GQuuuuuuX格付けチェック・シロッコ様専用控え室 作:睡眠欲
木星船団の長旅を終え、パプテマス・シロッコは月の中心都市フォン・ブラウンへと足を踏み入れた。鼻腔を満たす都市空間による生きた匂い、船内の管理された空気とはまるで異なる、雑多だが力強さを感じる匂い。人工的な重力の下で育つ植物の微かな甘さ、人の汗と埃が混じり合った喧噪の気配。木星で過ごした年月には決して存在しなかったものだ。
「人が地球圏を踏み越えるのは当分先だな。」
人間が窮屈な思いをせず生活を育んでいる証拠の匂いは嫌いでは無かった。一年戦争を間近で見るべく無理を言って一足早くU.C.0073-U.C.0077周期の木星往復をした経験は一生モノの経験だったが、後の木星帝国生活「呼吸さえ切り詰める生活」の原型とも言える空間管理されたジュピトリス艦内はここまで豊かでも無かった。
繁華街にある小さな食堂にて中華そばを頼むと店主はすぐに厨房へと引っ込んだ。窓の外を流れる人々を眺めながら待っていると眼前に湯気を立てる丼が目の前に鎮座した。箸を手に取り、水を豊かに使った旨みが汁気と共に口内を潤すにつれ、薄い笑みが浮かぶ。
天井の隅にあるテレビは近年のジオン公国と地球連邦間の緊迫した情勢を伝え、それに伴う経済の動きを解説している。麺をすすりつつ耳を傾ければ、木星往復のあいだに仕込んだ投資額も云十倍に膨らんでそうだ。
ましてや特注船外作業機と称して建造した15m級モビルスーツの稼働データ4年分も連邦に提供したお陰で連邦軍とも伝手が出来た。秘匿区画での開発作業も面白い経験であったし、大幅に開発データも短縮されるだろう。
まだ一年戦争開戦のU.C.0079/01/03まで後300日以上ある。RX-78の完成なら500日弱、待ち遠しいにも程がある。天才の身体で第二の人生を手に入れた新たな現実が、常にシロッコの気分を高揚させていた。
フォン・ブラウンから地球への定期連絡便を用いて破壊される前のコロニー落とし以前の地球を記録する旅行をするもよし、西暦とは異なる暦の社会を見て回るだけでもこの世界に生まれ落ちた事を心の底から喜んでいた。
丼を空にし、食堂の喧噪から離れる。店主がカウンターの奥で鍋を振るう音、隣の席で若者が仲間と笑い合う声、遠くで子供が母親に何かをねだる叫び声――それらが混ざり合い、娑婆に出た実感が増す。人工重力下で育つ樹木の葉擦れの音が微かに聞こえてくる。
通りを歩きながら、頭の中ではすでに次の計画が形を成しつつあった。やがて、足は都市の中心部から少し離れた展望台へと向かった。そこからは月の地平線が一望でき、地球が青く輝く姿が視界に飛び込んでくる。
欄干に寄りかかり、遠くの星々を見上げた。地球圏の未来を覆う戦乱が迫っていることを、彼は誰よりも理解していた。RX-78の完成を待つ日々は、確かに待ち遠しい。手始めに投資の利益を再び動かし、地球連邦に深く食い込む算段が、頭の中で静かに膨らんでいた。
風が彼の髪を軽く揺らし、コートの裾がなびく。シロッコの口元に浮かんだ薄い笑みは月の光に溶け、野心はさらに鋭く研ぎ澄まされていく。フォン・ブラウンの夜はまだ始まったばかりであった。