【完結】もしもし、アクアくん?〜女優探偵の事件簿〜   作:ねこのまんま

21 / 27
㉑ 第10話 埋もれた痕跡(後編)

18:45

 

(ルビーちゃんの食べっぷり、作った人冥利に尽きるなあ)

 

 隣でニコニコしながら私の倍のスピードで食べるルビーちゃんを見て、私のお皿に残っているのを分けようか悩んだ。

 

 おかわり用の二度目のパエリア作りは、『ここまで本格的料理なんて。なんで最初から俺にやらせなかったんすか、火傷するかもしれないのに』と言うADの馬場さんに、フライパンを奪われる形で任せることになった。

 私の一度の見本でもう手順を覚えたのか、ルビーちゃんが横から楽しそうにレクチャーしている。山県さんがそれをうらやましそうにチラチラ見てた。

 『良いオフショになりそうだから』と、ルビーちゃんと馬場さんの共同作業を高坂さんが一眼レフで撮ろうとしていたけど、『アイドルと男が一対一で写る絵はマズいので』と馬場さんが言い、空気を読んだ内藤さんが『じゃあ山県さんと交代すれば?』と口を挟んでバトンタッチ。

 そんな感じで最後の晩餐は平和裏に終わった。

 

 終わった後にも馬場さんは片付けすら人一倍やっていて、これはもう性分なんだろう。極力油をふき取ったフライパンをビニール袋に入れてお礼を伝えて、自分のコテージに戻ろうとした。

 

 その折、カントクさんに耳打ちされた。

 

 『君だけ俺のコテージに来てくれ。アクアから編集された動画が来た』

 

 

「それじゃ、行ってくるね」

「うーん……大丈夫なの?」

「ルビー、あかねだけ呼ばれてるんだから。私たちは先にシャワー浴びてようよ。なんなら一緒に浴びちゃう?」

「えー! 流石に……お風呂とかなら良いけど狭いしさ……うーん……いやでも……」

「冗談だったんだけど。マジで興味持たれるとリアクション困るなあ」

 

 カントクさんの耳打ちは簡潔だったけど、どうして私だけなんだろうか。

 昨日寝る前にカントクさんと話し合ったことを、二人にも伝えていることは昼に監督に言ってある。

 思い込みでしかないことは二人に明かしていないものの、事件に関わる事実としての情報は出来るだけ共有しておきたいとも思っている。

 でも……私の想像どおりの内容なら、とりあえず私にだけ動画を見せるのも分からなくはない。

 

 考えている犯人候補がフリルちゃんと一致した。しかし、恐らく私とは違うルートでたどり着いたようで、さらに私が犯人に目星をつけていることもどうやらなんとなく察していたらしい。

 だけど、あの帰り際の本殿での刹那の語らいでは、自信なさそうに犯人候補を口にしていた。あまりロジカルな過程ではなく、直感的なものなんだろうか。

 あの海の神社の本殿も……考えてみれば不思議だ。病の棕櫚の注連縄を……という文言を思い出しながら、あの箱の中身を見た時にこの島の過去について推測してみたけど……。

 あの箱に入っているものはつい最近のものだけだ。45年前の悲劇の当事者となった人のものだけ。それ以外は山の神社の奥にあるはず。

 病気で亡くなった人なんて、もっと昔を遡ればいっぱいいそうなものだけど、どうして45年前の人のだけあそこにあったんだろう?

 

(……)

 

 ルビーちゃんも、聡い子だ。私が言いたくても言えないのを見抜いている節がある。きっと、その意図も。

 誰しも気になるところだろうに、犯人が分かっているか一度だけ私に聞いてきて、それを私がはぐらかしてからは二度と聞いてこなかった。

 

 今夜、二人も交えて、犯人と話すことになるのか。アクアくんの返事次第だ。

 そしておそらく、昨日夜編集を頼んだあの動画の内容は──

 

「黒川です」

「おう、開ける」

 

 夏至にやや近い季節のため、日が落ちつつも西の水平線に朱がわずかに残っている時刻だった。この島で暮色蒼然とした空を見るのはもう3度目で、恐らくこれが最後だ。

 弱まる風音に合わせて日ごとに小さくなる濤声は、無人島ロケという旅路の終わりが近いことを伝えてくる。

 

 撮影で暑い思いをした上に夕飯まで作った女優たちに先にシャワーを浴びてほしい、とスタッフ達がこぞって言ってきたため、今頃ルビーちゃんたちが入っているだろう。

 もうシャワー以外やることも無い時間帯だから、カントクさんのコテージにたどり着くまで、誰ともすれ違わなかった。

 

「今日もお疲れさまでした」

「ああ、君もな。熱中症にならなくてよかった」

 

 ドアを開けてくれたカントクさんは、私を中に招き入れるとパソコンの操作を始めた。

 今日の撮影データも、NG含め全部とっておいてあるらしい。

 

「撮影、無事に終わってよかったですね。特に……ルビーちゃんは、大変だったかと思います」

「そうだな。不知火と同じで、あいつもゆるい性格に見えて、仕事にはかなり真摯だよ。思ってた以上に演じられてたと思う。本人は納得できてなさそうな顔してたが」

「……あの役を完全に理解し、演じるのは誰しも難しいと思います。正解も無いですし」

「まあな。ルビーが演じた役にしてもそうだが、抱え込んじまうヤツってのはいるもんだよな。……ガキはガキらしく、辛えなら声出して泣けばいいのによ」

「……」

 

 思えば私とカントクさんの関係は、あの舞台の時に、ご自宅に彼と共に転がり込んだのがはじまりだった。

 そんな関係だから……カントクさんが今、誰の事を思い浮かべながら言っているのか、言葉にせずとも私に伝わりつつ。私も確認するようなことは言わなかった。

 

 

 私たちに帰りの用意を計画的にするようメッセージを送ってきた本人のコテージは、相変わらず散かっていた。

 昼に演じて仕事を終えた私たちと違って、カントクさんには、撮影データの後始末ほか仕事が残っていた以上仕方がないのかもしれないけど。

 そして、私が来た時から操作していたパソコンはいつの間にかメール画面を開いていた。

 差出人は、星野アクア。データが一つ添付されている。 

 

「アクアくんから返信が来たそうですね」

「ああ。昼過ぎには出来ていたらしいが、電波がな。そのせいで夕飯前に届いた」

「……カントクさん。次ご一緒する時でこんなロケ先だったら、まともな通信環境にしてくださいね。ネットで調べ物もままならないんですから」

「うっ……こんなことになるなんて思わないだろ?」

「事件とは関係なくですよ! まったくもう」

「むくれるなよ……黒川に厳しいこと言われると堪えるな……。とりあえず、再生する。俺はもう聞いた」

 

 アクアくんのメールに添付されている、mp4拡張子のデータをカントクさんがクリックすると、動画プレーヤーが起動して、昨夜も見た3分ほどの動画が再生される。

 

 そして、ルビーちゃんが不審感を口にしたところの風の音がほとんど除去され、いびきといびきの間の肝心なところだけが限界まで音量を大きく編集された形で、音声が流れていった。

 

 

 元々の音が小さすぎたからか、多少の音割れと、音質の犠牲が伴いつつも……怪音の正体が明るみに出る形で。

 

 

「…………さすが、アクアくんですね。本当にこんな編集がすぐ出来るなんて」

「黒川。この編集したデータを、まずは俺と君だけに聞いてほしいって言ったのは、アクアだ。だから君だけ呼んだ。心配したんだろうな。動画の前後でルビーと不知火が話していて、そこにこんな音が紛れ込んでいたんだから。

 俺も最初はこの音が意味不明だったが……まさかと思って記憶をたどったが、記憶が間違ってなければ犯人が分かっちまったかもしれねえ……。編集の礼を電話で伝えたら、アクアから何でこんな音が入っているのか鬼気迫る感じで聞かれたからよ、一応事情は説明したよ」

「そう……でしたか」

 

 当然編集したアクアくんも、この動画の内容は把握してる。アクアくんのことだから、動画に入っていた音声を聞いた時は驚いただろうし、不安になっただろうなぁ……。

 珍しく慌てる彼の姿が目に浮かぶようだった。

 

「二つ聞きたい。君のことだ、これを聞いてもう犯人が分かっただろ。それは……昨日の夜、君が8割以上確信していると言っていた犯人候補と一致してるか?」

「はい……」

「だろうな。これを聞いても君は全く驚かなかった。この音が入ってることも想定の内か。もう一個いいか。これは、証拠になるのか? 物証足りうるのか」

「なるような、ならないような」

「珍しく曖昧だな?」

「手を加えられ編集された動画ではありますが、警察なら元の動画から何に手が加えられているか解析できるはずです。つまり、アクアくんが悪意ある編集をしていないことの証明は大丈夫だと思います」

「それなら問題ないんじゃ?」

「問題は……なぜこれが犯人に結び付くものなのか? それが記録ではなく記憶にしか無いんです。先ほどカントクさんがおっしゃったとおりです。私たちの証言だけでは、警察としても証拠としてもう一声欲しくなるかと」

「そういうことか……確かにな」

 

 動画の内容は、私の想像どおりだった。犯人も……私の中ではもうほぼほぼ確定と言っていい。ここで私やカントクさんから良心に訴えかけて自首させることもやりようとしてはあるかもしれない。

 だけど、とぼけられたらあと一押しが足りなくなる。ここまで『誰がやったか?』の物証が足りずにやってきて、そして今、あと一歩のところまで来ているのに。

 

 それに……ポンプのバッテリーの事が、まだ解決していない。井戸から水をくみ上げる時、水を低い所から高い所へ流す方法が分からない。

 もう一つ、この怪音トリックを具体的にどうやって用意したのかも分かっていない。可能性はいくつかありそうだけど……まだ犯行の実現性を説明できる段階じゃない。

 

「……まだ時間はありますし、あきらめないつもりです。ですがそれとは別に、今日の午後、ぼんやりとした動機も推測ですが分かってきていて……この島ではもう、事件は起きないだろうな、と昨日よりも思ってます。その上でもう一度お聞かせください」

「ん?」

「ここまで知りえたことを警察に伝えて終えるか……それともやっぱり私たちの手で犯人と話し、昨日おっしゃったとおりご本人から動機を聞きたいか」

「……そうだな」

 

 カントクさんが、かいた胡坐の右ひざの上に肘をついて、掌に頬を乗せながらため息をつく。

 昨夜と違って、具体的に犯人の顔を思い浮かべているのだろう。

 

「俺の気持ちは変わらない。一度ここで、話をしたい。動機を知りたいのは変わらないし、それに犯人が分かったからこそ自首してほしい。その人にも俺は世話になってるからな」

「分かりました」

「黒川は?」

「え?私ですか?」

「ああ。今『この島ではもう事件は起きないだろう』って言ったろ? なんでそう思うかは知らねぇけど、危なくないと思っているなら君が事件を追う理由は無いはずだろ。それなのにこんなことをやらせるのは忍びないんだよ」

「確かに……でも大丈夫です。私も出来ればこの事件を警察が来る前に解決したいと思ってますから」

「そうか、なんでだ?」

「ここでこの話を終えておかないと、もしこの後来る警察にこの事件が他殺と正式に認定された場合、本土に戻ってからも警察との煩雑なやり取りが続きそうでイヤだからです。色々と今後の活動に影響がありそうですし……」

「くくっそれは確かに」

 

 ちょうどその時、私の個人のスマホにメッセージが届く通知音が聞こえた。アクアくんからだ。3人のグループメッセージに送ってきてくれている。

 

『例の薬品、確認が取れた。予想どおりだ。昨日の写真だとちょっと曖昧だったけど、今日夕方にあかねが送ってくれた写真は結構ラベルが残ってたから、おかげで確定できた。C.D.Eの頭文字もあったし。もう体調が戻ったなら何も問題ないと思うけど、不知火は念のため本土戻ったら病院行けよ』

 

 そんなメッセージと共に、ラベルがついている新品の薬品の瓶の写真が添付されていた。45年前とはラベルのデザインが異なるけど、アクアくん曰く今も現役で世の中の役に立っている薬品だ。

 

「アクアか?」

「はい。今、アクアくんのお陰で一つ一つ謎が解けて来ています。このままできれば、客観的な物証と共に犯人に到達できればいいのですが……意気込んではいますが、結果出来ずじまいになったら申し訳ありません」

「そうだな……」

 

 なぜこれが、神社に。そこは今も分からない。でも現段階ではどうでもいい。

 ルビーちゃんが提起してくれた問題が、一つ解けた。

 けど、これだけ周到に動き続けた犯人の証拠を見つけられるかはやっぱり厳しい。そもそも証拠が残っているかは運もあるし……。

 

「まあ黒川、間に合わなければ仕方がない、帰るしかない。君が出来ないなら誰も出来ねえよ。だから気負うことはないからな」

「ありがとうございます」

「そういや帰ると言えば、ルビーなのか不知火なのか分からないけど、俺が夕方送ったメッセージはちゃんと読むように伝えてくれ。帰るのに必要なこと書かれてるからな」

「はい? 二人とも夕飯づくりの途中で読んでましたよ?」

「そうなのか? おかしいな。未読は君じゃないよな?」

「いえ……拝見しましたが」

「そうだよな、俺が送った後にメシ出来た連絡くれたし、アプリ開いてるよな」

 

 カントクさんが頭をポリポリ掻きながら自分の業務用スマホと目を合わせて、顔認証を通した。

 グループメッセージ画面を見ていたので、断ってから覗き込むと、私が夕飯連絡を送る直前に送られた帰りの手続きのメッセージの既読数は7だった。

 何もおかしくない。プロデューサーが亡くなって読んでないんだから、それで全員だ。

 私が送ったメッセージも、依然既読は7人だ。

 

「7人。何も問題ないですよ?」

「実はな、明日帰るし、メシ食う前に島の管理者に撮影許可のお礼の電話しておこうと思ってな。役所だからメシの後だと閉まってるかもしれないし。武田さんが電話かけた部署がどこなのか調べるの面倒だから、武田さんのスマホを開いて初日の夜の発信履歴を辿ろうとしたんだよ。学校の撮影許可のために電話してたからな」

「え? このスマホ、目を開けて顔合わせないと顔認証突破できませんよね? まさか、亡くなられたプロデューサーの……」

「そんなバチ当たりなことしてねえよ。あの人昔から細かい所は面倒くさがりな性格の人でな。昔一緒に仕事した時、自分の代わりに関係者に連絡しておいてくれって言われて、暗証番号を教えられながらスマホを預かったことがあるんだよ。

 その時と暗証番号変えてないかなと思ったら通ってさ。本当は発信履歴開こうとしたけど、手癖でグループメッセージアプリを一瞬開いちまった。だから本当は8人見ていなきゃおかしいんだよ」

「…………!!」

「だからいつも3人一緒にいた君らが、誰かがメッセージを見て口頭で内容を共有してて、それで満足して1人めんどくさがって見てないのかと思って……じゃあ誰が……」

「……。 ……? ……! あの、カントクさん」

「ん?」

「昨日の昼、『仕事を中止しないでやり遂げよう』と話すために全員集合をかけましたよね? 今そのメッセージの既読数は?」

「え? ちょっとまて、どうした? いや、確認すればすぐ分かるが」

 

 どういうこと……?おかしい。

 誰かめんどくさがって見ていない。それはありうるかもしれないけど……。

 

 問題は、集合時間を指定した連絡に対し、全員間に合って集まれていること。見ていないのに。

 フリルちゃんがウソ泣き演技をした時、間違いなく……12:30に全員間に合っていた。

 3人仲良く寝坊した今日の朝食と、探索でトラブルがあって帰りが遅れた昨日の夕飯は、私たちが共用コテージに遅く入ったから分からない。

 でも先ほどの夕飯も、そういえば私がメッセージを送ってから、あまり時を経ずして全員すぐ来ていた。見ていないのに、どうして。

 

「……7だな」

「7……初日夜、窓閉めて寝るよう伝えたメッセージは?」

「7だ」

「じゃあ、カップラーメンを食べた初日の夕飯連絡は」

「8だ」

「8……? ……プロデューサーが亡くなった後、カントクさんから、このグループメッセージ以外で誰かと連絡をとられたことは」

「ないな」

 

 おかしい。そんなに前から見ていない。

 直近の、例えばこの帰りの手続き連絡だけ見ていないなら、他の人から伝え聞いたから見てないだけ、ということもありうるかと思ったけど。

 私が考えている犯人候補はもちろん、スタッフ全員、それぞれの仕事に対する態度や人柄から考えて、遠方ロケ中に現場責任者からの業務連絡を2日にわたって見もしないなんて考えにくい。

 

「…………。……昨日の夕飯と、今日の朝食。私たち3人以外は、全員間に合っていましたか?」

「ああ、全員来ていたぞ」

 

 絶対におかしい。おかしいけど……。

 

 ん……? 待って。

 

「そのプロデューサーのスマホ、よく見せてください」

「あ、ああ。これだ」

「……これ、いつ回収したんですか」

「武田さんが亡くなっているのを確認して……馬場と一緒にドアを塞ぐ直前だな」

「そう、ですか」

 

 なんで。なんでこのスマホは、こんなにも……綺麗なの?

 ポケットに入らない大きなスマホだ。犯行時は床に置かれていて、泥水に一緒に浸かっていたのでは?

 使えるのは分かる。最高ランクの防水性のスマホは、水中で乱暴に起動しない限りは水に浸かっても大丈夫だ。

 だけど床に砂の跡があったのに、スマホが汚れていないのはどういうこと?

 

「これ、床に落ちてたんですよね? カバンに入っていたとかではなく」

「ああ、中見たら朝の薬もあるからアラーム設定されていたし……枕元に置いてあったよ」

「汚れとか拭き取りました?」

「そんなことしてないな……あ、そういえば事件は水が使われたとか言ってたな。これは特に汚れてなかったぞ」

「……」

 

 このスマホは清掃されていない。

 泥水に浸かって、どうして汚れなかったんだろう。

 

 あれ? いや、違う。

 さっきのアクアくんが編集してくれた動画じゃ、確か……じゃあ、ひょっとして……

 

 

(もっと深く……)

 

 

 私の中では、昨日の……二日目の夜の段階で。いや、アクアくんがくれた情報をたどって井戸を見つけ、それが犯行に関わっていることを確信した段階で。

 

 8割以上の確率で、この人が犯人だろうと目星をつけた人がいた。

 

 

 なぜその人が犯人である可能性が高いと思ったか。

 

 

 それは、その人が……初日の、船で昼食をとるために集まってから、ルビーちゃんを追いかけて夜の神社に赴くまでの間。

 

 

 その間の犯人の発言の中に矛盾があった。おかしな発言をしていて、おそらく嘘をついていると考えられた。

 

 

 そしてその嘘の内容が、2日目の夕方に山の神社まで行った探索の結果、浮かび上がった犯人像に極めて関連していたからだ。

 

 

 だから、ほぼほぼその人が犯人であろうと睨み、私は3日目の今日の撮影本番の時間帯はずっと、演技をしている時や、フリルちゃん達と話している時を除いてその人の監視をし続けていた。

 何かおかしな行動をしないかと。なけなしの手がかりを掴むために。

 

 そして一度だけ、おかしな行動とともに、おかしな現象を目にした。

 でも取り立てて気にするほどのものじゃないと思ってたけど。だけど。

 アクアくんが教えてくれたことも……ここに、加わるとしたら。

 

(そういえば、そう、か。だから……あの時の発言は……そういうことだったのか……)

 

 2日目の朝。ルビーちゃんの服がひどいことになってから、事件が発覚するまでの約3時間と30分の間。

 これもおかしいとまでは言えない、こじつけのようなものだけど、少しだけ違和感を覚える発言を犯人はしていた。

 普通なら気にも留めない程度だけど、それも、この状況と辻褄が合うとしたら。

 

 

 全部、1本の線で繋がっている……。

 

 

「カントクさん」

「お、おう……」

「初日の夜、プロデューサーのコテージまで送って行った人は誰でしたか?」

「そうだな……確か内藤さんだけは酔ったから早く寝たいって言って、すぐシャワーに向かったから……それ以外の三人だな。武田さんの荷物もあったし。それにこんな形のコテージだから、コテージにプロデューサーがあがりこむのも苦労したぞ」

「分かりました。そして確か、いびきを聞いて、コテージ周りを見た時は、内藤さん、馬場さん、山県さんの三人で行ったんですよね?」

「ああ」

「…………」

「黒川?」

「……犯人に結び付く物的証拠が、今なら残っているかもしれません」

「はあ!?」

「その確認のため、これから会いたい人がいるので、ちょっと出かけてきます。プロデューサーのスマホ、お借りしていいですか。あとロック解除番号教えてください」

「ああ……いいけど……気を付けろよ」

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 19:10

 

 既に外は真っ暗になっていた。

 振り返ると、少し遠くの私のコテージの灯りがついている。ルビーちゃんとフリルちゃんが待ってくれている。

 

 目的としている人のコテージまで向かっている最中、着信があった。アクアくんからだ。

 

「もしもし、アクアくん?」

『あかね。編集したもの聞いたか?』

「うん、ありがとう。決定的だったよ。そして……犯人じゃない人に今から色々聞いて、予想どおりの証言をもらえたら今夜、出来れば犯人と話すつもり」

『「出来れば」? まだ分からないところあるのか?』

「実はね、ポンプのバッテリーが──」

『ん……もう一度コテージと井戸周りの地形を教えて』

「うん、えっと……。地上2.5mくらいの高さの窓があって……窓に面してすぐ崖があって、高さは10m弱ってところかな。その崖の上、だいたい崖から60から70mくらいの距離に井戸がある感じ」

『そうか、それなら簡単だろ』

「え?」

『台風の時は井戸の水位上がったって文献でも言ってたしな。実際不知火が撮った動画編集してた時も思ってたよ。崖が高い所も含めて全体的に光を反射してキラキラ光ってる。台風の雨水だったら8時には日を浴びて乾いているはず。

 だから地面の中……崖の側面から染み出てきた水だな。崖の上、地下水位が高かったんだろ。それが少しずつ崖から染み出していた』

「……井戸の中を見た時の様子から、フリルちゃんも『水位が高かった』って推測してたんだけど。君も予想外のところから推理するね」

『動画でルビーが「このへん地面がビチャビチャで靴泥んこ」って言ってたしな、日が出てる夏なら数時間で乾くだろうにって違和感は覚えてたんだよ。とにかく、台風の直後は……少なくとも、コテージの窓の位置よりも井戸の水位は高かったはずだ』

「うん、そっか。そういうこと……か。アクアくん、もう大丈夫、ありがとう。子供の頃理科の実験見て知ってはいたけど、いくら何でも今回は規模が大きいからその発想にはならなかったの」

『ったくお前は……最後まで聞く前に勝手に理解すんなよ……。まあでも確かに、複雑な現地の状況を見てる人間よりも、聞いてるだけの人間の方が机上の理屈で気付けるのかもな。他にあるか?』

「うーん、大丈夫のはず」

『そうか。じゃあこっちから一つだけ。今日行った神社で調べたことをメッセージで夕方教えてくれただろ。お前の推測が気になったから大学に行って調べたんだけど、この島から人が退去したきっかけは──』

「……そう……分かった」

『郷土史には書いてなかったけど、医療の本には書いてあった。生き残って島を出た人のその後の生活とか、受けかねない偏見とかも考えて、報道の類はしなかったんだろうな。じゃああとは色々頼んだぞ。もし何かあれば連絡してくれ。今夜は空けておく』

「うん、じゃあね」

 

(…………これで、ほぼ揃った)

 

 先ほど、カントクさんに伝えた、私が今なお犯人を追う理由。

 警察の捜査に巻き込まれ続けたくないというのもそうだけど、他にもある。

 カントクさんに『もう次の事件は起こらないと考えている』と話したけど、本当のところはほんの少しだけ違う。

 

 アクアくんが最後に伝えてくれたこと。にわかに信じがたかったけど、この島に何があったのかを知らしめる漠然とした情報のかけらだった。

 今日の午後の探索と、アクアくんからもらえたいくつかの情報。それらを組み合わせて犯人の動機を推し量り、このロケで同じ動機による更なる被害者が出ることはないだろうと考えている。

 

 だけどただ一人、ルビーちゃんのことだけは今も気がかりだった。

 杞憂だと思うけど、ほんの1%も無いかもしれないけど、ひょっとしたら。

 でもこれは昨日の夜も思っていたことだ。多少リスクを負ってでも、この事件を追おうと私が考えた最初の動機のところ。

 そして、漠然と感じていたその不安は、今日の調査でより固まった。

 

 言われずともそのつもりだったけど……私は彼から、『妹を頼む』『ルビーを守ってくれ』とこれまで繰り返し頼まれている身だから。

 プロデューサーの件が事件だと確信した後は、基本的に一緒にいれる時は一緒にいた。

 調査自体は危ないと思って、昨日は一人で島の奥地に行こうとしていたけど、今思えばやっぱり3人一緒に行って……フリルちゃんたちが追いかけて来てくれて良かったと思う。

 流石にシャワーやトイレには同行できないけど、昨日の夜も、フリルちゃんの激痛マッサージを受ける直前、シャワールームの様子を確認して、中からルビーちゃんの鼻歌が聞こえて安心していた。

 それでも今のように私が離れるときは、ルビーちゃんから極力離れないようにとフリルちゃんに頼み、彼女が独りにならないよう出来る限り気を配っていた。

 

 そして、このルビーちゃんへの不安は、このロケが終わってみんなが本土に戻った後も続くかもしれない。

 やっぱり、今夜決着を付け、場合によっては犯人に対しはっきりさせるべきだろうか。

 

 『初日、学校見学を終え、夕飯の直後の夜。あなたはどこにいたのか』と。

 

 そしてもう一つ。

 

 犯人に対してそういう警戒を私が抱く一方で、犯人は悪い人じゃないとも思っている。

 仕事にも誠実。周囲への気遣いも感じる。それもすべて演技だということも考えられるけど、私はそうは思わない。

 でももし、その本来の善性の中に狂おしいほどの殺意……いや、それよりももっと危険な心を抱いていたのだとしたら。

 

 私は……捨て身の人殺しを決意しかねない人間の悲痛な叫び声を何年も受け止めて。そして命と心を助けてくれたその人と共に地獄へ落ちようとも、その叫びを自分のことのように飲み干してきた。

 あの日彼は、私の言葉があと一つ足りなかったら、どういう行動に出ていたか。

 あの時の表情と、彼と共に歩んだそれまでの道のりを振り返れば、おのずと分かってしまう。実際全てが落ち着いた後に彼にどうするつもりだったか聞いたところ、やはり予想どおりだった。

 

 彼のそんな危うさの根底にあるのは、カミキヒカルによりルビーちゃんの未来が脅かされたことだけじゃない。それはトリガーに過ぎない。

 

 『自分のせいで大切な誰かが死んだ』

 『救うことができなかった』

 『生まれてくるべきではなかった』

 

 そんな、心が引き裂かれるような呪いがもたらす『自分は幸せに生きる資格がない』という認知の歪みこそが本当に危険であることも、ずっと肌で感じ続けてきた。

 

 私はもちろん、彼と縁を紡いだ多くの人の……特にルビーちゃんの……働きかけを以て、その呪いを解くことの方が、片寄ゆら殺人を糸口にしてカミキヒカルの脅威を取り除くことよりもよっぽど困難だった。

 1人の人間がどうこうできるほど、彼は決して簡単で単純な人じゃない。

 

 誰に対してすらも言葉に出来ない、いつまでも自分で自分を責め続ける孤独を認め、その奥にある想いに寄り添うこと。

 

 

 彼の幸せを願う人の顔を思い出させること。

 

 

 その人の想いを、言葉に乗せて彼に伝えること。

 

 

 その3つを折り重ねる日々は、さながら底の見えない螺旋階段を、深く、深く下りていくようだった。

 

 この事件の犯人像は、私の大切な人の、そんなかつての姿に。

 それと、もう一人……あの日、公民館で『嘘』を演技した、ルビーちゃんのかつての姿に。

 なんだか……重なるところがある……気がする。

 

 犯行に向けての信じがたいほどに困難なハードルを、目的達成のために超えてくる執念。

 この犯行、やり方が分かったところで、同じことが私も出来るかと問われると正直自信が無い。頑張れば不可能ではないけど、よほどやり抜く思いが無ければそんな発想にすらならない。

 

 犯人は真っ当な人格も併せ持っているであろうことも伝わるからこそ、これだけのことをやってもその後淡々と過ごしている所に、どこか壊れてしまっている精神性を感じる。

 仕事や人間関係において一見未来を見据えて行動しているように見えて、心の中は殺人をやり遂げるほどに破滅的。

 

 『犯人って、私たち顔負けの演技派だよね』

 

 話し合う中でルビーちゃんが言っていた言葉を思い出す。

 犯人は、もし思惑通り嫌疑から逃れたら、この後……何をするつもりだろうか。

 

 ここまで考えた犯人の心の中については、プロファイリングのように、体系的な考察なんかじゃない。私の直感でしかない。

 

 

『誰かと深く関わったら、自分の心に何かしら、その人の心が編み込まれて残っているはず』

 

 

 撮影中にフリルちゃんが言ってた言葉が頭をよぎる。

 

 私は、不思議なめぐりあわせで。宝石のような双子の兄妹の、宝石の輝きとはほど遠い心の内側の闇を、間近で受け止めたことがある。

 

 死をもたらすほどの孤独の経験と、アクアくんとルビーちゃんという2人との縁を得た私は、そんな彼らの心が胸の内に編み込まれて……どんな人間に、なれたんだろう。

 

 そんな私という人間の、直感でしかないもの、だけど……。

 

(……)

 

 

 まだ出会って三日の関係だけど、このまま犯人を放ってはいけない。そんな気がする。

 

 

 考え込むうちに、話そうとしていた人のコテージの前に到着した。

 犯人と直接会うまで、私が想像しているものが物証となりうるか確実とは言えない。

 それをダメ押しするための、最後の確認だ。

 もしも私の思うとおりであれば、今から私が会う人が……最後の裏付けをくれる。

 100%ではない私が勝手に組み立てたロジックを、限りなく100%にしてくれる。そんな発言をしてくれるはず。

 

 それでも正直、怖い。ここまでの推理が根本的に間違っていたら、昨日カントクさんにも伝えたとおり、取り返しがつかない。一介の人間には責任を取りきれない。

 

 そんな、ギリギリまで不安と葛藤にまみれる頭の中に、耳を通じて親友からのメッセージ通知が響いた。

 

『昨日調べてって頼まれたやつ、伝手をたどってだいたい分かったよ! えっとね……』

 

 いいタイミングで、念のため調べておこうと頼んでいたものの結果が届いた。

 これ一つでは状況証拠に過ぎないけれど、犯人に繋がる情報だ。

 彼女もヒマじゃないだろうし、簡単でもなかっただろうに……本当に、調べてくれた。

 

(……ゆき……ありがとう)

 

 大丈夫。私は一人じゃない。親友の彼女だけじゃない。

 

 ここまで真剣に考えてきた。

 2人と一緒に島を駆けずり回った。

 アクアくんが寄り添ってくれる。

 カントクさんが後押ししてくれる。

 

 望む証言が得られたら、今夜ですべてを終わらせよう。

 

 

 真相への最後の一歩を踏み出すため、コテージのドアをノックした。

 

~ To be continued ~

 

 

 

 

 

 

 

19:20

 

「カントクさん、今夜共用コテージで――さんとお話ししましょう。私もフリルちゃんとルビーちゃんに声かけてみます」

『そうか。俺は何か準備をしておくべきことはあるか?』

「アクアくんが編集してくれた動画を流せるように、パソコンをお持ちください。あと……──さんを呼ぶときは、スマホではなく直接コテージに訪問して呼びかけてください」

『分かった。すぐ始めるか?』

「そうですね、すぐに……いや……」

『黒川……?』

「すぐではなく、今から……2時間後で、お願いします」

 




次回、犯人への追及です。
犯人予想や推理は本話までの内容でお願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。