スペオペ世界でモンスターを専門に狩っている狩人の話 作:アスピラント
色々ありました……
白い壁と無機質な照明が、妙に冷たく感じられた。
惑星ルヴェルの潮風に満ちた空気とは打って変わって、研究所の内部は無音で、時間そのものが止まったように静かだった。
ガルダたちは討伐したヴォルガンタイガーの遺体を研究施設の搬入口に運び込んだ後、クリーンエリアへと入ったエリスと研究員たちを見送り、今は簡素な待合室で結果を待っていた。
壁の一角に埋め込まれた透明なガラス越しに、研究員たちが防護スーツ姿で解剖・分析を行っている様子がうっすらと見える。蛍光灯の白光が金属製の台に反射し、血液が試験皿に落ちるたび、チリチリと微かな音が響いた。
「……結構時間かかりそうだな」
ガルダが椅子の背にもたれながら、低く呟いた。
戦いの余熱をまだ身体に残したまま、彼は腕を組んで天井を見上げる。金属の通気孔から流れる冷気が、汗を乾かしていくのがわかる。
「そりゃそうだろ。何せよくわからない物資を解析するんだ。むしろここで待ってるだけで済むなんて、あいつら優秀過ぎるぜ」
リルルが足を投げ出しながら、手に持った冷却水のボトルをラッパ飲みした。戦闘の直後でも、彼女のエネルギーは尽きない。むしろこういう静けさの方が、落ち着かないらしい。
「あんた楽しそうだな」
アポロニアが呆れたように眉を上げた。
彼女はいつもの赤い髪を後ろでまとめ、腕に包帯を巻きながら座っている。肩口には軽い火傷の跡があり、炎の出力を限界まで上げた影響が残っていた。
「いやぁ……だって、ほら。なかなかヒリつく戦いだったろ? イェーガーなら興奮しない方がおかしいぜ。ケケケ」
リルルの言葉に、ガルダは苦笑を浮かべる。
「相変わらずだな」
「何すまし顔してんだよガルダ。狩人なんてみんな似たようなもんでしょ? ガルダもあの瞬間ちょっとワクワクしてただろ?」
「……否定はしねぇけどな」
そう言って、ガルダは小さく笑った。
確かに――あの瞬間、命を懸けた興奮はあった。獣との死闘、その先にしか見えない世界がある。狩人にとってそれは恐怖ではなく、むしろ求めてしまうものなのだ。
「にしても……」
レクスディアが椅子の上で姿勢を正し、窓の外の分析室を静かに見つめながら言った。
「今回の件……やっぱり妙だな。普通あんなに複数の種が同時に狂暴化するなんてあり得ない。X-03とかいう物質が原因だとしてもどうやって広がった?」
「そうだよな」
ガルダも頷く。
「たしかにヴォルガンタイガーの中に異常物質が溜まってたけど……あれが自然発生するとは思えねぇ」
「自然現象なら、もっとゆるやかに拡散するはずだしな。まるで、誰かが仕組んだみたいだ」
レクスディアは確信しているようだ。
その言葉を聞いて、リルルが眉をひそめる。
「なぁ、それ……もしかしてさ」
「ん?」
「イカれた研究者の実験とか、そういうオチじゃねーだろうな?」
ガルダが苦笑する。
「……お前、すぐそういう方向に話を持ってくな」
「だってさ! この手の話って大体そうじゃん? 誰かが『生態系の進化を促すための実験だった』とか言って暴走してるパターン!」
アポロニアがため息をつく。
「リルル、映画じゃないんだから」
「いや、案外馬鹿にできねぇぞ」
ガルダが腕を組み直して、低い声で言った。
「この星は辺境だ。監視の目も届かねぇし、研究の名の下に何でもやろうと思えばできる。もし何者かが《X-03》を人工的に作ったとしたら……今の状況に説明がつくかもしれねぇ」
「そうなると……相手はただの生き物じゃなく、人間ってことか」
レクスディアが目を細めた。
「まあ……もし本当に人間の仕業なら、俺たちの仕事じゃねぇな」
ガルダが軽く笑って言うと、リルルが肩をすくめて返した。
「だな。イェーガーは獣を狩る。犯罪者や何かしらの組織はお国に任せる」
「けど犯人が自分で手を加えた獣を使ってるなら……話は別かもな」
アポロニアのその言葉に、部屋の空気が少しだけ重くなった。誰も口を開かず、ただ、換気ファンの低い唸りが響く。
数分間、静寂が続いた。
それぞれの胸の中に、今後の予感のようなものが広がっていく。リルルが退屈を誤魔化すように椅子を揺らし、レクスディアは目を閉じて短い瞑想を始めた。アポロニアは包帯を巻き直しながら、ぼそりと呟く。
「終わったかな?」
その時、ちょうど待合室の自動ドアが静かに開いた。
白衣姿のエリスが、少し息を切らせながら現れたのだ。
表情は真剣で、手にはタブレット端末を握りしめている。その背後から、数名の研究員たちも続いた。彼らの顔には疲労の色がありながらも、どこか張り詰めた緊張が漂っている。
「皆さん、分析結果が出ました」
その声は、空気を震わせるような緊迫感を帯びていた。
室内の温度が一瞬で下がったように感じる。
ガルダが立ち上がり、真っ直ぐにエリスを見つめた。
「そうか……で、どうだった?」
エリスは唇を結び、ゆっくりと息を吸った。
「――結論から言います。これは自然発生したものではありません」
静寂が落ちた。
エリスの言葉は続いた。
「X-03の分子構造に、人工的な操作痕が確認されました。つまり、誰かが作ったものです」
「人が作ったものか……」
「いや、その気になれば生物自身が作用する事もあります。なので……断定はまだ早いです」
エリスはタブレット端末を操作し、部屋の中央に立体ホログラムを展開した。青白い光が空中に浮かび、立体的な地形図がゆっくりと回転する。そこにはラダリエ沿岸生態圏の広大な地形が表示されており、複数の赤い点と、それを取り囲むように淡い黄色の帯が重なっていた。
「これが……詳細な分析を行った上で特定したX-03の分布図です」
エリスの声はいつもよりわずかに低く、張り詰めていた。
ガルダたちは立ち上がり、ホログラムの周囲に集まる。
「赤い点が高濃度域、黄色が中程度の検出反応を示す範囲です。ヴォルガンタイガーの体内から採取した成分と照合したところ、ここと……ここ、それからこの奥地の3か所に類似波形が確認されました」
エリスが指でなぞると、赤い輝点が拡大される。
その形は、まるで何かが地下から染み出しているような、歪な広がりを見せていた。
「つまり、この星の各地で同じ物質が出てるってことか?」
ガルダが腕を組みながら尋ねた。
「はい。しかも……時間の経過とともに広がっているようです」
エリスは唇を引き結び、隣の研究員に視線を送る。彼女の背後のモニターには、時間軸を変えたシミュレーション映像が映し出されていた。
10日前は点のようだった赤い斑点が、今日のデータでは数倍の広さに拡散している。まるで呼吸するように、地表の下から脈動しているようだった。
「おいおい……ちょっとこのペースはまずいんじゃね?」
リルルが目を細めてホログラムを睨む。
その声音には、かすかに苛立ちが混じっていた。
「私たちもそう考えています」
エリスは頷いた。
「調査の過程で、観測用ポッドを沿岸部と密林地帯の複数箇所に設置しました。環境データと分子濃度をリアルタイムで取得するよう設定してあります。その結果――」
再びホログラムが切り替わる。
地図上に、無数の微小な点が浮かび上がり、グラデーションが描かれる。青から赤へ、そして紫へ。
赤が濃くなるほどX-03の成分が高濃度で存在することを示していた。
「こちらです。もっとも濃度が高く、しかも一定周期で放出反応を観測したエリアになります」
指し示されたのは、彼らが現在いる研究拠点から北へ二十キロほどの地点。鬱蒼とした密林地帯の奥――地形データでは小さな峡谷が存在し、その内部に洞窟のような空間が確認されていた。
「……放出反応?」
アポロニアが眉を上げる。
「はい。X-03は気化した状態でも検出できるのですが、ここでは一定の周期で“濃度の上昇”と“減少”が交互に現れるんです。これは、何かが周期的に物質を放出している、もしくは活動している可能性が高いと考えられます」
「つまり、そこが発生源の可能性があると?」
レクスディアの問いに、エリスは静かに頷いた。
「ええ。恐らくですが」
言葉を選びながら、エリスは視線を落とす。
だがその目の奥には、研究者としての直感的な確信があった。ガルダは腕を組み、ゆっくりと吐息を漏らす。
「……なるほどな。そこに行けば、何かが分かるわけか」
「はい。放出源の確定、あるいは異常の中心を突き止めることができれば、X-03の生成過程を逆算できます。発生原因を突き止められれば、この惑星全体への汚染拡大も防げるはずです」
その言葉を聞いたリルルが、椅子から立ち上がって言った。
「思った以上に激ヤバだな」
「しつこく言いますが可能性が高いというだけで、罠の可能性もありますよ。現段階では断定できません。ただあの地域だけ異様な反応が出ているのは事実です。もし人工的な干渉があるなら、そこに何かしらの装置か、生物……あるいは何者かがいる可能性があります」
エリスは姿勢を正し、まっすぐに狩人達を見た。
「この異常の真相を突き止めたいんです。もしそこに、この星を蝕む元凶が存在するなら……その発生源を、どうか討ってください」
研究員たちは息を呑み、部屋の空気が再び張り詰めた。
リルルがニヤリと笑う。
「頼まれたからにゃ、やるしかねぇなリーダー」
「言われずともやるさ」
ガルダは短く答え、壁際に掛けられた装備ラックへ向かう。
遅れて残りのメンバーも向かうと、エリスが言った。
「現地の座標データは送ります。どうか……良い狩りを」
◆
エリスから送られた座標データをナビゲーションに転送し、ガルダたちはすぐに出発した。
北方二十キロ――鬱蒼とした密林地帯。その中にぽっかりと空いた巨大な岩の裂け目。
そこがX-03の濃度が最も高い地点だという。
「……空気が重ぇな」
ガルダが呟く。
頭上の樹冠が太陽光を遮り、密林は昼間だというのに薄闇に沈んでいた。湿った土の匂いとともに、腐敗したような異臭が風に混じって流れてくる。
「もう……普通の森じゃないな」
アポロニアが周囲を警戒しながら言う。
彼女の炎の魔力がわずかに灯り、紅の光が足元の蔦や倒木を照らした。しかしその光の中で異様な光景が目に入る。
「見ろ……動物が……」
レクスディアの声に皆が目を向けると、そこには倒れ伏した獣たちの姿があった。まるで何かに生命を吸い取られたかのように干からび、皮膚は灰色に変色している。
鳥類も、爬虫類も、小型の哺乳類も、すべて息絶えていた。
「くっ……この臭い……!」
リルルが鼻を覆いながら顔をしかめる。
ガルダは顎を引き、ナノ防護マスクを展開する。
カシャン、と小さな音を立ててヘルメットの内側にシールドが展開される。他の三人も同様に防毒フィルターを起動した。
「X-03の影響だな。吸い込めば即アウトかもしれん」
「だいぶ荒らされてるわね、確かに惑星規模で広がったら……この星は滅亡するわ」
アポロニアの声が通信を通して響く。
マスク越しでも彼女の緊張が伝わってくる。
ガルダは周囲を見渡し、慎重に進むよう手で合図を出した。
足元に広がる地面は、不気味なほど柔らかい。
植物の根が枯れ、腐敗した層が幾重にも重なっている。
踏むたびにぬかるみが音を立て、淡い蒸気のようなものが立ち上がった。
「……まるで腐った肉の中を歩いてるみてぇだ」
リルルのぼやきに、誰も返事をしなかった。
ただ、進むべき方向に――徐々に異様な光が見え始める。
洞窟の入り口だ。
岩肌が半ば溶けたように歪み、そこからぼんやりと黄緑色の燐光が滲み出ていた。
地中に含まれるX-03が、光反応を起こしているのだ。
「……ここが源か」
ガルダが呟く。
四人はゆっくりと洞窟へ足を踏み入れると中は広大だった。まるで地底神殿のように奥へ奥へと続き、天井は高く、鍾乳石が滴を垂らしていた。
だが、その光景は神秘とはほど遠い。
「めちゃくちゃ大量の生き物が死んでるぞ」
ガルダがその光景を見て抱いたのは――死だ。
あらゆる場所に、死骸がが散らばっていた。
洞窟内の壁際には、変異の途中で動きを止めた動物たちが転がっている。皮膚が裂け、骨が露出し、体組織が異常な形で膨れ上がっている。
かつての姿を留めないほどの異形だった。
「……これ、全部X-03による変異か?」
「細胞組織が異常増殖を起こしてる……まだ動いてるやつもいるぞ」
レクスディアが槍を構え、息を呑む。
視線の先で、変異した小動物がもがいていた。
血にまみれた口を開け、掠れた声を上げて動こうとするが、すぐに崩れ落ちる。
「可哀想に……」
アポロニアの瞳に、わずかな哀しみが浮かんだ。
彼女が一歩踏み出そうとしたその瞬間――。
――ズゥゥゥゥンッ!!!
洞窟全体が揺れた。
岩壁が軋み、天井から粉塵が落ちる。
ガルダが即座に指示を飛ばす。
「全員後退っ!」
しかし遅かった。
右手の壁が爆発するように吹き飛び、破片と共に――“それ”が姿を現した。
「ギャオオオオオオオオ!!!!」
巨大な翼の一振りで、洞窟内の空気が唸りを上げて押し寄せる。続いて光を受けてヌラリと輝く鱗が現れたが、その色は正常ではない。黄緑色の血管のようなものが全身を這い、動脈のように脈打っている。
そのたびに、X-03の燐光がうごめくように体表を走った。
「なっ……!」
アポロニアが息を呑む。
洞窟を満たす異臭の中、吹き飛んだ岩壁の破片の奥から現れた怪物はヴォルガンタイガーなんかより、遥かに強大な存在だった。
黄緑色に脈動する鱗、ねじれた角、そして巨大な翼。
その存在が放つ圧だけで、周囲の空気が歪んだ。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
咆哮が洞窟全体を震わせ、衝撃波のような風圧が四人の身体を襲った。黄緑の粒子が舞い上がり、洞窟の壁面を不気味に照らす。
アポロニアの目が見開かれる。
その瞳には、理解と拒絶が入り混じった驚愕の色。
「ま、待って……こいつ……まさか――」
ガルダが振り向く。
その瞬間、炎の光が怪物の全貌を照らし出した。
「バロルか……!」
トワイライト級ワイバーン――バロル=ネフィリオン。
かつて惑星ルヴェルとは別の惑星――重力圏カロナ=エリアの支配種として知られ、高空圏での狩猟を主とする飛竜だった。通常の火竜とは異なり、空気を媒介にしてプラズマを発生させることができる。
ガルダ達ダスク級の狩人が群れて挑んでもまず帰還できないと言われており、1つ上のランクであるトワイライト級が対応する怪物だった。
しかも通常種とは違い、変異している種族だ。
片翼は黒く腐食し、筋肉の間からX-03の光る繊維が絡みついている。その血管は蠢き、まるで別の生命体が内部から動かしているかのようだった。目は完全に濁り、瞳孔が裂け、光ではなく病的な燐光を放っている。
「おいおいおいおい……! なんでこんなもんがこの星にいんだよ!?」
リルルが叫び、棍棒を構える。
アポロニアは歯を食いしばり、額に汗を滲ませた。
「ありえない……この種はルヴェルにはいない……! 誰かが持ち込んだってこと!?」
「おい、来るぞ……」
ガルダが静かに呟くと同時に、ワイバーンの顎が大きく開いた。
熱波が走る――黄緑色の光を帯びたエネルギー弾が形成され、洞窟内に轟音が響く。
「全員、散開っ!!」
ガルダの怒号が飛ぶ。
次の瞬間、爆発音とともにプラズマ弾が放たれた。
空気が裂け、地面がえぐれる。
まともに食らえば致命傷は免れないような攻撃を、視界一杯に埋め尽くす勢いではなった。
「チィ!!!」
ガルダはすぐさま地を蹴る。
その肉体が赤黒く輝き、背中のアーマーが光を放つ。
神経接続が限界まで活性化され、人工筋肉が悲鳴を上げる。
「コード、解放」
彼の声が低く響いた瞬間、全身の動きが別次元に跳ね上がった。爆風の中を突き抜け、ガルダは瞬時に間合いを詰める。拳が赤熱し、金属のような光を放つ。
「ぶっ飛べェェェッ!!」
そのまま拳がワイバーンの顎を撃ち抜いた。
骨が砕け、巨体が後方へとたたらを踏む。
だが、すぐに再生が始まる。
黄緑の血が光を放ち、砕けた顎が音を立てて修復していく。
「マジかよ……再生しやがる!」
リルルが舌打ちしながら飛び退く。
その間を縫うように、レクスディアが動いた。
「下がれ!」
彼の足元が爆ぜ、瞬間的な加速。
空気を裂き、槍の穂先がワイバーンの翼を貫く。
雷のような衝撃が走り、鱗を打ち砕いた。
「オラァッ!」
リルルがその隙を逃さず、棍棒で巨体の脚部を薙ぎ払う。
骨が砕ける音、肉が裂ける音。
しかし、黄緑の粘液が溢れ出すたびに、再生が進んでいく。
「ちっ……完全にX-03をものにしてやがる!」
「消し飛ばすつもりじゃなきゃ仕留められないぞ」
ガルダが息を吐く。
アポロニアの両手が炎を纏い、紅蓮の光が洞窟全体を照らした。
「じゃあ燃やす!」
紅蓮の炎が渦を巻き、ワイバーンに向かって放たれる。
熱波が奔流のように洞窟を焼き尽くす。
だが――その中で、怪物の輪郭が揺らぎながらも消えない。
「嘘でしょ……炎が効かない!?」
アポロニアの声が震える。
X-03が鱗の表層を覆い、熱を遮断していたのだ。
熱が通らない。焼けない。死なない――絶望が内側から湧いて出てきた。
「クソッ! だったら叩き潰すまでだ!!」
ガルダが怒声を上げ、肉体強化を限界まで引き上げた。
人工筋肉が悲鳴を上げる。
拳が再び閃き、ワイバーンの腹部を貫く。
内部構造が破裂するが――同時に、再び再生。
「いい加減にしろや!! こいつ!!!」
リルルの叫びが響いた瞬間、ワイバーンの尾が横薙ぎに襲いかかる。重金属の塊のような一撃が壁を砕き、レクスディアが吹き飛ぶ。アポロニアは防御結界を展開するも、衝撃波がそのまま彼女を地面に叩きつけた。
「ぐぅ……」
リルルも棍棒を弾かれ、転倒。
ガルダひとりが辛うじて立ち上がり、咆哮を受け止める。
「来いよ……バケモン」
その瞬間、ワイバーンの口内が光った。
再び放たれるであろうエネルギー弾――。
ガルダは一歩も退かず、拳を構える。
――だが。
次の瞬間。
轟音とともに、ワイバーンの翼が弾け飛んだ。
爆発的な衝撃が洞窟内を貫く。
黄緑の液体が飛び散り、悲鳴のような咆哮が響いた。
「な、何だ!?」
リルルが目を見開く。
ワイバーンの翼の断面から、白煙が立ち昇る。
銃創――高出力の徹甲弾による貫通跡だ。
そして、奥の暗闇を切り裂くように、光が走る。
カン、と乾いた音が二度、三度。
続いて――ブーツの音。
洞窟の奥から、ゆっくりとした足取りのまま何かが歩いてくる。
「誰――」
ガルダが呟いた瞬間、何かが通過した。
風を裂く軌跡が視界に映ると、銃声が轟いてバロルを吹き飛ばす。
「随分と無様じゃないか……ええ?」
炎の光が、謎の人物を照らし出した。
まず彼らの目に入ったの銀髪だ。
陽光を失った洞窟の中で、月光のように白く光る髪は美しい。頭には古びたカウボーイハット、肩には傷だらけの革のジャケット。右目には黒の眼帯を付け、その手には、銀色に輝く巨大なリボルバーがあった。
「ま、お前らひよっこにしちゃ頑張った方だな」
彼女はワイバーンに狙いを定め、無駄のない動作で引き金を引いた。
「あとは任せな」
銃声が三度、洞窟に響く。
ワイバーンの膝関節が吹き飛び、巨体が崩れ落ちる。
「すごいな……」
レクスディアは息を飲む。
その一連の動作に一切の無駄がなかった。
弾丸の軌道さえも計算されたように正確で、その手際は芸術と呼ぶほかなかった。
アポロニアが息を呑む。
リルルは口を開けたまま言葉を失い、レクスディアさえ動けない。
ただ一人――ガルダだけが、呆然とその背中を見つめていた。
「ふん……」
銀髪の女はゆっくりと銃口を下ろし、息を吐いた。
その横顔が炎に照らされたとき、彼は確信する。
「……まさか」
唇が震える。
信じられない。
だが、その佇まい、あの動き――間違いようがない。
ガルダはかすれた声で呟いた。
「――師匠……?」
銀髪の女――シルヴァーがゆっくりと振り返った。
その表情には疲労の影も焦燥もなく、本当に久々にあった弟子を見て、ただ嬉しそうだった。片目の奥が炎のように光り、唇の端がわずかに釣り上がる。
「元気そうだなぁ、ガルダ」
「どこがだ……」
その一言に、ガルダの喉が詰まった。
あの独特の、緊張感を削り取るような声――忘れるわけがない。
ラディアント級イェーガーである彼女はガルダを育て上げた、伝説の銃撃手である。
「師匠……なんでここに……」
問うより早く、地面が震えた。
バロル=ネフィリオンが再び立ち上がる。
吹き飛ばされた翼が、ぐじゅりと音を立てながら再生していく。血管のように走るX-03が脈動し、再び肉を繋ぎ合わせた。
「チッ、もう動くのか……」
リルルが歯噛みする。
だがシルヴァーは動じなかった。
むしろその瞳には、どこか愉快そうな光が宿っていた。
「実はこの依頼を持ち込んだのは私なんだよ」
「……は?」
ガルダが呆気にとられる間に、ワイバーンが咆哮を上げた。
口腔内に光が集まり、洞窟が再び閃光に包まれる。
それでもシルヴァーは一歩も動かない。
むしろ軽く顎をしゃくり、挑発するように言った。
「落ち着きなよ、でかいトカゲ。話の途中だ」
次の瞬間、彼女の身体が揺らいだ。
いや、揺らいだように見えただけだった。
実際は、肉眼で捉えられない速度で動いたのだ。
ワイバーンの咆哮が放たれるより先に、シルヴァーの銃声が轟いた。
「――っ!!」
徹甲弾がワイバーンの口腔奥を撃ち抜き、爆ぜた光が脳裏を焼く。反動を無視したような早撃ちだった。
そしてその間も、彼女の口は軽口を叩き続けていた。
「同じような変異体が、銀河中で湧いてるんだ。この星で出ている被害はかわいいもんだ」
ワイバーンが反撃する。
爪の一撃が空気を裂き、洞窟の岩壁を削ぎ落とす。
しかしシルヴァーは微動だにせず、軽く身体をずらすだけで避けた。その動きは流れるようで、重力の概念さえ感じさせない。
「……ひよっこじゃ死ぬような化け物が山ほど出てる。X-03ってのは、どこのバカが作ったか知らないけど、どうやら銀河規模で広がってるらしい」
その言葉を聞きながらも、彼女は弾丸を装填する手を止めない。ガルダたちのすぐ横を、鉛色の弾丸が次々と通り抜け、ワイバーンの関節を撃ち抜いていく。
「くそ……相変わらず、人間の反応速度じゃねぇ……」
ガルダは内心で舌を巻く。
彼女の放つ一発一発が、まるで“時間を支配している”かのように正確だった。
かつて幾度も彼女の訓練に潰された日々が、脳裏をよぎる。
「……じゃあ、こいつを俺たちに引き合わせたのも――」
「もちろん狙い通りさ」
シルヴァーが笑った。
その笑みは、昔と変わらない――だがどこか寂しげでもあった。
「弱ぇままじゃ死ぬだけだからね。今の君らに必要なのは恐怖と勇気さ。己より強い存在を前にしても動ける胆力――イェーガーに一番大事なものだよ」
その瞬間にバロルが再び咆哮を上げ、翼を広げた。
腐敗した鱗が裂け、光が迸る。
だがシルヴァーはすでに動いていた。
「おしゃべりはここまでだな」
彼女は腰のホルスターからもう一丁のリボルバーを抜く。
左手の銃が淡く金色に輝く。
そこに、不可思議なエネルギーが流れ込む――まるで“意志”のように。
「師匠だからカッコつけないとね」
銃身が唸りを上げ、魔法陣のような光紋が浮かび上がる。
その中心に彼女の瞳が射抜かれるように輝いた。
金属が鳴り、弾丸が一発だけ装填される。
「見せてやるよ――格ってやつを」
ワイバーンが雄叫びを上げ、突進する。
地面が砕け、衝撃波が洞窟の壁を押し潰す。
その牙が迫る瞬間――。
「――ガンズ・ノヴァ」
引き金が引かれた。
世界が止まったように、音が消える。
次の瞬間、銃口から放たれた弾丸が、金色の閃光を引きながら一直線に貫いた。
ワイバーンの額、脳を正確に撃ち抜く。
「――――――!!!」
轟音。
光。
そして――沈黙。
ワイバーンの全身から、炎のような光が溢れ出した。
X-03の光線が暴走し、黄緑から白、そして黄金へと変化していく。それはまるで、穢れた命が清められていくような光景だった。
「………………っ!!!」
悲鳴を上げる間もなく、バロルの体は分解されていく。
鱗が崩れ、肉が霧散し、血液が光の粒子となって空気に溶ける。最後に残った心臓が鼓動を打つと同時に――完全に消滅した。
静寂が戻る。
洞窟に残るのは、光の粒子と硝煙の匂いだけだった。
シルヴァーは煙を吐きながら、軽く帽子のつばを下げた。
「……掃除完了っと。相変わらず後始末は私の仕事だね」
その背中を見つめながら、ガルダは小さく呟く。
「やっぱり……あんたは化け物だよ、師匠」
引き続き、よろしくお願いします。