スペオペ世界でモンスターを専門に狩っている狩人の話   作:アスピラント

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第1章
強くなるために素材集めをしよう


「ユニオン・ハント・プログラム……またド直球な名前っすね」

「チーム名は実はまだ確定してない。今は選考期間だから……決まり次第また変わる」

 

 クルーシブル・ノヴァの居住区にあるカフェで、ガルダとアポロニアの2人はシルヴァーに呼び出されていた。シルヴァーはX-03に関する面倒な事前準備を終えると、すぐにガルダ達を呼び出した。

 

 つまり――

 

「まさかアタシらも呼ばれるなんてなぁ! 先輩の知り合いってそうそういないからびっくりだぜ、ケケケ」

「……ついこないだのクエストと同じメンバーですね」

 

 リルル、レクスディアの2人もここにいた。

 いつもと違って私服なため、落ち着いた様子の彼らだが、今日はオフの日だ。本来なら仕事の話なんかせずにダラダラしたいが、ラディアント級の先輩から直々に呼び出されたら逆らう手段はない。

 

「まず簡単に言うと、アタシはこの4人をプログラムに入れたいと考えてる」

「まぁぁじっすか!! やった――」

「だがしかし! 今のままじゃだめだ! このプログラムの参加に必要なのは……ほれ、見てみろ」

 

 シルヴァーはタバコを吹かしたあと、ビシッとホログラムを見せつける。そこにあったのは参加に必要な最低ランクだった。

 

「「トワイライト級以上〜!!?」」

「お前らより一個上が対象なんだよ、ダハハ」

 

 豪快に笑う彼女だが、ガルダは意味がわからないと言って掴みかかる勢いで迫る。

 

「俺たちは全員ダスク級ですよ! まだ査定も受けてないのに選んでも――」

「だから受けさせる、勿論いきなりじゃない……まずは話を聞け」

 

 するとシルヴァーは全員を呼びつけた理由を語る。

 

「プログラムは今から1ヶ月半後に始まる。その日までにお前たちにはトワイライト級に上がってもらう。昇格すれば参加させてもらえる」

「……1ヶ月半」

 

 レクスディアは渋い顔をする。

 厳しい条件だと理解しているからだ。

 

「ちなみに昇格クエストはソロが絶対だ。ソロでクリア出来なきゃ連れていけないと言われた」

「しかもソロだぁ!? 無茶苦茶すぎるぜ!!」

「でも当たり前の話だと思わない? お前らが苦戦したバロルのようなモンスターがX-03の拡散を手助けしているんだ。必然的にこいつを対処しなきゃいけないぞ。調査しないといけないんだから」

「……ぐぅの音も出ねぇ」

 

 リルルはテーブルに突っ伏した。反論の言葉すら出ない。

 そんな彼女を見下ろして、シルヴァーは口の端を吊り上げ、紫煙を吐いた。

 

「まあそう落ち込むな。安心しろ、お前たちにはちゃんと素質があると思ってるから誘ってんだ」

 

 煙の向こうから射抜くような瞳。

 その声には、冗談とも本気ともつかない迫力があった。

 

「これからアタシが課す内容を果たせば、確実に強くなる。乗り切れば昇格も早い。つまり――トワイライトへの最短ルートってわけだ」

 

 その言葉に、ガルダが真剣な表情で問い返す。

 

「……で、師匠。その課す内容ってのは何なんです? また地獄の訓練っすか?」

 

 シルヴァーはニヤリと笑い、灰皿にタバコを押し付けた。

 その仕草ひとつが、何かとんでもないことの前触れのように見える。

 

「訓練も悪くねぇが、今回はちょっと違う。――お前たちの装備をアップグレードするんだよ」

「アップグレード?」

 

 アポロニアが眉を上げる。

 

「そうだ。ただし……ただ強化してやるわけじゃねぇ」

 

 シルヴァーはテーブルにホログラムを投影した。そこには、これまで狩ってきた獣の骨格データや、赤く光る臓器のスキャン映像が映っている。

 

「お前たちの武器や防具の素材になるのは――ダスク級に指定されてる怪物どもの部位だ。鱗、骨、血晶、神経線維……そいつらを自分の手で狩り、持ち帰ってもらう」

「……()()をするという事ですか」

 

 アポロニアは何か腑に落ちたように言った。

 錬成――狩人(イェーガー)の中ではメジャーかつ、基本的な用語だ。イェーガーは勿論元から強い者がなる事がほとんどだが、特定の怪物を相手した際に素材を剥ぎ取り、武器や装備に流用出来る。中には装備そのものに力が宿っており、身体能力の飛躍や、攻撃手段の増加などなど……様々な副次的効果を受けられる事が多い。

 

 ただ個人によって強化出来る怪物はバラバラで、例えばガルダが錬成すれば強くなる怪物の素材を、アポロニアに使っても強くなれなかったりする。だからこそどんな種類の怪物なら適しているか、事前にしっかり調べる必要があるのだ。

 

「これからお前達はこのクルーシブル・ノヴァで錬成に適した怪物共を調べていく、ついてきな」

 

 とシルヴァーは笑うが、実際の所4人全員どこへ向かうか予想出来ていた。

 

 十中八九……あのマッドサイエンティストのおっさんの所だと。

 

 ◆

 

 ――クルーシブル・ノヴァの研究セクション

 

 ガラスとスチールで構成された無機質な通路を、シルヴァーを先頭に一行が進む。壁面には幾何学的な光が走り、各区画で検体が保存されているらしく、低温の蒸気が静かに漂っていた。

 

「……やっぱりここか」

 

 ガルダがぼそりと呟く。

 

 「うわ、前に来た時よりもヤバそうな空気……」とリルル。

 アポロニアとレクスディアも顔をしかめる。誰もが心の準備をしていた。

 

 案の定、シルヴァーは目的の扉の前で立ち止まり、指を鳴らした。

 

「ヴェイン、いるんだろ。出てこい」

 

 その瞬間、ドゴォン! と扉が勢いよく開いた。

 中から現れたのは、白衣を着崩し、寝癖のついた銀髪の男。

 長身で痩せ型、だがその目だけが異様にギラギラしている。

 

「おおおおっ! シルヴァーさん! お久しぶりですとも!」

 

 全身で喜びを表現しながら駆け寄ると、ニチャニチャと笑いながら両手を広げ――。

 

「いやぁ、いつも上質な検体を届けてくださってありがとうございます! お礼にハグを――」

 

 バチンッ。

 

 シルヴァーは華麗にステップでかわし、ヴェインの勢いそのままに男は床へとスライディング。

 ベシャァン、と盛大な音を立てて倒れ込んだ。

 

「この子たちの身体特性にあった錬成のデータを調べてくれ」

 

 冷静に言い放ちながら、煙草を咥えるシルヴァー。

 床に転がるヴェインは鼻血を垂らしながらも、恍惚とした笑みを浮かべていた。

 

「も、勿論ですともぉぉぉ! 人体実験――いや、診察は大好きでしてねぇ! あっははははっ!」

「こいつがX-03作ってましたって事はないよな?」

 

 ガルダの顔が引き攣る。

 アポロニアはこめかみに青筋を浮かべ、リルルは露骨に一歩下がる。

 

「な訳ないじゃないですかぁ! おっと……でも怖がらないで! 私はね、人間もモンスターも大好きなんですよぉ! つまり君たちは最高の素材でもあり、最高の被験――いや、“対象”なんですッ!」

「研究資金止められたくなかったら、もうちょっと落ちつきな?」

「はい、かしこまりました」

 

 シルヴァーがいい笑顔で言うと、ヴェインは敬礼する。

 人間的にだいぶおかしい部類ではあるが、彼の知識や技術は信頼出来る。一応イェーガーの専属研究機関にいるのも、確かな功績があるからだ。

 

「ケホン、所で諸君は狩人が狩るべきモンスターと判断される基準は理解してるかね?」

「通常兵器・通常部隊による鎮圧が不可能、または著しい被害を伴うと判断された生物群を指す――簡単に言えばこんな感じだけど、愚問だろ」

「その通りだガルダ」

 

 もう少しいうと、軍や警察では対応不能な脅威と判断されるには細かい基準があったりする。生物学的基準……戦略的危険度基準、などなど文書したらとんでもない量になる。ただ基本的に国家戦力を用いないともはや解決出来ないと判断された生物、または生物によって引き起こされた災害に対応する際に、イェーガーが真っ先に出てくる。

 

 だから例え見習いであるナイトフォールでも、裏社会や特定の世界では既に崇められてた奴が沢山いる。化け物には化け物をぶつけて解決するという、極めて脳筋な理由である。

 

「ただそのモンスターは通常の生物群から枠組みを大きく外している。だから我々は新たにモンスターと認定された奴らだけを独自に11種に種別化した。一旦生物学的な分類はさておき、身体的特徴や被害内容から分けている」

 

 モンスター自身、ヴェインが言ったように以下のような11種に分かれている。

 

1.獣生類

哺乳類・爬虫類などを基盤に進化した肉体生物。

筋肉密度と反応速度は既知の動物を遥かに上回り、惑星レベルの生態系を単独で支配する個体も存在している。

 

2. 竜形類

飛行器官や高出力燃焼臓器を持ち、熱・電磁・放射性ブレスを放つ個体群。

異種吸収による遺伝融合を行い、惑星破壊級の脅威を持つ。

 

3. 虫殻群

外骨格と爆発的繁殖力を特徴とする節足群体。

巣を中心に社会的階層を築き、惑星全土を群体支配するケースもある。

 

4. 機装体

生体組織と機械構造が融合した存在。

旧文明の人工兵器、またはAIと有機体の融合進化による結果と推定される。

自己修復・電磁戦・自律進化が可能。

 

5. 液性種

液体または半流動体構造を持ち、温度・圧力・毒素に極端な耐性を示す。知性を持たぬ個体でも形状変化・細胞再生を自在に行い、接触感染型が多い。

 

6. 植相体

植物由来の構造を基盤とする生命体。

光合成・捕食・神経樹液による情報伝達を併用し、群知性を形成している。

 

7. 寄生型

宿主の体組織を掌握し、神経・DNAを再構築する寄生生物。

外見を維持したまま支配を行う種類もいたりなど、発見が困難な種類が多い。

 

8. 鉱殻種

鉱物・結晶構造を主成分とする生体。

体内にエネルギー核を持ち、磁場操作・地殻振動を起こす能力を持つ。

 

9. 水棲種

海洋・深海・氷層下環境に適応した水圧耐性種群で、水棲生物由来のモンスターはここに分類される。

 

10. 情報体

情報・データそのものを生命基盤とする非物質存在。

電子・量子領域を侵食し、物理世界への干渉すら可能。

 

11. 光素体

光子・エネルギー波動から構成される次元的生命体。

実体・非実体の境界を越え、空間干渉を引き起こす。

 

 などいったように、非常に多岐にわたる。

 

「まぁ一般的なのは獣生種だ、1番倒す種類と言ってもいいだろう。ただ錬成に必要なのは自分の能力と1番相性の良いモンスターを狩って、上手く適合させる事にある」

 

 ヴェインは満足げに頷き、白衣のポケットから何かの端末を取り出した。

 

「ふむ、では早速だが――君たち四人の身体を検査してやろう。どの種のモンスター素材と最も相性が良いか、それを判定する。つまりどの化け物を狩るべきかを科学的に導き出すわけだ!」

 

 まるでおもちゃを与えられた子供のようなテンションだ。

 

「検査って……痛くないっすよね?」

 

 リルルが引き気味に問うと意味深な笑みをヴェインが浮かべる。

 

「安心したまえ、痛みは――ある!」

「やっぱりあるんじゃねーか!」

 

 そんなドタバタが起きていると、研究所の奥から金属音が響いた。コロコロと転がるような足音。白い床の奥から、小柄なシルエットが現れる。

 それは小さな子供ほどの背丈のロボットだった。表情パネルが満面の笑顔を映し出し、声は妙に明るい。

 

「はーい! 被検体ナンバー4名、こちらにどうぞーっ!」

「被検体って言ったぞおい!」

 

 ガルダが突っ込みを入れるも、ロボットは構わずリルルの腕を掴み、ぐいぐい引っ張っていく。

 

「わーっ、離せってば!」

 

 アポロニアは溜息をつき、レクスディアは無言で後を追った。

 

 そんな様子を見て、シルヴァーは口元を緩めた。

 

「じゃあアタシは結果が出るまで――飲んで待ってるわ」

「いや待て、完全に飲みたいだけだろ!」

 

 ガルダの突っ込みが響く中、扉が閉まり、ヴェインの高笑いとロボットの案内音が重なっていった。

 

 

 ガルダたち四人が検査室から出てきたとき、まるで戦闘後のように肩で息をしていた。髪は乱れ、リルルに至っては顔色が半分くらい灰色になっている。アポロニアは冷静を装っているものの、袖の焦げ跡が物語っていた。レクスディアだけは無言だったが、背筋のこわばりが尋常ではない。

 

「……マジ疲れた……」

「精神と肉体と魂を、全部スキャン丸裸にされたような気がする……」

 

 リルルが震える声で呟くと、扉の向こうから陽気な声が響いた。

 

「いやぁ素晴らしい! 実に実りある検査だった!」

 

 白衣の裾をはためかせて現れたヴェイン博士は、例によって満面の笑みを浮かべていた。

 一方でシルヴァーはソファにふんぞり返り、片手にボトルを握っていた。ちなみに頬はほんのり赤く、目がとろんとしている。

 

「おう、終わったかー!」

「完全に飲み会帰りじゃねぇか……」

 

 ガルダが即座に突っ込む。

 ヴェインは愉快そうに笑いながら、ホログラム端末を起動した。青白い光が浮かび、四人それぞれの身体データや脳波パターン、細胞反応などが映し出される。

 

「さて、まずはガルダ君。君の結果からだ」

 

 ヴェインの声がやや真面目な調子に変わる。

 

「君の体内には、ナノマシンウィルスによる機械化組織が広範に存在している。筋肉組織の再生速度、神経伝達速度、双方が常人の数十倍。つまり有機機械生命体としての特性が極めて強い」

 

 ホログラムにガルダの体内構造が映し出される。筋繊維の中に銀色の回路のようなものが走っており、まるで生体コンピュータだ。

 

「したがって、君に最も適した錬成対象は――機装体および情報体。この二種は生体構造と情報素子が混在しており、融合すれば制御系の安定性と反応速度が飛躍的に上がるだろう」

「……つまり、機械とデータの怪物をぶっ倒せば手っ取り早く強くなれるってことか」

「端的に言えばそうだ。ただし、君の肉体はすでに機械寄りだ。過剰な同化はシステム暴走を招く。錬成の際は必ず適合値を確認することだ」

 

 ガルダは顎を掻きながら、面倒くさそうに頷いた。

 次にヴェインはアポロニアのデータを表示する。

 彼女の全身が淡い光を帯び、肉体の輪郭すら曖昧に光子化している。

 

「アポロニア君――君は特殊だ。君の構造はすでに光素体に近い。君自身、エネルギー生命体としての性質を持つ。ゆえにさらなる強化を望むなら、同じエネルギー由来の存在を取り込むのが最も効率的だ」

 

 アポロニアは難しい表情をする。

 無理もない、光素体はモンスターの中でもかなり強力な種類が多い。弱い分類のモンスターでもダスク級より強かったりする。

 

「光素体との錬成は極めて危険だが、成功すれば位相を直接操作できるようになるだろう。言ってみれば、次元干渉すら可能になる」

「……ものにすれば1番強くなれそうだな」

「あながち間違いじゃない」

 

 次にヴェインはリルルのデータへ切り替える。

 映し出されたDNA構造は複雑怪奇で、幾重にも重なった螺旋が鮮やかな色で輝いていた。

「君も非常に興味深い。リルル君――君の遺伝子配列は明確に人の手が加えられたものだ。ブリードとして実験的手法で生まれた痕跡が残っている」

 

 リルルは眉をひそめたが、黙って聞いている。

 

「したがって、自然発生的な生命体、すなわち獣生類や植相体が適している。これらの生物は生命力そのものの増幅に長けており、君の遺伝子構造に自然の補正を与えるだろう」

 

 リルルは一瞬だけ目を伏せたが、すぐに笑って見せた。

 

「つまりヴィーガンになれば強くなれんのか」

「化け物野菜を倒したらいいんだろ」

 

 ガルダがヤケクソ気味にいうと、リルルはニヤリと笑う。

 

「いいね、野菜は嫌いだが化け物になってくれたら遠慮なく潰せるぜ」

「ちゃんと食え……」

 

 アポロニアがため息混じりに突っ込む中で、ヴェインは最後の1人に目を向けた。

 

「さて――問題は君だ、レクスディア君」

 

 ホログラムに映し出された体内構造を指すと、ヴェインは真剣な表情で説明していく。

 

「君の組織密度は、既知の人間の三百倍を超えている。神の祝福を受けた者(アシェナ)についての概要だが、どうも鉱殻種由来の肉体的な変質が認められた」

「……つまり俺は、人間よりも岩に近いってことか」

「端的に言えばそうだ。だがそれは同時に、外的要因への極限耐性を意味する。だからこそ、君が狩るべきは鉱殻種になる。彼らの身体を使った装備や武器は、君に大いなる力をもたらすだろう」

 

 ヴェインは四人のデータを一括表示し、満足げに手を叩いた。

 

「以上が、君たちの錬成適性だ。これを踏まえて次に狩るべき獲物を決めるといい。錬成とは己を知り、己を超えるための儀式だからね!」

「よし、終わったか。んじゃ早速……これからの狩猟プランを練ろう」

 

 シルヴァーはヴェインを無視して4人を連れていく。

 

「さあいざ行け狩人たち!! 大宇宙の神秘が君たちを――」

「お邪魔したね」

 

 何か言い終える前にシルヴァーは扉を閉める。

 普段ヴェイン博士の勢いにはウンザリしていたガルダだったが、あまりにもぞんざいな扱いにちょっと同情した。

 

 

 人工照明が夜を忘れさせるように煌々と輝く。

 クルーシブル・ノヴァの居住区の一室――ガルダは無言のまま、ホログラム端末に映る情報を睨み続けていた。

 画面には延々と「機装体」「情報体」に関する任務記録や研究データが流れている。

 

「やっぱり……ここら付近にはないか」

 

 機装体と情報体のクエストは珍しい。

 特にこの宙域には中々ない分野であり、少し離れたクルーシブルにもないのは確認が取れている。

 

「チッ。こっちも駄目か」

 

 タップする指先から、機械的な微音が漏れる。

 骨の内部に埋め込まれた機械神経が、常にかすかに唸っていた。

 

 ヴェイン博士の言葉が頭の奥で再生される。

 

 ――このナノマシンウィルス、どうやら設計目的が存在しないようなんだ。まるで、自らを進化するために存在しているかのようだ――

 

 笑いながら言っていたが、あれは冗談ではなかった。

 博士の目は真剣だった。

 彼の研究者としての好奇心と、どこかに混じる恐怖が交錯していた。

 

「全く何のために作ったんだがな」

 

 独り言を吐きながら、ガルダは端末を閉じた。

 シルヴァーが研究機関を潰したのは、人体改造計画を止めるためだと聞いている。ただ言い方が悪くなるが、人体実験で兵器化するなんて話はよくある事だ。そんな計画にあのシルヴァーがわざわざ出向くなんて、何があるのだろうか。

 

 今だってなぜそんな計画が立てられたのか、誰が本当の首謀者だったのか、何もわかっていない。

 ただ確かなのは、あの時から自分の身体が“変わり続けている”という事実だ。

 

 血が流れるたび、熱が増す。

 筋肉の下で、金属のような組織が音もなく蠢く。

 それは生物ではなく、機械でもなく、何かその中間の存在。

 

「……俺って、何なんだ?」

 

 言葉に出した瞬間、胸の奥が重くなる。

 ヴェインはこうも言っていた。

 

 ――もし錬成の素材を誤れば、ナノマシンが暴走する。生体と機械の均衡が崩れれば、君という個体そのものが消滅する可能性もある――

 

 その言葉がまだ脳裏にこびりついている。

 だからといって止まるわけにはいかない。

 

「センチは似合わないわ」

 

 ガルダは椅子を回転させ、窓の外を見た。

 薄いドーム越しに、ノヴァの空に瞬く無数の航路灯。

 宇宙港を行き交う艦の光が、彼の頬を青く照らす。

 

 イェーガーになったのは、逃げるためじゃない。

 過去を塗り潰すためでもない。

 自分という存在を、意味あるものにするためだ。

 

 シルヴァーが拾ってくれた時のことを思い出す。血塗れで倒れていた自分に、彼女はあの馬鹿みたいに豪快な声で言った。

 

 ――生きてるなら、まだ何とかなるだろ――

 

 あの言葉がどれほど救いだったか。

 たとえ機械の体でも、彼女は「生きてる」と言ってくれた。

 それなら――生きている証を、見せるしかない。

 力で、結果で、名で。

 

 その時、通信端末が微かに光った。

 

〈シルヴァー:調子はどうだ?〉

 

 ガルダは短く指を動かした。

 

〈中々見つからないです〉

 

 送信した後、しばらくその画面を見つめる。

 彼女に心配をかけるつもりはなかった。

 だが、ほんの少しだけ――あの無茶苦茶な師匠の声を聞きたかった。

 

〈シルヴァー:クエストがあるのは連邦宙域内がおすすめだ〉

 

 するとありがたい助言と共に、おすすめと紹介されたクルーシブルのある場所が幾つか表示される。

 

「なんだかんだで優しいな、ったく」

 

 そしてガルダはとある宙域にマークを入れた。

 

 

 連邦宙域に漂うクルーシブル支部は、まるで軍の要塞のようだった。外壁は純白の合金装甲で覆われ、監視ドローンが幾重にも巡回している。

 クルーシブル・ノヴァの雑然とした雰囲気とは対照的に、ここには規律と秩序があった。

 

 入場ゲートを通過すると、厳重なスキャンが行われる。

 金属探知と生体認証――ガルダの身体は金属反応を起こし、周囲の視線を少し集めてしまう。

 だが、職員は何も言わず、淡々と「登録済み識別コードを確認。ようこそ、クルーシブル・ヴァルクスへ」と告げるだけだった。

 

「……流石は連邦。金がかかってるな」

 

 思わず呟き、ガルダは腕を下ろす。

 内部は、巨大な吹き抜け構造になっていた。

 上階層には士官のような服装の者たちが行き交い、下階層のホールでは多種多様な狩人たちが集まっている。

 ノヴァのように荒くれ者が喧嘩している光景もない。

 誰もが整備された装備を身に着け、手入れの行き届いたアーマーを光らせていた。

 

 軍の精鋭――そんな印象だった。

 

「場違いな感じもする」

 

 肩を竦めながらも、ガルダは人混みの中を進む。

 中央ホールには、依頼掲示用の巨大なホログラムが浮かんでいた。無数の任務データが流れ、狩人たちはそれをタッチして自分の端末へ転送している。

 任務内容は連邦各地の防衛、異星生物の制圧、旧文明遺跡の探索など多岐にわたる。

 

「さて……機装体、機装体っと」

 

 ガルダは人の肩を避けながら画面を操作した。

 探していたクエストタグを見つけるまでに、かなり時間がかかる――が予想より早くタグが引っかかった。

 

「よし、これを見てみるか」

 

 ホログラムに手を伸ばし、任務データを自身の端末へ転送する。内容を確認しようと、近くのテーブル席に向かおうとしたその瞬間――

 

 ドンッ。

 

 眼前の席に、勢いよく誰かが腰を下ろした。

 

「ん?」

 

 目を向けると、そこには小柄な少女がいた。

 丸メガネをかけ、分厚いヘルメットを被り、制服のようなジャケットを着ている。だがその瞳だけが妙に大きく、今にも泣き出しそうに潤んでいた。

 

 ガルダが固まる間もなく、彼女は両手を合わせて叫んだ。

 

「お願いだから! そのクエスト、譲ってぇぇぇぇぇ!!」

「は……?」

 

 言葉の意味を理解するよりも早く、少女は立ち上がり――

 

 ――バッ! と勢いよく土下座した。

 

「ちょっ……おい!? やめろ!」

 

 広いホールのど真ん中。

 ガルダの目の前で、小さな少女が額を床につけて懇願している。その声量と動作の派手さに、周囲の狩人たちが一斉に振り向いた。

 

「おいおい……あんな小さな女の子を土下座させて……」

「痴話喧嘩か?」

 

 ざわめきが瞬く間に広がる。

 ガルダは顔を真っ赤にしながら両手を振った。

 

「違ぇから! 俺何もしてねぇ!!」

「お願いじまずぅぅぅ……!! 何でもしますがらぁぁぁ!!」

「誤解を招く発言すんな!!」

 

 また周囲がざわつく。

 ガルダは思わず頭を抱えた。

 

 こうして銀河連邦宙域に着いた初日――ガルダは初めての機装体クエストを前に、この泣き虫少女との騒動から幕を開けることになったのだった。

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