パルスィ(寝た……ふふ、今のうちに買い出しかしら)
ユウスケを起こさぬよう、そっと扉を閉めると、パルスィは旧都へと足を運んだ。
市場に着くと、彼女は迷いなく二人分の食材を選び始める。普段は一人で持て余す量も、今日は自然と手が伸びていた。
(……一人じゃない。たったそれだけで、こんなにも気持ちが違うなんて)
そんなささやかな幸福を抱きしめながら、街道を歩いていると――
「あら、パルスィさん。お買い物ですか?」
声の主は、第三の眼を静かに揺らす少女、古明地さとりだった。彼女の隣には、猫車を押す火焔猫燐の姿もある。
「ええ。ちょっと食材をね」
「あの件、聞いていますよ。宮出口瑞霊を撃退してくださって、ありがとうございました」
「……なんとか、ね。でもあれは本当に放っとくと危ないわよ。意識も身体も乗っ取るし、しかも……能力まで使えるなんて」
「亡霊でありながら、他人の能力を模倣できるとは驚きでした。かなり危険な存在です」
お燐が不安そうに眉をひそめる。
「で、その……被害に遭ったユウスケはもう大丈夫なのかニャ?」
「意識は戻ってる。でも……やっぱり右腕を失ったショックは大きかったみたいね」
「そりゃそうだろうねぇ。人間って脆いし、回復もしないもん。いきなり片腕なくなったら、そりゃ心も折れるって」
さとりが一歩前に出て、静かに尋ねる。
「私たち、後でお見舞いに伺ってもよろしいかしら?」
「えーっと……いいんだけど、あの、ちょっと……誤解しないでね」
「誤解?」
「説明するの面倒だし……読んでちょうだい」
パルスィはさとりと目を合わせ、黙って了承の意思を伝える。
さとりの第三の眼が静かに開き、パルスィの心を覗く。
「……あらまあ。やっちゃいましたね、パルスィさん」
「ちょ、ちょっと待って。でも、彼も納得してるのよ。嫌がってないわ」
お燐が怪訝そうに目を細める。
「……何があったんですか、さとり様?」
さとりは軽く息をつきながら答えた。
「どうやら、ユウスケさん……今はパルスィさんの地下室で暮らしているようですね」
「……いや、それはもうマジで監禁じゃないですかニャ」
「一応、本人もある程度納得しているようですし……外を歩かせるよりは、よっぽど安全だと思いますよ」
「なるほど……で、さっきの食材が多かったのは、そういうことだったわけだニャ」
「……そ。まあ、ちゃんと食べさせないといけないから」
パルスィはややそっぽを向きつつ、でもどこか嬉しそうだった。
同じ頃、静まり返った地下室ではユウスケがゆっくりと目を覚ました。
「……パルスィは、出かけてるか」
薄暗い天井を見上げながら、身を起こす。部屋の中には誰もいない。聞こえるのは、自分の呼吸音と、時折軋む木の音だけ。
ユウスケはため息をひとつついて、残された左手で右肩を触った。そこには、もはや存在しないはずの右腕の断面があった。
(……助かったとはいえ、片腕を失ったまま地底で生きるのか。義手も治癒魔法もない世界で、これは地味に詰んでる気がする)
自嘲気味に笑いながら、ふと思い出す。
「“知識を具現化させる能力”……か」
呟きながら、ふと冗談半分に右腕の存在を想像してみる。
「生成、新しい腕……なんてな」
自分でもその言葉の馬鹿馬鹿しさに苦笑しながら、ふと右肩に視線を落とした瞬間、目を見開いた。
「……え?」
そこには――腕があった。右腕が、生えていた。
驚愕のまま、そっと動かしてみる。指が、肘が、関節が――まるで元通りだ。
「マジか……動く、普通に」
掌を開いたり閉じたりしてみる。筋肉も神経も感覚も、かつての自分の腕そのままだ。
「まさか、体の一部まで再現できるなんて……。これ、もっと応用効くんじゃないのか?」
驚きと興奮が入り混じる中、ふとパルスィの顔が脳裏に浮かぶ。
「パルスィ、帰ってきたらビビるだろうな……」
少し笑いながら、ユウスケは生成された新しい右腕を見つめた。
(この力……本当に何でもできるんじゃないか?)
その能力の可能性が、少しずつ彼の中で現実味を帯びて広がっていくのだった。