ユウスケはポツリと呟く。
「紫の能力……。確かに幻想郷の賢者と呼ばれるだけのことはある。あの“境界”を操る力、理不尽だ。」
その時、パチュリーが鋭く詠唱を始めた。
「日符《ロイヤルフレア》」
ユウスケもそれに応じる。
「同じ技を出しても変わりませんよ、日符《ロイヤルフレア》」
二人の魔法が空中で激突し、轟音と共に光が弾ける。互角の火力。しかし、その均衡を崩す者がいた。
咲夜が静かに時間を止める。
世界が静止した空間で、咲夜は一本のナイフを取り出すと、無音の空中に向けて投擲した。
そして、時間が動き出す。
ナイフはユウスケの死角から飛来し、寸前で彼は気づく。
「――っく、くそっ!」
ユウスケは咄嗟に手を伸ばし、軌道に触れるようにして身体を守った。致命傷は避けたが、手には鋭い痛みと共に血が滴る。
咲夜は冷ややかに笑う。
「なるほど、能力のコピーは一つずつしか使えないのかしら?器用なようで、不器用ね」
パチュリーも追い打ちをかけるように言葉を重ねる。
「いくら真似できたところで、同時に複数の術を操れないなら……こちらに軍配が上がるわ。人数差が物を言うのよ」
ユウスケは歯を食いしばりながら、血を拭う。
「――でも、“あの力”はまだ使っていない」
戦況は厳しい。だが、まだ打つ手はある。
パチュリーと咲夜はユウスケを左右から挟み込み、詠唱と共に同時に魔法とナイフを放った。
「今度こそ――終わりよ」
魔力と殺意が交差するその刹那、ユウスケは不敵に笑みを浮かべた。
「――“時を操る程度の能力”」
世界が凍りつく。すべての動きが停止し、空間から音が消えた。
だが、その止まった世界の中で、ユウスケともう一人だけが動いていた。
咲夜が静かに言葉を落とす。
「私じゃない……あなたが時間を止めたのね」
ユウスケは淡々と返す。
「攻撃を避けるだけなら、元から出来ていました。でも……この状況なら、“あの魔法使い”に確実にダメージが入る。」
そう言って、ユウスケは一歩後ろへ下がる。
今やユウスケのいた場所には誰もいない。残されたのは、パチュリーの放った魔法と咲夜のナイフ――
咲夜が少しだけ顔をしかめる。
「……このままだと、パチュリー様が私のナイフを受けることになるわね」
ユウスケは笑みを深めた。
「どちらにせよ、これで――一対一だ」
咲夜は眉を寄せたまま、静かに近づく。
「ナイフを投げたいところだけど、止まった時間の中じゃ刃は進まない。どうやら……近接戦しかないみたいね」
ユウスケも一歩踏み出し、応じる。
「正直、貴方に“時間停止”を駆使される方が厄介でした。今のほうが、幾分やりやすい」
咲夜は腰のホルダーからナイフを抜き、構える。
「コピー能力を過信しないことね。私のような“プロのメイド”相手に、素人の真似が通用するとは思わないことよ」
空気が張りつめる。
止まった時の檻の中、2人の殺意と静寂が交差する――
ユウスケ「生成――“ライフル”。」
時間が止まった世界の中で、黒いライフルが彼の手元に現れる。
咲夜は目を細めた。
「ふぅん……時間が止まっていても、生成能力は使えるのね?」
ユウスケは答える。
「コピーした能力を同時に使えないだけで、武器の生成くらいは可能です。」
「なるほど……」
咲夜はゆっくりと歩き出す。円を描くようにユウスケの周囲を旋回しながら、視線はライフルの銃口にまっすぐ向けたまま。
ユウスケ(……焦るな。動いた瞬間を撃つ……)
だが、次の瞬間、咲夜は無言で上着に手をかけ、脱ぎ始めた。
本来なら視線を逸らしたくなるが――戦闘中のユウスケにその選択肢はない。狙いを外さず、スコープを覗き続ける。
「女性の着替えを見続けるなんて、紳士じゃないのね。」
「この状況で目を逸らすわけにもいきませんよ。」
その返事に咲夜は微笑を浮かべ、脱いだ上着を投げた。
ヒラリと舞う布がスコープを塞ぎ、視界が完全に閉ざされる。
「――っ!」
ライフルを撃つ。だが弾は布越しに狙いを外れ、咲夜の横を掠めて消えた。
その直後、ユウスケに影が覆いかぶさる。
咲夜が接近していた。
「甘いわよ」
喉元にナイフが迫る。
ユウスケは咲夜の腕を掴み、全力でそれを押しとどめた。
「女性の気持ちも受け入れるのが、大人の男じゃないかしら?」
「これは気持ちじゃなくて……物理です!!」
咲夜は徐々に体重をかけてナイフを押し込もうとする。
ユウスケ(くっ、力では分が悪い……!)
彼は上を見上げると、叫んだ。
「生成――“レンガ”!」
空中に出現したレンガが、咲夜の頭上に落ちる。
咲夜は反射的に身を引いた――その一瞬の隙を突いて、ユウスケは力を込めてナイフの軌道を逸らす。
ナイフは彼の肩を裂いたが、致命傷には至らなかった。
「今だ……!」
ユウスケは片手で小さな針を生成し、そのまま咲夜の首筋に突き刺す。
咲夜「――麻酔……っ」
麻酔針を引き抜こうとするが、その前に身体が崩れ落ちた。
「申し訳……ありません……お嬢様……でも……彼ももう、動けないはず……」
その言葉と共に、咲夜は眠りに落ちる。
……が。
「生成――“怪我のない体”。」
立ち上がるユウスケの身体には、傷ひとつ残っていなかった。
咲夜の瞳が最後に見たのは、完全に回復したその姿だった。
「回復……まで……できるの……?」
そして、意識を手放す。
ユウスケは深く息を吐くと、止まっていた時間を再び動かした。
パチュリー「えっ――」
再開された時間の中で、彼女の腹部に突き刺さったナイフから、じわりと血が滲む。
咲夜が時間停止前に放った一撃――それが、今になってパチュリーを穿っていた。
「……そう、よね。考慮すべきだった……彼は、咲夜の能力までコピーしてたのね。」
ユウスケはそっとナイフを抜き取る。
パチュリー「……殺しなさい」
その瞳に諦めが浮かぶ。
だが――
「誤解です。僕は誰も殺したくてここに来たわけじゃない。」
ユウスケはパチュリーの傷に手をかざす。
「生成――“回復の手”。」
光が差し込むように、パチュリーの傷がみるみるうちに閉じていく。
驚きの表情で自らの腹を押さえるパチュリー。
「傷跡が……ない……」
パチュリーは立ち上がることはせず、その場に腰を下ろしながら、穏やかな声で言った。
「……感謝、するわよ。私がこのまま戦っても、あなたには勝てなさそうね。」
彼女の瞳からは敵意が消えていた。
「行きなさい。フランと……レミリアのところへ。」
ユウスケは無言で頷くと、振り返らずに紅魔館の奥へと足を進める。
――戦闘の余韻に満ちた図書館を後にして、彼はさらに深く幻想郷の核心へと歩を進めていく。