変われるとしたら。   作:ゴリラとの逢瀬

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六話 決めたこと

知らないと。そうやって前日意気込んだ事までは良かったのだが、今の今まで意図的に時間をずらし顔すら合わせてなかった彼女に今更どんな面を見せるのだろうか?話しかけるなと言われた以上顔を合わせない行為そのものは、事実正しい事ではあるけど…。

 

「もう…一人で何やってるんだ」

 

玄関の前に立ち往生して早数分、どうせこうなるだろうと早めに準備していたが案の定だ。しかも僕が思っている以上にあの時の事が僕にとって響いていたらしい。ドアノブが重くて仕方が無い。開けたとしても、彼女の姿を確認し話しかける行程があるというのに…ただただ気まずい。

 

「理由を知りたい筈なのに…」

 

強く握りしめたまま、ずうっと動かせない手を見る。

 理由がずっと分からない。彼女に執着する事も、この手が動かないのも、彼女ではないといけない意味も何もかもわからない。

 分からないを知りたい、まふゆに初めて話しかけたあの時の後悔を知りたい。知りたい知りたい知りたい。

 

「…っ」

 

重いドアを思いきり押すと、まふゆが今まさに僕の家を横切ろうとしていた。声をかけるのは今しかないのに、声が出無い…なんて言えばいいんだろう。

 

「……」

「あ…」

 

僕の姿を見るなり片眉を一瞬顰め、目線を外してそのまま歩いて行く彼女の姿を追いかける。

 

「……」

「……あの」

 

沈黙が痛い、目線も言葉も何もかも交わしていないのに、針のようにチクチクとした感覚を覚える。

 何を話せば良いのか、わからない。でも僕を知っている人は、まふゆだけだから…なんて、言えば?

 

「言ったよね?」

 

まふゆは貼り付けた笑顔をこちらに向け、言葉を続けた。

 

「声も掛けないで、顔も合わせないでって。雨暮くん?」

「……それは」

 

その笑顔を見た時に違和感を感じた。だって、いい子のようにも、あの子の素のようにも見えたから。どっちで対応するか迷ってる?何にせよ、明確な拒絶が意思を出しているのだから、疎まれているのは変わらないのだが。

 

「知りたいから、まふゆを救いたかった理由」

「またそれ。雨暮くんしつこいよ?」

「……それでも知りたいんだ。自分のこと、ずっと分からないままは……きっとダメだから。それに、まふゆの事も救えない。だから話して欲しい」

「何度も何度も……。貴方に向けて話す事なんて無い、いい加減にどこかに行ってよ」

 

何度も聴かないとダメだ、違いなんて僕にはてんで分からないから。それにどこかに行けと言われても…。

 

「……そもそも学路、途中まで一緒だよ?」

「……っ」

 

……ちょっとだけ、まふゆの歩く速度が速くなった。付いて行く、まだ聴けていないから。

 

「ついて来ないで」

「さっきも言ったよね。学路一緒だって、それにまだ君に聴けてない」

 

 さらに速度が速まる、付いて行く。

 

「何も知らないくせに」

「そうだね、君の言ってる通り。だから知りたいんだ、まふゆを救いたい理由と、まふゆ自身の事を。そうじゃないと…」

 

ただ歩くまふゆの背中を見つめて思うんだ。何も知らないまま、ただ君を救いたいだなんて、病のようで嫌だから。ずっと分からない事を分からないままにして、変えれる筈もないから。ちっぽけな自分と、心が伏せった彼女を。

 

「……っいい加減にしてよ!」

「…っ」

「分からないならそのまま放っておいてよ!貴方の空っぽの言葉なんて聴きたくもないの!」

 

空っぽ……そうだよ、たった五年の記憶しか自分は持っていないんだから。自分のことも、ましてや他人のことなんて分からない。

 でも。

 

「…空っぽだからこそ聴きたいんだよ!たった五年だよ!?分からないことだらけで、君を救いたいって思って…自分でも訳が分からないんだよ!」

「……っ!今更開き直らないで…!!」

 

分からない事ばかりでどうしようもないと言葉をぶつける僕に、足を止め振り返ったまふゆは、目を見開き、唸るようにそう言い返した。

 あんなまふゆの顔、見た事ない…どれだけ彼女は一人で苦しんできたのか、あの表情で少しだけわかる気がする。

 

「……っ」

「…分かったら、もう関わらないで。何も聴きたく無いの、何も見たく無い、疲れた」

 

そう言ってフラフラと足を進め始めたまふゆを僕は見ていた。

 

「待って、よ」

 

幽霊のようにおぼつかない彼女の手を掴み止める。聴きたいことがあるからじゃない。見たくない、聴きたくもないと言った彼女の事はもうそれで良い。

 でも、今にも消えそうな彼女を僕は放っておきたくない。

 

「離して!!!」

 

 そう叫び、逆の手で僕の手を思い切りはたき落とした。手がじわじわと痛む、爪にでも当たったのだろうか?見れば指は、少し赤く滲んでいた。

 

「……っなに、これ」

 

そう呟いてこちらの顔を見ていたまふゆははっと我に返ったように逃げるように去って行く。

 

「あ……」

 

また、置いて行ってしまった。

 

「でも、宮女の方向……あぁダメだ、僕だけならともかく、そんな場所でやったら…」

 

見えなくなった彼女が向かった方向を見る。

 …明日にも、また話そう。前は、何も知れなかったけど、今は痛みを知れたから。

 

「でも、それだけじゃ…僕は何で救いたいんだよ」

 

頭の中で救いがずっと浮かんでは散る。

 分からない事ばかりだ。

 

 

空はこんなに晴れ渡っているのに、考えつく事全部に翳りが付き纏う。

 

「…ザラつく」

 

食べている物を置き、また考える。

 時間は昼休み、場所は校舎裏。誰も来ないのは良い、顔なんて見られないから……。

 

「……」

 

『そ、貴方やっと思い出したのね。顔色ばっっかり観る自分を』

「イヤな、自分だけどね」

 

片手に持っていたペットボトルを強く握る、嫌な自分ばかりだ、良いものだって、ある筈なのに。

 

『そうね。でも見ない振りを続けたって、良いものばかり見たって、前に進めないわよ。でしょ?』

「…誰だって傷つけるのは嫌だよ」

『そうね。リンは貴方が他人を傷つける事を躊躇うのを優しさで美徳だーとか言ってたけど…私はそうは思わないわね、今までの事を鑑みても』

「…」

『貴方、傷つけたくないから躊躇ってるんじゃないでしょ?嫌われたくなかったから、恨まれたくなかったから自分の形を変えて生きてきたんでしょ。だから顔色ばかり伺う自分に気づかないまんまだったのよ、おバカ』

「……」

 

当たってた、躊躇ってる理由なんてそれだけの浅ましい理由だった。嫌われたくない、軋轢が出来て空気を悪くするのは嫌だから、なおし方だって知らない。

 恨まれたくない、誰かに恨みをぶつけられて、それで誰かを恐れる事が怖いから。

 置いたままだった昼食を食べる、ザラつく嫌な感触。

 

『まぁ、貴方の殊勝な心がけは無意味に終わったね?特にあの子に対しては』

 

ザラついたままだ、ずっと。

 

「多分、違う。まだ終わってない」

『へぇなんで?』

「まふゆは…だって、消えたいなんて思ってない。自分のこと、見ようともしていない」

 

僕でもわかる、あの子が消えたがってるなんて有り得ない。だって消えたがっているならあの場所(白いセカイ)でただ腐っていればいい、黙って目の前から消えればいい。なんでも無いように笑った次の日、姿を消せばいいから。

 

『ふーん。それで何だっけぇ?あの子、確か自分で消えたいとか言ってたよね、嘘をつける状態じゃなかったの、貴方もわかるでしょ?』

 

嘘をつける状態じゃなかった?絶対に違う。調子良くそう言うミクの表情の固まった顔が、いやらしくニヤニヤと笑っているように見えた。

 

「…嘘を吐き続けたから、ああなったんでしょ。彼女に嘘を吐かせ続けた僕も、おばさんも、目に穴が空いている」

『そう思うの?』

「うん、だから……それでも、分からなくても、救いたい」

『奏って子のことはいいのぉ?』

「そんなの知らない、まふゆの方が大事」

 

不要。いつ思い出すかも分からないだれかに時間を取られて、間に合わなくなってしまえば、僕は自分を殺したくなる。そんな未来は拒否する。

 

『なら……自分のことは、いいの?』

「分からないなら分からないままで行くしかない。まふゆを止めたい、ただ自分の事もわからなくなったあの子の事を」

 

今考える事じゃ無い。いつ思い出すか分からないものに期待して、待ちぼうけして手遅れになったら?そんなの探しても徒労に終わるから。

 

 

『…ひ。貴方って確か、知らなかったわよね?セカイに入る方法』

「別に君の場所、行く気なんてないけど」

『自分の想いも見つけてないおバカが、気軽に出入りできる場所じゃありませぇん、だから特別。『untitled』の再生ボタンを押せば行けるわよ……じゃあね。後は貴方次第だから、ね?』

 

珍しく上機嫌な声色で黒いミクは消えていった。それを見送り、時計を見た……そろそろ予鈴の時間だ、戻って準備しよう。

 




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