【完結】もしもし、アクアくん?〜女優探偵の事件簿〜   作:ねこのまんま

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この章では、災害に関する描写があります。

そういった描写に対し、不快感を覚えたり、心が苦しくなってしまわれる方は、この『中編』は読み飛ばしてくださいますよう、お願い申し上げます。




⑱ 第9話 夢枕(中編)

 

 10:00

 

 ぬかるみが無くなったけど、相変わらずそこかしこに雑草が生えている学校の校庭で、目の前に立つあかねちゃんと向かい合っていた。

 その背後には、古ぼけた廃墟の学校がある。

 真夏なのに寒い時期の格好をしているあかねちゃんは、愁いを帯びた眼差しをこちらに向けるばかりで一言も話さない。

 言葉が無くても、瞼の開き方、瞳の流し方、眉の角度、肩の張り方、首の傾げ方、背中のわずかな丸め具合……一つ一つが、見ている人に強烈な印象を残す。流石だなって思う。

 私は焦点を遠くに置くように学校を眺めながら……一瞬だけ、こちらに何かを語りかけようと口を開いたあかねちゃんと目を合わせた。

 

 合わせちゃった。

 

「カットオオオ!」

「えー!! なんで!?」

黒川(長女)と目を合わせるなよ!『そこにいない』んだから!」

「……合わせてないもん」

「ウソつけ! めっちゃ視線が合ってたわ!」

「ぶーぶー!」

「うるせえ! 一介のキャストのくせに監督にブーイングしやがって! 定位置に戻れ!」

 

 わずかなミスでもNGを出してきたカントクに納得いかずに文句を言うと、あかねちゃんが苦笑いをした。

 

「ほんの一瞬じゃん! 視聴者は分かんないでしょ!」

 

「分かるだろ」

「よゆーで分かるでしょ」

「ごめんルビーちゃん、視線は目立つよ。台詞無いシーンだし」

「分かっちゃうねえ」

「分かるっす」

「ふふ、分かっちゃいます」

「分かりますよー!」

 

「味方がいない!?」

 

「ルビーちゃん、一応私の後ろの校舎を見てるシーンだし。私の肩の上あたりを見てみたら?」

「う、うん……」

 

 とにかく、厚着をしているあかねちゃんに申し訳ないから、NGを出さないようにしないと……。

 

 

 『そこにいない』。

 あかねちゃんが演じる役『氷雨』は、私とフリルちゃんが演じる姉妹のさらに上の長女であり。

 

 故人だった。

 

 鏑木プロデューサーと武田プロデューサー、あともう一人のプロデューサーとともに、このドラマはとある災害から10年以上経った様子を描いているオムニバス形式のドラマだった。

 5つの短編ストーリーが一つのドラマになっていて、私たちはそのうちの一つを演じる。作品となったら30分程度で、そのなかでもこの島での撮影シーンはそんなに多くない。

 結構センシティブな内容のため、地上波ではなく規制の緩いネット配信だった。

 

 かいつまんで、ストーリーを振り返ると……。

 

 小さな海辺の集落で父子家庭で育っていた娘の父が再婚し、年の離れた妹2人が産まれる。

 今更出来ると思っていなかった妹を、あかねちゃん演じる長女は本当にかわいがった。

 

 そしてとある三寒四温の春先、三女『雨音』が低学年のため学校が早く終わり、集落外の高校の試験休み中の長女と一緒に海辺で遊んでいる時……大きな地震が起こった。

 津波が来るからと集落の高いところにある学校まで逃げて、まだ授業中だった次女『水面』や両親ともそこで合流する。

 長い避難生活になりそうだという話になった時、幼くて状況を分かりきっていない三女が駄々をこねた。

 

 子供という生き物は、大人から見たら『どうでもいい』ものに、本当に理解し難いほどに異常な執着とこだわりを見せる。

 

 それがないと眠れないのか、落ち着けないのか。いつも手放さないものが家にあるから取ってきたいと我儘を言い続けているのを見て、長女が『すぐそこだから、私がとってくる』と言って、『家が崩れるかもしれないから行っちゃダメ』と言う両親を宥めて家に帰った。

 その両親も家の倒壊を心配するだけだった。他の住人のほとんども、まさか津波が、もともと高い所にある家の高さまで来るとは思ってもいなかった。

 

 時間が経っても帰ってこない長女が心配で、学校の敷地のはずれから家の方向を見下ろすと、自分たちの家は水の下に消えていた。どうしようもできないまま時間をおいて家の方に行くと、建物は基礎しか残っていなかった。

 長女は行方不明。

 

 家族全員心に傷を負った中で集落から離れ、十数年が経った。

 父親や継母、次女が時間をかけて少しずつ前を向いていった中、三女だけは、まるで長女が始めからいなかったかのように共に過ごした時間を覚えていなかったり、逆にまだ長女が生きているかのような言動をしたり。

 時間をあの日に置き去りにしたように、成人しても精神が不安定なまま表情が消えていた。

 どれだけ家族が寄り添っても改善が見られず、母校が取り壊されることになったのをきっかけに、次女が三女を連れ出して、確かに姉と過ごしていた故郷の集落に戻ってきて……。

 

 ……という感じの、実話をもとにしたフィクションだった。

 三姉妹役なのに3人の共演の機会がこの島だけなのは、他の場面は回想であり、あかねちゃんが春頃に主に共演したのは次女と三女の子役だったから。

 

 率直に言って、脚本を読んだ時、すんごく物語が重たいし、かな~り難しい役だな……と思った。何で私が打診されたんだろ……。

 

(私が演じる子、どうみても心療内科案件だよね……かなり危ない精神状態に見えるけど、どう演じれば……)

 

 でも……みんながみんな、そういう時に最善の選択を取れるとも限らない、か。こういうの、本人に自覚ない事もあるし。

 私の場合、本当に身近に……ママが死んじゃった時の心の傷を、家族にも隠し続けた人がいたし。 

 

 

 

『グリーフケアって聞いたことあるかな』

 

 配役が決まって少ししてから、あかねちゃんが苺プロに来てくれて色々教えてくれた。

 お兄ちゃんが私のために頼んだのを快諾してくれたらしい。

 

『アルフォンス・デーゲンっていう人が考えた悲嘆プロセスっていう考え方があって。親しい人との死別を乗り越える一般的な心理過程なんだけど。

 最初は現実を理解できなくて、そして次にショックと理不尽さへの怒り、その後事実を受け入れる中で自責と喪失感、抑うつ感を覚えて、だんだん周りの人との繋がりの中で少しずつ回復していく、というもので。皆がそうなるとは限らないけどね』

『何だかお前からそういう系統の話を説明されるの、懐かしい感じがするな』

『んふふ、確かに。東京ブレイドもだいぶ昔だね』

 

 分厚い本を読みながらあかねちゃんがしてくれる説明を、横でお兄ちゃんも一緒に聞いている。なんか難しそうな話だったけど、人の心理的なところの造詣の深さは、あかねちゃんはガチのガチだった。

 東京ブレイド……あの頃帰りが遅かったお兄ちゃんが、あかねちゃんと何をしていて、どんな話をしていたのか、詳細までは聞いていない。

 

『ここで問題はね。多くの人が「故人が存命中にああしておけば……」っていう罪悪感は持つんだけど。「故人の死そのものの原因、責任が自分にある」っていうタイプの罪悪感を抱くと一気に難しくなって。亡くなった人と積み重ねた関係すら、自分の中に遺すことを否定するようになると、何十年経っても現実の受け入れとか、回復の過程が全く進まないまま……というケースもあって』

『……』

『本当は、今を生きる人に支えられながら時間が解決していくんだけど……自分は幸せに生きる資格がないって考えこむと、支えてくれる人の手を取ることも出来なくなる、ことも、あって。時間すら、解決できないことも』

 

 あかねちゃんの歯切れが悪くなったあたりで、ふと隣から気配を感じなくなって横を見ると、お兄ちゃんがソファを離れてキッチンに立ち、3人分のお茶を淹れようとしていた。

 

 

 

「……」

 

 あかねちゃんが苺プロに来てくれた時を思い出してると、誰かが隣に寄ってくる気配がした。

 

「星野さんお疲れ様です~。ヘアセットやり直しますね」

 

 ワンシーンを終えたあと、強い風で乱れた私の髪を整えようと山県さんが寄ってきた。

 ついでにメイクが少し気になったのか、私の頬にブラシを当ててくる。

 

「でっかいブラシですね……」

「あ、分かります?チークのブラシは大きければ大きいほどいいですよね~! 時短だけじゃなくて、とにかくムラが少ないですから。形はやっぱり円形が一番やりやすいかな。部位によりますけど」

「ふうん?」

「星野さんはご自身でメイクされてます?」

「うーん、最近はこうして人にされることが多いですけど……苺プロのタレントになる前は自分でメイクして、地下アイドルとかのオーディションを受けに行こうとしてたりしてたなぁ」

 

 メイクをしている最中、黙々と作業する人もいれば、こうしてコミュニケーションを図ってくる人もいる。

 山県さんが何かと饒舌なのは、私を推してくれているからなのか。

 ヘアセットはともかく、顔のメイクをしている最中に私が話すと、当たり前だけど『動かないで』ってメイクさんに怒られることが多い。なのに山県さんから話しかけてくる感じ、彼女がそういう人だからというだけかもしれない。

 

「たまには自分でやるのもいいですよね。人様の顔にやるより自分にやる方が難しいので、私も失敗ばっかりですが……」

「そうなんですか?上手なのに意外……いつからこのお仕事を?」

「美容芸術短大出てからずっとですよ! 懐かしいなあ……最初の現場、アウトローな感じの作品でして。こう……抗争で撃たれて死んだ仲間を主人公が見つけた時、遺体の背中に蛆がわいているシーンがあったんですけど」

「う、うわあ……グロ……」

「何で私は芸大出て、怖いおじさんの腐肉のメイクしてるんだろうってちょっとテンション下がってたんですけど……背中に本物の蛆が置かれても演技をやりとおした役者さんを見た時は、流石に仕事に対する認識を改めましたね! 何でも真剣にやろうって! あはは!」

「そ、そうですか……そういえばこうしてメイクもしてくれますし、スタイリストだけじゃないんですね」

「最近は美術より、こうしてモデルさんの撮影前のメイクとかの方が多いですね。本来スタイリストとメイク、それとヘアメイクも別々の人がやるべきだし……専門としては別物だから、全部一人がやると中途半端になっちゃうかもしれないんですが。でも上手く出来た時は、撮影前からモデルさんも笑顔になってくれて」

「あ、分かります! すっごく綺麗になれてる自分が嬉しくて」

「撮影モデルだけじゃなくて、演技の前のメイクも。役と脚本に合ったメイクができたら、俳優さんが『鏡を見た瞬間から役に入れる』って言ってくれるんです。演技はメイクから始まってるって思いながら頑張りますね!」

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 学校の裏手には、グラウンドとは別に少し開けていて、雑草が伸びている空き地があった。

 昔何かあったのかな? 畑とか? 自給自足の生活だったって、お兄ちゃんのメッセージに書いてあったし。

 そして今、そこで撮影をしていた。

 

 外連味がある、とあかねちゃんが評価していたフリルちゃんの演技を、少し後ろから見ていた。

 

「『私たちが離れちゃうと、お姉ちゃん、この場所で一人ぼっちになっちゃうのに……ごめんね。パパとママが離れるって言った後も、本当は離れたくなかった』」

 

 すぐそばにあかねちゃんが立ってるけど、『そこにいない』長女に語りかけているシーンでのフリルちゃんの声は、悲しいというより、落ち着きながら懐かしむような声色だった。

 風の雑音を避けるための鳥カゴがつけられたマイクが、その声を拾う。

 ハッタリを利かせられる……か。昨日のお昼のガチ泣きとか、あの映画での怪演とか。センセーショナルな場面での彼女の演技は、何かと周囲の視線を奪っていく力がある。

 

「『雨音はここでお姉ちゃんにずっと遊んでもらって、ツツジの蜜吸ったり、シロツメクサの指輪作ったりさ、帰るって言っても全然帰ろうとしなくて困らせてたじゃん。……なんか、思い出さないの?』」

「『……』」

「『そのくせ、雨音、周りの人に3人姉妹だって言ってんでしょ? この前聞いたよ』」

「『……だって』」

「『もうお姉ちゃんはいないから……私は2人って言ってるのに。あんたが3人って言うから、周りからよく分からない目で見られてる』」

「『……』」

「『……私も……お家の写真全部無くなっちゃったから……だんだん声も、顔も、忘れてきちゃって。それが怖いのに。あんたは何なの? あの日から泣いたことあった? せっかく今日も来たのに、ちゃんと思い出そうとした? ねえ……雨音が何考えてるか、昔からよく分かんないんだけど』」

「『……』」

 

 私の方に振り返って、風より少し大きな声に次第に苛立ちを込め始めた。

 いや、苛立ちだけじゃない。

 姉を喪い、妹もあの日からずっと……。そんな状況で、妹に対して苛立ち以外に向けている別の感情も伝わってくる。

 これは、カントクからの指示でもない、フリルちゃんの独自の解釈と演技のはず。

 だけど、妹を心配する感情と、家族を支えられない無力感の説得力がすごい。これが……『役に深く入れば、役がゴールを教えてくれる』ってやつなのかな。

 

 私はそれに対して、無表情のまま俯くだけだった。

 でもその無表情の中に、自分自身のことすらよくわかってない、いろんな感情のせめぎ合いに苦しんでいる胸中を滲ませる。

 難しいけど、大丈夫、出来ているはず。練習したし。

 

 でもすぐ俯いた顔をあげて、嘘で塗り固められた笑顔をフリルちゃんに向けて、台本にあった台詞を言葉にする。

 嘘の笑顔と強がりの言葉は、私にとっては一番慣れている演技だった。

 

「『いつも言ってるじゃん。私は毎日、氷雨ねーねと会ってるから。夢にも毎日来てくれ……』」

 

 言いかけている途中……小さなアブが、風よけを求めて私の頬にとまった。

 

(か、かゆい……!)

 

 何でこのタイミングで!? どうしよう……!

 

『背中に本物の蛆が置かれても演技をやりとおした役者さんを見た時は、流石に仕事に対する認識を改めましたね! 何でも真剣にやろうって!』

 

 頭の中でパニックになりかけた瞬間、さっき山県さんが言ってた言葉が頭の中で再生された。

 そうだ。ここが勝負どころだ。こんなの、昨日の藪の虫に比べたら可愛いもんだ。

 出来る、自分を信じるんだ。ここで見せるんだ。15年の嘘から、着実にステップアップしている私の演技を!

 

 そう思った直後、アブが私の顔の上をトコトコ歩いて鼻の下までやってきた。

 

「……ぶぇっくしょいっ!」

「「「「「「「…………」」」」」」」

 

 夏の空気よりも肌にベタつく沈黙が、飛び立ったアブと一緒に風に流されていった。

 

「カット。やり直すぞ」

「ですよねー、カントクごめん」

「いや、これはお前は悪くねえ。むしろすまん。馬場、虫よけ頼む」

「ルビー頑張ったねぇ。なんでもっと早くリテイク要求しなかったの?」

「だって、フリルちゃんの良い演技、無駄にしたくなかったし……」

「大丈夫だよ、あれくらい何度でもできるから」

 

 フリルちゃんと一緒に馬場さんにスプレーを吹きかけられながら、そのカットの始まりの位置に戻った。

 何度でもできる、か。フリルちゃんは何度も高水準の演技が出来るだろうけど、私は……。

 

(2人との演技、楽しみだったし……たくさん練習したんだけどな……)

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 12:00

 

「昼休憩にするか。みんな涼しいところで休めよ」

 

 せっかく昨日撮った宣材写真と重ね合わせるため、一部の撮影は屋上を使った。

 そのシーンが終わった後、カントクの号令と共に、何でも屋の馬場さんがお昼ご飯を持ってきてくれた。

 日差しが強いから校内で食べようか悩ましいけど、涼しい風を浴びることを選んだのか、みんな屋上の少ない日陰を探して休んでいる。

 内藤さんだけ、日を浴びた機材が熱で壊れてないか心配そうにチェックしていた。

 

「ねえフリルちゃん」

「なんでござんしょ」

 

 味気ない昼食を食べ終わり、まだ少し時間の余裕があったから、景色を見ようと屋上の端っこまでフリルちゃんとあかねちゃんと歩いた。

 歩きながら、演じにくい自分の役を思い浮かべて、かつて演技について教えてくれた友達になんとなく不安を打ち明けた。

 

「あの映画撮ってる時さ……どう演じるべきかは役がゴールを示してくれるって、学校で教えてくれたじゃん」

「私そんなクソ真面目なことルビーに話したっけ」

「話してくれたよ、思い出して」

「おっけー、思い出した。まだ役に入りきれてないって、納得してない感じ? 確かに難しい役だからねえ……今もう撮影本番だけど」

「うん……少しはカントクから指示あるかなあって思ってたけど……カントクって細かいところ突き詰めるクセに、たまに放任主義じゃん」

「わかりみが深い」

 

 演技指導に関しては、先輩の教えが分かりやすい。フリルちゃんのそれは、言ってることが少しフワッとしていた気がする。

 それでもあの時は結果的に、先輩とのアレコレを経て。『涙を流さない』と誰からも思われていたママの泣いている姿を、自分の中から見つけることができた。

 今は……ちょっと、自分の中でも納得のいくラインに達していない。

 OK出てるってことはそれなりの水準には達していると思うけど。

 

「平たく言うと、役に深く入るってのは、まずどういう人か理解することになるんだけど。まあそこらへんはあかねに聞いちゃって」

「えっ私!?」

 

 一緒に歩きながらも、スタッフ達を見てて少し上の空だったあかねちゃんが、急に話を振られてびっくりしてた。

 そんなあかねちゃんを、フリルちゃんが怪訝そうに少しだけ眺めてたけど、すぐ私に視線を戻した。

 

「あかねちゃんの役の理解の仕方、なんていうか……命削ってやってる感じじゃん……マネできないよ」

「そうだね。あかねにしかできないね」

「ひどい言われようなんだけど……」

「フリルちゃんが言ってた、自分の中から別の人を見つけるって、……やっぱ、いろんな感情の引き出しを増やす経験をするしかないのかな」

「ん~、別の人……って言ってるわけだしさ、本当に別の人でもいいんだよ」

「ふうん……?」

 

 フリルちゃんの長い髪が風を受けて後ろに流れる。立っていた私の鼻にかかって、またくしゃみしそうになった。

 あかねちゃんは相変わらず休憩しているスタッフの方を見ていたけど、フリルちゃんの語る演技論が気になるのか、時々ちらっとこちらを見てる。

 

「ルビーがこれまで会ってきた人。特に、その人となりを理解するくらい関わりが深い人。そういう人の経験と感情を間借りするんだよ」

「間借り?」

「そ。誰かと深く関わったら、自分の心に何かしら、その人の心が編み込まれて残っているはず。編み込まれたいろんな人の糸の中から一本見付けてそれを手繰って……その誰かと溶け込んで、曖昧になった自分と他人の境界の上を泳ぐように演じる」

「難しい言い方するなあ……」

「役作りの核を自分の外から持ってくるって、別に珍しくないからさ。芝居に使えるものはなんでも使わないとね」

 

 結局フワッとした言い方だけど、何かのヒントになりうるような。

 私の演じる役に入り込むのに使える人。

 ……なぜか、お兄ちゃんの顔が浮かんだけど……どうだろ……。

 

 今更考えるようなことじゃないかもだけど、折角ものすごい二人と共演しているんだから、作品の質に貢献したい。

 事務所でのあかねちゃんの座学と、今のフリルちゃんのアドバイス。午後に少し残っている撮影シーンを考えながら、無意識に屋上の鉄柵に凭れようとした。

 

「あっルビーちゃん、そこは――」

「星野さんストップ!!!」

「ひゃい!?」

 

 あかねちゃんに呼びかけられたような気がした直後、突然大きな声を浴びせられて、ビクッとなって体が固まった。

 他のスタッフ達と違い、私たちに少し近いところにいた馬場さんが、こちらに向かって歩いて来ていた。

 

「星野さん、危ないっすよ。潮風を何十年も浴びた鉄なんて、強度死んでるかもしれないんで。そうでなくても凭れたら錆で衣装が汚れちゃいますから」

「す、すみません」

 

 振り返って、屋上外周にある柵をよく見ると、所々根元に穴が開いて空洞の中身が見えている。思いっきり凭れちゃったら、この柵が保つか分からない。ゾッとした。

 

「ありがとうございます」

「よく見てましたね、ルビーの事」

「まあ、キャストの安全とか、やりやすい環境づくりが仕事ですので。昔……新人の頃あの人から仕事の事いろいろ言われて……ああ、プロデューサーのことっす」

 

 あかねちゃんとフリルちゃんがお礼とか諸々言うと、馬場さんが汗をぬぐい、眼鏡の耳にかける部分を拭きながら話し始めた。

 昔って……馬場さんはプロデューサーから、なんかパワハラされてたとか、船で言ってたような?

 

「武田プロデューサーとは、あんまりいい思い出無いのかなって思ってたんですけど」

「そうですね、星野さん。まあ、亡くなった人の事をあんまり言うのも……それに、当時も何もかもおかしいこと言ってたわけじゃなくて。頑張ってる人にはたまに優しいこと言ってましたし」

「基本酷いけどたまに優しいって……なんかDVカレシみたい……」

「ははは、言い得て妙っす。たまに人の心をつかむこと言うのが上手くて。一部からは結構慕われてたらしいっすね」

「へー、そうなんだ? あーでも確かに、学校での撮影許可を土壇場でとれてましたもんね。上手く喋って役場の人を丸め込んだのかな」

「まあ最近は多少丸くなってたとは思います。入社直後は結構ちゃらんぽらんだったらしいですけど、一度自分が取材にいったのに何も報告できなかったことがあったらしくて。それで『ちゃんと取材したのか』って当時の上司に詰められて、飛ばされそうになって以来何か結果にこだわるようになったって」

「そうですか……何の取材してたんですか?」

「そこまでは知らないすけど、確かにちょっと気になりますね。……ん?」

 

 業務用スマホにメッセージが届く音が聞こえた。皆休んでるし、この場にいない人……校舎内の撮影の準備をしているカントクからかな?

 他のスタッフたちがすぐにスマホを確認していた。

 高坂さんが最初に見て、隣で一緒に休んでいた山県さんに話しかけたら、山県さんもお昼ご飯をもぐもぐしながら慌て気味に業務用スマホを開こうとしてる。

 少し離れたところでビデオカメラの調整をしていた内藤さんが、スマホの画面を翳しながら、私たちの側にいる馬場さんに呼びかけていた。

 

「馬場君! 照……にか……トレー……グペー……の場所………って五反田さ……言ってる!」

「え? 何すか? すません、すぐそちらに行きます。じゃあみなさん、続き始まるまでごゆっくり」

 

 屋上の強い風のせいで声がよく聞こえず、馬場さんが内藤さんに何を言ってたのか確認しようと向かって行った。

 スマホを見ると、確かにカントクからメッセージが来てる。

 

『照明にかけるトレーシングペーパーの場所教えてくれ。確か馬場が運んでくれてた気がするが……』

 

 そういえば……照明は校内でしか使わない予定だったから、馬場さんが校内に置いていってた気がする。コードとか、照明関係の他の備品も。

 そしてスマホを見て気付いたけど、もう12:28。話し込んでいると時間が経つのが早い。

 

「そーいえばさ、ルビーとあかねはこのスマホでなんかメイキング撮った?」

「ううん、まだ……あ! 私は今夜のあかねちゃんの料理撮ろうかな! 良いでしょ!?

 ……あれ?」

 

 あかねちゃんの返事が無い。

 振り向くと、さっきまであかねちゃんがいたところに誰もいなかった。

 

 少し内藤さんと話した後、馬場さんが屋上入り口に向かっていく。

 屋上入り口のでっぱりで出来た日陰には、女性スタッフ二人が涼みながらスマホを見ている後ろ姿が見える。

 

 そんなスタッフ達に、昨日島の探索中にしていた時のような眼差しを向けながら、ゆっくりとあかねちゃんも私たちから離れて、ふらふらと彼らに近付いていっていた。

 

(あかねちゃん……?)

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 13:00

 

 校内での撮影が始まった。

 ここは脚本が少し変わったところだ。

 家のものが全てなくなった家族は、アルバムも無くし、次第に故人の顔すら朧げになっていく。

 取り壊し予定の学校の中を探すうちに……学校の文化祭に卒業生として来ていた長女が、三女を抱き抱えながら写っている写真を見つけて……というワンシーン。

 クライマックスが近い。写真を見て、三女が長女の顔や思い出がよみがえって……十数年越しにやっと姉の死と向かい合える結末だった。

 

 個人的にはどうにも、この結末に不満だった。

 向かい合えて……そして? 長女への罪悪感はずっと抱えることになる? 彼女はこのまま幸せになれるの? 『ごめんね』で終えた縁は呪いになるのに。

 

(何か……今朝見た夢の内容が、頭の中に残っちゃってるなあ)

 

 でも、役の理解を自分で納得できるほどしきれていない私が意見なんて言えるわけがないし、このまま演じるしかない。

 

 もともとグラウンドで主に撮影し、この写真の発見シーンは別の場所で撮ろうとしていた。

 でも学校内で撮れるなら、その場所に思い出が集まっているストーリーにした方が分かりやすいでしょうと脚本の人が少し変えてきたらしい。物語が動く舞台を一つにした方が印象的だから。

 文化祭のシーンを、後であかねちゃんと子役の子は追加で撮るらしくて、『やるからには、避難シーンを撮った学校にもう一度申し込まねえとな……』ってカントクがぼやいていた。

 でもそもそも、島内に思ってたほど撮影スポットが無かったから……プロデューサーとカントクがロケハンしないで撮影を始めたから、そのしわ寄せを役者が受けている形だよね、これ。

 それと、ネット配信だと作品の長さをある程度調整が可能だから、脚本も軽いノリで変えられて。

 

 何度も来れる場所じゃないから、やるならこのロケでやり切りたい気持ちはよく分かるけど、なんだかなあ。

 

「それじゃあ本番始めまーす!」

 

 内藤さんの声が響く。

 階段を上がって照明と電源を運ぶのがしんどいという理由で、三女が写真を見つけるシーンは一階の教室を使った撮影だった。

 さっきのテストで、照明にトレーシングペーパーを何枚重ねるか決めていたようだ。

 照明そのものの光の強さを設定するよりも、トレーシングペーパーの枚数で調整した方が、光の柔らかさ(?)が違うらしい。

 全体をぼんやり明るくできるとか。廃墟の雰囲気を出すにはそういう工夫も必要らしくて。何となく、昨日神社の天井を照らした時を思い出した。

 

 とにかく、大事なシーンだ。

 カチンコの音が響くまで必死に役に入り込み……そして、教室の中に入っていった。

 

「カットオオオ!」

「えー!! なんで!?」

 

 1秒でNG出された。

 

「で、出たァー!カチンコ即NG! いやー、これ見れるとルビーと五反田監督の現場だなって感じするよね」

「もー、フリルちゃん、茶化しちゃダメだってば」

 

 片耳から聞こえたフリルちゃんとあかねちゃんの楽しげなやり取りを、反対の耳から聞き流す。

 フリルちゃんをたしなめている感じのことを言ってるけど、あかねちゃんも緩みかけた口元を必死に押さえ込もうとしてた。

 

「あのなあルビー……場面転換の最初のカメラは、視聴者に『ここはどこなのか?』が伝わるように、部屋全体を映す引き気味のアングルなんだよ。ほら見ろ、カメラ、教室の隅にあるだろ?な? 結果役者の顔が遠くなるから、最初のカメラは表情とかは気持ち大げさなくらいでちょうどいい。……なんて、まさかこんな基本中の基本、カメラ演技何度かやってるお前なら当〜然知ってるよな?」

「やってるじゃん!」

「足りねえよ、もっとだ」

「じゃーさっきのテストの時言ってよ!」

「悪かったな、照明に気を取られてたんだよ。ほれ、すぐリテイクするぞ。遅れて日が降りてくると窓から西陽が入ってきて、光量調整やり直しになるんだよ」

「ぶーぶー!」

「うるせえ! はよ戻れ!」

「きゃうう!」

 

 丸めた台本でハリセンのように頭をはたかれた。パワハラだ。後でお兄ちゃんにチクろう。

 

 その後の演技は、なんとかカントクの合格水準にはギリギリ到達していたようで、そこそこ順調に撮影は進みもう一度小休止に入った。

  校内とはいえ、窓は全開(というかガラスが残ってない)で意外と風の通り抜けがある。涼しいし、こんなだったら昼休憩も屋上じゃなくて中の方がよかったかな。

 

「おつ~」

「フリルちゃん」

 

 休憩していると、フリルちゃんがそばに寄ってきた。あかねちゃんはどこか行っちゃったのか、見当たらない。

 気のせいかもしれないけど、この撮影中は、あかねちゃんかフリルちゃんのどちらかが、必ず私の近くにいてくれているような気がするんだよね……。

 

「ルビー頑張ったし、次は私も頑張んなきゃね」

「うん、私も一緒に入るし」

「……写真で顔を思い出す、か。今時スマホで簡単に撮影できるし、よく分からないけど……まあ、亡くなった人の顔を記憶と一緒に忘れていっちゃうって、辛いだろうなあって。その人の顔を思い出せれば、色々と当時の記憶とか、思い出とか、取り戻せるのかな」

 

 次のシーンについて、フリルちゃんが珍しく悩んでいそうな声を出しながら話していた。

 写真を見つけた三女に次女がかける言葉も、このドラマのメイン。

 

 まあフリルちゃんなら大丈夫だろうな、とちょっと無責任に考えていると、後ろから足音が聞こえてきた。

 

「お疲れさま。ちゃんと水分補給してるかな?」

「あ、ありがとうございます」

 

 フリルちゃんと2人で窓際に立って風を受けていると、内藤さんに声をかけられた。

 今日一番動き回っている人だから、声をかけた本人も表情から疲労を滲ませている。

 なんだかちょっとだけ、わかめブロッコリーがしおれちゃって元気無いような気がしたけど、流石に言わないでおいた。

 

「あと少しで撮影終わりそうだね。順調だよ。流石だね」

「いえ! スタッフの皆さんのおかげです!」

「ははは、僕は何にもしてないよ」

「いや~でも……ここの現場、皆かなーり優しいから。そこまで緊張しないで演技出来ているんです。いつもは『失敗は許さない』っていう視線をゴリゴリ感じるし……」

 

 もともと『撮影スケジュール』だけ見ればそこそこ余裕があったロケだった。

 多少NGを出しても予定内に終えられるだろうとは私も思っていたし、そのゆとりのおかげか、現場のスタッフ達の雰囲気が比較的柔らかく感じたのは気のせいじゃないはず。朝の寝坊も許してくれたし。

 他の現場じゃ、失敗ばかりで中々撮影が終わらせられない共演者への陰口もそこそこ漏れ聞こえてた。

 

「気にしなくて大丈夫だよ。自分の仕事を卑下するつもりは毛頭ないけどさ、結局視聴者に届けられるのは役者の演技と演出なんだから。スタッフの立場の人間が表舞台に立つ役者を緊張させるなんて、僕に言わせれば『裏方のプロ』の自覚が無いように見えるけどね。皆で良いもの作らないといけないんだからさ」

「……」

「一流のクリエイターほど、失敗をコストとして必要経費に最初から組み込んでるよ。キャストの人から見てイヤなスタッフもいっぱいいるだろうけどさ、みんながみんな、星野さんが言う『失敗を許さない』なんて思ってないから。逆に緊張してるからそういうふうに見られてるって思っちゃってるのかもよ?」

「……ありがとう、ございます」

「ま、ヒト、モノ、カネの調達が厳しい現場が多いから、そんなキレイごとだけじゃないのも事実だけどね……武田さんも厳しい人だったなあ。あとこの現場に関して言うと、いくら何でも人が少なすぎるよねぇ……馬場君が三人分働いてくれてるし、女性のお二人もご本人の専門の時以外は積極的に雑務してくれてるし……そうでないと僕が倒れてたね」

「やっぱりそうなんだ? もっと人必要ですよね?」

「出来ればこの3倍、最低2倍は人欲しいけど……人数が2倍になれば総労働力が2倍になるわけじゃないし。まあ少数精鋭の判断も間違いじゃないかもね。でもやっぱり、撮影の後の編集の人の負担は大きいだろうなあ……誰か、五反田さんお抱えの優秀な編集者がいるのかな?」

「あははは……」

 

 兄です。

 これは心に留めて言わないでおいた。

 その直後、ふと足音が廊下から響いてきたから振り向くと、あかねちゃんが二階から階段を下りてきた。

 二階は撮影で使っていないけど……?

 

「あかねちゃん! どうしたの? 二階になにかあった?」

「あ、うん……ちょっとね、さっき屋上に行った時に忘れ物を……」

「ふうん……?」

 

 こうして、ところどころNGが入ったり、私としても演技の出来に完全に納得いかない部分はあったけれども……予定を少しだけオーバーしただけで、撮影の全行程は終わった。

 

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