【完結】もしもし、アクアくん?〜女優探偵の事件簿〜 作:ねこのまんま
11:00
「うーん、なんだかドキドキする。怖いような、見てはいけないものを見ることになるような……」
「なんで?」
「いや、だってさ……『孤島のプロデューサーの死の謎を追え!』なんて……刑事ドラマみたいなサスペンスっぽいシチュエーションだよ!? そうそうないよ!?」
「そうそうあったらイヤすぎるよ。米○町かよ。そりゃまー私も初めてだけど。というか私は黒川さんについて来てるだけだしなんとも」
あかねちゃんは、お兄ちゃんに『女優三人がプロデューサーとちゃんとお別れしたいと言ってる』と五反田監督に言うよう頼んでいた。ちゃんとお別れって……そこまで殊勝な感じの関係じゃないんだけど……。
あかねちゃんは最初、自分一人が……と言っていたけど、あかねちゃんが何をしようとしているか察したフリルちゃんが二人増やして三人にした。
それだけで十分だった。
お兄ちゃんがそれに加えて、『ルビーがショックを受けてる。ちゃんとルビーのメンタルケアしろ。分かってるよな?』と一言追加すると、カントクがめんどくさそうな顔をしながら言いなりになる。
あかねちゃんが意図していることを、お兄ちゃんも電話越しに理解していた。
「不知火さん、ルビーちゃんも……無理しなくていいのに」
「全然。私が決めたことだから。暇してたし、気付いちゃうとなんだか不安になるのもわかる。黒川さんが今何考えてるかも」
「……」
「だからさ、あんまり単独行動しない方がいいと思うよ。それはそれとして、あの場所、おかしかったけど……それで即、なんというか。あー……」
「分かってる。それを確かめるためだから」
「それを確かめて、その後どうするの?」
「……確かめた後に考える」
「そっか」
時々しか人が上陸しない島の夏。ボロボロのアスファルトの上を歩いて、亡くなったプロデューサーのコテージに三人で向かっていた。
カントクに一言言っておいたのは、人が亡くなっているコテージ周りに不用意に近づくと、あらぬ疑いをかけられるから。
この場の責任者には事前に伝えておいた方がいい。あかねちゃんはそう言っていた。
だけど、あかねちゃんからただ頼んだだけじゃ多分ダメだと言われる。当たり前だけど、この場の責任者としては、亡くなった人がいる場所にみだりに人を入れたくないだろうし。そもそも私たち三人とも、プロデューサーと『ちゃんとお別れ』って言えるほどの関係じゃないのはカントクも知ってるだろうし……。
ってことで、カントクに対して発言力のあるお兄ちゃんを巻き込んだ。
というか、何か私はダシにされている気がする。すっごい繊細なキャラにされてるし。
そもそも、お兄ちゃんがカントクに電話した後にあかねちゃんが直接カントクに会った時、困惑と動揺の中で関係各所と連絡を取りまくった後で、だいぶ憔悴していてあんまり何か言ってくる状況じゃなかったらしい。
それと、あらぬ疑いって何のことか聞こうとして、怖くなってやめた。フリルちゃんの「あー……」の後に何を言おうとしていたのかも。
「……」
コテージについて、あかねちゃんが入口を見上げた。スタッフはみんな自分のコテージで待機しているみたいで、ここに来るまで当然誰ともすれ違わなかった。
4人とも悪い人じゃないけど……今は、誰ともすれ違いたくなかったから、好都合だった。私以外の二人もそう考えていたと思う。
ドアは、壊してしまったのでDIY用?の茶色の強力粘着テープで補修されて、ふさがれていた。
ただのガムテープじゃないな、コレ。ベタベタで本当に強いやつだ。
撮影のセットに急遽補修が必要になった時によく見る業務用のやつ。
「補修用のテープは五反田監督から貰ってる。入ってやることやったらドアを元に戻しとけよって。……開けるよ」
あかねちゃんがドアの外周に沿うように、ビッタリと厳重に封するように貼ってあるテープをビリビリとはがしていく。手伝うために私とフリルちゃんで下からはがしていった。
……結構力がいるなぁ、これ。体重をかけて剥がしていくと、ドアの塗装?表面の木材のささくれ?が少しテープにくっついて一緒にとれた。
「結構力いるね。あかねちゃん外れた? 高いとこ任せちゃってごめん」
「大丈夫だよ。こっちも終わる……よいしょっと。ドア倒れてくるかも、気を付けて」
もともと一番高い所は、背の高いカントクも届かなかったのか貼られていなく、あかねちゃんでも背伸びすればギリギリ届く範囲しか貼られていなかった。
背伸びしてテープの端に爪をカリカリ当てていたあかねちゃんが、端っこをつまんで背伸びをやめて、下に引っ張るようにテープをはがしていく。
あかねちゃんの警告通り、テープの支えが無くなったドアがこちらに向けて倒れ込んできたので、一緒に上に手を伸ばして待ち構えていたフリルちゃんと、二人がかりで受け止めた。
「よし、と。じゃあ……」
「黒川さんのはがしたテープ、なんでそんなに汚れてんの?」
「え?」
フリルちゃんの言葉を聞いて、あかねちゃんがまだ持っていたテープと、私がはがした分のテープを見た。
べったりと……ってほどじゃないけど、あかねちゃんのテープについているささくれが間違いなく多い。それと、砂埃のような、黒っぽい汚れがちょっとだけついている。
私のテープには少しのささくれしかなくて、汚れは大してついてなかった。
「なんでかな……台風でドア周りの汚れが洗い落とされた?でもなんで下だけ?」
「あ!なんか分かるかも! うちもミヤコさんがね、台風の時に敢えて雨戸閉めずに網戸を雨ざらしにしてさ。そうすればピカピカになるんだよね!」
「ルビーの語るライフハックはコメントしづらいなあ。まあ多少は雨で洗われる分はあるだろうけど、ささくれとかは雨じゃ説明つかなくない?」
「……どう、かな。分かんないや……中、入る。二人は……無理しないでね」
みんなでドアを脇に置いて、膝を上げてあかねちゃんが乗り込んだ。無理しないで、と言われたけど、ここまで来て入らないわけにもいかないし、私とフリルちゃんがそれに続く。
当然、プロデューサーの遺体がまだそこに横たわっていた。改めて全身を見たけれど、着衣の乱れや怪我した様子もなく、顔が蒼白ではあるけど奇麗なままだった。
やっぱり寝ている最中に持病が悪化したのかな……どんな病気かよく知らないけど。
持病がないのに、出勤しないから気になって家まで行ったら心肺停止で冷たくなっていた……なんて話も、テレビ局の人から聞いたことがある。
眠っているかように安らかに、と言う表現があるけれど、眠っている人と実際に亡くなっている人というのは、じっくり見ればどうしてこうも違いが分かりやすいんだろう。
鼻が、口が、胸が動いていない。それだけで、魂がもうそこに無いんだっていう漠然とした感覚。
模型のようにそこに体があるだけなんだって。死ぬって、残酷なことなんだって。胸を締め付けてくる。
私が遺体を長く見ることが無いようにあかねちゃんがとっさに視界を覆ってくれて、カントクがすぐコテージに戻るように言ってくれたから、今の今まで実感が無いままだったんだと思った。
どんな印象だっただろうと、どんなに関係が短かろうと、昨日までまばたきしていて、口を開き、声を出していた存在が息をしていないのは……今更だけど、ショックだった。
「大丈夫? 本当に無理しないでね。もともと私一人で来るつもりだったし」
あかねちゃんの言葉で、ハッと動揺しかけていた心を戻した。
ショックが収まると同時に、色々五感が戻ってくる。
……嗅覚も。湿り気はさっき来た時より薄らいでるけど、ヘドロのような、ぬかるんだところで感じるような臭いだけは消えていかない。
朝の私のコテージのような、生乾きにも似ているような。それに加えて、ここではちょっと甘いような変なにおいも少し残っている。とにかく、あんまりいいにおいじゃない。
「やっぱ窓が開けっぱなしだったせいで、雨が入って部屋が湿っぽいよね。私のコテージと同じかな」
「ルビーの言うとおり……なんか濡れてるね。ビショビショじゃなくて、半端な生乾き。プロデューサーの私物リュックだよねこれ。これもちょっと……濡れてる。気のせい? いや、やっぱ濡れてる」
「不知火さんの言っていた砂ってこれ?」
「そーそー、これ。皆入ってきた時少し踏み荒らされたけど。均等に、って言うのは少し間違ってたね、何だか筋状になってる。」
「どこの砂だろ、これ……」
床にまぶしたように、とフリルちゃんが言っていた砂を、あかねちゃんが膝をついて指先ですくう。
木でできた床板に同化した色合いだから、よく見ないと気付けない。
人差し指の先に着いた砂を瞬きもせず見つめた後、親指と挟んでこするとさらさらと落ちていった。
「ねー、靴底に土つくようなとこってどこがあった? 校庭?だとしても校庭から歩いて帰ってくる間に落ちていって残らなくない?」
「うん……結構距離あるし、一応アスファルトあるもんね……共用のコテージの脚元とかかなあ……」
「黒川さんのコテージでも言ったけど、そもそも靴に付いた砂がここにあると思ってない。そうなら足跡みたいな形で砂が残るはずだし、こんなに薄く広く積もらないはず」
「……靴、か」
立ち上がったあかねちゃんが、軍手をはめて玄関に戻っていく。
あかねちゃんが言っていた、玄関ドア近くに集まっているゴミ。ハンカチみたいな、小さな布のものもある。その中に、プロデューサーの靴を見つけて拾った。
ただの歩きやすそうなスニーカー。ちょっと表面に汚れている所もあるけど、長く使っているならありうる範囲の汚れでしかない。
「んー……ダメそう。靴の裏、すり減ってて足跡があっても特徴なさそう。探そうかと思ったんだけど」
「それはまあ、いーんじゃない? どのみち突入した時は緊急だったからみんな土足で入っちゃって靴跡入り乱れてるし。そもそもプロデューサー自身は脱いだと思う……自分が過ごすコテージ汚したくないだろうし」
「そっか、そうだね」
あかねちゃんが拾った靴を元の場所に戻す傍ら、私も色々調べている二人に倣ってしゃがんで、あかねちゃんが違和感を覚えていたゴミの山の一部を拾ってみた。
私が手にとった紙はシワシワのヨレヨレになっている。……一度、濡れた?濡れ方が、私のリュックの中にいて台風の雨をびっしょり浴びた私の台本とほとんど同じだ。
窓が開いていて……濡れたから?いやでも……私のコテージは玄関側は濡れてない。窓から遠いから。
ここまで雨水に濡れるなんて思えないけど。
「何で濡れたんだろ……?」
「ルビーちゃんどうしたの?」
「いや、このゴミ……このロケの日程が書いてる書類? ヨレヨレだし、フリルちゃんが見つけた砂というか、泥と同じものがくっついてるからすごく汚れてるし。元々何か部屋全体が湿っぽいような気がしてたけど、もし窓から雨が入ってきたにしても濡れすぎなような」
ごみはそんなに多くは無い。私が拾った書類、スリッパ?とか小さなプラスチックのものとか。
一部、プロデューサーが脱ぎ散らかしたものと思しき肌着もある。
あとは、細かい木材のかけら。木材のかけら?何これ?
「何これ? このコテージの壁、どっか壊れてる?」
「ルビー、これじゃない?ドア枠。監督たちの蹴破り方が獰猛過ぎたね。クマみたい」
「あ、ここか」
木材のかけらは、カントクが蹴破ったドアの外枠が壊れていて、そこにあてがうとぴったりはまった。
ドア本体も蝶番もガタガタに壊れていたけど、外枠部分も壊すなんて……。
これ、弁償大変なんじゃ。まあ元々ボロボロだったから蹴破れたんだろうし、もちろんそれどころじゃなかったのはそうなんだけど。
「フリルちゃん、はまったよー。どんだけマジでキックしたんだろ、カントクたち」
「あはは、大人二人がかりだったもんね……」
「これ修理とか推島の人にお願いするしかないよね? 枠もそうだし……なんて名前か知らないけど、ドアノブ捻ると引っ込んでいくやつあるじゃん?それが嵌まる穴?もひしゃげちゃってるし。まるっと壁ごと取り換えじゃ……」
「……ルビーちゃん。ラッチ受け壊れてるの? 見せて」
「へ?らっちうけ? なにそれ?」
「いまルビーちゃんが言ってくれたやつだよ。ドアノブ捻ると引っ込むものと、その穴」
「あ、う、うん。よく知ってるねそんな言葉」
あかねちゃんの圧にやられてすぐにどいた私の陰にあった、らっちうけ?を、あかねちゃんが目を細めて、腰をかがめて至近距離で見ている。
ドアを開ける時ガチャっとするところ。その穴が、いびつな形にわずかに横に広がっている。広がったところは、木のところが皺になって少しだけささくれになっている。
普通は……ここは四角の穴だよね?
金属の枠みたいなのが無いせいかもしれないけど、カントク達がものすごい力で蹴っ飛ばしたからなんじゃ?
なんであかねちゃんはこの穴をそんなに調べてるんだろ?
ずっと中腰で穴を見ていたあかねちゃんが、腰を上げて姿勢を戻した。
「……ここって、電波来てるかな。電話できそう?」
「ん? うん、ギリ来てる。プロデューサー起こそうとした時も、カントクここで電話してたし」
「そっか、ちょっと、アクアくんに電話する」
「お兄ちゃんに?」
「うん……えっと、あのね……」
あかねちゃんが、まだしゃがんでいるわたしとフリルちゃんを、立ち上がった姿勢のまま見下ろした。
何か悩んでいるのか、この後言おうとしている言葉を選んでいるのか、言いかけている言葉を言いよどんでいるように見える。
「どうしたの?」
「……うん、聞いてもらった方がいいかな。スピーカーにして話すから。変な会話を聞かせちゃうと思うけど……」
あかねちゃんが薄緑のプライベートのスマホを取り出して、お兄ちゃんに発信した。
数コール。お兄ちゃんが出るまで、黙ってスマホ画面を見つめるあかねちゃんを、私とフリルちゃんが見守る。
少ししてから、見ていてちょっとムカつく顔をしているチベットスナギツネのアイコンが、ピカピカと光った。
『あかね』
「もしもし、アクアくん?」
『ああ。亡くなったところの状況、調べたのか?』
「うん」
『本当にやったのか……どうだった?』
「私たちが変だなって思ってたところはそのとおりだった。
不知火さんが見つけた砂は、やっぱり靴に付いてきたような散らばり方じゃない。薄く積もってて、玄関ドアの方に筋状になってる。どこの砂か分からない。
私の見たドアの裏のゴミ、確かにあったし……紙とかそういう軽いものばっかりで、しかも濡れていた痕跡がある。
それと、コテージ全体が、不自然なくらい湿ってる。実はね、ルビーちゃんのコテージも台風の中一晩窓開けっぱなしで……ちょっとルビーちゃんの着替えとかが可哀そうなことになってたけど、コテージ全体が濡れているような感じじゃなかった」
『そうか……さっきの電話でも聞いてたよ。お前らの言ってたことは気のせいじゃなかったんだな』
「全体が濡れていて、ドアのある入り口に紙とか布とか軽いものが集まってる。ここで何があったのか……あんまり現実的じゃないから、そんなはずは、って思いながら色々調べてたんだけど。でも、入口のドアのラッチ受けが歪んでた」
『……ラッチ受けって? 今ググる。これか。これ名前あるのか……それで、どういうこと?』
「分からない? 入口のドアは外に開くように出来てる。だから、外側から内側にドアに力がかかったら、ドアの外枠に力がかかる。実際にこの部屋に入る時五反田監督ともう一人で、二人がかりで蹴破ったから、外枠が壊れた。
でもラッチの部分の穴が壊れるのは、内側から外側に開こうとするのを抑えている時だけだよね?」
『そこ、鍵かかってたんだよな。しかも、いくらたまにしか人が来ないボロいコテージとはいえ、大人二人が蹴破らないと開かない程度には頑丈なドアか』
「中から外に向けてすごい力でドアが押さえつけられてる。プロデューサーが寝ていて、誰も入れないはずのコテージの中から。これだけは……不自然すぎて説明できない。
アクアくん、変なことに色々詳しい君にちょっと聞きたいんだけど」
変なことに色々詳しいのはあかねちゃんも同じじゃん。
ツッコミそうになったのをなんとか我慢してると、ドアの近くで話していたあかねちゃんが、話しながらコテージの奥の方に進んでいった。
亡くなっているけど、怪我や服の乱れも無く、静かに目を閉じているプロデューサーの目の前に立って見下ろしたあと、しゃがみこんだ。
「寝ている人が沈むくらいの深さで水浸しになってたとして、ドアってどのくらい水圧で押さえつけられるもの?
あと……溺死体の特徴を、教えてほしい」
~ To be continued ~