【完結】もしもし、アクアくん?〜女優探偵の事件簿〜 作:ねこのまんま
五反田監督のコテージには、やや雑多に脱ぎ散らかした服と私物、そして仕事用の大きなパソコンがあった。
失礼ながら、あまりプライベート空間を片付け出来る人ではないのかな、と思った。
「不知火のスマホから俺のスマホにコピーしたやつだよな。このデータでいいか?」
「はい……それであの、パソコンで音を大きくすることはできませんか? 私はあの時同行してないし、まだちゃんと内容を最後まで見てませんので」
「音……? 分かった、パソコンにデータ移すから待っててくれ。散らかってて悪いな」
『誰でも、最悪カメラが壊れても撮影できるように』
そのコンセプトで配布された仕事用のスマホは、少なくとも女性の手では片手で操作できないサイズと重さで、ルビーちゃんは『もはやタブレットでしょこれ』と零していた。
しかし、録画に関していうと、収音性能、撮影画質、FPS、採光設定の幅はかなりのものだ。防塵、防水機能も最高ランク。
残念ながら、再生アプリの編集機能は通常のスマホとあまり大差ないので、データをパソコンに移してもらう。
事件に気付いてから、もう何日も過ごしたかのような気疲れがある。
五反田監督も、それは同じだろう。私たち演者と違い、責任者であり、被害者とはある程度親しかったのだから、きっとなおさら。
「撮影の後、どこか調べに行くって言ってたからな。追跡して見ていたよ」
「……はい」
「島に来てる人間のGPSを監視してくれ、って言ってたからな」
「あはは……そうですね」
「全く、無茶しやがる。アクアみてえだな。夕方以降、どんどん遠くに行くから遭難しないか心配したぞ。まあ、無事でよかった。不知火もな」
「ご心配をおかけし申し訳ありませんでした……。GPSと言えば、あの……スタッフの4人の方々は……どうでしたか?」
データがコピーされるまで、監督視点で何か分かったことがないか聞いてみることにした。
崖上の消しきれなかった痕跡を隠そうとする動きがあった人がいるか、念の為確認する意義はあるかもしれない。
動画の質が良すぎてデータが重いせいか、コピーは遅々として進まなかった。
「何もなかったよ。
『映像』は明日のためにビデオカメラとか機材チェックするって連絡してくれて、時々共用コテージに来ていたな。
『カメラ』は今日撮った写真を、編集前に仮納品を兼ねてバックアップさせてくれと俺のところに来て、ついでに世間話してた。このパソコンに写真入ってるぞ。その後はすぐに自分のコテージに戻って行ったな。
『メイク』は今日君らが着た衣装を洗濯すると言ってた。実際自分のコテージ周りをうろうろしてた。
『AD』は……GPS情報がある一点から全く動いてなかったから、君の言うとおりスマホを置いてどこか行ってないか、確認しに見に行ったよ。そしたら靴も外にあって、ノックしても反応ないから覗いたらコテージの中で昼寝してた。まあ疲れているのも無理はない」
「……そうですか」
「もっと言うと、さっきも見てた。4人とも各コテージで動かないし、見回りしてみたら男二人はコテージは真っ暗だった。
女二人のコテージも、少なくとも『メイク』の方はちょうど俺が歩いていた時に明かりが消えたな。『カメラ』は既に暗かった。スマホを置いて出てたら意味ないが……明日、今夜一晩のGPSの動線くらいなら教えられるぞ」
「分かりました、ありがとうございます」
……やっぱり考え過ぎだったかな。特に、不自然な人はいないような。
「俺からも聞いていいか?」
「はい?」
「遠出して、何か分かったか?」
「はい……ある程度は」
「そうか。なら……」
少しずつ移行作業の緑のバーが伸びていくパソコンの画面を見つめていた五反田監督が、左斜め後ろに座る私に振り返る。
顔の右半分だけパソコンの白い光に照らされて、残り半分の表情は陰となりうかがい知れなかった。
「誰が犯人なのか、ひょっとして君はもう分かってるのか」
「!…………え……と……」
……この質問には、どう答えるべきだろうか。
あまり不用意なことを言って誰かに犯人のレッテルを貼らせると、明日の撮影時によそよそしくなってしまったりしないだろうか。
明日に限らず、本土に戻った後も。犯人の疑いを心の中で持ちながら、何もなかったかのように今後もふるまうなんて出来るだろうか。
五反田監督はいい人だ。いい人だからこそ、出来なそうな人だなと思う。
だから……言ったら最後まで調査しきらないといけない。白黒はっきりつけるべきだ。
そもそも根本的に、証拠が無いのに犯人の疑いを口にするのは、疑いを向けられた人にとってはストレートに名誉棄損だ。
それに、ルビーちゃんやフリルちゃんにすら、薬品の瓶の持ち去りや池の過去のような、物証に基づく推理はともかく……私が頭の中で勝手に組み立てた未確定情報は、極力、自分の中で吟味しないまま勢いに任せて言わないようにしている。
信頼されているようでありがたい話ではあるけれど、彼女たちは私の発言を「黒川あかねがそう言うなら」とやや盲信してしまっているきらいがある。
私は別に、完璧な人間ではないし、超能力者でもない。
でも、ルビーちゃんが無邪気に『もしかして犯人は〇〇さん!?』と言うのと私が言うのとでは、どうしても性質が異なってしまう。
本土に戻った後も仕事の付き合いがあるかもしれないというのは、ルビーちゃんやフリルちゃんも同じことだ。
本当に犯人について確証が得られないなら、『多分〇〇さんだよ』なんて、私の口から無責任なことは言えない。
犯人候補を言うならば調査を続けるべきだけど、そもそも、私たちの手でこの後も調査し続ける意義は?
もともと警察や医者もいないこの島で事件が起きて、台風後も続く風のせいで行き来が出来なくなり……孤島で殺意を抱いてそれを完遂した人間が、今度は自分たちにそれを向けてこない保証はないから。
動機が見えない以上、自分で自分の身を守るために始めた探偵ごっこだ。
しかし、今日撮影後に目立った動きをしない4人。天気予報では明後日の午前中には帰れるだろう。
もし立て続けに犯行をするなら、時間がないし、何かしら準備を進めていないだろうか。
もしも連続殺人を考えているなら、現場の証拠の隠され方や犯行の態様の困難性からして、犯罪心理学においてFBIが定義するところの「秩序型」の犯人像と言える。それなら、もっと何か準備している様子が垣間見れてもよさそうだけど。
そして、プロデューサーの事件を自然な死と見せかけようとして、犯行を誰かになすりつけようともしていない。事件そのものの匂いを消そうとしている。
もし次の犯行を考えているなら、実行した段階でどのみちバレる。2人死んだら偶然じゃないと、流石に誰もが思う。
もちろん、一人目の被害者が他殺であることを隠すことで、二人目の標的を油断させるメリットくらいはあるかもしれないけど。
うやむやにして警察の捜査を攪乱し、罪を逃れようとしているなら、追加の事件は考えにくい。
このスタッフ4人は五反田監督が集めた人材。見知った同士もいたようだけど、お互いが偶然のチームメイトだ。
アイが死に、かつてルビーちゃんに危機が迫った『あの事件』のように、共犯がいる可能性も極めて低い。
更に、もし本当に動機に島の過去が関わっているのなら。
ここまで難しい犯行をやり抜けたほどに被害者への強烈な殺意、執着こそ感じるけれど、推小島という存在すら知らなかった面々、少なくとも私たち役者三人と監督は標的足りえない。
他のスタッフも……犯人以外は嘘をつく理由がないから、犯人以外はこの島に来たことが無いというのは本当だろう。
色々考えると、次の犯行の様子が見えない。
今後調査を続ける必要性が薄れている……のだろうか。
五反田監督が昼に言ってたけど、風が弱まり私たちが帰れるとき、プロデューサーの遺体も帰るために医療関係者に来てもらえるよう連絡、手配済みとのことだった。
ついでに監督経由でこの後来る警察に事件性の推測を伝えれば、一市民としての社会的責任は果たせているのではないか。
でも……もし警察に言って事件性を前提に捜査してもらったとしても、今日まで私たちが調べたもの以上のものが出るか分からない。肝心の『誰がやったのか』という物証については、ここまで徹底的に見つかっていない。
そんな中で『これは他殺だ』と捜査機関が断定したところで、島にいた私たち女優3人含めた8人全員にいつまでも嫌疑がかかり続ける状況が、どれほどの悪影響を、どれほどの期間もたらすのかは全く想像がつかない。
放っておけば自然死、病死で片付くかもしれないのに、わざわざ他殺かもしれないと申告した監督と女優3人は嫌疑を逃れるだろうか?
そんなに甘い世界じゃない。人狼ゲームじゃあるまいし、公的機関が印象論だけで捜査するはずがない。被害者が芸能関係者、というのがさらに厄介で、この島の8人は全員、動機がありかねないと疑われそうな立場の人間しかいない。
少なくとも聴取への対応にびっくりするほど時間を費やすはずで、警察側から事務所に来てもらえるなら良いが、そうでなければ警察署に足繁く通う女優ないしアイドル三人の姿はどこかで必ずマスコミに押さえられるだろう。
あってはならない事態だ。彼らは『なぜタレントが警察署に行ってるのか知りたい』ではなく、『ただ警察署に関わっているタレントの絵が欲しい』だけなのだから。
そうなった場合の私たちのタレント活動、そしてそれぞれの事務所や関係者への波及は読み切れない。
日常に支障が出るほど時間を奪われるのは、このロケに来ている他のスタッフも同じことだ。
他殺の可能性を認識しながら捜査機関に情報提供しないのは、倫理にもとる行為かもしれない。
でも、不利益を被りそうな関係者が多すぎる。『事件性に気付かなかったふりをする』という選択肢もあるかもしれない。
これは私の一存で決められない。
今日も、フリルちゃんを危ない目に合わせた。私も怪我しかけた。ルビーちゃんが何もなかったのはただのラッキー。
今日のようなリスクは無いようにしたい。安全確保のための調査なのに、本末転倒だ。
必要性の低下だけじゃなくて、そういう面からも調査継続にやや後ろ向きになっている自分がいる。
この件を調査したいと自分の言いだしたことで、五反田監督や二人を巻きこんどいて今更何を無責任なことを……という気持ちとの綱引きが苦しい。
でも、犯人が次の犯行を計画している可能性も、そこそこ低いと当て推量しているけど、ゼロと言える根拠は何もない。
1%でもその可能性があるのなら、動くべきだ。私だって怖い。
動機が分かってるならともかく、外界と断絶された島に、殺人を本当にやり遂げた人と閉じ込められているなんて、この立場にならないと分からない恐怖だ。
フリルちゃんが海の神社に行ってみたいって言ってた……あそこくらいなら明日、昼間に3人で行く分には問題ないかな?
ああ……頭がまとまらない。もうやらないなら、こんな動画チェック作業をやめて、さっさと寝てしまえばいい。
でも……。いや、だけど……。とにかく、さっきの質問に何か答えるなら……やり遂げなきゃ……。
「……すまん、聞かなかったことにしてくれ。なんだかものすごく考え込ませてしまったようだな。いいおっさんが若い子に何背負わせてんだって話だよな」
考え込んでいた私に声がかけられて、合っていなかった視線の焦点が監督に戻った。
監督が捩じっていた首を前に戻してパソコンに向き直る。緑のバーは7割ほどだ。
私たちはこれから……どうすればいいんだろう。
「質問で返してしまって申し訳ないですが」
「ん?」
「今後の犯行を未然に防ぐとか、安全とか、そういうのは度外視して……五反田監督ご自身は……犯人を突き止めたいですか? 犯人を知ることが出来たら……どうなさるんですか」
弱気な心が、少し見当違いな質問を五反田監督にぶつけてしまった。
それでも、胡坐の膝に肘をついて、てのひらに頬を乗せた姿勢のまま考え込んだ五反田監督は、言葉を選ぶようにぽつりぽつりと答えてくれた。
「……どうしたい、か。どうしたいんだろうな。
君から最初、昼に事件かもしれないって伝えられた時は、現実味がないというか、びっくりの方が気持ちとしては強かった。だけど少し時間が経った今はちょっと気持ちが変わってる。
あの人とは付き合いがあったし……世話になったこともあったしな。だがまあ、発言や行動が軽率な時があって、恨まれることもあっただろうとは思う。
……聞きたいかな。なぜ殺したのか。4人とも、仕事に誠実だし、気が利くし良い人たちなんだよ。
殺すほどのことじゃねえだろ、と思ったらあの人の代わりに怒ってやりたいし、あの人のひどいやらかしが背景にあったら……人殺しの是非はひとまず置いといて、あの人の代わりに犯人に謝ってやりたいと思う。警察がどうのこうのはそのあとにしたいかな」
「……そうですか」
「俺自身が犯人に怒りとか、復讐したいとは全く思ってないけどよ。死因が病気だろうが事件だろうが、武田さんに申し訳ねえって気持ちのままお別れは辛いしな。君たちも事件の真相が分からず、この後来る警察も解決出来なかった場合……このまま終わりってのも、多分ずっと心に嫌なしこりになって残り続ける気する。殺人に気付いちまった君たちや俺にとって」
……やっぱり、不用意な発言は慎むべきなんだな。私のような人間は。
自惚れでなく、普通の人よりも察してしまい、知りえてしまう人間だから。
勝手に察した心に踏み込み過ぎてしまうと、誰かを傷つけてしまう。
知りえた真実に巻き込んでしまうと、周りの人も苦しめてしまう。
本来内向的な性格で、内向的であった方が生きやすい場面もあるという、私の人間としての根本的なところは変えられそうにない。
「申し訳……ありませんでした」
「え? 君に何かされたか?俺」
「事件性をお伝えしたから、こうして考える事とか、お心の負担を増やしてしまって……それに、犯人を知ってどうしたいかなんて伺ったのも、私たちが始めた調査をこのまま続けるか、判断と責任を押し付けてしまうようなもので……そもそも、被害者の知己の方への質問として不適切で……」
「何だよ、そんなもん気にしすぎるな、20歳を少し過ぎただけの若者がよ。それに、おっさんに責任おっ被せるのが若え奴の唯一の責任だろうが。……なんてな。本当はアクアにガキの頃からかけてやりたかった言葉だ。何十回でも、言ってやるべきだった」
「……」
「っていうか、『明日朝の集合を早めにしてほしい』ってさっき連絡貰ったから、明日も何か調べる気なのかと思ってたけど……調べ続けるか悩んでいるのか? 俺は君が決めたことに協力するし、決められないなら自分を大事にする選択をしろとだけ言うよ。無理だけはするなよ」
緑のバーは8割ほど。そこからじわりじわりと伸びていき、あと少しで終わる。残された謎はまだまだあるけど、手の届くところまであと少しかもしれない。
五反田監督の言うとおりだ。何があったのか分からないままに何も解決せず終わったら、胸にずっと残り続ける。
次の犯行の可能性は低いけどゼロではないし、こうして事件について思い悩んでいる人が目の前にいる。
ルビーちゃんが、眩しく輝く瞳をこちらに向けながら神社で言ってくれた大きな声と、フリルちゃんが背中から肩越しに耳元で語りかけてくれた小さな声を、それぞれを頭の中で反芻した。
巻き込んではいけない、という強迫観念にも似た気持ちは簡単には拭えない。それでも。
家族。
高校の頃からの、芸能とは関係ない数少ない友人。
ララライの人たち。
今ガチのみんな。
……アクアくん。
それと同等に、今日の探索を共にした二人を、もっと信じていい。頼っていい。出来る限り……預けてもいい。
自分に言い聞かせるように、胸の中で言葉を繰り返した。
……それに、胸にずっと残り続けるとすれば。
私個人としても、犯人に面と向かって話せるなら、一つだけ確認しなければ気が済まないことがある。
これも杞憂だと思いたい。考え過ぎだと思いたい。
でも、二人には明かしていないけど……私自身が今朝、この事件の謎を追おうと決めた動機の最も大きい所はこれだった。
質問の答え次第では……私は犯人に、どんな言葉をかけるべきだろうか。
(アクアくん。私は何があっても、ルビーちゃんを君の元へ帰すよ──)
「現段階で、8割……いえ、それ以上の確率で。この人が犯人では……と目星を付けてる人がいます」
「!? マジかよ!?」
「けど、その人が犯人である物証がまだありません。どうやって犯行を可能にしたのかすら分かっていない状況です……ですが。ルビーちゃんやフリルちゃん、それにアクアくんもいます。もう少し調べて考えてみます。
……おっしゃるとおり、このままだとずっと、胸につかえが残る気がしますし……うやむやにしてはいけないような、ぼんやりとした不安もあります」
「すげえな……分かった。俺は今の段階では君の考える犯人候補を聞かない方が良さそうだな」
「はい、確定ではないので。結果論で本当に犯人だったとしても、余りにもご本人に失礼で取り返しがつかないですから」
「俺もそれでいいと思う。本当は危ないことをするなと止めるべき立場なんだが……当たり前だけど生きてる人間の方が大事だから安全第一でな」
「勿論です」
「……黒川」
「はい?」
「頼ってばかりで悪いな」
「いえ、そんな」
「話がそれちまうが、これまでもな。あの双子に対してだよ。いつかちゃんと礼を伝えたかった。俺はあいつらのパパじゃねぇ……んだけど。ガキの頃から知ってて、子供みたいなもんだからよ」
「……」
「根暗なアクアが交友関係を広げてるなと感じたのは、やっぱり役者を再開できた中学の終わりからかな。アイツの周りにいろんな奴がいるようになった。役者を再開させた有馬には感謝してもしきれねえ。
その中でもあの双子のために、君は特に働きかけてくれてたな。あいつらの隣に君がいてくれて……良かったって思ってる」
「そんな。私だけでなく、皆がいたから、ですよ。それに、私こそアクアくんとルビーちゃんに感謝してます」
「そりゃそうだ、そのとおりだろうよ。それが人と人の縁ってやつだろ。
でもあの歪んで擦れて拗れてるシスコン男が『妹を頼む』って言える相手は、養母の社長以外だと多分、君だけだ」
「…………そう、なんでしょうか」
「俺には脅し気味に『これ以上無理させるな』って言ってきたけどな。ったく、かわいげのない奴だよ」
監督のくっくという苦笑が終わるころ、緑のバーが一番右に到達した。
監督がダウンロードフォルダから「ドラマ撮影 その他 メイキング」フォルダを作り、そこに格納する。
10分足らずの動画。私が必要としている所をトリミングすれば、より短くなるだろう。
「コピーできたけどどの辺を見たいんだ?」
「そうですね……いびきを聞きたいです」
「へ?いびき?」
「はい」
「何だか穏やかじゃねえな。あれは確かにあの人のでけえいびきだ。中から聞こえてきたし。無呼吸症候群に片足突っ込んでるところとか」
「はい。ですが……」
「もちろん構わねえ、ちょっと待て。該当部分切り取って音デカくするからな」
固唾をのんで、せわしなく動くカーソルを見守る。私は、プロデューサーのいびきなんてしっかりと聞いたことないし、五反田監督の言うことを信じるしかないけど……。
この動画を調べて、何か新しい情報が得られるかも確実じゃない。とにかく、証拠が何もない。期限は明日までで、時間もない。
『細かい所は「こうすれば犯行は実現できる」って一例をあげればもうそれで充分。現場の状況に即して大筋の犯行内容が合ってて、そこに証拠が一つだけでもぶら下がればOK』
(……それが難しいんだよなぁ……)
瑣末なきっかけでもいいから、証拠に繋がる手掛かりが欲しい。
せっかく自分の中で犯人の目星がついている以上、明日の撮影中はその人をずっと監視するくらいはしてみようか。
そういえば、作業中で申し訳ないけど、あと少し聞いておこう。
「これと関係ない事ですが、いいですか?」
「ん?」
「このロケ、直前で一日早まりましたよね? わざわざ台風に合わせたスケジュール、そもそもおかしいと思うんですけど、なんでこのスケジュールになったんですか?」
「すまない、詳しくは知らないな。武田さんが関わる仕事がこのロケの次の週くらいにあったけど、それが前倒しになってこのロケの後ろの予備日に食い込んできたらしい」
「そうですか……あとは……撮影前、グラウンドに溜まった雨水を出すためにポンプを動かしましたよね? 対策しようとおっしゃったのはプロデューサーとのことでしたが、具体的にあのポンプを持っていこうと提案したのはどなたでしたか?」
「いや、それも覚えていないな……すまん。そういや、昼に君が言ってたな。事件に水が関係しているかもって。備品含めて、6人でがやがや話しながらこのロケを決めてたからな。この季節は台風来るかもしれないけど大丈夫かって誰かが言って、グラウンド辺りが水浸しになりそうだってプロデューサーが言ってな。その後飛び交った言葉を採用しただけだ」
「……分かりました。最後にもう一つ。それじゃ、ポンプを動かした時のバッテリーの電池はどうでしたか? 減っていて……残量ギリギリだったりしませんでしたか?」
現地を見た限り、井戸から水を汲んだのはあのポンプを使っているという説はもう確定と言ってもいい。最初の二つの質問は五反田監督も分からないだろうとは思っていたけど、最後の質問に関してはその説を補強するだけの簡単な質問だ。
簡単な質問の……はずだった。
「え? いや、そんなことなかったはず……あ、まて、どうだったかな……少しだけ減っていた気がするが……あのポンプ5分程度動かしたくらいの減りじゃねえかな。自然放電の範疇かと思ってたけど。特殊なバッテリーだから専用の充電器が必要らしいんだけど、レンタル品でよく分かってないから持ってきてないんだよな……黒川?」
「……あっ……いえ、なんでも、ないです」
「大丈夫か? すげぇ怖い顔してたぞ……疲れてるだろ、これ見たら君も寝ろよ」
「はい……」
バッテリーが減っていない。
あのバッテリーでしかポンプは動かせないはずなのに。
少し減っていた? ちょっとだけ使った? いや、それも自然放電でしかなくて、全く使っていない?
どういうこと?
今日行った神社にそれを可能にする機械や装置があって持ってきた?
まずないだろう。もっと現実的じゃない。あったとしても50年以上前の機械、駆動が不確実だし重すぎる。
機械の力を使わずに、数メートルの高さの崖の上の、数十メートル離れた井戸から水をくみ上げて、高い所にある窓からコテージに水を入れる。途中には昇り降りが可能だけど少々困難な崖がある。限られた時間でそれを……。
ありえない。
ああ……こんなところでも、犯行の痕跡を消されてるなんて。
いや……当然、か……。この犯人なら、ここでポンプのバッテリーが大幅に減っているなんて分かりやすい痕跡を残すはずがない。
でも、コテージやその周りでフリルちゃんとルビーちゃんが見つけてくれた水の痕跡は、間違いなくそこにある。ホースも使われていた跡がある。
あるはず。
あるはずなんだ。
何か、何か……井戸から水をくみ上げるために、水を低い所から高い所へ流す方法が……。
(手っ取り早く浮かぶ方法は、事前に島に、例えば同じ型の機材のバッテリーだけ持ち込んで入念に準備していた、とか……。いや、私たちの前の渡航者は4か月前だったはず? やっぱり渡航者リストは欲しい。……でも……何かもっと、手間のかからない方法がありそうな気が……)
「おう、聞くか」
「お願いします」
動画はわずか3分程度に編集されている。再生されると、シークバーがせわしなく右に流れていった。
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『これ裏側に入り口とかないですかね? そこから開けられたりしません?』
『大丈夫かな。あのプロデューサー、寝起き悪い人っすけどどうします?』
『どうするって……窓高いから届かないし、入口のドア壊すわけには……ん?』
『ごぉーーっ・・・・・・・・・・ごぉーーっ・・・・・・・・・・ごぉっ・・・・・ぐるるる・・・・・ごぉーーっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
『……熟睡、してますね。すごいいびき……監督がおっしゃってたとおりですね。事前打ち合わせで『いびき凄い』って話されてたじゃないですか』
『ははは、昨日も酒飲んでたからなぁ、僕と一緒で』
『五反田監督、鍵かかってますし、やっぱ寝かせとけばよくないっすか? 朝飯は残しといて、撮影前に食ってもらいましょう』
『いや、昨日ちゃんと薬飲んだか確認したい気持ちはあるんだけどな。時間空けすぎると良くないだろうし……無理やりなんとかするか?』
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「俺の声だな。この時、本当に無理やり入っていればこんなことに……」
「……それはどうでしょうか……」
「ん? どういうことだ?」
「あ、いえ……続きを見せてください。ここからは私も昼に見てないです。ただ、現場を調べていた時だったかな……プロデューサーを起こす際、コテージ裏の窓の辺りに行ったってフリルちゃんが言ってて。その時の映像があると思うんですが」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
『肩車して中覗かない? 窓から起きてー!って呼びかけてみるとか』
『ええ、ムリ……絶対立ち上がれないし。このへん地面がビチャビチャで靴泥んこじゃん。フリルちゃんが私を乗せてくれるならいいよ?』
『いやいやルビー、頭を私の太ももで挟まれる権利をあげるから』
『むむ……うーん……いやでも……』
『冗談だったんだけど。マジで興味持たれるとリアクション困るなあ』
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「お、本当にあったな。不知火たち、コテージの裏行ってたのか。あの時は電話試してて気付かなかったな」
「コテージの裏に行った途端なんだか風が弱まって、多少音がクリアに聞こえますね」
「今朝は台風直後で風やばかったからな。確かに外じゃ中々会話が難しかった」
「明日、少しでも風が弱まるといいですね。撮影中の集音大変そうですし」
「全くだよ……屋外の撮影場所は考え直すかもしれねえ」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
『ごぉーーっ・・・・・・・・・・ごぉーーっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ごぉっ・・・・・ぐるるる・・・・・ごぉーーっ・・・・・・・・・・・・・・・・・』
『窓開いてるから豪快ないびきも良く聞こえるねぇ』
『……え……?』
『どしたのルビー?』
『いや、今、何か聞こえた?』
『え? 何も聞こえなかったけど。風少しうるさいし』
『そっか、ごめん気のせい』
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「!? 監督!ここ!音大きくしてください!」
「ここだな、分かった」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
『ごぉーーっ・・・・・・・・・・ごぉーーっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ごぉっ・・・・・ぐるるる・・・・・ごぉーーっ・・・・・・・・・・・・・・・・・』
『窓開いてるから豪快ないびきも良く聞こえるねぇ』
『……え……?』
『どしたのルビー?』
『いや、今、何か聞こえた?』
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「もっと大きく……」
「お、おう」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
『ごぉーーっ・・・・・・・・・・ごぉーーっ・・・・・・ッ・・・・ッ・・・・・・・・・・ごぉっ・・・・・ぐるるる・・・・・ごぉーーっ・・・・・・・・・・・・・・・・・』
『窓開いてるから豪快ないびきも良く聞こえるねぇ』
『……え……?』
『どしたのルビー?』
『いや、今、何か聞こえた?』
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「……? 音、最大にしてください」
「ああ……既におっさんのいびきの音うるさくて耳いてえんだが」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
『ごぉーーっ・・・・・・・・・・ごぉーーっ・・・・・・ぁぁ・・・・・・ッ・・・・・・・・ごぉっ・・・・・ぐるるる・・・・・ごぉーーっ・・・・・・・・・・・・・・・・・』
『窓開いてるから豪快ないびきも良く聞こえるねぇ』
『……え……?』
『どしたのルビー?』
『いや、今、何か聞こえた?』
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「「!?」」
「おい! 黒川、なんだこれ!? よく聞こえねえけど、何か……!」
「…………」
~ To be continued ~
23:30
「もしもし、アクアくん? 夜遅くにごめん」
『構わない。島の探索はしたのか?』
「したよ。おかげで色々見つかった。アクアくんが予測したところは概ねそのとおり。箇条書きにして送るね」
『マジかよ、見つけたのか。流石だな。天気予報じゃ明後日の午前に帰れそうだけど、それまでに解決できそうか?』
「うん……そのためにお願いがあるんだけど」
『ああ、何?』
「五反田監督からメールが行くと思う。動画ファイルが添付されてるけど、アクアくんの編集ソフトで音量を上げてほしいんだ」
『音量? スマホのデフォルトのソフトじゃできないのか?』
「ちょっとしかできないみたい。支給されたスマホもあるんだけどそれも同じで……あ、そういえばルビーちゃんから聞いたんだけど、アイさんが昔使っていて、その後アクアくんがずっと触っていた機種の後継機なんだって」
『……ああ、あれか。そのスマホから父親に繋がる人脈を探っていたんだよ。「スマホのロックが解除された先に、犯人に繋がるものがある」と思って……日がな一日パスワードを解読しようとしてたな。4年かかった』
「君はほんと、凄いことするね……」
『一回間違えると30秒使えなくなるけど、逆に言うと30秒だけだからな。こうして突破されるリスクもあるから、セキュリティ厳しくしたらしい。今だと3回間違えると丸2日間ロックされる仕様だった気がする』
「そう……なんだ? 結構厳しいね。顔認証あるからその辺何も気にしてなかったけど」
『ああ。悪い、話逸らしたな』
「うん。音だけど、君の編集の力で最大限まで上げてほしい。特に上げてほしい所の秒数がメールに書かれているから。それだけじゃなくて、風の音消せる? 音量上げるとゴボゴボうるさくて良く聞こえない」
『分かった。ウインドノイズの除去なんていつもやってるから任せてくれ……まだメール来てないな』
「さっき五反田監督が送信してたの見てたけど、こっちの電波が弱いから。動画添付だと多分メール発信に数時間かかるかも……」
『ったく……ん? 代わりにお前からのメッセージが来てるんだけど』
「そうだった。さっき君に送ったんだけど、山の上の神社で変な薬品を見つけたから、その写真。それが何なのか調べてほしいの」
『ああ、画像ならある程度すぐ送れるんだな。今開こうとしてる』
「気化したそれをフリルちゃんが吸っちゃってちょっと大変なことになって。症状とか特徴とかもメッセージにベタ打ちで書いといたから」
『……何か危なっかしいことしてるな?』
「それは、その。ごめん……」
『まあ、現地の緊迫感は現地にいる人しか分からないし、俺がどうこう言えないとは思うけど……そしてお前、これどこで見つけたって?』
「神社の倉庫」
『これひょっとして……いや、たぶん今もそこらじゅうで使われてて、病院でも古い人間は知ってるかもしれない。ラベルが消えすぎてて自信ないけどな……。しかし何で、孤島の神社なんかに……』
「それは分からなかったけど。でも病院、か。ねえアクアくん、その薬品ってさ──」
『俺もそうじゃないかなと思う。こっちも調べてみる』
「ありがとう。これで最後なんだけど、推小島へ渡航するには名前書かなきゃいけなくて……その渡航者リスト、確認できないかな。過去にさかのぼって」
『そんなもの教えてくれるか分かんないぞ?』
「せめてスタッフ4人に渡航履歴が無いかだけでもいいの。スタッフのフルネーム、この後送るから」
『分かった、何とか確認してみる』
「お願いね。あとさ、結果は私だけじゃなくて、私たち3人に送ってほしい」
『さっきも一緒に神社に行ったって言ってたな。ルビーと不知火にも調べさせるのか?』
「私一人じゃ大したことできないからね。頼もしいんだ、二人とも。それにルビーちゃんは確かに妹みたいで可愛いけど……お姫様じゃなくて友達だから」
『そうか……』
「大丈夫、3人一緒に行動するよ」
『分かった。お前がそう言うなら。夜だけでもゆっくり休んでくれ』
「うん、お休み」
…………確認したいことは、あともう一つ。既にアクアくんに色々頼み過ぎてるし……彼、最近ちょっと芸能界から離れ気味だし……聞きたい内容的にも、これは業界に伝手がありそうな他の人に……。
(誰に頼もうかな。もう寝てて、起こしちゃったら申し訳ないけど……時間が惜しい。こんな夜中でも私からの電話を許してくれそうな人は……)
「……もしもし? 夜遅くにごめんね」
『あかねおひさー! あれ?ほんとに久しぶりじゃない? 最後に会ったの、GWにMEMちょと3人でショッピングした時?』
「んふふ、そうかも。ごめん、寝てた?』
『ううん、大丈夫! 私もさっきまでノブと話してたからね。
それで、どしたの? どっか遠い所にロケ行ってるんじゃなかったっけ? あ、ひょっとしてー……寂しくなっちゃった? しょうがないなぁ、寝落ち通話しちゃう?』
「あはは、もう。でもいいね、そういうのも。またやろうね。
それで、えっとね……無人島までロケに来てるんだけど、実はそこでちょっと大変なことになっちゃって。調べてほしいことが……」