくそんな時間と言ってみせて、逃げるように部屋から出る。

 目の前には見慣れた笑顔を浮かべたお母さんが立っていた、待たせてしまったな。

 

「ごめんなさい、行こ?お母さん」

「ええ…そう言えば、お昼の事なんだけど」

 

リビングに続く短い廊下を歩いていると、思い出したように昼の事をお母さんは聴き出そうとする。

 

「お昼?友達と少し出掛けただけだよ?」

「そう、どんな子かしら?」

「…」

 

言いかけて少し考える。お母さんはただどんな子か気になってるだけで、私は奏や他の皆の事を言えば良い、簡単な事。だけど皆との関係を話してどうするのだろう?母さんは、それに何を言うんだろう。

 

 

 

「歩と一緒に、出掛けただけだよ?」

「まぁ!そうなのね」

 

盾にするように彼の名前を出すと、お母さんは上機嫌に声をあげ、満足したのかそのまま話は終わった。

 疑問が浮かぶ、何故二人で行ったか聴かないのか、そもそも何故前以て言っていないそれを咎めないのか、そんな人間とは関係打ち切れとも言わないのか。考え始めたらキリがない、でも。

 

「…なんで」

「どうかしたの?まふゆ」

 

思考が蚊のような呟きに転じた事を自覚して口を噤む、それが聴こえたのかあの人はリビングの扉に手をかけたままこちらを振り向く。

 

「ううん、何にもないよ?」

 

言って何になるのか。そうしたところで粘ついて離れない疑問は、解消するどころか破裂して全部台無しになるだろう。

 なら、こうしたほうがずっとしあわせ。

 

「そう?嬉しいのは分かるけど、今度からはちゃんと教えてね?」

 

事項を決める思考は滑り止まらず、癖になった誰かの顔色を伺う視界はこの人の感情がより良い方に傾いた事を報せる。

 

羨ましい。貴方の名前を出すだけでそうなるなら、私は、お母さんの一体何なのだろう。

 




最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

何度も期間を空け、それでも読んでくださる方がいる事に感謝してもしきれません…不甲斐ない、ありがとうございます。

評価を戴いた方、匿名含め三名
クロネコ-495さん ポピー@カプ厨さん

評価投票、誠にありがとうございます。
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