【完結】もしもし、アクアくん?〜女優探偵の事件簿〜   作:ねこのまんま

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⑩ 第5話 演技(前編)

 12:10

 

「殺されたかもしれねぇ、って……いきなり何を」

「ですが、そうとしか思えないんです。プロデューサー一人しかいない空間だとしたら、おかしなところがあって」

「誰かいたって言うのか?」

「ではなく、コテージの外から……」

 

 あの後その足でカントクのコテージに3人で向かって、見てきたことをあかねちゃんが話していた。

 カントクの反応は当たり前だけど『何言ってんだコイツら』という顔だった。

 それでも、真剣に話すあかねちゃんの言葉を聞いて、だんだんカントクの表情が変わっていくのを見て、やっぱり話す人が誰なのかって大事なんだなあって思った。

 多分ここで私が話しても、またバカなこと言ってると思われて終わってただろうから。いや、ひどくない?

 

「プロデューサーの体調の管理が行き届かなくて、ショックを受けている俺を慰めるための雑な嘘……ってわけでもなさそうだな。

 黒川、いや3人ともか。さっきちゃんとお別れしたいからとか言ってたけど、初めから調べるつもりでコテージに行ったんじゃないのか?」

「……えっと」

「最初っから疑ってないと調べようと思わないところまで調べてる気がするんだが」

「……はい、すみません」

 

 さすがにバレちゃった。髪の毛先を人差し指に巻きつけながらケロッとしているフリルちゃんと、成り行きを見てるだけの私に挟まれて、真ん中にいるあかねちゃんが本当に申し訳なさそうに頭を下げていた。

 

「まあ、それは良い。アクアもどうせ一枚噛んでるんだろ。で……誰がこんなことを。俺たち以外にこの島に誰かいるのか……?」

「んー、ここ来るとき渡航者リスト書きましたよね? あれ、ちゃんと帰ってきた時にもサインするって言ってた。帰る時置き去りにしちゃうことが無いようにっていう意図もあるかと。だからそんな人いないと思いますよ。あと、そんなサバイバルしてる人がここにいたとして、凝ったやり方でプロデューサーを標的にする動機が意味不明すぎません?」

「そうだよな、不知火の言うとおりか……だとすると、やっぱりあの4人のうちの誰かか……信じられん……」

 

 カントクだって、自分が依頼してきてくれた4人のスタッフの誰かがこんなことをしたって思いたくないんだろうな。

 信頼してるから頼んだわけだし。

 私としても、船で話した感じや今日の朝お話した範囲で、嫌な人だな、と思う人はいなかった。

 

 ……プロデューサーと関わりのあったカントクに気を遣って、あかねちゃんもフリルちゃんも言ってないだけかもしれないけど。プロデューサーの性格的に、裏方で仕事する4人はひょっとしたら、プロデューサーを恨むようなことがあったかもしれないかも。

 例えばADという仕事は、上に就く人間次第では人権を失うことを私は良く知っている。

 そんな仕事がらみの動機も、ありうるの……?

 

 そして、動機が分からない殺人が身近で起こったことに危機感を抱いたのは、当然私たちだけじゃなかった。

 

「事件だとして、これからどうするか。本来帰るべきところで帰れないわけだからな。……実はよ、推島の病院にも連絡した。そしたら、病院以外で死んだ場合は警察が見る必要があるらしいんだが……この天気ではまず来れそうにないと」

 

 え?そうなんだ……? 警察って自動的に来るんだ? でもあかねちゃんが予想していたとおり、風がやむまで来れないみたい。

 

「どうするかな……海上保安庁に離島避難を頼んでみるか……? いや、君らの話を聞いてて思ったけどよ、あんまり言いたくねえけど、俺たちも安全なんて保証は無いしな。殺されるほどの恨みを買ってるつもりはないが……」

「杞憂かもしれませんが、そう思います。だから……ルビーちゃん、さっき言ってくれたこと。お願い」

「うん。ねえカントク。このまま撮影の仕事は続行しない?」

「はぁ?」

「全員が視界に収まるようにして、かつ仕事を名目にみんなの自由時間を少なくした方がいいと思うんだ。次の犯行を考えてても準備とかさせないために!」

「おまえなぁ……企画者の一人がこうなったんだぞ?」

「これ、製作委員会方式ですよね? プロデューサー何人かいるし。やめる……と判断するのをおかしいとは言いませんが。それ、監督が決められるものでもないのでは?」

「いやいや、うーん、まあ確かに、でもな、不知火……」

 

 人ひとり死んでいる状況で、仕事も何もない。そんなカントクの常識的な判断をおかしいとは思わない。

 だけど、結局このあと2日間無為に時間を過ごしてしまうだけだし、犯人に一人で自由な時間を大量に与えてしまう。

 『無事に帰る』という最終的な目標を考えると、それは最適とは言えない選択に感じた。

 

 ここに来るまでにあかねちゃんとフリルちゃんに伝えた時も賛成された。

 

 あかねちゃんいわく、

『ルビーちゃんの言うとおり、犯人に自由時間を与えたくない。犯行後に仕事が中断になることまで犯人が予想してたか分からないけど……もし中止になると見込んでいた場合、撮影続行になったら慌てるかもね。たっぷりあったはずの自由時間が減らされたら、焦って大胆な行動をとるかも。尻尾が出たら儲けものかな。私たちも常に事件を追って調べまわるほどの手掛かりは無いからね。それに不知火さんの言うとおり、秘密兵器が動いている所は見たい。仕事がなくなると学校行く用事がなくなって、アレが動くところ見れないし』

 

 フリルちゃんいわく、

『暇はイヤだし、いーんじゃない?』

 

「うーん……誰かが、犯人なんだよな……一緒に働く、か……」

「怖い、という意味では『ヤバいことした人が警察が来るまで2日間野放し』という状況の方が怖いと思いますよ。ルビーの言うとおり」

「それは、そうだな……でも、もう今日は昼飯の時間だしな」

「じゃあさ! 宣材撮影と本番を入れ替えたら? 本来は今日本番で明日写真と予備日だよね、今日は写真だけ、明日本番撮影にするとかどう?」

「そうだな、確かに。どうとでもなるか。あと、自由時間を少なく……というなら、撮影以外でも全員に事件の事話して一か所に集まってた方がいいか?」

「……それは少し考えました。『これ以上何も起きないように』という目的のためなら、確かにひたすらお互いを監視するのが理想のような気もしますが……深夜帯やシャワーとかはどうするのかとか、お互いの監視にも限界がありますし、監視されていると犯人が自覚したら、それを掻い潜ろうとしてさらに事件が複雑化しかねません。『プロデューサーの死は他殺です』ってことはスタッフの誰にも言わない方がいいと思います。私たちはお互いある程度知っている仲ですからいいですが……スタッフ同士で『誰かがこの島で殺人をしている』という認識を持つと、この場に要らぬ疑心暗鬼も招きます。他殺の可能性を話してしまうならもう仕事は出来ないと思ったほうがいいです。高ストレス下では治安低下の懸念もありますし……スタッフからしたら私たちも犯人候補になります。調査しようとしている私たちが監視対象になりたくない。それに、自然死だと私たちが思っている、というのは犯人にとっても心理的な隙になるはず。まだバレていない、と思えば今後の犯行の準備、或いは……証拠の隠滅に、ほんの少しはほころびが出るかも」

「な、なんか黒川すっげぇ考えてるなあ……一理あるけどよ。俺たちは警戒できるけど、犯人以外のスタッフは事件すら知らないから無防備だろ。彼、彼女らの安全だって考えなきゃならねえ」

「そうですよね、犯人以外の方々の安全も考えると……仕事以外の時は、コテージのあるここ一帯で待機するよう伝えた方がいいかと思います。あまりフラフラしないように、と。

 不自然じゃない程度に一箇所に集まるようにしましょう」

「……そうだな……その辺が落とし所か。じゃあせめて俺は自分のコテージにいるようにする。一応一箇所から全体を見渡せるし、常に警戒しとくよ」

 

 あかねちゃんの回答だけはものすごく長くなってたけど、全部、私の提案を聞いた後、それを踏まえてこのコテージに着くまでの短時間であかねちゃんが考えていたことだった。

 カントクというこの場の責任者が、どんな不安を抱き、どんなことを提案しようと思うかを見越したうえで、想定した質問に対してこう答えようって、私たちに事前に言ってくれていた。

 犯人ではないスタッフの人にとって。調べようとしている私たちにとって。カントクにとって。誰にとっても一番いい方向に持っていこうと。

 

「って、ちょっとまて。『調査しようとしている私たち』? 明後日には警察来るけど、まだなんかやるのか?」

「犯人が分かれば、対策の取りようもありますから」

「調べているのを気取られたら犯人に目をつけられるかもしれないだろ。危ねえんじゃないのかそういうの」

「だから、私たちは事件に気付いていないふりをするよ! カントクもうまく演技してね」

「お前らな……とにかく、分かった。嘆いて仕事が停滞してもプロデューサーは帰ってこないしな。実務的に正直、ここで撮影終えてないと困るのは事実なんだよ。待ってろ、他のプロデューサーに相談するから。えーっとスマホは……」

 

 カントクが私たちに背を向けて、しまったスマホを取り出すためにゴソゴソと後ろにあったカバンを漁る。

 奥の方にスマホが行ってしまったのか、カバンの上の方にあったアルバムのようなファイルを一旦どかすため、カバンから出されて机の上に置かれた。芸能関係者の大量の名刺が入っている、カントクの名刺入れだ。

 重すぎて、ドン、と置かれた衝撃のせいか、中途半端にファイルに挟まれているだけだった紙がヒラヒラと私たちの前に落ちてきた。

 このヘンテコな大きさ……亡くなった武田プロデューサーの名刺だ。昨日船で名刺をもらった時の困惑を思い出す。

 目の前に来たそれを拾って、カントクに差し出した。

 

「あっと、すまんルビー、サンキュ。デカいし名刺入れのポケットに入らないから挟み込んでてよ……どうした?」

 

 カントクに差し出していた真っ白な名刺。その名刺の、自分の指の長さと比べた大きさを見て。

 

 あれ?この大きさ。この四角形。何かを思い出すような……。最近、こんな話題で話をした気がする。それも、大きさを自分の指と比較しながら……。

 

 急激に、歯車なのか、ジグソーパズルなのか、頭の中でガチっとはまった。

 

「あーーー!!これ! コテージ床下のへこみ! 絶対これだ! プロデューサーのデカ名刺!」

「……」

 

 ポカン顔のカントクとは対照的に、横にいるあかねちゃんが目を細めて私の手元にある名刺を見つめてきた。

 プロデューサーの名刺が、台風の後に、中から鍵がかかり続けていたコテージから外に出て床下に落ちていたとしたら。

 あかねちゃんたちが推理した、ドアの隙間から水を出したという仮定を補うものだ。もう確定……なのかな。台風の前、例えば昨夜うっかり落としたものだとしたら、台風に洗い流されているだろうから。

 

 それに、コテージの入り口に軽いものが集まっていて、名刺のようなさらに小さく薄いものは流れに乗って吐き出された、というのは納得できる。

 

 だとしたら……犯人が、それに気づいて持ち去った?

 犯人が気付かず、ほかの誰かが気付いて、ゴミ拾い感覚で拾っただけ?

 いや、私たちのように事件に気付いた人間でなければ床下の柱の陰なんて見ない。カントクだって言ってた。そこに何かあるかもって思わない限り調べるような場所じゃない。

 犯行直後に犯人が持っていったんだ。

 

 横を見ると、あかねちゃんと目が合った。小さくうなずいている。

 私と同じことを、あかねちゃんも考えているはず。

 

「あー……返してもらっていいか?」

「あ、ごめんカントク」

 

 もう他のプロデューサーに電話を終えたカントクが手を伸ばしてくる。

 慌ててカントクの手に大きい名刺を返した。

 

「他のプロデューサー……まあ一人は鏑木さんだけどよ。事件だ、なんて伝えてないが……やれるならやった方がいいってさ。よりにもよって俳優が君ら三人だから、予定を同時にもう一度確保する労力を考えたんだろうな。でも当たり前だけど事故んないように……プロデューサーが亡くなった後も撮影して誰か怪我したなんてなったらもう目も当てられないから。このドラマがポシャりかねん。損害考えると気が狂いそうだ」

「まーそりゃそうだよね」

「まったく……この島選んだのは武田さんなのに。まあでも、ビジネス的な意味でも、次の事件を未然に防ぐ意味でも、やっぱりこの件は調べた方がいいのかもな。若い君たちに危ない事させること自体は間違っていると思うが……」

「いえ、五反田監督は外との窓口ですし、この場所から動きづらいでしょうから。それに、そう言うことでしたら……お願いなんですけど。私たちを含む、全員のGPS情報を追跡できるようにしていただけませんか?」

 

 GPS?あかねちゃんの言葉に、またカントクが首をかしげる。

 確かに今どきのスマホには全部GPS機能があるし、例えば無くした時も、それを使って何とかスマホがどこにあるか見つけることが出来るけど……それのこと?

 私たちが持たされている赤い仕事用のスマホにも確か同じ機能があったはず。

 

「GPS情報?」

「はい。私たち全員、五反田監督のパソコンから業務用スマホのGPS情報を追跡できるようにしましょう。私たちの調査で何かあったとしても、五反田監督には現在地が分かりますし。それに……他のスタッフの行動も、追えるようになりますから。撮影が終わった後に自分のコテージから離れる人がいたら分かりますし」

「さらっと怖いこと言うな。けどそうだな、今とりうる一つの手段か。でも君らもそうだけど、これを常時手元に持ってるわけじゃないだろ?」

「『安全のために持っててくれ。GPSも追跡できるようにする』と言っていいと思います。犯人にも牽制になります」

「そんなこと言って、もし犯人が次の犯行を考えていて、その準備をするときに自分のコテージにスマホを置きっぱなしにして位置情報を攪乱してきたらどうする?」

「まったく位置情報に動きを見せないな、と思ったら目視で様子を確認願えますか?」

「おいおい……」

「お願いします。私たちでは、出来ることが限られてますので……もちろん限界があるのは承知です。それと……軽トラの鍵、今後は五反田監督が常に携帯してください」

「そこまでするのか……分かったよ。とりあえず、他のスタッフ呼ぶか。昼飯がてら話そう」

 

 どうやらこのスマホはデフォルトでGPSの情報は得られているらしくて、あとは追跡するパソコン側の設定で済むそうだ。カントクも、パソコンに今からでも地図データを時間をかけてもダウンロードしておく、と言ってくれた。

 もう一度支給スマホを手に取り何かをフリック入力しているカントクも、この大きさを片手で操作することは出来ないようで、左手に乗せたのを右手で操作していた。

 ピコン、と音がしたからグループチャットを開く。横の二人も同じようにスマホを見ている。『共用コテージに12時30分に集合。昼飯食いながら今後について話す』という、たった今送られたカントクからのメッセージが届いていた。

 カントクのスマホをのぞき込むと、直ぐに既読数が増えていき、6まで上がった。

 

「とにかく、俺から話すよ。大丈夫かな。いや、俺から『やれ』といえば皆仕事だから動いてくれるけどさ。やっぱり人が亡くなった直後でみんなショックを受けていて士気が低い訳で……」

「仕事しよう、という気持ちにさせればいいんですよね。うーん、それなら何とかできないか試してみましょうか? 上手く行くか分かりませんが」

「なんとかって? 不知火、何するつもりなんだ?」

 

 え?何をするつもりなの?

 ここまであまりしゃべらなかったフリルちゃんが言ったこと理解できないまま、昼食の時間が始まった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 12:30

 

「うええ……グスッ……こんっごんなっ……ことにぃ、なる、なんてぇ……ひっく……おもってぇ、ううう、なくてぇ……」

「「「「「「!?」」」」」」

「わだ、しが……あのとき、ちゃん、ひっく、と、プロデューサー、おこして、れば、ぐすっ……」

 

 あんぐりと口を開けるカントク。スタッフ四人。そして私。みんな揃って、ベソベソ泣くフリルちゃんを見つめていた。

 

 カントクがメッセージを送った後、スタッフたちは時間までに共用コテージにやってきた。

 意外にもって言ったら失礼だけど、朝ちょっと寝坊した馬場さんが、カントクのメッセージの後すぐに来て。少し経って高坂さんと山県さんが同時に入ってきて、12:30になる直前くらいに映像担当の……えっと……内藤さん?が到着した。

 

 そして、8人全員揃った時にプロデューサーが亡くなったことを改めてカントクから伝えた後に、突然ボロボロに泣き崩れるフリルちゃんを見て、何が起こったか分からず固まる面々。

 だけど一人だけ、固まらずにその動きに同調する人がいた。

 

「大丈夫、不知火さんのせい、じゃないよ……」

 

 フリルちゃんの横に座るあかねちゃんが、グズグズ泣く肩を横から抱きながら、涙を一筋。

 ああ……フリルちゃんみたいな泣き方も効くけど、あかねちゃんみたいな静かな涙も結構見ている人に訴えてくるんだよなぁ……。

 

「きのう、プロデューサー、このドラマ、撮影しだ、ひっく、いって……撮りた、いって、意気込んでて……」

「うん、うん……」

「こん、なの……やだ…よ…武田さん、と一緒に、グスッ、ドラマ、撮りたかった、のに……うええぇぇ、ううう……」

「そう、だよね、プロデューサーのおかげでこのロケが出来てるんだから……せめて、作品は残したい、よね……」

 

 声を震わせて顔を手で覆いながら話すフリルちゃんを、子供をあやすように背中をさするあかねちゃんに倣って、私も恐る恐る肩をさすった。

 一歩間違えればものすっっっごくわざとらしいのに、二人の泣き方、声の抑揚、呼吸のテンポ、しゃっくり、何もかもが本当の感情のようで。

 

 ハッ!? この流れ……! 私も二人に合わせて泣いた方がいいのかな!?

 出来る、自分を信じるんだ。私なら出来る。ここで見せるんだ。現場で先輩にイビられた15年の嘘から、着実にステップアップしている私の演技を!

 

「……っ、くくっ…………」

 

 スタッフ四人は驚いてオロオロと困ったようにしてる中、早めに正気に戻ったカントク1人が下を向いて肩を震わせているのを見て、私の出かかった涙もあえなく引っ込んだ。

 

 ちゃんと合わせてよカントク! なに吹き出しそうになってんの!

 

「ゴホン、あー、食べながら聞いてくれ……とんでもないことになっちまったが……先ほど、他の二人のプロデューサーに連絡した。一人は任せると。もう一人、鏑木さんだが、帰れないなら、出来れば撮影を安全に続行してほしいと。そういう返事が来た。

 武田プロデューサーのことは全部俺の責任だ。朝の段階で無理にでも起こすべきだった。皆で帰るとき、一緒に遺体も帰れるように手配もしてある。

 そして……二日間みんなの時間をもらっておいて何もしないのもアレだから……撮影はしようと思う。皆、ショックを受けている中申し訳ない。よろしく頼む」

 

 頭を下げるカントク。鼻をすするフリルちゃん。静かに見守るあかねちゃん。色々とタイミングを逸して最適な表情を見失った私。

 今は今で異様な雰囲気になっちゃったけど、フリルちゃんたちがしんみりした雰囲気を壊してくれたおかげで、撮影の仕事を続ける方針については前向きな反応が得られそうだった。

 

「このドラマ、放映は来年初夏ですよね? キャストのお三方の予定が同時に数日嵌まるのは今後無い可能性の方が高いし……良いんじゃないですか?」

「了解っす。おっしゃるとおりにしますんで」

「朝にカメラ調整してあるので、いつでも大丈夫ですよ」

「わ、私も大丈夫です! お仕事のために来てますし……五反田監督が決めたとおりにしますから!」

「ありがとう。じゃあ、今後のためにいくつか連絡する」

 

 撮影は今日宣材撮影をして、明日本番にすること。

 これ以上怪我も含めて人的被害が無いように、撮影の時以外、海辺とか島の辺鄙な所には、危険だから行かないでほしいこと。

 撮影時間以外は自由にしても良いけど、皆が無事か確認できるようにGPSで追跡する。出来るだけスマホを持っていてほしいこと。

 

「もっと具体的に言うと、空き時間は基本的に自分のコテージで待機していてくれ。完全に制限なんてしない。自分のコテージから離れる時は俺に一報入れてくれたらそれでいい。ルビー、特にお前だ」

「えー!?」

「昨日の夜ふらふらしたんだろ。こういう状況だし、ちゃんと見てるからな。危ないことすんなよ」

「分かってるよ!……ちゃんと、スマホ持つから」

「あとそのスマホ、借り物なんだから壊さないようにな。武田さんのも回収したけど、いずれ返すんだから」

「はーい」

 

 このやりとりは事前に示し合わせていたことだった。

 私に対してスマホを持つよう釘を刺す。それを素直に私が頷く。

 GPS追跡のためにスマホ常備は流石にやりすぎじゃ?という空気が出ないようにするために。

 

「しかし五反田さん……撮影は賛成ですが、ちょっと困ったことが」

「ああ、内藤さん、何ですか?」

「グラウンドの水は例のポンプで吐き出せると思うんですけど……朝見た時、予想してたよりも泥でぬかるんでるなと思いまして。台車が通れない場合、照明を運べるかどうか……高坂さん、いかがですか? 校内薄暗かったですけど、撮れます?」

「出来なくはないです。大型ストロボ持ってきてるので……光が一方向からになっちゃうので、照明はもちろん、あった方がいいのですが。元の予定どおりグラウンドで撮る選択肢もありますが」

 

 ストロボ。フラッシュの事だよね。ミドジャンでグラビア撮ったこともあるし、ストロボの光を浴びる事なんて慣れてるけど、眩しいし、ずっとやっていると目がチカチカしてあんまりいいものじゃない。

 暗いと撮影が難しいことも何となくわかる。夜景をバックに撮った時は、『だるまさんが転んだ』をやっているかのようにピタッと何秒も体を止めさせられたし、それでもブレてるからやり直しの時があった。

 学校の中は結構暗かったけど、大丈夫かな。でもせっかく中入れるのに、地面がぬかるんでるグラウンドで撮るのはなあ……。

 要するに、学校かつ屋外で、グラウンド以外で撮ればいいんだよね?どこかそういう場所が……。

 

「あ、そうだ! もし現地に行って、出来そうならですけど。撮影場所、校舎の中から変えませんか?」

「変えるって……ルビー、どこにだ?」

「えっとね……」

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 13:00

 

「ふう……とりあえず、こんな所でいいか?」

「はい、ありがとうございます」

「黒川も……不知火もよくやるよ。こっちも悪気はないけど、相手を疑って、そして騙すように話すのは精神的に疲れるな……」

「すみません、ご苦労をおかけします」

 

 スタッフ4人とも準備のために出ていった共用コテージで、カントクが椅子に深く座って、ギシギシ音を立てながら背もたれに上体を預けた。

 両手で顔をごしごしとこすって、大きく伸びをしたあと、あかねちゃんにさっきの話し合いについて、大丈夫だったか確認してる。

 

「ふぃー疲れた。ねえ、反応どうだった?」

「え?何の?」

「私と黒川さんがウソ泣きした時の皆の反応。私ボロ泣きしててよく見れなかったから」

 

 スタッフが全員退室した瞬間、フリルちゃんは人が変わったかのように泣き止んだ。

 今は椅子に座って濡らしたハンカチを目に当てていたけど、私が隣に座りなおした気配を感じたのか、ハンカチを取り払ってこちらを向いて聞いてきた。

 あんなに泣いていたのに、もう目の充血は収まりつつあった。

 

「どう、って……」

「例えばさ、撮影続行に焦ってそうな人いた?」

「あ……いや、どうだったかな……皆、淡々と仕事続行を受け入れていたと思うよ……?」

「私も、特に変わった反応している人は見受けられなかったかな」

 

 カントクの隣に座っているあかねちゃんが、少し離れていたところから、私に重ねるように言ってきた。

 スタッフは皆、カントクが言うなら……という反応で、すぐにでも現場に向かえるという態度だった。

 仕事に真摯ともいえるけど……犯人視点だと、プロデューサーを殺害することを見越しながら、淡々と並行して仕事の準備をしていたということ?

 私たち顔負けの演技派なんじゃないだろうか。

 

「じゃあ、私が泣き始めたあとは?」

「……みんな、驚いていたけど」

「まあそうだけど。なんていうか、驚き方って言うのかな。急に泣いたことじゃなくて、武田プロデューサーをこんなに慕う若手の女性タレントいるんだって驚く人いないかなあって」

「どうして?」

「プロデューサーの普段の態度とか、ハラスメント気味なところで怨恨を抱いている人がいたとして、それが動機だとしたら。その人から見たら、私のボロ泣きは意外でしょ?」

「確かに、でも、うーん……どうだったかな。分からない」

「そっか。仕方ないね」

 

 そんなところまで見てなかったんだけど。

 事件解決が出来るとしたら、あかねちゃんが中心を担っていくのかなと思ってたけど。フリルちゃんも変化球な着眼点で取り組んでいるなぁ……。

 私は何が出来るんだろ。

 面白おかしく探偵ごっこをしているつもりも無いし、競っているわけでもないんだけどさ。

 

「まあ泣くなんて事前に言ってなかったからね、ごめんね。でも黒川さんが受けてくれたのはさすが。嬉しかった。これで多分、誰が犯人でも、私たちはプロデューサーの事に何も違和感を抱いていないと思ったはず」

「ううん、不知火さんが何かやりそうだったのは分かってたし。それよりも……ふふ……ルビーちゃんが演技を受けようとしたのに出来なかった時の表情……んふふふ、ふふ……」

「なぜ笑うんだい? ルビーの演技は上手だよ」

「しょうがないじゃん! カントクがなんか下向いて笑ってんだもん! つられなかっただけ偉いよ!」

「俺のせいかよ!?……はぁ、さてと。君らも準備しろよ。衣装とかあるだろ」

「はい」

「ですね」

「はーい」

 

 カントクの声がかかって、皆席を立つ。

 これからカメラに映るとき以外は常備することを約束したスマホを肩から下げて、ペットボトルを傾けて一口だけ水を飲んだ。

 

「ん?スマホのロック開かない。誰か間違って持ってない?」

「え?あ! ごめん、私かも!」

 

 何気なく手に取ったスマホは私のものじゃなくて、間違えてフリルちゃんのを持っていた。

 このスマホ、支給されたのは全部揃って色も大きさも同じで、渡されたのも直前だったから、キーホルダーを付けるタイミングとかも無くて。

 つまり、みんな見た目は同じで見分けがつかない。ポケットに入らないものだから、食事の時とかみんな机の上に置いたりしているので、昨日の夜も他の人のとうっかり間違えそうになった。

 

「そうそうこれ、朝とったメイキング動画が保存されているやつ」

「メイキング動画?」

「そっか、黒川さんいなかったよね。プロデューサー起こしに行った時、その様子を撮ってた。ルビーが言ってたいびきとかも入ってるんじゃないかな」

「!!……見せて」

 

 よほど動画が気になったのか、フリルちゃんが再生し始めた動画を横から見ていたあかねちゃんが、いつの間にかスマホそのものを受け取って、ほとんど瞬きもせず、今朝のメイキング動画を見続けている。

 私の山県さんへのファンサ。開かないコテージ。その周りを調べる男性スタッフ達。反応のないプロデューサー。風に乗って聞こえたいびき。

 時間が巻き戻ったかのように再生された、あの一連の出来事。

 

 決して短い動画ではなく、後ろでカントクが時間を気にしてそわそわしていたのを感じて、あかねちゃんは途中で見るのをやめた。

 でも、いびき自体が聞こえ始めるところまでは動画を見ることができて、何か考えるように目を閉じながらフリルちゃんにスマホを返した。

 

「五反田監督、お願いが」

「ん?」

「今の不知火さんの動画、プロデューサーがこの時間に生きていた証拠になります。必要になるかもしれないので、バックアップでコピーを持っていてもらえませんか? 端末間のデータ通信機能で……」

「んん? まあ、構わねえけど。俺でいいのか?」

「はい……お願いします」

「そうだね、こうなった以上貴重な動画になったかも。じゃー監督、私から送りますね」

 

 すぐにフリルちゃんが準備をして、監督のスマホに向かい合うようにスマホをセットする。

 通信電波を使わずにやり取りできるからか、長い動画データなのに意外と早くその作業は終わった。

 

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