【完結】もしもし、アクアくん?〜女優探偵の事件簿〜 作:ねこのまんま
7:00
「カントクおはよー!」
「おう、おはよう。随分早いな?」
「五反田監督、おはようございます」
「おはよーさんです」
「ああ、君らもおはよう」
まだ集合の7:30まで時間あるけど、3人で共用コテージに向かう。昨夜夕飯を食べたこの場所は、古いテーブルと椅子があり、集まって食事をとるくらいなら出来る。そして、私たち全員のコテージ群のちょうど真ん中らへんにある。
部屋の隅に、昨日車の荷台にあった蓄電器?と基地局が置かれていた。ここを起点に各コテージへの電力供給と電波の発信?をしているらしい。
「眠れたか? やっぱり結構降ったよな」
「まあまあ眠れはしたよ? だけど……」
「あはは、ルビーちゃんの服がびしょ濡れになりました……」
「雨漏りでもあったのか?」
「いや、窓開けっぱなしにしてて」
「閉めて寝ろって送っただろ……」
「その時もうあかねちゃんのコテージに来ちゃってたの!」
「ったく……衣装の山県さんに洗濯頼めよ、今日の衣装も撮影終わったら洗濯して明日に備えるって言ってるし」
「はーい」
「スタッフの人はまだ誰も来てないんですね」
「ああ、まだまだ集合時間先だしな。君らが早すぎだ」
「そういえば、五反田監督と4人の方たち、ど―いう関係なんです?」
「これまで仕事したことある人達の中で、かなり現場に精通しているベテランだよ。もともと俺が指名して派遣してもらったんだが、少数精鋭に出来たし助かってる。馬場なんて本当は小さな番組のDとして働いてるくらいだけど、今日はADとして来てもらってる」
「へぇ」
フリルちゃんの疑問にカントクが答える。ふーん、カントクが声をかけたんだ。じゃあ……男性二人が知り合いなのも偶然なのかな?
7:10
「おはようございまーす、うわっみんな早いな!」
「「「おはようございます」」」
「おはようございます、内藤さんも早いですね」
「いやあ五反田さん、年取ると朝早くなるんですよ……散歩するのにも良い天気でしたからね、早朝なら多少は涼しいし、外は風もあるし」
「どこか行ってたんですか?」
「今日の撮影のイメージ掴むために学校行ってきました。そしたらグラウンド水浸しで池みたいになってましたよ」
「ああ、やっぱり被害出てるのか。機材校内に持ち込めるかな……」
「まあまあ、そのために秘密兵器持ってきてるじゃないですか」
秘密兵器? なんだろう?
7:15
「おはよーございます!」
「「「「「おはようございます」」」」」
「あー、暑かった~……ふあぁ……湿気が凄くて寝にくくて寝不足です……現代っ子だから冷房無しはつらい……危うく台風のせいで寝坊するところでした……」
「ルビー、洗濯頼んだら?」
「あ、うん……あの、山県さん、実は……かくかくしかじか」
「そのくらい全く構わないですよ! 星野さんの服なら何回でも洗います!」
「あはは、一回でいいです……」
7:20
「おはようござ……あ、遅くなりまして申し訳ありません……」
「この面々は早く起きただけですよ。大丈夫ですよ高坂さん」
「ふふ、台風のせいで予定より寝坊しちゃって。朝なのにちょっと蒸し暑くて寝苦しかったですね」
「たしかに朝とはいえ夏だし暑いですね。今日の撮影も熱中症に気を付けないとな。特に黒川」
「はい、この季節にこういう衣装の撮影も慣れてますので大丈夫です」
「休憩はこまめにな。その辺は監督として俺も管理する」
「ありがとうございます」
あかねちゃんは、他の私たち二人の衣装とはだいぶ毛色が違っている。心の中で同情した。
7:40
「うす。すません、遅くなりました」
「どうした? 体調大丈夫か?」
「大丈夫です、台風のせいで寝坊しました」
「それ流行ってんのか? まあ、単に寝坊しただけなら別にいい」
「……あれ? プロデューサーは?」
「武田さんだけまだ来てねえ。まあ、もう食っていいだろ。あとで呼ぼう」
定刻になる少し前から、早起きしたせいでお腹が空いていたから朝食をとっていたけど、ようやくスタッフが全員揃った。なんか船で披露したフリルちゃんの一発ギャグが謎の流行を見せている。
でも少し集合時刻に遅れたADさんが、プロデューサーがいないことに疑問を呈していた。
そういえばいないな? 酔っ払っていたし、こっちも寝坊かな?
でも21:30のメッセージを送った段階で電話に出なかったらしいし……結構寝てるよね? 暑くて寝苦しくて、睡眠が浅かったのかな。
でもそれは分かる。窓を閉め切らないといけないから、寝苦しかったのは間違いない。山県さんもあくび連発だし、馬場さん(一番しっかりしてそうなのに寝坊した意外さで覚えた)や高坂さんも目を擦っている。
「五反田さん、プロデューサーって……確かなんか薬飲まなきゃいけないんじゃ……起こした方が良くないですか?」
高坂さんが心配そうに口にした。
そうだった、プロデューサーの体は確かそういう状況だった気がする。えっと、心房なんとか? で血をサラサラにする薬が要るって。
よくそんな状況で無人島ロケに来たなあ。薬忘れたらアウトじゃない?
「いや、薬については確認できてないです……そうですね、これ食べたら行きましょう。起きるまで待とうかと思ってましたけど、その方がいいな」
「五反田監督、俺も行くっす。あの人寝起きいい方じゃないし。大勢で行った方が変に不機嫌まき散らさないんじゃないすか」
「じゃー私も行きますね! コテージの方向同じだし! 今日のキャストはお三方だけで、衣装の準備そんなに時間かからないし!」
「僕も行った方がいいかな? 現場はもう朝の散歩で軽く見てきたし。コテージ、鍵かかってるんじゃないですか? 開けられるんです?」
「まあ、ノックしたりするしかないっすね」
「あ、流石にこんな大勢なら私はやめておきますね……プロデューサーびっくりしちゃいますし。今日は宣材撮影まで行かないでしょうけど、スチールのためにカメラの調整しておきます」
スタッフの人は、高坂さん以外がプロデューサーを起こしに行くらしい。
でも私たち3人は、共用コテージから見てプロデューサーのコテージとは反対方向に自分たちのコテージがある。
行く必要もなさそうだし、別に行きたいわけじゃないから行かなくていいかな。洗濯をお願いした後はメイクが始まるまであかねちゃんのコテージでゴロゴロしてようかな……自分のコテージあんな状態だし。
「ルビー、ウチらも行こうよ」
「えー!?」
「面白そうだから。メイキング動画撮影ノルマもここで終わらしておこうかな。寝起きドッキリもするアットホーム()な職場ですって」
「普通に起こしに行くだけでしょ……いいけどさ。あかねちゃんは?」
「あはは……私はやめておこうかな。脚本最終チェックしてるね」
フリルちゃんに連れ回される形で私も行くことになった。物好きだなあ。
時間は元々の集合の予定時刻だった8時になろうとしている。みんな朝食を終えていく中、私も全部食べ終わって、山県さんに預ける服を回収するためにいったん自分のコテージに戻った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
8:00
カラッとして夏らしい強い日差しだけど、暴風のお陰でやや暑さがマシになってる。
そうは言っても暑いものは暑いし、紫外線の強さが本土と比較にならないから、日焼け止めを丁寧に塗りこんでからコテージを出た。
「乾いてた? 服」
「全然。やっぱコテージの床じゃダメだね、せめて干さないと。けどもう洗ってもらえることになったからどっちでもいいや」
「確かに」
フリルちゃんが自分のコテージの前で待ってくれていた。
ビニール袋に入れた濡れてる服を肩に担いで、共用コテージの方に向かう。そのさらに奥、最奥にプロデューサーのコテージがあるらしい。
フリルちゃんもTシャツの胸元をパタパタして暑そうにしている。
「朝からあっついよねー。これなら干したら一瞬で乾いてくれそう」
「支給されているミネラルウォーターも常温だしねぇ。白湯飲んでる気分」
「面白い例えするねー。はぁ~……アイス食べたーい……」
「春の終わりくらいに『あいぱく』っていうアイスクリーム万博行ってきたよ。毎年春夏にやってるから気になってたんだよね」
「なにそれ! プライベートで?」
「プライベートで隠密しながら行った。『生チョコアイス』っていうの食べてみたらさ、チョコにチョコを混ぜてチョコを添えた後にチョコをトッピングしてチョコでコーティングしたアイスだった」
「うわー聞いてるだけでカカオに押しつぶされそうな気分。いいなぁ……」
「変な例えするねぇ。奇跡的にウチらの休暇合えばね。確か4日後も新宿で開催だからまた行ってもいいけど、ルビーはこの島から帰って予備日しか休めなくて、すぐ仕事なんでしょ?」
「4日後なんだ……うん、行けないなあ……」
共用コテージの近くまで来ると、カントクとスタッフ達がちょうど出てきた。監督が共用コテージのドアを閉めて、今まさに西の方のプロデューサーのコテージに向かおうとしている。
男性スタッフ二人同士は談笑しながら歩いていた。
私たちも合流して、歩きながら山県さんに濡れた服を手渡した。
「たったこれだけなら撮影前にささっと洗っときますね! 暑いだけじゃなくて風もあるし、昼には乾いてお返しできると思いますよ?」
「ありがとうございます! でもどうやって洗うんですか? 洗濯機ないし」
「洗濯板です」
「洗濯板!? あのギザギザのやつ!? まだ生きてたんだ……」
「あのギザギザのやつです! 化石扱いしちゃダメですよ? 地方ロケに付いていく時は愛用してます。今回の衣装、洗ってくたびれても良い衣装だし、複数用意するより洗った方が楽かなと思って。長期地方ロケだと持ってきてる俳優さん、結構いますよ?」
「へぇ~。……フリルちゃんはなにしてるの?」
変なこと考えて悪かったな。やっぱりいい人だ。
私の真横で、フリルちゃんが支給されたスマホを両手で構えて私たちに向けている。ピコン、って音がしたから、多分これ撮影してるよね?
「メイキング映像、録画中。居住空間とか洗濯してもらってるとことか撮って、こんな環境のロケでした、と言うにはいい映像になるかなって。あと寝起きドッキリ」
「普通に起こすだけだよね? プロデューサーというか、スタッフが写ってるメイキング、需要あるのかなあ……」
「まあウチらが写っているものよりは勿論ないけど、ウチらが面白可笑しく撮ってた、っていうのは多少需要あるよ。ロケがどんな環境なのか気になる層はいるし、分野違うけどバラエティはDのキャラが立ってレギュラー化しているのもあるしね。例えばほら、昔鞘姫のコスしたDいたじゃん」
「あはは、はは……フリルちゃん、それは~……」
「えー! でも私が写っているのは恥ずかしいですよ! ただの衣装担当なのに!」
「スタッフと女優のフラットな交流シーン撮りましょ? はいルビー、山県さんの腕に抱き着いて? ファンサファンサ」
「えー、いーよー」
「はわわわわわ」
やがて、向かう途中ちらほらあったほかのスタッフのコテージの横を通り過ぎて、ボロアスファルトの道を進んでプロデューサーのコテージに到着した。
昨日泊まったあかねちゃんのコテージも、他のコテージも……そしてプロデューサーのコテージも、見た感じ、多分……だいたい同じ大きさで、似たような構造なんじゃないかと思った。
床が高くて、上から見たら長方形で。ドアがある入口の横には高いところにガラスの窓があって、ドアの正面の壁側には観音開きの小窓があるシンプルなコテージの中身。
昔の家の改装とは言うけど、それこそ昔は人それぞれの内装だったと思う。修繕に修繕を重ねて、似たような形に落ち着いたのかな?
早速カントクが入口ドアをドンドンとノックしながら、少し大きな声で名前を呼んでる。まったく反応はなかった。
「これ裏側に入り口とかないですかね? そこから開けられたりしません?」
男性スタッフ二人がコテージ周りを調べている。だけど多分、正面のあそこ以外に入口はない気がする。さっきも思ったけど、コテージの構造が他と似てると思うから。
案の定、少し調べて何もないと分かったようで、カントクのもとに戻ってきた。
「大丈夫かな。あのプロデューサー、寝起き悪い人っすけどどうします?」
「どうするって……窓高いから届かないし、入口のドア壊すわけには……ん?」
薬を飲んでいないと、体調に影響するかもしれない。
だから無理やりにでも……という意見が出始めた時だった。
『ごぉーーっ・・・・・・・・・・ごぉーーっ・・・・・・・・・・ごぉっ・・・・・ぐるるる・・・・・ごぉーーっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
……ここまで微かにいびきが聞こえる。コテージの中から……そんな大きないびきある?
そういえば船の寝室でも、酔って寝ている時、まだ食べている私たちの場所までいびきが聞こえていた気がする。
とりあえず、なんか元気そうな気がした。だんだん暑くなって寝苦しいだろうし、自然に起きるのを待てばいいんじゃないかな?
「……熟睡、してますね。すごいいびき……監督がおっしゃってたとおりですね。事前打ち合わせで『いびき凄い』って話されてたじゃないですか」
山県さんも苦笑気味にそう言った。やっぱ監督も認めるうるささなんだ。
「ははは、昨夜も飲んでたからなぁ、僕と一緒で」
「五反田監督、鍵かかってますし、やっぱ寝かせとけばよくないっすか? 朝飯は残しといて、撮影前に食ってもらいましょう」
「いや、昨日ちゃんと薬飲んだか確認したい気持ちはあるんだけどな。時間空けすぎると良くないし……無理やりなんとかするか?」
「中の様子すら見れませんからね。でも電話はどうっすか?」
「馬場! ナイス! そうだよな! 電話忘れてたわ」
カントクが支給スマホを操作している。確かに着信音で起きるかも……昨日の夜は起きなかったらしいけど、もう暑くて寝苦しいからこの時間なら起きるかもしれない。
カントクのスマホの画面が『発信中』に変わる。耳をそばだてるけど、相変わらず風の切れ目の中でいびきが微かに聞こえるだけで、何の反応も無かった。
「ルビー、こっち」
「ん?」
耳元で囁いてきたフリルちゃんが、私の手を引っ張ってコテージの裏に向かって行った。
靴の裏からビチャッとぬかるみの感触がする。
プロデューサーのコテージはドアとガラス窓が南を向いていて、コテージの北になる裏側は日が当たらないからだろうか。中々地面の乾燥が進んでいないみたいだった。
さらに、このコテージの裏手すぐには、見上げるような崖が切り立っていて、そこから水がしみだしている。夜の台風の影響?そのせいですごく地面がぐちゃぐちゃだ。
そこに雑草も生い茂っていて、膝が隠れそうなほど伸びている。
「見て。やっぱりプロデューサーもルビーと同じことやらかしてる」
「え? あ……!」
私が昨夜閉め忘れた小窓が、開いている。
「あれ開けっぱなしだと大変なことになるのに!」
「うん、おかげさまで良く知ってる。いくらなんでも密室からいびきが漏れ聞こえるなんて変だなと思ってさ。こっちの窓がひょっとして……って思ったけど、まさかほんとに開いてるとはね。
でも、薬飲まないといけないことに関してはちょっと心配かな。だからさ……」
フリルちゃんがスマホカメラを構えたまま窓の真下に近づいた。
床が高いコテージの中から開けられるものだ。外からだと地面から高くて、とても届きそうにない。
「肩車して中覗かない? 窓から『起きてー!』って呼びかけてみるとか」
「ええ、ムリ……絶対立ち上がれないし。このへん地面がビチャビチャで靴泥んこじゃん。フリルちゃんが私を乗せてくれるならいいよ?」
「いやいやルビー、頭を私の太ももで挟まれる権利をあげるから」
「むむ……うーん……いやでも……」
「冗談だったんだけど。マジで興味持たれるとリアクション困るなあ」
冗談だったんだ……でも、そうでもしないと本当に届きそうにないのはそのとおりだった。
そういえば、カントク今まだ発信中なのかな? 着信のコール音すら聞こえない。マナーモードにしてる……?
でも誰に対するマナー? この島にいて、カメラ回ってる時以外マナーモードの意味ある?
『ごぉーーっ・・・・・・・・・・ごぉーーっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ごぉっ・・・・・ぐるるる・・・・・ごぉーーっ・・・・・・・・・・・・・・・・・』
「窓開いてるから豪快ないびきも良く聞こえるねぇ」
ここに来た途端、少し風が弱くなったように感じた。コテージの裏は建物で風が防がれているからかな?
おかげでコテージ正面では微かに聞こえたいびきの音がしっかり聞こえた。
これは隣で誰も寝れないだろうなぁ……このうるささ、無呼吸症候群ってやつ?
もう戻ろうよ、とフリルちゃんに声をかけようとした時だった。
『……ッ……』
「……え……?」
「どしたのルビー?」
「いや、今、何か聞こえた?」
え?今の音、なに?
風の音、プロデューサーのいびき。そこにかすかに、一瞬何かの音が混じった……ような?
よく分からないけど……高い音だった。え、何の音だろ。
……女の人の悲鳴? ゾクッとするような、この場に似つかわしくない音が聞こえた気がする。
でもフリルちゃんはキョトン顔だ。私しか聞こえなかったのかな……いや、気のせいなのかも。風がどこかにあたって、笛のように音を出しただけかも。
「え? 何も聞こえなかったけど。風少しうるさいし」
「そっか、ごめん気のせい」
昨日の夜のフリルちゃんとの会話を思い出して。本当に、何かしらのオカルト……だったらやだなぁと思いながら。
足早にカントクの元へ二人で戻った。
鍵がかかっている以上どうしようもないから、一旦引き返して撮影の準備をしよう、ということになったらしい。
「反応ないな……心配だが……あの薬飲まないと直ちに、という訳じゃないし……あと数十分もすれば起きるだろ。しかしまあ、開始は遅れるかな。各々出来る範囲で準備を進めてくれ」
「うす」
「いいですよ」
「分かりましたー! 星野さん、お洗濯終わったらお伝えしますね。みなさんのメイクはプロデューサー起きてからにしましょう」
スタッフの皆もぞろぞろ帰っていく。私は何しようかなぁ。
「メイキング動画、よく分かんないものになっちゃった。一応保存しとこ」
フリルちゃんもスマホの録画を停止して、私みたいなスマホホルダーにしまった。
とりあえず、あかねちゃんのところに行こうかな。
いつの間にか3人のたまり場になりつつあるコテージに、フリルちゃんと二人並んで向かって行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
8:30
「ただいまー!」
「おかえり。プロデューサー起きた?」
「全然。でっかいいびきは聞こえたから元気そうだけどねー」
「ふうん?」
「けど開始は遅れそうな雰囲気。だから黒川さんのコテージに入り浸ることにした」
「ふふ、いーよ」
プロデューサーのコテージとは一番離れていて、一番港に近い所にあるあかねちゃんのコテージに帰ってきた。
洗濯紐?がコテージ内に張られて、私たち3人の寝袋が、あかねちゃんの手で全開になって干されている。
……ちょっと寝汗かいた気もするから、恥ずかしい。
「ごめん、こんなことまでさせちゃって」
「ううん? 大丈夫だよ。服、山県さんに渡せた?」
「うん」
「良かった。ダメだったらせめてここで干そうと思ってたの」
半袖Tシャツと七分丈で脛の真ん中までの無地のジャージを着て、くつろぎながら台本を見ているあかねちゃんを真ん中に、フリルちゃんと座った。
昨日の夜も見たけど、付箋がいっぱいついてる。自分のところだけじゃなくて、他の演者のところも、他の演者が演じるキャラクターの人格の分析もしているのか、少し丸っこい字のメモ書きが欄外まで細かく埋まっている。
並行して他の作品にも出ているのに、全ての作品にこれだけの情熱というか、演じる事への思い入れがある人だ。
だけど、凄いねと言われても、あかねちゃんは多分、困惑顔をするだろうな。
私も歌って、秒を惜しんでファンと交流して、日本中を駆けずり回って。お疲れ様とかすごいとか頑張ってるとか言われることもあるけど、楽しくてやっていることだから褒められても困っちゃう。
「ふう……学校行ってきていい? 昨日は夕方だったけど、朝昼の雰囲気も見てみたいから」
開いていた台本をパタンと閉じて、あかねちゃんが立ち上がった。
「え? 朝ごはんの時言ってたけど、なんか水浸しらしいよ?」
「うん、でも一応行ってみる。二人ともここでゆっくりしてていいからね」
「そんなこと言わずに、せっかくだし一緒に行こうよ。どんな状況か私も知りたいし、秘密兵器って言ってたじゃん、気になるよね」
「じゃあ私も! あかねちゃん、いいでしょ!?」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
9:00
「……わー」
もともと大して広くないグラウンドだったけど、全体の三分の一くらいが水浸しになっている。
でも本当は朝イチのほうが酷かったのかもしれない。今は水がなくなってるところもどろんこでビチャビチャだ。
しかも、よく見たら校舎の入り口あたりが一番地面が低くなっちゃってるのか、そのへんが一番深くなっているように見える。
ギリギリ咲いていた黄色のかわいい花も、花びらがなくなっていた。
「学校入れないんじゃない? 黒川さんやめといたほうがいいんじゃ」
「うん、ここまでとは思ってなくて……」
柱しか残っていない校門を少し跨いで、全体を見渡すフリルちゃんも唖然としていた。
この調子だと、プロデューサーが起きるまでに地面が乾くとも思えない。
子供達が走り回れるようにしてるのか、グラウンドは柔らかくて水が少し抜けにくい泥んこな土なのかなあ。
「ん? 3人ともどうしたんだい?」
声がして振り返ると、鏑木さんに似てる映像担当の人がいた。いい加減名前覚えなきゃ、えっと、確か……わかめブロッコリーじゃなくて……えっと……。
「内藤さん、お疲れ様です」
そう、内藤さん。ナイスあかねちゃん。でもダメだ、何かエピソードが無いとまた忘れそう。
見た目のインパクトが凄くてそっちに引っ張られる。
「本番前にもう一度現場見ておこうかと思いまして」
「そうなんだ? あいにくこんな状況だから……撮影前にポンプで水を無くそうと思ってね」
ポンプぅ? そんな仰々しいものあったの?
「秘密兵器ってそれですか!?」
「うん。星野さんたち3人がいない場だけど、残り6人でこのロケの前から準備と話し合いしててさ。直前になって台風あたるかもねってなって、なんか対策は必要か考えてたんだけどね。プロデューサーが『大雨で学校が水没するかも』って話してたから持ってきたんだ。軽トラに積みっぱなしだったと思うけど」
「よくこんなことまでプロデューサーは予期できましたね」
「そうだよねぇ、かなり昔だけどここきたことあるって言ってたし。その時に実際にこの惨状を見たのかも。しかし酷い状況だなあ。……あれのせいか」
グラウンドの端っこに、黒くてヒビの入ったコンクリートの箱のようなものが置かれてる。ものすごく大きくて、小さなプールみたい。昨日は気付かなかった。
「なにあれ、プールかな?」
「いや貯水槽かな、あれは。あれにヒビが入って水がチョロチョロ出てるせいで、乾こうとしてるグラウンドがずっと水浸しなのか……あれも何とかしないといけないね」
「貯水槽……?」
「この島水道なかったからさ。雨水溜めて飲料水にしてたってさ」
「ええ……!?」
今の時代に生きる私たちには信じられない生活……いや、45年前でも水道は日本中のほぼ全ての生活圏であったんじゃない?
本当に自然の中で強く生活していたことが伺える遺跡は、今となっては壊れて水を貯めることができず、グラウンドをビチャビチャにしてしまっている。
「何とかなるんですか?」
「持ってきたとはいえ試してないから自信持っては言えないねぇ。ごく一般的にある防災用のものらしいけど。ま!三人とも、難しいこと考えなくていいよ。皆さんには役に集中してほしいし、そうするための僕らだからね」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
9:30
結局、実際に撮影する現場をじっくり見ることは出来ないまま、学校のある高台を降りてきた。
朝ごはんの時に受け取ってその時ある程度飲んだあと、学校までの坂道の上り下りで早々に無くなったミネラルウォーターのペットボトルを取りに共用のコテージに3人で向かった。
「あ、ルビー見て。早速洗濯してくれてる」
「へぇー、本当に絵本で見た洗濯板そのまんまだ……」
共用コテージから少し距離が離れている所にあるスタッフのコテージの一つ。そのコテージの陰に、ギリギリこちらから見える程度に隠れるようにして、しゃがみこんで作業をしてる人がいる。
時々汗をぬぐいながら、楽じゃない姿勢で何かをごしごししてる。私の服だ。
せめてコテージの日陰でやればいいのに、そこだとボロのアスファルトの道から私の衣類が丸見えになってしまうだろうから、日なた側で作業することになっても隠れて洗っている姿を見て。
その姿を見て、好意につけ込むようにお気楽に頼みごとをしてしまったことに、胸がチクッと痛んだ。
「山県さん、暑いですよね、お水、いらないですか? 大丈夫ですか……?」
「あ、星野さん! 皆さんも。大丈夫ですよ。元々泥だらけになったとかじゃなくてただの雨ざらしですからね。ほとんど汚れてないからもうすぐ終わりますよ」
「あの、ありがとうございます、本当に……」
「いえいえそんな! 予定どおりお昼には乾きますね。えっと、私のコテージの中で干しますけど、窓開ければ風通しいいのでそれでも乾くはずです」
洗濯板のギザギザに押し当ててこするように洗うものだと思っていたけど、それだと生地が傷むらしく、丁寧にもみ洗いしてくれている。
本当にもうすぐ終わるみたいで、既に洗濯が終わっている服は隣のタライに小さな山になって置かれていた。
「今回はメイクはちょっと大変ですからね。撮影中細かくやることになりそうで」
「が、頑張って汗かかないようにします……メイク崩れないように!」
「あははは、そうですね、本当に場慣れしている役者さんは、例えば真冬の場面設定の中、実際は真夏にスーツ着てもカメラ向いている時は汗かかないらしいですけど。でも生理現象ですから! それよりも、星野さんは今回泣き演技があるでしょ?」
「はい」
「そこでカット入る度にメイクし直しですけど、でもNGとか恐れず思いっきりやってくださいね! 気持ちのこもった演技が出来ればいいと思います。私たちはそのサポートですので!」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
9:45
「ひどい状況っすね……これでもある程度乾いているはずですが」
「もうあきらめてブルーシート敷くとか……」
「それもアリっすね」
共用コテージ方向に戻る途中で、島に乗り込んできていた軽トラの荷台に乗って作業している二人がいた。
高坂さんと、馬場さんの二人。
軽トラの荷台がまだ乾ききっていないのをぞうきんか何かで拭いていたのか、こちらも汗だくで作業している。
そのうち高坂さんが荷台から降りて、共用コテージの方へ向かって行った。
共用コテージにもあった黒い蓄電器に形は似ているけど、それより少し小さいサイズのものが車の脇に置かれていた。
他にも、照明とか業務用ビデオカメラとか、重そうな機材がたくさん。
そういえば、『秘密兵器』もここにあるって言ってたよね?
「あ、どうなさいました? 何かお困りっすか?」
馬場さんがこちらに気付いて、声をかける。荷台に乗っていたのに、荷台の脇に手をついてからひらりと降りてきて、下にいる私たちとわざわざ目線を合わせてきた。
無表情なんだけど、単に無表情がデフォルトなだけで、仕草や所作の細かい所で人柄の根の良さを感じる。
「あ、作業中に申し訳ありません、ただ遠目に作業されている様子だったのが気になって……」
「そうすか。いえ、学校まで地味に距離あるし、高低差もあるので重いものは軽トラに乗せていくことにしましてね」
作業を止めてしまったことを謝るあかねちゃんに馬場さんが答えた内容は、そういえば昨日校門でカントクと話してたものだった。
「荷台に敷く緩衝シートがちょっとでも濡れてたら精密機械乗せられないんで拭いてたんすけど、思ってたよりシートが乾燥しきってなくて。雑巾で吸って乾かそうにも足りなくて」
「台風のせいですか?」
「そっすね。一晩雨ざらしでしたから。朝イチはもっとひどかったんじゃないすかね」
「ブルーシート持ってきましたよ。あら?」
畳まれたブルーシートをわきに抱えて、さっきまでここで働いていた高坂さんが戻ってきた。作業の邪魔になるからか、昨日持ってた大きなカメラの代わりに、支給されたスマホを肩から下げている。
にっこり笑って、相変わらずおっとりと話しながらこちらに軽く手を上げてくれた。
このあっつい中、スカーフ暑苦しくないのかな……?
「あざす、高坂さん。俺荷台あがるんで、シートのそっち側持ってください」
「分かりました。皆さん、滞りなく撮影できるよう準備しておきますからね。私もカメラ仕事以外の時は何でも屋のアシスタントしてますから、何でもおっしゃってくださいね」
「すません、プロカメラマンにこんな事させて。悪いのは人減らした五反田監督ですが」
「ふふふ、まあこれ以上人が来てもコテージ足りないですからね。もう全部機材乗せますか?」
「ええ。照明とキャスター、あとマイク周りの小道具。あ、内藤さんがポンプ持って来いって言ってましたね」
「ああ……これ本当に使うなんて。よいしょっと」
確かにコテージは満員だった。そしてそれが原因で、これ以上スタッフを呼べなくて、皆が苦労しているなら……私たち女優三人は仲良く一つのコテージで寝ていたことは、言わないでおいた方がいいかなと、何となく思った。
そして、あれが秘密兵器?
見慣れた撮影機材の中に混じった見慣れないもの。
両手で胸に抱ける程度の金属の機械に浮き輪のようなものがついているものが一つと、ホースが畳まれたものが小分けにされたもの。
金属の機械にはいかにもバッテリーという様子の黒くて四角いブロックみたいなのがついてて、メーターも表示されている。
見た目すごく頼りなさそうだけど、あれであの水を全部取り除けるんだろうか。
「よし、と。後はないかな……じゃあ落ちないように固定するか。お三方も今日みたいな日はお気をつけて。水だけじゃなくて塩飴も舐めてくださいね。たくさんありますんで」
「あ、はい、ありがとうございます……」
「馬場さん、パソコン類は? 五反田さんが直接お持ちでしょうか?」
「ええ、本当は今のうちからビデオカメラと繋いでソフト立ち上げた方が時短になるんですけど。揺らすわけにはいかないし……あ、監督っすね」
馬場さんがそういったから振り返ると、カントクが険しい顔をして各コテージに繋がる道を足早に通っていくのが見えた。
カントクの顔を見て思い出したけど、もう10時になろうとしていた。プロデューサー、いくら何でも起きないのはおかしくない?
「五反田監督、プロデューサー起こすんすか?」
「ああ。いい加減何が何でも起こす。夜に薬飲んでたとしてももう次の飲むべき時間だし、冷房のない中寝続けて、熱中症で搬送されるなんて話も聞くし。別の意味で危ないかもしれねえ……電話も一切出ねえどころか、電池が切れてるのかコールも入らねえ……」
「……俺も行きますよ。最悪力仕事になりますよね」
「そのつもりだ。ガラス窓割りたいけど高くて届かねえから、軽トラの荷台乗ろうかと思ったけど……もう機材乗ってるんだな。それ降ろす時間も惜しいしドア壊す。経費から弁償するよ」
「あ、お役に立てるか分かりませんが、私も……」
カントクのただならぬ雰囲気を感じ取って、馬場さんと高坂さんはまだ軽トラの作業が途中にも関わらず、そちらについて行くようだった。
もし、もしも。薬を飲まなきゃいけなかったら。カントクの言うように、熱中症の可能性があるなら。
「ねえ! 私たちも今水持って来たばっかりで手元にあるから! 必要かもしれないでしょ? 私たちも行く!」
「何言ってんだルビー、確かに水はあると助かるが……お前は戻って撮影に備えてろ」
「ですが五反田監督、何か介抱が必要な状況であれば人手は多い方がいいですから」
「……そうでなければいいけどな……分かった、好きにしてくれ」
あかねちゃんも真剣な顔で私に同調してくれた。
フリルちゃんを交えて6人で、コテージの前にたどり着いた。いびきの音はもう聞こえなかった。
「武田さん! 起きてください! 動けますか!? 返事しないとドア蹴破りますよ!」
ドンドンと朝よりも強く叩いている音が、横に立っている私たちにもビリビリ来るくらいの振動を感じさせる。
これでも起きないのは、正直、もうただ眠っているだけじゃない気がする。
ここにいる全員、胸騒ぎを感じていたはずだった。
「……馬場」
「せーのでいいすか」
「ああ」
床が高いせいで、高い位置にあるドアを二人同時に思いっきり蹴っている。
大の大人が、それも体格のいい男性が、肉体的に本気で破壊行動をしている光景がどうしても怖くて、思わずあかねちゃんの後ろに隠れてしまった。
バンっとけたたましい音が鳴るそれを3度、繰り返して。
「ドア枠壊れたっすね……」
「それはもう仕方がない、入ろう」
ドア枠が壊れて、コテージの方に押し開くようにズレる形でドアが開き、中の様子が見えた。
(んん……?)
さっきフリルちゃんとここに来た時、ドアの反対側の小さな窓が開いていた。
だから、私のコテージと同じように、窓周りの床とかが湿って、なんだか生乾きの嫌なにおいがするのかな……と思ってたし、実際そんなにおいがちょっとした。
だけど、それに混ざって、ほんの少し変な甘いにおいもするような……なんで私のコテージと様子が違うんだろ?
「武田さん、大丈夫ですか?起きてください!」
カントクとスタッフ二人が中に入って、コテージの真ん中で寝ているプロデューサーに駆け寄っていた。
あんまりどやどや入ってもよくないし、私たち3人は上がらずに外から中の様子を窺う。横に並ぶ私とあかねちゃんの身体が邪魔だったのか、フリルちゃんが下から頭だけひょこっと割り込んで来て中を見ていた。
プロデューサーの様子は、本当に単に眠っている様子で、遠目には身体に何も変調はない……と思う。
暑かったのか、私のように寝袋を開いて敷布団扱いをして寝ていた。あかねちゃんとフリルちゃんぐらいじゃないかな、昨夜の暑さで律儀に寝袋にくるまっていたのは。
あれ? でもこの違和感は何だろう……?
それでも、眠っているようにしか見えないのに。私が今朝あかねちゃんにされたように肩を軽く揺さぶられても、全く反応が無い。
「ダメだ、起きねぇ。しかし何でちょっと服濡れてんだ?」
やがて、カントクが肩を揺らすのをやめて、直接、頬を掌で叩き始めた。
一度それをした後、カントクは見たことがないくらいひきつった顔で後ずさり、目を見開いて——横たわるプロデューサーの身体から、一歩離れて、その場に尻もちをついた。
明らかに、非常事態であることが伝わるような震え声も出しながら。
10:00
「う、うそ、うそだろ、冷た、え?な、なん……え、なんで、おい、冷た……」
「五反田監督……! プロデューサー、息、してないです……!」
カントクの震え声の後に、馬場さんの引き攣るような言葉が響いた瞬間、目の前の視界が塞がれた。
私に部屋の中を見せないように、割り込むように私の前に来た、あかねちゃんの後頭部だった。
~To be continued~