地底スタートの幻想郷生活 修正版   作:四国の探索人

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第36話 不穏な再会

それから一週間。

自由を与えられたはずのユウスケは、なぜかマヨイガの一室に閉じこもり続けていた。

外に出る気力も湧かず、ただ天井を見つめる日々。

紫も藍も何も言わず、距離を置いていた。

 

しかし、一匹だけ我慢できない存在がいた。

 

障子が勢いよく開く。

 

「あのさ!お前!」

 

橙が仁王立ちで飛び込んでくる。

その顔には子ども特有の無遠慮な正直さがあふれていた。

 

「藍様も紫様も優しいから何も言わないけどさ!

 なんでまだここにいるんだ!? 自由になったなら外へ行けよ!!

 ずっと部屋にこもってるとか、気味悪いんだぞ!」

 

その言葉は刃物ではない。

だが、真正面から突き刺さる。

 

ユウスケの胸の奥がひどく軋む。

 

すぐに藍が橙の背中を掴んで抱え上げる。

 

「こら橙、そういう事言っちゃ駄目だろう!」

 

「だって!こいつ全然動かないじゃん!幽霊なの!? 生きてるの!?」

 

叫び声が遠ざかる前に、ユウスケは押し入れの戸をそっと閉めた。

暗闇が、現実より優しい。

 

やがて静かな声が部屋に落ちる。

 

「……藍、橙を下がらせなさい」

 

戸の向こうでも分かるほど、紫の声音には感情がない。

その無機質さが、逆に胸を締め付けた。

 

数分後、障子が静かに開く。

闇に閉じこもるユウスケへ、紫は遠慮なく声を投げた。

 

「幽々子から聞いたわ。触れたんでしょう、西行妖に」

 

その名を聞くだけで心臓が跳ねる。

逃げ場のない現実が再び押し寄せる。

 

「あれは……幻じゃ、なかったんですね」

 

「ええ。本物よ。

 何を見たかまでは知らないけれど――あれは貴方の前世、

 “水橋ユウスケ”の記憶」

 

押し入れの闇に沈んだまま、ユウスケはかすれた声で答えた。

 

「パルスィが……水橋ユウスケと、その女と……

 親族を追い回し、復讐する記憶です」

 

紫の扇がひらりと揺れる音がした。

 

「それで? 殺しをした橋姫を嫌いになったの?」

 

「……いいえ。

 記憶喪失でパルスィを忘れ、別の女性と家庭を築いた私にも非があります。

 恨まれて当然です」

 

その声には、自分への嫌悪と諦念が混ざっていた。

 

「だったら、帰ればいいじゃない」

紫の声はただ淡々としている。

 

「好きなんでしょう? 今も」

 

呼吸が止まった。

 

否定できない。

しかし肯定もできない。

 

「……帰れるわけないじゃないですか

 私が原因でパルスィを妖怪にして……

 彼女に殺させて……

 どう顔向けすればいいんです……」

 

紫は、わざとらしいほど大きなため息を吐いた。

 

「気にしてるのは貴方だけよ。

 橋姫が今の貴方を好きになる理由、考えないの?」

 

ユウスケは答えられない。

心はぐしゃぐしゃで、思考は霧のように散っていた。

 

「……もういいわ。

 そんなに自分で選べないなら――私が選んであげる」

 

紫の足元に、黒い裂け目がゆっくりと広がる。

それは迷いと現実を隔てる境界。

 

気づけば、ユウスケの足元にも同じスキマが開いていた。

 

「あっ――」

 

落下感だけが身体を支配する。

 

紫の声が、どこか楽しげに響いた。

 

「行ってらっしゃい。

 貴方の答えは――きっと、地底にある」

 

ユウスケの身体は、迷いも後悔も抱えたまま闇へと吸い込まれていった。

 

 

 

 

落下の感覚が消え、ユウスケは薄暗い部屋に立っていた。

湿った石壁。閉ざされた空気。

その中心で、うずくまる影がひとつ――

 

金髪が震えていた。

背中越しに伝わる気配だけで、誰だか分かってしまう。

 

「……パルスィ?」

 

その名を呼んだ瞬間、影が微かに怯えたように震えた。

顔を上げたパルスィの瞳は、涙で濡れている。

 

「……ユ、ウスケ? 幻覚……?」

 

震える手が近づき、頬、肩、胸元へと触れる。

そして、指が止まった。

 

そこに確かに“存在”があった。

 

「あ……、本物……? え、ちょ……ま、待って!」

 

パルスィは反射的に両手で顔を覆う。

肩まで真っ赤になっているのが分かる。

 

「い、今ちょっと泣いてたのよ……!見ないでよ……恥ずかしい……」

 

言葉とは裏腹に、声はしっかり震えていた。

ユウスケは静かに首を振る。

 

「そんなことで嫌うわけないですよ、パルスィ」

 

その一言で、パルスィの肩がぴくりと揺れた。

 

「……帰ってきたの?」

 

不安と期待が混ざった声。

触れれば壊れそうなほど脆い響き。

 

「許可をもらって、戻ってこられました。」

 

短く答えると、パルスィは胸に手を当てて小さく息を吐いた。

 

「そ……そう……」

 

だが次の瞬間、ユウスケの表情が硬くなる。

 

「それで……話したいことがあるんです。

 私も少し前に知ったばかりなんですが」

 

パルスィのまぶたがわずかに震える。

不穏な予感を察しているのだろう。

 

「……何?」

 

ユウスケは唇を噛み締め、告げた。

 

「私の前世は――“水橋ユウスケ”だったみたいなんです」

 

空気が、音を失った。

 

パルスィの呼吸が止まる気配がする。

涙は止まったまま、表情だけがゆっくりと変わっていく。

 

「……それ本当?どうやって知ったの?」

 

声は低く、ひどく静かだった。

 

「西行妖に触れた時、見たんです。

 前世の自分が――あなたに殺されるところを」

 

部屋の温度が一気に下がる。

今までの弱々しさが嘘のように消え失せ、パルスィの声は氷塊のように固まる。

 

「……そう。ごめん、再会できたのは、嬉しかったわ。

 でも――出ていってくれない?」

 

それは拒絶でも怒りでもない。

理解出来ぬ現実から考えを避けるための回答だった。

 

ユウスケは何も言えなかった。

明らかな態度の変化に理由が分からなかった。

 

「……ごめん」

 

それだけ残し、部屋を後にする。

扉が静かに閉まる音が、やけに大きく響いた。

 

残されたパルスィは、ぽつりと呟く。

 

「……あのクソ野郎の生まれ変わりが……ユウスケ?」

 

声は震えているのに、何よりも――涙は、もう一滴も落ちなかった。

 

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