ユウスケの瞼がゆっくりと開く。
ぼんやりとした視界に、天井の木目が揺れて見えた。
そばには、パルスィが、泣きそうな顔で座っていた。
「……パルスィ……?」
彼のかすれた声に、パルスィはぴくりと反応し、顔を上げた。
「ユウスケ……! よかった……っ、意識が戻って……!」
パルスィは躊躇なく彼に抱きついた。細い身体が震えていた。
「……全部、覚えてる。操られてた間のことも……」
「パルスィに銃を向けた。引き金を引こうとしてた……でも――」
ユウスケは目を伏せ、右肩へ視線を落とす。 包帯で巻かれたその先には、もう右腕がない。
「あのとき……俺、自分に向けて撃とうとしてた」
「俺の体が……瑞霊に操られて……。あれが、パルスィの弾幕じゃなかったら……多分、俺は……」
その言葉に、パルスィの目に涙が浮かぶ。
「……ごめんなさい……!」
パルスィはユウスケの左手を掴み、必死に言葉を続ける。
「他に手段がなかったの。だけど……私が撃ったあの一発で、ユウスケの腕を……」
「私のせいで、ユウスケの身体が……!」
彼女の声は震えていた。責める言葉を待つように、目を逸らしながらも手を離そうとしない。
ユウスケは、そっとその手を包み込んだ。
「……ありがとう、パルスィ」
「俺を助けてくれて。本当に……助かったんだ」
「俺が……俺自身を殺そうとしてたこと、あのときはどうすることもできなかった」
「でもパルスィが……俺を止めてくれた。だから、今こうして目を覚ましてるんだ」
パルスィの目に、再び涙が溢れる。
「……そんな風に言われたら、私はもう……」
「何もできなかった……怖かったの……! ユウスケがいなくなるのが、怖かったの……!」
「いなくなんてならないよ。パルスィが止めてくれたから、生きてる」
彼の言葉に、パルスィは顔を伏せて嗚咽を漏らす。 その涙は、恐怖からの解放と、彼が生きて戻ったことへの深い安堵だった。
「右腕は失ったけど……パルスィが守ってくれたこと、俺は一生忘れない」
そう告げるユウスケの左手には、強い温もりが宿っていた。
パルスィは、その手をぎゅっと握り返しながら、小さく呟いた。
「ユウスケが戻ってきてくれたこと……それが、私にとっての救いなの……」
少しの沈黙の後、彼女はそっと囁いた。
「……でも、もうこんな危険な目に遭うのは、二度と嫌。次に失いそうになったら、私……きっと耐えられない」
ユウスケは黙って彼女を見つめる。その目には、まだ気づかない不安が滲んでいた。
「だから、ね。ユウスケ。しばらくの間……私のそばから、絶対に離れないで」
その言葉には、哀願とも命令とも取れる熱が宿っていた。
「私が、ちゃんと守ってあげる。私だけが……あなたを守れるんだから」
それはどこか狂気を帯びた愛情の告白。 パルスィの心には、芽生えてしまった――独占欲という名の影が、静かに根を張り始めていた。
「何か、お茶でも用意してくるね」
そう言って、パルスィは顔を手で覆いながら部屋を出ていく。 ユウスケは一瞬、不思議そうにその背中を見送ったが――単に涙を隠しているのだと思い、特に声をかけることはなかった。
だが、廊下に出たパルスィの表情は、まるで別人のように笑みに変わっていた。
(……あの傷。もう二度と癒えることのない傷。 これで、彼が私を忘れることはない)
(あの傷を見るたびに、私のことを思い出してくれる)
嬉しそうに、ほくそ笑むパルスィの目には、ほの暗い喜びと執着が宿っていた。
彼女は台所に向かい、急須を手に取る。その手の動きは穏やかで、丁寧で、だがその目だけは、どこか遠くを見ていた。
お湯を沸かす間、ふと彼女は壁にかけられた棚を見上げる。そこには、古びた鍵束がかかっていた。地底にあるこの家の、使われていない部屋――そして、閉じた扉。
パルスィは棚から鍵を取り、ゆっくりとそれを自分の服の内側にしまい込む。
(ユウスケを守るには……それしかない。あの子は優しすぎて、自分からまた危険な場所へ行こうとする。瑞霊のような奴がまた現れたら……)
彼女の手が、ふと震える。
(もう、そんなのは嫌。絶対に……失いたくない)
沸騰する音が響き、急須にお湯を注ぎながら、パルスィは静かに呟いた。
「……ごめんね、ユウスケ。あなたが悪いんじゃない。でも……」
湯気の立ち上る中、彼女の表情はどこか満たされたものに変わっていた。
「あなたを守るために、私が決めたの。あなたを、この手で閉じ込めるって」
再び湯呑みを盆にのせ、微笑んだまま、パルスィはゆっくりと部屋へ戻っていった。
その手に、鍵があることを、ユウスケはまだ知らない。