【完結】もしもし、アクアくん?〜女優探偵の事件簿〜   作:ねこのまんま

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㉓ 第11話 軌跡を繋いで(後編)

『ロックされているスマホの中に、犯人に繋がるものがあるかもしれない』

 

 そう考えたあかねちゃんが、ひたすら外堀を埋めていって見つけた証拠は、見つけるのがあと数時間遅かったら消されていた。

 いや、そもそも天気予報が変わって、強い風によって島に二日間閉じ込められなければ、もっと早く私たち共々高坂さんはこの島から離れていたかもしれない。そうなったら、後から事件の事を言うなんて出来なかったかも。

 

 犯人であると自分の口から認めた高坂さんは、それっきり押し黙り、完全に下を向いている。

 

「……はぁ……はぁ……ふぅ……」

 

 さっきまで淀みなく話し続けていたあかねちゃんの口は、水の中で息を止め続けた後のように、ゆっくりと大きく呼吸をしている。

 机に肘をついて手を組んだまま、今は少し顔を伏せてその手をおでこのところに当てながら、息を荒くしてブルブルと肩を震わせている。

 呼吸に合わせて膨らみ揺れる、少し猫背に丸まった背中を横からさすった。

 

 思っていたのと全然違う。

 

 名探偵って、名刑事って、もっとキレッキレにドヤ顔で推理を披露して、ドアップのキメ顔で犯人を指差して、真実を明らかにしていくものだと思ってた。

 昨日の朝10時からこの瞬間までの間、溜まり続けていた心労が一気に出てきたように見えるあかねちゃんの姿は、そんなのとはかけ離れていた。

 

 『自分以外のタレント二人が、犯人と話すこの場に来ないなら、それはそれで構わない。この場に来てくれても、自分だけが話せば万が一間違えていても責任は自分だけ』

 多分一人で高坂さんを追及し続けたあかねちゃんが考えていたのはそんなところ。

 

 こんなに汗びっしょりになって、歯も体も震わせるほどなら。

 自分の考えた理屈だけで誰かに殺人の疑いを突き付けることが、こんなに心をすり減らすことなら。

 少なくとも私たち二人は一緒に考えて、あかねちゃんの背中を押してあげられるのに。

 

 せめて初日の美術室の発言くらいは、もっと早く私たちに言ってくれて、『高坂さんが怪しい』って伝えてくれてもよかったのに。

 そうしても最終的に証拠が見つからず、事件が解決しないまま、私たちの胸の中に中途半端に彼女への疑いだけが残ってしまうのを、どこまでも避けようとしてくれていた。

 いや、あかねちゃんのことだから……犯人だと疑ってる高坂さんに対しても、気遣いをしていたのかもしれない。

 証拠がないのに言いふらすようなことをしちゃダメだって。

 

 一緒に調べているのに、「誰が怪しい」って調べている人に言えないなんて、思いっきり矛盾している難しいことな気がするんだけどなあ。

 それでも最初こそ一人でやろうとしてた中で、昨日の点呼から少しずつ、私とフリルちゃんにも色々預けてくれた。これでもあかねちゃんの中ではかなり頼ってくれた方なのかもしれない。

 

 頭が良いって、絶対人生プラスになる良いことだと思ってたけど。お兄ちゃんやあかねちゃんを見てると、本当に常に良い事なんだろうかって思ってしまう。

 

 背中をさすっている私の左手に何かが当たった。

 反対側から、あかねちゃんに対して私と同じことをしている人の右手だった。

 

「……高坂さん。失礼ですが、今おいくつなんですか」

 

 あかねちゃんが疲れきった様子を見せたのはわずかな時間だけで、再び俯いている高坂さんに質問をした。

 年齢が何に関係あるんだろ? 確かに……私もミヤコさんと同じ美魔女だなあと思っていた。見た目の若々しさと振る舞いの落ち着きがちょっとアンバランスだと感じていたから。

 山県さんより多少上くらいの容姿だけど、会話は親子の雰囲気すらある。まあそれは山県さんがちょっとテンション高めで……失礼だけど、ちょっと子供っぽさもあるからかもしれない。

 人のこと言えないかもだけど……。

 

「今年で……57になりました」

「うっそおおお!? ギリ40いってるかな~ってくらいかと……」

「ルビー」

「あ、ごめん……」

 

 フリルちゃんのたしなめるような呼びかけを受けて思わず声のトーンを落とした。

 いやでも、この見た目で内藤さんより年上……スタッフの中で一番年上だなんて思わないじゃん!?

 だけど…。

 

 「……」

 

 犯行を認めてからの高坂さんには、これまでの彼女から感じなかったような重々しさがある。

 見た目は変わらず、還暦直前とは思えないほど皺がほとんど無い若さだけど、雰囲気は一気に老け込んだように見える。

 

「私たちはこういう仕事をしていますので、実年齢よりも驚くほど若く見える方と会うことは珍しくありません。だから高坂さんの容姿で、おっしゃったとおりの年齢だとしても、特段疑うつもりもありません。

 あまり人の心に踏み込むようなことは避けるべきだとは思っていますが……私たちがこんなふうに調べて回ったのは、さっき言ったとおり、高坂さんの行動の理由が分からなかったから。

 その過程で色々分かってきました。島そのものの事も。それと、五反田監督のお弟子さんに、この島への渡航歴があるかも確認してもらいました。結果、高坂さん含めて全員無し。

 一見、この島に初めて来ているようにも見えますが、もう一つ可能性がありますよね。この島で生まれ育ち、集団離島するまで出ることが無かった、とか。ご年齢がおっしゃったとおりなら……ある程度、この島で過ごされてるんですか」

 

 あー……確かに。元住民、か……。見た目が若いせいで勝手に可能性を外しちゃってた。57歳なら全然ありうる。

 それじゃ、海の神社の本殿で見た『32人の人たちの出来事』も、何か知ってるのかな?

 だとすると、動機って……。

 

「確かに私はこの島の出身ですが……そんなことまで調べて……あの、この件について、どうしてそこまで……」

「……『どうして』?」

 

 一度だけ、ふぅと息を大きく吐く音が聞こえた。背筋を伸ばし直して高坂さんを見据えるあかねちゃんの目は、凍らせたカミソリみたいだった。

 さっきまでの追及の時よりもずっと。

 

「先ほど言ったとおり、動機が分からないと、次の犯行が行われないか分からなかったから。

 でも……それだけじゃないです。

 夜に、車を動かして井戸まで道具を運び、神社に行って薬品を回収し、眠らせて、井戸から水を運び入れて……排水して、元どおりにする。こうして言葉にするより実行する方が何倍も難しいはず。

 そう推理した私すら、本当に出来るのかと思ってしまうほどに。しかも暴風雨の台風の中真っ暗な夜。それだけの……殺意、執着がプロデューサーにあったと思います。

 さらに、いびきを録音してまでこの犯行を隠そうという強い意志も。

 

 島への渡航歴がない、つまり元住民という事実と、犯行が島に詳しくないと出来ないこと。そして45年前に起こった出来事を考えて、恐らくそれに関することが動機で、プロデューサー以外の人はこの島を知りもしないから、追加で害することはないだろうと今日の夕方以降は思ってましたけど……

 

 だからこそ、もしも、犯行の邪魔になりそうな人がいたら、どうするつもりでしたか?」

 

「どういう、こと……ですか?」

 

「もっと具体的に言いますね。

 

 初日の夜、台風が来る前に、星野さんが海辺の神社に行ってます。

 その際、転ばないように道に散らばっていた石を踏まないように行ったけど、既に誰かの踏み跡があり、一部小石が片付けられていて、その上を歩いて行ったそうです。

 あの石は、今日の午後にもう一度通ったので拾ってじっくり見てみましたが、道に沿った崖が崩れて落ちてきた石だった。道のそこら中に石が落ちてきたきっかけは、おそらく先月の地震でしょう。一昨日の台風の雨である程度石が流されて無くなっていた以上、何年も昔からある石じゃないから。

 ……私たちより前に来ている人間は4か月前です。このロケで来た人以外に、星野さんよりも早く小石を片付けられる人なんていないんです。

 そして、海辺の神社の倉庫に人が立ち入った痕跡があった。

 薬品が入っていた箱が直近で空けられた痕跡も。夜のうちに犯行を終えたい以上、遠い山の神社まで行って薬品を取りに行く時間を考えると、海辺の神社で回収できるならそれに越したことがない。結果、瓶は空だったから山の神社に行く必要があったようですが」

 

 一つ一つ、出来るだけ内容の飛躍のないように。高坂さんと言うよりも、私向かって語り掛けるように、この島に来てから知った事実を並べていったあかねちゃんの言葉を聞くうちに、もう否が応でも思い出した。

 二日前の夜、海の神社の倉庫の前で感じた、悪意のような居心地の悪い気配と、不気味な雰囲気。

 今度は私が汗でびっしょりになる番だった。

 

「星野さんが海辺の神社に行った時刻は、ご飯の後あまり経っていません。つまり、高坂さんがあの神社に行って、星野さんがその後行くまでの間に、コテージに戻って来るだけの時間はありませんよね。

 星野さんが神社に着いた時、あなたはどこにいましたか」

 

「……」

 

「薬品を回収しようとしていて、あの倉庫の中にいたのだとしたら。

 

 ……もしもあの時、星野さんがあの倉庫を開けて、高坂さんと鉢合わせていたら。

 そうでなくても、もしもルビーちゃんが一昨日の夜以降に何か事件に関して疑うようなそぶりを見せて……『あの神社に来た星野さんは、事件に関して何かを知りすぎているかもしれない』と犯人の目線から疑ってしまったら。

 

 ……星野さんを……ルビーちゃんを。

 

 どうするつもりでいましたか」

 

「……」

 

「高坂さんと接触しかけただけで、ルビーちゃんは結果的にあの時大して何かを知ったわけじゃないですが……私目線だと……犯人がどこまでルビーちゃんのことを警戒しているのか、分からないから……どれだけ杞憂だろうと自分に言い聞かせても……異常事態だから……漠然とでも、気にせざるを得なかったんです……ずっと」

 

 

 (…………ひ、ひぃ~……!)

 

 ひょっとしたら自分が危なかったかもしれないなんてどうでもいいくらいに、今は隣の人の顔を見ることが出来ない。

 見下ろしたところにある机の古傷を意味もなく眺めながら、太ももの上に置いた両手でズボンを握り締めた。

 『犯人に確かめたいことがある』ってあかねちゃんが言ってたけど、このこと……?

 

 背筋が凍るようなこの視線は、私に向けられているわけじゃない。分かってる。

 

 私は何を恐れているんだろう?

 胃がキリキリするようなあかねちゃんのまとう雰囲気?

 犯行準備中の高坂さんとニアピンしてたこと?

 両方?

 

 何をしでかすか分からないあかねちゃんの氷のような気配に気圧されながら、早く誰か何か言ってほしいとひたすら祈り続けた。

 

「どうする、ですか……」

「……」

「武田さんをずっと……ずっと追ってきてたのは事実です。あの人とはここで終わらせるつもりだった。でも、一昨日の夜に星野さんと出くわしたとしても、そんなつもりは……。

 私が、あの薬品……私の祖父が島に持ち込んだ『アレ』を探しているなんて、星野さんも分からないでしょうから……。『あなたと同じで散歩してたら倉庫を見つけて気になった』だとか適当に誤魔化して、予定どおり続けていたと思います……。足音がした時、誰かわからないけど、倉庫に入って来てこないでほしいと祈ってはいましたが。どのみち、今に至るまで星野さんを警戒なんてしてませんでした」

「……そう……ですか。えっと、アレはお祖父様が?」

「祖父は私が生まれる直前に他界していましたので、私は会ったことはないです。私も関わったこの島の祭事を、やめさせようとして。持ち込んだらしいと」

「……祭事……」

「第一、予定外の事をして、手掛かりを増やしたくない。そうですね……そういう意味でも星野さんに何かするなんて、選択肢には無いです。ここで武田さんのことが露見されたくなかった。ここで手をかけたのは、この島の知識を使って、自分なりにうまく、事件性すら隠してやり遂げられると思ってたから。

 ですが……相当、ご心配とご負担をかけてしまったようで……当然、ですよね……申し訳ありません……」

「……わかりました」

 

 高坂さんの言葉に嘘が無いと感じたのか、あかねちゃんの纏う雰囲気がほんの少し緩められたように感じた。

 私も、おっとりとカメラについて教えてくれたりしたふわふわな雰囲気の高坂さんが、あの時以降私にも殺意を抱いたかもしれない可能性があったなんて考えたくなかった。

 

 ってか、祭事……お祭り? やっぱりこの事件に何か関わってる?

 

「自分なりにうまく、ですか? 行きの船でプロデューサーが都合よくお酒飲んで寝ないと、この事件は成立しませんよね?」

 

 フリルちゃんが問い詰めるようにという感じじゃなくて、本当にただ好奇心が高じたかのような声色で聞いていた。

 

「私……この島を出た時から少しずつ、まともに眠れない体になりまして。ずっと、夢を見ずに済むほどの、睡眠導入剤が手放せず……スイートルームに集合がかかった時、一番早く部屋へ行きました。皆さんにお茶を淹れることが出来るように」

 

 (……!)

 

 カントクのいるスイートルームに行った時、お茶を淹れてくれていた人って……!

 それにあの時確か、お茶の用意なんてオードブルより早く終わりそうなのに、全員が着席するまでお茶が置かれることはなかった。

 プロデューサーが、どこに座るか分かるまで置けなかった、から……。

 

(あの時から、この事件の準備を……)

 

「当たり前ですが、コテージがびしょ濡れだと、何かおかしいと思われる。だから、少しでも日が昇って乾いてから発見させたくて。

 ……自分なりに、事件にならない方法のつもりで……頭のいい人から見たら穴だらけの素人考えでしょうが、神社までたどり着かれるなんて思ってなくて……」

 

 この数分で一気にやつれた高坂さんが話し終えたところで、コテージの片隅にあったパソコンの前で目を閉じて、腕を組んでいただけだったカントクが席を立った。

 そのまま高坂さんの隣に腰かけ、片肘を机について身体を横に向け、彼女の横顔に話しかけた。

 

 そういえば、カントクは動機を知りたがってるってあかねちゃんが言ってた。

 それも、私たちのように『第二の殺人が起きるのか分からないから』知りたいというだけじゃないって。

 

 きっと、私たち以上にプロデューサーと関わりがあったから、プロデューサーの事件に関して、一番思うところはありそうな気がする。

 それだけじゃない。あかねちゃんもヘトヘトになってたけど、きっとカントクの疲れも尋常じゃない。これ以上誰かがけがしたり、最悪……と考えると、事件の後に抱えた責任と心労は想像以上のはず。

 

 でも、怒った口調じゃなくて、思っていたよりも静かで落ち着かせるような口調だった。

 

「高坂さん。大丈夫ですか」

「五反田さん……すみません、ロケを……こんなことにしてしまって……。大勢の人に、迷惑をかけるってことくらい、分かってました……」

「仕事はどうでもいい。大したことじゃないですよ。なんでそうまでして事件を隠したかったんです? いやまあ、そりゃ誰しも捕まりたくはないでしょうけど」

「……武田さんと、あと二人。生きていてはいけない人間がいるから。……ここで……捜査の手が、入って。……万が一疑われて、やり遂げたいことが、出来なくなるのが、嫌で。その二人のために……少しでいい、時間がほしくて。でも、こうなった以上……どうすれば……もう、終わりに、したい……」

 

 あと二人……? でもあかねちゃんの想像どおり、追加の事件は起こらなかった。

 じゃあ、島外の人……? 誰だろ?

 とにかく、ここで彼女を止められたのには意味があった……よね?

 

「そろそろ、教えてもらってもいいですか。武田さんはこれまで時々一緒にやってきた人で。このまま終わりってのも辛いんです。あなたとの間に何があったんですか」

「……えっと……」

「私たち三人も聞いていいものですか? 席外した方が良ければ……」

 

 言いよどむ高坂さんを見て、すぐにフリルちゃんがそう言った。性格的にあかねちゃんが最初に言いそうなことだったから、ちょっと意外だった。

 

「……黒川さん、先ほど『この島の生き残り』とおっしゃってましたよね。どこまでご存知なんですか」

「45年前、32人の方に何があったのか、とか……神社の奥の池で何かあったらしい、とか……。よすが、というものを大切にしている島だとか。そのくらいです。深く具体的なところまでは知らないです」

「そんな、ことまで……本当にかなり調べられたんですね……。聞いてて楽しい話じゃないですが、もうそんなにご存じであれば……。

 あの、昔の事でもう曖昧なのもありますし、聞いた話とか、想像でしかないこととか。島を出てから調べて分かったこともありますし。初めて他人に話すので、どこからどう話せばいいか……」

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ─45年前─

 

 人使いの荒さに愚痴もこぼしたくなるとばかりに、ややうんざりした顔の青年が、船の床を蹴りつけて桟橋もない港に飛び移る。

 地球の真裏にロケに行った帰りに寄り道できるような、交通の便の良いところとは到底言えない島だった。

 

「はあ、こんな仕事辞めてえな。テレビ業界はほんとに人を人と扱ってねえ。あっちのロケで死にかけたばっかだってのに」

 

 そう口では言うものの、飛び移る足取りは心なしか軽やかだった。

 成田空港に帰ってきてから自宅に立ち寄る時間的余裕も無く、仕事道具の重いカメラを抱えたまま東京湾の港に向かった。

 彼岸の季節は台風が多い。大型客船とはいえ、台風明けの強風の中の航海は揺れを極め、快適とは言い難かった。

 

 酔いを堪えながら推島に着いた後、会社の上の人間から行くように言われた小島に向かう船便を探すと、『この時期は出てねえよ』とすげなく現地の人から言われる。

 しかし、それは青年の想定内だったようで、漁師風のその人にいくらか握らせると、『ついて来い。海に兎が跳ねてる(=白い波しぶきが立ってる)けど、落ちても知らねえぞ』とつっけんどんに言われ、自前の漁の船に案内された。

 

 向かう島は小さいのに、一つだけある山は高く聳え立ち、シルエットは尖った三角形だ。住みにくそうな島だな、と率直な感想が胸によぎる。

 

(この漁師に渡した金、ちゃんと経費請求したら支給されるのか……? しかしあのクソ上司だからな)

 

 気の滅入る事を考えるうちに、時間を経ずして島に近づいた。

 目を凝らすと、向かう島の海に面したところに鳥居が見える。神社があるのだろうか。

 何となく、こちらを睨みつけているような居心地の悪さを感じ、青年はその鳥居から目を逸らした。

 

 少し南側に迂回するように船が移動した後、寂れた港に到着し、船から島に飛び移る。

 迎えの時間だけ漁師に伝えると、頷くだけの反応を示した漁師は推島に帰っていった。

 南の島らしい強い日差しを感じて汗をぬぐいつつも、台風の後の強風のお陰で暑さは幾分楽に感じた。

 

「おめぇ、だい?」

 

 船を降りて少しだけ島の中心の方に進むと、初めて島民と出会った。10歳を少し過ぎたくらいの少女。

 白を基調とした和服なのか洋服なのかわからない服だが、余計な装飾は無く清潔感がある。

 やや不審感を顕にしながら首を傾げる少女は、肩までの髪が台風後の風を受けて目にかかるのを、鬱陶しそうに指で流していた。

 

 しかし、初対面でいきなり『おめぇ』とは失礼だな。

 青年はそう思うと同時に、この島に行くよう会社から指示された時、軽くこの島について聞いたことを思い出した。この島は、昔の文化を色濃く残し、方言も古代の都の言葉が微かに息づいていると。

 『おめぇ』という言葉、昔は『あなた』の敬語だ。

 『だい?』は……この状況と、少女の怪訝な表情からして、『誰?』だろうか。

 

「武田」

「タケダ?」

「俺の名前だよ。君は?」

 

 タケダ、と青年の名前を鸚鵡返しする少女は、尚も不思議そうに目の前の男を見続けていた。

 島民は島民同士全員覚えているから、ヨソ者がいると丸わかりだった。タケダと名乗った目の前の若い男も、島の外から来た人間だろうことは容易に分かる。

 今日から3日間は、推島と推子島は定期便が途絶えるのに、どうやってこの人はこの島に来たんだろうと、少女の視線に疑問が込められていた。

 少女は先日にも何人か、他の見知らぬ顔を見かけた。彼らは確かもっと前からこの島に正規手続きを以って来ていたはず。他の季節でも定期的に来る彼らは、希少な渡り鳥のクロアシアホウドリや昆虫、植生の生態の研究のために、と言っていた。

 そんな感じに見えない、今日突然現れたこの人は、大方非公式の船便で来たんだろう、と少女は思った。

 自然豊かなこの島の希少な生物の持ち出しを防ぐため、島に来るには名簿への記載が必要なこと。だけど稀にこういう抜け道で来訪する人がいるらしいこと。どちらも少女は知っていた。

 

「……まつり」

「まつり? ああ、祭りがあるそうだな。俺はそれを見て来いって言われて来たんだよ。取材して来いって。君、何か知ってるか? どこ行けば見れるのかな?」

 

 この島は、20年に一度という低頻度で変わった祭りをしているらしい。

 しかも、秘匿性が高くてどんな内容なのか島民しか分からないときている。

 テレビ局は何かとこういうことに詳しい人間がいて、面白おかしく語っていた。その人物が武田の上司だった。優秀なのか、そこまで彼と年は変わらないのに責任のある地位にいる。

 

 不便な島の生活に嫌気がさして移住した元島民も、この祭りに関しては語らないらしい。

 しかし、人の口に戸は立てられず、どこからか噂程度で広まり、今こうして正規以外のルートで島に来る人間がいる。

 

 そういう田舎の因習をオカルトコンテンツとして興味本位で嗅ぎつけるのは勝手だが、現地の文化と生活に土足で踏み込むような役割を押し付けられたのは、武田にとって気持ちのいいものではなかった。

 さらにいくら今日でなければ祭りが見れないとは言え、海外ロケの帰路に寄らされるスケジュールだった。海外ロケで散々な目に遭ったんだから、少し休養期間を設けてくれてもいいのに、とも思う。

 

 しかし、『滅多にやらない、知られていない』というところに、マスメディアの仕事をしている人間のはしくれとして、正直そそるものはあった。

 バブル期でどんな仕事も選べたから、有名人にも会えて派手そうな仕事を選んだ。そんないい加減な彼も、仕事をイヤイヤ言いながらも、この職業に染まりつつある自覚がある。

 上の指示に対して反抗の態度を見せずに従ったのは、そういう危うい好奇心もあったから。

 愚痴をこぼしつつもなんやかんや取材には乗り気という、相反する心持ちだった。

 

 教えてくれるか分からないが、島になにも伝手は無いので、早速目の前の少女に聞いてみることにした。

 見たところ、田舎の無垢な少女。少し言葉を弄せば簡単に話してくれそうだと武田は感じた。

 

「まつりは、あいの、なめぇ」

「なめ……名前?」

「うぇ」

 

 少し眉間に皺を寄せ始めた少女の反応からして、どうやら勘違いで噛み合っていない会話をしてしまっていたと武田は悟る。

 名前? と武田が聞き返すと、少女は頷いた。

 

 

穴山茉莉(あなやままつり)

 

 

 

~ To be continued ~

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