地底スタートの幻想郷生活 修正版   作:四国の探索人

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第39話 違和感

一人、家の中で水橋パルスィは天井を見上げていた。

薄暗い部屋に、音はない。

けれど、胸の奥だけがやけに騒がしい。

 

(……なんで、あいつはまた私の前に現れたのよ)

 

記憶の奥を引っ掻くように、あの顔が浮かぶ。

地底から連れ出され、戻ってきて、

何もかもをひっくり返していった男。

 

(復讐? 懺悔? それとも、許しでも乞いに来たつもり?)

 

鼻で笑おうとして、できなかった。

 

(……私は、確かにあいつを愛してた)

 

それだけは否定できない。

だからこそ、裏切られたと思った。

だからこそ、殺した。

 

(なのに……)

 

思考が、そこで止まる。

 

(どうして、忘れたいはずの顔が消えないのよ)

 

嫉妬の妖怪としての力は、今も衰えていない。

誰かの幸せを見れば、胸が焼ける。

妬みは集まり、力になる。

 

それなのに。

 

(あいつがいた頃の方が……)

 

言葉にしようとして、飲み込んだ。

 

「……あーもう!」

 

布団を蹴飛ばし、勢いよく立ち上がる。

 

「考えてても仕方ないでしょ。外よ、外。気晴らし」

 

 

---

 

旧都の通りは、相変わらずだった。

昼間から酒に潰れる妖怪。

肩を並べて歩くカップル。

笑い声。

 

それらを目にするたび、妬みは確かに湧く。

 

(……力は、増える)

 

でも。

 

(それだけ)

 

視線の先で、笑い合う二人組を見ながら、

ふと、どうでもいいことを考えた。

 

(……あんな風に、騒がなくてもよかったな)

 

ただ、同じ屋根の下で、

特別じゃない日々を過ごすだけで。

 

(……馬鹿みたい)

 

そう思った瞬間、聞き慣れた声がした。

 

「おう、パルスィ。珍しいね、外に出てるなんて」

 

振り向けば、星熊勇儀が立っていた。

 

「家にこもってたら、余計に気分が沈むから」

 

「それもそうか」

 

短い沈黙。

勇儀は何も言わず、隣に並ぶ。

 

「……ねえ、勇儀」

 

「ん?」

 

「ユウスケ、どこにいるか知らない?」

 

勇儀の表情が、ほんの一瞬だけ変わった。

 

「どうした?」

 

「……別に」

 

言いかけて、言葉を探す。

 

「話してなかったけどさ。

 あいつの前世、私の夫だったのよ。水橋ユウスケ」

 

「……うん」

 

「知った時はさ、

 浮気したあのクソ野郎が、なんでまた私の前にって思った」

 

視線を逸らす。

 

「でも……」

 

言葉が続かない。

 

「外に出て気づいたのよ。

 妬みで力を得るより……」

 

止めた。

 

「……いや、いい」

 

勇儀は何も言わず、少しだけ笑った。

 

「で? あいつの居場所だけどさ」

 

パルスィは顔を上げる。

 

「ユウスケなら、地底から出てったぞ」

 

「……え?」

 

「前世でお前に酷いことをしたから、

 これ以上傷つけたくないんだとさ」

 

一瞬、何も考えられなかった。

 

「……私、

 “出てって”って言っただけなんだけど」

 

「そうだろうな」

 

勇儀は肩をすくめる。

 

「すれ違いってやつだ。

 ……昔のお前たちみたいにな」

 

「……何それ」

 

問い返したとき、勇儀はもう立ち上がっていた。

 

「なあ、パルスィ」

 

去り際に、ふと振り返る。

 

「昔の話だけどさ。

 お前、どうして“水橋”の名字を捨てなかった?」

 

答えは、すぐには出なかった。

 

「……そんなの」

 

言いかけて、言葉が途切れる。

 

勇儀はそれ以上何も言わず、背を向けた。

 

「飲み足りない。次の店だ」

 

その背中を見送りながら、

パルスィは立ち尽くしたまま動けなかった。

 

(……どうして)

 

胸の奥に、言葉にならない違和感が残る。

 

(どうして、私は――)

 

“水橋”という名を、

今も捨てていないのか。

 

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