目を覚ますと、柔らかいシーツの感触と共に天井が視界に映った。
重たい身体を起こすと、見覚えのある赤いカーテンが目に入る。
「……紅魔館? なぜここに?」
「起きたのね。」
横を見ると、ソファに座ったパチュリーが本を片手にこちらを見ていた。
彼女の表情はいつもの無機質なままだが、少しだけ安堵の色が見える。
「戦闘は……どうなりました?」
「どうも何も、レミィがあなたの砲弾をまともに受けたわ。でもその後、あの子は再生した。
あなたが死んだ時点で――形式上はレミィの勝ち、ね。
フランの方は霊夢と魔理沙が倒したわ。」
「……そう、ですか。」
「貴方が死んだからね、最初は埋めるかホルマリン漬けにするか、あるいは資料として保存するか迷ってたの。
でも、紫が来て『そのうち起きるから寝かせておきなさい』って言ってたから、ここで保管してたのよ。」
「ホルマリン漬け……」
「誤解しないで。勇敢に戦った人間への記念みたいなものよ。そんな“引くわー”って顔しないで頂戴。」
「……まあ、それはいいとして。そろそろ帰っても?」
「数日間、あなたの体を寝かせておいたお礼は?」
「な、何をさせようと――」
パチュリーはふっと口元を緩めた。
「冗談よ。
ただ、レミィが目を覚ましたら来るように言ってたから、挨拶だけはしていきなさい。
……多分、あなたに興味があるみたいだから。」
ユウスケは軽く息をつき、天井を見上げた。
「休ませてくれる相手だといいんですがね。」
廊下に出ると、ユウスケは思わず足を止めた。
どこまでも続く赤い絨毯、整然と並ぶ燭台、重厚な絵画。
改めて見ると紅魔館の廊下は、まるで迷宮のように長かった。
「……広すぎる。どこに行けばいいんだこれ。」
呟いた瞬間、世界が一瞬で静止した。
風も光も止まり、気づけば豪奢な装飾の大扉の前に立っていた。
「あなたって、意識してなければ時間停止の能力は使えないのね。私に普通に運ばれて驚いたわよ。」
声の方を振り向くと、咲夜がナイフを弄びながら立っていた。
「さ、咲夜……。戦闘の時はこっちのタイミングで止めてたからね。」
「ふふ、参考にさせてもらうわ。――中でお嬢様が待っておいでです。」
促され、ユウスケは重い扉を開けた。
中は広く静かで、赤い絨毯の中央にソファ。その上にレミリアが脚を組んでいた。
ユウスケを見るなり、口角を上げる。
「うっわ、本当に生きてたのね。ちゃんと貴方の心臓、止まってたのよ?」
「そっちこそ、あの攻撃を受けて再生するなんて……さすが吸血鬼ですね。」
「ふふ、まあね。あの砲撃は中々だったわ。紅魔館ごと吹き飛ばすつもりだったでしょ?
避けるのも簡単だったけど、あえて受けたのよ。お館が壊れたら後始末が面倒でしょう?」
「それは……否定できません。」
レミリアは立ち上がり、軽く顎を上げる。
どこか退屈そうで、それでも興味を隠せない様子だった。
「で? 何の用かしら。もう死んだと思ってたのに。」
「挨拶でもしておこうかと思って。」
ユウスケが軽く頭を下げ、部屋を出ようと背を向けたその瞬間――
「まあ、待ちなさい。」
肩を掴まれ、動きを止められる。
振り向くと、レミリアの紅い瞳がきらりと光った。
「貴方の能力、興味があるのよ。少し、調べさせてもらってもいいかしら?」
「……かえりたい。」
ユウスケはレミリアの“好奇心実験”に数日付き合わされた後、ようやく解放された。
紅魔館を後にし、スキマを開いて帰還する。
見慣れた屋敷――マヨイガの中庭に降り立つと、待っていたように紫が扇を開いたまま微笑んでいた。
「私の能力、もうある程度は使えるようね。……案外真面目じゃない」
「?」
「スキマで地底に帰ろうと思えば、とっくに帰れたでしょう?」
その言葉にユウスケは目を見開く。
「あっ、そういえば……! 本当だ。」
紫は扇で口元を隠し、くすりと笑った。
「別に止めはしないわ。ただ――宮出口。あの“霊魂”には、貴方の力でもまともな対抗手段がないでしょう?」
「……まあ、確かに。」
「だったら、少し勉強してきなさい。私の友達――貴方も一度会ってるわね。幽々子のところよ。」
紫は紙を取り出し、さらさらと何かを書きつける。
それを折りたたんでユウスケに手渡した。
「これを幽々子に渡しなさい。きっと喜んで迎えてくれるわ。
あっちで霊魂相手にまともに戦えるようになったら、もう貴方の行動を縛るつもりはないわ。」
ユウスケの顔に笑みが浮かぶ。
「それさえクリアしたら……パルスィに会いに行けるんですね。」
「ふふ、動機が分かりやすくて助かるわ。」
軽口を交わしながら、ユウスケはスキマを展開する。
白い光が足元に広がり、視界がゆっくりと白玉楼の方角へと変わっていく。
紫はその背を見送りながら、扇の影で小さく呟いた。
「さて――“人間”がどこまで行けるか、見せてもらおうかしら。」