【完結】もしもし、アクアくん?〜女優探偵の事件簿〜   作:ねこのまんま

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③ 第1話 前夜(後編)

 ADさんが運転をして、船から吐き出されるように降りてきた軽トラに、何か大きな荷物が満載になっている。

 個人の荷物を乗せて楽しようと思ってたのに、乗せようとしたら『自分で持てよ……』とカントクに止められた。

 

「ちぇー。っていうかアレ何? 荷台に乗ってるやつ」

「デカい蓄電機とか、レンタル基地局とかだよ。トイレとシャワーは現地にある。予約した時に事前に掃除とか水の補充とかも頼んである」

「基地局?」

「要はスマホの電波。電話はできないと困るだろ」

「へー! 良かった、夜YouT◯beくらいは見たかったから!」

「多分見れねーぞ。電話さえできればいいくらいの通信の強さだ」

「はぁー!? そんなところまでケチったの!?」

 

 船の運転と荷下ろしを手伝ってくれた島の人は、全員下船したのを確認したら挨拶をして推島に戻って行った。

 上陸すると、意外にも道は舗装されていた。もちろんまともに管理されていないみたいで、表面はボロボロになっている。

 すぐ目の前にある高い山の威圧感が凄く、崖地以外は深い森に包まれている様子。少しずつ強くなる風に靡く木々が、山の中に何があるのか隠している。

 私たちの過ごすコテージは山のふもとの平地にあるらしく、あの険しそうな山を登山することは今後なさそうでほっとした。

 

「監督、これどの辺に置けばいいですか?」

「ん?ああ、それ飲料水だ。共用のコテージに置いといてくれ。場所分かるか? 重いだろ、大丈夫か?」

「大丈夫ですよこれくらいなら。基地局は?」

「それも蓄電器も共用で。各コテージに電力供給する基盤がそこにあるらしいんだが……ああ、皆は割り振ったコテージに各々手荷物を置いてくれ。コテージの鍵は中にあるらしい。置いたらまたここに集合で」

「五反田くん、僕のコテージこっから遠いからさ。共用コテージに荷物仮置きしていい? この後すぐ学校行くでしょ?」

「ああ、いいですよ武田さん。しかしなんでわざわざ一番遠いところのコテージにしたんです? ハズレくじじゃないですか」

「いやちょっとね」

 

 島の南端に位置する港から、かれこれ10分くらい歩いた気がする。

 説明があったとおり、ある程度生活がしやすそうな平地が現れて、コテージがポツポツとまばらに建っている。

 港からものすごく距離があったわけじゃないけど、道がそんなに良くないし、無人島のワクワク感で少し周りを見渡したりしていたら時間がかかった。

 ADさんとカントクが軽トラの荷下ろしをしている間、私たちはそれぞれ自分のコテージに向かった。

 

「私のコテージこれか―! ボロいね! ヤバい所に来ちゃった感あってテンション上がる!」

「私はこっち。ルビーちゃんのとなりだね」

「私は……あ、あれか。少しだけ離れてるけど……私たち3人で港側にまとめてくれたのかな。なんか変な形のコテージだね」

 

 お互いに70mくらい離れているコテージは、少なくとも外装は木製のロッジのようなもので、なぜか床が浮いて(?)いた。

 1m……いや、流石にそこまでじゃないかな……支柱で支えられているコテージの床がやたら高く、地面に立つ私の太ももの真ん中くらいの高さで、思いっきり足を上げないと中に入れない。ハイハイなら床下に潜れちゃいそうだ。

 正直メチャクチャ不便だし、なんか怖い。台風来るんだよね? 大丈夫なのこんな形で?

 支柱がすっごく太いのだけは頼もしいけど。

 

「サザ○さんのエンディングの最後の家みたい……入口に階段あればいいのに。何でこんな形なんだろ?」

「ルビーのそういう例えの発想、結構好き。まあいいや、荷物置いたらすぐ戻ってきてほしいらしいから。じゃね、私のコテージに行ってくる」

「私も行ってくるね。じゃあ、あとで」

 

 フリルちゃんとあかねちゃんが、私より中身少なめなリュックを背に、少し離れたところにあるコテージに足早に向かって行った。

 私もコテージに入ろうとしたけど、そもそもドアの位置が高いから、ドアノブも首の位置くらいにあって開けにくい。

 煤けたドアを開いて、8畳間くらいのコテージの中を見渡した。

 

(わー……なんも無い)

 

 靴を脱いで乗り込んで、木の匂いが閉じ込められていたコテージ内を歩き、ドアとは反対側にあった窓を開けた。観音開きのようで、中から少し力を込めたらポコッと抜けるように開く。

 こんな形状のコテージなだけあって床だけは思ったより頑丈そうだけど、壁とかドア枠はずいぶん使い古されていてボロの印象はぬぐえない。

 振り返ると、ドアの横の高い所にも南向きのガラスの窓がある。採光用かな? でもこれも古そうで、ガラスが相当汚れている。コテージの中からだったら、床が高いから手を伸ばせば開けられそうだし、ここから換気しとこうかな……。

 一応この窓の光のお陰で明るいけど、電気のスイッチも別にあるらしい。入れてみたけど電気がつかない。カントクが何か言ってたな……準備中かな? コテージ同士をつなぐケーブルがあるし、あれが電線なのかな。

 

(もう行くか。ここ居ても暇だし)

 

 部屋の奥の方の、観音開きの窓の下にリュックを置いて、身軽になってから外に出た。山の方を見ると、遠くに時計台のようなものが見える。あれが学校かな? 意外に距離ありそう。

 共用コテージの方を向くと、そちらに向かって歩くあかねちゃんの背中が見える。

 走って追いかけた。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「え? 学校の中で撮りたいんですか……?そんなにちゃんと建物残ってるんですか? コテージは多少管理されてるんでしょうけど、学校は……もともとグラウンドで撮る予定だったじゃないですか」

「中で撮れたら寂寥感増していいじゃない? 学校は一応途中まで残そうとしてたらしいけど、今はもう廃墟になりつつあるそうだよ。入れるかは分かんないけど」

 

 先頭を歩くカントクとプロデューサーの会話が、強まる風の合間に漏れ聞こえてきた。

 コテージのあるところよりも高い所にあるのか、島の中心部に向かうように坂道を登って行く必要があるみたいで、ここにも荒れた舗装路があってそこを辿って行った。

 途中、まっすぐ上っていくかと思いきや道がカクっと右方向に曲がる。曲がったところの反対の左側には、切り立った崖とうっそうとした森や藪が続いていて、自然豊かなのは間違いなさそうだなぁと思った。

 

「ああ、こんなところにもあるんだ」

「何がですか?」

 

 鏑木さん似の映像担当の人の声にあかねちゃんが反応する。

 

「ほらあれ、倉庫。ツタで覆われてよく分かんないけど、床が高いでしょ。推島にもある建築だけど、まんま高床式倉庫でね。どっちの島も昔ネズミの被害がひどかったらしいよ。僕が住んでた頃にはこんな家はもうほとんどなかったけど」

「ネズミ……じゃあ、私たちのコテージの床が高いのもそれなんですか?」

「たぶんね。いや~残ってるなんてね。珍しい」

「え!? ネズミ居るんですか!? 怖……やだなぁ」

「はは、安心して、星野さん。いるかもしれないけど、人がいなくなっちゃったからねえ。栄養が減って個体も減ってるのかも……今のところ上陸から一度も見かけてないよ」

 

 出来ないよ!寝てる時横走られたらイヤすぎるよ!

 いや、そのための高い床なのかもしれないけど!

 

「大丈夫だよルビー。こういうのは気の持ちよう。根性があればドブネズミもピ○チュウに見えるよ」

「自己暗示が上級者向け過ぎる……!」

「っていうか、その理屈だとあのコテージって昔からある家を使ってるってことですか」

「かもしれないねえ。ここに来る準備してる時に事前にコテージの写真見た時も驚いたけどね」

 

 フリルちゃんの疑問にも映像担当の人が答えた。

 だとしたらあの形と古さも納得かも知れない。

 でもさすがに45年間そのままってことはない気がする。部分的に修繕を重ねてだましだまし使ってきたんだろうな。

 

 雑談をしているうちに、門の本体が消えて、柱だけになった校門が出迎えてくれる形で学校に到着した。

 

「ついたぞ、結構登るなここまで……ハァ、さすがに年かな、きつい……」

「五反田監督、明日機材持ち込む時も軽トラ使いません? たぶん照明が一番重いっすけど、道幅あるから走れると思いますよ。地面ガタガタだし台車だけだときついっすよ」」

「全面的に同意だ。力仕事ばっかやらせてすまない、手を抜けるところは抜いてくれ」

「了解です、そのためのADなんで」

 

 そこまで広くない校庭は、夏だからなのかあちこちで雑草が伸びていた。

 奥にある学校の校舎もそこまで大きくない。2階建てかな?ここまで木造の建物ばっかりだったのに、ここだけコンクリート製みたいで、意外としっかり残っている。でも流石に出来上がってから時間が経ちすぎているのか、ところどころひびが入っている。

 中央に高い時計台があって、たぶんコテージのところから見えたのはアレ。島に住む人から見えるようにしていたのかな……でもコテージからじゃ遠すぎて文字盤までは見えなかったけど。

 

「あ……フリージア、ギリギリ花が残ってる」

 

 高坂さん(ミヤコさんに似てるから名前をすぐ覚えられた)がしゃがみこんで、プロがよく持ってるゴツいカメラで地面に咲く小さな花を撮影していた。

 この暑さのせいなのか、もう元気が無さそう。くたっとしていて、花弁が少ししか残っていないけど、可愛らしい黄色の花。

 

「珍しいですね、春から初夏の花なんですけど。もう終わりかけですが、こんな夏真っ盛りまで残ってるなんて」

「へぇー、春の花なんだ! じゃあもう花が無くなりそうなのも仕方ないよね……花、詳しいんですか?」

「ふふ、そんなに詳しくないんですけどね。ここに行くことが決まった時ちょっと調べたんですけど、推島の方もこの花が有名らしくて。春にはフリージアの花畑で観光客向けのイベントがあるらしいですよ」

「ふーん? この辺でよく見れる花なんだ?」

 

 星野さん、黄色のフリージアの花が似合いそう。髪が花と同じで、温かい色ですから。

 終わりかけの花を見ていた時と同じ、優しそうな目をこちらに向けながらそう言われて。

 花が似合うと言われて嬉しくないわけじゃ無いけど、ちょっと恥ずかしいような。

 困惑して、にへらっと曖昧な笑みを返した時、私と高坂さん以外はもうとっくに校舎の方に向かっていたみたいで、カントクから大声で呼びかけられた。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 コンクリートを歩く足音が、風の音すらない静かな学校の中で、カツーン、カツーンと複数反響する。

 今は無機質なコンクリートがむき出しになっちゃってるけど、流石に殺風景すぎるから、昔は何か敷かれていたんじゃないかなと思った。

 校舎の中は廊下も狭く、たった二階で幅も大きくなくて、中を探検するとしてもそんなに時間はかからなそう。既に夕方になっているから、あんまり遅くまで歩き回って、夜の学校探検(廃墟)になるのはイヤだったしちょうどいい。

 それに、昔の学校の面影がある備品がそこかしこに残っていて、ちょっとタイムスリップしたような面白さがあった。

 

「よく壊れてないっすね……先月この辺で大きな地震があったのに」

「え?そんなのあったっけ?」

「東京から遠いから大してニュースになってないけど、結構揺れが大きかったっすよ。こんな揺れ20年ぶりくらいだって。

 ここ来る準備のために調べたら、俺たちの前には一番最近で研究者が4か月前にここに上陸してたらしくて。その時は学校に異常が無かったらしいと聞いてたけど、その後地震があったからちょっと怖かったんすよ」

「そういえば、震度5強くらいって報道ありましたね」

 

 地震なんてあったっけ? 姫川さん似のADさんが私たちにしてくれる説明を聞きながら、記憶を手繰る。震度まで言えてるあかねちゃんは心当たりがあるらしい。

 夏はいろんな野外フェスが多くて書き入れ時だからなあ……ライブに次ぐライブで引きずり回されて、まともにニュースも見れないんだよね。

 って言ったらお兄ちゃんに『普段も見てないだろ』って言われそうだけど。

 推島の方は結構人口多そうだから、そこに大きな地震があれば確かにニュースにはなってそう。

 

「ここ、複式学級だったのかな。英語のポスターと四則演算のパネルが同じ部屋にある……」

「複式学級ってなに?」

「別の学年の子供が同じ学級で授業を受けてるクラスの事だよ。人口がそこまで多くなかったと思うし。中学校と小学校併設だと思う」

「へー! あかねちゃんのコメントは勉強になるなー!」

「この学校でサバゲ―やったら面白そう」

「フリルちゃんのコメントは味があるなー」

 

 校舎入り口から廊下を進んで、2、3の同じ大きさの部屋が左に並んだ。一つは古いファイルとか、引き出しの多い机が並んでいて、職員室だったように見える。あと一つは、誰しも馴染みのある木製で金属パイプの椅子と机。子供たちが学んでいた教室だ。

 中をのぞくと、黒板や壁からはがれて落ちた時間割、教卓、ぺしゃんこになったサッカーボールのようなもの。

 45年も前だけど、この教室で行われていた授業が少しだけ思い浮かべることが出来るような、微かな息遣いを感じる。

 

「本当に学校に入っちゃいましたけど、マジで中で撮りますか……? 許可されてるんですかね?」

「この後推島の町役場に電話してみるよ。いいじゃん、中で撮った方がいい絵になるって」

「それはそうですが……いやはや、毎度大した行動力ですね……」

 

 プロデューサーとカントクが演出と撮影の話してる。ていうか、学校への立ち入りって事前許可貰ってなかったんだ……。

 一緒になって入っちゃった身で言うのもアレだけど、コンプラギリギリのことするなあ。

 

「ここのカットだけど、このアングルとかどう? 五反田君好みじゃない?」

「もうやる気満々じゃないですか……良いのは否定しませんが、一から演出組みなおしですよ?」

 

 話が長引きそうだな。

 他の大人たちもカントク達の元に集まって聞いている。私もちょっとだけ横で聞いていたけど、もう飽きたのかフリルちゃんがふらっと廊下に出ていってた。つくづくフリーダムの象徴のような友達で、そういう面白い所も結構好きだったりする。

 

「フリルちゃん」

「お、ルビーも飽きたの」

「まあねー」

「私は役にはこだわるけど、演出は意見求められたら言う程度かな。決まったら言ってくれって感じ。別に誰が判断しても良いけど、判断する人間は一貫してた方がいいし」

「んふふふ、それは私も同意かな」

 

 二階に行く階段に差し掛かる時、時間差で私たちを追いかけてきたあかねちゃんが横に並んだ。

 

「もう、船の時みたいに目を離すとすぐどっか行っちゃうんだから」

「えへへ、見つかっちゃったかー」

「バレちゃったね」

「危ないよ、管理されてない建物なんだし。二人とも目離せないから、どっか行くなら私もついて行くからね」

「そっかそっか、黒川さんは私たちのために……でも本当は?」

「私も大人たちの話し合いに飽きちゃった」

「あははは! いいね!」

 

 一緒にお茶したりお仕事しているうちに、あかねちゃんの印象は出会った時から変わった。

 時々お茶目な人なんだと。

 

「へぇ、黒川さんはもっと真面目が服着た感じだと思ってた」

「自分が真面目なのかは分かんないけど、演出についての認識は不知火さんと同じなだけ。演出なんてもう一つの脚本みたいなものでしょ? こちらから方針の確認くらいはするけど、演じる立場の人がいろいろ言ってもね……上手くいくより混沌を招くパターンの方が多そう」

「先輩とは逆のスタンスだ?」

「かなちゃん? あはは、まあこれはどっちも一長一短だと思うよ」

「でも撮影前日にその話し合いするの?って感じ。カントクもちょっと困ってたしさ!」

「でもね、武田プロデューサーは口を挟みたがるけど、挟まれるといいものが出来るのも事実なんだよね。現場泣かせなのはそうだけど」

 

 フリルちゃんも思うところがあるようだけど、プロデューサーの能力は認めている節はある。さっきのも、現場をひっかきまわしてるけど、良く言えば柔軟……とも言える?

 良いものを作るために、ちょっと現場環境とか倫理観とか置き去りにしがちな人なんだろうか。船で聞いた話とかも含めて、そういう印象を受けた。

 だけどアルハラ未遂とかは仕事の質と関係ないよね。

 

 階段を上っていくと、二階にも少し部屋があった。

 ここも何かを教える部屋だったのか、同じような木製で金属パイプの椅子と机が並んでいるけど、普通のクラスとは雰囲気が違う。

 いくつか床に落ちちゃってるけど、壁にかかった外国人の肖像画の額縁と、蓋が閉じたピアノ。

 蓋を開けたフリルちゃんが、黄ばんだ鍵盤に手を伸ばす。

 

「音楽室かな? ベートーベンくらいなら私も分かるよ!」

「ピアノは……お、意外にまだ生きてる。音出るね。でも流石に弦のテンションは死んでて音階はバグってるか」

 

 何か曲を弾くわけでもなく、ポロンポロンと数音くぐもった音を出して満足したフリルちゃんが蓋を閉じた。

 階段の目の前にあった部屋が音楽室なのは分かったけど、その隣にあった部屋は、他の部屋に比べて廃墟化がひどくて、何の部屋なのかよく分からなかった。

 脚の折れた机はまばらにあるけど……壁に何もないし、授業に使う道具も特に見当たらない。床にも特に何も落ちていない。

 黒板の前に教卓がポツンとあるだけ。

 

「見て見て! 教卓の中に日誌があったんだけど……日付が50年くらい前だよ!」

「45年前に無人になったんだよね。じゃあある程度離島の直前かな?」

 

 不思議な教室の中を歩いていた二人を呼んで、教卓の中にあった授業日誌を上に出して広げた。紙がシワシワになり、埃で表面が少しざらざらしている。

 その日の授業の内容が書かれているみたいで、書いたのは……先生じゃなくて、ここの生徒かな? 少し字が幼稚で、漢字も簡単なものしか書けてない。多分低学年の子?

 名前欄には『あなやま』とだけ書かれていた。書いた子の名前? 苗字かなぁ?

 

 

『19××年 4月10日

 あいも うっつえから がっこに行けるようになって はじめておえかきしました

 せんせも じょうずといってくれました

 大すきな いんねのえ いんねもうまいと いってくれました

 だから いんねにあげようと おもいます

 いんねがうれしいと あいもうれしいです』

 

 

「……アイ? ママ?」

「普通に『あい』って名前の子かもしれないけど、方言じゃない? どういう意味か分からないけど」

「あいも、学校に行けるように……あいもうれしい……方言だとしたら一人称かな? 『私』とか『僕』とか。『うっつえ』は分からないけど……」

「すごーい! あかねちゃん名探偵みたい!」

「そんな大げさだよ、名探偵なんて」

「この調子で解読しよ! 『いんね』って?これもあかねちゃん分かる?」

「うーん、分かんないや。上手いって言ってるし、嬉しくなれる存在だから、物じゃなくて人だと思う」

「そっか。でもとりあえず、この部屋が何なのかは分かったね。美術室だ」

 

 お絵描きしている部屋。単純だけど、フリルちゃんの言うとおりなのかな。

 その後も他のページをペラペラとめくってみても、だいたい同じように、その日何があったかを生徒が書いてるだけ。

 週に一回しか美術室は使われなかったみたいだけど、最初に見た子が書く日が特に多かったようで、同じ筆跡が何度か繰り返し現れた。

 

「そろそろ戻ろうか、下の話し合いも終わってるかも……」

 

「ああ、終わったぞ。どこ行ったかと思ったらこんなところにいたのかよ。探したぞ」

 

 あかねちゃんが下りようと提案したちょうどそのタイミングで、美術室の扉の前にカントクがのっそり現れた。

 すみませんと謝って廊下に出るあかねちゃんに、私たち残り二人もついて行く。 

 カントクの後ろから、他のスタッフも続いて階段を上がっていて、キョロキョロ見渡している。

 

「あ、本当にピアノあった! 音楽室だ! さっきのピアノの音は聞き間違いじゃなかったんですね! 私『サインはB』弾けますよ! ……ってこれ鍵盤どおりの音でないじゃないですか!」

 

 階段を上がって、すぐ音楽室に入ってピアノを触る山県さん(サイン書いたのと、その後の奇行が印象的で名前覚えた)も音を出して、すぐに音階の異常に気付いた。

 私とフリルちゃんは歌も生業にしてるからすぐわかるけど、山県さんもすごいなぁ。

 

「フリルちゃんもさっきピアノ触ってたけど、楽器もやれるの?」

「うん、ピアノは無理だけどね。カスタネットとトライアングルならイケるよ」

「だいぶ限定的じゃん」

「ふふ、不知火さんが出したピアノの音だったんですね。二階は教室を変えて授業する科目だったのかな? 音楽室と美術室が並んでて。この学校は撮り甲斐がある場所が多いですね」

 

 そう言いながら、私とフリルちゃんの隣でカメラを構えて撮影している高坂さんの他に、プロデューサーや男性陣も物珍しげに周りを見ている。

 でもどうやら、カントク的にはタイムスケジュールの方が気になるらしい。すぐに号令がかかった。

 

「みんなもう戻るぞ! 暗くなったら全く明かり無いんだから!」

「そうだね。じゃあ出る前に一枚記念撮影しようか。高坂さんのカメラでもいいけど……支給したスマホ使おうよ」

「はぁ……一枚だけですよ」

「時間はとらないよ、五反田くん」

 

 プロデューサーが支給品の大きな赤いスマホを手に取る。

 ……あれ大きくて使いにくいんだよなあ。ポケット入んないし。

 

「これね、画質もいいし、録画も高機能で。完全防塵防水。もし撮影機材がダメになっても撮影自体は何とか出来るようにってことで、映像とか画像に詳しい内藤さんと高坂さんが選んでくれたんだよね。じゃあ……タイマー機能で撮るか。女性陣は前列でしゃがんでね」

「じゃあ、ルビーちゃんは真ん中で」

「え、私が真ん中?」

「うん、このドラマで一番感情を伝えるのはルビーちゃんの役。皆がルビーちゃんを見るよ。だからルビーちゃんが真ん中」

「前列で5人がしゃがんでる集合写真……この後愛和学院にウソのようにボロ負けしそうな構図だね」

「フリルちゃんは何言ってるかよく分かんないよ」

 

 あかねちゃんに促されて、フリルちゃんとあかねちゃんに両脇から囲まれるように前列真ん中に陣取った。

 まあ、これはスタッフも映ってるから宣材にも使われない、オフショみたいなものだよね。

 特に役になりきることも無く、いつものアイドルとして星野ルビーを撮られる時のポーズをした。ピースした二本の指で目元を挟み、瞳の光を強調するように。

 

「ちょ、ちょっと! なんでふたりとも私のポーズ真似してるの!?」

「みなみっぽく言うなら、なんていうか……ノリ?」

「んふふふふ。たまにはね?」

「ああ、皆ありがとう。こんな感じに、メイキング画像とか動画どんどん撮ってね。せっかく珍しい所に来てるし、皆がカメラマンだから。1人一つくらいは撮ってよ」

 

 プロデューサーがスマホを回収し、撮った写真を確認して、今日のやることは全部終わりになった。

 学校内で撮影する場合の演出の話はしていたみたいだけど、結局それが許可されるのかはこの後する電話の結果次第らしい。

 まあ、どうなろうとも演じることはできるし、私以外の2人は言うまでもない。

 

 日がだいぶ傾いて、空は台風の前の最後の太陽を翳して真っ赤に染まり、窓から真横に入ってくる光に目がくらむ。

 ガラスが残っていない窓から見える学校の外の景色は、窓枠を額縁にした絵画のように綺麗だった。

 

「お腹すいたー。カントク、今日のご飯何?ていうか、三日間何食べるの?」

「ああ、俺が腕によりをかけて……」

「え!? ご飯作れるの!? 子供部屋おじさんなのに!?」

「水を煮沸してやる。カップラーメンだ」

「はぁー!?」

「だが喜べ、明日の夜は黒川の手料理だ。本人が選んでくれた材料持ってきてる」

「やったー!!」

「よし、帰るぞ」

 

 ぞろぞろ階段を降りていく面々。2階まで登りきった時気付かなかったけど、さらに上に行く階段が横にある。

 学校は2階までだった気がするけど。これは……秘密の部屋にいく隠し通路? なんてことはなく、単純に屋上への通路かな。

 

 先頭にカントクがいて、スタッフ、フリルちゃんが続いて、最後尾に私の隊列で降りていった。

 

 

 ……あれ? 一人足りない。

 

「あかねちゃんどうしたの? 皆行っちゃうよ!」

「あ、うん……」

 

 すぐに2階に引き返すと、美術室の入り口に立って、部屋の中を見渡しているあかねちゃんを見つけた。

 何をしているんだろう?

 

 呼ばれてあかねちゃんが振り返った時、あかねちゃんの頭に隠れていた窓の向こうの太陽の光が私に降り注ぎ、思わず目を細めた。

 あかねちゃんの顔が陰になり、表情が見えない。

 

 もう日の入りが近い。

 

「何か気になるの?」

「……ううん、何でもない。夕陽がきれいだなって」

「そっか。暗くなっちゃうよ?」

「ごめんね、帰ろっか」

「うん」

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 カントクが熱湯を作るだけの簡単クッキングが終わったと、学校からコテージに戻ってほとんど経たずに支給スマホに連絡が来た。

 夕飯のために全員集合と書かれていて、コテージがお互いそんなに離れていないこともあって全員直ぐに集まった。

 無人島の非日常と、移動疲れもあって、質素なカップラーメンも贅沢な晩餐に感じる。

 

 明日は朝8時に共用コテージに集合。台風がもう近づいてる。各人今夜はさっさと寝るように。

 カントクの締めの言葉と共に、初日夕飯のカップラーメンパーティーはしめやかに幕を閉じた。

 

 カントクはこの後、夕飯時も飲んで酔い気味の武田Pを彼のコテージに送るらしい。カップラーメンとお酒って……合うのかなあ。

 ここから一番遠い、西にあるコテージをプロデューサーは企画中の早い段階で自ら指定したって言ってた。私たち女優3人と違い、プロデューサーとコテージの方向が同じである4人のスタッフは、みんなそれについて行った。

 ちょっとだらしないプロデューサーだなと思う一方で、町役場に電話して本当に学校での撮影の許可を取り付けたらしい。どういう口八丁か分からないけど、能力面で評価しているフリルちゃんの気持ちが分かった気がした。

 

 シャワーはこの後に順番に浴びることになったけど、私の順番は後の方になってしまった。

 そこは演者がさっさと浴びてたくさん寝れるように優先してくれたらいいのに、と一瞬心の中でぼやいたけど、大の大人9人が厳かにカップラーメンを啜っていた空間が生み出す奇妙な連帯感のせいで、我儘な不満も立ち消えた。

 

 とは言っても。

 

「暇だなー」

 

 スマホを見ようにも、通信スペックが病室にいた前世の頃の3Gレベル。5Gになって久しいこの時代に、カントクなにやってんの。

 聞いていたとおりyo◯tubeなんてもってのほかだし、正直やることが無い。

 

 フリルちゃんとおしゃべりでもしようかと思ったけど、今は彼女がシャワータイム。お兄ちゃんに電話してみたけど、あちらも家でお風呂なのか繋がらず。あかねちゃんに至っては『撮影場所が校舎になって変わった演出を確認したい』と言ってカントクのコテージに行っちゃった。真面目過ぎるよ……。

 手持無沙汰ここに極まれり。しばらく台本を読み直したり、寝転んでボケーッとしてたけど、それも続かず。

 

 無人島ロケ、想像していたのと全然違うなあ。

 

 時間を持て余してコテージから出て、雲に隠れてしまったせいで淡い光だけが届けられる月明かりに誘われるように散歩を始めた。

 未舗装のむき出しの砂利を踏みしめ当てどなく歩いていると、鼻につく空気がわずかに湿り気を帯び始めた。そんなに遠くまで行くつもりはないし、そもそも暗いから行けないけど、降り始める前に戻らないといけない。

 遠く海の向こうで、推島の灯りが星のようにキラキラとしている。それに対してこちらは街灯なんて全くなく、発電機から供給される電気で各コテージだけが煌々と輝く。

 

 ここに来た時、簡単な地図を渡された。どうやらこの島は、推島の西にあるらしい。ということは、こちらからあちらの島の灯りが見えている方向は東になるのかな?

 

「ん……?」

 

 東の推島の光を眺めながら、どのへんで引き返そうか悩んでいると、ふわりと髪が浮くほどの風が吹いてきた。少し隠れていた月が、その風に雲を取り払われて、一瞬島を照らしてくれた。

 

 月明かりに照らされて、さっきまで気付くことが無かった、海沿いの道が目の前に浮かび上がった。

 月明かりって、こんなに頼もしいんだ。夜でも眩しい東京にいる時には絶対に抱かない感想だ。

 

(なんだろ、この道。何で昼間は気付かなかったんだろ?)

 

 何に興味を持ったのかもわからない。ただ、ほとんど何もないこの島に行先不明の道があることに対して、『無人島滞在』という非日常のせいで膨らみやすくなった幼稚な好奇心が、足取り軽く私をその道に運ぶ。

 道の左側には、やや急な崖の真っ黒なシルエットが聳え立っていた。

 

「うわっ!?」

 

 道に踏み入った瞬間、ゴロゴロとした小石や握りこぶしくらいの石まで、頼りなげなアスファルトの上にいくつも散らばっていた。島から人がいなくなって45年。相当古い舗装だからボロボロになっちゃってるみたいだった。

 うっかりそこに体重をかけてしまったせいで、グラッと一瞬バランスを崩したけどすぐに持ち直す。

 ゆっくりそっと進んでいくうちに、コテージから出て完全に夜の暗さに慣れた目が、人の歩幅くらいの間隔で砂利が少ない所がところどころあることに気が付いた。

 

「よっ、ほっ、と」

 

 体幹やバランス感覚には自信がある。ママ直伝ダンスレッスンを起点に私が最も得意としている所だ。体育系バラエティ番組で、ギリギリで勝つことも、ギリギリで負けることも、わざとらしくなく、面白おかしくカメラの前で派手に失敗しながら、でも怪我もしないで演出する。私の手にかかればその程度簡単に出来る。

 トン、トンと砂利が少ない所をつたって行き、おもむろに振り返るとコテージの光が思っていた以上に小さくなっている。そろそろ引き返さなきゃ、かなぁ。でも……。

 

(行けるところまで行くしかないでしょ!)

 

 多分、この島に今後来ることは二度と無い。ネットでもこの島の情報なんてほぼ無い。ここで帰ったら、『あの海の道の先には何があったんだろう……?』とずっと気になっちゃいそう。今しか無いんだ。

 丸い形の島に沿ってゆっくりと道がカーブしているせいで、コテージは隠れて本当に見えなくなってしまった。それでも月明かりのおかげで行く先の道は分かる。すぐ右の真っ暗な海からの波の音が少し怖いけど、一本道を夢中に進んでいった。

 

 そして、数分、いや、もっとだろうか。暗いから距離感も時間もよく分からないけど、道は行き止まりに到着して。

 

「……これは……神社……?」

 

 古びた鳥居が、私を出迎えた。

 

 上背はそんなに高くなく、昔は赤かったであろう塗装がだいぶ剥げてしまっているように見えるけど、そもそも暗いので輪郭が分かる程度だ。そして、奥にかすかに見える社はそんなに大きな規模には見えない。

 こじんまりとした、ささやかな信仰の場所だったのかな……?

 

「……」

 

 海風に背中から追い立てられたのか。孤島の名前も知らない神様から囁かれて引き寄せられたのか。ジャリ、と小さな足音を立てて、鳥居をくぐった。

 轟轟と耳の側で渦巻いていた風がわずかに弱まり、時化ている海からの唸るような波の音が遠くに感じる。

 神社を守るように境内に植えられた幾重もの防風林が、月明かりを弱めて暗さに拍車をかけている。

 

 一歩一歩、奥へ進む。足が重いのか軽いのか分からない。自分の意志なのかも覚束ない。

 社の目の前に立ち、普通ならお賽銭箱がありそうな位置まで進んだ頃には、月明かりすらほとんど届かないこの場所の暗さにも目が慣れてきた。

 思ったとおり、社はそんなに大きくない。崩れて廃墟のようになり、ひしゃげて原型をとどめていない入口はふさがっていて、隙間から見える奥は完全に真っ暗で何も見えない。

 そして境内に入ってきた時は気づかなかった倉庫のようなものが、社の脇、私から見て海に近い右側にひっそりと、浮かび上がる様に見えてきた。

 

 倉庫はよく一般の家にあるような、百人乗っても大丈夫そうな金属やプラスチック製じゃなくて……触った感じ、石か、表面に漆喰を使われただいぶ古いもののようだった。社よりも、高さも床面積も圧倒的に小さい。

 扉には鍵がかけられるようになっているけど、その鍵は残っていなかった。

 

 開けようと思えば、開けられる。というよりすでに少し開いていて、覗き込むと縄のようなものと何か箱のようなものが暗がりの中微かに見れる。

 物置小屋かな……?何が入っているのか正確に見ようと、操られるように手が自然と取っ手に向かった。南の島の暑い季節なのに、取っ手は驚くほど冷たい。

 

 力を込めようとしたその時。

 

 うまく言葉に出来ないけど……五感が『やめろ』と訴えてきた。

 

 

 におい、音。空気の粘り気。

 

 

 その程度の取るに足らない理由でしかないのに。

 

 

 得体の知れない……悪意……のようなもの……を、肌に触れるように感じさせてくる。

 

 

 私はここで何をしているんだっけ?

 なんでこんな奥まで来ちゃってるの?

 

 防風林の隙間を通ってきた風が髪を巻き上げ、普段は隠れているうなじをそっと撫ぜる。

 頭の脇を通り抜けた冷たい風が、好奇心による私の高揚を冷めさせて、訪れたこの場所の静かな雰囲気をいやというほど感じさせる。

 

 

 ここは、あまり私がいていい場所じゃない気がする。

 

 早く帰らなきゃ。

 フリルちゃん、あかねちゃん。カントクやみんなの元に。

 

 

 

 

 

 

 ジャリ。ジャリ。

 

 倉庫の前で固まっていた私がそう考えた直後、後ろから近付いてくる足音に気付いた。

 

 

(誰……!?)

 

 

 ここには私しかいなかったはず。昼も、この道に誰も気づいていなかったと思う。

 じゃあ、この足音は、誰の。

 

 ジャリ。ジャリ。

 

 境内の玉石を踏みしめる足音が、明らかに私の背中をめがけて近づいている。

 全身の毛穴が開き、鼓動が荒れる呼吸に合わせて速くなる。

 

 振り返っていい存在だろうか。

 逃げるべきなのかもしれないのに、足が震えて、腰が抜けてしゃがみこまないようにするだけで精一杯で。

 

 ギュッと目を閉じると、こめかみを叩く私の鼓動がよりうるさく感じて、足音と鼓動以外の音を消した。

 その足音が、私の少し後ろで、止まった。

 

 

 

 

 

 

 

「ルビーちゃん」

 

 ドッドッドッドッと動く心臓だけは、そうすぐには元に戻らない。

 だけど、呼びかけられた声はよく知るものだったから、雰囲気はすぐ緩んだ。

 それと一緒に、夏なのに冷えこんだ空気と、風が強いのに消えた音は、それぞれ暑くてうるさいものに戻っていった。

 びっしょりかいた冷や汗に風があたり、ちょっぴり寒くすら感じる。

 

「お参りかな?」

「あ、あかね、ちゃん」

 

 ようやく振り返ると、そこにいたのは間違いなく友達であり、そして公私で姉のように慕っている演技の仕事の先輩だった。

 抜けた緊張とともに足腰の力も抜けそうになるのを必死にこらえて、犬のように速い呼吸を必死に整えながら、ぎこちなく笑みを浮かべてなんとか返事をした。

 

「まあ、ね。あかねちゃん、なんでこんなところにいるの?」

「……それはこっちのセリフ」

 

 弱い月明かりでも、いつも柔和なあかねちゃんが珍しく厳しい表情をしていることぐらいは分かる。

 これまでもこうなったあかねちゃんを見たことはごく稀にあったけど、私に向けられたのは初めてかもしれない。

 表情を無くしたまま目を細めている時のあかねちゃんが纏う雰囲気は、本気で怒らせてはいけないタイプの人が持つそれだった。

 

「お医者さんもいないこの島で怪我したらどうするの? こんな真っ暗なところで……こんなに荒れた海に落ちたら助けられない。石が散らばっていた道で転んで体を打って動けなくなっても、私たちは朝になるまで気付けない。地方ロケぐらいなら大丈夫だよ? でも今回みたいな場所に行くロケは本当に危ないんだよ」

「……」

「ルビーちゃんが一人で離れていくのをコテージの窓からうっすらと見えたから追いかけてきたの。私も一緒に怪我してミイラ取りがミイラにならないように五反田監督に一言言った上で。むき出しの自然の中で絶対に一人で危ないことしちゃダメ。分かった?」

「……うん、ごめんね……」

 

 思わず下を向いた私の両肩に、柔らかい表情に戻ったあかねちゃんが掌を乗せる。あかねちゃんの掌と血の通った指先の熱が、じんわりと伝わってくる。

 

「もう、数えきれない人にとって、ルビーちゃんは本当に大切な人なんだからね」

「うん……」

 

 この話はこれでおしまいね、とばかりにポンと両肩を軽くたたいて、あかねちゃんが社に向き直った。

 

「こんなところに神社があるんだ。もう何かお願いした?」

「ううん、まだ。この倉庫何だろう?って思ってたところであかねちゃんにびっくりさせられちゃってさ……」

「ふふ、ごめん。そんなつもりはなかったんだけど、ルビーちゃんの様子が何か変だなって思っちゃって」

 

 パン、パンと二人並んで二拍した後、手を合わせながら目を閉じてじっとお祈りをする。

 無事に撮影が終わりますように。

 隣であかねちゃんがお願い事を声に出していたので、私も同じ言葉を神様に伝えた。

 

 一緒に演じる二人は、同世代の中でも、先輩と肩を並べるトップクラス。私は役者として、まだまだ見劣りしちゃうと思う。

 それでも、このロケの中で、私の演技が……誰かの心に届いて……誰かの救いとなれるようなものになりますように。

 欲張りかもしれないけど、追加のもう一つのお祈りは、言葉にせず心の中で島の神様に伝えておいた。

 

 

 

「ルビーちゃんがどんどん進んでいくから、追いかけてる時焦っちゃったよ。後ろから呼びかけてたんだよ?」

「そうなんだ?風と波が煩くて本当に聞こえなかったの。ごめんね」

「大丈夫。もう怒ってなんかないよ」

 

 ここに来るまで何度か振り返ったけど、暗かったからあかねちゃんの存在に気づけなかったな。

 神社を後にして、二人で道を引き返してコテージを目指す。

 トントン、と役者らしく高い身体能力を駆使して、あかねちゃんが荒れた道の上を先に進んでいく。

 後についていく方が楽だな、と感じた。目を凝らして砂利が少ない所を探すより、目の前の人が踏んだところが正解と思いながら進む方が圧倒的に楽だ。

 

 雲が厚くなったせいで来た時よりも暗い帰路を、あかねちゃんに導かれるように進むと、コテージが遠くに見えてきた。なんだか、本当の意味で、ホッと安心した瞬間だった。

 

「来た時、ルビーちゃんが先に進んで砂利を片付けてくれてたお陰で助かったよ。轍を辿る様にルビーちゃんの踏み跡を通ればよかったからね」

「ああ、それね、始めからあったよ? 私もそれを辿ってきただけ。何かこの島の生態系?の研究してる人?がたまに来てるんだっけ? 私たちより前に島に来た人が歩いた時こうなったんじゃない?」

 

 

 

 

「………………え?」

 

 あかねちゃんが急に足を止めた。そして、ゆっくりとこちらに振り向く。

 またしても表情が消えていたけど、今度は目を細めるのではなく、見開いていた。

 怒ってるわけじゃなさそう。だけど、じっと私の顔を見つめるその表情に困惑してしまう。

 

「えと……どうしたの?」

「……。ううん、何でもない。ルビーちゃん、ごめん、暗くてやっぱり先を行くのちょっと自信ないや。ルビーちゃんが先を行ってくれる? 私が後ろ。ダメかな?」

「えー。いーよー」

「ふふ、ありがと」

 

 表情を戻してニコッと笑ったあかねちゃんが、私に先を行くようにと道を譲ってくれたので、その脇を通ってコテージを目指す。

 

「よ、ほっ、っとと」

 

 いよいよ台風が近い。いつ降り始めてもおかしくない。

 一度経験した道とはいえ、横風がものすごく強くなっててそれだけでバランスを崩しそうになる。暴れる前髪が目に当たり少し鬱陶しい。そして、地上から見ていても動いていることが分かるくらい速く動く黒い雲のせいで、ますます月明かりが心許なくなっている。

 これはやっぱり、先を行く人の方が大変だなと思いながら。けがをしないように、そして、あかねちゃんがついて来やすいように、意識を集中させて足の置き場を探しながら帰っていった。

 

 

 

 

 ……あまりにも足元に集中していたから。

 

 後ろにいるあかねちゃんが、まるで私を庇うようにぴったり離れずについて来ていて……時々不安そうに、何かを警戒するように後ろを振り返っていたことに、この時の私は全く気付くことができなかった。

 

 

 

 

~To be continued~





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パワポで作った雑な島の地図ver1
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