【完結】もしもし、アクアくん?〜女優探偵の事件簿〜   作:ねこのまんま

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⑰ 第9話 夢枕(前編)

 今夜も不思議な夢を見た。

 夢の内容自体は不思議じゃなくて、しばらく見てなかったのにどうして今更見たんだろうという夢だった。

 

 マニキュア。口紅。病院に合わない身綺麗なお母さんが、中身のない社交辞令的な会話をベッドにいる私にぶつける。

 社交辞令って、親子の会話を表す時に使う言葉だっけ。

 でもそれが一番あの時の会話を正確に表せている気がする。

 それに、お母さんに敬語だった私が言えたことじゃない。

 

 生まれ変わってから、遠い昔の記憶に沈んでいた家に訪れた。

 その時玄関から見たお母さんは、私が見ることのなかった弟や妹に囲まれて、私が見たことのなかった笑顔を見せていた。

 過ぎ去った時間が刻まれたものが皺だというのなら、お母さんは私がいなくなった後、どれだけ私が知らない時間を過ごしたんだろう。

 そんなお母さんの顔を彩る、私に向けたことがない笑顔は目に焼き付けられたのに、病室で私に向けた表情は覚えていない。

 おぼろげで、目元が隠れてしまう。目と鼻と口、必要最低限のパーツはそこにあるのに、どんな顔だったか、どうしても頭の中で蘇らない。

 のっぺらぼうのようなお母さんとの言葉のやり取りを思い出しても、どうしてかその音は壊れたスピーカーのように途切れ途切れで抑揚が無い。

 

 お母さんにとって、私は何?

 私にとって、お母さんは何?

 私、お母さんがスケートを教えてくれる日を楽しみにしてたんだよ。

 お母さんはどうだった?

 死相が濃くなっていく私なんて、見ていたくなかった?

 産まない方が良かった?

 お母さんの笑顔と幸せを奪ったのは、私?

 

 

 ごめんなさい。苦しませてごめんなさい。

 生まれない方が良かった。私たちは出会わない方が良かった。

 この命はなんのためにここにあるんだろう。どうして生まれてきてしまったの。

 もう私の手は、誰のことも温められないのに。

 

 お母さん、おかあさん、私は、わたしは──

 

 

 

「俺はそう簡単にB小町信者にならないぞ」

 

 お母さんが立ち去り、暗くて音が無くなった病室が、その人の声が響くとともに明るくなった。

 病気のせいで重くなった身体が不思議と軽くなるのは、いつもこの人が私の所に来てくれる時だった。

 

「アイってアイドルだけじゃなくて、お芝居とかの仕事もイケちゃうのかな?」

「女優業か。うん、確かにそれもアリだな」

 

「なんだかんだ言って、せんせもすっかりアイの虜だね」

 

 さっきまでアイを熱く語っていたのに、私に指摘されるとばつが悪そうに首を振っていた。

 照れ隠しで悪ぶっちゃう人だけど、いつも真剣に私を見ていた。真剣に、私の『大好き』を一緒に見てくれた。

 せんせ。アイ。あの病室は、せんせが来てから『好き』が集まる場所になった。

 短く終えて、何も出来なくて、ただ病室で寝ているだけでお母さんを悲しませて。何のために生まれたのか分からなかった私に、生きる意味をくれた人。

 アイドルになりたいという『夢』。それと、今際の際に見た、2人のかわいい子と一緒にアイドルとしてステージに立っている『夢』。

 短い命を終える前に、私の夢を伝えた人は、たった一人。

 

 せんせがいてくれたから、私は幸せだったよ。

 だけど、神様から新しい命をもらえて、またあなたに会えた今なら分かる。皆を救えるような、ママを超えるようなアイドルを目指してきた今なら。

 一番幸せだったのは、私が笑ってる時じゃなくて、あなたが笑ってる時だった。優しさをもらうだけじゃなくて、優しさを渡し合えた時だった。

 送ることが出来る喜びと、受け取ることが出来る幸せを教えてくれたのは、あなただった。

 

 初めて会った時を覚えてる?

 病院を脱出しようとした私をせんせが見咎めた日、暑かったよね。

 あの時の仏頂面なせんせが、私と過ごしながら変わっていった。

 だから『私』の生きた意味が、せんせと一緒にこの世界にこのまま残っていくんだと思えた。

 

 

 どうか、この命が消えても、私とせんせの繋がりが消えませんように。生まれ変わってもきっと、会えますように。

 

 

 だから、せんせ。

 

 

 私だと思って、このアクリルキーホルダーを大切にしてね。

 

 

 これは私とせんせとの(よすが)。糸のように心に編み込まれ、紡がれたこの(よすが)は、きっと神様からのおくりもの。

 

 

 人は永遠に輝く宝石にはなれない。

 

 

 だからこそ、誰かと紡ぎ合い、誰かの救いとなり、その誰かがまた誰かの救いとなって。

 

 

 そうして心に(よすが)を編み込んで残していくことこそ、永く残りつづける生きる意味なんだって思えたの。

 

 

 これがあればきっと、これからも私はあなたの隣にいられる。また会える気がする。

 

 

 ありがとう。

 やりたいのにやれなかったことはいっぱいあったし、悲しいこともいっぱいあった。

 それでも今この瞬間は、ありがとうの気持ちでいっぱいだから、眠るようにお別れが出来る。

 ありがとうで終えられたから、私とせんせは、出会うべき二人だったんだって思える。

 

 だからもう、救えなくてごめんって顔をしないで。

 ありがとうで終えたら救いになる(よすが)は、ごめんねで終えると呪いになるから。

 

『俺はさりなちゃんに会えてよかった。救われた』

『でも、折角東京まで行って苦労して手に入れた、アイの宮崎会場ライブのチケット。クリスマスに君にあげたのに……肝心のライブを見せてあげられなかった』

『無力で……誰も救えない自分が辛くて。もう君に置いて行かれるのは、耐えられなくて。もう誰かを大切にするのが、怖くて』

 

 映画の撮影が終わった後に二人でたくさんお話しした時、そう言ってたよね。

 あなたにそんなことを思わせて、笑顔と幸せを奪ったのは、私なのかな。

 

 あの病室のサイドテーブルの奥に置いていったお手紙、見てくれた?

 あの頃のB小町の新曲、『推しに願いを』のライブ映像のアドレスが書かれた置き手紙。

 

 せんせーはクールなふりして、私がいなくなると陰で落ち込んじゃいそうだから。

 

 大切な人が私のせいで苦しむなんて、いやだから。

 

 私とさよならした後も、元気に、幸せに生きてほしいって……思ってたから、残したんだよ?

 

 

 だからお願い。

 せんせ。

 おにいちゃん。

 お兄ちゃん。

 アクア。

 

 もう苦しまないで。

 

 

 『俺がさりなちゃんを推してやる』って言葉。ずっと忘れない。

 

 この身体は消えていくけど、紡がれた(よすが)が生まれ変わった命にも残るように、心の宝箱にしまっておくね。

 

 

 重かったはずの身体が空を飛んでいるみたい。もう瞼も開けられないのに。

 薄れゆく意識の中で、頭の中に流れるのはアイの歌。

 私に夢をくれて、私とせんせを繋いでくれた、大切な推し。

 そして私の『大好き』がたくさんそこにあって、せんせと一緒でいられた証である大切な歌。

 私もアイみたいに、あなたのために、希望と愛の歌を届けるよ。

 

 最期の瞬間まで、推しの声に包まれていられるんだ。

 こうしてまるで夢の中で揺蕩う私の耳元にアイがいるように、アイの歌声が──

 

 

『We! Are! STAR☆T☆RAIN』

 

 

 ん? あれ? これママの声じゃなくない? 誰?

 

 

『Check! Now!』

 

 

 この歌声……

 

 

『Come on! Come on! Come on! Come on!』

 

 

 MEMちょの声じゃん!なんで!?

 

 ハッと目を開けると、私の身体はさりなではなくルビーになっていた。何もない空間でふわふわと浮いている私の隣を見ると、ママがいると思っていた位置にはMEMちょがいる。

 MEMちょがアイドルスマイルを振りまき、キレのいいダンスを交えながら私に向かって精一杯歌っている。

 

 まさかの夢の中でMEMちょのふたりきりのソロライブ。わけがわからない。

 

「ルビー、ありがとう。あの時、嬉しかった」

「え? いつ?」

 

 踊っていて、口の動きも歌の歌詞と同じなのに、MEMちょの別の声が腹話術のように聞こえる。

 あの時って何のこと?私、MEMちょのために何かしたっけ?

 あ、アイドルをやるのに年齢なんて関係ないって言った時かな?

 

「違うよ。ファンに本当の年齢を公表した時」

 

 私は何も言っていないのに、まるで心を読んだかのようにMEMちょがまた腹話術をしてきた。

 ファンに本当の年齢を公表した時……ああ……何か、MEMちょに伝えた気がする。

 自分の強みを生かせば、上手く乗り越えられるって。

 でもそれは、MEMちょが工夫して、リスクを負いながらも上手に配信をして乗り切っただけ。私は何もしてないよね?

 

「そんなことないよぉ。私の戦い方を認めてくれた。私の夢を応援してくれた。

 自分のためにやってきたことでもあるけど……ユニットの事を考えて重ねてきた私の広報の努力を見てくれた。

 誰かのために頑張ったこと、見てくれてた。

 自分で選んだ道だけど、楽じゃなかった道のりを、リスペクトしてるって言ってくれた。ルビー、あのね」

 

 今度は逆だ。MEMちょの言葉どおりに口が動いているのに、歌だけは頭に鳴り響いている。

 ダンスをやめて、アイドル衣装のMEMちょが一歩近づいて、私の手を取った。夢の中なのに熱を感じて、温かかった。

 

「誰かのために何かするって、モノをあげたりとか、何か手伝うとか、そういうのだけじゃないんだよ。

 私がずっと頑張ってきたこと、ずっと大切にしてきたこと。ルビーも大切にしてくれた。

 私さ。辛くて、挫けそうで、諦めちゃいそうな時。もう止めてしまいたいって思っちゃう時。そんな時に、必ず開けるって決めている宝箱が心の中にあるんだ。

 ルビーの言葉、ずっと忘れない。心の宝箱にしまっておくね」

 

 頭の中で響いて、そのまま頭から首、その下の体中にしみ込んでくるように聞こえたMEMちょの言葉。そのMEMちょの姿が、別の誰かにじわりじわりと変わっていく。髪が伸びて、黒髪は頭頂部だけだったはずなのに、毛先まで黒に変わっていく。

 何が起こっているの。さっきからカオスすぎない? やっぱり変な夢だ。

 そして、ダンスを再開しながら姿が変わっていったMEMちょは……最後に、MEMちょソロverの振付を完コピしたフリルちゃんの姿になった。

 

 

「えええええ!? なんでぇ!?」

 

 

 そこで目が覚めた。コテージの中で、誰かの目覚ましアラームが鳴り響いていた。

 

『難しい事考えるよりも♪ もっとスウィートな愛を感じてたいの♪』

 

 アラームの音源、MEMちょソロverだ……。

 

「あっごめん、これ私の7:00のアラームだ」

「フリルちゃん……」

 

 私の隣で寝ていたフリルちゃんも起きて、もぞもぞと枕元に置いていたスマホをいじってアラームを止めていた。

 そういえば昨日はアラームが鳴る前に起こされちゃったから、フリルちゃんが目覚ましの音源に何使ってるかなんて知らなかったな……。

 

「ふぁ~もう朝かぁ」

「……なんでサインはBじゃないの?」

「いやーだってさ、寝ぼけ頭に響く、可愛くてちょっとだけ小憎らしいMEMちょの『見た目じゃねぇ~?』の声……ファビュラスだよね……なんていうか……その……下品なんですが……フフ……」

「キモヲタになった元同級生兼推しタレントを見たくなかったなぁ」

「ちなみに着信音源はサインはBのMEMちょソロに設定してるから。あ・な・た・のアッイド、ルーのルぅーの巻き舌感最高。いい匂いしそう」

「わー筋金入りじゃん」

「いやあ、着信音源自由に設定できるって素晴らしいね。だいたい仕事の連絡だからさ、この音源なら着信来てもテンション下がらないし。支給されたスマホの着信音はPOP IN 2 MEMちょソロにしちゃおうかな?」

「これロケ終わったら返すんだし意味なくない?」

 

 暑くて寝苦しいはずなのに一度も目を覚ますことも無く、すでに外は明るくなっている。

 身体は……正直、ギシギシと固くて動かしにくい。主に昨日頑張った肩と脚。既に筋肉痛になり始めている。

 ストレッチしたはずなんだけど、焼け石に水だった。

 

「ううん……おふぁよぉ」

「うぉっびっくりした……え、あかね、私のすぐ後ろで寝てたの?」

 

 爆音のMEMちょソロverを聞いて、フリルちゃんを挟んで反対側にいたあかねちゃんも目が覚めたらしい。

 昨日と同じで私がコテージの真ん中あたりで寝ていたから、端で寝るフリルちゃんと壁の間のスペースは狭いはずなのに、あかねちゃんはその狭いスペースでフリルちゃんに寄り添うように寝ていた。

 

 だけど声は昨日のように朝からシャキッとした感じじゃなくて、凄くモニョモニョで、ふわふわで、へにゃへにゃしていた。疲れが抜けきっていないのは私だけじゃなさそう。

 起きてもいい時間ではあるけど、朝ごはんまでは少し時間ある。

 どうしようかな。正直、働く場所目の前だし、カントクもいるし。寝坊しても起こしてもらえるから心配無いともいえるよね?

 

「ねえ、二度寝しない? まだ眠いんだよねー」

「いいね。ルビーからの積極的な悪だくみ提案、この時を待っていた。ま、ご飯の時間になったら監督が起こしてくれるでしょ」

「だめだよぉ、起きないと……私たちが、朝の集合、早めたんだから……めいわく、かけちゃう……」

 

 サムズアップしながら賛成してくれたフリルちゃんの奥で、あかねちゃんが頭をグラグラさせながら上体を起こそうとしてる。

 二度寝実現に向けて、へにゃへにゃあかねちゃんが最後の障害として立ちはだかった。一番眠そうな人が一番起きようとしてる絵面がひどい。真面目過ぎなんだよなぁ。

 フリルちゃんに目配せすると、同じこと考えていたらしく私に目配せし返してきた。

 

「よいしょっと」

「あ、な、なに……?」

「ほ~ら、あかねちゃんも二度寝しよ?」

「ちょ……ちょっと……」

 

 体を起こしかけたあかねちゃんをフリルちゃんが抑え込んで横にさせ、ぺたん座りした私の太ももにあかねちゃんの頭を乗せた。

 

「この中で一番疲れてるでしょ? 今日の撮影本番まで疲れ残しちゃだめだよね? だからおやすみ。ほ~ら、眠くな~れ」

「やめて……や……」

 

 ママがぐっすり寝ている横で、私の寝つきが悪かった時にお兄ちゃんがしてくれたあれこれを、幼児期の記憶を呼び覚ましながらあかねちゃんにもしてみる。

 

 お兄ちゃん自身も体は幼児のくせに、こんなふうに私の頭をさすったり、肩とかお腹とかをさすってトントンと叩いたりしてくれてた気がする。

 これに限らず、お兄ちゃんは粉ミルクを作ってくれたり、公園でケガの処置をしてくれたり。

 子供の身体の扱いが上手い人だな。子供育ててたのかな。やっぱりこの人前世は年上か……キモいガキだなぁ……舐められないようにしないと……と昔は思ったてたけど。

 産科医は産後の母親からの育児相談を受けて、そのケアをすることもある。だから、お兄ちゃんの前世を知った今となってはこの技術にも納得している。

 

 でもこれ、意外と大人相手でも効く。あかねちゃんは最初だけ『だめ……おきる……』と力のこもってない手で私の手を払おうとしてきたけど、直ぐに声の呂律が怪しくなった。

 

「あかねちゃん? 眠い? 眠いよね?」

「うん……」

「寝ていいんだよー?」

 

 リラックスし始めたのか、次第に呼吸がゆっくりになる。身体をさすっていた私の手を「あったかい……」と小さな声で言いながら触り返してきて、もともと半分閉じていたあかねちゃんの目が完全に閉じた。

 同じリズムの静かな息が、白くて小さな鼻から聞こえてくる。

 

「……攻略完了だね、ルビー。なんか催眠術みたいで怖いからそれ悪用しちゃだめだよ」

「えへへ、じゃあ私たちも二度寝しちゃお!」

 

 膝枕からあかねちゃんの頭をゆっくり下ろし、二人で各々の寝袋に戻る。暑いから入る必要もなく、実質敷布団だった。

 昨日は午前中あんなことがあったから時間がなくて、午後に宣材撮影。今日は朝から本番の演技。

 今日の方が仕事で体力を使うことになりそうだ。

 

 そして、今日で撮影も終えて……明日には風がやむから迎えの船が来る。

 事件の事とか何かするなら今日がリミットだけど、あかねちゃんはどうするつもりなんだろ?

 杞憂かもしれない、とは元々言われてたけど、犯人は見境なく私たちを襲いそうなシリアルキラーだとは、今の段階ではあんまり感じない。

 これで朝ごはんの時誰か一人いなくなってたら本格サスペンスだけど、何となくそうはならない気がする。そうならないでほしい。

 フリルちゃん交えてあかねちゃんに聞いてみようか。午後には海の神社に行こうと言ってたけど、その後どうするのかな。

 

(ううん、眠い……)

 

 うつらうつらしていた頭であんまり難しいことを考えたくない。せっかくあかねちゃんを攻略して得られた二度寝の時間、今日を万全に過ごすために睡眠に当てて──

 

 

 『We! Are! STAR☆T☆RAIN Check! Now! Come on! Come on! Come on! Come on!』

 

 

「フリルちゃーん……スヌーズ鳴ってる……」

「ううん……? 私寝ちゃってた……?」

「失礼仕った。私目覚めが悪いから、5分おきに5回くらい目覚ましアラーム設定してるんだよね。それでも6度寝したことあるけど」

「どんだけ起きられないの。あかねちゃんも起きちゃったかー」

「私ももう……寝ちゃう……」

 

 隣でもぞもぞとスマホの設定を変えているフリルちゃんの気配を、目を開けることも無く感じていた。眠い。

 あかねちゃんのモニョ声がまた聞こえてきたけど、すぐにまた寝ちゃったようだ。

 今度こそ、私ももう一度夢の中に行こう。

 

 

(この島に来て、2日続けて不思議な夢を見てるなぁ)

 

 起きたら夢の内容なんて忘れちゃうことが多いのに、妙に質感があって、起きてもよく覚えてるんだよね。

 間違いなく自分の夢だし、登場人物も私が知る人しか出ていないのに、なんだかこう……別の『何か』が入り込んでいるような……夢を『見させられている』ような……。

 何かと溶け込んで、曖昧になった自分と何かの境界の上を泳ぐような夢だった。

 このまま二度寝しても、そんな夢を見るのかな?

 

 

 体中を脱力すると、身体が床の下に沈んで落ちていくような、逆に体が浮いているような不思議な感覚になって、私は意識を手放して──

 

 

 『We! Are! STAR☆T☆RAIN Check! Now! Come on! Come on! Come on! Come on!』

 

 

「スヌーズぅ……」

「え? これ私じゃないよ。MEMちょソロverじゃないし」

「あれ、ほんとだ。この歌、先輩ソロ……」

 

「あっごめん……これ私のアラームだ」

「あかねちゃん……先輩のアイドル活動は解釈違いだって……」

「それはそれ、これはこれだよ?」

「ルビー本人がいるのに私とあかねどっちもルビーの歌を音源に使ってない事実がすごく面白くない?」

「ひどくない!?」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 8:00

 

「すみません! すみません!」

「ははは、キャストは特に疲れちゃうよね。寝不足で撮るよりよっぽどいいよ。暑いしさ」

 

 三人仲良く寝坊して、心配しきったカントクの何度目かの着信で目が覚めた時には、スタッフは揃ってご飯を食べていた。

 喉の奥が見えそうなほどすっごく無遠慮なあくびをする口に手を当ててケロッとしているフリルちゃんと、頭を掻こうとしたら☆柄のナイトキャップを外し忘れてることに気付いた私。二人に挟まれて真ん中にいるあかねちゃんが、ちょっとだけ寝ぐせで撥ねた髪をぴょこぴょこ揺らしながら平謝りしていた。

 内藤さん(フリルちゃんと髪型の印象が一致していたインパクトでやっと覚えた)がフォローしてくれたのに合わせて朗らかに笑っている他のスタッフたち。

 ちゃんと4人そろっていて、ホッと胸をなでおろした。

 

「あー、3人は食いながらでいいから聞いてくれ。このドラマの脚本書いた人に、学校内で撮影が出来ることを伝えた上で、初日高坂さんが撮った校内の写真を見せたんだが。それならちょっと脚本変えられますかと連絡があった」

「えー!?今さら!? 頑張って覚えたのに!」

「まあ待て、ルビー。台詞自体はそんなに大きくは変えてねえよ。後は演出の話だから、俺たちがその場で考えながら何とかする。出来ればこういう時武田さんがいてほしいんだが……あの人発案なんだし」

「不安ならもとの撮影プランのままでいーじゃん。ぶーぶー」

「まあな。でもこの方が良いかもって俺も感じたのは事実だしな。廃校なんて普通入れないし、もともと学校が舞台のドラマだし。ベテランアイドル兼女優さんなら出来るだろ?」

「適当なこと言って……」

 

 カントクが島に持ってきたミニプリンターがウィンウィン言いながら吐き出した新しい脚本を眺めながら、味気ない乾パンのような朝食を水と一緒に体の中へ流し込んだ。

 確かに、ほとんど台詞自体変わってないし、主題も変えてない。だけど、印象的なキーとなるシーンは校舎内で撮ることを前提としている形になってる。

 これくらいなら演技、やれなくはないけどさ……。

 

「じゃあ馬場君、機材軽トラに積み込んでもらっていいかな? 校内撮影だから照明いるしね」

「うす。でも昨日の朝、高坂さんとやったのをそのままにしてるからあんまりやることないっすよ」

「そうだったんだ。じゃあその状態を僕は見れてないからさ、念のため」

「ダブルチェックっすね。行きましょう」

「ありがとう、じゃあ五反田さん、行ってきます」

「あ、俺も行きますよ。ちょっと待ってください」

 

 内藤さんと馬場さんが、機材を積んだままになっている軽トラに向かおうとするのを、慌ててカントクがついて行った。

 そのついて行き方に、妙に慌てた感じがしたのは、きっと私たちが『事件』を認識しているからだ。

 

 気のせいかもしれないけど……カントク、特定のスタッフ同士を二人きりにしないようにしているのかな。

 確かに『出来るだけお互いを見れるような体制にしよう』ってもともと言ってたけど、どこまで気を張って、監視みたいなことをすれば十分なのか分からない。

 

 けど今出ていった男性スタッフ二人は元々仲良さそうだし……もしもどっちかが犯人だとしても、まさか片方が片方を……なんてことは……。

 

(やっぱこんなこと考えるの嫌だなあ……)

 

 疑心暗鬼の中過ごすなんて、気疲れでどうかしちゃいそう。

 

 あと、仲が良いと言えば。

 

「すごいですね、これ全部コスメですか?」

「はい! 人によって、しかも日によって肌と髪の調子って違いますからね! 敏感肌の方に合ってないメイクしたら、取り返しがつかないですし……今日は男性キャストがいないので、これでも少なめですよ?」

 

 男性スタッフ同士でよく会話しているからか、自動的に残りの女性スタッフ二人が話すことが多くなっているようで、このロケが初めましてらしいのに、今朝の段階で2人の距離感が近く感じた。

 山県さんと高坂さんの二人は、撮影の準備段階のこの時間、共用コテージで待機するらしい。

 

「こだわるんですねぇ。大荷物じゃないですか」

「でも高坂さんこそ、私より何かたくさん持ってきてません?」

「ああ、これは……」

 

 スタイリストとして、メイクだけでなく衣装を整えたりもしてくれる山県さんは、行きの段階でなにやら大きなリュックを背負っていたなあと思ってたけど、コスメグッズだけでとんでもない量を持ってきてる。ついでによく見ると、ウインクしている私の缶バッジがリュックについていた。

 そういえば、確かに昨日の写真のためのメイクの時も、私たち3人の顔を色々触りながら、ファンデーション一つとっても別々のコスメを使ってた。

 そんな感じで山県さんもすごいけど、初日にも感じていたとおり、この中で一番荷物が多くなっていたのは高坂さんだった。

 高坂さんが椅子の足元に置いているリュックには、白いお守りがついていて、山登りでも始めちゃいそうな大きさだった。

 

「予備カメラ二つのほかは、カメラのレンズですよ」

「え……これ全部ですか!? 重そう……」

「9本持ってきています。遠望用とか、他にも色々です。ちなみにすっごく重いです」

「うわ、ほんとだ、ずっしりだ。華奢なのにタフだなぁ……そういうのって、一本のレンズじゃダメなんですか? 長さ以外見た目全部同じに見えるけど……」

「レンズを回してズームできるのが一般的ですけどね、どうしてもフォーカスが甘くなっちゃうのがイヤで。私は単焦点レンズ複数持ち派ですね」

「あはは、いっぱい専門用語出てきた! 何言ってるかサッパリです!」

「ふふ、つまり『良いモノを作るには手間がかかる』ということです。山県さんのそれと同じですよ」

「なるほど、それは分かります!」

「これでも少なく済んでいる方ですよ。昔はデジタルじゃないから、撮影失敗しても分からないし、フィルムの交換とかもあったそうだし……色々、大変だったんだろうなって思いますね」

 

 雑談しながら山県さんがメイク道具を机の上に揃え始めている。

 私たちの食事が終わったらすぐにでも始めようとしているのを感じて、脚本を見ながら食べていた朝食を慌てて全部口に入れた。

 

 撮影の本番が始まる。

 

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