【完結】もしもし、アクアくん?〜女優探偵の事件簿〜   作:ねこのまんま

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犯人追及話です。ここまで拙作を読み込んでくださりありがとうございます。




㉒ 第11話 軌跡を繋いで(前編)

(21:20……もうそんな時間……)

 

 視界の端で時刻表示の画面が大きく変わったような気がして視線を向けると、デジタル時計の液晶の数字が同時に2つ変わっていた。19分から20分に時刻が移り変わる。

 共用コテージに持ち込まれたカントクのパソコンの横に、一秒ごとに一部だけ点滅しているデジタル時計があった。

 

 昨日も一昨日も寝袋を用意していた時間なのに、パジャマも着ないまま共用コテージの席に座っている。

 夕飯時の楽しげな喧騒は、カレー粉の香ばしい匂いと共にとっくに消え失せて、代わりにこの場は重苦しくて息が詰まりそうな雰囲気で占められていた。

 

 聞こえるのは、初日から少しずつ弱まっていった風の音だけ。

 

 ちらっと横を見る。

 左奥に座るフリルちゃんも心なしか緊張した面持ちだけど、この後のことをある程度予測しているかのような落ち着きも見せている。

 そして、私の左隣に座る人は——

 

「……」

 

 両肘を机に置いて、拝むように組んだ両手を口の前に持ってきていて目を閉じている。

 時々両手の爪の色が変わるくらい強く握ったりしているけど、自分自身を落ち着かせるように深くゆっくり息をしていた。

 

『今夜、五反田監督と一緒に犯人と話すよ。ここまで3人で来た。だから2人とも出来れば隣にいてほしい。でも無理しなくていいからね』

 

 先に私がシャワーを浴びて、交代でフリルちゃんが浴び終わって。あかねちゃんの帰りが何だか遅い気がして、心配で電話しようか悩んでいた頃合いで、あかねちゃんがコテージに戻ってきた。

 犯人と話す……? まだまだ分からないことだらけで、これからダメ元で作戦会議するのかと思ってたけど、この短時間であかねちゃんは何かしらを掴んだ……ってこと?

 カントクと何を話したの、と聞き返す暇もなく、あかねちゃんはシャワーを浴びに行ってしまった。

 

 

 ドアの外から話し声が聞こえてきた。

 扉も窓も閉まっているから聞き取りにくかったけど、一人は、カントクの声。

 もう一人って、確か——

 

「……? あの、これは……?」

 

 カントクともう一人の声の主が、コテージの扉を開けて、居並ぶ私たちを見て疑問の声を上げた。

 

「申し訳ない、仕事の話と言うのは嘘で……俺もあるっちゃあるが、本当に話があるのは彼女たちだから」

「……?」

 

 カントクが座るよう促しながら椅子を引いたので、その人物が困惑顔のまま私たちの正面に座る。こちら側の真ん中に座っているあかねちゃんの真正面だ。

 まさか、まさか。この人が、あかねちゃんの考える、犯人なの?

 でも……。

 

「……」

 

 その人を一瞥したフリルちゃんは、少し頭を下げただけで目をそらし、そのまま髪の毛を人差し指に巻きつけて弄び続けていた。

 何も動揺している素振りが無い。さっきの夕飯までの様子からして薄々感じていたけど、フリルちゃんとあかねちゃんが考えていた犯人像は一緒だったんだ。

 じゃあやっぱり、この人が……?

 

「遅くにお呼び立てして申し訳ありません。少し……お時間いただいてもいいですか」

 

 あかねちゃんが少し顔をあげて話し始めた。口の前に組んでいた両手を顎に添えるように。

 

「プロデューサーが亡くなった件で、お話を伺いたいんです」

「え? あの、病気か何か、ですよね……?」

「……亡くなった直後に私たち三人で現場を調べましたが、その痕跡から、コテージを水没させたことによる溺死、他殺ではないかと思われ、私たち3人はずっとその線で考え、この事件を追っていました。……あの事件の直後から、ずっとです」

 

 ビクッと、その人が反応したように見えた。でもそれも気のせいなんじゃないかと思うくらい、あかねちゃんの発言を聞いた後に自然な困惑顔をこちらに見せてくる。

 あかねちゃんとフリルちゃんが思ったとおりにこの人が犯人なら……やっぱり私たち顔負けの演技派だよね。

 

「あの、何を言って……? え、水? なんでですか? さっき言いましたが、もともと持病があったと……それで亡くなったって、昨日のお昼に……」

「申し訳ありません、その段階で私たち3人と五反田監督は嘘をついていました。誰かが、あの時点でプロデューサーに手の込んだ殺人を犯した。そう判断して、警察が来るまでこの島を出られない以上、この場を混乱させないための演技です」

「手の込んだ殺人? ……たしか……8時の段階でプロデューサーが寝ていて……確か10時頃でしたよね、亡くなっていることが分かったのは。その間、皆さんも、監督も、スタッフ皆も何かしら作業をしていたような……。これ、スタッフ皆に一人ずつ聞いてるんですか? でしたらすみません、自分はそれ以上の事は何も分からなくて、」

「この音声をお聞きください。……五反田監督、お願いします」

「ああ」

 

 私も気になっていた、わずか二時間しかない犯行時間の事をその人も言ってきた。

 それに対して、途中で遮るように言葉を発して、あかねちゃんがカントクに何かを合図している。

 カントクの手でパソコンが操作されて、メールに添付されたデータをダブルクリックすると、動画が再生された。あれって……。

 

「これは、不知火さんが昨日午前8時にプロデューサーを起こしに行った時、スマホで録画していたデータです。こちらには、プロデューサーのいびきが漏れ聞こえているのが記録されています。ですが……」

 

 そうだ、フリルちゃんが撮った動画だ。

 あれはたしか、『気になったから調べたら、変な音が聞こえた』ってあかねちゃんが言ってて、昨日の夜お兄ちゃんに編集を頼んでいたやつ。

 カントクにメールが返ってきてるってことは編集が終わったってこと? やっぱりあれに何かヒントがあったの?

 

『肩車して中覗かない?窓から起きてー!って呼びかけてみるとか』

『ええ、ムリ……絶対立ち上がれないし。このへん地面がビチャビチャで靴泥んこじゃん。フリルちゃんが私を乗せてくれるならいいよ?』

『いやいやルビー、頭を私の太ももで挟まれる権利をあげるから』

『むむ……うーん……いやでも……』

『冗談だったんだけど。マジで興味持たれるとリアクション困るなあ』

 

 ……ここだったはず。この後だ、私が変な音を聞いた気がしたのは。

 何か、高い音……例えるなら……そう、風の音……というより、悲鳴のような声っぽいのが聞こえたけど……?

 フリルちゃんもここまで内容を把握していないのか、少し前のめりになって、固唾をのんで見守っている。

 

 そして、問題のいびきのシーンが流れた。

 

『ごぉーーっ・・・・・・・・・・ごぉーーっ・・・・』

 

「「「「「……」」」」」

 

『・・・・・・ひゃあああぁぁぁぁぁ!!?? ガタァン!・・・・・・ごぉっ・・・・・ぐるるる・・・・・ごぉーーっ・・・・・・・・・・・・・・・・・』

 

「!? はああ!?」

 

 悲鳴じゃん! それも、甲高い女の人の……本当だったの……!? 

 なんでこんなところにこんな音声が?

 

 

 っていうかさ。

 

 この声。

 

 嘘でしょ。

 

 いやでも。

 

 間違いなく。

 

 

「私の声じゃん!?」

 

 

 どう聞いても私の地声の名残がある悲鳴だった。でも私はこの時こんな声出していない。音質もガラガラしていてすごく悪い。それなのに、こんなふうに音が入っているって……それに、私の声のすぐ後に何か固いものが倒れたような音。

 意味がわからないけど、お兄ちゃんが悪質な編集をしたとも思えない。

 

「この悲鳴は、五反田監督のお弟子さんの編集によって拡大した音声です。音質は良くないですが、間違いなく、星野さんの声です」

 

 カントクに再生を止めるようにお願いしながら、あかねちゃんが画面から目を離して、もう一度目の前に座る人物に射貫くような視線を向けた。

 

「前後の会話の文脈からしても、星野さんが悲鳴を上げるような場面ではありません。元々、現場の状況からして、犯行は夜に行われたのではと考え……だから、このいびきは何か細工されたものでは、と疑っていたんです。だから編集を依頼した。

 昨日午前8時にみんなが聞いていたいびき、録音されたデータを再生したものですよね?

 ルビーちゃん、もう一度教えてほしいんだけど。プロデューサーと会ったことは、このロケ以外だと顔合わせを兼ねた初回の打ち合わせだけなんだよね?」

「う、うん」

「それなら、プロデューサーのいびきとルビーちゃんの悲鳴が同時に録音されるタイミングは……私の記憶では、一度しかありません」

 

 え? いつ?

 プロデューサーが寝ていて、同時に私がこんな声をあげた時……えっと、当然このロケの最中、それもプロデューサーがまだ生きてる初日だよね。

 えっと……。

 えーっと……。

 

~~~~~~~~~~~~~

『一発芸 貞◯』

『ひゃあああぁぁぁぁぁ!!??』

『わっ!?いや、ごめんそんなに驚くとは思わなくて……ルビーの声に私もびっくりしちゃった。ヒヤリハットだね』

『インシデントだよ!』

『もー、不知火さん何やってるの。ルビーちゃん大丈夫?』

~~~~~~~~~~~~~

 

 え……?

 

「あ、スイートルームでの私の一発芸の時じゃない?ほら、貞○」

 

 フリルちゃんの一言で完全に記憶が蘇った。そうだ、これはあの時の……私がフリルちゃんの悪ふざけにビビり散らかして、椅子を倒しちゃった時の……!

 

「犯行は夜通しかけて行われたのに、8時の段階でまだプロデューサーが生存しているかのように見せかけて……日が出てしばらく経たないとびしょ濡れのままであるコテージが、最低限乾くまで犯行を隠したこの音声。プロデューサーのいびきと星野さんの悲鳴の大きさの差からして、録音はプロデューサーの口のすぐそばで行われたはず。

 私の、いえ、私と五反田監督の記憶では。あの時、船で寝てしまったプロデューサーの個室の中にいて、一番プロデューサーの間近にいたのはあなたですよね」

 

 

 

 

 

 

「高坂茉莉さん」

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 この二日間で感じていたふわふわとした雰囲気は消え失せて、能面のように表情を消した高坂さんを、同じく表情を無くしたあかねちゃんが細めた目で射貫く。

 光を失った高坂さんの目が、それを受け止める形で眼差しが交わっていた。

 ほんの数秒もなかったのに、永遠に感じられたっていうのは、こういう時のためにある言葉なのかもしれない。とても口を挟めるような雰囲気じゃない。初日の神社の時以来の、夏らしくない寒気と共に見守るしかなかった。

 

「えと、あの? 本当に何をおっしゃってるのか……船で? 録音って……確かに、馬場さんと一緒にプロデューサーを寝室にお連れした記憶はありますが……何でそんなこと私が?」

 

 それでもすぐに表情を取り戻した高坂さんが、困惑したような笑みを浮かべて、首をかしげながらあかねちゃんに問い直す。

 私たちにカメラを向けてくれていた時のような、これまでと変わらない雰囲気を取り戻しながら。

 でも机の上の手の指だけが、じっとしていなくて曲げたり伸ばしたり、せわしなく動いている。

 

「まさに、なんでそんなことしたのか伺いたく、お呼びしたんです」

「ですから、私は、そんな、こと……そもそも、水を入れて、でしたっけ? そんなの、この何もない無人島でどうやってやるんですか? 突拍子も無さ過ぎて、」

「色々、昨日の夕方調べましたよ。コテージ裏の崖の上にある井戸の事とか。……この島には、海と山、二つ神社があることとか。崖の上に登れる近道があることとか。そのどれにも三人で行ってきました。こんなことをした人が、なぜそれをしたのか分からなかったから、事件に関係しそうなことを調べ続けていたんです」

「えっ……」

 

 『井戸』だけでなく『神社』という言葉が出てきた辺りで明らかに動揺が表情に出て来ていた。正直、もうこの反応だけで分かってしまう。さっきの音声だけでほぼほぼ確定なんだけど……私の中でも、この反応を見て確信になりつつあった。

 

 高坂さんが犯人だって。

 

 このロケで初めて会うけれど、優しそうなほわほわした雰囲気で。華奢で細いけど、その見た目以上に結構タフで。今日の昼も、自分のゴツいカメラだけでなく、馬場さんが持ちきれなかった細かい荷物を嫌がらずに運んだり。

 昨日のお昼も、写真の事を色々教えてくれて褒めてくれたり。

 嘘でしょ……?

 

 でもここまで演じ続けてきた高坂さんが、土壇場でこんな分かりやすい反応をしちゃったのも仕方ない気もする。

 お兄ちゃんという私たちの助っ人の存在を、彼女は知らないから。

 少なくとも山の中の神社は、そこにそれがあることを知っていて、行こうと思わない限り絶対にたどり着けない場所にあるから。

 

 彼女が犯人だという事実こそ受け入れているけど、それでも『悪い人には見えないのに』という、まだどこか納得できない気持ちとは裏腹に。

 今、直接犯人を追及しているあかねちゃんが、見当違いな間違いを犯してはいなそうだという安堵の気持ちもあった。

 

「台風で水位が上がった井戸から、裏側の窓からプロデューサーのコテージに水を入れた。

 水圧で歪んだであろう扉の穴……コテージ裏に軽トラが来ている痕跡。扉の真下辺りにはプロデューサーの名刺が落ちていた跡も。

 それと、水で満ちた重いホースを乗せられた窓枠の歪み、そして崖上の倒れた雑草。昨日学校の校庭にたまった雨水を取り除いたポンプとホースを使いましたよね?」

「あれ? それはバッテリーが使われてないって話じゃなかったか?」

「それは、最初に少しだけ、コテージまでつながるホースの中が水でいっぱいになる程度までポンプを動かして……そして、電源を切る。それだけです。……『サイフォンの原理』ですよね?」

 

 サイ……んぇ?なんて?

 カントクが口を挟んだことに答えるあかねちゃんから外国語が出たあたりで、難しそうだったから考えるのをやめ、腕組みしながら険しい顔をしてウンウン頷いて分かってるふりをした。

 

「ホースの中が水で満たされている。そして、水の供給元の水位……つまり井戸の水位が、現場のコテージよりも高い。その二つが満たされていれば、あとは重力の力だけで井戸から水がくみ上げられて流れていきます。一度流れ始めたら、もう動力はいらない。あの時井戸の水位は台風の影響で高かったことは、井戸の中の様子や崖から染み出る水で確認できる。

 他の事も、写真で見たければお見せできますし、一つ一つ説明しても構いません。もっとも、私たちよりあなたの方がある意味詳しいでしょうから、求められない限り省略します」

「……」

「……それと、神社の倉庫で見つけたこの瓶ですが」

 

 押し黙る高坂さんの前で、あかねちゃんが机の下から取り出した、薄汚れた瓶。

 山でフリルちゃんを大変な目に合わせて、そして海でも見つけたそれの正体は、あかねちゃんがカントクのコテージに行っている間にお兄ちゃんが詳しく教えてくれた。

 私はそもそも知らなくて、『そういうのがあるんだ?』くらいにしか思わなかったけど。

 『化学の授業でやったなあ』と言ってるフリルちゃんに対して『懐かしいよね~』と適当に返したら、『絶対覚えてないでしょ』と知ったかぶりを見破られた。

 

「C2H5OC2H5 Diethyl Ether。

 私もうろ覚えのところ、五反田監督のお弟子さんに教えてもらいましたが……ジエチルエーテルって、1960年代くらいまで吸入用麻酔薬として日本中で使われていたそうですね。それが何でこの島の神社にあるのかは未だにわかりませんが。

 水を入れる前に、プロデューサーの意識を奪うのにこれをコテージの中に入れたのでは? 気化しやすくて空気よりも重いから、夜通し暑い中コテージの中に入れたらすぐ揮発して。寝ていて頭が低い位置にある人は……」

「昨日不知火が体調を崩したって言ってたやつ、それが正体か?

 でも麻酔なんて実際にすぐ効くもんなのか?効いてるかコテージの外から見ても分からなくないか、それ」

「……布に必要量しみこませて吸わせる場合でも、時間をかけて行う必要があるそうですが。当然少量では足りなくて、実際山の上の神社からこの瓶が複数持ちだされている痕跡がありました。

 昏睡までどのくらい時間がかかったかは知りません。ただ少なくとも麻酔による昏睡時、誰しも呼吸が弱くなります。いびきが明確に弱まるという形で、麻酔が効いた兆候を知ることが出来ます。

 プロデューサーのように睡眠時に呼吸が困難な人は、本来手術するなら人工呼吸器を使わなければいけない。何も対策せず麻酔薬を吸わせるだけでも危険な行為です。酸欠になって脳に障害が残るかもしれない。……この辺も五反田監督のお弟子さんの受け売りですが」

 

 あかねちゃんがカントクの疑問にすらすら答えていく。いくら何でも色々知りすぎじゃないかと思ったけど、情報の出所はせんせ……お兄ちゃんらしかった。

 っていうかなんでお兄ちゃんのことをそんな表現するんだろ。

 

「……あの。そうだとしても。なんで私なんですか? 星野さんが船で悲鳴を上げたタイミングで私がプロデューサーの部屋にいたとして……そもそも録音ってどうやって? 何を使ってですか? それをプロデューサーの寝ていた部屋に事前に置いておいて後でトリミングしたりとか……他の方でもやりようはいくらでも……。

 そもそも、録音したとして、どうやって再生させたんですか? あのコテージ、鍵かかってたんですよね? 機械の操作なんて出来ませんが」

「そうですね、厳密にはあの音声で確実にあなたが犯人とは言えないかも。事前に別の誰かが、こっそりスイートルームの寝室に録音機器を置いておくなんてことも出来るかも。

 私の記憶では、スイートルームが暗くなって高坂さんが出てきた後は、五反田監督が起こしに行くまで誰もプロデューサーの寝室に入っていない……つまり、事前に録音のためにセットしていたとしても、スマホの回収が出来ないはずですが……その辺りは私もややあやふやなので今は置いておきます。

 

 ですが、何を使って録音したか。どう再生したか。

 

 そんなの、どうとでもなる。例えばスマホに録音して……ものすごく寝起きが悪い人みたいに、指定時間に5分おきに5回くらい目覚ましアラーム設定したり。あるいは着信の音声にしたりすればいい。いや、よりタイミングを選べる着信設定の可能性が高いかな。

 その場合、私が犯人であれば。いえ、慎重な高坂さんであれば。他の方からの着信で誤発しないように、自分のプライベートのスマホからの着信でのみ、『その音声』が流れるように設定すると思います。

 実際、二日目の朝食の時に『プロデューサーのコテージに行った方が良い』と言ったのはあなたですよね。でも起こしに行くのにはついて行かなかった。

 もし着信であの音声を流したのなら、遠目に見ていて、他の皆さんがプロデューサーのコテージに着いたタイミングを見計らって、自分から発信すればいい。ご自身のコテージの位置からプロデューサーのコテージ、見えますよね?」

「……憶測ですよね。私プロデューサーのスマホ使えないですよ。顔認証だって持ち主が起きていないと出来ないし、パスコードなんて知らないし……」

「確かに細かいところの方法論は憶測です。ただ不可能ではないことくらいしか。ですが……

 

 高坂さん。今、ご自身の業務用スマホ、使えませんよね?」

 

「私の……ですか?」

 

「はい。今お手元にあるその赤い大きなスマホです」

 

 スマホが使えない?

 突然おかしなことを言ったあかねちゃんの横顔を覗き込んだ。

 

「ねえ、みんなあかねちゃんの『ご飯できたよー!』連絡見てたじゃん? なんで?」

 

 思わず横から口を挟んじゃったけど、既読数、7だったよね? パエリア作った時一緒に見たよね?

 みんな見ていたし、実際すぐにコテージに山県さんと高坂さんが来て、他の二人もみんな集まった。カントクだけ『島の管理者に電話してた』とか言って遅かったけど。

 

「ルビーちゃん、あのね。五反田監督から教えてもらったんだけど、さっきの夕飯の時……亡くなったプロデューサーのスマホからもグループメッセージにアクセスしたんだって。だから既読数は8じゃないとおかしい。その時、亡くなってから初めてプロデューサーのスマホに触ったから、もともとずっと前から既読数は足りなかったことになる」

「そうだったの!? ん……? でも、なんで高坂さんのスマホが『使えない』って分かるの? 単にグループメッセージ見てないだけとか……」

「それは、今日のお昼の撮影で、高坂さんのスマホの画面を見たから」

「え、いつ?」

 

 仕事用のスマホなんて、暗い所に行きまくって懐中電灯代わりにしてきた私たちはともかく……スタッフはカントクからメッセージが来た時以外見ていないような……。

 みんな集まってる撮影中は、連絡は口で伝えればいいし。わざわざあのスマホを開いてた場面で、かつあかねちゃんが近くにいた場面って……えっと…… 

 

「12時の……28分だね。五反田監督からトレーシングペーパーについて連絡あったでしょ。その時。

 あれは備品の場所を教えてくれっていう指示でしかなかった。しかも、馬場さんが最後に触ったもの。実際、内藤さんが馬場さんに大声で声掛けしてたはず。

 あの時少し離れた所で、高坂さんと山県さんが二人ともスマホを見ながら話してた。先に高坂さんが連絡を見て、それを山県さんに伝えたら山県さんも食事を中断して慌ててスマホを見た……という流れだったはず。何だかちょっとおかしいなと思って」

「んん……? カントクから連絡来たからスマホを見たって、別におかしくないよね……?」

「ううん、ここで変だと思ったのは山県さんの方。高坂さんが隣にいる山県さんに伝えるとしたら、『五反田監督がトレーシングペーパーを探してて、恐らく馬場さんが関わっている』ってそのまま伝えると思う。自分の仕事と直接関係なさそうなのに、なんで食事を中断してまで慌ててスマホを開いたのかなって。

 事件なんて起きてなかったら気にも留めない程度の違和感だけど、あの時は些細なことでもいいから手掛かりが欲しくて……考え過ぎだって自分でも思ったけど、どうしても引っかかったの。

 だからお二人に近寄った。話している内容くらい聞けないかなと思ったけど、流石に風も強かったし無理だった。……でも、何か、何か手がかりが無いか……特に高坂さんの様子を、後ろからこっそり見させてもらった。

 そしたら、スマホの画面に見覚えが無い表示があった」

 

 そんなことまでする!?

 そもそも、仕事中、それも演技の仕事で……いくらカメラが回ってない時とは言え、四人のスタッフの動き全部を見ていられる!?

 

 私だけじゃなくてカントクも若干引き気味の表情をしている横で、あかねちゃんがもう一つ机の下から何か取り出した。この島で散々見慣れた、業務用の支給スマホ。

 だけど……あかねちゃんが両手で持っているそのスマホは、顔認証が成功する前のロック画面なのに、画面に鍵のマークと一緒にデカデカと数字が表示されていた。

 時間を示しているようで、一秒ごとに数字が減っていっている。

 『46:12:15』と最初表示されていたのが、14、13と一番右の数字が減っていっていた。

 

「これは、亡くなったプロデューサーのスマホをお借りしたもので……先ほどわざとパスコードを3回間違えたものです。五反田監督のお弟子さんが言うには、たった3回間違えると48時間ロックされるそうです。あの時のあなたのスマホにも、同じ画面が出ていましたよね?」

「……え……と……」

「申し訳ありませんが、今日の撮影中、できる限りずっと……高坂さんの様子を見てましたので。遠目だったので数字そのものは読めませんでしたが、何かいつもと違うものが表示されているな、と思ってた。そして、その変な表示が出ている以上、どうしてかその時メッセージアプリを開けていないらしいとも。

 あの時は色々それ以上のことは分からなかったけど、今夜既読数がずっと足りないことも含めて考えて、今試しにこのスマホをわざとロックして……納得しました。『あの時の表示はこれだったのか』と」

 

 ずっと高坂さんを見ていた? それってつまり、今日のお昼の段階で怪しんでたってこと? まだお兄ちゃんが編集した動画も来る前だったのに? 

 でもそこまで細かい所まで監視できるのは、高坂さん一人をマークしていないと出来ない。そういえばさっきも『特に高坂さんの様子をこっそり見てた』って言ってた。

 あんまりあかねちゃんの話を遮るのは良くないとは思うけど、事件が起こってからあかねちゃんは何を考えていたのか知りたくて、ついまた口を挟んだ。

 やっぱり、今日の午後に海の神社に向かった時、犯人の見当がついているか聞いたときのあかねちゃんの返事は、はぐらかしていたものだったのかと思いながら。

 

「ずっと見てたってさ、お昼の撮影の時から高坂さんを怪しんでたの?」

「……ううん。もっと前。昨日の夕方、井戸を見つけた時からだよ」

「そんなに前!? どうして……」

「昨夜ルビーちゃんとも話したけど、これは島を詳しく知っていないと出来ない犯行。そして恐らく……今この島にいる人間の中で一番島に詳しいのは高坂さんだから。それもかなり深いところまで」

「え!? 島に詳しいのって……ほら、内藤さんとかじゃない? 行きの船とか上陸してからも色々教えてくれたじゃん」

「そういう調べれば分かるようなことじゃない。実際図書館に行ったアクアくんの方が、初日の内藤さんより広く教えてくれた。高坂さんはそのレベルじゃない」

 

 そんなに詳しく知ってたっけ? 花……フリー……なんだっけ。それが咲く島らしいことしか、聞いてないけど……。

 

「初日、学校の見学をした時。プロデューサーが撮影プランの変更を提案して、私たち3人がその間二階に行った。その後皆さんが二階に登ってきた直後……

 

~~~~~~~~~~~~~~~

『ふふ、不知火さんが出したピアノの音だったんですね。二階は教室を変えて授業する科目だったのかな?音楽室と美術室が並んでて。この学校は撮り甲斐がある場所が多いですね』

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 高坂さんは確か、あの二つの部屋が音楽室と美術室だと言いましたよね。音楽室は分かります。ピアノがありましたし、山県さんもそう言っていた。

 

 ……もう一つの部屋は、何も無くて特徴もない部屋だったはず。どうして美術室だと知ってるんですか? 

 

 皆さんが2階に登ってくる前、その部屋にあった教卓の中の日誌を見て、勝手に私たちは美術室だと推測しましたが、本当にそうなのか分からない。そしてそう推測したことをあの後誰にも言ってない。

 

 皆さんが学校から帰る時も、不思議に思ってもう一度美術室を見返しましたが……入り口から見える範囲で、あの部屋が美術室であると推測できるようなものは何も残ってませんでした。

 念のため今日の昼の撮影の休憩中にも二階に行ってあの部屋に入りましたが、やっぱりどう見ても美術室だと結び付けるものは無かった」

「ッ……!」

「行きの船で、プロデューサーと話している時に五反田監督が来てくれたから、少し余裕が出来たので隣の会話が気になって少し聞いていたんです。高坂さんは……無人島は初めてって言ってましたよね」

「……」

「島に詳しくないと犯行は不可能ですが、島に詳しければ犯人であるという理屈にはならない。他のスタッフにも詳しい人がいて、その人が犯人で……高坂さんは本当に偶然、どこかで島の生き残りの人から学校内部の構造を聞いただけで、事件とは無関係という可能性もゼロじゃない。

 でも、ほぼほぼ確実に嘘をついている。つまり悪意を持って、島に詳しいことを隠してる。そしてその後に見つかった、地図に無い井戸や神社の薬品……だから、昨日の夕方、井戸を見つけた時からずっとあなたを疑っていた。証拠はないけど、もう8割方犯人だろうって」

「私……美術室なんて、言いましたっけ……」

「言った言わないは証明できませんが、そこは大事じゃないです。私が高坂さんを疑うきっかけを説明しているだけなので」

 

 初日、そんなこと、高坂さんは言ってたっけ……? 私ももう記憶はあやふやだ。本当に言っていたなら、日誌を読んであの部屋が美術室だと思い込んでいたからこそ、聞き流しちゃってた。

 でもあの時あかねちゃんがどうして一人だけ残って美術室を見ていたのか、今更分かった。

 なんか気になるものがあったのかと思ってたけど……何もない部屋なのを再確認してたんだと。

 

「このプロデューサーのスマホは、事件が分かった10時、あのコテージの床にあったそうです。でも砂とかの汚れがない。それに、先ほどの不知火さんが撮影した動画。あの時、五反田監督はプロデューサーに電話をかけていたのに、着信音が全く聞こえないのはおかしい。

 ……ちなみにプロデューサー、ちゃんと薬のために起きようとしてたみたいで。ロックをかける前にプロデューサーのスマホの中を色々見ましたが、アラーム音量も着信音量も最大に設定されてました。だから……」

 

 両手で支え続けたスマホを、コトンと音を立てながら机に置いた。画面の表示を相変わらず、先ほどから押し黙り続けている高坂さんに向けたまま。

 

「このスマホはプロデューサーが亡くなった時、プロデューサーのコテージに無かった。これを事件当時持っていたのは、あなたなのでは?

 でも、スイートルームでいびきや星野さんの悲鳴を録音して、二日目の朝にプロデューサーのコテージの中で再生していたのは高坂さんのスマホだった。

 船で録音してから事件までの間のどこかで、プロデューサーのスマホとご自身のスマホをすり替えましたよね?

 このスマホ、すり替えても見た目じゃ全く気付かない。星野さんも一度、不知火さんのものと間違えそうになってました」

「へ? すり替え? いつ?」

「それもどうとでもなるよ。例えば、初日の夜にプロデューサーをコテージに送った時にすればいい。夕飯を終えて席を立つ時に間違えたふりして取り換えてもいい。たとえプロデューサーが酔ってなくても、プロデューサーがコテージに戻った後、仕事の相談だとか言って一人でコテージに訪問してもいい。そして船でいびきを録音した自分のスマホを置いて退出して……事件発覚時に回収した。

 送った時とドアを壊して入った時、両方ともプロデューサーのコテージに入ったのは馬場さんと高坂さんだけ。

 ただ自分のスマホを置いていくだけだと、事件発覚時にスマホが現場に二台ある形になって不自然だからすり替えた。

 だから五反田監督が初日の夜にプロデューサーに電話しても出るはずがない。高坂さんが持っていたんだから。

 

 だけど、他人のスマホで開けなくても、メッセージとかの通知自体は画面上部に出て気づくことが出来ます。でも差出人と内容までは見れない。

 

 二日目の朝、あなたは確か、共用コテージに7:20と早めに来た。その際、『遅くなって申し訳ない』と言いましたよね。

 変更された集合時刻は7:30です、間に合ってます。でもスマホを見れず分からなくて……集合時間が早められたかもしれないから、念のため早めに……8:00より40分も早く来たら、馬場さんとプロデューサーを除いて皆来ていた。

 だから遅刻したと思ったのでは?

 

 別にこのこと単独では、腰の低い人だなと思ったくらいです。遅れてなくても『他人を待たせた』と思ったら、そう言う人もいるかもしれない。

 だからそれを聞いたとき、私も気に留めなかった。

 

 でも……この状況だから。事件が起きている異常事態だから。

 すり替えたプロデューサーの業務用スマホに、五反田監督からの窓閉めの通知があった時。夜遅くにメッセージが来ている以上、おそらく監督からの業務連絡であること。

 だったら明朝集合した時に伝えればいいのに、夜に敢えて送ってきたその内容は何か。

 ひょっとしたら……集合時間とかに変更があったかもしれない。そんなふうに考えたんじゃないですか。

 もちろん業務連絡は他の内容かもしれないけど、とりあえず早めに行けば問題にはならないだろうと」

 

 最初に高坂さんに犯人の疑いを突き付けた時のようなヒリつくような寒気ではないけど、今は別の意味で背筋がゾクッとする。

 細かくて、普通何とも思わなくてすぐ忘れそうな小さな痕跡を積み上げて、表情を変えることなく話し続けるあかねちゃんから目が離せない。

 フリルちゃんも髪を弄ぶのをやめて、瞬きもせず、右隣で底知れない雰囲気を出しているあかねちゃんを見つめていた。

 

「話をスマホのロックに戻しますね。五反田監督のスマホから既読数を確認しましたが、初日夜の『窓閉め』のメッセージから既読数が足りていない。プロデューサーのスマホを開けないから、そこからずっとご覧になっていませんよね? なのにどうして高坂さんは毎回集合に間に合っているのか。

 今日の昼間に山県さんと二人でスマホを見ながらお話しされていたのが答えですよね。『グループメッセージに通知があったけど、ロックがかかって見れない。内容は何ですか?』って、山県さんに聞いていた。だから食事中にも関わらず、山県さんは慌ててスマホを見た。

 それより前から……スマホが見れなくなったから、グループメッセージに何か連絡が来たら教えてほしいとお願いしていたそうですね。2日目、撮影続行を伝えたお昼にも、12:30に間に合って集まれてましたし」

「……」

「確認のためについ先ほど山県さんのコテージに伺ってきたんです。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

『先ほど五反田監督と話しましたが、帰りの手続きについて説明したメッセージを読んでいない人が一人いるそうでして。山県さんはご覧になりましたか?』

『私は見ました! あ、でもそれなら高坂さんですよ! 今高坂さんのスマホ、何かロック?されてるみたいで見れないんですって』

『……!……そう……ですか…………。じゃあ、色々……そう、色々と……お話しないといけないことがありますね……』

『あはは、大丈夫です! 私が通知に気付いたときに毎回教えてますから。近くにいればその場で伝えてますけど、いない時は高坂さんのプライベートのスマホの連絡先教えてもらったので、そこに転送しています! だからご覧になってると思いますよ?』

『……そうなんですね。あの、それはいつからなんですか?』

『プロデューサーが亡くなった直後くらいかな? そうそう、全員に待機の連絡があった時です! 今来たメッセージが読めない、って高坂さんが私のコテージに来たんです。私が隣のコテージだったからかなぁ? それで、内容教えてほしいって。誤操作しちゃってロックされちゃったって。『五反田さんは今外部とのやりとりでお忙しいでしょうから、山県さんから教えてもらえれば』……って。おっちょこちょいなところあるんですね~。

 うーん、でもなんで顔認証で解除出来るのに誤操作しちゃったんだろう……?』

『そう、ですね……おっちょこちょい、ですね。じゃあ、昨日のお昼前からメッセージの内容は逐次お伝え出来てるんですね?』

『はい!』

『分かりました。それなら……よかった、です。でも、いつまでロックされているんでしょうか』

『え?』

『ロックされているならこういう画面が出ているはずなんです。高坂さんの画面を見てないですか?』

『あっ黒川さんもスマホロックしちゃったんですか?』

『いえ、これは……プロデューサーのスマホを五反田監督が間違えてロックしちゃったものを、ちょっと預かっているだけで……』

『ふうん? プロデューサーの……?

 えっと、転送を頼まれた昨日のお昼前は……どうだったかな。見せてもらいましたけど。もともとこのスマホ、ロックされたらどのくらい待たされるか知らないし……残り30時間以上だったような……。

 あ!そうだ、今日のお昼! 五反田監督から照明の備品のメッセージありましたよね。トレーシングペーパーだったっけ? あの時も高坂さんが先に通知に気付いて、私に聞いてきたんですが……その時、ほとんどあと9時間でした! 9時間と1、2分だったと思います』

『12:30くらいの段階で、あと9時間……そうですか。じゃあ……あと少しで、解除されそうですね』

『はい! でも黒川さん、お優しいですね~! もしかして一人一人確認するおつもりだったんですか?』

『いえ……優しいだなんて。とんでもないです……夜分に失礼しました。おやすみなさい』

『はい、今日もお疲れ様でした! お休みなさ~い』

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 ……このロケの人選は五反田監督によるもの。偶然のチームメイトである以上、単独犯の可能性が高い。だけど、これだけ困難な犯行ですから、手伝ってくれた共犯がいる可能性も捨てきれない。万が一、山県さんが共犯だった場合、直截的に聞くと危険かもしれないので、回りくどく質問を切り出しました。

 あの回答の仕方であれば、彼女は無関係でしょうね。そして、今高坂さんのスマホがロックされているのはおそらくイレギュラーな事態でしょうから、もし共犯がいるなら、事件がらみのトラブルで困った時は共犯者にフォローをお願いするはず。

 山県さんが無関係である以上、頼まれてもいない馬場さん、内藤さんも無関係です」

 

 言葉を切って、ペットボトルの蓋を開けて一度だけあかねちゃんは喉を鳴らした。もう一度机の上で手を組みなおしたけど、高坂さんと同じくらい指がせわしなく動いている。

 

 あかねちゃんが最後に示したいと思っているもの。

 ずっと探していたけど見つからなくて、『偶然残っているものを、偶然見つけられない限り』もう無いとあかねちゃんすら思って諦めかけていた、犯人の物的証拠。

 

 もう私も見当がついていた。

 

「10時にスマホを回収した際、なぜかロックがかかっていた。事件直後は待機でも、その後このロケはどうするのか、重要な連絡が五反田監督から来るかもしれない。でも五反田監督本人は外部との連絡でお忙しそうだから……一番コテージが近い山県さんに転送を頼んだ。

 本当は諸々のデータを消したかったでしょうけど、ロックされているからできない。

 だったらスマホを壊したり無くしたふりをすればいいかもしれないけど、防水性だから『うっかり濡らした』では壊れない。GPSで常に追われているから隠滅も困難。GPS設定を切ってから隠しても『なぜGPSを切ったのか』『なぜGPS情報が途切れている場所にスマホが無いのか』を説明できない。

 それでも私たちの誰かが、警察が来る前に『これは他殺だ』と騒げば、死に物狂いでスマホの隠滅を図ったかもしれない。海とか例の井戸に投げ捨てたり、叩き壊したり……目立ちますし明らかに怪しいですが、致命的な証拠の隠滅は出来るかも。

 

 ですが、あなたはしなかった。

 

 私たち3人と五反田監督が演技をしていたから。

 事件に気付いていないふりをしていたから。

 誰しもプロデューサーの死は、体調管理が行き届かなかった不幸な出来事だと思っているように見えたから。

 それと、天気予報が変わって……向こう二日間、帰れないし、警察も来そうにないから。

 高坂さんのような慎重な方の行動を、頭の中で組み立てるなら……48時間待った後に落ち着いてデータを消すのを選ぶでしょうね。それが一番波風立たないから」

「……」

「船のスイートルームを出たあと、各自が一人になれる時間は限られていた。推小島上陸直後に各々自分のコテージに荷物を置いた時と、学校見学直後から初日の夕飯まで。どちらもほとんど時間が無かった。初日の夕飯なんてお湯沸かすだけですし。

 だから、録音したものに星野さんの悲鳴が混ざりこんでいるなんて確認しきれなかったはず。コテージから録音したいびきが漏れ聞こえるように着信ないし通知音量を最大にして、アラーム設定か着信設定しか出来なかったと思います。

 

 ……そもそも、なんでスマホはロックされているのか。

 今日の12:28の段階で残りロック時間が9時間と少し。

 薬のために起きられるように、通知音量を最大にしてしまっている。

 そしてあの日の夜、鍵のかかったプロデューサーのコテージの中で、すり替えられた高坂さんのスマホを触ることが出来る人間は一人しかいない。

 だから……五反田監督がプロデューサーの体調を心配して発した『窓閉めと薬服用確認連絡』が来た時に、最大音量の通知でプロデューサーが目を覚まして、そして……高坂さんのスマホだったから、顔認証もパスコードも通らなくてロックしてしまった、としか考えられないんです」

 

 

 視界の端で時刻表示の画面が大きく変わったような気がして視線を向けると、デジタル時計の液晶の数字が同時に2つ変わっていた。29分から30分に時刻が移り変わる。

 

 

「……ちょうど21:30になったようです。台風の中、五反田監督の『窓閉め』メッセージが送られてから、48時間です。

 

 高坂さん、スマホ、見せてください。ロックが解除されるはずです。

 

 私たちと、高坂さんも見ているこの場で……五反田監督の操作で、中を見させてください。

 

 もしも、ファルダの中に、先ほど見た不知火さんの録画データで漏れ聞こえた音声と同じ音声データがあったら。

 それが着信設定か、あるいはアラーム設定とかに使われていたら……

 

 なんでそんなものがあるのか……合理的な、説明を……お願いできますか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……特に、説明することは、何も……全部、黒川さんが言ったとおりなので……」

 

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