地底スタートの幻想郷生活 修正版   作:四国の探索人

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第29話 紫とさとりの調査

ユウスケを見送った紫は、しばし静かにスキマの向こうを見つめていた。

その横顔は、どこか楽しげで、同時に底知れぬ思惑を隠しているようでもある。

 

「――藍。」

 

呼ばれた名に応じて、九尾の狐がすぐに姿を現した。

整った動作で一礼する。

 

「どうされました、紫様?」

 

「少し人里まで行くわ。準備しなさい。」

 

「人里、ですか? 買い物……ではなさそうですね。」

 

紫は口元に手を当て、含み笑いをこぼした。

 

「昨日、幽々子と話していたの。例の彼――ユウスケのことよ。」

 

藍の耳がぴくりと動く。

 

「その件で何か?」

 

「面白いことが分かったの。あの子の“前世”の名字――“水橋”。」

 

藍の目がわずかに見開かれた。

 

「水橋……まさか、あの橋姫と同じ?」

 

「ええ。偶然にしては出来すぎていると思わない?

それに、橋姫――パルスィは彼を明確に好いていた。

まるで、かつての“誰か”を見ているように。」

 

「つまり、紫様は前世の夫婦関係だった可能性を?」

 

「確認が取れれば面白いと思ってね。

私の知る限り、橋姫には子はおらず、

人との縁も深くはなかったはず。

けれど、“記録にない結びつき”があったとしたら――興味深いじゃない。」

 

藍は腕を組み、少し困ったように溜息をつく。

 

「またそうやって、事実を弄んで楽しむ……。

で、どこを当たるおつもりで?」

 

「稗田家。あそこなら古い伝承にも“抜け落ちた家系”の記録がある。

あと、ワーハクタク――上白沢慧音にも話を聞いておきたいわね。」

 

「はぁ……。時間を潰すための調査、ですか。」

 

紫はくすりと笑う。

 

「そうとも言えるし、違うとも言えるわ。

あの子と橋姫の“縁”が偶然でないなら――

幻想郷の理すら揺らぐかもしれないもの。」

 

「理が揺らぐなら、まず紫様が直せばいい話では?」

 

「働きたくないのよ。だから確認だけ。」

 

藍は額を押さえ、小さくぼやいた。

 

「……働きたくないなら、せめて私を巻き込まないでください。」

 

紫は楽しげに笑いながら、スキマを開いた。

 

「はいはい。文句は後で聞いてあげるわ。

さ、行くわよ――藍。」

 

 

 

静まり返った書斎の中、古明地さとりは机に向かい考え込んでいた。

机の上には、彼女がまとめた観察記録と、一通の手紙が置かれている。

 

「……分からないの。」

 

その独り言に、隣で本を抱えていたお燐が首をかしげた。

 

「全てを見通すさとり様が、分からないことってあるんですか?」

 

「パルスィさんが、ユウスケさんを好いている理由よ。」

 

お燐は尻尾を揺らしながらあっけらかんと言う。

 

「好きだからじゃないですか? 実際、監禁してましたし。」

 

「“行動”としてはそう。でも“心の理由”が違う気がするの。」

 

さとりは静かに紫からの手紙を広げた。達筆な筆致で、こう書かれている。

 

> “ユウスケの前世の名字は『水橋』”

 

 

 

「紫からの報告よ。彼の前世は“水橋”という名を持っていたそうよ。」

 

「水橋って……まさか、パルスィの“水橋”ですか?」

 

「ええ。偶然にしては妙すぎるわ。」

 

お燐は少し考えて、ぽつりと呟く。

 

「前世で夫婦とか、そういう関係なんじゃないですか? 亡くなった旦那と来世で再会……ロマンチックですよ。」

 

「私もそう思いたいけれど、“宇治の橋姫”の伝承と食い違うの。」

 

お燐が身を乗り出す。

 

「ああ、知ってますよ。旦那を他の女に取られて、憎しみで鬼になって、

その女や親族を皆殺しにしたって話ですよね。」

 

「そう。それが本当なら、パルスィさんは“水橋”という名を憎んでいるはず。

ユウスケさんを好きになる道理がない。」

 

お燐は顎に手を当てて考える。

 

「じゃあ……子どもとか? 浮気の前にできてた子がいて、その生まれ変わりとか?」

 

さとりは静かにお燐を見つめた。

 

「お燐、あなた。パルスィさんから“子ども”の話を聞いたことがある?」

 

お燐は首を横に振る。

 

「私が彼女の心を読んだときも、子どもの存在は一切なかった。

つまり、パルスィと夫の間に子はなかった。」

 

「となると……ユウスケの前世は夫本人か、その血縁……ですかね。」

 

「そう推測できるわね。でも、“なぜ愛しているのか”が説明できない。」

 

さとりは目を閉じ、指を組んだ。

 

(殺した夫でも、愛していたから? ……違う。

そもそも、なぜパルスィさんの心には“宇治の橋姫”の記憶がないの?)

 

「ねえ、お燐。」

 

「なんですか、さとり様。」

 

「例え話だけど……もし、私やお空を殺した人がいたとしたら、どうする?」

 

「そりゃ、殺しますよ。許せません、そんな奴。」

 

「その後は?」

 

「……ぼーっとして、何もやることなくなって、全部どうでもよくなるんじゃないですかね。」

 

「やり方はともかく、もし記憶を消せるとしたら?」

 

お燐は少し黙り込み、やがて呟いた。

 

「……それは、全部忘れて、一から始めるんじゃないですか?」

 

さとりはその答えに静かに目を細めた。

まるで何か確信に近い答えを掴んだように。

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