【完結】もしもし、アクアくん?〜女優探偵の事件簿〜   作:ねこのまんま

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⑪ 第5話 演技(後編)

 13:30

 

「わー!すごーい!」

「いい景色だね、でも地上より風がすっごいなぁ」

 

 

『えっとね、もし行けたら屋上で撮影しない? 昨日帰り際、音楽室とかの近くにさらに上に行ける階段を見つけたから』

 

 

 お昼ご飯の時、私から変更しようと提案した撮影場所に続くドアは、やっぱりいつも風を浴びてるからなのか、半壊していてドアの体を成していなかった。

 二階建てだから大して高さは無いけど、学校自体が高い所にあるからこれだけ遠くを見渡せる。

 

「良かった、ここなら難しい設定にしなくても良い写真撮れそうです」

「それは良かったですねぇ。照明なくても何とかなりそうかな?」

「それは良かったっす。この風の中レフ板持つのは風圧がしんどいすけどね」

「それは良かったです! この風の中だとヘアセットすぐに乱れそうですけどね……」

「ごめんなさい、みなさん……カメラマンとしては良い現場なんですが、ご苦労おかけします」

「いえいえ、そのためのADなんで」

「そのためのスタイリストなので!」

 

 なんだかスタッフ達も仲良さそう?変わった環境で仕事しているとすぐに仲良くなれるのは何となくわかる。

 字面だけだと恨み言みたいだけど、そう言ってる表情はみんな柔らかく笑っている。

 プロデューサーが亡くなったことは不幸なことだけど……良い雰囲気の現場だな。楽しくやれそう。

 だから、演技をするのも疲れるし、いっそ忘れてしまうことにした。

 

 この中の誰かは、プロデューサーに対して手の込んだ殺人を犯したということを。

 

「よし、準備を頼む。山県さんは衣装とかの最終チェックを」

「はいはーい!」

「いや、無事に使えてよかったですねぇ、秘密兵器」

「そうですね……武田さんに感謝しないとな。内藤さんも操作ご苦労様です。随分テキパキ動かせてましたね?」

「初めてですけど、マニュアル見ただけですよ。まあ機械いじりは結構好きですし」

 

 グラウンドと貯水槽の水は、持ってきていたポンプのお陰で、学校外周の崖の下に流されていった。

 アコーディオンのように畳まれていた半透明のホース?は伸ばすと単体で20mくらいで、五つくらいあったそれを金具で接続して距離を伸ばして。それをポンプに繋いで起動すると、浮き輪で水面に浮いたポンプがものすごい音を立てて水を吸い取って、繋がれたホースから外に流していた。

 ポンプ自体には、専用の防水のバッテリーがついているようで、持ち運ぶだけで使えるらしい。

 

『黒川さん、あれ、使ったと思う?』

『うーん……可能性は高いと思う』

『何で?』

『ホースの中が、使われる前から少し濡れていた。もし使ってたとしたら、流石に犯人も拭ききれなかったのかな。乾きにくいだろうし』

『ふうん? 台風で濡れたんじゃ? あとそうだなぁ……結露、なんてことは』

『それでもホースの奥の方まで濡れてるのはおかしい。あと結露は温度差で発生するもの。ずっと屋外にあったものは結露なんてしないよ』

『確かに。じゃあ……本命と見ていい感じ?』

『どうだろ……この後の調査次第かな』

 

 働いているポンプとホースを見ながら、あかねちゃんとフリルちゃんが額を合わせるように私の隣でヒソヒソと事件の事を話してた。

 

 

「不知火さんお疲れ様です! じゃあ次は、三女『雨音』を後ろから抱く長女『氷雨(ひさめ)』をお願いします」

「よし。不知火、少し日陰で休め。水飲めよ」

「はい」

 

 山県さんがしてくれた薄めのメイク。今回はしっかりと整える感じじゃなくて、すこし垢ぬけないキャラクターだった。

 そんな私に、あかねちゃんが後ろから抱き着いてくる。

 

(あっっっつうううぅ~~……背中燃えそう……)

 

 あかねちゃんは……冬服だった。

 この日差しの中、厚手のコートを着て撮影に臨むあかねちゃんだけど、本当に汗をかいていない。

 大丈夫なんだろうか。熱中症で倒れないのかな。

 屋上を提案した時は良い案だと思ったけど、この衣装のあかねちゃんを直射日光に晒すことになってしまったのはすごく申し訳ないと思った。

 まあでも、元々はグラウンドで撮影の予定だったし、大して変わらない……?

 

 涼しい夏衣装の私が、あかねちゃんに抱きつかれた途端汗ばんだのが恥ずかしくなってくる。

 

「いいですね! テスト行きまーす!」

 

 そのまま撮影が進んでいく。左から撮られている絵だけど、あかねちゃんは顔を私の頭の右側に持ってきている。

 だから、写真ではあかねちゃんの表情は、私の顔に隠れて見えないアングルになってる。

 パシャッという音の後に続く、強い光とピピピ、という音。結局ストロボ焚いている?

 

「悪くねえけどもう少し顎引いていい。目元が少し陰になるくらいで。日が高いから柔軟に変えて、自分なりに愁いを見せられる表情をしてくれ」

 

 カントクからも注文が飛んできて必死にこなすうちに、交代になった。

 

「なんで明るいのにストロボ焚くんですか?」

 

 私とあかねちゃんの構図が終わって、もう一度フリルちゃんを撮っている高坂さんに、邪魔になるかもだけど気になったから聞いてみた。

 隅っこの日陰ではあかねちゃんが脱げる限界まで脱いで、汗を拭きながら水を飲んでいる。レンズが自分から目を背けた瞬間、止めていた汗が流れるらしい。一流の女優になるためにはこれができないといけないの……?

 

「ストロボですか? これはですね……真上の太陽の光だけだと、体や服の凹凸で黒い影が出来ちゃうからですね。カメラからも光を当てないといけないんです。レフ板だけじゃ足りないところを確実に補えるので」

「へぇ〜」

「これしないと、目の下とか暗くなりすぎてクマみたいになっちゃたり、頬骨の影が浮き出て貧相に見えたりしますよ?」

「えーそれはヤダ」

「ふふ、発光の出力は抑えてますから」

 

 普段の撮影でも、四方八方から照明を浴びて、さらにフラッシュも焚かれるのは何でだろ?て思ってたけど、今更納得した。

 写真なんてスマホでシャッターボタン押せば撮れるけど、結構複雑なのかなあ。パシャって撮るだけなのに、私とプロじゃ出来上がりが全然違うし。

 

「よし、不知火もいったん休憩だ。高坂さんも休んでください。出ずっぱりじゃないですか」

「ですが、早く終わらせませんと……暑い中での撮影が延びたら良くないですし。特に黒川さんは……」

「いえ、私はこまめに休ませていただいてますから。大丈夫ですよ、ありがとうございます」

「じゃあ……少しだけ、お言葉に甘えますね」

 

 カントクが私たち女優(特にあかねちゃん)を暑い中連続で撮影に臨まないように配慮しているのは感じていたけど、スタッフの体調も気にかけて声をかけている。

 確かに交代していた私たちと違って、ずっとひなたに居続けた高坂さんの負担も大きいはずで、日陰に移動して私の隣に座り込んだ時、少しばかり疲労感が表情に浮かんでいた。

 

「ふう、ちょっと疲れた……星野さんもお疲れ様です。一番暑い時間帯で、大変ですよね」

「私はちょこちょこ休めてますから! それに朝とか夕方だと、太陽が低くて目を開けるのが大変で……暑くてもこの時間の方が良いかなって!」

「ふふ、確かに。逆光は撮影が難しいですから、必然的にモデルさんが太陽の方向を見ることになりますからね……星野さんはモデルのご経験も多そうですね」

「はい! 『B小町として』以外だとミドジャンとかやったかなぁ?」

「雑誌でしたか。ドラマや映画の宣材はまた別のやり方になりますが……今回は本番以外にも宣材を撮る時間をいただけてありがたいですね」

「そうなんですか?」

 

 一口水を飲んで、ふうっと息を一つ漏らした後、微笑みを浮かべてこちらを見た。

 

「ビデオカメラも回っている現場で撮るものですからね、スチールカメラ」

「へー……? あ、確かにそういう人、これまでの現場にもいたかも」

「タイミングが本当に難しいんです。演技中の場面を撮っていいのはテストの時だけ。シャッター音が入っちゃいますから、本番中は撮影禁止。

 で、ポスターとかの写真を撮りたくても、たった一人でも写真の中で背中を向けている役者さんがいたら使い物になりませんし……本番の隙間時間に空気を読んで一枚とらせてもらうんです。

 スケジュールが遅れて怒号が飛び交う現場でも、恐れず『一枚撮りまーす!こっち向いて!』って言って。撮影技術よりも空気を読む力と度胸が身についたかな」

「な、なんか大変そう……!」

「慣れると楽しいですよ。元々こういうの好きですから」

「ふうん。あの、写真を上手く撮るコツってなんですか?」

「ふふ……難しい事聞きますね? 永遠のテーマです……でもそうですね……星野さんだったら、例えばこの屋上からの景色をどんなふうに撮りますか?」

「え?うーん……」

 

 屋上から見える、緑の多いこの島と、水平線まで何もない太平洋と、台風一過で澄み渡ったきれいな空。

 どう撮ればいいんだろう……?

 撮るんだったら、無人島にいるからこそ感じる、抜けるような開放感と景色のダイナミックさを表現したい。

 それを感じるためには、海と空、片方だけじゃ伝わらないと思うから……。

 

「その……開けた感じを見せるために、水平線を真ん中に、島と海と空、全部撮るかなぁ……?」

「いいですね。じゃあそこに少しだけ小手先のテクニックを。水平線が真ん中だと、海と空どっちを見せたいのか分からない。

 開放感を表現したいなら、思い切って水平線を下から3分の1のところに。写真の上3分の2を空にします」

「え?それだとほとんど空じゃないですか?なんかバランス悪そう……」

「意外と望むものが撮れますよ? 逆に田園風景や花畑を撮る時とかは、上から3分の1を地平線にして、空を少なくしてますね。地面を表現したいから」

「へぇ~……」

「三分割法って言われてます。これの良いところは、特別な機材なんていらないところですね。スマホさえあれば誰でも、子供だってできます。是非ご旅行とかで試してみてくださいね。

 そして、上下だけじゃなくて、左右でも使えます。この三分割法は構図の基本で、ほんの一例ですが……結局、自分が見せたいものが何なのか。よく理解したうえで撮るのが大事ですね。……さてと、黒川さんさえよければソロを撮りましょうか」

 

 ふうん、面白いカメラテクニック聞かせてもらったなあ。帰ったらお兄ちゃんにも教えよっと。

 

 立ち上がった高坂さんの合図で、あかねちゃんが立ち上がって、それを見て山県さんも慌てて立ち上がる。

 

「この場所なんてどうでしょう。島の風景が上手く入る構図でいいと思います」

「分かりました」

 

 山県さんにまた冬服を着せられたあかねちゃんが、高坂さんに位置を指定されてカメラの前に立った。

 遠くに海と、私たちが寝泊まりしているコテージが見える屋上の際。そこに立って、首と上体だけ振り返ってレンズを見つめる構図。

 

『年の離れた妹が、近くに来たことに気付いた表情で』

 

 カントクと高坂さんの注文通りを受けたあかねちゃんの表情には、嬉しさ、優しさ、あとは……寂しさ、愁いも込められた、絶妙な表情をしている。

 ドラマではそういう場面だから、それを丁寧に再現してる。

 やっぱすごいなあ。

 

「星野さん、撮ってみますか?」

「え……!? いや、それはさすがに」

「なんだか、興味がおありのようですので。はいどうぞ」

「いやいやいや! え、お、重……! あの、これ、どこを押せば」

 

 高坂さんが何枚も撮っているのを横から覗き込んでいたら、まさかのバトンを渡された。

 こんなゴツくてボタンだらけのカメラ、どこ押せばシャッター切れるかもわからない。ってか重い……!

 

 その場で慌てふためきながら簡単にカメラ操作の指導を受けて、高坂さんがさっきまで撮影していた場所に立った。

 

「え? ルビーちゃんが撮るの?」

「う、うん……初めてだけど頑張るね……」

「んふふふ、うん。よろしくねっ」

「じゃあ撮るよ、お姉ちゃんこっち向いて!」

「もう、役に入っちゃってるの?」

 

 急にカメラマンが私に変わったからか、あかねちゃんもさっきのドラマでの一場面のような表情を解いて、自然なものになった。

 楽しそうで、嬉しそうで。ファインダー越しに見ている私も嬉しくなっちゃう、零れるような笑顔。

 ドラマのキービジュ素材としては分からないけど、単純に黒川あかねのポートレートとしてもイケそうな、素敵な表情。

 

 『自分が見せたいものが何なのか』が大事、か……うん、これだ。せっかく撮るなら、私がこの写真で見せたいのは、この表情。それも、一緒にこの島に来て見られたこの笑顔。

 でも私なんかじゃなくて、プロが撮ったらもっといい写真になるのに。

 

 

 

「見てたけどいい写真だったよ。私はルビーの写真を推すね」

 

 一枚だけ撮った後すぐにカメラを返して、近くで休憩しているフリルちゃんの隣に立った。

 私の撮影を見てくれていたらしく、撮った直後に液晶に映る出来上がりも横から覗き込んでいたらしい。

 

「そ、そうかなあ……プロが撮ったものの方が絶対に良いよ」

「それはもちろんそう。けど黒川さんのあの表情を引き出したのはルビーだしね。構図も何か玄人感あったよ。わざと黒川さんの顔を中心から外している感じとか」

「あはは……」

 

 真ん中じゃなくて、右3分の1くらいのところにあかねちゃんが立っている構図にした。左側には、この屋上から見える景色が広がっている。

 さっき教わった三分割?をあかねちゃんでも早速試しただけなんだけどね……。

 

「上手く言えないんだけど、黒川さんが真ん中に写ってるとさ、『この写真は黒川あかねの写真でございっ!!以上!!デデーン!!』って感じじゃん?」

「言わんとしてることは分かるよ」

「でも今の、真ん中から右にずらしてたよね。左側半分以上に大きく景色が写る構図だった。だから黒川さんだけじゃなくて、バックの景色もテーマになれてる感じ。『この場所はどこ?』『どうして黒川さんはこの島に来たの?』『一緒にここに来て、撮ってる人は誰?』って、写真を見た瞬間に前後の文脈に思いを馳せるって言うか。写真って時間を切り取ってるのに、不思議だよね」

「そ、そう?そうかな~?」

 

 やたらとベタ褒めしてくれるフリルちゃんに照れてしまうけど、直感的な内容をすぐ言葉にしてきたフリルちゃんの頭の回転の速さにもびっくりした。

 でもプロの高坂さんも褒めてくれた。私の撮った写真を見て目を丸くして驚いた顔をして、『星野さんの写真が採用されたらギャラお譲りしますね』と楽しそうに言ってた。

 それを聞いたあかねちゃんが『どんな感じなの?見せて』と言ってきたけど、『恥ずかしいから見ちゃダメ!』と断った。

 

「黒川さんも撮られ慣れてるなあ。見返りポーズが上手いとやっぱりいいよね。『いい男は背中で語り、いい女は背中で魅せるんよ』ってダチのグラドルが言ってたし……」

「え? みなみちゃんそんなこと言ってたの?」

「……っていうのは今私が適当に考えたウソなんだけどね」

「ワンチャンマジっぽいウソ言うのやめてよ! ちょっと信じちゃったじゃん!」

「あっ次ルビーじゃない? 黒川さんは長時間撮影できないからね。衣装のせいで」

「あ、ほんとだ……行ってくる」

「行てら。ルビーも脚長くてスタイル良いし、菜○緒ポーズとかやってみたら?」

「宣材で菜々○ポーズってどんなドラマ!? グラビアでもやったことないし!」

「……『真夏の夢はルビー色•••♩』」

「ちょっそれ昔のミドジャンのやつ! 見てたの!?」

 

 かわりばんこに撮影されて、時々一斉に休憩をとることを何度か繰り返しながら、撮影が進んでいった。

 それでもやっぱり屋上だけという訳にはいかず、レフ板を上手く使いながら校舎内でも撮影をして、もうすぐ終わりかなと思う頃。

 

(……?)

 

 あかねちゃんが、隅っこで誰かと電話している。

 支給されている大きなスマホじゃなくて、プライベートの緑色のスマホで。

 

 聞き耳立てるのは良くないことだと思いつつも何となく見守っていたけど、ほとんど話すことなくすぐに通話を終えて戻ってきていた。

 

 何だったんだろ?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 15:20

 

 「あち~……」

 

 写真撮影は総じて思ってたよりも順調に終わって、変更した予定どおり、肝心のドラマ撮影の方は明日ということになった。

 朝ショッキングなことがあったし、今日は軽めにしてスタッフ共々休ませようというカントクの配慮なんだと思う。

 

 なのに日差しが入って暑いコテージ内は、ゆっくりしたくても蒸し焼きになってしまいそうでまるで休めない。

 いい加減朝のビチャビチャな状態は終わって乾いているけど、わずかに残っている湿り気が蒸発してサウナ状態だった。

 

 朝には濡れて黒くなってた木の壁と床が、元の色に戻ってる。

 そういえば、木とか土とか、服とかも……なんで濡れたものって黒くなるんだろ?お兄ちゃんは知ってるかな?理系だし。

 

 大の字に寝っ転がっているけど、干からびてしまいそうでジリ貧だ。

 現に、室内干しだったにもかかわらず、山県さんが洗ってくれた私の服は完全に乾いた状態でさっき返却された。

 結局、涼しくなるまで外にいた方がいいのかな。

 

 それに……撮影終わり際のあかねちゃんの電話。この状況で電話って、お兄ちゃんだよね?

 

 あかねちゃんはこの事件をこの後も調べるって言ってた。

 何かするなら、夜になる前の今しかなくない?

 それに、何をするにしても、3人で一緒に行動しようってフリルちゃんが言ったし。

 撮影を終えて、コテージのあるところに降りた段階で解散になっちゃったから、あかねちゃんが今何しているのか、電話して聞いてみようかな。

 あるいはもう直接あかねちゃんのコテージに行こうか。どうせ暑いし。

 

 そう考えて体を起こそうかと思うと同時に、まるで見計らったかのようにコテージの戸が叩かれた。

 

「開けて。私」

「んぉ? フリルちゃん?」

 

 ノックの音に起き上がってコテージの扉を開けると、フリルちゃんが涼しげな格好で立っていた。少し息を切らしている辺り、小走りでここまで来たんだろうか。

 

「おつ~」

「どうしたの?」

「急いで」

「あ、え、何? ちょっ靴履くから!」

 

 手を掴まれて引っ張られるようにフリルちゃんの後を追う。無表情を装っているけど、何か焦っている様子だった。先ほどまで撮影していた学校跡の方へ登っていきながら、フリルちゃんが話し始めた。

 

「終わった後、少ししてから黒川さんのコテージに行ったの」

「あ! 私も行こうとしてたんだよね。3人一緒にいようってフリルちゃん言ってたし」

「そう。で、いなかった」

「え!?」

「黒川さん、撮影が終わる頃に誰かと電話してたよね。多分アクアかな。その後さ、コテージの方に帰るとき、途中で一瞬立ち止まってたの見た?」

「い、いや、知らなかった」

「お昼に私が『3人一緒に』って言った時も生返事だったし、事件に対しても前のめりでイケイケ過ぎる気がして心配だったからさ、ずっと黒川さんを見てた。何かを知って、何かに気付いたのかもしれない。そしてそれを私たちに言わなかった。黒川さんは今一人で気になったところを調べているのかもしれない」

「そう、なんだ。じゃあ普通に合流しよ? そんなに慌てなくても」

 

 つんのめりそうになりながら、熱を帯びた手で私の手を引くフリルちゃんの早歩きに必死で脚を合わせる。

 焦っている様子なのはさっきも見て取れたけど、その余裕のなさに、なんだかちょっと怒ってるような雰囲気すら感じる。

 

「黒川さんが立ち止まってたところ、道とか何もないただの森というか、藪だった。一人でその先に行っちゃってたら見つけられなくなる。五反田電波も届かないだろうし。なにより危ない」

 

『むき出しの自然を相手に、一人で行動したら危ないよ。』

 昨日、本人から言われた言葉を思い出す。

 あかねちゃんは自分で言ったことを忘れるような人じゃないし、そもそも昨日の私みたいに勢いで行動せず、必要が無ければそういうことをしない人……のはず。

 

 でも……。

 

「思いつめがちな人なのかな、黒川さんは。一人でしょい込もうとしてるから止めないと」

「あ、フリルちゃん見て!あそこ……!」

 

 フリルちゃんの言ったとおりだった。あと少しで学校に着くその手前に、さっきの撮影中の衣装ほどではないけれど、この暑さの中で長袖に帽子、首にタオルを巻いて、不自然なくらい重装備な人影が見えた。

 まっすぐ学校に上っていく道の、唯一直角に右に曲がるところ。その左側は鬱蒼とした森と藪で、そんなところに行って無事に帰ってこれるか分からない。

 私の手を離して小走りでその人に近寄っていくフリルちゃんに慌ててついていく。

 足音に気が付いて振り向いたその人は、私たちを見て驚いたように目を見開いた。

 

「黒川さん」

「え!? 不知火さん、ど、どうして……」

「それはこっちのセリフ。黒川さん、なんでこんなところにいるの?」

「……お散歩だよ?」

「この暑い中そんな養蜂家みたいな格好で?」

「……」

「撮影が終わった後ここで立ちどまってたよね。何か見つけた? この森の向こうにでも行こうとしたの? 危ないから私たちは置いていこうとした?」

「……あの、」

「はぁ、追いついた……! あかねちゃん……! 私には昨日あんなこと言ったのに!」

 

 フリルちゃんの問い詰めに畳み掛けるように呼び掛けた私を見て、あかねちゃんは観念したように目をそらして俯いた。昨日の夜私に言ったことを思い出して、流石に気まずくなった様子だった。そして、ぽつりぽつりとフリルちゃんが推測したとおりのことを話し出した。

 

 撮影からの帰り道、この場所に違和感を抱いていたこと。

 電話相手はお兄ちゃんで、この島の事を調べてもらっていた返事が来たこと。

 そして、この場所の奥に事件のヒントがあるかもって考えたこと。

 でもこの先、どう見ても険しい道のりで、何があるかもわからないから、私たち二人を連れていくのをためらったこと。

 例えば万が一虫や植物でかぶれたら、私とフリルちゃんは薄着だから明日の撮影の時問題になっちゃうけど、あかねちゃんの衣装は長袖だから肌が隠れて大丈夫だろうと考えたこと。

 

 一通り話したあと、あかねちゃんは首に巻いたタオルを使って汗をぬぐった。暑い服装でも撮影の時には流していなかった汗が、今はとめどなく流れていた。

 

 フリルちゃんが隣まで近づいて、そのままあかねちゃんの顔を覗き込むようにして話しかける。

 

「黒川さん、昼に現場見た後も言ったじゃん。一緒に行動するし、協力するって……。ちょっとひどいんじゃない? この島の事が解決するまで、嫌がられたって絶対に離れずついて行くからね」

「……」

「考え過ぎ。真面目……とはちょっと違うんじゃない?そういうの。『ついて来て』って一言言えばいいのに」

「……!……うん……分かった。……ごめんね」

「もちろん、私も行くからね! 一緒に悪い人を見つけ出そう!おー!」

「おーっ、て、もう……でもありがと、ルビーちゃんも……それじゃ! 早速二人とも長袖長ズボン、帽子と首タオルしてきて! 軍手もね。ここで待ってるから」

 

 フリルちゃんのかけた言葉に何か思うところがあったのか、少し大げさなぐらい反応を示して、一拍置いてあかねちゃんの表情が、ちょっと困ったように眉を下げて控えめに笑った。

 

 やっぱりあかねちゃんを一人にしたくない。今だって、危ないことを一人でしようとしてたし。だから、私も行くと言ったこと自体に後悔はない。

 これで良かった……はず。

 

 ……藪、虫多そうだなあ……虫嫌いなんだけど……まさかあかねちゃんがこんなヤバそうなところに行きたがるなんて思わなかったから……その場のアツい雰囲気に呑まれて私も行くって言っちゃった……。

 

「待ってたよ、二人とも。水いっぱい持った? 塩飴は?」

「大丈夫だよ。あ、点呼とる? 1」

「いいね! 2!」

「いらないでしょ、3人しかいないんだから……じゃあ、行こっか。と、その前に。ズボンの裾、靴下に入れて」

 

 3人の養蜂家が藪の前に整列する。立ってるだけで何筋も顔に汗が伝う。

 備品の塩飴がある場所が分からなくて、フリルちゃんと探し回ってる間ここに待ちぼうけにさせちゃったあかねちゃんに心の底から本当に申し訳ないと思った。

 出発進行の号令をかけようとしたあかねちゃんが、私たち二人の身だしなみチェックを始めた。

 

「なんで? ダニのため? 首のタオルもダニ対策でしょ?」

「不知火さん、それもあるけどね。雰囲気的に良くない虫いそうだし。ムカデとか、あとヤマ〇ルとか」

「え゛…………いるの?」

「いや分かんないけど。いそうだなあってだけ」

「……? ねえ、ヤ〇ビルって何?」

 

 あのフリルちゃんが、本気の引き攣り顔をしている。

 彼女がそこまで不快感を露わにする存在って何だろうと思って、ただただ素朴に聞いてみた。

 フリルちゃんがちょっとムカつく憐みの眼差しをこちらに向けながらそれに答えてきた。

 

「……ルビー。よく聞いて。ここでは五反田電波しかないからスマホで調べたところで画像検索は時間がかかる。だから、ロケで一度遭遇したことがあるヤマビ〇がどういうものなのか上手く説明してあげられない。ただそれでも、私はルビーの事が大切だから、ルビーが知りたいというならそれに応えてあげたいと思う。けど、そうは思いつつも、やっぱり口にするのも憚られるような存在だから曖昧で杳とした言い方しか出来なくて、それでルビーを困らせるくらいなら断腸の思いで口を噤むことにするね。でもそれでいいんじゃないかな。ここで教えても教えなくても、この先〇マビルがいるかいないかの結果は変わらないんだから。前だけ向いて、黒川さんについて行けばいいよ」

「いっぱいしゃべった割に内容スカスカじゃん」

「ルビー、応援してる。私は黒川さんがウチらを遠ざけようとしてくれた意図を尊重して待ってようと思う。……それじゃ」

「逃がさないよ?」

「い゛」

 

 逃げようとしたフリルちゃんの肩を掴む満面の笑みが怖い。

 肩と鎖骨の間のへこみに的確に中指を押し込むエグイ掴み方をするあかねちゃんの手で、ちょっと汚い声を出しながらフリルちゃんの動きがピタリと止まった。

 

「ついて来てくれるんでしょ? 先頭は私が行くから。不知火さんとルビーちゃんははぐれない様にね」

「しょうがない、ついてく」

「私は足元見てる。不知火さんは気持ち上を見ていてほしい。蜂の巣があったらすぐ諦めよう」

「らじゃ」

 

 あかねちゃん、それに続いてフリルちゃんが、バサバサと音を立てて、藪の中へ飛び込み始めた。

 この先は、多少は管理されている小学校跡やコテージ周りとは全く話が違う。

 あかねちゃんが心配してくれたとおり、怪我のリスクもあるし……それにあてずっぽうで探してたら、あかねちゃんが望むような手がかりは見つけられない気がする。

 そういえばどうしてこんな場所を調べようと思ったんだろ?

 

 撮影を終えて少し経ってしまってて、夜まで十分な時間があるわけでもない。

 あかねちゃんが期待しているものが何なのか、この場に少し不謹慎なワクワク感も、正直無くはないけど。

 色々と不安な気持ちと胸騒ぎも持ちながら、緑が隠してきた島の未知の領域に踏みこんだ。

 

 

 

「ねえ! 結局ヤマ〇ルってどんなヤツなの!? 不安煽っただけじゃん!」

 

~To be continued~

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

『あかね』

「もしもし、アクアくん?」

『ああ、今何してる?』

「番宣素材の撮影中。長くは話せない。ごめんね」

『え?撮影続行してるのか?』

「色々考えてね、五反田監督と決めた」

『そうか。さっき調べるように頼まれてたものを報告したいけど、電話で口頭でまくしたてられても困るだろうからちょうどいい。メッセージで送っとくから読んどいて』

「分かった。ありがとう」

 

 

 

 

 45年くらい前、住民全員集団離島することになって無人島化したらしい。

 そのきっかけはよく分からなかったけど、そこは今後何かわかったら知らせる。

 それ以外、要点だけまとめたもの送る。お前の注文どおり、地理気候と生活文化は出来るだけ探った。水の出所を探しているんだよな?

 

・地形

 

 周回5km、面積約3km2。

 共通のホットスポットから産まれた海底火山の噴火で出来たのが推島と推小島。だから地質は表層の土を除けば深い所まで火山岩質だ。

 そして、特にお前がいる小島の方は、陸地のほとんどが急峻な海食崖で、生活圏足りうるまともな平地は限られている。

 

・人口

 

 元々この島は平安時代から流刑先として使われていて、例えば保元の乱の敗将がここに来た伝説もあったり、その後は関ヶ原の西軍の武将も隣の推島に流されていたようだ。

 それ以降、島での出産以外にも罪人が連れてこられて人口が増えることもあったが……最盛期は400人くらいいたらしいけど、江戸時代に島に持ち込まれた深刻な鼠害による飢饉で人口が半減したらしい。鼠害は近年まで無くならなかったと書いてあったが、現地に高床式の倉庫の名残とか、何か建物に特徴が無かったか?

 他にも、室町時代には罹患している罪人が上陸したせいで、疱瘡が流行ったと書かれた文献がある。

 江戸時代のも含めて『外から持ち込まれたもの』で島の人口が激減する歴史が何度か繰り返されてる。先述の敗将が『病魔を祓う神』として祭られた神社が、『島の外から来る災厄を見張る存在』として島のどこかにあるそうだ。

 それ以降は横ばい乃至漸減して、45年前に無人島になる直前の人口は100人と少し。

 ちなみに、お前たちが撮影している学校には、閉校時の児童数は20人程度在籍していた。

 

・気候

 

 太平洋に浮かぶ島らしく、年間を通じて本土より高温で、降水量は多く、年間降雨量は東京の2~3倍程度。

 しかもその降雨のほとんどは夏~秋に集中していて、スコール性の強い雨が降っていた。東京に住んでいると、首都圏まで来そうな台風しか大して報道されないが……多い年なら、8月だけで10回も台風が発生している。

 この島はどんな進路の台風でも直撃することが多くて、その都度甚大な雨が降った。ある年にはひと月に8回被害を受けていたらしい。今の時期の台風はもう日常だったようだ。

 今だって、風がやむのを待っていても次の台風が来るかもしれない。帰れる時に早く帰って来いよ。

 秋は秋で秋雨前線の降雨がしつこくて、快晴の日は意外にも少ない。冬は常時海が時化ていて、年間平均風速は7.3m/s。

 内地の東京からは考えにくい過酷な住環境だったらしい。

 

・宗教

 

 民間信仰が根強く、神様が多い。水の神、火の神、海の神、風の神、五穀の神、山の神……アニミズム的な自然信仰の特色が見える。

 神社にはミコという女性の祈祷師がいて、代々受け継がれていた。上で挙げた『病魔を祓う神』とは別に、もう一つ神社が山の中にあるそうだ。

 神々の中でも、水の神は最上位として位置づけられている。水の確保が死活問題だったのがここからも垣間見える。

 

 『死を経験した人間は神になる。この島に奉じられることで、自然に帰り守り神になれる。水となり、木となり、山となり、海となる。今を生きる島の人間を依り代に、この島に霊魂が残ってくれる。

 送りも迎えも、隠世(かくりよ)との行き来には水を必要とする』

 

 つまり神と言っても八百万の神とは少し違っていて、祖霊信仰の側面が強い。

 災害による死者も多く、過酷な自然環境を少しでも穏やかなものにしてほしいと、自然に宿った先祖に祈っていたのかもしれない。

 神社と神職者が存在していた以上は祭事が執り行われていたはずだが、それについての言及は見つからなかった。

 

 今も納棺時に『末期の水』、という概念があるよな?

 水は死霊にとって大切なものであり、最も大切な水を供えることで先祖に島に残留してもらえるようにしたそうだが……清浄な水があるところに、神社もあるのかもしれない。

 

 他に少し気になったのは、上に書いた祈祷師は、眠りによって意識を失うことで隠世の神々とやり取りが出来る人間だとか。

 島を代表して祖霊とやり取り出来る手段として、『眠り』を特別視していた記述があった。

 

・生活、産業

 

 日本の本島から距離がある一方で、古くは平安時代から政争に敗れた貴族が流されていた影響なのか、古代の文化の名残が残りつつ独自の文化が醸成されたようだ。

 平地が少ないから耕地が極めて狭い。そのくせ、人口こそ少ないが、家屋がある部分の人口密度は高い。住める範囲が狭いからな。結果島民の絆は固いけど、食糧事情、特に水の工面に慢性的に難儀していた。

 農業だけじゃ到底足りないから、水産業(タイとかトビウオが獲れるらしい)とか、ヤギの酪農、それから養蚕で衣食住については自給自足の生活だった。

 鼠害のあった江戸時代、推島では食料事情の改善のために、牛糞等の肥料だけでなく人間のものを使う下肥が利用され始めたが、小島では使わなかった。さっき書いた宗教に絡むが、ケガレを厭う島の神への畏敬尊信の念が相当強いようだ。

 

 これまでも散々書いてきたが、雨が多いくせして水不足だった。上水道なんてものは作れなかった。雨が降ると各家屋の軒先に桶やタライを置いて、雨水を飲料水や生活用水にしていた。

 当然衛生面に問題があるし、いくら雨が多いとっても蓄えられる水の量は限界があった。学校に大きな貯留槽があったそうだが……それらしいものはあったか?

 

 ただし、水不足にただ苦しむだけでなく、島の人も努力をしたらしい。少しでも水不足を解消しようとして──

 





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島の地図ver3
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