ワケあり女子のボディガード   作:祐。

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第1話 出会いのちスカウト

 薄暗い街灯にぼんやりと照らされた夜の団地にて、肉体を強く殴り付ける鈍い音が響き渡る。同時にして右の拳を全力で振り抜いた感触と、今も正面で後方へと吹き飛ぶ男の姿という光景がこの視界に映し出された。

 

 顔面を殴り付けられ、盛大に仰向けで転がった一人のチンピラ。そのノックアウトの様子を眺めていると、すぐさま背後から次なる殺気が迫ってくる。

 

 駆け寄る気配から空気の流れを感じ取り、振り向きざまのウィービングで相手の右ストレートをくぐり抜けるように回避する。数歩のサイドステップを刻むこちらに対して相手は無我夢中と言わんばかりの左拳を振るってくるのだが、素人丸出しの見え透いたそれを払い除けるように両手で受け流してから、その振り払った勢いのまま右腕を瞬時に引き絞って右アッパーを繰り出していく。

 

 経験から来る確信と共に突き上げた渾身の一撃は、相手の顎にクリーンヒットして頭部を打ち上げた。衝撃は相手の顔面を縦に貫いて上空へと昇り、歯と歯をかち合わせたチンピラは白目をひん剥いていく。振り抜いた右アッパーの余韻はそのままに、こちらは続けて間髪入れずに持ち上げた右脚を十分に引き絞ってから、突き出すようなヤクザキックを相手の腹部に繰り出すことで一連の戦闘に終止符を打った。

 

 雄叫びに近しい唸り声を喉で鳴らしながら、相応の重量を誇る成人男性の身体を思い切り蹴り飛ばす。直にもそのチンピラが項垂れるように仰向けで力尽きると、自分は息を切らしながらも額の汗を袖で拭いながら周囲へと意識を向けていった。

 

 ……建物に囲まれた暗がりの団地。ひと気のない物騒な空間の中、地面に倒れ込む6名のチンピラ集団。全員が顔面にアザを残しながら気絶しており、唯一と佇む自分はほぼ無傷の状態で彼らを見下ろしている。

 

 意識を取り戻されたら面倒だ。そんな内心の下、自分は直ぐに動き出して倒れ込むチンピラの一人へと歩み寄る。それから重い腰を下ろして彼の尻ポケットから財布を抜き取り、表裏を確認してからよっこらせと腰を上げて、団地を後にした。

 

 荒げた息と昂る興奮は未だ収まらず、胸倉を掴んでハタハタさせながら排熱を試みる。その間にも自分は団地の敷地外に出ると、次にも建物の陰からひょっこりと顔を出してきたサラリーマンの男性へと財布を差し出しながら声を掛けていった。

 

「取られた財布はこちらでよろしいでしょうか?」

 

「あぁはい……! まさにそうです……! これは私の財布です……!!」

 

「念のため、中身の方の確認をお願いします」

 

「あぁ……! 彼らにカツアゲされた時はどうしたもんかと思いましたが……!! 何とお礼を言ったらいいか。取り返していただき本当にありがとうございます……ッ!!」

 

 財布を受け取った男性は、中身を確認しながらもひたすらに感謝の言葉を繰り返していた。

 

 ホッと一息。自分が息をついて安堵する傍らで、サラリーマンの男性は安心した様相で何度も頷きながらこちらへ喋り掛けてくる。

 

「まさか人目の多い表通りでカツアゲされるとは思いもしておりませんでしたので。特に先日ボーナスが出たばかりで大金が入っていたもんですから尚更。もう、この世の終わりのような気分で絶望していたところに、たまたま君が通りかかってくれて。あぁ、本当に運が良かった……!」

 

「ここ泉楽町(せんらくちょう)は、東京の中でも特に治安が悪い歓楽街ですからね。恐喝や強盗なんて、もはや日常茶飯事です。人目が多い場所でも危険がすぐ近くに潜んでいますから、大金を持った状態での夜間の移動は控えておくといいかもしれません」

 

「親切にありがとう。どうやらボーナスを貰って羽目を外し過ぎたみたいだ。――おかげさまで良い社会勉強になったよ。まさに酔いが吹き飛ぶくらいにね」

 

 段々と平常を取り戻してきたサラリーマンの男性は、財布を手に提げていた鞄の中にしまいながらフレンドリーに言葉を掛けてくる。

 

「その様子からして、君は泉楽町(ここ)を詳しく知っているみたいだね。今日もこうしてカツアゲの場面に出くわしたくらいだし、よくここに来たりするのかい?」

 

「こちらに事務所を構えておりまして。その都合で泉楽町の事情には精通しているつもりです」

 

「事務所? 君は起業家か何かかい?」

 

「そんな大層なものではありませんよ。個人経営のしがない探偵事務所を運営しておりまして。所謂、私立探偵というものです」

 

「私立探偵! 探偵って言うと、事件の謎を解いて真実を明らかにしたりとか!」

 

「いえいえ、警察と一緒に事件の謎を解き明かしたりとかはしないです」

 

「え? そうなの?」

 

「確かに、アニメや漫画の影響で一般的に知られている探偵はそうかもしれません。ただ、リアルの探偵って意外と地味なもんでして。基本的に刑事事件に介入したりとかはせず、主な仕事内容は浮気調査や素行調査など、姿を隠しながら足で稼ぐ地道な調査を本職としていることがほとんどだったりしますね」

 

「へぇ! そうなんだね! 勉強になるなぁ!」

 

 愉快げに返答するサラリーマンの男性は、上機嫌な様子で言葉を続けてくる。

 

「それじゃあ今日こうして助けられたお礼に今度、君に調査でも依頼してみようかな!」

 

「あー……お気持ちは大変ありがたいのですが、実はその探偵事務所を畳むことになりまして……」

 

「え!? そうなの!?」

 

「赤字が続いて、やむを得ず……。なんとも世知辛い世の中です」

 

「えー、それは残念だなぁ。でも君ならどこでも上手くやっていけるよ! 困っていたら助けになってくれるし、腕っぷしも強いから頼りになるし!」

 

「ありがとうございます。頂いたお褒めの言葉を糧に、邁進(まいしん)してまいります」

 

「そんな謙遜しなくてもいいのに! せっかく人助けの才能があるんだから、もっと胸張っていいんだからね! ――それじゃあ私はこれで行くけど、君の事は陰ながら応援しているから! 君の未来に幸あれ! アデュー!」

 

 吹き飛んだという酔いでも思い出したのだろうか。去り際に見せたサラリーマンの彼はとても機嫌が良く、何故か右手を天高く上げて勝利のポーズを決めながら表通りへと戻っていった。

 

 ともあれ、誰かの役に立つことができて本当に良かった。心底から安心し、大団円とも言えるハッピーエンドで終わった出来事に静かな喜びを見出す。

 

 ……尤も、今も団地の方から感じ取れる“異質な気配”に対して、自分は警戒を怠ることは無かったものだが。

 

「連中と戦っていた時から、ずっとそこにいたな。――あんたは誰なんだ」

 

 団地の敷地へと視線を向けていく。すると、薄暗がりの街灯にぼうっと佇む“影のような存在感の人物”がどこからともなく姿を現した。

 

 185cmほどの背丈をした“彼”は、細身でありながらも優美な風格を纏う人物だった。髪型は、毛先へ向かうにつれて銀色へと変色する、透明感ある黒髪のウルフカットヘアー。左目を隠すよう前髪を垂らしたそれはヴィジュアル系を想起させる外ハネが特徴的であり、アーティスティックな印象を加速させるかの如く彼は黒アイシャドウやラベンダーのチーク、ワインレッドのリップなどの化粧を施している。

 

 黒く澄んだ黒色の瞳はブラックパールのようであり、長いまつ毛や男性的な顔立ち、滑らかなブルベ肌や痩せた頬が印象的だ。服装は、地面に射した影が立体化したかのようなヴィンテージ風の黒色ダメージロングコートと、フォーマルな雰囲気の黒色ジレベスト&タックインした白色の無地シャツ、ストレートタイプの黒色スラックスに、踵が高い黒色のビジネスシューズという格好をしていた。

 

 特にアーティスティックな雰囲気の彼と黒色ダメージロングコートの親和性が高く、まるで地面に伸びる影を引っ張り出し、抜き取ったそれに袖を通して羽織ったかのような無機質さは、アウターとしての重量を感じさせない身軽さと、今にも影へと潜り込んで姿を消しそうな一種の奇怪なオーラを十分に演出してみせていたものだ。

 

 どこか非現実的な存在感に、自分は得体の知れない恐怖のような感情を抱いていく。だが、そんなこちらの内心なんぞ知る由もなく、次にも“彼”は男性的な声音で、女性的に喋り出してきた。

 

「集団を相手取った激しい戦闘の最中でも、周囲の存在や気配を察知して注意を払うことができる意識の高さ。気配を殺して鳴りを潜める新手に警戒を怠ることなく、あらゆる可能性を考慮した上で常に用心を欠かさない入念な慎重さ」

 

「…………?」

 

 “彼”は優美な足取りで倒れているチンピラへと歩み寄り、その場に屈んで連中の様子を眺めながら言葉を口にし続ける。

 

「護身術とボクシングを掛け合わせた、独自の格闘術かしら。受け流しを主流にした堅実な立ち回りと、それとは打って変わって力任せの一撃による短期決戦でケリをつける、冷静でありながらも豪快な戦闘スタイル。臨機応変とも言える器用な戦法には型破りの独創性に溢れている様子から、長年の経験によって自然と構築された我流であると推測しましょうか」

 

 さっきから何なんだ、この人は……?

 

 警戒よりも、困惑が勝っていた。意図を読み取れず、掛ける言葉も見つからない現状にある意味での不気味さを感じていると、次にも“彼”はふと顔を上げ、こちらへ振り向きながら興味津々といった様子でその問い掛けを行ってきたのだ。

 

「先程、貴方は私立の探偵事務所を営んでいる旨の発言をした。そのことに間違いはないかしら?」

 

「そ、それが何か……?」

 

「なら、私の方からひとついい? 貴方が掲げる経営理念を是非とも聞かせてほしいの」

 

 そんな、藪から棒に……。

 

 影のようにぬるっと現れたかと思えば、とても興味深そうな明るい表情でこちらを見つめてくる“彼”。面妖な雰囲気を纏いながらも一点の曇りもない少年、少女のような眼差しを向けられた自分は、次にもどこか調子を狂わされる感覚を覚えながら困惑気味にこう答えたものだ。

 

「えっと……まず、経営理念とかそんな大層なものではありませんけど、俺は人の役に立ちたいという想いから今の探偵事務所を立ち上げました」

 

「いいわね。続けてちょうだい」

 

「とはいいましても今のご時世、人の役に立てる仕事自体は山ほどありますから。なので、既に数多く出回っている世間一般的なお手伝いではなく、もっとこう……人に相談しにくい悩み事。それこそ、不倫の調査をしてほしい、素行を調査してほしいといった、ちょっと人に頼みにくいような希望に応えることができる、そんな方々のお役に立てたらいいなという発想に至った結果、私立探偵という形態を選んだ所存です」

 

「立派な心掛けね! その勇気ある一歩を踏み出せたことがとても素晴らしいと思うわ!」

 

 だから何なんだこの人は……。

 

 女性らしい振る舞いで両手をくっ付けながら、パァッと表情を明るくした“彼”。その人物はすぐさま立ち上がりつつ、続けざまに言葉を投げ掛けてくる。

 

「それじゃあ、貴方の戦う理由についても伺っていいかしら?」

 

「戦う理由、ですか……。強いて言えば、“降り掛かる理不尽に抗うため”、でしょうか」

 

「その心は?」

 

(いわ)れもない不条理な暴力は、どの世界でも起こるものです。今回の件だって元はと言えば、一般市民のサラリーマンがチンピラ集団に財布をカツアゲされたことがキッカケでした。悪いのは100%チンピラの方ですが、それを指摘すると彼らは力で捻じ伏せてきます」

 

「続けてちょうだい」

 

「俺は戦うことが嫌いです。あらゆる競技シーンから自発的に距離を置くほど、俺は誰かと競って勝敗をつける行為が好きではありません。しかし、どんなに争いを自分から遠ざけようとも、不条理な暴力というものはあちらからやってくるものです。――真面目に取り組む姿が気に食わない。利用しやすい性格をしている。痛め付けても抵抗されない。搾取に打って付けの存在である。人間として生きている以上、ドス黒い悪意は様々な理由で目の前に現れます。そんな“降り掛かる理不尽に抗うため”に、俺はその術を磨き上げてきました」

 

「捻じ伏せるために使う力ではなく、抗うために使う力。とても受動的な理由ね」

 

「なので、俺の信条は『勝つ戦いではなく負けない戦い』です。まぁ、これはゲームの受け売りなんですけどね」

 

「それがゲームの受け売りであっても、目に見える指標があるのはとても素敵なことよ。だってそれがいつでも確認できれば、進むべき道がブレずに済むハズだもの」

 

「確かに、それもそうかもしれませんね」

 

 ……あれ? なんかもう普通に会話しちゃっているな。

 

 しかも、自分が話している間にも“彼”はさり気無くこちらへ歩み寄っていた。面妖で摩訶不思議、影を纏う闇の住人が期待に満ちた眼差しをキラッキラに光らせている。“彼”は間もなく手が届く距離まで迫ってくると、思わず数歩と引き下がったこちらにお構いなしといった具合に自らの両手を合わせながら、男性的な声音と女性的な口調で意気揚々とそれを告げてきたのだ。

 

「いいわね、貴方! ん~~~~~、採用ッ!!」

 

「あの…………?」

 

「急に質問攻めしてごめんなさいね。申し遅れたけれど私、“こういう者”で」

 

 苦笑といった様子で眉間にシワを寄せ、感情豊かに申し訳無さを醸し出しながらその胸ポケットから名刺を取り出してくる。差し出されたそれを自分は流れで受け取っていくと、薄暗い街灯に照らされた空間の中、目を凝らしながら名刺に目を通した。

 

「芸能プロダクション、株式会社『龍明(りゅうめい)』……。代表取締役社長、『生神(いくかみ)ラヴ』……?」

 

 思考の余地も与えられないまま、生神ラヴとなる人物は面妖でありながら活き活きとした調子で言葉を掛けてくる。

 

「誰かのために尽くすことができる献身的な性格! 集団が相手でも怯むことなく目の前の脅威に立ち向かえる度胸! そして降り掛かる理不尽に抗うため身に付けた格闘術! “ボディガード”としてまさに非の打ち所がない人材で、私、貴方のことをすっごく気に入っちゃった!」

 

「“ボディガード”?」

 

「そう! ボディガード!」

 

 ひとり盛り上がるラヴのテンションについていけず、キョトンとしてしまう自分。だが、そんなこちらの反応に構うことなく彼はズイッと踏み込んでくると、次にも名刺を持つこちらの両手を恋しそうに掴みながら、ラヴはブラックパールのような黒い瞳を真っ直ぐと向けて“そのセリフ”を口にしてきたのだ。

 

「貴方! 探偵事務所を畳んだ際は是非、ウチに来てちょうだいッ!! 信頼できる優秀なボディガードとして、私に貴方を雇わせてくれないかしらッ!?」

 

 それは、あまりにも唐突なスカウトだった。

 

 これは運命か、はたまた偶然によるものか。少なくともこうして巡り合った彼との出会いは、良くも悪くも自分の今後を決定付けるに相応しい出来事だったことは確かなのかもしれない。

 

 明確に分かることはひとつだけ。それは、自分はこの日にも人生の転機を迎えたということだ。

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