雪原に吹く風は冷たく、白い世界が一面に広がっている。
その中心に、ユウスケと風見幽香が対峙した。
「なんだあの傘……放たれる弾、全部爆発してる……!」
驚愕するユウスケをよそに、幽香は楽しげに微笑んだ。
「ほら、喋ってると次が来るわよ?」
傘の先端がわずかに揺れる。
その動きだけで、圧縮された妖力が花弁となり飛び出した。
空気をえぐり、地面に触れるだけで雪が蒸発する。
ユウスケは反射的に手を上げた。
「生成《ロイヤルフレア》!」
紅蓮の炎柱が咲き誇り、花弁の弾を呑み込む。
だが業火は幽香の身体には届かない。
幽香が広げた傘が、火焔を撫でただけで散らした。
(魔法の直撃を防ぐ……? あれ、何製なんだよ……)
額に冷汗が浮かぶ。
咄嗟に世界を止める。
「生成《時間を操る程度の能力》!」
音も風も凍りついた空間で、ユウスケは幽香の背後に回り込む。
「生成《マスター…》」
技名を言い切る前。
幽香の足が、止まった空間の中で動いた。
ノールックのバックキック。
背後の気配だけを頼りに放ったはずなのに、正確に腹部へとめり込む。
「せっかく後ろを取ったのに、溜めの長い技なんて舐められたものね」
時間停止を解かざるを得ず、ユウスケは距離を取ろうとする。
再び時を止めようとした――しかし。
足が動かない。
雪原に広がる根。
いつの間にか植物が足に絡みつき、締め付けていた。
時間が止まっても成長を続ける、異様な速度の蔦。
仕方なく、時間停止を解く。
視界の先では、幽香がゆっくりと歩いてくる。
その歩みだけで、雪原の空気が震えた。
「動けないでしょう?
植物の中には一日で驚くほど成長する子がいるの。
私はちょっと、成長を“早めて”あげてるだけ」
ユウスケは尻もちをつき、逃げる術を失う。
拳に妖力を集中させた幽香は、楽しさと優しさを混ぜたような笑みを浮かべる。
「怯えなくてもいいのに。楽にしてあげるわ」
その拳が振り下ろされ――そうになる前。
「生成《境界を操る程度の能力》!」
咄嗟にスキマを展開し逃走を図る。
しかし。
幽香の片手がスキマの縁を“掴んだ”。
柔らかい布でも握るような感覚で、ゆっくりと握り込む。
スキマは紙のように丸まっていき、やがて破裂するように消えた。
「もう終わり?
というか……恐怖で頭が回ってないみたいね」
振り上げられた拳。
それは雪原の空気より冷たく、花の香りより甘い死の気配を帯びていた。
ユウスケは、生存本能のまま声を叫ぶ。
「生成《ペチュニア》!」
手の中に、小さな花が咲く。
それはあまりにも弱々しく、戦いには似つかわしくない。
幽香は拳を止めた。
腕に集めていた妖力が、ふっと消える。
「……どういうつもり?」
「そ、その一撃を受けたくなくて……
花を出せば殴られないかなって……」
数秒の沈黙。
雪原の空気すら固まる。
次の瞬間、幽香の指がユウスケの額を軽くはじいた。
「――終わりよ。試験、終了」
ユウスケは思わず目を瞬かせる。
「試験……?」
「紫から頼まれていたの。
あなたの実力を見て、連れ出してあげて……ってね」
ユウスケは困惑して呟く。
「……負けましたけど」
幽香は微笑む。
その笑顔は春の花のように美しく、しかし冬の嵐のように残酷さを含んでいた。
「私に勝つつもり? フフ。あと五十年は早いわよ。
でも――戦えた。それだけで十分」
手にしたペチュニアを愛おしそうに眺めながら、
「最後に怯えたのは減点だけど……
賄賂(お花)で加点ね」
そして踵を返し、風に乗って去っていく。
「さあ、行きなさい。
白玉楼でも、博麗神社でも、地底でも。
もうあなたは“自由”よ」
花弁がひとひら、ユウスケの足元に落ちた。
幽香の姿は、雪と風の彼方へ消えていた。