【完結】もしもし、アクアくん?〜女優探偵の事件簿〜   作:ねこのまんま

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④ 第2話 台風一禍(前編)

「あかねちゃーん!!」

「うぇえ!? びっくりした……」

 

 何かと不気味な海辺の夜の神社から、あかねちゃんと無事コテージに戻った後、先にあかねちゃんにシャワーを浴びてもらった。

 冷水で寒かった、と言うあかねちゃんの前評判どおり、ボイラーの無いシャワーで寒い思いをして、何となく人肌が恋しくなった私は、今にも降りだしそうな暴風の中あかねちゃんのコテージに突撃。

 暴風雨を受けていつ倒壊するか分からない(ように見える)真っ暗なコテージの中で一晩中ビビって震えるくらいなら、わがまま言っても許してくれそうな人の所に転がり込んで一夜を過ごすことにした。

 

 ドアを開けると、既に髪を乾かし終えてパジャマを着たあかねちゃんが壁を背もたれにして、付箋まみれの台本を読み込んでいた。

 

「ね! 今夜ここで寝ていい!?」

「ふふ、もう来ちゃってるじゃん。いーよ」

「えへへ、寝袋パーティーしよ!」

 

 広くないコテージだけど、もともとあかねちゃんが荷物を広げたりしていなかったからスペースは十分だった。

 私の来訪をきっかけにあかねちゃんも台本チェックをやめることにしたようで、支給された寝袋を敷いて就寝の準備を始めてる。

 思えば、リラックスした状態であかねちゃんと夜を過ごしたことなかったな。

 

 宮崎は、初日の夜に……あんなことになっちゃったから、あかねちゃんとほとんど眠れていない。その後もMV旅行中、あのアクリルキーホルダーを取り戻した私は別の事で頭がいっぱいだった。

 

「やっぱり夜あっついね。台風のせいか空気も湿ってるし。寝袋無しで寝ちゃおうかな?」

「大丈夫? 朝方冷えたりしないかな……寝冷えしないようにね」

 

 一応夏用の寝袋で、くるまってみると意外と寝心地は悪くない。もっとごわごわとすると思ってた。

 だけどやっぱり熱帯夜には辛くて、アジの開きのようにチャック全開にして、敷布団扱いしようか悩みどころだ。

 あかねちゃんはちゃんと寝袋に入ろうとしてた。

 

「不知火さんはいいの?」

「え?」

「友達なんでしょ? 呼ぼうよ」

「そうだけど、その……あかねちゃん、呼んでいい?」

「え? なんで?」

「随分前だけど、公民館の時、ちょっと……。私も思い出すと、あかねちゃんに悪かったなーって、思ってるし」

「本当に随分前の話だね。あの映画の時もお話してたし、あれから時々お仕事一緒にしてるし。周りを見て動けて、悪い人じゃないって思ってるよ。むしろルビーちゃんの友達としての不知火さん、もっと見たいかな」

「……えへへ、なんだか嬉しい」

「そう?」

「だって、私から見たらあかねちゃんとフリルちゃんはそれぞれ別の日常だから。なんていうか、二つの日常が合わさっていく不思議な感じ。でもそれが嬉しいんだ。私、二人とも大好きだから!」

「……ふふ。ルビーちゃんは本当に……一緒にいると元気をくれるよね」

 

 直ぐにフリルちゃんに電話をしてみる。数コール置いて電話に出たフリルちゃんは、声がモニョモニョしていた。

 ビデオ通話にして二人共映るようにして、スピーカー設定にする。

 電波が悪すぎるせいで、ビデオ通話画面はほぼ静止画で、画質はガビガビで人の認識はできそうに無いレベルだった。

 

「ううん……ルビー?」

「フリルちゃん、ねえ、あかねちゃんのコテージ来ない? 私もいるよ!」

「どしたの……? ふあぁ……」

「あ、もう寝てた?」

「やることないしねぇ……でも、うん。行く。黒川さんもいいの? 迷惑じゃない?」

「迷惑なんかじゃないよ、不知火さんがよければおいで?」

「じゃあ……待ってて」

 

 通話を切って、あかねちゃんと目を合わせてくすくす笑う。

 もう一人分のスペースを空けるために二人でドアから離れるように移動した。

 遠く離れた場所で、昼しか会わない友達と夜に横になる。

 高校を卒業してしばらくたったけど、修学旅行の夜は何歳になっても楽しい。

 

 少しして、ちょっと面白いパジャマファッションのフリルちゃんが、明日の着替えと寝袋を持って扉をノックしてきた。

 

「あろはー。風ヤバいね。もう降ってきそう」

「フリルちゃん! 来て来て!」

「ルビーは夜なのに元気だねぇ」

「ごめんね、さっきの電話で起こしちゃった?」

「大丈夫だよ。この前も夜にルビーから電話来てどうしたのかと思ったら、『ポケット入れてたワイヤレスイヤホン洗濯しちゃった!』的な内容だったじゃん。慣れっこだよ。で、何かするの?」

「いや、特に何も? 寝袋とミネラルウォーターで女子会しよ?」

「原始的だなぁ」

「ここのスペース、使っていいからね」

「ありがと、黒川さん」

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「へー、じゃあ意外とフリルちゃんとあかねちゃんって共演してるんだ?」

「うん、でも15年の嘘の前は数えるほどだったかな。あの頃は私はまだ、メジャー作品なら枠あれば助演に入らせていただけたぐらいだし」

「今回みたいな複数主人公的なものとかで一緒にやるのは最近になってからじゃない? 言い方悪いけど、私と黒川さんは役どころ被っちゃうところがあったからさ」

「そうだね。ルビーちゃんは全然違う役柄でいけるけどね」

「そっか……二人ともクールで清楚~なキャラクターで売ってるもんね……実際あかねちゃんは実物もそのとおりだし……」

「だから私は黒川さんと共倒れにならないように、キャラの路線変更をしたの。ちょっとコミカルな役もいけるように」

「え!? フリルちゃんそんなこと考えながら最近バラエティとか出て体張ってたの!?」

「そうなの。考えること多いの。病む。芸能キャリアは深慮遠謀の積み重ねなの」

「そうだったんだ……」

「まあ嘘だけど」

「嘘かーい」

「でも3人の共演を楽しみにしていたのは本当。15年の嘘はさ、映画で3人同時のシーンなかったし。この作品でも折角三姉妹役なのに、私たち三人が一緒に撮影するの……この島のシーンだけじゃん?」

「……そうだね。ルビーちゃんと不知火さんは同じカット多いけど、私が同じカメラに入るシーンはここだけだね。そういう脚本だから」

「私と黒川さんもネット配信作品増えてきたよね。テレビじゃBPOとか配慮とか色々あるけど、ネット配信ならある程度規制緩いから。実力派はどんどん演出の幅やタイムキーパーの制限が少ないネットに来てる気がする。このロケの作品も、題材が……ねぇ?」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「心理テストしまーす!」

「おーパチパチ」

「ルビーちゃん心理学知ってるんだ?」

「いや、あかねちゃんみたいなガチなやつじゃないから。

 えっとね……今から頭の中で、1から9までの数字を適当に並べてみて! 本当にバラバラで、適当でいいからね?」

「私はじゃあ、『278954316』」

「あかねちゃんは『278954316』ね~。メモメモ」

「うーん……」

「フリルちゃん、あんまり考えこまないのが大事だから! スッと答えて! スッと!」

「そうだなぁ……うーん……うーーーーん……『187529643』」

「ありがと! このテストは……あなたのメンタルの疲労度合いが分かります」

「「へー」」

「えっと、確かメンタルが疲れてない人は上手にバラバラに出来るんだけど、メンタルが疲れて余裕がない人は連続した数字を言っちゃったり、なんか規則性がある順番にしちゃうんだって」

「私はどういう結果になるの?」

「あかねちゃんはねー……789、543のあたりに日々のストレスを感じるねー……大丈夫? ムカつくヤツがいる?」

「あははは……大丈夫。まあお仕事してるなら誰しもありうる範囲のストレスだと思うよ?」

「私は?」

「フリルちゃんは……結構うまくバラバラになってるんじゃない? 心が健康ってことだね。よかったね!」

「恐悦至極」

「ふうん、不知火さんって私なんかより面倒な人付き合い多そうだけど、自己管理しっかりしてるんだね」

「私を金のなる木としか見てない俗世の愚者共の心ない言葉なんかじゃ私のピュアなメンタルは疲れたりしないよ」

「すっごく疲れてそうだけど大丈夫?」

「あれ?ちょっと待って! 不知火さんの並べた数字、ゴロ合わせで読むと……」

187529643(いやなこにくるしみ)……嫌な子に苦しみ!? 呪いの言葉だこれ!」

「おっといけない、別現場の共演者へのストレスが無意識にうっかり滲み出た」

「やばいよフリルちゃん! 病みまくりだよ!」

「そうなの。病む」

「ちゃんと1から9まで一回ずつだし……不知火さんよくこんなの短時間で思いついたね」

「黒川さんなら気付いてくれるって信じてた」

「大喜利やってるんじゃないんだから……」

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

「へ~古い神社? 海沿いを行った先に?」

「うん、私が行ってて、あかねちゃんも後から付いて来てくれたんだ」

「外真っ暗だよね? なんで行ったの? 明日から一日中拘束される訳じゃないし、明日の昼にでも行けばよかったのに」

「それが私にもよく分からなくて……なんか足が勝手に向かっていくように、好奇心が赴くままに? みたいな?」

「大丈夫?この島の神様に目をつけられて誘われてない?」

「オカルトじゃん! どうしよう、明日の朝気付けば私だけあの神社で寝てたら……!」

「オカルトじゃなくて単にロックでスタイリッシュな寝相してるだけだと解釈しとく。ルビーだし」

「せめて夢遊病と言ってほしいなぁ」

「そうだね、ルビーちゃん確かにちょっと寝相凄かったかも……宮崎で」

「え!? そうだったの!?」

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

「やば! いよいよ降り始めてるよ! 目の前の道が川みたいになってる!」

「二人とも、自分のコテージの窓開けてない? 閉めた? 大丈夫?」

「ガラス窓と小さい窓どっちも閉めたよ」

「あ……私は……閉めたような気がするんだけど……自信ないなー……」

「戻ってびしょ濡れになる代わりに荷物を守るか、荷物を犠牲に今かりそめの安寧を貪るか……ルビーは初日から多難だねぇ」

「いや、閉めたはず……これはもう腹括って過去の自分を信じるしかない……!」

「え? 大丈夫なの? ごめんね、傘とか持ってきてなくて……雨合羽あるけど使う?」

「黒川さん、ルビーはこういう天気の時に気になるとか言って川とか海とかの様子見に行きそうな子だから。あんまり選択肢を与えない方がいいよ」

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 フリルちゃんが来てから、一時間ぐらい経っただろうか。

 仕事の話からどうでもいい話まで、3人で尽きることなく話していると、また3人のスマホが同時に鳴った。

 業務用スマホの方だ。スマホを見ると、もう既に時刻は21:30だった

 

「これさー、ハイスペックなのは分かるけど大きすぎない? もはやタブレットだよね?」

 

 パソコンサイズとまでは言わないけど、片手で掴めないサイズですごくいじりにくい。ポケットに入らないから、面倒だけどスマホホルダーを出発前に用意した。

 あかねちゃんも左手に乗せて、右手でタッチしている。

 

「確かにね。大柄な男の人なら片手で使えるかもしれないけど。私は無理かなぁ。メッセージは……五反田監督からだね」

 

 メッセージは、カントクからだった。

 夕飯の時も言ってた内容もあれば、この想像以上の台風に対しての注意喚起もある。

 

『明日は予定を少し早めて、7:30に朝ごはんのために夕飯と同じコテージに来ること。

思ってたよりも雨も風も強い。台風の事後処理に時間かかるかもしれないから集合時間を少し早める。窓を閉めて、早めに寝てほしい。

武田プロデューサー、起きた時に薬飲んだかお返事ください。』

 

 この時間に送ってもなあ。

 フリルちゃんも寝てたし、言われるまでもなくもう寝てしまった人がいてもおかしくない。

 朝7:30か……夕飯の時に言ってた8:00から早まってる。現場までの移動が徒歩10分くらいなんだから、もっとゆっくりしてもいいのに。

 

 スマホを枕元に置いて、そろそろ寝ようかと思い、枕代わりに着替えを頭の下に置いて横になった。

 

「このスマホのメーカー、なんか見覚えあると思ったら……昔ママが使ってたやつだ」

「そうなんだ? 昔……ママって、アイさん?」

「うん。ママが死んじゃった後、お兄ちゃんがずっと持ってて何か操作してた。今思えば、多分お兄ちゃんはママの仇を探すためにスマホを探ってたんだと思う」

「そっか。アクアくんがね……」

「機種も同じだ。後継機かな?」

 

 大きさも機能も進化して、型番の数字が大きくなっているけど、機種名は同じだった。

 何となく、スマホを見つめる。ママのあのスマホは私がルビーとして生まれる前に使っていたものらしくて、ずっとコソコソ触ってたお兄ちゃんほど私は思い入れはないけれど。

 生後すぐレスバに使ったのは別の機種だったし。

 

 昔を思い出しながらスマホを見ていると突然着信があって、思ってたより着信音が大きくてびっくりして落としそうになった。メッセージ受け取る時も思ってたけど、通知の音が結構うるさい。スマホがデカいとこういうのも大きくなるの? めんどいから設定変えてないけど……

 

『おう、ルビー』

「びっくりしたー。なに? カントクどしたの急に?」

『既読つかねえやつがいるんだけど、朝の集合時間はちゃんと伝えたかったからな。誰が見てないか分かんねえから電話してる』

「あのさぁ……見てないってことは普通寝てるって事じゃん。それに寝坊してもコテージ目の前なんだからノックして起こせばいいでしょ? 私まだ寝てなかったけど、この電話で起こされてたらお兄ちゃんにチクってたから。カントクが撮影の現場環境を悪くしてくるって」

『やめろ、アイツには編集頼むつもりだからめんどくせえことすんな。まあでもそうか、もう寝てるかみんな』

「フリルちゃんも本当はもう寝てたところを私が起こして隣にいるんだからね」

『同じ穴の狢じゃねえか。俺もあのメッセージ送る前に武田さんに電話かけたんだけど、やっぱり電話に出なかったんだよな。コテージに送った時もまだ酔ってたし……薬飲んだか心配だし確認したいんだけどな。コテージに送ったあと念押ししておくの忘れててよ……。あの人だけ、このスマホ以外でプライベートのスマホ持ってないし』

「ふーん? まあ子供じゃないんだし薬なんて飲んでるんじゃない? 酔ってたにしてもさ。気になるなら確認しに行ったら?」

『この雨風の中でかよ、流石に辛いな……。コテージに鍵かけてたのも見てたから行っても何も出来ないし。まあいい、お前に言ってもしょうがねえな、すまん。不知火といるんだっけか。仲いいのは結構だけど早く寝ろよ』

「ああ、あかねちゃんも隣にいるから」

『黒川も一緒にいるのか?』

「スピーカーにしているから聞こえてるよ」

『分かった。黒川、不知火、騒がしくして悪かったな。じゃあな、俺も寝る』

 

 通話が終わって、ロック画面戻る。スマホが私の顔を認証したとたん、借り物だから当たり前だけどアプリが少ない殺風景なホーム画面が出てくる。

 通話アプリとカメラアプリ、ストップウォッチやアラームのある時計アプリ、他にはメッセージアプリと地図アプリくらいだ。

 その地図アプリも、ここじゃ地図画像のダウンロードと解像が遅すぎてまるで使えたものじゃない。数分見てもず~っと画面が灰色のままだ。

 

 あ、でもライトは明るいな。さすがめちゃデカスマホ、この辺の馬力もすごい。

 さっきの神社への道でも使えばよかったな。まあもうこのロケで暗いところに行くこともないだろうけど。

 

 だから持たされたとはいえ、あんまり使うことも無い気がする。なんといっても大きすぎるし。プロデューサーは何か撮れって言ってたけど、私たちはスタッフじゃないからなあ……女優三人集まってるし、今撮っちゃおうかな?

 

「そういえばさ、このスマホでオフショとかメイキング動画とかたくさん撮れって言ってたよね? 今撮っちゃわない?」

「んー? 私たちのすっぴんパジャマ公開すんの? 私は構わないけど」

「あはは、私は……マネージャーに聞かないと分からないかなぁ」

「そっか……言われてみれば私も間違いなくお兄ちゃんに検閲されそうだからやめとく。明日撮影始まる前に撮ろっか」

「そうだね。それでいいと思う」

「うん。でも、それはそれとして〜……はい、みんな撮るよ! これ私のプライベートスマホね!」

「あ、それならいいよ? これくらいなら万が一流出しても致命的じゃないしね」

「ん、じゃあ私は渾身のキメ顔するね」

「……さてと、撮れてるかな〜……ちょっと! フリルちゃん渾身の変顔じゃん!」

「これくらいなら万が一流出しても致命的じゃないしね」

「ほんとに……? まあフリルちゃんがそう言うなら……みんなありがと! じゃあ、お休み」

「うん、おやすみなさい」

「ぐっない」

 

 あかねちゃんが立ち上がり、コテージ全体の明かりのスイッチの所まで歩いて行ってくれた。

 真っ暗になると、外の暴風雨の音がさっきまでより大きく聞こえる。雨音ASMRにしては音が攻撃的でそれ以外の音を掻き消すようで、まるで私たちをこのコテージに閉じ込めているみたいだ。

 でも直接外壁を叩くバタバタと言う音は響くけど、それ以外の外の音は意外と聞こえない。フリルちゃんがドアを開けた時の唸るような風も、ドアを閉めたらそうでもない。

 

 明日の未明には通り過ぎるって聞いてるけど……何も問題が起こりませんように。コテージが崩壊しませんように。

 

 あまり雑念を浮かべないようにして目を閉じ、蒸し暑い夜に融け込もうとする。

 既に左右からは小さな寝息がきこえて来ていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 不思議な夢を見た。

 病室の中で、かつてせんせがコンビニで買ったパンを食べながら座っていた椅子にお兄ちゃんがいる。

 ベッドで身を起こしている私もなぜかルビーの姿だった。

 この病室の景色は、私の中では思い出したいような、思い出したくないような、曖昧な記憶のかけらになっている。

 

「雨宮吾郎はさ。母親の命を奪いながら産まれて。雨宮吾郎を育てる祖父母は、雨宮吾郎が生まれなければきっと、娘を失わずに笑顔で生きていけて」

「うん」

「産まれて来て申し訳ないと思いながら生きてきてて」

「……うん」

 

 15年の嘘の撮影を終え、『事件』が解決した後、少しばかり時間の余裕が出来た時に会話した内容だった。

 思えば病室では半年しか一緒にいられなかった人だ。一緒にアイを推していって、少しずつ「好き」に染まって変わっていくせんせが抱えているものを、漠然と感じていたあの頃。

 兄妹になった今に改めて、話した。たくさんたくさん、お話しした。

 

 自分が生まれない方が幸せだった人がいる。だけど、自分が生まれてきたから幸せになれた人がいるとも思うことができた。

 私はせんせに会えて、本当に良かった。好きという言葉と、あなたが大切だって気持ちを、送る喜びと、受け取ることが出来る幸せを教えてくれたから。

 

「俺はもう、雨宮吾郎の記憶を持つアクアだから。ルビーは?」

「え?」

 

 こんな会話、お兄ちゃんとしていないよね?

 夢は記憶を整理するものだって聞いたことがある。それなら記憶にない会話をしているこれは何なんだろう?

 そもそもこれが夢だと自覚できている自分にも戸惑っている。

 

「僕はさりなちゃんに会えてよかった。救われた」

「私もだよ、せんせ」

「だけど、ルビーはもう俺だけじゃないだろ?」

 

 意図を分かりかねてお兄ちゃんの顔を覗き込むと、こんどはいつの間にかせんせの姿になっていた。

 

「好きだって、大切だって言える人はたくさんいるだろ」

「せんせはいつまでも特別だよ!」

「ああ、ありがとう。でも」

「うん、せんせの言うとおり。ファンの人、私の歌が届く人はみんな! 身近な人なら、ミヤコさんとか、先輩とか、MEMちょとか」

「一緒にずっと頑張ってきたからな」

「それと、卒業した学校の友達ならみなみちゃんと、―――― あと、先輩と同じくらい演技上手くて、いつも優しい――――」

「ああ。ルビーちゃんにはもう、B小町の仲間以外にもそういう人がいっぱいるんだな」

「え? どしたの? 急に変な呼び方して」

 

 これまでお前とかルビーとか、『昔』のことなら冗談めかしてさりなちゃんって呼んでたのに。何か急に様子が変わったせんせが、私の肩を揺さぶりまた呼びかけ続けた。

 

「ルビーちゃん」

「え、何、なんなの」

「ルビーちゃんってば」

「ちょっと、ほんとにどうしたの」

「ルビーちゃん起きて」

「……ふぇ?」

 

 肩に手を当てられて、上に引っ張られるように夢から目が覚めた。明るくて、目を細くしか開けられない。

 私の枕元でぺたんと座り込み、覗き込むようにこちらを見るあかねちゃんは、もうパジャマから着替えて、寝袋を片付け終わっているらしかった。

 窓からコテージの外の光が入り込んでいて、電気がついていなくても明るくなっている。もう朝なんだ。それと同時に、撮影で無人島にきていることを思い出した。

 窓から空を見ると、空はまだ曇っているけど雨音がしない。台風は無事に過ぎ去ったのかな?

 

「おはよ……いま、何時?」

「6:30だよ」

「ご飯、7:30じゃなかったっけ……もうちょっと寝たい……」

「その前にさ、ルビーちゃんは自分の荷物が無事か確認した方がいいんじゃないかな? 本当に窓閉めたの?」

「……ああーーー!!!」

 

 ガバッと身を起こして、危うくあかねちゃんに頭突きしそうになったところを、びっくりした顔のあかねちゃんが避けてくれた。

 そうだった。めんどくさくなったし、なあなあになっちゃったけど……私のコテージ今どうなってるの!?

 

 窓ガラスの方は閉めた。あかねちゃんのコテージに行く前に、手を伸ばして閉めたのを覚えている。だけど観音開きの小さい方の窓は……触ったか全く覚えてない。正確には、覚えが無い。

 

「やばいかも……! そういえば小さい窓の方にリュック置いてた気がする……!」

「…………んんん~……静かにして……なにごと?」

 

 寝袋に包まれて、顔だけフリルちゃんのイモムシがくねくね器用に移動しながらこっちに近寄ってきた。

 

「二人とも起きるの……? 私は何があっても起きないから。二度寝するからね。お休み」

「大丈夫だよ、朝ごはんまで時間あるから不知火さんは寝てていいよ。ルビーちゃんのコテージと荷物が濡れてないか見に行くだけだから……」

「何それ、起きる。ぐっもーにん」

「なんでフリルちゃんちょっと楽しそうにしてるの!?」

「滅相も無い、くふふ、ふふ……」

「邪悪さとワクワク感隠せてないし……」

 

 枕代わりにしてた今日のTシャツと短パンに着替えて、コテージの中に入れさせてもらっていた靴を履いてコテージから出る。

 コテージの真下の草が少ない所はちょっとびちゃびちゃになっていて、少し前まで台風の雨が凄いことになっていたのが窺えた。

 泥が撥ねないようにそっと降りて、ボロボロのアスファルトの上を選んで進み、自分のコテージの鍵を開けてよじ登って中に入る。

 あかねちゃんと、脱皮してパジャマとナイトキャップのままの元イモムシも付いてきた。

 

 ……むわっとした湿った空気。生乾きっぽい不快感。

 

 さいあくだ。

 

 入り口付近は濡れてなかったけど、開けっぱなしになっていた窓のある反対側に近づくにつれて床の湿り気を感じて靴下を脱いだ。

 窓の下まで行って自分のリュックを持つと、明らかにしっとりとしていて、ずっしり重くなっていた。

 

「……」

「ルビーちゃん、あの……Tシャツとか貸してあげられるから! 元気出して? でも……」

「ありがと、あかねちゃん……分かってる……みなまで言わないで」

「え、下着どーすんの?」

「フリルちゃん! みなまで言わないでって言ってるでしょ!」

「明日は裏返して使うの? リバーシブルなの?」

「違うよ!?」

 

 リュックの中身をぶちまけると、着替えは全滅。台本はしっとりしてヨレヨレに波打っている。充電用コード類はあかねちゃんのコテージに持っていってたから無事だったけど、それを持っていこうとしてリュックを開けて、そのままだったせいで被害が深刻になっていた。

 あーあ……なにやってんだろ。乾かせばイケるかな。ちょっと生乾き臭いから、できれば洗濯したいけど洗剤なんて無いし。

 コテージ内も結構濡れちゃってる。壁は何ともなってないけど、床の黒く変色している所は濡れちゃっている所だ。

 

「はぁ~……」

「今日は風強いままだけど、台風一過でこの後晴れるからさ。乾かせば良くない?」

「うん、フリルちゃん。それしかないよね……」

「あ、そういえば山県さん、洗剤持ってきてるよ」

「え、そうなの? そういえばボディソープ? みたいなの没収されずに持ってたような」

「事前に推島に連絡とって、持ち込んで良い洗剤を確認したんだって。分解性とか言ってた。ルビーちゃんから洗ってもらえるよう頼んでみたら? こればっかりはしょうがないよ」

 

 ちょっと希望が出てきたけど、山県さんかぁ……良い人そうなんだけど。

 同じ女性なら、と思う一方で、私のサインを思いっきり吸ってたコッテリヲタなところを思い出す。

 いやいや、何考えてるんだ私。山県さんに失礼だ。

 推しである実母の入浴を見てハァハァ興奮する娘だった私とは違うんだ。多分。

 頼むしかないよね。朝ごはんの時にそれとなく聞いてみようかな……。

 

「確かに湿っちゃってるね……。せめて床に広げておこう? このままじゃルビーちゃんの服、皺になっちゃう」

「うん……」

「ん? ルビー、これ何? 落ちてたよ」

「あ! ありがと、フリルちゃん、これはね……」

 

 無駄かもしれないけど、手伝ってくれるあかねちゃんと一緒に服を床に広げている間、リュックから零れ出たアクリルキーホルダーをフリルちゃんが拾って渡してくれた。

 

『アイ無限恒久永遠推し!!!』

 

 手のひらに乗る小さなアクリルキーホルダーは、最近もらった特注品だった。

 

『元々は君の大事なものだろ。返すべきなのかと思って』

 

 お兄ちゃんがそう言ってきた時、返さないでほしいと答えた。

 

『私の大事なものをお兄ちゃんが持つことに意味があるの。私がせんせに渡したものが、お兄ちゃんの手にあることが大切なんだよ。だから、ずっと持ってて』

 

 そう私が言うと、毎年同時に祝い合っている誕生日、お兄ちゃんが全く同じで新品のアクリルキーホルダーをくれた。

 

『昔壱護さんがデザインしたこのアクキーはもう売ってないから、俺から頼んで特注で作ってもらった。ルビーが持っていてほしい』

 

 お兄ちゃんの手から私の手のひらに乗せられた新しいアクキーを、それ以来ずっと離さず持っている。

 その時のお兄ちゃんの手の温かさが、ずっと忘れられない。

 

「へぇ、そういう誕プレなんだ。じゃあ……お金に替えられない価値ってやつだ?」

「……うん」

 

 前世周りをボカしてフリルちゃんとあかねちゃんに話すと、フリルちゃんが柔らかい表情をしながらそう言った。

 フリルちゃんは、ここぞという時に、時々こういう顔をして、こういうことを言う。

 誰かにとって本当に大切なものを、それが大切な物だとわかってくれるし、辛い思いをしている人には『辛いよね』と言って寄り添ってくれる。

 普段を知ってる身からすると、ほんとにずるい人だと思う。

 

 朝ごはんの時間までまだあるけど、フリルちゃんは着替える必要があるし、このコテージは生臭いし、もう出ることにした。

 私とお兄ちゃんの縁をかたどるそれをポケットにしまって、もう一度換気のために窓を全部開けた後、コテージの出口へ向かった。

 

 

 

 

「ルビー、誕プレに関して言うと、私は誕生日の前後半年間、プレゼントを受け付けてるからね。覚えておいてね」

「一年中じゃん」

 

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