ユウスケは、西行妖の幹に近づいた。
まるで何かに導かれるように手を伸ばし、そっと触れる。
――瞬間、光が弾け、視界が歪む。
次の瞬間、彼の脳裏に“誰かの記憶”が流れ込んできた。
桜が舞う京の夜。
緑色の殺気を纏い、人々を次々と斬り伏せる女――水橋パルスィ。
その瞳は涙と狂気が混ざり合い、血よりも深く紅く染まっていた。
(これは……パルスィ? いや、違う。服装も町並みも、これは過去……)
混乱するユウスケの視線の先で、血に濡れた地面を這う男女がいた。
男は深い傷を負い、女は怯えながら彼を庇う。
「許さない……私という存在がありながら、他の女に手を出すなんて――“ユウスケ”!」
「な……何のことだ……?」
パルスィの声は怒りと悲鳴が混ざったものだった。
「まだ“女”に気を使うの? ……もう謝罪なんていらない。
一人の女をもて遊んだ罪――それは、貴方一人では終わらせない!」
叫びと共に、彼女は隣の女の胸を貫いた。
温かい血が夜風に散る。
「貴方はその怪我ではもう助からないわ。
でも、最後くらい“本当のこと”を言って。……どうして、私の前から消えたの? 鬱陶しかったの?」
男――ユウスケは、かすれる声で答えた。
「わからない……本当に、何も……。
川に落ちてから、全部……記憶がないんだ。君は……誰なんだ?」
その言葉に、パルスィの瞳が大きく見開かれる。
ゆっくりと、彼女の殺気が霧のように消えていった。
「本当に……私を覚えていないの?」
男は、静かに頷いた。
パルスィは膝を崩し、血の中に座り込み、嗚咽した。
「ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい……。
私、貴方が嘘をついて、裏切ったんだと思ってた……」
「君と僕は……どんな関係だったの?」
「貴方は……私の恋人。
私は水橋パルスィ、貴方は……水橋ユウスケ。
本当に……ごめんなさい。私、貴方が私を捨てたと……」
ユウスケは薄く笑いながら、震える息で答えた。
「そうか……。でも、死ぬ前に知れてよかった。
横にいるこの彼女は……川で気を失ってた俺を助けてくれた人だ。
だから、きっと……俺は君を捨てたんじゃない。……すまないな」
唇の端から血が溢れる。
「喋らないで……お願い、もういいの……」
パルスィは震える手でユウスケの頬を撫でた。
「泣かないで……。こんなに綺麗な桜の下で……君を見られたなら……俺は、もう――」
男の瞳が静かに閉じ、動かなくなる。
その身体から零れた命は、夜風に舞い、桜の根元へと吸い込まれていった。
まるで、桜がその魂を包み取るように――。
そして、視界が再び暗転する。
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「ユウスケさん! ユウスケさん!」
肩を揺さぶられ、意識が現実に引き戻される。
目の前には、心配そうな妖夢の顔。
「……ごめん。今のは……一体なんだったんだ……?」
幽々子は扇子で口元を隠しながら、静かに笑っていた。
「西行妖はね、“魂を宿す桜”。
今のは、あの桜の中に眠る“誰かの記憶”を見たのよ。
……ねぇユウスケ、その“誰か”に、見覚えはなかった?」
ユウスケは唇を噛み、何も言えずに立ち尽くした。
ただ、胸の奥に燃えるような痛みだけが、確かに残っていた。