【完結】もしもし、アクアくん?〜女優探偵の事件簿〜   作:ねこのまんま

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⑲ 第9話 夢枕(後編)

 15:00

 

 このロケで起きた殺人事件を追う島内の探索も、多分これが最後になる。

 

 昨日と違って、撮影が終わった後にあかねちゃんがふらりといなくなることも無く、むしろ私のコテージまで迎えに来てくれて、一緒にフリルちゃんを待ってくれた。

 3人そろうとすぐ、私たちの姿が見える位置にスタッフが誰もいないことを確認した後、見つからないように足早に移動した。

 

 夜と昼とじゃ全く印象が違った。

 海の神社までの道のりである荒れはてたアスファルトの道は、まだ時化ているけど青々と綺麗な海を右手に、島の形に添うように続いていた。

 夜には気づかなかったけど、裂けたアスファルトの隙間からも草が生えて、灰色の地面すら自然に帰ろうとしている。

 

「これ! この石が地面にゴロゴロしててさ! 暗くてわからないからそれ踏んづけちゃうと転びそうになって。危なかったんだよ?」

「ふーん、なるほどねぇ。ただの景色が良い散歩道って感じだけど、夜は危ないかもね」

「でも一昨日の夜より歩きやすいなあ。台風で石が流されたのかな?」

「……」

「……? あかねちゃん?」

「あ、うん。ごめん」

 

 あかねちゃんが足を止めて、地面の石を一つ拾ってじっと見た後、左側の崖を眺めていた。

 呼びかけられたらすぐに持っていた石をその場に捨てて、小走りで追いかけてきた。

 

 昨日と同じくらいの時間から自由時間になったから、寝坊しちゃったとはいえ、撮影を早めた意味があったかもしれない。

 昨日のように危ない山奥に行くわけじゃ無かったから、最低限軍手とかは持ってきてるけど、皆軽装でリラックスしている。

 それと……昨日までは叩きつけるような風だったのに比べて、今日の風は確かに強いけど、なんだか包み込んでくれるような優しさを感じていた。

 暑すぎでも冷たすぎでもない。ぬるくて柔らかい風だった。

 

「あかねはさ」

「ん?」

「この先の神社を調べたいって言った私が言うのもなんだけど、ここ見たら今夜どうする?」

「うーん……出来る限り、何があったのかは突き詰めたいとは思ってる」

「そっか。もちろん私も出来る限りのことする。でももし、この島を出るまでに間に合わなかったら?」

「五反田監督と相談して決めるけど……やっぱり、調べたことを警察に伝えて、成り行きに任せるのが一番無難じゃないかなって思ってる。でも出来ればそうしたくない」

「ふうん?」

「警察の人の捜査の力を信じないわけじゃないけど、もともと物証がほとんど残ってない。これで犯人が島からいなくなって、なけなしの痕跡も片付けられちゃったら、いよいよ何も分からなくなりそうだし。どう行われたか?はうっすらわかるんだけど、誰がやったか?の証拠に関しては……今の段階でも既に絶望的かもしれないって思ってる。

 ……何か偶然残っているものを、偶然見つけたりしない限り」

「まあ、確かに」

「そうなったら、私たちに捜査協力要請がいつまでも続くから、それは困る。それに……」

 

 先頭を歩いていたけど、あかねちゃんとフリルちゃんが後ろで横に並んで話していたので、歩くスピードを緩めて二人に並んだ。

 これからどうするか、私も知りたかったから。

 

「へー、監督がねぇ」

「私たちには無い二人の関係があるんじゃないかな。せめて、この事件が起こった理由だけでも、直接聞きたい……って思うくらいには。それと、個人的に。私も犯人に聞きたいことがある」

 

 昨日の夜、私たちが寝落ちしちゃった後も、あかねちゃんはカントクの所に行って何か話し合っていたらしい。あの後にもそんなことしてたんだ……今朝のふにゃふにゃに眠そうなあかねちゃんというレアな光景にも納得した。

 海の神社までそこそこ距離があるので、その道中でカントクとどんな話をしたのか聞かせてもらった。

 

 次の事件が起こる可能性は低いとあかねちゃんも考えていることに、やっぱりホッとした。

 それでも事件の事を調べ続けることにしたのは、カントクからの一言があったからって言ってたけど……今言った、個人的に犯人に聞きたいことって、何だろう?

 それと、夜間を通じて自分のコテージから出ていくGPS情報はなかったらしい。昨日の朝洗濯してくれたから山県さんは知っていたけど、他のスタッフのコテージの位置もついでに教えてもらった。

 

 他に、バッテリーの事、動画の変な音の事。バッテリーの事は本当によく分からない。こういう『お勉強』的っぽいものであかねちゃんですら首をかしげていることなら、私が考えても無駄な気がする。

 

「ルビーが言ってたとおりだったんだね、いびきの中の変な音」

「そだねー。私も聞こえた気がしただけで自信なかったから、さらっと流しちゃったなぁ。でも、なんかそれが事件に関係あるのかな……」

「今、色々アクアくんに頼んでる。その変な音も、昨日の薬品も」

「アクアと言えばさ。調べてもらった島への渡航者リスト、ついさっき私たち3人に結果来てたね」

「うん。私だけじゃなくて、フリルちゃんとルビーちゃんにも送るように頼んだの」

「えへへ、ありがと!」

 

 お兄ちゃんが私たち3人を登録したグループメッセージを新しく作ってくれたのは、あかねちゃんからの働きかけらしい。

 あかねちゃんが、私たちにも一緒に調査してもらおうと、巻き込んでくれようとしてる。

 昨日は私とフリルちゃんを置き去りにして単独で島の事を調べようとしてたことを考えると、やっぱり嬉しかった。

 フリルちゃんも少し嬉しそうにしているのが伝わる。泣き黒子が動きながら緩く口角を上げる時の雰囲気が、私とみなみちゃんと3人で一緒にいる時と全く同じだ。

 

 だけど……お兄ちゃんがそのグループメッセージに送ってくれた島への渡航者リストの結果は、芳しくなかった。

 

『結論から言うと、4人ともそれらしい名前は入島記録に無かった。似た名前も無かったな』

 

 お兄ちゃんの言うとおりなら、事前に島に入って犯行の準備をしたり、地形を調べたり神社だとかに行ったりなんてことは出来なかった、ということになる。

 

 でも推島から推小島まで海を7.5km。推島の地元の漁師さんに頼んで、こっそり小島に渡ることくらいできそうな気もする。

 そう私たちが考えるのも想定していたかのように、お兄ちゃんのメッセージには追伸があった。

 

『島に渡る時に名簿に名前を書くのは昔からそうだったらしいけど、島が無人島になる直前くらいから、黙認されていたそういう非公式ルートの渡航が厳禁になったらしい。推島の漁業組合の中でも、そういうのに協力してはならないっていうルールが厳格に決められている。

 そもそも、完全に無人化して10年くらいは完全渡航禁止だったそうだ。ルールを厳格化して程なくして、無人になったら渡ることすらできなくなった。10年経って解禁後もルールは厳しいまま、という時系列になる。

 正規手続き以外のルートじゃその島には行けない。どうして無人島になる直前に、ルーズだったルールが厳格になったのかまでは分からなかった。手荷物検査が加わったのもルールが厳しくなってからだ。無人になると自然を管理する人間がいなくなるからなのか……』

 

 調べれば調べるほど、分からないことが増えている気がする。

 目指すところまで連れて行ってくれそうな紐だけは増えていくのに、結び目は絡まり固くなる一方。

 

 本当に、今日中に犯人が分かるのかな……?

 

「ねえ、あかねちゃん」

「ん?」

「フリルちゃんの言うとおり正直もうあんまり時間無いけど、犯人の見当とか、ついてたりしない?」

「……うーん……アクアくんから他の返事が来たらもう一回考えよ?」

「……。うん、そうだね」

 

 あかねちゃんが、悪意のない嘘つきになることがあるのは知ってる。今がそうなのか、確証はないけれど……なんだかはぐらかし気味な返事だった。

 今日の撮影中も、一人で考えこんでいるような雰囲気を時々感じたし。

 あれはたしか、宮崎でMV撮影を終えた最後の夜。

 お兄ちゃんが芸能界に固執していた理由を答えてくれた時のあかねちゃんと同じ匂いを、今のあかねちゃんからうっすらと感じた。

 

 信頼されているようで、でもやっぱり隠しごとをされている。でもそれはもう、慣れっこだった。秘密主義のお兄ちゃんがせんせであると分かる前から信頼していたのは、ママの秘密を共有していたのと……お兄ちゃんが絶対に私の味方だと思えたから。

 あかねちゃんにしても、同じだと思えばいい。

 

「着いたね。ここだよ!」

「へー、ここかぁ。うーん、神社の名前は分かるかな?」

「額束は鳥居に残ってるね。えっと……為……朝……神社、かな……意外と高くて……表面が掠れて読みにくい、間違ってるかも。スマホで拡大して撮ればわかるかな」

 

 あかねちゃんがスマホを鳥居の高い所に向ける。切り取られた写真には、神社の名前が書いてある板?が大きく写されていた。

 

 一昨日鳥居だと思っていたものは、そのとおりだった。明るさと、波と風の音が少し大人しい事だけが違う。

 防風林があるとはいえ、山の上の神社に比べたらいつも風を浴びているせいで建物がより早く崩れやすいらしく、境内の奥にある社が昨日の神社よりひどい形にひしゃげているのも、一昨日見たとおりだった。

 そして、明るい昼にここから海を見ると、くっきりとした形で推島の姿が見えた。私たちから見て東側にある推島と向かい合うように、この神社は小島の東側にある形だった。

 

 あかねちゃんに転送してもらったお兄ちゃんからのメッセージには……『病魔を祓う神』として祭られた神社が、『島の外から来る災厄を見張る存在』として島のどこかにあるって。この神社のことなの?

 ネズミとか病気とか、島の人口を大幅に減らすほどの災厄は、島の外……推島を経由してやってきたから……この場所に……?

 行きの船では酔って気持ち悪くて上向いてたから、船の上からこの鳥居に気付けなかったな。

 

「よくこんなところに夜に来たねぇ。真っ暗だったんでしょ? 昼でも居心地がいいとは言えないけど」

「あー……実際怖かった。だけど、なんていうか、前も言ったけど……ここに来るまでは、何だか誘われたような感じで何も考えず来ちゃってさ」

「ルビーは私より自由人なところがあるし……ねえ、またこうして神社まで来たわけだけど、やっぱり何か、胸の内というか、頭の中に直接、こう……」

「感じないよ」

 

 季節柄短い鳥居の影を跨ぎ、周囲を見渡す。山の神社に比べたら狭い境内。半壊して入れそうもない社。昼間の今初めて見れたけど、社のすぐ奥は崖になってて、行き止まりの様子。何かがあるようにも見えない。

 

「調べられる所ってあの倉庫くらいかな」

 

 そう言って、一昨日、私が開けるのをためらった倉庫にフリルちゃんが近づいて行った。あかねちゃんと二人でそれについて行く。

 状況も一昨日の夜と同じ。でも倉庫自体は少し小さい所だけが山の神社と違っていた。

 扉が既に少し開いているのも一昨日の夜と同じ。

 たしかここから中を覗くと、箱のようなものと縄が一本あった気がする。

 鈍い輝きを放つ取っ手がイヤだった。あの時の吸い寄せられるような好奇心と、土壇場で手を止めさせた、本能が発した警告を思い出して、胸がざわざわする。

 

「一昨日来た時、はじめっからちょっとだけ開いてて、中を少しだけ見れたんだけど……」

「そう……なんだ? ルビーちゃんが開けたんだと思ってたけど。あの時、もうこの中見ていたの?」

「うん……真っ暗だったし、覗き込んでもあんまりよくわからなかったけど」

「とりあえず入ろうよ。ルビーの記憶と違うところがあったら教えて」

 

 考え込むあかねちゃんの隣でフリルちゃんが取っ手を掴んで開くと、錆のせいかやっぱり大きく軋むような音がした。

 狭い倉庫だった。

 中には昨日見た注連縄よりも細い縄が一本と、箱が一つ、ポツンとあるだけ。

 

「倉庫の中身は、一昨日見た時と変わってないと思う」

「そっか」

 

 木でできた小さな箱は、大きさはエナドリ1ダース分くらい。

 宮崎MV旅行の後くらいに、MEMちょとミヤコさんが1ダース買い込んで、

 

『へへっ親分、盃、交わさせていただきやす』

『……うちは芸能事務所であって組事務所じゃないわよ……』

 

とエナドリで乾杯しながら深夜労働していた頃を思い出す。あの頃のB小町の躍進は、エナドリで健康を前借した二人のお陰だ。

 

 ただしその箱には、ボロボロになっている南京錠がついていた。

 

「ねえ……この箱の中身ってさ……」

 

 私が何となく予想した箱の中身について、フリルちゃんも同じものを予想したのか、緊張している雰囲気を感じる。

 あかねちゃんはというと、箱を持ち上げて下から見たり、軍手をはめて鍵を触ったり。

 そっと控えめに少し揺らすと、カタカタと何か固いものが入っている音がした。

 うーんとあかねちゃんが唸る。

 

「開けるか悩んでる?」

「ん……。アレと同じものが入ってたら、そもそも危ないものだし……あと、鍵壊すのは気が引けるし」

「もともと箱自体は密閉されてないし、開けた瞬間ヤバい事にはならないでしょ」

「そう言って昨日大変なことになったじゃん。今日は危ないことはナシって五反田監督と約束してるの。でもまあ、確かに……昨日とは少し状況が違うのはそう」

「んじゃやろ? 鍵、錆びてボロボロだし、なんか踏みつけたりすればイケそう」

 

 なんだか、フリルちゃんのペースでアグレッシブな方向に話が進んでない?

 鍵かかっている以上諦めるしかないような気がしてたけど……。

 

「ね、ねえ! 流石に物壊すのはダメじゃない!? いいの!?」

「ルビーが常識的なことを言うなんて……まあそうだけど、昨日の段階であの薬品の瓶割っちゃってるしなあ……私、もう脛に疵を持つ無敵の人なんだよね」

「でも……」

「ん……いや、ちょっと待って。もう開いてる……?」

 

 鍵を弄っていたあかねちゃんが、実力行使しようとしたフリルちゃんを止めた。

 ……あれ?いつの間にか鍵が外れてる。

 よく見ると鍵そのものじゃなくて、鍵が取り付けられている金具のネジが抜け落ちて、外れてぶら下がっていた。

 

「そっちが壊れてたんだ?」

「ネジ穴がネジの太さよりも広がってる……。一度力づくで無理やり開けられて、ネジ穴に金具のネジを戻されてただけっぽい」

「え? もう壊されてたのこれ? 誰が……」

「それに、ネジ穴の中の木がくすんだ色じゃなくて明るい茶色だね。本当につい最近無理やり開けられたのか……まあ、中見ようよ」

 

 あかねちゃんとフリルちゃんの推測を聞く限り、私たちのロケ中、誰かが来ていた。

 フリルちゃんが躊躇なくカパッと開かれた蓋の下にあったのは、見覚えのある瓶が二つ。

 やっぱり昨日見た茶色の瓶だった。けど、どっちも中身が入っていない。

 

「結局これだったね……新しい情報は増えなかったかぁ~。何かあかねちゃんのヒントになるものがあればって思ってたけど」

「そうだね……既に開封済みで使われてたのかな? ちょっとでも開けちゃったら、何年も経っていれば揮発して抜けちゃうだろうし……何に使っていたかはこの際置いといて。何でこっちは鍵付きで保管されてたんだろ?」

「こっちの方が山の上より来やすいから、子供が遊ばないようにじゃない? 適当だけど。扉施錠してても窓から入ってきそうな子いるかもだしね」

 

 軍手をはめたまま、あかねちゃんが瓶を手に取った。

 箱の中にあって守られてたからなのか、山の上の神社ではほとんどなくなっていたラベルがここでは中途半端に残っている。

 書かれていた文字は、Cだけじゃなくて。

 

「D、E……」

 

 Cと、Dと、E。二文字増えて三文字になった。……これだけじゃ結局分からない。

 でもよくよく見ると、DとEの後には小文字のアルファベットが書いてあったような感じがある。その三文字は、隣り合っているのではなく離れて書かれていた。

 

 瓶を見ながら考えるそぶりを見せていたフリルちゃんが、なるほど……と言いながら口を開いた。

 

「C、D、E……これ、私たち3人を表してたりしないかな? つまり、殿堂入りのみなみはGとして。ルビーが昨日言ってたとおりC、あかねはDで、残った私が、」

「盛ってんなぁ」

「昨日これ吸って私におんぶされて帰ってきたのに余裕そうだね」

「ツッコミが二人だとボケ甲斐も倍になるから助かる」

 

 そんなことだろうと思ってたけど、フリルちゃんもやっぱり分からないらしい。

 最終的に、瓶をジッと見続けていたあかねちゃんが、スマホで写真を撮っておしまいになった。

 

「この場所まで五反田監督の電波が来ていないから、コテージに戻ってからアクアくんに写真送る。瓶も中身なくて安全なら一個持って帰ろうかな。後で何か分かるかも」

「りょ。もうここで見るものは何もない? 社の入り口も崩れてふさがってるからねぇ。どかせば入れるかな?」

「無理でしょ。重たいし無理やりどかそうとして崩れちゃったら……絶対危ないよ」

「そだね。じゃ帰ろ」

 

 あかねちゃんとフリルちゃんが帰ろうとしてる。

 確かに、ここにはもう何もない。社も入口が崩れちゃって、なんでまだ崩壊してないんだろうと思えるくらい屋根が斜めになってる。

 

(結局、ここに誰かが……おそらく犯人が来てたことがわかって。変な薬品の正体を突き止めるためのヒントがちょっぴり増えただけかぁ)

 

 あんまり収穫の無かった今日の探索だったけど、もう帰ろう。ひょっとしたら、お兄ちゃんから新しい情報が来てるかもしれないし。

 ちょっと今日の探索は不完全燃焼だったなぁと思って、鳥居まで戻って来てからもう一度境内を振り返る。

 

『お邪魔しました』

 

 あかねちゃんほど真面目じゃないから、島の神様への語りかけは、胸の中で言うだけにとどめて。

 

 その瞬間、一昨日より昨日、昨日より今日、弱まっていく風が、防風林の隙間を抜けて少しだけ前髪を揺らす。

 鳥居から見て左側に崖があり、海がある右側の防風林より高い所にある崖の木々がざわざわと音を立てていて、何気なくそっちに視線を向けた。

 その崖と崩れた拝殿との間に人が通れそうな隙間の道がある。

 昨日もこんな感じの、拝殿のわき道を通って池に行ったっけ。今回はすぐに行き止まりなのが見えているから、奥に行っても無駄足だろうな。

 

「……? ん?」

 

 帰ろうとか、戻るべきかもと思う時に限って何かを見つけてしまうのはなんでだろう。

 拝殿のもっと奥の方で、少しだけ何か散乱している。……木材?かな?

 

「ちょっと、ルビー?」

「ルビーちゃん?」

「あれだけ、見て帰っていい?」

 

 なんだか、一昨日の夜と同じだ。誘われるように社の裏へ向かって行く足取りは、何となく自分のものではないように感じる。

 一昨日と違うのは、こんな足取りの私について来てくれる人が二人いる。

 人が三人分くらいの幅の隙間の道を通って、気になっていた木片が散らばっている所に着いた。

 

「……!? ええ!? これ……!」

 

 昨日、あかねちゃんが『拝殿の奥にも建物があって、そこが神様がいる本殿だ』って教えてくれた。

 多分、ここは『本殿』に当たる場所のような気がする。

 山の神社のように、拝殿と本殿がつながっているのは同じだったけど、この部分は拝殿ほど建物が崩れていなかった。

 随分しっかり残っている。……一部を除いて。

 

「すごいなー。先月の地震のせいかな」

「落石……かな。中におっきな石見えるし……」

 

 鳥居から見たら死角になる位置の壁に大きく穴が開いて、その周りに木材が散乱している。崖の上から岩が落ちてきたのか、外側に少しだけ散らばっているよりも多くの木材が、建物の中に大量に散らばっていた。

 ぶつかった衝撃が大きかったのか、石の大きさ以上に周辺の壁板が広く丸ごと壊されてる。

 そしてこの壁の穴をあけた犯人と思われる、人の頭くらいの岩が建物の床をも貫いて床下に落ちているのが見えた。

 

「あかね」

「……うん」

「こっから入れるよ」

「……うーん」

「ねえ、今までを思い出して。初日夜にふらっとここに来たのもルビーだし。『考えるきっかけになるものを見つける』に関しては一番ルビーがやってくれてる。今回のこれもちゃんと見た方がいいと思うんだ。ルビーが見つけたから」

「そのジンクスについては何とも言えないけど……確かに、今コテージ帰ってもまだアクアくんから返事来てなくて無駄な時間過ごしちゃいそうだし……この場所の調査もちょっと消化不良だなとは思ってたんだけどね……」

「不安? 石橋を叩いて渡れば大丈夫じゃない?」

「石橋じゃなくて腐りかけの床なんだけど。昨日踏み抜いちゃった身から言わせてもらうと、どこが危ないのか目で見てわかるものじゃないんだよ?」

「なるほどね。じゃあ一歩一歩いきなり体重かけずにゆっくり行こ?そんなに広くないし、サッと見てサッと帰ればいいよ」

 

 倉庫の箱を開ける時も思ったけど、今日のフリルちゃんはちょっと前のめり過ぎないか心配になるほど、調査に積極的だった。

 あかねちゃんもたぶん、同じことを感じてる。

 

「なんか今日のフリルちゃんイケイケだね……」

「こういうのはバランスが大事だから。あかねがイケイケの時は、私が慎重になってあげる」

「ふうん……ふふ、んふふふふふ……面白いこと言うんだね。うん、じゃあ私は、フリルちゃんの言うとおりにする」

「え!? ほんとにここ入るの!? ここって昨日あかねちゃんが言ってた神様がいる場所じゃないの!? バチが当たるんじゃ……」

「ルビーだってもっと何か見つけたかったからここまで来たんでしょ?」

「それはそうだけど……」

「じゃ……お邪魔しまーす」

 

 社の中に、フリルちゃんが膝を高く上げて入る。この床の高さはこの島の建物全ての特徴だった。

 いきなり入っていったフリルちゃんに驚いて、あかねちゃんが私も行くから待ってと声をかけている。

 

 そろりそろりと、踏んだところの板が生きているか確認しながら歩こうとしていたから、先頭のフリルちゃんのスピードはゆっくりだった。

 

「フリルちゃん、あのね」

「うん?」

「もし昨日迷惑かけたから今日頑張ろうとしてるなら……責任とか感じる必要ないからね。迷惑だなんて思ってない」

「……そんなことないよ」

 

 大して広くなく、音が全くない建物の中で、前にいる二人の囁くような声すら少しだけ反響する。

 山の上の神社ですら入れなかった、『神様がいる』らしい本殿に、初めて入った。

 

 山の上の神社よりも、空気が乾いていたし、なぜか涼しいとすら感じるくらい冷たかった。

 一昨日の夜に来た時もそうだけど、この海の神社は風が通り抜けているし、午後、特に夕方は日陰になるからかもしれない。

 

 昨日言われたとおり私はスマホで天井を照らして、全体がぼんやりと見えるようにする。だけど、この本殿は隙間が開いていて、もともと外の光がわずかに差し込んでいた。

 山の上の倉庫と同じくらいの広さ……? いや、もうちょっと広いかも。神様のいる場所だから生活感こそないけれど、時々人の出入りはあったように見える。

 山の神社にもあった本棚が、こちらはもうちょっと小さなサイズで壁際に置かれていた。

 本棚だけど、縦に置かれているのではなく、平たく置かれた本が何冊か積み重なっている。

 

「えへへ、あかねちゃん先生、また読んでみる? どれか取り出そっか?」

「あ、ルビーちゃん、私がやる。古い資料はね、素手で触っちゃダメなんだって。指の脂が和紙についたらそこが虫に食われて毀損するからって」

「わー相変わらずいろんなことよく知ってるね!」

「時代劇のドラマでね、時代考証で協力してくれた大学の先生がいて。お話に色々質問したりしてたら何か気に入られちゃって、昔の文字の読み方とかそういう与太話とかも聞けて」

「研究の話に興味持ってくれる若手女優が現場にいるなんて、さぞその先生はイキイキしてただろうねぇ」

 

 フリルちゃんと一緒にちょっと引き気味に驚いている横で、元々軍手をはめていたあかねちゃんが一番上の本を手に取る。

 ……字がゴツイ。昨日の本よりもっと古い時代に見える。スマホの明かりをあかねちゃんの真上にもっていって、開かれた本を直に照らした。

 

「全然読めないんだけど」

 

 漢字っぽい字がニョロニョロ、シュシュシュっ、スィ~と書かれた暗号レベルの字。

 早々に諦めて横を見ると、あかねちゃんもフリルちゃんも本の中に視線を向け続けている。

 ……あかねちゃんはともかく、フリルちゃんは本当に理解しながら読んでるのかな。だいぶ怪しいんだけど。

 

 やがて、あかねちゃんの肩越しに本を見ていたフリルちゃんが身を起こして、片手を顎に添えた。

 考えるそぶりを見せていたフリルちゃんが、なるほど……と言いながら口を開いた。

 

「……そっか。そういうことだったんだ」

「念のため聞くけど、フリルちゃん分かるの?」

「つまり、とある時代、とある場所で、とある人が、何らかの事情で何かしらのことをした可能性が無くもない……ってことが書かれてるね、これ」

「情報量ゼロじゃん」

「ごめんねルビー、私日本語はさっぱりなんだ」

「……これ本当に同じ国の言葉なの? まだフランス語とかの方が分かるよ。マンマ・ミーアとか!」

「それイタリア語ね」

 

 

「……廿年毎、神事取行当……睡事、至黄泉……」

「「えっ」」

 

 暗号を唱えはじめたあかねちゃんの声に、思わずフリルちゃんと二人同時に振り返る。

 後ろ二人のじゃれ合いにあかねちゃんが気を留めずに一人考え込んでいる、そんな場面はこれまでにも何度かあったけど。

 今は頑張って解読して、指で本の中のニョロニョロでシュシュシュっと書かれた文字を辿りながら、たどたどしく音読している……様子だった。

 

「至黄泉、神……なんだろ、読めない……然而、睡者送者以同胞之行……んん、字掠れちゃって……送者抑睡者首…………固有名詞かな、読み飛ばそう……以眠安寝祈祷事、逢隠者……」

「え? え? 何て? あかねちゃんまた現代語訳して?」

「ごめんね、一部しか読めなかったから私もよく分からない。やっぱり付け焼き刃知識じゃ無理だね」

 

 もういいや、と言ってあかねちゃんが顔をあげる。他の本の中も似たような感じだった。

 実は当てずっぽうで読んでるんじゃないかなと思ったけど、あかねちゃんが読んだ後に見て見ると、言われてみれば漢字でそう書いてあるような……。

 だけど、確かにあかねちゃんが解読できた部分だけだと虫食い状態過ぎて内容はよくわからなかった。

 

「……うーん。神事って……神社のお祭り?的な?」

「うん……そのはず」

「お祭りってさ、こう……金魚すくいがあって、りんご飴食べれるアレ? 君がいた夏は遠い夢の中?」

「ルビーはなんでこういう時の選曲がいつも絶妙に古いの? でもそうだね。地元の怖いおじさんがテキ屋をシメてて、当たりが入っていないくじ引きが横行しているアレだね」

「フリルちゃんはなんで闇が深い方向に話を持ってくの」

「ちゃんと読めれば、あの広い境内で何をしていたか、分かるのかな……そういう明るい感じのお祭りなのかなぁ。アクアくんのメッセージにそういう所まで書いてなかったし……」

「字が掠れてるから、アクアに写真送ってアプリで解読させるとかも難しいよね。でも『隠れる』とか、『黄泉』とか、『首』とか……何だかちょっと危ない言葉が出て来てる。何してたんだろ。

 アクアのメッセージだと『この島の神様はご先祖様で、災害が少なくなるよう祈っていた』って書いてなかった? 私もあんまり楽しいお祭りな雰囲気は感じないけど」

 

 あかねちゃんとフリルちゃんは少なくとも、あんまり気持ちのいいお祭りじゃなさそうだと思ってる。

 あの山の上の広い境内でやっていたことだと思われる、わずかなヒントがここにあったけど……?

 そういえば、このお祭りをしていた時期に無人島になったとか、行きの船で言ってなかった?

 

 いやな沈黙だけが漂うのが怖くて、何か言いたいけど、なかなか言葉が出ない。

 

「えっと……あのさ! 事件と関係ないかもしれないよ? これはこのくらいにしとこ?」

「そう、だね。あとは……」

 

 古い本を棚にしまったあかねちゃんが周囲を見渡す。狭い本殿にあと残されていたのは、さっきの倉庫にもあったような木箱。

 大きさだけが倉庫のものとは大違いで、私たち三人が同時に入れそうなほど大きい。

 

 鍵は、かかってない。

 

「開けるよ」

「待ってフリルちゃん。大きいから……三人で持とう。指挟まないように」

 

 あかねちゃんの声掛けで三人で持って、せーので持ち上げる。埃をかぶった蓋をどけて、薄暗い箱の中にスマホの光を当てた。

 

「……ガラクタ? 実は誰かここに住んでた……?」

 

 これは、古い……日用品?

 何に使うか分からない道具だったり、アクセサリーのようなものだったり、雑多に入っているあれこれ。規則性があるようにも見えない。

 ここに住んでいた人のもの?でも本殿って、神様がいるところだよね?

 

「本殿には神様がいる……か。二人とも、これは見なかったことにして、そっとしまっておこう?」

「え?」

(よすが)を奉じ……この島で神様になる。多分だけど、ここには亡くなった人を偲ぶ人の想いが詰まってる。ここまで上がり込んじゃって今更だけど、これはよそ者が開けて良いものじゃないよね」

「あ……そうなんだ、これが……」

 

 誰かにとっての桔梗のかんざしのようなものが、この箱にいくつも納められている。

 あかねちゃんの言うとおりに、壊さないように丁寧に箱に戻していった。この島で亡くなった人を偲ぶ人が、この神社に預け、祈った数々のものを壊さないように。

 だいぶバチ当たりなことをしてしまった気がする。大丈夫かな……ガラクタって言っちゃった。祟られたらどうしよう。

 

「あれ?ちょっと待って」

 

 もう一度蓋を閉めようとして、三人で蓋を持った時、ちゃんと蓋を閉められるよう光を照らすため、私だけ片手でスマホを翳した。

 その光が、蓋の裏側に貼られた、何か書かれている紙を照らす。

 

 二人にお願いして、蓋を裏返して床に置いて、小さく書かれている文字を読み取ろうとしゃがみこむ。

 今度は現代に書かれたものみたいで、読める字だった。

 何かの名簿なのか、人の名前っぽい漢字数文字と、その下に和暦で何か日付が書かれている。

 それが横一列に、何十人も。

 

「名前の下の日付は何だろうね。誕生日? よく産まれた赤ちゃんに祈祷したりするよね? 頭の上でもふもふした棒振ってたりするじゃん。しゃらら~んって」

「あー、逆じゃない? その……この箱に納められたわけだから……この箱に貼られているんだから……亡くなった日じゃない?」

「……そっか……」

 

 亡くなった日。フリルちゃんの言うとおりだとしたら。

 この名簿に書かれている一番最後の人は、一番最近亡くなった人ってことになるのかな。

 日付は8月の終わり。少しずれているけど、だいたい今と同じ夏の時期だ。

 そして、たぶんその人から前はどんどん日付が遡っていってーー

 

「え!? ねえ! これおかしいよ!」

 

 一番最後の人とその前の人の日付が、同日。その前の人は、一日前。

 どれだけ遡っていっても、同じ年の8月から抜け出せない。

 10人、20人と過ぎていっても、数日しか時間が遡らない。

 そのまま全員を確認し終えても、たった一週間くらいしか遡れなかった。

 人数を数えると、32人。

 

「ルビーの見間違え……じゃないね。確かにこれだけを見ると、同時期に32人の人が亡くなってるように見える」

 

「おかしいよ、だって、お兄ちゃんのメッセージにも書いてあったじゃん!」

 

 

 ――この島……人がいなくなる直前の人口は、たった100人くらいだったんでしょ!?

 

 

「日付は8月の、終わりくらい、か。……45年前の、8月……」

 

 ここが無人島になったのも、45年前。

 和暦を西暦に置き換えて計算したあかねちゃんも、心なしか声が震えている。

 涼しかったはずの本殿の中なのに、服がまとわりつくような嫌な冷や汗が滲む。

 

「やっぱり、今撮ってるドラマみたいな、災害とか、だよね……大勢の人がってなると」

「うーん。例えば地震とかだと、行方不明の人は地震が発生した日に亡くなったと推定することもあるし……こうやって一週間もタイムラグは生まれ無いんじゃないかな」

「そっか……じゃあ、どうしてこんなに大勢の人が……」

 

 人口の3割近くが一週間以内に亡くなっている。ただならぬ事態が一体何なのか、フリルちゃんと話しても見当がつかない。

 

 でも、恐らく。いや、間違いなく、ここに名前を書かれた人々が見舞われた悲劇が、島から誰もいなくなる原因になっている。

 

 かわいた空気に埃が舞う。

 穴の開いた壁とは反対側の本殿の板目の隙間から、細く光が差し込んでいる。太陽とは反対側の方だから、昼なのにその光は弱弱しかった。

 だけどそんな弱い光の中でも、私たちよそ者が来たせいで、何十年も床に積もっていた埃が舞い、空気の中をふわふわ漂っているのが見える。

 

 

「病魔を祓う神……病の棕櫚の注連縄ばかり、海の社にあり……」

 

 この島に来てから、何度も聞いたぽつりとこぼすようなささやきが横から聞こえた。

 その声が、あかねちゃんの口のすぐ前で漂っていた埃の動きを大きく乱していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「感染症……」

 

 

~To be continued~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あかね、ちょっといい?」

「フリルちゃん? ルビーちゃんもう外出てるよ?」

「内緒の話。すぐ終わる」

「……手に持ってるもの、何」

「さっきの箱に入っていたもの。誰かから、誰かへの……」

「……それはダメだよ。何考えてるのか分からないけど、持ち出していいものじゃない」

「分かってる。島を出る時には必ずここに戻すから。ねえ、あかねはもう、誰が犯人か実はある程度分かってるんじゃない?」

「……」

「──さん?」

「……!」

「そっか。だったらこれ、必要になると思う。何となくだけど」

「どうして」

「だから、何となく」

「そう……」

「それだけ。誰が犯人かは、証拠が出るまで、私やルビーにも言わないつもり……言わないでくれるつもりだったんでしょ? だからこれは、ウチらの内緒の話」

「……。……フリルちゃんが、そう言うなら……」

 





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島の地図ver5
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