【完結】もしもし、アクアくん?〜女優探偵の事件簿〜   作:ねこのまんま

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② 第1話 前夜(前編)

「すっご! 何この部屋! ホテルじゃん! カントクずる過ぎ! 私たちは4人部屋なのにここより狭いんだよ!?」

「2人用スイート一部屋しか空いてなかったんだよ。お前らもその次に高い部屋にしただろ」

「同性とはいえダブルベッドの部屋あてがうのはどうかと思いますよ。二人で寝てる絵が流出したら私とルビーのファンに新しい需要が生まれちゃう」

「朝出て昼過ぎに着くんだから別にいいだろ! 寝ないんだから!」

「あの頃アクアとそういうシーン演じただけで色々言われてたんですから。あーあ、『妹まで食ったのか』ってアンチに言われたら五反田監督のせいだなぁ」

「何で俺なんだよ!」

 

 複数人が座れる大きなテーブルに、綺麗なバス、トイレ、冷蔵庫。やわらかな絨毯。奥にはふかふかそうなベッドのある、スイートルーム内の寝室用個室。

 私たちタレントは4人用の部屋に3人入れられていたのに比べて、プロデューサーと共に破格の待遇を受けているカントクを詰った私を横からフリルちゃんが援護射撃してくれた。

 いつの頃からか、お兄ちゃんと同じようにカントクにタメ口を利いてしまっている。

 

 新しい需要って何?

 

「どうぞおかけください、皆様お茶でよろしいですか?」

 

 黄色のスカーフを首に巻いた、ふわっとした雰囲気の女性が、ケトルに水を入れて電源を入れながら微笑みかけてきた。

 埠頭で挨拶した人の一人で、あの時スタッフの中では一番大荷物を抱えていた。

 

「ああ、全員お茶でいいですよ。あとは各々ドリンク飲めるように並べますから」

「分かりました、五反田さん」

 

 すこし隣で、がっしりとした体格の男性が忙しなく動いている。

 

「五反田監督、もう俺の方でオードブル出しますんで」

「よろしく」

 

 長テーブルの一つの席に座ると、右隣にあかねちゃん、そのさらに右隣にフリルちゃんが座る。

 眼鏡をかけたやや若手の男性スタッフが、備え付けの電子レンジから出したオードブルの器を両手に持って机に並べ始めた。

 手伝おうと立ち上がりかけたあかねちゃんを「キャストの方は万が一手を火傷したらまずいので、おかけください」と淡々と止めて、9人分の食事を並べ終えた。

 

 少しして、残り二人のスタッフが入ってきて。奥の個室から初老の男性がのっそりと現れて、私の隣に座る。

 最後に淹れたてのお茶がそれぞれの前に配られて、全員着席した。

 

「それじゃ、これから三日間くらい、よろしく頼む。今日は移動と現場視察、明日一日で撮影して、明後日は午前中に宣材撮影のスケジュールだ。今のところ明後日の午後には出れると思ってる。少人数だけど頑張ろう」

「低予算もここまで来たかって感じだよねぇ、五反田くん。自分なりに資金集め頑張ったつもりなんだけど。錚々たるメンツだし、キャスティングでだいぶ出費した?」

「それは言わないでください、武田さん……」

 

 9人全員座った席の端の方から、カントクがはじまりの挨拶をしていた。不思議と部屋の中では揺れが弱く感じて、窓が小さいからか、デッキでは感じた船のゴゴゴゴっていうエンジン音もほとんど聞こえない。

 船酔いも収まった身としては、空腹に耐えられない。

 

 みんながカントクに注目している間、温かそうにわずかに湯気が出ている目の前のから揚げをつまみ食いしようと、スッと手を伸ばす。

 誰にも見つからずにモグモグ出来たと思いきや、右隣から「んふふ、ルビーちゃん、もう……」と小声が聞こえた。

 

「星野さんだね。ごめんね、船に早く乗りこんじゃったから、黒川さんとしか挨拶してなかったね」

「あ、よろしくお願いします!」

 

 カントクの挨拶を右耳から入れて左耳から流して、ガヤガヤと皆でお昼御飯が始まるのと同時に、左隣に座る男性から声をかけられた。

 カントクから武田さんと呼ばれた初老の男性。プロデューサーだ。ドラマ全体の最初の打ち合わせで遠くに座っていたのを覚えているけど、会ったのはそれっきり。

 間近で見ると、初老とは言いつつ、還暦を超えて多少経ってそうな人のように感じた。

 熱いお茶をズズズッと音を立てながら飲んでいる。

 

「アイドルでも役者でもよく見るよね。すごいね」

「いえ、ファンやスタッフの皆さんのお陰です!」

「ウチの親戚の子どももさ、君のファンでね」

 

 事務所で教わった模範解答でいなしたけれど。

 

『ルビー。自分より下の世代の人間が君のファンだ、と言って近づいてくるおじさんに気を付けなさい。だいたい自分こそ下心があるから』

 

 先輩から受けたレクチャーを思い出す。

 そうは言っても、3日一緒に過ごすことになるんだから。にこやかに応対する。

 おじさんと言ったって、確かに雰囲気は若いけど、おじいちゃんに片足入ってそうな人だし、まあ……。

 

「そうだ、初回の顔合わせで名刺も渡せてなかったよね。これ」

「ありがとうございます! ごめんなさい、私今自分の持ってなくて……」

「いいよ。星野さんのことはよく知ってるから」

 

 ……何!? 何この名刺!? 何かデカいんだけど!?

 

 キャッシュカードと同じサイズであるはずの名刺なのに、明らかにそれより一回りデカい。指を除いた掌よりも少し大きいくらいの大きさ。こんなの名刺入れに入らないよ。

 肩書にメチャクチャいっぱい文字が書いてある。

 マルチメディア検定。

 CGクリエイター。

 基本情報技術者。

 中小企業診断士?なにそれ?

 何これ、資格? 仕事と関係なさそうなのもあるんだけど?

 

「えと、いっぱい、資格をお持ちなんですね~!」

「若い頃からテレビ局にいて、アフリカとか世界中飛び回ってロケに随行したり、たまーに芸能以外にも雑多にニュース取材をやらされたけど、企業体質がイヤになってた時期があってさ。やめようかと思っていろんな資格に手を出したんだよね。結局なかなかやめられなくて、むしろ企業体質に染まっちゃったかな。定年で辞めた後もこの業界にフリーでいるけど」

 

 そう言って、足元にあった瓶を取り出して机にトン、と置いた。

 え?お酒?昼間から?

 

「ルビーちゃんはもう成人してるかな? 20以上?」

「あ、この前超えました~……」

 

 アイドルとしてそれなりの期間を過ごすと、ファンだけでなく業界の人からも色々な目線を受けることに慣れている。

 ああ、じろじろ見てくるこの目線か……定期的にこういう人いるし、慣れてるけど。快か不快の二択なら不快。やだなぁ。

 目の前の人を見て、メイヤさんにアレな対応した漆原Dを思い出す。

 

 いつもならミヤコさんガードが働くけど、今日はいないし。

 どうしよう。こういう場で受け答えしろと言われたら、もちろんやれなくはない。でも治ったとはいっても、さっきまで船酔いしていたし。まだお酒自体慣れてないから、こんな本格的なお酒……どうしよう。

 

「これね、昔住んでたところの有名な銘柄で」

「へ、へぇ~……」

「辛口とは言われてるけど個人的には飲みやすいから、若い人にも結構おすすめなん「わあ、日本酒ですか!?いいですねぇ~。私日本酒大好きで。少しいただいてもいいですか?」」

 

 プロデューサーの言葉に被せるように。あるいは遮るように右隣から声が横入りしてきた。

 声の主が、私の頭越しにプロデューサーにニコニコと微笑みかけている。

 

「ルビーちゃん、席交換してくれる?」

「あ、う、うん」

「ありがと。……よいしょっと。急に申し訳ございません。コレ、どちらの銘柄なんでしたっけ?」

「ああ、黒川さん。『叶』っていうんだけど。佐原のやつなんだよ」

「本当、美味しいですね! 味に透明感があってメロンみたいな香り。いろんなことご存じなんですねぇ。私世間知らずで……佐原って、どんなところなんですか?」

 

 サワラ?何か聞いたことが……あれ?

 あかねちゃんこの前何かの仕事で佐原行ってなかった? 何だっけ、元々興味あった川下りの船に乗れたって話が面白くて、私も覚えているんだけど……。

 私と席を交換して、少し私の頭の中の情報とかみ合わない会話をしているあかねちゃんとプロデューサーの横顔をチラチラ眺めながら、お茶がまだ熱かったからオレンジジュースを自分の紙コップに注いだ。

 

「お疲れさん、ルビー」

「あ、フリルちゃん」

 

 少し前まであかねちゃんを挟んで反対側にいたフリルちゃんが、今は右隣にいる。

 一番高級そうなローストビーフを狙い撃ちして取り皿によそってもりもり頬張りながら、私の右肩をポンポン叩いてきた。

 

「私はあの人と面識あるし話もしたことあるけど、ぶっちゃけめんどいでしょ? 企画力はある人なんだけどさ」

「あー、うーん」

「ちゃんと食べてる? ポテトいる?」

「あ、欲しい」

「ん。ほい」

 

 さっきまで船酔いしてた女の子に、飲める体質か確認しないでお酒勧めた時点で第一印象は最悪だよ。

 私の取り皿にフライドポテトをよそってくれるフリルちゃんにそう言いたかったけど、心にとどめておいた。

 フリルちゃんしかこの場にいなければそう言ったけど、この場に他のスタッフもいるし、悪口でしかない率直な意見を言うことは憚られたから。

 

「あの、乗船の時ご挨拶しましたが、改めまして……星野ルビーです!三女「雨音(あまね)」役を務めます、よろしくお願いします!」

「ご存じ不知火フリルです。次女「水面(みなも)」役です。今朝は遅刻して申し訳ありません。台風のせいで寝坊してしまいまして……」

「寝坊と台風の因果関係って……!? っていうか台風まだだけど!?」

 

 仕事で遅刻をしてしまった時は、殊勝に謝るよりネタになる言い訳を用意すべし。

 お笑い芸人の人たちの中にあると言われる掟(?)をお笑い芸人でもないのに守ってるフリルちゃんに、思わず反射的にツッコミをしてしまう。

 

「ふふ、出航に間に合ったから何も問題ないですよね?」

「そーそー。あれ?星野さんと不知火さんは元々知り合いなんだったかな?」

 

 最初にお茶を淹れてくれた女性と、オードブルを用意していた男性とは違う、面白い髪型の男性がフォローと話題替えをしてくれた。

 

「あ、はい!高校のクラスメイトで、3年間一緒です!」

「そうですね、どうしても出席が足りない私とも結構一緒につるんでくれて。懐かしいな……こうして目を閉じれば、一日前のルビーとのやり取りも昨日の事のように思い出せます」

「いやそれ当たり前じゃん……学校の時を思い出してよ」

「あははは!不知火さん面白いなあ。僕は内藤です。内藤昌志(ないとうまさし)。映像関係やりますので。演出は五反田監督がやってくれるけど、カメラ回りやってくからね」

 

 中年から初老手前くらいの雰囲気を感じる。でもプロデューサーよりも少し若いかな?雰囲気としては……あれだ、鏑木プロデューサーに似てる。

 だけど髪型が全然違う。アフロだ。天パなのかな……髪の伸び方が凄くて、ブロッコリーみたいになってる。わかめブロッコリーだ。そしてこの人も昼からビール飲んでる。

 細目で柔和な感じだけど、頭の中で何か色々考えてそうな雰囲気だ。

 

「珍しい所行くよねぇ今回。こういうことがあるからやっぱり映像の仕事してて良かったな。楽しみにしてたんだよ。前はバリバリ事務職だったけど、やっぱ外の空気吸えないと楽しくなくてね……」

「事務職だったんすか。初耳です」

 

 さっきオードブルを配膳してくれた、この中では若そうな男性が答える。知り合いなのかな?

 

「ん。人事やってた」

「人事。へえ」

「楽しくないよぉ? 従業員はやれ介護だとか家庭の事情考慮しろとか色々配属に文句言ってくるし、労組は超怖いし、採用面接も難しいし。若い子の面接で今は『一番悲しかったことは何ですか』って聞いちゃダメなんだよね」

「何でですか?」

「それは、あー……若くても20年も生きてれば、近しい人との死別を経験してる子多いし……辛い思いだけさせて話が発展しないじゃん。面接の趣旨が達成できない。苦労したことも聞きにくい。でも当たり障りないこと聞いてもその人のことなんてよく分かんないし、だから難しいね」

 

 あー……のところで、私の事をちらりと見ながら、言い淀みつつ声のトーンを落として話してくれていた。

 その気遣いに応えるべく、目を合わさずにポテトにケチャップを付ける作業に集中しているふりをした。

 

「パワハラもすごかったしね」

「パワハラなんてこの業界でも腐るほどあるじゃないすか……あ、ども。馬場信夫(ばばのぶお)です。ADです」

 

 ぼさっとした髪。男性二人は揃って身だしなみが……と思ったけど、少人数で自然豊かなところに行くわけで、こんなものかもしれない。それと、黒縁眼鏡。

 誰かを思い出す……えっと……そう、姫川さん。無口というわけではないけど、ボソボソと覇気がない感じ。でも存在感がない訳じゃない。

 

「あのおっさんと一緒っていうので、ほんとは来たくなかったんすよ。五反田監督から頼まれたんで来ましたけど」

「あのおっさん?」

「プロデューサー」

「ああ、なんかあったの?」

「あの人が定年になる前の……10年くらい前すかね、ぺーぺーだった俺が整理した備品が無いって騒ぎだして。その時俺もう帰ってて、次の日知り合いの結婚式行くために新横浜から大阪向かってて……電話来たのは名古屋っす」

「え? まさか……」

「帰って来いって怒鳴られました」

「うはぁ。この時代に凄いことするなあ」

「で、帰ってきたら、もう見つかってて。探し方が悪いだけでちゃんとあるべきところにあって。電話した直後に見つけたらしいのに、戻ってる途中の俺に連絡寄越してもくれなくて。まあ、その他諸々」

「控えめに言ってひどすぎますね」

 

 無表情でナチュラルに私の取り皿からポテトを数本奪ってかじりながら、フリルちゃんが辛辣なコメントをした。

 立場が強いとはいえ、結構ずけずけ言うなあ、フリルちゃん……。

 

「間に合ったの? 結婚式」

「次の日始発で何とか」

「ははは……まあ昔気質の人だから」

「実際その備品なきゃ回らないんで、何が何でも仕事止めず納品する執念はあるともいえますかね、擁護的に見たら。すんません、悪口なんて聞いてても気持ち良くないっすよね。ま、困ったら何でも言いつけてください。撮影中は主に照明してますが」

 

 吉住さんみたいな人、まだまだいっぱいいるんだなぁ。優しくしてあげないと。

 それに、あかねちゃんが熱いものを運ぶのを制してたし、悪い人じゃ無さそう。

 

「あ、じゃあ次は私……カメラマンとして同行します、高坂茉莉(こうさかまつり)です。宣材とか、スチールとか撮ります」

「スチール? 缶ジュース?」

「静止画ね。ビデオカメラと違って、ポスターとかディスプレイ広告に使うやつ」

 

 私の疑問に横からフリルちゃんが口をもごもごしながら答えてくれた。そろそろ私のポテトなくなるからやめてくれない?

 正面の席のカメラマンの女性。そこそこ年配に見える落ち着きと、ゆったりとした話ぶり。けど、見た目は皺がほとんど無く若々しい。美魔女だ。ミヤコさんに雰囲気がそっくりだ。

 

「世界中の色んな絶景とかも撮ってきたし、ポートレートも芸能界で経験あります。頑張りますね」

「世界中の絶景?」

「最近カンボジアのベンメリアっていう遺跡でモデルさんのポトレ撮りましたね。アンコールワットの方が有名ですけど、こっちも旅行通が好む隠れスポットでして。ここもすごい景色で、探検感がいいんですよね。

 だけど遺跡の中は一部水浸しでワニいるらしくて……モデルさんが狭い通路通る時、肘が私の背中押しちゃったから私が落ちちゃって」

「ええー!?」

「お抹茶みたいな色の池だったから中の様子が分からなくて怖かったけど……泳いで生きて戻れたってことはワニはデマだったのかなって。ふふふ。カメラの修理代だしてもらったのはちょっと申し訳なかったかな……」

 

 この部屋に入った時にお茶を入れてくれた柔らかい雰囲気を思い出す。いい人そう?でもバイタリティはすごいらしい。

 肩を流れるふわふわとした髪と、CAさんみたいに首元を覆うスカーフがとてもお洒落。

 

「でも無人島は初めてですね……どんなところなのかな」

「それは僕もですよ。今日行くところ、知ってるけど上陸は初めて」

「俺もっす。俺は名前すら知らなかった」

「私も~!あ、山県澪(やまがたみお)です。メイクと衣装やりますね!」

 

 テンション高めのもう一人の女性。さっきのADさんと同じくらいで、お姉さんとおばさんの間、ややお姉さん寄りくらいの年齢かな。

 MEMちょが異常に若く見えちゃうだけで、この人はMEMちょよりちょっと上くらいの年?

 少し奇抜なファッションと髪の結え方だけど、毒気のない元気の良さ。これも誰かを思い出す……。

 MEMちょと知り合いの、宮崎のクリエイター。誰だっけ。そう、アネモネさん。

 

「本物のルビちゃん……」

「え? すみません、何か……?」

「あ、いえいえ!あの、実は、私の、えっと、友達が星野さんのファンで……仕事中にマナー違反なのは分かってます。でも、よろしければなんですけど、これにサインを……友達がどうしても欲しいと……友達が……」

 

 差し出されたTシャツとサインペン。

 

『ルビー。自分と同じ世代の人間が君のファンだ、と言って近づいてくる人にはファンサしなよ。だいたい自分自身がファンだったりするからねぇ』

 

 MEMちょから受けたレクチャーを思い出して、Tシャツとサインペンを受け取る。

 

「誰宛てにしますか?」

「あ、あの、えっと……」

「えへへ。山県さんへ、でいいですか?」

「は、はわわわ……」

 

 自分より年上なのは間違いないのに、先輩の卒業ライブでライブ後に応対した女の子のように目をキラキラさせてる目の前の人に少し苦笑しながら、慣れた手でサインをした。

 ほわほわ~と顔の周りに花が咲いてそうな笑みを浮かべて、Tシャツを広げて嬉しそうにしてる。

 

 やっぱり冥利に尽きる思い。ファンを大切にしていると褒められることが多いんだけど……ファンを繋ぎとめるためとか、そんな打算じゃなくて。誰かの喜んでくれる顔が、純粋に嬉しいから。

 送ることが出来る喜びと、受け取ることが出来る幸せを、よく知っているから。

 

「…………スゥ~~~……はぁ~~~……」

「!?」

 

 だから、ファンが私のサインのところにほおずりして、顔を埋めてスゥ〜っと音を立てて匂いを嗅ぐように息を吸い始めるなんて慣れている。嘘、慣れてない。ビビった。

 え?乾ききってないインクの匂いしかしなくない?

 

「ああ、女に生まれて良かった……男だったら推しに申し訳なくなるくらいキモい推し活しても同性なら多少は許される……」

「あ、その気持ちわかります」

「分かるの!?」

 

 謎の同調をしたフリルちゃんにツッコんだ後は、各々雑談をして過ごした。堅苦しい、というほど緊張させて来るような4人ではなかったけど、ひとまずお仕事の挨拶を終えて、後は到着するまでは隣にいるフリルちゃんととりとめなくおしゃべりして過ごそうかなと思っていた。

 

「なんだかルビーずっと肩肘張ってない? 大丈夫? ローストビーフいる? とっといたよ」

「わーい! わ、こんなにいっぱい!?」

「育ち盛りなんだからたんとお食べ。まっ私はこれの倍食べたけどね」

「競う所じゃ無くない?」

「それにしても……黒川さんやり手だなぁ」

「え?」

 

 サラダにドレッシングをかけながら、フリルちゃんがあかねちゃんの様子を私の肩越しに見ていた。

 あかねちゃんは相変わらずプロデューサーと談笑を続けていた。いつの間にかカントクが二人の緩衝材になろうとしてくれているのか、混ざって3人で話している。

 プロデューサーは結構飲まされているのか、顔を赤くして大きな声で笑っている一方で、あかねちゃんは元々の色白な顔色のまま控えめに笑っていた。

 っていうか、あかねちゃんが私と席を交換した理由って……。

 ちょっと心配だ。大丈夫かな。本当にお酒好きなのかな。セクハラされてないかな……。

 

「とりあえず質問して、それについて『誉め言葉のさしすせそ』を繰り返す。適当な返事をしていることがばれないように飲ませて思考力を低下させる。相手が飲むのに合わせて器を傾けるけど、自分はちびちび飲んでてたぶん一回しかおかわりしてない。う~む、侮れねぇ女……」

「大丈夫かなぁ。絶対私のために席交換したんだよね……」

「そうだね、プロデューサーが『ルビーちゃん』呼びし始めたあたりからかな。黒川さん、露骨に警戒して聞き耳立ててたし。大丈夫でしょ。彼女、見かけよりタフだよ。ルビーは私より知ってるんじゃないの?」

「そうだけど……! 打たれ強いのは打たれていい理由にならなくない?」

「それはそう。大事にされてるんだね、ルビー」

 

 ソースがたっぷりかかったローストビーフは、まだ暖かくて美味しかった。あかねちゃんもこういうのを食べられてるんだろうか。

 フリルちゃんと話している間も、あかねちゃんの様子が気になってチラチラと横を見てしまう。

 

(あれ……?)

 

 プロデューサーの様子が変だ。こっくりこっくりと頭が前後にグラグラして、目が据わってきている。

 あかねちゃんも様子の変化に気付いて、プロデューサーに大丈夫か声をかけている。

 

「やれやれ。わりぃ、誰か手伝ってくれ。本当は薬飲む時間のはずなんだけどな」

「え、薬ですか? 大丈夫なんですか……?」

「ああ、気にするな黒川。武田さん、少し前心房細動の診断が出てな、えーっと、薬を一日二回飲まないといけないんだが……血がサラサラになるやつ。まあいい、下船の時に飲ましとく。寝室に運ばないとな」

「……力仕事っぽいですね。俺が行きます」

「お一人で大丈夫ですか? ご一緒しますね」

 

 お酒の飲み過ぎなのか、眠くなったプロデューサーを姫川さん似のADさんが脇から支える。ミヤコさん似のカメラマンがすかさず立ち上がって、反対側からも支えていた。

 そのまま、ふかふかそうなベッドのある奥のルーム内個室に入っていく。

 

「なんかなー。いくら飲んだとはいえ昼にそうそう眠くなるかねぇ。子供じゃあるまいし」

「フリルちゃんも結構あのプロデューサーに辛辣だよねー。遠足だからワクワクして眠れなかったとかじゃない?」

「結局子供かよ」

 

 確かにそんなにすぐ酔って眠くなるような人が、ロケ先に持参するほど酒豪なんてあるんだろうか。体調が悪かっただけかも。

 フリルちゃんと話しながらそんなことを考えていると、奥の個室からいびきが微かに聞こえる。

 プロデューサーから解放されたあかねちゃんが、寝室まで見送った後戻ってきて隣に座った。

 

「ふう、飲んじゃった。私も何か食べようかな」

「あ、あかねちゃん! なんかごめんね……いっぱい食べて!」

「黒川さん水飲む? ちょっと顔赤い気がする」

「うん、欲しい。ありがと、大丈夫だよ、お酒好きなのは本当……ひっく」

 

 嘘っぽいなあ。

 空きっ腹にお酒は酔いやすいってミヤコさんが言ってた気がする。今からでもお腹に何か入れたらマシになるのかな。

 

 そう思って新しい取り皿にまだオードブルに残ってる食べ物をよそって、あかねちゃんの前に持ってきている時だった。

 

「!? え? 何?」

「お、どした?」

 

 突然、スイートルーム全体の電気が完全に消灯した。窓が小さかった上にカーテンも閉められていたから思っていたよりも暗い。夜とまでは言わないけど、目が慣れるまでは周りの様子が分かりにくい。

 私とフリルちゃんが驚いて声を上げてると、スイートルームの入り口の方向から声が響いた。

 

「あ、すいません、プロデューサーの個室だけ消そうとしたら、間違って全消灯押しちゃいました」

「そうか、ならいい。故障かと思った」

「あー、暗くてスイッチの文字が見えない……全灯はどれだ……? すいません、目悪くて」

「はは、慌てなくていいよ馬場君」

 

 ADさんが間違って消しちゃったらしい。カントクと鏑木さん似の映像担当の人の声がそれに続く。

 ちょっと驚いたけど、まあ完全に真っ暗というわけじゃないし、すぐに目も慣れちゃうし。

 気にせず食べ物を取り皿によそって、あかねちゃんに手渡した。

 

「ル〜ビ〜」

「んー?」

 

 あかねちゃんがお皿を受け取ってくれたので、ソフトドリンクをグラスに入れるために目を凝らしてペットボトルを探してると、後ろから変な声を出しながら私を呼ぶフリルちゃんの声が聞こえる。

 

 ……なんか企んでそうな声だ。

 嫌な予感がしつつも、肩に手を置かれたので反射的に振り返った。

 振り返りざまにほっぺたに指が突き刺さる古典的ないたずらくらいならまあいいかと思いながら。

 

「一発芸 貞◯」

「ひゃあああぁぁぁぁぁ!!??」

「わっ!?」

 

 何!?誰!?ほんとにフリルちゃんなの!?

 暗い中で振り返ったら、国民的美少女が国民的ホラー映画の超有名なお化けの姿になって、至近距離に浮かび上がった。

 長い黒髪を顔の前に持ってきて、少し項垂れるような姿勢でスタンバイしてたフリルちゃんの迫真の◯子演技(真下を見る呪いの眼力付き)に、ガタァン!と椅子が倒れるほど驚いて尻もちをついた。

 

「いや、ごめんそんなに驚くとは思わなくて……ルビーの声に私もびっくりしちゃった。ヒヤリハットだね」

「インシデントだよ!」

「もー、不知火さん何やってるの。ルビーちゃん大丈夫?」

 

 あかねちゃんとフリルちゃんに助け起こされながら、部屋がパッと明るくなり目が眩む。

 当たり前だけど、私の悲鳴と椅子の倒れる音が大きくてみんなの注目を集めてしまっていた。

 

「どうしたんですか? 何か大きな音が……!」

「いや、大したことじゃないです……不知火とルビー、仲良いのは結構だけど撮影前に怪我すんなよ……」

「そうだよルビー、気を付けて?」

「フリルちゃんのせいでしょ!? ってかいつまで貞◯モードなの!?」

「ありがと、やめるタイミング見失ってた。やって初めて分かったんだけど、これ前見にくいんだよね」

「やって初めて分かったんだ……」

「んふふ、ふふ」

 

 プロデューサーが寝ている寝室から、ミヤコさん似のカメラマンが音にびっくりしたらしく慌てて出てきて、カントクがそれに呆れ気味に答えて。

 あかねちゃんが笑い、笑いが伝播して、ちょっと納得いかないけど何かコントっぽくこの場が収まって……そのまま談笑を続けながら、船は南に進んで行き、目的地に私たちをゆっくり運んでいった。

 

 やがて船内放送で、もうすぐ到着するから準備をするようアナウンスが鳴る。仮眠し始めてからほったらかしにされてたプロデューサーをカントクが起こしている横で、各々が自分たちの部屋に戻って支度をし始めた。

 スタッフ4人も私たちと同じ4人部屋にいたらしい。

 全部荷物を持った後、3人でもう一度デッキに出て向かう島の姿を見た。思っていたよりも大きくて、綺麗で大きな山が二つ、手前と奥に見える。結構大きな島だなぁ。

 

 緑が多く、低いところは整然と家々が並んでいて、港周りも荷物を運んでいそうなトラックやトレーラーが忙しなく走っていた。高層じゃないけどビルも建ってる。

 

 ……あれ??

 

「ねえ、無人島じゃないの?」

「ルビー……ひょっとして何も説明読んでない?」

「え?」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「また船乗るの!?」

「……今度は私も酔いそう……」

 

 さっきの客船よりもずっと小さな船。軽トラと荷物と、私たち9人を乗せるので精いっぱいな船に乗り換えて、もう一度海に出ていた。

 揺れが大きくて、今度は飲酒したせいかあかねちゃんもグロッキーになりかけている。

 

「あんなデカい客船が着港できる港湾施設が無人島にあるわけないだろ……ルビーお前、俺のメール読んでなかったな?」

「デッキでルビーが『何で飛行機じゃないのか』って言ってたから、空港あるくらい大きな別の島を経由するの分かってると思ってたんだけど」

「いやだって……無人島に、空港があるのかと……」

「誰のためのだよ……」

「それはその、私たちのロケのために新しく作ってくれた、とか?」

「友好国の国賓相手でもそこまでしねえよ」

「やっぱルビーと話すの飽きないなぁ」

 

 カントクとフリルちゃんから総ツッコミを受けた。

 まあ、別に他の島を経由して行くのは構わない。すっごく酔いそうだけどゴールは目の前みたいだし。

 問題は、大きな島から出発する際、渡航者リストにサインをするのに加えて、手荷物検査を受けたこと。

 

「お気に入りのボディソープとリンスインシャンプー、没収された……」

「自然保護区域だから化学製品ダメって説明あったじゃん。まあ読んでなかったんだろうけど」

「え、フリルちゃんどうするの?」

「湯シャン」

「えー!?」

「2、3日くらいならまあ。本土戻ったら美容院行くし。軟水ならもう文句言わないよ」

「海外ロケ増えてなんか強くなってない?」

「多少はね。没収された物は無人島から戻ってきた時返されるらしいし、そんな凹まなくても」

 

 このシャンプーは使わないでくださいって言うだけでいいじゃん!と思ったけど、流石にこういう場で駄々をこねるのはマズいし、どのみち使えないなら没収されても変わらないし……素直に渡すしか無かった。

 私が泣く泣くアメニティ類を手渡す横で、メイク担当の山県さんが島のスタッフと何かお話していて、山県さんが持っているボディーソープのようなものは持ち込みが許可されていた。何であれはOKだったんだろう。ずるい。

 

「黒川さん大丈夫かい? 船酔い、星野さんからバトンタッチしちゃったね」

「あはは、はい……」

 

 鏑木さん似の映像担当の男性……えっと、内藤さんだっけ?だめだ、忘れそう……その人があかねちゃんに話しかける。

 もともとプライベートでは声を張るタイプじゃないあかねちゃんの声がさらに小さい。

 

「すぐだからね、推小(おしのこ)島。見えるでしょ、あれだよ」

 

 あれだよ、と言いながら指さす先を見ると、とんがりコーンのように三角形のシルエットをした島が少しずつ近づいてくる。

 小さい島なのに、その島にある山は結構高い。

 

 私たちが一度大型客船から降りた、大きな山が二つある島が(おし)島と呼ばれる島で、太平洋の南にポツンと浮かんでいる。観光でも有名で、誰しも一度は聞いたことがある島。

 そのすぐそばにある小さな無人島の推小島は、私たちタレント三人も聞いたことが無かった。

 二つの島は7.5kmしか距離が離れていない。だから確かに二度目の航海はあっという間に終わりそうだ。

 

「僕ね、さっき少しだけ降りた推島出身なんだよ」

 

 映像担当の人が懐かしむように言う。一度だけ、波の上に乗って船が大きく浮いた。

 

「高校卒業したら上京しちゃったけどね。いやぁ、一瞬とはいえ仕事で帰郷できると思わなかった。小島の方は一度も行ったことなかったなあ……子供の頃……45年前か。無人島になっちゃったからね」

「45年前まで人が住んでいたんですか?」

 

 あかねちゃんが少し体を起こして聞き返しているのを、私も酔ってきたので会話をやめて、耳をそば立てていた。

 学校跡があるくらいだから人が住んでいたのは分かるけど、無人島になったのは45年前なんだ。結構昔だなぁ。さりなすら産まれてない。

 せんせと……お兄ちゃんの人生を足したくらいかな。

 

「うん。何か少し推島も騒がしい雰囲気になったのを覚えているよ。集団離島するってなったからさ。あの頃本土からスーツ着た人が良く来るなあと思ってたな。大人たちも、なんでか分からないけど、少し病院の予約が取りづらくなったって言ってた。小学生ながらに非日常的なことが起こってるって思った」

「集団離島、ですか……生活の維持が難しくなったんでしょうか?」

「まあね、若い人から少しずつ小島から流出して人が減ってたみたい。水道も無い、テレビも無い。発電機は学校にあったかな? 僕も敢えて小島に行きたいとは思わなかったなあ。

 推島の生活水準との格差は高度経済成長以降目に見えて顕れてたらしくてね。でもある程度は住んでたんじゃないかな。何がきっかけで一斉に離島したのか、そういえば知らないなあ」

「水道も無いんですね。結構原始的な生活だったんでしょうか」

「だろうね。元々推島共々流刑地だったし、昔ながらの文化が断片的に残ってたらしいよ。自然も豊かだし、何もない所だけど、珍しい生き物がいたから時々物好きな観光客が来たりして。それに対しては結構オープンでおもてなしもしてたって。田舎らしい排他性はそこまで無かったんじゃないかな。あ、でも……」

「でも?」

「確か20年に一回、3日くらい島に出入り出来なくなる時があったとか言ってたな。その時は小島の人は自分の島に閉じこもっちゃうらしく……大切なお祭りをしているらしいって、親父が言ってた気がする。

 

 あれ? そういえば集団離島があったのも、そのお祭りの時期だったかもなぁ……そうそう、暑い季節だった。今みたいに」

 

 もう目の前に迫った推小島は、よく見ると部分的に崖が海までせり出していて、茶色の地面がむき出しになっている所もある。住みにくい島だろうことは遠目に見ても分かった。

 これから三日間過ごす、45年人が住んでいなかった島。思いっきり顔を上に向けないと、とんがりコーンのてっぺんが見えなくなるくらい島に肉薄した時。

 

 船のエンジン音が消えた。

 

 

「……変わらないな」

「え? 武田プロデューサー、ここいらしたことあるんですか?」

「ああ、黒川さん、ずっと、ずっと昔ね。高校出て、大学にもいかずテレビ局に行って、まだ若手だったころ……」

「そうだったんですか。だからここをロケ地に指定されたんですね」

「まあね」

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