【完結】もしもし、アクアくん?〜女優探偵の事件簿〜   作:ねこのまんま

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⑨ 第4話 追跡(後編)

「もう調べる事ないかな。ドア、戻す?」

 

 床下から頭を出して、その後もへこみの大きさの既視感を特定しようとしたけど徒労に終わり。

 中も外も調べ終わったと考えて、玄関脇に立てかけられた、半壊したドアに手をかけて元の位置に戻そうとした。

 思ったより重くて、さっきも私とフリルちゃん二人で支え、運んだことを思い出す。大柄な男の人じゃないと一人じゃ動かせなさそう。

 

「うん……ちょっと待って。二人とも、中で調べたいことはもうない?」

「私は無いかな」

「私も! そっか、ドア戻しちゃうともう中々入れなくなっちゃうよね」

「それもあるけど……ちょっとごめんね」

 

 そう言って中に入っていくあかねちゃんを見て、まだ調べることがあるのかと思ったけど、あかねちゃんは遺体の前に立って静かに両手を合わせていた。

 フリルちゃんもそれに倣って、あかねちゃんの左に立って同じことをする。

 私もあわててドアからいったん手を離してすぐについていって、あかねちゃんの右に立って3人横一列に並んだ。

 

「この暑さで、この湿気で……冷蔵させる設備なんて無いし。言いにくい事なんだけど、最低でも明後日、最悪明日には……ご遺体は……だから、この中をまともに調べられるのは今が最後だと思う。衛生的な面でも、亡くなった方の尊厳の面でも」

「……うん」

「私たちはもうないけど黒川さんは?」

「あとひとつだけ、付き合って」

「どこ見るの?」

「あの窓を、外から」

 

 合わせていた両手を解いて、あかねちゃんがプロデューサーの遺体の奥の上を指さした。

 台風の中、不自然に開けっぱなしになっていた窓だった。

 私たちが泊まったコテージにもあった、観音開きの小さな窓。

 

 外から?

 

「何で外からなの?」

「外から水入れるとしたら、あの窓しか考えられないからでしょ。ガラス窓は鍵かかってるし。確かに見てみようか。朝に一度来た時、私とルビーでそこ行ってたんだよね」

「うん……え? 不知火さんとルビーちゃん、一度外から見たの?」

「そそ、地面からだと結構高いよ、だから中は見れなかった。ルビーに肩車してもらおうかと思ったくらい」

「あったねーそんなこと……」

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 みんなでドアを塞ぎなおして、コテージの裏側に回った。高い崖のすぐ下にあるコテージだから、崖とコテージの間は10mくらいしかない。

 元々、島に時々研究で来る人もわざわざ立ち入らないところだからなのか、雑草がコテージの玄関前よりも背が高いのが伸びていて、膝辺りまで隠れてしまう。

 ぬかるみは、朝来た時よりも少しだけマシになっていた。

 外からだと手を上に伸ばしても届かない高さに窓があって、中を見ることも出来ないのは朝にフリルちゃんと試したとおりだった。

 

「男の人なら届くかな?」

「どーかな、監督は背が高い方だけどね、男性の他二人はそんなでも無いし」

「え!? まさか……カントクが犯人!?」

「ないでしょ。他人の演技指導は出来ても自分はまったく演じられなさそうな人なのにあんなに狼狽えてたんだから。安心していいよルビー」

「辛辣だね~。まあでもそうだよね? 全く疑ってなかったけど他の人にも言ってもらえると安心する」

「大丈夫、安心していいよ。さっき五反田監督にここに来たいってお願いした時、昨晩プロデューサーに本当に電話したのか発信履歴見せてもらった。プロデューサーに殺意がある人がちゃんと薬を飲んでいるかわざわざ確認しないと思う」

「あ、あかねちゃんの確認の仕方ガチっぽくて怖いんだけど……」

「今一番頼れる年配者だから。だからこそ出来るだけ信じられる要素を集めたい。それで、どうしようかな。なんとか窓見てみたいんだけど……」

 

 あかねちゃんがキョロキョロと周囲を見渡していて、踏み台になりそうなものを探している雰囲気だった。

 一緒になって探してみたけど、ボロボロに錆びて底に穴の開いているタライのようなものや、削れて隙間だらけでもう使い物にならなそうな木製の桶が転がっているだけ。何だろうこれ? 昔使っていたもの?

 ぴょんぴょんジャンプしても窓枠につかめるかも怪しいし、見た目がボロい木の窓枠。掴んじゃったら体重に耐えられなくて壊れちゃうかもしれない。

 だから、結局。

 

「誰かが誰かを肩車しよう」

 

 フリルちゃんが肩車の提案をぶり返した。

 

「ここは公平に後出しじゃんけんにしようか。ルビーと黒川さんが出した1秒後くらいに私が出すね」

「公平とはいったい……!?」

「まあじゃんけんでもいいけど。不知火さん、後出しはダメだからね」

「しょうがないなぁ……じゃあ私はパーを出すから。でもひょっとしたらグーを出すかもしれないから油断しないでね」

「「高度な心理戦仕掛けてこないで!?」」

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

「うう~ん……くぅ……重……」

「え、重い!? ごめん……!」

「あ、ううん、そんなこと、ない……よ?」

「ルビーは肉体労働だからマッチョだし。脂肪より筋肉の方が重いって言うし。職業上ヘビーなのは仕方ないと言うか」

「フォロー雑過ぎない? おわっとと!?」

 

 一回戦、私チョキ、あかねちゃんパー、フリルちゃんチョキ。

 決勝戦、私パー、フリルちゃんグー。

 結果、あかねちゃんが足をガクガクさせながら靴を脱いだ私を肩車して、立ち上がる瞬間はフリルちゃんに支えてもらっていた。

 産まれたばかりの子鹿っていう陳腐な表現があるけど、ここまで体現している人は初めて見た。

 

「るび~ちゃん……ぐっ……みえそぉ……?」

「見えるよ! すぐ撮る!」

 

 ショルダーストラップにかけているスマホを手に取りながら、コテージの中を覗いた。

 あんまり体を動かすと下にいるあかねちゃんがグラグラしそうなので、出来るだけそっと首を延ばす。

 

 窓自体は近くで見るとやっぱり小さくて、首は入りそうだけどここから中に入るのは無理そう。

 いや、無理やりならイケそう……?

 

「ルビー、入れそう?」

「う~ん……相当頑張ればここから入れるかも……いや、つっかえるかな……」

「そっか、入れちゃうかもしれないのか。この島に来てる中じゃルビーが一番小柄だし、ルビーが犯人だったのか……導いてしまった……これにて事件解決……」

「えぇ~!? フリルちゃんもほとんど体格一緒じゃん! ってかやっぱ無理だよこれ、入れない」

「無理やり入ろうとしたらそれこそ窓枠にダメージ行きそうだけど。玄関ドアの枠みたいに。そういうのある?」

「えっとね……」

 

 確かに乾いて年季の入った木で出来た窓枠で、さっき思ったとおり人の体重が乗ったらそれなりにひしゃげてしまいそうな気がする。

 無理やり体をねじ込んだらなおさら折れたり割れたりしそうだ。

 けど、特に変わった様子は……

 

「……ちょ~っとだけ、へこんでいるような……」

「マジ? どんなふうに?」

「何か、折れたり割れたり……って感じじゃなくて、重いものがずっしりそっと乗せられたように歪んでいる感じ」

 

 衝撃とか、思いっきり力が加わって木がささくれ立つような割れ方はしていないんだけど、窓枠の下側がほんのすこしだけ沈むようにへこんでいる。……ように見える。

 それも局所的、という感じじゃなくて、広く。丸太のように太くて丸いものがここに置かれていたかのように。

 へこむと言うより、撓む?

 

「すごいじゃんルビー、よくそんなの気づくねぇ。いやマジで」

「写真っ……とっといてぇ……!」

「あ、あかねちゃんごめん。すぐやる!」

「あと……! その窓、外から開閉できるか試して……!」

「りょーかい!」

 

 外からは取っ手こそないけど、掴むところはあったし、軽い素材だから外からでも簡単にパカパカ開閉できる。

 締め切った時カチッと嵌まる感じはあるけど、確か、中から鍵もかけられる構造じゃなかったはず。

 完全に私たちのコテージの窓と同じ構造だとみてよさそう。

 そして、窓を閉めた時、窓枠の下辺の部分だけに明らかに隙間があった。……間違いなく、ほんの少しだけへこんでる。いつへこんだものか分からないけど、それも撮影した。

 

「開けられる! 大きさとかも私たちのコテージと変わらなそうだよ!」

「分かった……じゃ、降りよっか……不知火さん、下ろすの手伝って」

「押忍」

 

 あかねちゃんがフリルちゃんと共同作業で私を下ろそうとする。

 最後にもう一回窓の中を見た。

 遺体がすぐ下で横たわっている。窓の真下という訳ではなく、1mかそれ以上は離れているところに。

 

 いやな想像だけど……もし窓の真下で寝ていれば、やりようはいくらでもありそうな気がする。

 

「よいしょっと……ルビーちゃんお疲れ様」

「一番お疲れ様なのはあかねちゃんだよ」

「あはは……ありがと」

「あのね。窓から中にいる人を……その、殺すやり方って他に無いのかなって思ってたんだけど……。窓の外から見ると、意外とプロデューサーの寝ていた場所が窓から遠いなって思った」

「真下だったらねぇ。やろうと思えば棒の先っちょに尖ったものつけて上からグサーなんて出来るし」

「そーだよねー……じゃーさ、窓の真下で寝てなくて届かなかったから、水入れるなんて大掛かりなことしたのかな」

 

 ここまで、色々コテージの中や周りを調べてきた。見つかったものはあるけれど、どれも『水を使った犯行ではないか』というあかねちゃんの推理を少しずつ補っていくものばかりだった。

 だけどそれはそれとして、なんでもっと簡単な方法を採らなかったんだろう?

 

「窓から尖ったものを投げつけるとか、他に方法はありそうな気がするんだよねー……」

「もの投げるって……一撃でやらないと起きて逃げられちゃうし、一撃でやれるようなものは重いし外しても音で起きるし、難しくない?」

「ん~……フリルちゃんの言うとおりかも。ってか、こんな変なことしなくてもプロデューサーの薬隠しちゃえば良くない? 2日間帰れないんだよ?」

「どーかな、天気予報変わって2日間に延びたのは事件後だからね、それは結果論じゃない? そもそも隠して海に捨てるなんてことしても、監督が言ってたとおり直ちに健康に影響があるわけでもなさそうだし。今朝までの段階じゃ、薬を隠せばプロデューサーが確実に亡くなるなんて言えないかも?」

「そっか……」

「……まだどうやったか分かってないけど。大量の水を入れるなんて、よほどシミュレーションしてないと無理だよ。急にやろうとしても考えつかない。

 私だったら、被害者が台風の夜に窓際で寝る、なんて分の悪い賭けを祈りながら犯行を企図しない。予想できないトラブルはあるだろうけど、少なくとも寝ている個所くらいなら、どこで寝ていても必ず殺せる方法を考える」

「あ、あはは……そうだね……」

「それに。凶器を無くす、という点だけで見れば、水は最適だと思うし。私たちが見つけたように流石に痕跡ゼロにはできなかったけど……少なくとも、今よく調べるまでは皆が病死だと勘違いするくらい、事件性を隠すことが出来ていた」

 

 あかねちゃんがナチュラルに殺人者目線で考えていてヒヤッとするけど、でも確かに急に思いつくものではないのは確か。

 そろそろ、具体的にどうやってそんなことをしたのか考えなきゃいけない気がする。

 こんな、魔法のようで非現実的で、突拍子もない犯行を、道具も限定されていて、被害者のプロデューサー自身が指定した無人島でやり抜く方法……。

 

「どうやったかってさ、ほら! そこに古いタライみたいなやつとか落ちてるじゃん? 例えばああいうので水くんで来て窓からバシャバシャと……」

「このタライ、穴開いてるし。穴なくてもプロデューサーが沈む量入れるまで何日もかかりそうじゃん。失笑を禁じ得ないレベルの推理だね。略して失禁レベルだね」

「そこまで言う!?」

「朝起こしに行ってからドア蹴破るまで、犯行時間は長くて2時間でしょ? その間に入れ終わって、更に水出す時間も必要。古いドアだったし隙間大きかったから水を出すのはすぐ終わってそうだけど」

「……」

 

 フリルちゃんの言うとおりだ。時間も考えなきゃいけない。何から何まで、たった2時間程度の犯行であることが可能性を狭めている。

 それに。私たちは、その間4人のスタッフ全員に会っている。

 9:00に遠い学校まで来た映像担当の人。

 9:30にそれまでお洗濯していたことが分かる山県さん。

 9:45には、馬場さんと高坂さんが一緒に軽トラで作業している。

 

 みんな、こんなところに水を入れる作業なんてしていない。

 

「……フリルちゃん何してんの?」

「もし本当にここから水入れてたとしたら、何かしら踏み台はあったのかなと思うから。逆に地面を調べれば何が置かれていたか分かるかなと」

 

 フリルちゃんは踏み台を探すのではなく、しゃがみこんで窓の真下辺りの地面の様子を見ていた。

 でも、ここもススキのような、或いは猫じゃらしのような草がボーボーで、あんまり足跡とか、何か台を置いていたとしてもそういうのは残らなそう。

 もし重たいものが乗ったら、草がなぎ倒されているはずだけど、特段草が倒れている様子も無かった。

 みんなまっすぐ上を向いて生えている。

 

「……草の根元に折れ目がある」

 

 フリルちゃんの言葉を受けて、いつのまにか一緒にしゃがんで探していたあかねちゃんが呟いた。下を向いて話しているせいで、呟きが風の音に掻き消えそうだ。

 少し大きな声を出さないと、風のゴボゴボ音のせいで聞こえづらい。一度ここに来た時は少し風が弱まってたのに、あの時は偶然だったのかな。

 

「私たちか、過去に誰かが踏んだだけじゃ?」

「……考えるべきなのは、折れるほど踏まれている草が見た目はまっすぐなように直されていること」

 

 直されてる……?

 確かに、見た目はまっすぐ生えてるし、短パンから出てる私の膝小僧にちくちく当たる。

 立ち上がったあかねちゃんが、折れ目がある草を選んで、地上絵のように足でもう一度踏み倒していった。

 

「ここ、車来てるよ。間違いなく。あの軽トラじゃない?」

 

 最終的に、あかねちゃんの描いた踏み跡は二本の直線の筋になった。踏み跡自体の幅、そして踏み跡の間の距離。

 フリルちゃんの言うとおり……車だ。

 車が踏みつけたなら、確かに横倒しになってそうなのに。こうしてあかねちゃん達が気付くまで、全くわからなかった。

 そのぐらい丁寧に痕跡をなかったようにカモフラージュされている。

 

「車を使ったってことはさ、荷台に乗ってこれやったってこと?あのさ、私たち、軽トラで作業している二人見たよね、えっと……」

「高坂さんと馬場さんだよね?」

「そうそう。はっ!? まさか、どっちかが犯人でどっかから……あ! 学校の貯水槽から水もってきた!? 軽トラ……あ! どんなふうに動くのか見てないけど、あの秘密兵器でさ!」

「朝に学校見に行った時そんな素振りしてる人いた?」

「……いない……」

「それに、何往復もする必要があるだろうし。学校とここを往復して運んでるところ、間違いなく誰かに見られるし。なにより荷台のゲートを閉めても水はボタボタ落ちちゃって運べないだろうし」

「そっかぁ……」

 

 カントクも、コテージに突入するときに『軽トラの荷台に乗って窓を割ろうかと思った』って言ってた。高い窓への足場として軽トラが使われてたとしてもおかしくないし、人を支えられて動かせる足場って、この島だと軽トラしかなさそうだし。なにより踏み跡が物語ってる。

 あとで何時からあの軽トラで作業していたか、さりげなく作業していた二人に聞くべきかな。犯行時間に関わるだろうし。

 ……どちらかが、犯人の可能性、やっぱあるのかな?

 

「でもそうだね。あの秘密兵器、なんか事件に関わってるのかな。水を運ぶってことならアレが一番わかりやすいかも。黒川さん、折角ルビーが話題にしてくれたし、どうやって入れたか、もそうだけど、どこの水を入れたか? も考えないと」

「……水の供給源、か」

「そ。お風呂数杯分の水がいるよね。学校の貯水槽? と校庭くらいしか水が溜まってた場所が思いつかないんだけど。そこは絶対ホースが届かないから」

「……そうだね……」

「え? 海は?」

「いやーここから意外と遠いし。壁とか床とかで一部乾ききっていたところもあったけど、塩の結晶っぽいの無かったから、使われたの多分淡水だよ」

「あー! 確かに! 夏のトレーニングでいっぱいかいた汗が乾いた後、腕とかに白いキラキラしたのがついてたりするよね! なんだろうと思って試しにぺろぺろしたらしょっぱかったけど……」

「ルビーちゃん、そればっちいから今後はやっちゃダメだよ……」

「一回しかやってないって! あのね?汗かけるほど運動できるって、本当に本当に幸せなことなんだよ!? ちょっと感動しちゃっただけ!」

「『何だろう?』から『ぺろぺろ』の間にもう少し思考の段階踏んだ方が良くない?

 ま、やっぱ別の場所から運んでくるのは難しいよね。でも……窓から水を入れたなら、単純に窓の方向に水の供給源があると分かりやすいんだけど……」

 

 フリルちゃんの言葉に合わせて、コテージの窓の方向、つまり外から窓を見ている私たちが後ろを振り向くと、見上げるような崖。

 建物3~4階分はありそうで、ゴツゴツとした灰色の岩は苔むしていたり、ところどころ崖から真横に生命力が高そうな木が生えている。何でそんなところを選んで生えちゃったんだろう……。

 掴むところは無くは無いけど、ほとんど垂直でまともに登れそうな雰囲気じゃない。絶対苔で滑る。落ちたら大けがする。

 崖の真下辺りは、崖の上から落ちてきたっぽい小岩が積み重なっていて、一応そこには乗れそうだけど……一番高い所に乗っても大した高さじゃないから意味がない。

 しかもこの崖、コテージの裏だけじゃなくてその周りにも続いていて、左右を見渡しても登れそうな階段はもちろん、ロッククライミングできそうなところも無かった。

 もう少し離れたところは、崖にも木が生い茂っていて様子が分からなかった。

 

「窓方向は崖しかないよね……」

「ルビー、登れそう?」

「自信持って言えるけど、ムリ。怖すぎ」

「ルビーが出来ないなら誰も出来ないね。ルビーが一番サ……軽業師みたいに運動神経いいから」

「今お猿さんって言おうとした?」

 

 正直、調査は始まったばかりなのに、分かんないことが多くて挫けそうになる。マンガやドラマの名探偵は、まるで導かれるようにドンピシャに閃いて事件を解決していくけど、自分一人じゃこんなの事件の謎を解くなんて絶対に無理だ。

 マンガやドラマで描写されていれば『これは後々ヒントになるんだ』と思えるんだけど、現実だと現場に残った痕跡のどれが本当に事件に関係あるのかすら判断が難しい。

 何が足りないんだろう? 情報? 私の頭の柔らかさ?

 私以外の二人は頭が良い。フリルちゃんもこの場でいっぱい意見を言ってくれてる。でも特にあかねちゃんは、前世も含めてこれまで知り合った人の中ではトップクラスに頭が良い。

 芸能人として出会う、クイズだとかそういうのに特化している「頭のいい人」よりも、本当に頭が良いと思ってる。

 

 せんせ……子供のころから何考えているか分かりにくかったお兄ちゃんとも、難しい話が成立するくらいに。

 

「分からないなら考えるのは終わりにしよう」

 

 そんなあかねちゃんは何を考えていて、なんて言ってくれるのか楽しみにしていたけど、思ってたのと違う言葉が出てきた。

 

「え? おしまいにするの? あかねちゃん、なんかもっとこう……ズバッと……!」

「分からないんだからしょうがない。調べるのに時間使わないと」

「確かにそうだけど……」

「でもここはもうおしまいかな。二人ともありがとう、窓も調べたしそろそろ戻ろうか」

 

 ここは?

 ここはもうおしまいってことは、ここ以外のどこかを調べるつもり?

 確かに今のままじゃ、謎ばっかり増えて何かが分かった、という感じじゃない。

 だけどこの島は、ちょっと散策した限りだとこのコテージが並ぶ平地エリアと、学校と、港周りしか行く場所が無くて、あとは深い森か崖だった。行きに船から見たとおり、山の中は森に隠されて何もわからない。

 昨夜行った神社もあるけど、道中何もなかったし、神社は現場の反対側。何かあると思えないし、何より不気味な雰囲気を思い出しちゃってあんまり行きたくない。

 

「あかねちゃん、ここ以外に探す当てあるの?」

「無いよ」

「無いの!?」

「島にいて、現地をあてずっぽうに調べるのも限度があるからね。協力を頼むつもり」

「……誰に?」

「んふふふ、決まってるでしょ? 『困ったことがあったら言ってくれ』って言ってたし」

 

 お兄ちゃん……頑張れ。

 でもとりあえず、一旦ここで調査は一区切りにするつもりなのは分かった。

 そういえば、お腹すいたな。もうすぐお昼の時間だし、汗もかいたから喉乾いた。

 

「このあとも調べるにしてもさ、やっぱり3人一緒にいようよ。私とルビーは黒川さんと一緒に行動するし、協力する」

「…………。うん……」

「じゃあ、分かんないことまとめると。水はどこから持ってきたのか、どうやって持ってきたのか、あとは……例の秘密兵器、動かしてるところも見たいよね……」

「そうだね」

 

 フリルちゃんとあかねちゃんが、これから解明しなきゃいけない事をまとめようとしている。

 でも、よくわからないことなら他にもある。

 ここまで、あかねちゃんとフリルちゃんのペースというか、調べようと提案したものを聞いて、床下に潜ったり、担がれて窓を調べてたりしてて……私がずっと疑問に思っていたことが、言うタイミングを逃して今に至っている。

 

「あのさ……これ言っちゃっていいのか分かんないけど……」

「ん?」

「ルビーちゃん、何でも言って?」

 

 というか、二人とも絶対に気付いているのにわざと言ってないよね?

 だって私ですら思うし。というか、あかねちゃんの考えを聞いた時、必ず誰しもこのツッコミをするよね?

 さっき「何かもの投げつけて犯行をやれないかな」って私が言ったとき、フリルちゃんもそれらしいこと言ってたよね?

 この犯行を実現するうえで一番よく分からないポイントがあるじゃん。

 水がどこからとか、そういうレベルじゃなくて、いまだにあかねちゃんの考える犯行に正直現実味が湧かないのは、この根本的な疑問があるから。

 

「いくらお酒で酔っててもだよ?

 ……寝ている時に水ぶっかけられたらさ、起きるよね!? 窓からジャバジャバ来てたら『うわぁ~!?』ってビビッて逃げるよね!? なんでプロデューサーは大人しくブクブク沈んじゃったの!?」

「……」

「……」

「なんで二人とも目逸らすの」

「ルビー」

「ん?」

「私にだって……分からないことくらい……ある……」

「いや、二人ともそこスルーしてどんどん話進めるんだもん! とっくに何か知ってるのかと思ってた!」

「大丈夫、安心して。ルビー、ここにおわすお方をどなたと心得る? 黒川さん、ルビーの純粋無垢な疑問にズバッと答えちゃって」

「え? 私も分かんないよ……」

「……」

「……」

「分かんないんだからしょうがないでしょ!? そんな目で見ないでよもう!」

「ねえ、実は水入れた時にはすでにプロデューサーは持病で亡くなっていて、とか……!」

「亡くなっていると確信してなきゃ水入れると起きちゃうからやらないし、確信してるならもう死んでるから水入れる意味ないじゃん」

「じゃあ、手荷物検査の時バレないように睡眠薬か何かを隠し持ってて、それをプロデューサーに一服盛ったとか……!」

「……カップラーメンに? しかもそんな薬が半日経っても効果があると……?」

「ぐ……!じゃあ、じゃあ……!」

「ルビーちゃんありがとう……これも今後考えていかなきゃね。もう戻ろ? この後何やるにしても、五反田監督には一言伝えておかないといけないし」

 

『考えなきゃいけないことリスト……なぜ被害者は、犯行時に逃げられなかったのか?』

 

 あかねちゃんのメモ帳がまた少し、文字で埋まっていく。

 覗き込むと、丸っこいけど読みやすい字。だけど、イメージしていたよりも整理整頓した感じにまとめられていなくて、ちょっと乱雑にいろんなことがバラバラと書かれている。文字の大きさもまちまちだ。

 読み返す本人は、これで十分分かるのかな。

 

 ここの周りを調べるのも、一時間と少し程度で終わった。あかねちゃんが満足する結果は得られたのかなぁ。

 そして、残り二日間かけてどこまでわかるんだろう。ここから何を調べれば事件解決に関わるのか、調べる対象の見当がつかない。

 さっきあかねちゃんが言っていた、お兄ちゃんの協力を得ると言う言葉。そこを突破口にして探っていくことになりそう?

 だとしたら、この後お兄ちゃんとやり取りするだろうし、次にこの事件がらみの事を調べるのは、少し時間が空いちゃう気がする。

 

 その間、私たち以外の5人は何をしているんだろう? 急に人が亡くなって、帰ることも出来ずに仕事も無く困惑しながら過ごす人たちばかりだろうけど……。

 もしもあかねちゃんの言うとおり、『犯人が次の犯行を考えない保障はない』というのなら、極力犯人を自由に動かさせない方がいいんじゃないかな?

 それが出来て、同時に全員を監視出来る、手っ取り早くて自然な方法……うーん……。

 

 この後みんなでカントクのところへ行く感じだよね?

 そこで、この後二日間の過ごし方について、提案してみようかな?

 その場でいきなり言ったらあかねちゃんとフリルちゃんも困っちゃうかな。カントクに言う前に、今軽く相談しておいたほうがよさそう。

 

「もしもし、アクアくん?」

 

 あかねちゃんがお兄ちゃんに電話している。たぶん『協力』について。

 あの電話が終わったら、さっき考えた二日間の過ごし方について、二人に話してみようかな。

 

 いっぱい考え事をしていたら、すぐ横にフリルちゃんが近づいて来て、私にだけ聞こえる声の大きさで話しかけてきた。

 

「いくら事件かもしれないって思ってもさ、黒川さん、もともと一人で遺体のある場所を調べようとしてたじゃん。普通は現場がおかしいと思っても、気のせいだって自分に言い聞かせてそんなことしないよね。

 何がそこまで彼女を掻き立ててるのか分からないけど……ちょっと黒川さん見てて心配だからさ。一緒に見ていよう?

 それにしてもルビーって本当に黒川さんに大事にされてるんだね。台風の夜に探しに来たり……やろうとしていることが危ないから、出来るだけ巻き込まないようにしてくれたり」

 

 

~To be continued~

 

 

 

 

 

 

 

「もしもし、アクアくん?」

『ああ』

「この後、五反田監督とも話すんだけど。現場周りはある程度調べられたよ」

『そうか』

「だけど、それだけじゃ解決しそうにないの。だからアクアくん、この島について何でもいいから調べてくれないかな」

『何でもいい、か。ちょっと抽象的すぎるな……』

「ごめんね、人が住んでいた時どんな風だったのかなって。地理とか気候とか、生活とか文化。特に……水について」

『結局範囲広すぎないか? でも分かった。調べてみる』

「今お昼前だけど、夕方になる前にまた調べたいかな。それまでに教えてくれる?」

『ちょっと待て、マイナーな島の歴史なんてすぐにわかるもんじゃないだろ』

「目黒のアクアくんの家から国立国会図書館まで40分、資料頼んでカウンターに来るまで30分、読むのに2時間、まとめるのに30分。出来るよ、アクアくんなら」

『お前な……』

「んふふふ、よろしくね」

『でもそうだな、頼ってるのは俺の方だよな。流石にこんなことになるとは想像してなかったけど、ルビー1人で行かせてもいいと思ったのはお前がいるからだ。……妹を頼む。そして不知火も……何かあった時の業界への波及とかそういうの以前に。あいつら、仲いいんだ』

「分かってる。もう、『妹を頼む』って、このロケに行く前日も聞いたよ?」

『お前自身もだぞ。ニノの時みたいなのはナシだ』

「うん……ふふ、やっぱり心配してくれるんだ?」

 

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