灼熱地獄の縁――赤黒い岩肌が広がるその過酷な地に、ユウスケの姿をした瑞霊が立っていた。
周囲の熱気に目を細めつつも、彼女は涼しげな表情を浮かべていた。
「これくらいの環境なら、肉体は耐えられる。けど、内側の意識は……確実に削れるわね」
瑞霊は背負ったバッグを下ろし、岩場に腰を下ろす。
その表情は淡々としていたが、その瞳の奥には冷酷な計算が光っていた。
「これであなたの“残り”も静かになるわ。消えなさい、ユウスケ」
そのときだった。
遠くから、懐かしい声が聞こえた。
「……ユウスケ? こんなところに、何しに来たの?」
振り向くと、岩陰からパルスィが姿を現した。
息を切らし、顔には戸惑いと不安が入り混じっている。
瑞霊は驚くこともなく、にこりと笑った。
「パルスィ。君の方から来てくれるなんて、嬉しいよ」
その声音には、確かに“優しさ”があった。
だが、どこか――わずかに、温度が違っていた。
パルスィはその場で立ち止まり、怪訝そうに首をかしげる。
「……なんか、今日のユウスケは、少し変」
「変? そうかな? 君に会えたからかもしれない」
「いや、そうじゃなくて……言葉遣いとか、空気とか。いつもとちょっと違うのよ」
瑞霊は一拍、笑みを止めた。そしてすぐにまた、柔らかい笑みを作り直す。
「気のせいだよ。君に会えたから、緊張してるのかもしれないな」
パルスィはその笑みに対し、無表情で応える。
ただ、視線はわずかに逸らされた。疑念が、確かに彼女の中に芽生えていた。
「この人……本当にユウスケなの?」
瑞霊は気配の変化を察した。
(――面倒ね。もう少し泳がせるつもりだったけど)
それでも、声色は変えない。
「ねえ、パルスィ。せっかくだから、こっちに座って。久しぶりに、君と話したいんだ」
「……わかったわ」
パルスィは慎重に歩を進め、岩に腰を下ろす。その動作一つひとつが、観察の目になっていた。
だが、パルスィの背後から、じりじりと――瑞霊の殺気がにじみ始めていた。
(消してしまえば、静かになる。あの自我も、ついでに一緒に引きずれて落ちてくれる)
そして、その瞬間。
瑞霊の手が、無音で短剣を具現化する。
風もない熱地の中で、静かにそれを構え――
「やめろ……!」
脳内に、鋭く響く“拒絶”の声。
瑞霊の動きが止まる。
(……今のは……ユウスケ!?)
刹那、彼女の視界が揺れる。
身体の奥から、激しい拒絶反応が湧き起こった。頭痛、動悸、視界の乱れ。
パルスィは、それを見逃さなかった。
ユウスケが、自分に刃を向けようとするはずがない。
「やっぱり……あなた、ユウスケじゃない」
瑞霊は視線を戻し、再び笑顔を作ろうとしたが――その頬は引きつっていた。
「……何を言ってるんだい、パルスィ?」
だが、その“柔らかすぎる声”が――決定的だった。
パルスィの目が静かに細まる。
「あなた、誰?」
瑞霊の表情から、ついに笑みが消える。
風がないはずの地底で、まるで気温が一段階下がったような空気が漂い始めた。
問いに、瑞霊はわずかに眉をひそめ――そして、舌打ちをした。
「……ちっ。バレたなら、仕方ねぇよな」
その声音は、今までの穏やかさとは打って変わって、男勝りなほどにドライだった。
瑞霊の瞳から優しさが失せ、鋭い輝きだけが残る。
パルスィは一歩、前に出た。
「やっぱり……ユウスケじゃなかったのね。最初から変だった……声も、態度も、眼も」
瑞霊は肩をすくめて、まるで面倒くさそうに答える。
「そうだよ、認めてやる。私は宮出口瑞霊――亡霊さ。こいつの身体を気に入って、ちょっと“借りてる”だけだ」
パルスィの顔に怒りが走る。
「“借りてる”? ふざけないで!」
だがその瞬間、瑞霊は一転して、静かに――だが、酷く冷えた口調で告げる。
「……だが、どうした?」
「私がユウスケじゃないと分かったところで、どうする気だ?」
瑞霊は、拳を軽く握り、地を蹴って一歩踏み出した。
殺気が熱気に溶けて、パルスィの喉元を刺すように迫る。
「忘れるな。私を殺せば、この身体の持ち主も、つまり――ユウスケも死ぬんだよ」
“ユウスケ”の姿をした瑞霊が、不敵に笑いながら言った。
それは、脅しであり、嘲りだった。
だが――
「よかった。」
それを聞いたパルスィは、ふわりと微笑んだ。
口元には柔らかな笑み。
けれど、その瞳の奥は――冷たい。
瑞霊の目が細くなる。
「……何が、“よかった”んだよ?」
パルスィは一歩前に出て、はっきりと言った。
「まだ、中に意識が残ってるのね。ユウスケは、完全には奪われてない」
瑞霊の口元に、不機嫌そうな歪みが走る。
「チッ……まあな。折角のこの人間、いい能力を持ってるんだ。**具現化能力に加えて、思考速度もなかなか優秀だ。**使えるものは使う主義でね。返さねぇよ、絶対に」
パルスィの目元から、ゆっくりと“怒り”が現れてくる。
笑顔はすでに消え、その表情には憤りと、狂おしいまでの感情が入り混じる。
「彼を奪ったこと――」
「絶対に、後悔させてやる」
その言葉が放たれた瞬間、空気が震えた。
パルスィの背後に、淡い緑色のオーラが立ち上がり、嫉妬の瘴気が地を這うように広がる。
瑞霊は、初めてわずかに身構えた。
「やれやれ。面倒な女に好かれちまったもんだ、ユウスケも……」
「面倒でも、狂っていても――私の感情は、全部ユウスケのためよ」
パルスィの瞳が鋭く光り、彼女の足元に嫉妬の杭が浮かび上がる。