変われるとしたら。   作:ゴリラとの逢瀬

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七話 行かないと

 

「……少し考えれば、分かるじゃないか」

 

時刻は夕方、場所は渋谷スクランブル交差点。行き交う人の波が一足先にと家路を急ぐその場所。

 僕はただ明日を待つと間に合わなくなると思い直して、宮女…宮益坂女子学園の前で朝比奈まふゆが何処にいるかを聞きに回ったのだが。

 

「多少ズレては居ても授業の終わる時間なんて大体同じ…入れ違いになるのは当然だ」

 

…流石に、こうやって躍起になるのは変にバレるリスクを高めるだけだし、もう二度とやらない。

 今そう決めた。

 

『〜♪』

 

ミクが突然、曲を歌い出した。歌声を聴くのは初めてで、よく街中で流れる歌姫と瓜二つの歌声が響く。

 ああでも、彼女のこと、バレたら嫌だしな。

 

「ミク」

『……くぁ…何よ、寝てたのに』

 

手に持ったスマホに向かって非難するように名前を呼ぶと、小さく欠伸をして眠そうなミクが現れる……じゃあこの歌声って何処から?

 

「え?歌ってたんじゃ…あぁ、ごめんね。アレか」

『あぁ?…そうね、アレ。キラキラしてて良いわね、私には到底無理』

 

後ろを振り返ると、大型のディスプレイには見慣れた青緑の髪のツインテールの電子の歌姫、初音ミクが元気に歌っているのが見えた。行き交う人々が見慣れたそれを、眩しいものを見るように目を細め見ている黒い彼女は、私には真似できないと、皮肉げにそう呟いた。

 

「そうだね、眩しくて、いきいきしてて。人間よりも人間みたいに、歌ってる」

 

ああやって、素直に精一杯の言葉を伝えれたらな。

 

『歌えない、と言うか歌わない貴方にとっては…まぁ妬み嫉みの対象よね』

 

ミクが屈み、カメラを弄りながらそう言った。歌う機械の偶像に嫉妬なんて、なんとも滑稽だ、本来の彼女達は、そんな想いだってのせて歌う歌姫の筈なのに、それすらせずにただ羨やんで…。

 

「…いいや、早く渡ろう」

 

 多くの人が家路を急ぎすれ違う交差点を再び歩く、背にはまだ、歌姫の歌声が届いていた。貴方はこんなにも優しいと肯定し歌うその姿は、目に入れるには眩し過ぎる。

 

「すっかり遅くなったな、こんなに日が暮れて…どうせ一人だし、急ぐ気もないけど」

『……貴方のハハオヤってホント、家にいないわよね。覚えてる中で顔見たの、片手で数えるくらいよ』

「母さん、泊まり込みで働いてるから。だから僕から居て欲しいなんて口が裂けても言えないし、言う気もないし」

 

母さんの顔を見た回数を片手の指を1、2と指折り数え、その程度しか見てないと言うミクにそう答える。居ようが居まいが、今更自分の事を言えるタイミングなんて逃したし。それにこのまま、ちゃんと生活していれば…あの人も文句は言わないだろうし。

 

『……貴方、私が覗いてない時に何回か会ってる筈なのに、それなの?』

「負担なんて掛けれないでしょ。一人で僕を養ってるんだから」

『アレは一人で…はぁ、何でもない』

「何か知ってるの?」

 

なんでミクが僕も知らないことを知ってるの。母さんのこと、なんで知ってるの。

 なんでむかしのこと、しってるの?

 

『言わないわよ』

「いって」

『過去に拘らないとか言ったそばからソレ?』

「おしえてよ」

『嫌よ。と言うかやっと貴方、私にそうやって素を出したわね?』

「……ミクにそう振る舞うの、無駄だから。それに、疲れたし」

 

てこでもミクは動かないと理解し、一先ず引き下がり素の自分を出した訳を彼女に向けて話した。

 よくよく考えれば、自分のことを後回しにするのだから、自分の今後なんてあまり懸念しなくていいじゃないか、ましてや目の前で無表情にこちらを見る彼女に対しては。

 

『そ、まぁ良いわ。それより今日言った事、忘れてないわね?』

「セカイに入る方法の事?」

『だけじゃないけど、まぁ良いわそれで…じゃあね、私は寝るから』

 

そう言い終わると、あくびをしながら彼女はノイズと共に消えた。

 

「やっと家に着いた…なんだか、いつもより歩く時間が長く感じたな」

 

玄関の扉を開けて靴を脱いでいると、ふと女性物の靴が見えた。

 母さんが家に帰ってきてる?

 

「連絡もせずに?珍しい。……ただいま!」

 

珍しいこともあるモノだなと思いつつ、声色を変えて帰って来たと声を上げた。……返事が無い、寝てるのかな?今夕方なんだけど。

リビングに上がると、スーツ姿のまま、黒茶色の髪をした女性がソファで眠っていた。母親だ、やっぱりここで寝てた。

 

「居た……疲れてるだろうし、起こさなくて良いか」

 

連絡も無く帰って来たから凝ったものなんて無理だし、あり合わせで良いよね?……しばらく寝かせとこう、済ませて無い家事もあるし。

 

 …

 

「…終わり、起こそ」

 

一通り家事を終わらせて夜食を作った後、母さんを起こしにリビングに戻ると、すでに目を覚ましたあの人はソファから起き上がり何やら電話をしていた。

 着替えて来よう、邪魔だろうし。

 

 

時間は飛び、朝。まふゆは未だ来ない、時間があっているなら既に来ている筈だけど…考え事でもして時間を潰そう。

母親、父親、浮かべるのは両親。僕にとって父親は姿を見たことも、声を聞いたこともなく、見たものといえば、大きな石に書いてあった『雨暮 示数(しめす)』の文字だけだ。

 母親は昨晩にソファで寝ていたあの人、『雨暮 鷺乃(さぎの)』その人で、家には居ないが、自分のことを気にかける良き母親、だと思う。

 ならばまふゆにとっての両親は?父親は…思い当たる中だと数える程度しか見かけていないし、喋っていないけど、人当たりの良い人間だと記憶はしている。彼の性格がいずれにせよ、見かける機会が少ないという事は家にいる事が少ないという事だろう、自分の母親と同じく。

 ならば母親は?…端的に言って分からない。と言うのも、まふゆを思いやっているのは間違いない筈なのだが、出力の仕方がおかしく感じる。人形劇じゃあるまいし、まふゆを自分本位に動かそうとする言動が節々に見られる。

 まふゆがああやって追い詰められた理由、僕の行動も間違いなく原因になっているのは前提として、その前だ。父親はあり得ない、その場に居ないのだから。彼女が会う機会が多いのはそんな母親の行動と学校の人物の行動、それが壊れた理由?

 

「……何でそうなるの?」

 

いつまでも姿が見えないまふゆに対してそう呟く、分からないよ、君がこわれた理由と、君が探している君の事。それとも、別の事情が有るのだろうか。母親がやった事が本当にただそれだけだとするなら、まふゆは事も無しにその対応を受け流せる性格だった気がする。この接してきた二年間でそれは何となくわかっていた。それとも、受け流せない状況に陥ったのだろうか。

 …それにしても、いつまで経っても来ないな。どうやら、僕が家を出るより先に彼女は学校に向かったようだ。

 今日は、諦める他ない。

 

 

「……明らかに避けられてる」

 

数日経過、放課後の教室で一人座ってどうすべきか考える。アレからこちらも時間をずらしたり、明け方から出待ちしていたりしたのだが、姿が見えない、避けられている事はまず間違い無い。まちぼうけが楽しいと感じる人間はいるのだろうが、自分にとってはそれだけ進歩していない証拠でもあるので苦手だ。

 …無駄なこと考えるだけ会える確率も低くなる、早く帰ろう、もしかしたら、ばったりと会えるかもしれない。そうやって希望的観測しながら帰る支度をして教室を出た。

 

「…夕暮れ、眩しい」

 

学校を照らす赤色に目を細めながら、階段をくだる。ここの階段、日差しに当たるのは良いけど、こうやって光が強いとたまに目が眩むのだけ気になる、この前もやたらと大言壮語な男子生徒が縦回転しながら落ちてたし…なんでアレで怪我してなかったんだろう、一応保健室に送ったけど。

 階段をくだり終えて、玄関の靴箱から靴を取り出して履き替え、校内から出る。外を見れば部活動に勤しんでる子や、友達と帰る子、中にはベンチで眠ってる子もいる…校風が自由をウリにしているからか変わり者が多いのも魅力の一つだろう。いつか会った瑞希さんもその中の一人だし、きっと僕もその中の一人だ、普通の子を意識している身にとっては不本意だが。

 

 

家の近く、そこにはおばさんの姿があった。手にはシンセサイザー……

 

「シンセサイザー?」

「あら、歩くん、おかえりなさい。早かったのね?」

「ああ、えっと。ただいま帰りました、おばさん…そのシンセサイザーは?」

「ああ、コレ?まふゆの部屋に置いてあったから、捨てるのよ」

 

また段階を飛ばして行動してる…稀に見られる突飛な行動の一つだ、まふゆの確認も取らずにそれが最善だと信じて疑わない所。

 

「えっと…まふゆの部屋にあるって事は、私物ではないでしょうか?」

「え?勉強で忙しいのに、必要あるかしら?」

 

コイ…本気で言っているのだろうか?彼女は。息抜きもせずに根なんて詰めたら潰れることくらい誰だって…。

 

「そう、ですかね?確かに忙しい時期ですけど、それでも根を詰めるのは良くないと思いますが…医者を目指しているんですよね?音楽も重要と思いますよ?」

 

まふゆが目指しているのは医者だ、そんな難関に挑む人間に対して、軽率に趣味事をやめさせたりモチベーションを削る行為を行うのは如何なものかと思う。

 

「…確かに、歩くんの言う通りね。でも、今のまふゆには必要ないでしょ?それに、その時になったらまた新しいのを買えば良いじゃない」

 

……本当に分からない人だ。確かにまふゆを思いやっているのに、それがまふゆの為になるとは到底思えないものばかり。おばさんの学生時代に趣味というものは存在しなかったのだろうか?

 

「そう…ですね。すいません、食い下がってしまって」

「良いのよ、分かってくれたなら。それに、まふゆの事、心配してくれているんでしょう?」

「…ええまぁ、幼馴染ですので」

「ありがとう。きっとまふゆも喜んでいるわ…あなたもお勉強、頑張ってね?」

「はい、それでは」

 

そう言って心にも無い会話を切り上げるように頭を下げ、そのまま自宅に帰る、玄関に立ったまま考えるものは、まふゆのシンセサイザー。

 

「そう言えば……作詞、してたんだっけ」

 

 いつかの日に紙に書いていた言葉が印象的だった事を覚えている。書写でも小論文でも、ましてや数式でもない、妙に感情的な言葉の並びを。

 自分にはできないソレを、羨ましく見ていた事を覚えている。

 

「なら、アレはあの子にとって大事な物で、ソレを捨てようとしてる所、きっと見てるよね」

 

じゃあ、あの子の状態は、危険……?でも、あの子は部屋で…。

 ふと、二人のミクが言った事を思い出した、『あの子のセカイ』と『セカイへ行く方法』。

 手に持ったスマホのプレイリストを見る。灰色のセカイはおそらく、下に書かれた『untitled』。

 

「……探さ、なきゃ」

 

自分の事とか、あの子が壊れた理由とか、そんなのは二の次だ、救うって、約束したんだもの。何もわからずに、まふゆが消えて欲しくない。

 無題の音楽を再生し、目を閉じた。

 




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Rarqa様。誠にありがとうございます。
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