スペオペ世界でモンスターを専門に狩っている狩人の話   作:アスピラント

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夢はでっかく富、名声、地位

「……はぁやっと気分落ち着いた……」

「なんかどっと疲れたな……」

 

 ガルダとアポロニアは数時間のフライトを終え、一息吐いていた。狩りに疲れたわけじゃない、粘菌の怪物を倒して討伐の証だと原住民に見せたらば、いきなり感謝の儀式みたいなのが始まり、先祖の加護が在らんことをとめちゃくちゃ丁重に扱ってくれたのだ。

 

 2人からすればそんな大層なことをした自覚はなかったのだが、とりあえず無碍にする訳にもいかず儀式に参加――したところまでは良かった。

 

「あんま言いたくないけどめちゃくちゃまずい汁飲まされたのが、いっちばんきつい」

「彼らなりの感謝だろ……」

「でもガルダの顔が青白くなってたぞ」

「言うなよ……」

 

 思い出すだけで反吐が出そうだ。

 今後は気をつけた方が絶対にいいだろう。

 

《目的地まで……数分です》

「お……そろそろか」

 

 ワープ航行を終え、ヴァラクが空中に漂うセキュリティゲートを通り過ぎた瞬間、カモフラージュが解けて漆黒の宇宙空間から、煌びやかで巨大な宇宙港が姿を現す。

 この宇宙港こそ、イェーガー達が拠点としている基地である。

 

「やっと戻ったな――クルーシブル」

 

 イェーガー達の本拠地――クルーシブルはあらゆる銀河に点在している。そのどれもが関係者以外お断りの秘密基地、星やでっかい船、宇宙ステーションとスペースコロニーから、挙げ句の果てには巨大な怪物の骨の中まで多種多様。

 

 クルーシブルはイェーガー達が飲み食いしながら語らい、依頼を受けたり、宴に興じたりする場所であり、我が家でもある。

 

「とりあえずは……だ、研究所の付近のドッキングベイに停めるぞ」

「はいよ」

 

 ヴァラクが減速し重厚な装甲に包まれたドッキングベイへと滑り込む。クルーシブル・ノヴァ──それがこの宇宙港の正式な名だ。

 

 この港はただの停泊地ではない。まるで宇宙に浮かぶ一つの都市のように、多層構造のフレームの中には無数の居住区、店舗、工房、娯楽施設が広がっている。

 

 鉄とガラスの無機質な建造物が幾重にも重なり、その合間を縫うように光のホログラムが流れる。ネオンが輝く夜の街並みのようなメインストリートには、イェーガーたちが行き交い、酒場では討伐の武勇伝が飛び交い、依頼掲示板の前では仕事を求める者たちがたむろしていた。

 

 遠くには整備ドックがそびえ、大小さまざまな戦闘艦や輸送船がメンテナンスを受けている。巨大な広告ホログラムが空間に浮かび、賞金首の情報や新型装備の宣伝が流れる。そのすべてが、イェーガーのための町だった。

 

 ヴァラクが着陸態勢に入り、機体がわずかに揺れる。

 

「……っと、着いたな」

「どっと疲れたし、酒場行きたいなぁ!! ふぅ!!」

 

 アポロニアがシートベルトを外しながら、酒を飲む仕草をしてくる。ガルダも飲みたくて仕方ない気分だったが、まだやるべきことがあった。

 

「後だ後。先にこいつを届けないと」

 

 ガルダは機内のコンテナに目を向ける。そこには、ラナ・クゥオーレで回収した粘菌怪物のサンプルが収められていた。

 

「あー……そうだった。って事は……」

「ヴェイン博士に会う」

「……あの偏屈オヤジかぁ、はしゃぎそう」

 

 アポロニアは露骨に嫌そうな顔をする。

 ヴェイン博士はまぁ何というか変わり者だ。

 好ましいと思うようなイェーガーは少ない。

 ただ知識はピカイチで、頼りにはなる。

 

《――おかえりなさい、ガルダ、アポロニア》

「さて……着いたから降りるぞ」

「ういうい」

 

 ドッキングベイのゲートが開き、二人は貨物リフトに乗って宇宙港の内部へ向かう。研究区画は、港の中心部からやや離れた場所に位置している。

 

 道中、数人のイェーガーがガルダたちに手を振った。酒場からは楽しげな笑い声が聞こえ、どこかの新人イェーガーが先輩に叱られている光景も見える。

 

「さ、さけぇ!」

「我慢しろ」

 

 アポロニアは酒場を血走った目で見ていたが、ガルダは頭を掴んで前へ向かせる。

 

 エレベーターで数層降りると景色は一変した。

 無骨な金属の廊下に無数のパイプが走り、所々に液体が漏れた跡がある。研究区画は華やかな宇宙港の賑わいとは無縁の場所だった。

 

 研究所の扉の前に立つと、ガルダはインターフォンを押す。

 

「ヴェイン博士、持ってきたぞ」

 

 返事はない。

 

「……無視?」

 

 アポロニアが眉をひそめたその時、突然ドアがゴウンッと開いた。

 

「おおっ、よく持ってきたな! 早く入れ!」

 

 白衣を着崩した長身の男が、興奮気味に二人を迎え入れた。ヴェイン博士──宇宙生物学の権威だが、あまりにも研究に没頭しすぎて偏屈なことで有名な人物である。

 室内には無数の標本が並び、ホログラムに異形の生物のデータが浮かんでいる。

 

「さあ、サンプルはどこだ!? 例の粘菌怪物の詳細を知りたいんだ!」

 

 ガルダは無言でコンテナを持ち上げ、目の前の作業台に置いた。ヴェイン博士は食い入るようにコンテナを開き、中のサンプルを確認すると、目を輝かせる。

 

「素晴らしい……! こんなに良好な状態で回収するとはな! ガルダ、お前やはり只者ではないな!」

「種類とかってすぐ分かるか?」

「それは分かるだろう……少し待て!!」

 

 麗しの宇宙生物よ〜と謎の鼻歌を歌いながら、ドン引きするスタッフ達に命令するヴェイン博士。アポロニアは少し首を傾けながら、ガルダとこっそり話す。

 

「ほら、やっぱはしゃいだ」

「こいつは珍しいもんなのかね」

 

 ガルダとアポロニアも生物には詳しいが、討伐対象の怪物となると常識が当てはまらないケースが多々ある。だからこそこの怪物が、一体どれほどの奴かは想像つかなかった。

 

 それから数分待つと――ヴェイン博士が戻ってきた。

 端末には解析結果を入れているようだった。

 博士は手早く分析装置を操作し、ホログラムにサンプルの構造データを映し出した。

 

「まずこいつ何かわかった、これはアニポエントの変異体だな」

「アニポエント?」

 

 ガルダが眉をひそめる。

 

「アニポエントは、特殊な適応能力を持つ粘菌型生命体だ。環境に応じて自在に形状を変え、必要に応じて他の生物を捕食しその特徴を取り込む。宇宙の未開惑星で時折見つかるが、通常はそこまで脅威じゃない……」

「じゃあ、今回のは?」

「問題はその変異だ。この個体は通常のアニポエントとは異なり、異常なまでに増殖速度が速い。通常のアニポエントなら、宿主を侵食するまでに数日かかるが、こいつは数時間で完全に覆い尽くすポテンシャルを秘めている」

 

 ヴェイン博士はホログラムに映し出された細胞データを指し示した。

 

「さらに、この遺伝子構造……明らかに人為的な改変が施されている。元は自然界のアニポエントだったとしても、誰かが意図的に強化した痕跡がある」

「生物兵器……?」

「じゃなくても、また違う怪物が変異させた可能性もある」

 

 つまりいずれにせよただの自然界の生き物じゃない。

 ガルダは険しい顔をした。

 

「しかも、こいつの細胞は休眠状態の時でも極めて高い耐久性を持っている。下手に放置すれば、どこかの惑星をまるごと飲み込むことになりかねんぞ」

「……最悪じゃねぇか」

 

 ガルダは頭を掻きながら、深く息を吐いた。

 

「とりあえず詳細な解析結果が出るまでは預かる。何か類似の案件がないかは上と協力して探す。もしかしたらお前達にはまた変異体の仕事が舞い込むかもしれない」

「……はぁ、嫌な予感しかしねぇ」

 

 ガルダとアポロニアは呆れ気味にため息を吐く。ただ仕事があるのはありがたい。こっちはとにかく実績をつくりたい。

 

「さて貴様らは帰れ、これから私はこのお宝を吟味せねば……ぐふふふ」

 

 ヴェイン博士が不気味に笑いながら奥へ行くのを見届けると、ガルダとアポロニアは顔を見合わせる。これでようやく仕事からは解放された。

 

 ならば当然この後は――

 

「「酒場行くぞ」」

 

 お楽しみタイムだ。

 

 ◆

 

 ヴェイン博士の研究所を後にし、ガルダとアポロニアは一直線に酒場へ向かった。クルーシブル内でもひときわ賑やかなその場所は、「ドラケンの巣」と呼ばれるイェーガーたちのたまり場だった。

 

 重厚な金属製の扉を開けた途端、活気あふれる喧騒が二人を包み込む。

 長いカウンターには色とりどりの酒瓶が並び、天井には宇宙船のエンジンパーツを加工した巨大なシャンデリアがぶら下がっている。

 店の奥では楽師が陽気な旋律を奏で、中央では腕自慢のイェーガーたちが腕相撲で盛り上がっていた。

 

「うぐぅおおお……!!!」

「ふっ」

 

 男2人が超人的な力で拮抗する場面はかなり緊迫感があった。しかし1人は余裕そうに笑うと、勢いよく対戦相手を吹っ飛ばす勢いで押し倒した。

 

「おらぁ!!!」

「ぐお!!」

 

 ドォンと床に倒れ伏す男を見て周りは更に騒ぐ。

 

「「「うぉぉぉ!!」」」

「てめえアレックス!! 負けやがって!! お前に賭けていたのによ!! ふざけんな!!」

 

 どうやらいつもの如く賭け事に興じていたようだ。

 相変わらずいつも通り、荒っぽくて()()である。

 

「何故か実家みたいな安心感すらある」

「確かに……」

 

 二人は自然と笑みを浮かべ、空いている席へと向かう。

 カウンターでは、すでに何人ものイェーガーが酒を片手に談笑していた。誰かが討伐の武勇伝を語れば、周囲がどっと笑い、別の誰かが新しい仕事の話を持ちかける。

 ガルダたちが席に着くや否や、馴染みの給仕が近づいてきた。

 

「おかえり、ガルダ! アポロニアも!」

 

 青みがかった肌に艶やかな黒髪を持つ給仕の娘が、にこやかに声をかけてきた。彼女の名はリシェル。異星種族の出身で、この酒場の給仕兼看板娘の1人だった。

 

「お、リシェル。今日も忙しそうだな」

「そりゃね。あんたたちみたいな稼ぎのいいイェーガーが帰ってくるたびに、酒の消費量が跳ね上がるからねぇ!」

 

 リシェルは悪戯っぽく笑いながら、手慣れた動きで二人の前に酒を並べる。琥珀色の液体がたゆたうジョッキと、キリッと冷えた透明な酒のボトル。

 さらに、香ばしく焼き上げられた肉料理や、スパイスの効いた異星の果物が次々と運ばれてくる。

 

「じゃお2人さんは?」

 

 その言葉に、ガルダとアポロニアは顔を見合わせ、声を揃えて答えた。

 

「リュミドーラのグリルとグローム貝の蒸し焼き、それからスパイシースティンガー」

「あとアポロニア用にクイックシルバーな」

 

 リシェルはくすっと笑い、軽く肩をすくめた。

 

「はいはい、()()()()()

「今日は特にお口直ししてぇからな……」

「そうそう……」

 

 あの儀式で飲まされた劇物の味がまた蘇る前に、好物の味で封殺しておきたい。特にリュミドーラは小型の竜種の中でもとりわけ身が引き締まって、ジューシーな肉がめちゃくちゃ美味い。スパイシースティンガーは、海洋惑星で獲った甲殻類の尾肉を高温のオイルでカリッと揚げ、強烈なスパイスをまぶした名物料理だ。

 

 ガルダとアポロニアは、昔からこの料理が大好きだった。

 というか基本的に肉系は全部好きだ。

 

「――少し待ちな」

 

 リシェルは笑いながら厨房へと向かい、ほどなくして香ばしい料理の数々がテーブルに並んだ。リュミドーラの肉はジューシーに焼かれ、グローム貝は磯の香りを漂わせながら湯気を立てている。

 スパイシースティンガーは見ただけで辛さが伝わってきそうな赤いスパイスにまみれ、クイックシルバーは透き通る銀色に輝いていた。

 

「「乾杯!!!」」

 

 二人はジョッキを掲げると、勢いよく乾杯した。

 酒が喉を流れ、疲れがじんわりとほどけていく。

 

「は〜っ、染みるぅ……! クソまずい儀式汁の後だから、なおさら!」

「だから言うなって……何だよ儀式汁って……」

 

 ガルダが苦笑いする中、リシェルが興味深そうに身を乗り出した。

 

「なになに? 儀式って?」

「それがさぁ……」

 

 アポロニアは、今日の仕事の帰りに巻き込まれた儀式の話を身振り手振りで語り出す。リシェルは目を輝かせながら聞いていたが、やがて吹き出した。

 

「なにそれ、面白すぎる! で、その汁ってどんな味だったの?」

「うーん、例えるなら……めちゃくそに青臭い雑草を煎じた上から腐った肉をまぶしたよーな……」

「最悪すぎ……!! くふふ」

 

 リシェルは大笑いしながら、別の給仕に追加の料理を頼んだ。ほどなくして、熱々のスープや香ばしい焼き串がテーブルに並ぶ。

 

「今日はこれで打ち消しな、イェーガーさん」

「「ありがとう……」」

 

 本当に感謝してもしきれない。もはや崇める勢いだ。

 リシェルが去った後にまたグビッと飲むと、2人は今後について話した。

 

「昇格まで……あとどんぐらいかな……粘菌モンスターじゃまだだったし」

 

 組合に確認してみたものの、まだまだ昇格には早いとクエストカウンターに言われたのだ。落ち込んだアポロニアは今飲みたくて仕方なかった。

 

「多分……5つぐらいダスク級の依頼やればいい――筈」

「根拠は?」

「周りにいたイェーガーから聞いた話」

「……酔っ払ってる連中から聞いたの?」

 

 アポロニアは周りをぐるりと見て、見事に酔っ払って騒ぐおっさん達を見る。絶対意識ないまま答えているし、参考にはならないだろう。

 

「いやいや、案外マジだろ。ダスク級になってから1年……結構頑張ってきたし」

 

 イェーガーのランクは全部で9つある。

 新米のナイトフォール。

 基礎的な力を身につけたダスク。

 中堅の入り口であるトワイライト。

 実績から銀河文明から信頼を得たホライゾン。

 イェーガーとして成熟し、複数の文明を救い、周囲からも尊敬されるサンライト。

 伝説的な怪物、および存在を制してきたラディアント。

 そんなラディアントをチームとして率いるアストラ。

 神話級の英雄であるルーメンと、最上位であるゼニス。

 

 幾つものランクがあるほどイェーガーの層は非常に厚く、全宇宙にいるあらゆる異常な戦闘能力を持つ者が集っている。もはや狩人というよりか、ある種の国家に縛られない英雄と見られている。

 

「トワイライトになれば一気に仕事の幅広がるからねー」

 

 アポロニアはグビグビ飲みながら言う。

 仕事の幅が広がれば……当然金もたくさん稼げるし、有名にもなる。

 

「でもここまで来るのに、まだ1年だぜ? 順当も順当だ」

「まさか私とアンタでチーム組んで上手く行くとは思わなかったわ」

「本当だな」

 

 1年前にナイトフォールを脱して巡り合った2人だが、最初はあまり仲良くなかった。2人を引き取ってくれた()()が同じで、意外と気が合うかもという計らいでチームアップしたのだ。

 ただ2人とも似た者同士が故に衝突し合い、地形が変わるような喧嘩だってした。だからこそもう隠すことなんてないぐらい、2人はお互いを理解していた。

 

「お互い……はみ出し者同士だしな」

「あんたはナノウィルス適合者、アタシは自称神を名乗る種族の不良……ね。くふふ……変な組み合わせ」

 

 お互いそれなりに訳ありな出自で、共通点も多い。

 ただイェーガー自体、訳ありな連中が行き着く居場所である。どこにも馴染めず……疎まれてきた者が1発逆転を狙えるのだ。

 

「でも今思えばそのおかげで、この連携があるのかしら」

「だなぁ、師匠には感謝だ」

 

 そしてガルダは酒を前に掲げる。

 アポロニアも同じようにする。

 

「目指すはゼニス!!」

「夢はでっかく富、名声、地位、全宇宙の頂点!!」

「「お互いくたばるなよ!!」」

 

 そして2人はお互いに腕を組み合わせるようにして酒を飲み交わして、豪快にテーブルの上に置く。

 

「ぷはぁ!! 今の関係性なら真正面からアンタをディスれるわ」

「ふざけんな、せめて褒めろよ――っと!」

「あ! アタシのスティンガー奪うなごらぁ!!」

 

 アポロニアがいきなりガルダの襟をつかみ、ぐわんぐわんと揺らす。すると周りにいたイェーガーは一気に立ち上がって囃し立てる。

 

「お! 若手がやる気だぞ!!」

「やれやれ!!」

「ただ死人出すレベルはやめろよ!!」

 

 荒くれ者だけど、死人はNGという妙な律儀さを出す周りの大人たちに乗せられた2人はお互いにつかみ合う。

 

「頂点目指す前にどっちが上か決めんのもありだなあ……!」

「アタシが上に決まってんだろ……!」

「くははは……良い度胸だなぁ!」

 

 お互い火花散る勢いで睨み合う中、店のカウンターの奥から巨大な影が現れる。給仕の女スタッフは顔をひくつかせながら影から離れる。

 

「うっしゃ、じゃあこれから――」

「おい、ガキ共」

「「……え」」

 

 今から普通に戦おうとした瞬間――2人の肩にデッカい手が置かれた。ガルダとアポロニアはガタガタ震えながら振り返ると、身長3メートルはあるゴーレムみたいな女主人が、赤い目を光らせながら見下ろしていた。

 

「許可してんのは腕相撲だけさね……普通にどんぱちするならここで床のシミにする」

「「ごめんなさい」」

「…………わからりゃいいんだよ、ガキ共」

 

 もしかしたら最強はあの店主では――とガルダとアポロニアの2人は思った。

 

 ◆

 

 青く澄んだ海が広がる惑星ルヴェル。

 その一角にある自然豊かな地域、ラダリエ沿岸生態圏はかつては穏やかな生態系を維持していた。しかし今その調和は突如として崩れ去ろうとしていた。

 

「――あり得ない……」

 

 研究員エリス・フォーゲルは標高のある観測ポイントから、双眼スキャナーを覗き込んでいた。高度なセンサーを搭載したこの機器は生体情報をリアルタイムで解析し、対象の体温、心拍数、DNA変異の兆候まで読み取ることができる。しかし、今スキャナーに映し出されたデータは到底信じがたいものだった。

 

「……何が起きてるの……?」

 

 エリスの視線の先にはかつて静かに砂浜を歩き、藻を食んでいたはずのマリオンリザードが血にまみれていた。本来ならば穏やかな草食性のトカゲ型生物である。しかし今、その一匹が牙を剥き、同族の肉を引き裂いている。通常のマリオンリザードの体長は1メートルほどだが、その個体は倍以上に膨れ上がり皮膚は黒ずんで硬化していた。

 

 新種ではない、体の特徴からそれぐらいは分かる。

 

「突然変異……? でも……こんな急激な……!」

 

 彼女は急いでスキャナーを操作し周囲の環境データをチェックする。しかし放射線や毒性物質の異常は検出されない。それなのに、この地域の生物たちは明らかに変質していた。

 

 視線を別の方向へ向けると、草むらの奥で別の異変が起きていた。水辺の近くに群れを成していたクレイドホッパー——カニとカエルを掛け合わせたような生物が、異常な速度で跳ね回り、互いを襲い始めていた。通常ならば集団で行動し、海の小さな生物を食べるだけの無害な存在のはずだった。しかし今、その鋭い脚が仲間の殻を突き破り、赤黒い体液が地面に飛び散っていた。

 

「……こんなの生態系の崩壊どころじゃない!」

 

 恐る恐るスキャナーを拡大し、さらに遠くの海岸線へ視線を移した。そこには、かつてこの地域の頂点捕食者だったヴォルガンタイガーの姿があった。虎のようなしなやかな体を持ち、海辺の森を駆ける俊敏な生物。しかし、その巨体は今、さらに異常なほど膨れ上がり、皮膚には無数の脈打つ腫瘍が浮かび上がっていた。通常なら単独行動をするはずのこの生物が、他のヴォルガンタイガーと群れをなし、共食いを繰り返していた。

 

エリスの背筋に冷たいものが走る。

 

「何が……この星で起きているの……?」

 

 耳元の通信機から、基地の同僚の声が入る。

 

《エリス、そっちの状況はどう? こっちも異変を確認した、すぐに戻って!》

「……すぐに戻るわ……一応あそこにも連絡しましょ」

 

 彼女はスキャナーのデータを保存してどこかへメールする。

 この異変の原因は必ず突き止めなければならない。でなければこの星のライフサイクルは崩壊し、多数の生き物が死に絶える。

 

 ならば最後の希望に託すしかない。

 

《あそこ?》

「イェーガーよ……この事態の解決には彼らの力が必要になるかもしれないから」

 

 この宇宙のバランスを守る狩人の手に。

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